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あなたのことが知りたくて 初出:2018年7月27日


 吐き出された紫煙がゆっくりと天井に上っていくのを眺める。
 視線を下ろすと、彼の親指が灰皿の上に寄せた細い紙筒を弾くところだった。
「……煙草っておいしい?」
 ぱらりと灰が落ちる。
 好奇心で口を開くと、彼がこちらを向いた。
 首を傾げながらまた煙草を銜える。
「どうだろうな。人による気がするが」
「私は織田作に訊いてるんだよ~」
 一般論なんて求めていない。
 私が口を尖らせると、織田作は「そうか」と言って再び思案げにしながら煙を吐いた。
「駄目だぞ」
「まだなにも言ってないよ」
 こちらの先回りをしようとしたらしいが、まったく先回りできてない台詞に笑ってしまう。
 別に吸いたいなんて言うつもりはなかった。
 ただ織田作がどう思っているか知りたかっただけ。
「未成年だ」
「こんなもの頼んでいるのに?」
「別に飲んじゃいないだろう」
 私の目の前には酒が注がれたロックグラスがあった。
 中の丸い氷を何度かつついて転がして、私は濡れた指をこれ見よがしに舐めてみせる。と、頭に大きな掌が乗せられた。
「わ、ちょ、もう! 私は小さな子供じゃないんだけど!?」
 わしわしと荒っぽく撫でられるのに驚いて、体ごと引いてその手から逃げる。
 織田作はかすかに笑むと、煙草を持つ手で自分のロックグラスを持ち上げた。
 一口舐めるようにして飲む。
「世間一般ならまだ学校に通っている歳だ」
「学校ねぇ……」
 自分だって行ったこともないくせに、そんなことを言う織田作が面白くて肩を揺らした。
 私たちにとってあまりにも非日常な場所だ。
「全然想像がつかないなぁ。でもきっと織田作とこうしてる方が楽しいよ」
「かもな」
 分かりきったことを勉強するなんて絶対少しも面白くない。
 どうせ同じくつまらない生なら、今の方が何倍も有意義に決まっている。
 織田作はグラスを置くと、また煙草を口元に運んだ。
 それを見ていたらふと悪戯心が湧く。
 私は手が唇から離れたタイミングを狙って手を伸ばすと、織田作の襟を掴んで引き寄せた。
「ん!?」
 唇を重ねると、織田作はびくりと硬直して反射的に離れようとする。
 そこをさらに引いて強引に舌を捩じ込んだ。
「……っぷは、にが! マズ!」
 が、ぐるりと口腔を探ったところで、私は驚いて飛びのくように織田作から離れた。
 予想以上の味に、うえぇと舌を出して顔を顰める私に、タイミングよくマスターが水を出してくれる。
「なにそれ! よくそんなの口に入れられるね!」
「……太宰」
「あ、ごめん。驚かせたかな」
 織田作はさすがにぽかんとしている。
 私が口をすすぎながら謝罪を口にすると、ゆるりと首を振った。
「いや……どうしたんだ急に」
 織田作が吸いかけの煙草を灰皿に押しつける。
 警戒させてしまったかと思いつつ、そういえばと首を傾げた。
 なんだか変なことをしてしまったような気がする。
「……そうだねぇ、なんでだろう」
「珍しいな」
「……ん? うん……。たぶん織田作があんまりおいしそうに吸うから、味が知りたくて?」
 でも吸わせてもらえそうになかったから?
 そんなところだろうか。
 私が考え考え口にした言葉に、織田作がやれやれと肩を竦めた。
「そんなに慌てなくても、あと数年待てば吸えるようになるだろう」
「……それ、自殺志願の私に言う~?」
 それじゃあ、あと四年は死ねないことになる。
「そうか。すまん」
 大袈裟に嘆いてみせたら、織田作が至極真面目な様子で謝罪を口にしたので吹き出してしまった。
 やっぱり織田作は面白い。
「ま。味も知れたし、もうしないよ。悪かったね」
「あぁ、そうしてくれ。驚いた」
 にこりと笑うと、織田作も少し口端を上げた。
 私は仕切り直しのつもりでグラスを掲げてみせる。
 織田作もグラスを持ち上げた。

 キンと涼やかな音が上がる。






「……なぁんてこともあったねぇ」
 私は屋上の柵にもたれかかって煙草に火をつける。
 吸うたびに必ず思い出す、懐かしい記憶だ。
 あの店にまだ私と彼しかいなかったころ。
 彼が父親になって煙草をやめるより、私たちが三人になるより前の話だ。
「あのとき、どうしてあんなことをしたのかと思ってたけど……」
 目を閉じて彼の赤毛を思い出す。
 声を、仕草を、ともにあった日々を。
 結局煙草が好きかという質問に対する答えは訊けずじまいだった。
「……好きだったんだなぁ、きっと」
 彼の消失は、私の心に驚くほど大きな穴を開けた。
 そしてその穴に収まっていたものの名前を、私はそのとき初めて知ったのだ。
「……ふふ、ねぇ」
 私は深々と吸い込んだ煙を空に向かって吐き出す。
 そして決まって言うのだ。

「やっぱりマズいよこれ」



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私の中の「織太」とは、を言語化してみようとしたものです。わりと解釈変わっていないですね。
ただ織田作は子供を引き取って煙草をやめたけど、親しくなってからは太宰の前でも吸わなくなったんじゃないかなぁと今は思っています。
太宰の飲酒はアニメ黒の時代を見てから「未成年時は飲んでない派」に変わりました。あの、ただ氷をつついてるだけの表現がすごく好きで。味は知ってるし飲めるんだろうけど、特に飲むことを重視していない感じです私の中では。
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