標 初出:2018年2月15日
ゆっくりと意識が浮上する。
静かな朝。柔らかな光が室内を照らしていた。
自分をくるむ温かい布団に胸の内まで暖かくなるようで、私は満足げに息をつきながら寝返りをうつ。
「起きたのか?」
「おださく」
声に視線を向けると、見慣れた、でもどこか懐かしい背中が見えた。
台所に立ってお玉で鍋をかき混ぜている。
なにを作ってるんだろう。珈哩かな。
ぼんやり考えていると、いつの間にか織田作が傍らに座っていた。
ぽん、と頭の上に大きな手が載せられる。
「もう少しかかる。まだ寝てていいぞ」
「……うん」
低く、穏やかな声が心地いい。促されて私は素直に目を閉じた。
意識が沈む。
と、すぐにまた浮上した。
出汁と味噌の香りがする。
カーテンを開け放った窓から入ってくる朝日が眩しくて、私は唸りながら寝返りをうった。
「やっと起きたか太宰。とっとと布団を畳んで顔を洗ってこい」
「……くにきだくん」
台所で鍋をかき混ぜていた国木田君がこちらを振り返る。
その呆れたような表情に、ようやくさっきのは夢だったのだと理解した。
私はのそのそと起き上がり、ぼんやりと視線を彷徨わせる。
ここは国木田君の部屋で、国木田君の布団の上だ。
織田作はこの世のどこにもいない。
もうどこを探しても彼に会うことはできないのだ。
それに織田作はあんな風に私の頭を撫でたことはなかった。
どうして今、夢に出てきてくれたのだろう。
私が君の言う「佳い人」に少しは近づけている証拠だろうか。
「こら。まだ寝ているのか? もうできるから早く……」
盆を運んできた国木田君が、こちらを見てぎょっとして言葉を切った。
慌てて盆を卓袱台に置いたものだから、ガチャンと乱暴な音がする。
「どうした!? 悪い夢でも見たのか!?」
「え?」
国木田君が勢いよく傍らに膝をつく。
音がしそうな勢いで両手で顔を掴まれた。
「大丈夫か? 泣くな」
彼は面食らった私の頭をわしわしと撫でてくる。
頭にかかる重み。
まるで動物にするような手つきが少し痛かった。
どうやら私はいつの間にか泣いていたらしい。
硬い指先が涙を拭っていくのに任せて、私は目の前で心配そうな顔をしている彼に抱きつく。
「お、おい?」
驚いたように声が跳ねたけれど、しっかりと抱き止めてくれるのが嬉しかった。
うふふ。喉か勝手に笑いだす。
「違うよ国木田君。すごくいい夢だったんだ」
私は少しも悲しくなかった。
久しぶりに織田作に会えた。
布団は温かくて、朝食のいいにおいがして、目の前に君がいる。
満ち足りた朝だった。
本当に、私にとってはこれ以上ないくらいに。
了
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最初期に書いたやつなので今とだいぶ解釈が違って面白いですね。今の解釈だと太宰さんは国木田君の前では泣かないので……。
黒の時代を読破して寝て起きたら胸が潰れそうな衝動に襲われて、吐き出さずにはいられなかったものでした。今でもちょくちょくろくろを回しているので黒の時代とんでもない……。
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