あなたの声がききたくて 初出:2018年10月27日
「やァ織田作、いい夜だね」
真夜中、太宰はいつものように白い墓石の前に立つ。
木々に囲まれた墓地の中は、街灯の光はあまり届かないため薄暗い。
それでも通い慣れた道だ。迷うことはなかった。
「今日はね、いいものがあるよ」
太宰はいつもと違って手ぶらではなかった。
持っていた風呂敷包みを軽く掲げる。
そしてこれまた常とは違い、墓石の正面に少し距離を置いて座り込んだ。
「ちょっと待ってね」
包みを開く。
中には紙製と発泡スチロール製の箱と、蒸留酒の瓶が入っていた。
太宰は手際よく紙箱からロックグラスを二人分取り出して風呂敷の上に並べる。発泡スチロールの箱に入っていた丸く削られた氷を中に入れた。
蒸留酒を注ぎながら笑う。
「すごいだろう。マスターに無理を言って借りてきたんだ」
同じく紙箱に入っていたガラス製のコースターを墓の前に置き、その上に琥珀色の液体を満たしたグラスを載せた。
「マスター手ずからじゃなくて悪いね。氷はマスターに削ってもらったから許しておくれよ」
自分用にも一杯用意して、太宰はしばし目の前の墓石と見つめ合う。
きょとんとした友人の顔が見えるようだった。
「ふふ。なにかあるのかって? あるさ、もちろん」
目の前のグラスを取り上げ、彼のグラスに軽く当てる。
ガラス同士が鳴る軽やかな音と、氷が中で遊ぶ音。
懐かしい。
「……誕生日おめでとう。織田作」
噛みしめるような声になった。
思わずのそれに苦笑いしながら、太宰はグラスを口元に運ぶ。
彼が実際にそれを見たら、不思議そうにしただろうか。
「そりゃ飲むさ。とっくに成人したもの」
想像すると楽しくて、太宰は肩を震わせる。
あのころのようにグラスの中の氷を指で転がした。
「……こうやって君とちゃんと飲みたかったなぁ。私、案外強いんだ」
ぽつぽつと喋りながら、太宰は舐めるように少しずつグラスの中身を減らしていく。
嫌がる安吾を巻き込んで飲み比べというのも面白かったかもしれない。
「君はわりと顔に出ないタイプだから、ぜひ酔い潰してみたかったよ」
いつかあの場所で。
そうやって夢想していたこともあった。子供の自分を認めるようで、口にしたことはなかったけれど。
一度話題が途切れてしまうと、そこからは無言だった。
喋るといっても、今は太宰が一方的にそうするしかないのだ。もっとも、あのころも似たようなものだったけれど。
本当は会話なんて特に必要じゃない。
太宰がいて、織田作がいる。
ただそれだけでよかった。
やがて太宰のグラスが空になる。
氷だけになったそれをカラカラと揺らして、太宰はしばらく目の前の白い石を眺めていた。
そこに彫られた文字を何度も何度も視線でなぞる。
「……じゃあそろそろ行くよ」
やがて太宰はなにかを振りきるように相手のグラスを掴んだ。
一気に呷ると、手早く荷物を片づけて立ち上がる。
「またね、織田作」
かすかに口端を引き上げ、ひらりと手を振った。
いくらでも想像できたが実際に同じものが友人から返ることはない。
「……またね」
分かっていたが今はそれが少し寂しくて、太宰は小さく繰り返す。
けれど踵を返してしまえばもう振り返らなかった。
了
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こんなんでも誕生日祝いなのでした……織田と太宰の「×」は終わってから始まるので……。
この太宰、織田作のことだけ抱えたまま生きて死にそうだなって当時のあとがきにありましたけど今読み直してもそう思う……。
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