短編夢
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
デュエルに支配された街―――クラッシュタウン。
本日の夕暮れにあるデュエルタイムが、今まさに終わりを告げようとしていた。
「『インフェルニティ・デストロイヤー』でダイレクトアタック」
新たにラモンのグループに雇われた用心棒こと鬼柳が攻撃宣言をする。
相手のマルコム側のデュエリストの場にはモンスターもおらず、そのまま攻撃が通りライフがゼロになると鬼柳の勝利でデュエルは終わった。
しかも鬼柳のライフは減っておらず、先攻二ターン目で決めるという圧倒的な実力も同時に見せつけたのだ。
これで鬼柳は二十連勝中となり、ラモン側のデュエリスト達は派手に騒いで喜ぶ。
鬼柳は周囲の歓声に耳を傾けることもなく、早々と広場から去ろうとする―――
が、見覚えのある少女が自分の身体に飛び込んできた為、鬼柳の足は必然的に止まってしまった。
「さっすが鬼柳さん! これでもう二十連勝だよー! ラモンのおじさんよりも強いんじゃない?」
「……優香、見ていたのか」
仮にもマルコム側の人間からは死神とも恐れられる鬼柳に馴れ馴れしく抱きつく少女――――優香。
叔父のラモンの事をおじさんと呼び親しみ、ラモンも姪という関係を超えて優香を溺愛していた。
実際優香は顔やスタイルも良ければ性格も良く、ラモングループだけでなくクラッシュタウンのアイドル的存在でもある。
そんなアイドルの優香と傍から見てイチャつく鬼柳を、当然妬ましい目で睨む輩もいるが、
当の優香はアイドルという自覚もなければ、自分を見つめる男の視線さえも全く気付いていない様子であった。
「当たり前だよ、鬼柳さんのデュエルを見忘れた日なんか無いもん! 今日だって寝過ごして遅れそうになったけど猛ダッシュで来たんだから」
「そりゃ、ご苦労だったな……ほら、俺からさっさと離れろ」
何も知らず呑気に喋る優香を、鬼柳は自分の身体から慣れた手付きで引きはがす。
優香が抱き着いてくるのは常に日常茶飯事で、鬼柳も優香の扱いには自然と馴れていた。
簡単にあしらわれ、優香は頬をぷっと膨らませるが、鬼柳は見ていないフリをしてその場を去ろうとする。
しかし、またもや鬼柳の前にもう一人見慣れた男が現れた。
「いやぁ、先生ー! 今日も素晴らしい勝利でしたね!」
「あ、おじさん!」
ニコニコと笑顔で鬼柳の元へと駆け寄ってきたのはラモンだった。
叔父の登場に、優香はパっと顔を明るくさせる。
ラモンは可愛い姪である優香に満面のスマイルで手を振ると、すぐに鬼柳の方へと向きなおす。
「先生、この調子でこれからも頼みますよ! なんたって先生は我らラモングループの柱なんだからな。―――ですが」
最後の「ですが」を強調してラモンは鬼柳の肩を掴むと、耳もとへ顔を近付けた。
そして、ドスの利いた低い声でゆっくりと囁く。
「だからといって、私の姪に近付いて良いという訳ではないですよ……? いくら先生でも優香は誰にも渡しませんぜ」
「安心しろ、お前の姪のことはそんな目で見ていない」
ラモンから漂う黒いオーラに優香以外の周囲の人間は怯えきっていたが、鬼柳は一切ひるむこともなく答える。
一方の優香はなぜ他の皆が怯えているのが分からない様子で、恐らく今の鬼柳達の会話は聞こえていなかったのだろう。
聞こえていたとしても、年の割にまだまだ子供な優香に意味が分かるのかは定かではないが。
「何言ってんですか! 私の優香はネオ童実野シティにもファンクラブがあるほどの可愛さで、スタイルも某雑誌モデル並いやそれ以上に完璧、この荒んだクラッシュタウンに住んでいるというのに、まるで赤ん坊のように純粋でそりゃもう可愛いんですよ! 先生程の男なら優香を自分色に染めたいと思っているに違いないでしょう! いや、むしろ優香の魅力に気付いてない訳が……」
鬼柳が間に入る隙間もなく、ラモンは鼻息を荒くして優香の魅力を語り始めた。
クラッシュタウンの住民なら優香以外誰もが知っている常識だが、ラモンが一度優香についてペラペラ語り出すとキリがない。
これ以上ラモンと付き合っても無駄だと感じた鬼柳は、ラモンをほって近くの自分のD・ホイールに乗ろうとした。
だが、逃がすまいと再び優香が鬼柳の背中目掛けて飛び込む。
「優香、今度は何だ……離れろと言ってんだろ」
「えへへ、おじさんと話終わったんでしょ。帰るのなら私も乗せて行ってほしいな~」
「徒歩でも充分帰れる距離だろうが」
「だって歩くの面倒だし、鬼柳さんと一緒にいたいもん」
優香は鬼柳に後ろからギュッとしがみつき、一向に離れる気配はない。
頑固でもある優香は、一緒に乗せてもらえるまで鬼柳から絶対に離れないだろう。
今までに優香にこういったおねだりをされた事は何度かあるが、結局鬼柳はD・ホイールに毎回乗せてやる派目になるのだ。
さっさとラモンに気付かれぬうちに逃げたいというのに、鬼柳は困るしかなかった。
「ちょっと、先生! うちの優香とまた何やってるんです!?」
ようやく鬼柳が目の前から消えたことに気付いたラモンは、慌てて優香と密着している鬼柳に駆け寄ろうとする。
