あなたとすごす年末/年始 初出:2019年1月8日
■十二月三十一日
こんな夜更けに玄関のチャイムが鳴ったから、あまりいい予感はしなかったのだ。
「こんばんは、国木田君! いいものを持ってきたから上げてくれたまえ!」
「……太宰」
扉の向こうに、一升瓶を抱えた太宰が立っている。
満面の笑みにどっと疲れが押し寄せたが、いつもの砂色の長外套姿で鼻を赤くしている様子は無下にできなかった。
無言で少し扉を押し開くと、するりと猫の子のように入ってくる。
「お邪魔しまぁす。なんだい国木田君、もうお風呂入っちゃったの? 年越しは?」
三和土で靴を脱ぎ、慣れた仕草で奥に進むのに続く。
俺はすでに寝間着姿だった。
室内にしっかりと延べられている布団にきょとんとする太宰に、俺は憮然とする。
「別にもう年越しで騒ぐ年齢でもないだろうが。今日の俺の予定は……」
「それよりこれ! とっておきのお酒なんだよ~。お歳暮でもらったのを取っておいたんだ。飲もうよ!」
「貴様、人の話を……」
訊いておきながら自ら遮り、眼前に一升瓶を突きつけてくる太宰に頭が痛む。
なんだ。すでに酔っているのか?
押しつけられた瓶を思わず受け取れば、なるほどいい酒だ。
こいつにお歳暮を贈る相手がいることも驚いたが、この?兵衛がよく飲まずにいられたものだと感心する。
「国木田君とぉ、飲もうと思ってぇ~」
「……そうか」
妙に間延びした調子で擦り寄られるのはうっとおしかったが、そんな風に言われると絆されてしまう。
分かった分かったと、その背を押した。
「一本つけてやる。その間に風呂に入ってこい」
「やった!」
飛び上がって喜ぶ太宰を風呂に追い立てる。
俺は小鍋に水を張ると、コンロに火をつけた。
食器棚の奥の奥から、徳利とお猪口を探し出す。
「んふふ、おいしいねぇ。……あれ、もうない」
横着をして、壁際に寄せたままの炬燵に二人で入り、酒を傾ける。
太宰が徳利をお猪口の上で逆さまに振るのに、俺は呆れてため息をついた。
自分の徳利から注いでやる。
「この?兵衛め。年が明ければ初日の出と初詣だぞ。分かっているのか」
「覚えてるよぉ。そのとき起きてればいいんでしょう?」
目を輝かせた太宰が早速お猪口に口をつけるのに、つい笑ってしまった。
明日は社の皆で集まることになっている。
敦と鏡花が張り切って企画していたから遅刻も欠席も厳禁だ。
「だからこれ以上は駄目だぞ」
「えぇ~これっぽちじゃ足りないよ~」
「駄目だと言ったら駄目だ。明日は早いんだからな」
俺のを分けてやってるだろうと言っても、太宰はぶーぶーと不満そうに口を尖らせる。
「そんなこと言って。国木田君たらせっかくの大晦日なのに、年明けを待たずに寝てしまうつもりなのかい?」
「さっきも言いかけたが、今日の予定は二十三時就寝だ。……もうすぎているが」
時計を見上げ、いつの間にかずいぶんと時間が経っていたことに渋い顔をする。
お猪口を弄びながら、こちらを覗き込んできた太宰がうふふと笑った。
「……じゃあねぇ。お酒はもういいから代わりに私とイイコトしよう?」
「太宰」
細められた瞳が妖しい色を刷く。
なにが代わりだ、と身を引くよりも早く、頬が捕らえられていた。
ちゃぷ、とお猪口の酒で濡らされた指先が伸びてきて、唇を辿っていく。それを追うように太宰が身を伸び上がらせた。
「……ん、ぅ」
アルコールが気化する冷たさを感じる間もなく舌が這い、唇が深く重なる。
口腔を満たす酒精の混じった呼気に、一気に頭に霞がかかったような心地がした。
気づけば細い体を組み敷いてしまっている。
「……お前、寝ると言っているのを聞いてないな」
「これも『寝る』じゃない……っ、ふ」
屁理屈ばかり言う口に、今度はこちらから噛みつくように口づけた。
存分に舌を擦り合わせて唾液を啜り合う。
離れたころには互いに息が上がっていて、目元を赤く染めた太宰が楽しそうに笑った。
「ヤりおさめ?」
「……そういうことを言うな」
情緒のない台詞にがくりと肩を落としてしまえば、よしよしと頭を撫でられる。
「あはは、国木田君は空気読めないくせに、そういうの気にするよねぇ」
「うるさい、黙れ」
「あ、いたっ。噛まないでよ」
揶揄うような響きにむっとして、目の前にある首筋に食らいつく。
文句を言いつつ上機嫌に笑う太宰を、俺は強く抱きしめたのだった。
1/2ページ
