ワールドブレイク
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朝のサテライト商店街は静かだった。
幸いにも人影も少なく、これ以上私と鬼柳とのツーショットを人前に晒さずに済むと思うとホッと安心した。
道行く人たちに、こんな朝早くからデートをしているカップルだとか勘違いされたら、たまったもんじゃない。
(……って、今はそんな事考えてる場合じゃないでしょ……)
鬼柳とカップルなどという有り得ない想像から、意識を目の前の現実へと戻す。
今、私たち二人は昨日訪れた『カードショップ青山』の前にいる。
しかし店に入るには、一つ問題があった。
「ここのカードショップ、十時から開店みたいだけど……どうするの」
そう、まだ開店時間の十時になっておらず、店が空いていないという事だった。
今の時刻は朝の八時半ほどで、まだ開店まで一時間半の余裕がある。
まさか店が開くまで鬼柳と二人で時間を潰すなんて展開になったら、どうしようかとヒヤヒヤしたけど、隣の鬼柳は何故か問題無いといった涼しい顔をしていた。
この余裕のある表情は、何処から来ているんだろうか。
「どうするもこうするも入るに決まってんだろ」
「でもシャッターまで閉まってるのに、どうやって……って、ちょっと!」
最後まで言い終わる前に、鬼柳は私の腕をぐいっと掴み、ついて来いとばかりに歩き出した。
カードショップの横にある細い路地に連れて来られ、いたる所に段ボールなどが置かれていて歩くのだけでもやっとだった。
路地を出てカードショップの裏側に着くと、裏口と思われるドアを何のためらいもなく鬼柳は手を掛けようとしたので、大急ぎで私は鬼柳の腕を引っ張りドアを開けるのを引きとめる。
「ま、待ってよ。これ不法侵入じゃないの? 勝手に裏口から入るなんて」
「心配いらねえよ。ちゃんと店の奴には許可済みだから、ってか初めて自分から俺に触れて来たな、優香」
「なっ、ち、違うわよ! これは目の前の犯罪行為を見過ごすワケにいかないと思っただけで……ふ、触れてきたなんて変な言い方しないでよね!」
自分でも驚くほどやけに声を張り上げて言うと、すぐさま鬼柳の腕からバッと手を離す。
腕が自由になった鬼柳は、「はいはい」と私の言い分を軽く受け流すと、そのままドアを開けて中に入っていった。
ちゃんと店の人に許可を取っているのかと疑いを持ったけど、こんな場所に一人取り残されるのは嫌なので、私も躊躇しながらも店内に入った鬼柳の後を追っていくことにした。
――本当に不法侵入だった時は、もう鬼柳なんて気にせず私一人で逃げようと固く決意して。
裏口からカードが大量に積まれた倉庫のような部屋を通り、表にあるカードショップの店内へと、ようやくたどり着いた。
もちろん店内には、私たち以外誰もおらず、昨日は賑やかだったデュエルスペースもシンと静まりかえっていた。
やっぱり不法侵入じゃないかと一瞬不安がよぎったけど鬼柳の所為にすれば良いかと考えれば、少し心が落ち着いた。
「さて、着いたことだし……よし、優香! 今からデュエル講義といこうじゃねえか」
「へ、今から!?」
「当たり前だろ、此処に来た意味が無えっての。ほら、さっさと座れって」
鬼柳に言われるがまま、デュエルスペースの中の椅子に座らされ、鬼柳が前の椅子に腰を下ろした。
昨日の一件やホームページでは見ていただけど、実際に自分がデュエルの席に座るのは初めてで、なんだか妙に緊張する。
――そして『鬼柳先生の満足デュエル教室(※鬼柳が勝手に名称)』が始まった。
鬼柳の教え方というのは、意外だった。
てっきり鬼柳は押し付けてくる教え方をするものだと思っていたが、私のわからない所を瞬時に読み取り、わかるまでとことん教えてくれる。
悔しいけど、それだけ鬼柳の教え方はわかりやすかった。
そのおかげか徐々にルールを覚え、まだぎこちなかったがデュエルもできるようにもなってきた。
それから、さっそく実戦に慣れる為に鬼柳とデュエルをしているんだけど……。
「俺が見込んだ通りだ。筋がいいぜ、優香。短時間でここまで出来るなら大したもんだ」
「あんたのライフ、1ポイントも削れてないのにそんなこと言われても嬉しくない……」
鬼柳から貰った特製デッキを使っているんだけど、とてもじゃないが歯が立たない。
なんとか鬼柳のモンスターを倒しても、初心者の私にはわからない方法ですぐに復活させたりする。
初心者相手だからといって手加減などまったく無い。
――なんてえげつない男なんだろう。
「プライドが高い優香に手加減なんてしたら、怒るだろうと思ってな」
「な、何で今私の考えてることが……!?」
「顔に書いてあったぜ? 優香ってわかり易いなー」
鬼柳は、私の反応を楽しむかのようにクックックと笑い出す。
見透かされた……!
