ワールドブレイク
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「おっ! このタイミングでそのカードを出すなんてやるねぇ、北村さん」
「そ、そうなの? じゃあ、ダイレクトアタ――」
「その前に……やる事あるよね?」
「あっ、効果発動ね!」
「さっすが、北村さん! 教え甲斐あるよ~」
デュエル講義が始まって、随分と時間が経った。
窓の外の景色も何時の間にか赤く染まっている。……一体どれくらい時間が過ぎたのだろう、ホント。
光平くんは今私の隣に座って、親身に説明し、サポートしてくれている。
鬼柳はそんな私達を見て、眉間をピクピクさせ、口元が引きつっていた。
最初は鬼柳が横に座り、光平くんと対戦していた。
でも途中で光平くんが「俺の方が鬼柳より上手く説明できるぜー」とか言い出して、交代したのだ。
光平くんは流石カードショップの店員。鬼柳の説明とは数段違いに分かりやすかった。
鬼柳はそれで拗ねているのだろう。……拗ねても可愛いのは子供だけだから止めてほしい。
初心者の私といえど、こうも一日みっちりデュエル詰めだと、ある程度ルールは把握できた。
カウンターとかリバースとか……基本と言われた用語もバッチリだ。
少なくとも家で一人、インターネットだけでルールを調べるだけじゃ、絶対ここまで理解できなかったと思う。
「この俺が教えたんだ。負けるなんて許さないぜ? 北村さん」
「ホントにありがとう、光平くん。これで負け犬呼ばわりされる事ないと思う!」
「いやいや、何二人の世界入ってるワケ!? 俺の事忘れんなし! 俺だって教えたじゃねぇかよぉーッ」
「俺にも感謝しろよー……」とぶつくさ言う鬼柳を鮮やかにスルーし、卓上のカードを片付ける私と光平くん。
そうしたら鬼柳は光平くんの首に腕を回し、緩く締め上げた。
「俺を無視するなんて良い度胸してんじゃねーか、こ~へい!」
「うわー! ギブギブ! 悪かったって、京介!」
締め上げてる鬼柳も、締め上げられている光平くんも何故か楽しそうだ。
男の子ってよく分かんない。……仮に私があんな事されたら、あんな風に笑ってられない。
――あの光平くんの件は、正直言うと未だ複雑な気分だ。
認めるとは決めた。でも、本来私はチャラい男は苦手。
光平くんには悪いけど、すぐに慣れるなんて無理。
しかし今日一日彼と(あと鬼柳と)過ごして、大変身を遂げた今の光平くんも良いかな、って段々と思えてきたのは確かだ。
一応根が真面目だったから、性格だってそこまでひねくれてないし………うん、たぶん。
それに認めるって決めたんだし、早くこの光平くんに慣れなきゃね。
「ところで北村さん、パック買ってデッキを作ってみないかなーって思ったんだけど、どう?」
「へっ? でも私、(鬼柳のだけど)デッキ持ってるんだけど……」
「んー、でもそれ借り物でしょ? それじゃあ、ホントにデュエルの楽しさは分かんないんだよなー。北村さんには、もっとずっぷりどっぷりハマってほしいんだよ」
ずっぷりどっぷりって……私、そんなハマる気無いんだけど。
大体一週間でこのカードゲームやサティスファクションとも、おさらばなんだし。
そう光平くんに言いたかったが、ショップ店員の彼にそんな事言える訳ない。
「あ、これは勿論売り上げ伸ばそうとか考えての発言じゃないから。純粋に一人のデュエリストとして、誘ってるんだよ」
「光平くん……」
さっきまでのチャラチャラした言葉遣いじゃない真面目な話し方に、真剣さがうかがわれる。
「北村さんも、あの時の俺と同じで真面目じゃん? だから遊ぶ事なんて一切してこなかったと思うんだよ。俺は京介にデュエルを教えてもらって、やっと息抜きの仕方が分かった。デュエルってすごく楽しい。すごく面白い。北村さんにもデュエルを知ってもらって、この楽しさを共有してほしいんだ」
私に語る光平くんの瞳は、さっき再会した時のようにキラキラと輝いていた。
――正直デュエルなんか何の意味があるんだろうと思ってた。
むしろ遊ぶ事の必要性が分からなかった。
でも、光平くんのこんなに楽しそうな様子を見て、私の心に変化が生まれた。
私……こんな風に笑えたこと、あったっけ?
