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四畳半の白雪姫 初出:2018年4月8日


「帰るぞ。お前たち」
「はい」
「はーい」
 しばらくそれぞれの感慨とともに朝日を眺めていたが、やがて福沢が口を開いた。
 長の号令で全員が思い思いの返事を返す。
「はぁ~疲れたねぇ~。国木田君、おんぶ~」
 太宰は傍らの敦と笑顔を見合わせると、歩き出した社員たちを追った。
 ひょいひょいと軽い足取りで国木田に近づいて、背後からその肩に顎を載せる。
 遠慮なく力をかけると、国木田の額に青筋が浮かんだ。
「ハァ!? 阿呆か! だいたい貴様、今までどこでなにをしていた!」
「まぁまぁまぁいいじゃない、そんなことぉ」
 そのまま全体重を預けようとすると振り払われる。
「よくない! やめろ、のしかかるな! 俺は腹に穴が開いているのだぞ!?」
「ちぇ。けちー」
「……お前」
 国木田がついでにふるった肘鉄を当然のように避けて、太宰は来たときと同じようにひょいと離れた。
 元どおり敦の隣に陣取るとへらりと彼に笑いかける。
 敦は国木田の様子を気にしつつも、太宰に話しかけられると嬉しそうに口元を緩めた。
 その様子を国木田はわずかに眉をひそめて見ている。視線には気づいたけれど、太宰がそちらを向くことはもうなかった。


「やっと着きましたねぇ……」
 見るからにへとへとになった谷崎が思わず、といった様子で口にする。
 一行が目的地に辿りつくころには太陽もすっかり昇りきっていた。
 なにしろ徒歩であったし、夜中に起きた無人玉つき事故の影響がまだ道路のあちこちで残っていたので迂回せざるを得なかったのだ。
 霧が晴れ、消えていた人々は無事に戻ってきたようだったが、それゆえに混乱はしばらく続くだろう。
「おーい! 遅かったねぇ!」
 見上げると、乱歩が事務所の窓から身を乗り出すようにして、こちらに向けてラムネの瓶を振っている。
「あ、乱歩さん。ただいま戻りましたー」
「早く上がってここ片づけてよ! 狭くて狭くて仕方ない!」
「はーい!」
 無邪気に手を振り返した賢治が、元気に返事をしてビルの中に駆けていった。
 ほかの社員もそれに続く。が。
「んじゃ、私はこれで……」
「待て。どこへ行く」
 太宰がふらっと一人離脱しようとして国木田に素早く腕を掴まれた。ぱちりと瞬きをした太宰が不満そうに口を尖らせる。
「えーなに、国木田君。私は疲れて眠いのだけどぉ」
「そんなもの、ここにいる全員がそうだわ! 夜を徹して自分の異能と戦っていたのだぞ!」
「へーそー。お疲れさまぁ。じゃ」
「じゃ、じゃない! いいから来い! これから全員で事務所の片づけだ!」
「えぇ~」
 あくまでも帰ろうとするが、ずるずる引きずられてしまう。一度掴まれてしまえば筋力の差で国木田に理があった。
 仕方なく太宰は事務所ビルへと足を向ける。
「国木田。あんたは先に来な。ほかに治療が必要なのもね」
 いち早く昇降機に乗り込んだ与謝野が手招きする。
 昇降機はあまり広くないので全員は乗れない。二班に分かれるか階段を使うしかなかった。先に行った賢治は階段を使ったようだ。
 だが「治療」の言葉に怯んだ一行は怯んで昇降機に乗り込もうとしない。視線だけで牽制しあう。
「では私も階段を使う。全員昇降機で上がってこい」
「社長!」
 じゃあねェ、と値踏みを始めた与謝野に、福沢が踵を返した。
 誰かが反論する前に階段を上がっていってしまう。
 六人なら定員ぎりぎりだ。
「与謝野先生、俺より先にこいつをお願いします」
「ちょっと国木田君」
 普段なら怪我をしていても社長の後を追いそうな国木田が、いの一番に昇降機に乗り込む。
 掴まれたままの腕を引かれて一緒に乗せられた太宰は、与謝野の方に押し出されるのに慌てた。
 余計なことを、と振り返るが、国木田は素知らぬ顔をしている。
「えっ太宰さん、怪我してるんですか!?」
 敦の声が周囲に反響した。
 続いて昇降機に乗り込んだ面々も目を丸くしている。
 ここに来るまでも、今も、太宰にそんなそぶりは微塵もなかった。誰も怪我をしているなんて思わなかったのだ。
「あー……大したことないよ。大丈夫」
「でも……」
 太宰は不安そうに眉を下げる敦に困ったように笑って、空いている方の手をひらひらさせる。
 もう一度国木田を睨んでみるが、やっぱり効果はないようだった。