しかも、こんな奴に心を読まれたなんて屈辱だ。
デュエルで負けているせいか余計に悔しく感じられた。
たまらず机の上に身を放り投げ、頭を俯かせて沈んだ気持ちになっていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「よお、お二人さん。デュエル講義は進んでるようだな」
―――え、この声、どこかで……。
聞き覚えのある男の声に、私はいそいで顔を上げ声がした方へ振り返った。
「お、光平じゃねえか! 遅かったな」
鬼柳にコウヘイと呼ばれた男はどう見てもギャル男といったチャラチャラした感じで、声には確かに聞き覚えがあるが、その男には見覚えがなかった。
こういうチャラチャラした男は私の知り合いにはいない、むしろ好きじゃない。
チャラ男(仮)は、エプロンをしていてどうやら此処の店員という事がうかがえた。
「遅いじゃねえよ、折角今日は店が休みだってのに呼び出しやがって」
「まー、まー、良いじゃねぇか。お前がいないと、店のカード買えねえし」
「へ、休み?」
聞いていない話に、うっかり口を挟んでしまった。
時計を見てみれば時間は既に十二時になっていて、とっくに開店時間を過ぎている。
どうりで時間が経つのが遅いと思っていた所だった。
「あれ、聞いてねえのか……って、あんた、どこかで会ったことあったっけ?」
鬼柳と話していたチャラ男が、突然私の顔をまじまじと見て訊いてきた。
どこかで会ったことあったけ、と問い掛けられても、何度も言うが私はこんなチャラ男なんて知らない。
――だけども、よく考えればコウヘイって名前はどこかで聞いたような……。
返事にもたついていると、前に座る鬼柳が勝手に私の代わりに答え出した。
「口説いてんじゃねぇよ、光平。コイツは俺の女だ」
「はあッ!? だだだ、誰があんたの女よ、私はただあんたにデュエルを教えてもらってただけでしょ!」
急に突拍子もないことを言いだし、慌てて私は鬼柳に向かって声を張り上げる。
鬼柳の発言には油断も隙もない、大体あの男の彼女だなんて考えただけでも背筋がぞっとした。
(どうせ、鬼柳は私をからかってああいう事言っているだけ。向こうだって私を本気で彼女にする気なんて全く無いはずなんだから……)
それよりも、チャラ男が私たちの関係を勘違いしてないかが心配だ。
だが、運良くチャラ男はうーんと腕を組んで何か考え込んでいるようで、鬼柳の言葉は耳に入っていないようだった。
心の中で安堵していると、チャラ男の目がカッと開いて私の方に指を指した。
「もしかして、北村さんだろ!?」
「え? どうして私の苗字を……」
「俺だよ、俺! ほら、ネオドミノ中学で、ずっと一緒のクラスだった青山光平!」
―――青山光平。
その名には、聞き覚えがあった。
むしろはっきりと覚えている。
中学の時、三年間同じクラスで一緒によく勉強していた友人の一人だ。
私の知っている青山光平は分厚い眼鏡を掛けていて、いかにもガリ勉といった男の子だった。
こんなチャラ男が、あの真面目な青山光平なワケがない……。
しかし言われてみれば私の知っている青山光平と、どことなく面影があるような気はする。
「まさか、光平くん……なの?」
チャラ男もとい青山光平を震える指で指し、私はおそるおそる尋ねたのだった―――。
2010.03.15