このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

二十三歳になった日 初出:2018年6月15日


「うふふー。くーにきーだくーん」
 どかっ、と隣で飲んでいた太宰が肩にぶつかってきて少し体が傾いだ。
 眉間に皺が寄る。
「おい、自力で座れ。飲みすぎだぞ」
「そおーんなことないよぉ。まだまだいけるよー?」
「いかんでいい! 水を飲め! 薄めろ!」
 睨みつけても効果はない。
 俺は仕方なく肩にしなだれかかってくる細い体を支えるために背中に手を回してやる。ついでに落としそうになっているお猪口を奪うと、太宰は悲痛な声を上げた。
「あぁん、返してよぉ……」
「太宰、本当に……」
「えーい!」
 水を、とは言わせてもらえなかった。
 お猪口を失って自由になった右手が首に絡みついてきたと思うと、そのまま体重をかけられて畳に転がされる。
 咄嗟にお猪口は卓上に避難させたが、おかげで簡単に乗り上げられてしまった。こんな枯れ木のような男がいくら体を預けてこようが大した重さでもないが、上から押さえつけられて起き上がれない。
「……おい」
「ふふ~。国木田君だぁ~」
 ドスのきいた声が出る。
 かくなる上は鉄拳制裁かと拳を握ったところで、肩口にすりすりと擦り寄られてぞわりと甘く背筋が痺れた。
 ちゅっちゅっと無邪気に頬へ口づけてくるのに毒気を抜かれてしまう。
 本当になんなんだ。
「……どうした、今日は」
 ため息をついて、じゃれついてくる背中を撫でる。

 今日の太宰は朝から妙に上機嫌だった。
 なにが楽しいのか、明日は誕生日だと社内中に触れ回り、いつもより余計に絡んできてはうっとおしいことこの上なかった。
 その上、業務が終わったあともこうして人の家に酒を勝手に持ち込んで、前祝いだ! と俺を予定のない酒宴に巻き込んで。

 そして飲み始めて数刻、太宰はみごとな酔っ払いに変貌していた。
 こうしてともに晩酌をすることは珍しくないが、酒に強いはずの太宰がここまでべろんべろんになるのは珍しい。
「……ん? んーふふ。……んーとねぇ、明日は誕生日だからぁ……」
 ぐでぐでと俺の上に寝転びながら太宰が時計を見上げた。
 瞬間、俺は酒精で濁っていた太宰の目に怯えのようなものが浮かぶのを見てしまった。
 驚いて同じく時刻を確認すれば、二十三時五十分すぎ。この男の誕生日まであと十分足らず。
「だざ……」
「……国木田君、頼みがあるのだけれど」
 問う前に太宰が口を開いた。今までのへべれけ具合はどこへ行ったのか、存外まともな言葉に俺は目を瞬かせる。
 太宰はのそりと半身を起こした。俺の足の上に座り込む。
 深く俯いているせいで表情は見えないが、影のある声音にあまりいい顔はしていないことは予測できた。
「言ってみろ」
 なるべく優しく言葉をかけてやりたかったが、ぶっきらぼうになってしまった。こういうとき、己の不器用さが歯がゆい。
 せめて、と腹の上に置かれた細い手を握ってやる。
「…………私ねぇ、明日、きっとすごく死にたくなると思うんだ。だけど明日にだけは死にたくない……」
「なに?」
 ひどく不安げな声を零して太宰は俺を伺うように少しだけ顔を上げた。
 髪の隙間から覗いた瞳が、底など窺い知ることもできないほど深く昏くて俺はぎくりとする。
「太宰……?」
「明日。きっと明日だけで終わる。終わらせる、から、私から目を離さないで、ずっと一緒にいてくれないかな」
 太宰は迷子の子供のような表情をしていた。
 色のない目はこちらを見下ろしているのに焦点は俺には合っていない。
 なにを、どこを見ているんだ。
 薄ら寒い心地がして、俺は体を起こす。
 肩を掴めば細い体が倒れこんできた。必死な様子でしがみついてくる。
 かすかに震えていた。

 常にない様子に、これはいつもの自殺遊戯ではないのだと直感する。
 太宰はここまで分かっていながら自分ではどうしようもないのだ。

「国木田君、お願いだ」
 俺を見ていないようなのに、太宰は正しく俺を認識している。
 明らかにおかしいのに、どこか狂いきれていない歪さに焦燥感だけが煽られた。
「ねぇ、縛りつけたって、抱き潰してくれたっていい。だから……」
「分かった。分かったから」
 私を一人にしないで、と消え入りそうな声で懇願されて肯定するしかなかった。
 幼子のように縋りついてくる太宰を強く抱きしめる。
 明日も仕事だ。現実的に考えて、四六時中一緒にいることはできない。だが、今の太宰にはそうしてやらねばならない「なにか」がある気がした。
 俺は明日一日の予定を破棄する覚悟を決める。
「くに、国木田君……」
「……あぁ、ここにいる」
 なにがそんなに怖いのか、震えの大きくなる背中を撫でてやる。
 きっと太宰が今日一日、不自然なほど上機嫌だったのは、内に抱えた不安を誤魔化していただけだったのだろう。
 それが、日付が変わる直前になって誤魔化しきれずに表面化したのだ。
 カチリ。
 見上げた先、時計が小さな音を立てた。
 ついにすべての針が真上を指す。
「……いやだ、――く」
 小さく小さく零された泣き言は聞こえないふりをした。

                    ──彼と同い年になった日



-------------------------------------------------------

誕生日。織田作の歳を追い越して自分だけ歳を重ねていかなきゃいけない事実を受け止めたくない太宰さん。まだこのころは精神ゴリラではなかった……。
ハマって一年目の誕生日にこれって(笑)。人を選ぶ内容から表立って上げませんでした。pixivにも再録してないです。
1/1ページ