いつもいつも勉強ばっかりで……頂点に立つ事だけ考えて、他の事なんて二の次だった。
光平くんみたいに、もっとデュエルの事を知れば、私も―――
「駄目かな、やっぱり?」
「か、買うわ。デッキ作ってみる!」
しょんぼりした様子を見せ始めた光平くんに慌てて、財布を出そうとカバンを漁る。
…………ん?
財布が無い。
おかしいなと、よくカバンを何度探してみても財布は何処にも無い。
そういえば、朝から急いで出て来たから財布家に置いて来たんだった―――我ながらなんて恥ずかしいミスだろう。
「光平くん、ごめん! 家に財布忘れちゃって、今から取って来――」
「その必要はねぇ。俺が奢ってやるよ、優香」
……はい?
しばらく静かだと思ったら、またとんでもない発言を鬼柳はした。
しかも今度は、この私が理解するのに数秒掛かったほどの破壊力。
なに? 私が鬼柳に奢ってもらう?
ありえない。他人に奢ってもらうなんて私のプライドが許さない!
というか、鬼柳の奴からお金を借りるって事が気に食わない。
それに鬼柳にこれ以上借りを作るとか絶対に嫌。
なんとか阻止しないと―――!
「い、いらないッ! あんたにだけは絶対に奢られたくないから!」
「はぁ? 俺が奢ってやるって言って断った女は初めてだぜ」
「私を、あんたが付き合った不特定多数の女と一緒にしないでくれる!?」
目を丸くして言う鬼柳になんだかイラっときて、つい声を張り上げてしまった。
鬼柳にからかわれて怒る時とまた違うような、むしゃくしゃした気持ち―――何なの、これ?
「…………悪かった。お前はそういう事、良しとする女じゃなかったよな」
え? 鬼柳が素直に謝った……?
聞き間違いかと耳を疑うような台詞だが、珍しく大人しい鬼柳の態度からして本当のようだ。
じっと鬼柳の視線が私に集中している気がし、思わず顔を逸らす。
「あ、あんたが素直に謝るとか気持ち悪っ」
「優香は俺を何だと思ってるんだ? 俺は悪いって思った時は謝るヤツさ」
いや、そんな風には見えないんだけど。
と漏らしたら流石に言いすぎかと思い、黙っておいた。
ウザったらしい鬼柳のポリシーは置いといて、謝ったのはちょっと意外だったかも……。
だ、だからって、すんなり奢られたりする訳じゃないけど!
誤魔化すようにコホンと軽く咳払いをして、私は再び話を切り出す。
「……で、どうするの? 私はあんたに奢ってもらいたくない。でも、あんたはどうせ光平くんと同じようにデュエルの楽しさを知って欲しいとか思ってるんでしょ」
「そうだ。だから優香に妥協案だ。俺が今此処で払った代金は、後で返してもらう。奢るわけじゃないから良いだろ?」
「おっ、それいーじゃん! 京介、北村さんの事よく分かってるなぁ!」
ちょ、ちょっと何勝手に話が進んでるのよ!?
光平くんも鬼柳が私の事を分かってるなんて、一体どこら辺を見て言い出すの!?
鬼柳の妥協案というのも問題だ。
奢られるだけでもイヤなのにお金の貸し借りって、借りを作るのと一緒じゃない―――!