 龍が暴れまわる。

 好き勝手に力を奮う解放感。
 街を砕くことへの快感。焦燥。

 そして待ち望んだ救いの手。

「……ちゅう、や」
「閨で別の男の名前を呼ぶとはいい度胸だな」
 脳裏にちらついた赤土色の髪。呼ぶと、不機嫌そうな声が返った。
 急激に意識が浮上して、太宰はぱちりと目を開く。
「国木田君?」
 顔を上げると、眉間に皺を寄せた表情が見えた。眼鏡をしていない。
 視線を転じれば見慣れた部屋だ。国木田の自室。
 カーテンを引かれた部屋は薄暗く、すでに夜半をすぎているらしい。
「麻酔で眠ったままだったのでな。連れ帰った」
「……あぁ。それは面倒をかけたねぇ」
「これくらい、いつもの面倒に比べたら大したことはない」
 疑問が顔に出ていたらしい。
 先回りした答えに頷くと、呆れのため息が返ってきた。
 ため息をつきたいのはこちらだ。
「……怪我をしているなんて、よく分かったね」
「なんとなく、な。何年一緒にいると思っている」
 二人して布団の上に寝転んでいる。
 太宰は国木田の肩に頭を預けてほとんど俯せの体勢になっていた。
 しっかりと肩に国木田の腕が回っているから、仰向けにならないようにしてくれていたのだと分かる。刺された背中を刺激しないように。
「君は大丈夫?」
「俺には与謝野先生の『治療』が効く。もう痕も残っとらん」
「そう」
 太宰は国木田の血に濡れていたわき腹のあたりを探ってみるが、やはりなんの手ごたえもなかった。
 逆に自分の背中には当てられたガーゼや医療テープの感触があるのに苦笑いする。多少攣れた感覚があるから縫合もされたかもしれない。
「本当に大したことなかったのに」
「莫迦を言うな。確かに死ぬほどではなかったようだが、ずいぶんと深かったと聞いている」
 多少の非難を込めて言えば、生真面目に諭される。
 刺されたとはいえ細いナイフでの傷だ。血も止まっていたし、放っておいても問題はなかった。
「だいたいお前は甘えるのが下手なのだ。本当に助けてほしかったのなら、分かるように言え」
「……甘え?」
「骸砦から戻るときだ。傷が痛んだのだろう」
 首を傾げると、ぎゅうと抱きしめられる。
「すぐに諦めるな。……気づかなくて悪かった」
 背負ってくれとせがんだことか、と得心して、太宰は小さく笑う。
「あれは違うよ」
「ん?」
「本当に怪我はどうでもよかったんだ。ただ、あのときは、国木田君が生きてるなぁって思って……」
「……そうか」
 こうして抱きしめられていると、すぐ傍に国木田の鼓動が感じられた。
 太宰も怠さの残る腕を動かして抱きしめ返す。ほぅと息をついた。
 確かに痛みや疲れはあったが、それより少しだけ彼の温もりを感じたかっただけだ。
 国木田が自分の異能に負けるとは思っていなかったが、やっぱり動いている姿を見ると安心してしまって。
 言葉にしてしまえば赤面ものの理由だ。
「……だが。どうでもよくないぞ」
「えっ」
 くるりと視界が回る。
 気づけば仰向けに布団に押しつけられていた。国木田が覆い被さるようにして顔を覗き込んでくる。
 不機嫌そうに眉をひそめていた。
「怪我がどうでもいいわけないだろう。いつもそうだ。お前は自分を大事にしなさすぎる」
「そうかなぁ」
「そうだ。頭はいいくせにぱかぱか怪我をしてからに……」
「うーん?」
 太宰が説教もどこ吹く風と首を傾げてみせると、大きくため息をついた国木田がずいとさらに顔を近づけてくる。
 その瞳には怒りを押しのけて心配の色があった。
「無茶をするな。本当に死んでいたらどうする気だったんだ」
 思った以上に真剣な様子に太宰は目を瞬かせる。
 半日以上眠っている間に各所と情報のやり取りがあったらしく、事のあらましくらいは知られてしまったようだ。
 真っ直ぐな彼のことだ。きっと敦と同じように好意的な解釈をしたことだろう。
「君と心中、とか? 悪くないじゃない」
「横浜中の異能者と、の間違いだろう。集団自殺などごめんこうむる」
 眉間の皺を深くした国木田に、太宰はくすくす笑う。
「あれ、私と二人きりならしてくれるの? 心中」
「ほかにどうしようもなければ考えてもいいが、ありえんな。俺の手帳にそんな予定はないし、お前を死なせる予定もない」
 ふいに身を起こした国木田に腕を取られた。引かれるまま起き上がると、足の間に座るように収められる。
「すまん。痛かったか」
「平気だよ。痛み止めが効いてるみたい」
 労わるようにそっと背を撫でられて、太宰は国木田の肩口に頭を乗せた。
「敦には『新しい自殺法』などと言っていたらしいが、今回は死ぬつもりはなかったのだろう?」
「そうだねぇ、今回は」
「……そこを強調するな」
「ふふ」
 国木田が不貞腐れたような声を出すのに太宰は小さく笑う。
 相手の首筋に擦り寄ると、そこを流れる命を感じた。
 身を包む温かさに慣れてしまった自分がいることに気づいてしまう。これはなかなか手放せない。
「……まぁ白雪姫にも選択の自由があるよね」
「なんの話だ」
「ここが落ち着くって話さ」
 王子を選ばず小人の家に残る。そんな未来もきっとあるのだ。
「ねぇ国木田君。ただいま」
「あぁ……おかえり」
 目の前にある顎先に口づけると、すぐに唇が重なった。
 何度か軽く合わせると、再び横になる国木田に連れられて太宰も布団に転がる。
 上がけに包まれて抱きしめられると、ずいぶん眠ったというのにとろとろと眠気が忍び寄ってきた。
 視線を上げると国木田も目を閉じていたので、身を任せてしまうことにする。
 彼もきっと大変だったろう。

 終わった。
 日常が戻ってきた。

 犠牲者ゼロとはいかなかったし、街も事務所もしっちゃかめっちゃかだが、なんとか丸く収まったはずだ。
 そのことに思ったより安堵している自分がいて太宰は小さく笑う。
 少しは彼の言う佳い人に近づけているだろうか。

 こうして生きていく。
 生きていくのなら、こうしていたかった。心から。



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劇場版後。久しぶりの三人称に四苦八苦した記憶。フォロワーさんに、これ読んでぴんと来て~って言ってもらえたの嬉しくてずっと覚えてます。
それはそうと、まさか数年を経て事務所お片づけ周りが語られるとは思わなかったですよね大博覧会……。
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