「ちょっ、お金の貸し借りなんて私は」
「優香はそういう人から借りたのきっちり返すヤツだろ? 俺、信用してるぜ!」
いきなり両肩にガシっと手を置かれて、ニッコリ笑う鬼柳から圧力を感じる。
――ううっ、こいつ……私を断らせないつもりね……。
そんな事言われたら私が断れないのを知ってるんだわ。
悔しいけど、ここは引き下がった方が良いかもしれない。
今か今かと私の返答を待つ鬼柳に対し、おもむろに口を開いた。
「分かったわ……今度必ず返すから」
「おう、待ってるぜ!」
耳に響くほどの清々しい声で鬼柳はそう返事をした。
お金なんて借りたら直ぐに返すだけなのに、何でそう嬉しそうなんだか。
ふと、鬼柳の手が未だ両肩に置かれている事に気付き、その手をパシパシと払う。
「照れんなって」とニヤニヤする鬼柳をふんと睨み返す。
ったく、一分の隙もないんだから。
「はぁ~、良かった! お金の問題も解決したし! じゃあ、早速パック選びしよっか!」
光平くんの弾んだ声にハッと現実に戻る。
パック選び――と言っても、選ぶパックの種類は思っていたより山ほどあって目移りしてしまう。
150円のものや300円のものがあったり、魔法・罠カードだけのパック、モンスターだけのパックなど様々だ。
そのパックの中から、鬼柳と光平くんがこれが良い、あれが良いと色々選んで渡してくれる。
そういう風に選ぶのがちょっと楽しくて、ウキウキしてしまう。
あまり認めたくはないけど、これが光平くんの言ってた楽しさの一端なのかも……。
「じゃあ、このパックとこのパックを1パックずつで買うわ」
「まーった! 1パックずつなんてナンセンスだぜ、優香!」
レジに立つ光平くんの前に、薦められたパックを置こうとしたら鬼柳に止められた。
どうでも良いけどナンセンスなんて言葉、今時の男子高校生が使うか、普通。
「えぇ!? じゃあ、どうしろって言うのよ?」
「「箱買い」」
箱買い?
鬼柳と光平くんが言った聞き慣れないワードに首を傾げる。
私が訝しげな顔をしているのを見て、鬼柳と光平くんが交互に説明し始めた。
「箱買ってのは、パックが入ってる箱ごと買う事だ」
「この方がレアカードが当たりやすいんだよね」
「1パックずつだと狙ったカードが当たる確立が低いしな」
「「だから箱買いがお薦め(だぜ!)」」
まるで事前に練習したかのように、息ピッタリに私の前で説明する二人。
分かりやすいといえば分かりやすいが、最後の鬼柳のうざいウインクはいらない。
でも箱買いの方がレアなカードが当たるっていうなら、値段はちょっと張るものの、そっちの方がお得かもしれない。
なかなか良いこと言うじゃない、光平くん。(とついでに鬼柳)
「はいはい、分かった。じゃあ、これ箱買いするわ。いくらなの?」
「それ一個だと、お会計4500円になりまーす」
「………え? ちょっと待って、高すぎじゃない!?」
と、目を疑うような値段に、光平くんに迫って再び確認するけど、やっぱり4500円だった。
う、ウソでしょ? 4500円なんて高すぎるわよ!
ケチケチしてると思うかもしれないけど、
親の仕送りでやりくりしている私にとって4500円は高すぎるのだ。
折角説明してもらって悪いけど、こんなの私には払えない―――。
「光平、これ」
「4500円ちょうどお預かりしまーす」
「えっ、ちょっと! 鬼柳――」
私の制止などお構いなしに、鬼柳はやけに高そうな財布から4500円を出して、軽々と箱を購入してしまった。
そして袋に入った箱を渡されたので、拒む訳にもいかず仕方無く受け取る。
しかし、これをどうしたら良いのか分からず突っ立ていたら鬼柳がフッと笑った。
「分かってるって。出世払いな」
「しゅ、出世払いって……まさか私が働き出してからも付きまとうつもり!?」
「それも良いかもな……クックック」
今度はあくどい笑みを浮かべて、どこか楽しそうに呟いた鬼柳にぞわっと鳥肌が立った。
光平くんはというと、そんな私達を見てクスクスと笑っている。
やっぱりこの二人は、私とは別次元の人間なのかもしれない……と、改めてそう認識した瞬間であった。
――それからは私が何を言っても聞き入れて貰えず、結局出世払いになってしまった。
鬼柳とは一週間だけの付き合いだと思っていたのに、もしかして永遠と付きまとわれるかもしれない。
な、なんとしてでも、残り6日で4500円を集めなきゃ!
とりあえずしばらく節約しようと、固く心に誓った。
……明日は更なる波乱が待ち伏せているとも知らずに。
2010.12.19
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