鬼柳はチッと舌打ちをすると、後ろから抱きつく優香を無理矢理はがし、そのままヘルメットを渡した。
「さっさと乗れ! お前の叔父に捕まったらキリがないからな……今日だけ特別だ」
「やったー! ありがと、鬼柳さん!」
満面の笑顔で優香はヘルメットを被ると、待ってましたとばかりにD・ホイールに跨り鬼柳の背中にしがみつく。
D・ホイールが走り出すと、ラモンは「待ちやがれ~」と情けない声を上げながら追いかけるが、足で敵うはずもなく暫くしてその場にしゃがみこんでしまう。
鬼柳のD・ホイールが駆けた後の砂煙が舞い、遠くまで見えるようになる頃には、もうすっかり愛しい姪の姿は見えなくなっていた。
地面に座り込んだラモンは悔しそうに唇を噛み締めながら、腰に着けたディスクホルダーにしまっていたデュエルディスクの持ち手を知らず知らず握り潰していた。
一部始終を傍で見ていたラモンの部下の一人が、隣の仲間にそっと耳打ちする。
「先生が来てから、ラモンさんのデュエルディスク潰れるの何個目だっけ……?」
「さあな、俺も分かんねえけど十個は軽く超えてんだろ」
そんな部下たちの会話もラモンの耳には入っておらず、デュエルディスクが惨めにバチバチと壊れていく音だけが響いていた―――。
++
一方の鬼柳はというと、無事に優香を送り届けたのだが、どうしても家に寄ってほしいと優香の部屋に強引にあがらされていた。
幸いラモンとは一緒に暮らしておらず優香一人の家だとはいえ、優香の意図が分からず流石の鬼柳も困惑せざるを得ない。
呑気にお茶を運んできた優香に、鬼柳は口を開いた。
「優香、用件はなんだ」
「鬼柳さん、たまに家まで送ってくれるでしょ。それのお礼でもあるかな」
机にお茶を置いて、優香はにっこりと笑顔で答える。
家まで送っているというより、送らされている気がするのだが鬼柳は黙っていることにした。
「礼なんていい……用件はそれだけか? なら俺は帰らせてもらう」
「わー! 待ってよ、鬼柳さん! まだ用件はあるの!」
立ち上がろうとした鬼柳を、優香はあわてて制止の声をかける。
仕方なく鬼柳は再び腰を下ろし、優香の話を聞くことにした。
「鬼柳さん、デュエル教えてよ! 私もラモンのおじさんの右腕になるくらい強くなりたいなって思って」
「デュエルを教えてもらうなら他の奴に頼めばいい。なんならラモンでも良いだろ」
「だって皆、私とデュエルしたら手加減してわざと負けるの。ラモンおじさんまで負けるんだよ。理由は分かんないけど……」
たまに優香は仲間とデュエルすることがあるのだが、どの相手も優香に好意を持っており気に入られようとしてか手加減してわざとデュエルに負けていた。
おかげでデュエルの腕は大して上がらず、理由さえも気付いていない優香は困り果てていたのだった。
もちろんの事であるがデュエルをした相手に鈍感でもある優香が好意など抱くはずもない。
未だ手加減する理由に悩む優香をよそに、鬼柳はすぐに手加減する訳を悟る。
「もしかしたら私が女だからって舐められてるのかな。デュエルに男も女も関係ないんだけどなぁ」
「別にあいつらはお前のことを舐めてるわけじゃねえよ」
「どういうこと?」
意外な鬼柳の言葉に、優香は不思議そうに首を傾げる。
「おそらく優香に気に入られたいが為にわざと負けているんだろう」
「そうかな~、デュエルにわざと負けてまで私なんかに気に入られたいのかなって感じだけど」
冗談だと思っているのか優香は苦笑しながら否定する。
あまりに優香は、自分の魅力に気付いていないと鬼柳はつくづく思う。
わざと負けたところで優香に気に入られる訳もないが、クラッシュタウンのデュエリストがデュエルにわざと敗北するという事は奴らの気持ちは本気なのだ。しかも女などの為に。
そんな奴らの気持ちを笑っていつも流す優香を、鈍感という域を最早超えていると鬼柳は改めて感じた。
「奴ら、お前のこと可愛いってな……ラモンの姪だから今は手を出してないだけだろうが」
「ふーん……もしかして、鬼柳さんもそう思ってるの?」
興味津々な素振りで優香は身を乗り出して鬼柳に訊いた。
急に話題が自分へと向けられ、自分の気持ちを見透かれたのかと鬼柳は一瞬焦ったが、キラキラと見つめて答えを待つ優香を見て、どうやら興味本位で聞いているようであった。
鬼柳は心の中で胸を撫で下ろすと、優香が先程持ってきたお茶を手に取る。
「子供がそんな大人びた口をきいてんじゃねえよ」
「むっ、私だってもう子供じゃないもんね! 胸だって大きくなってきたし……なんなら鬼柳さん触ってみる?」
突然の優香の言葉に、お茶を口に含んでいた鬼柳は思わず吹き出そうになってしまった。
寸前になんとか飲み込んだおかげで自分のキャラは守れたが、それだけ優香の口にした台詞には破壊力があったのだ。
優香のことだから特に深い意味はないだろうが、恋人でもない男に「胸を触ってみる?」など尋常では有り得ない状況である。
しかも、肝心の優香はギリギリBカップの胸に目線をやりながら、鬼柳の近くにじりじりと詰め寄って来ている。
流石の鬼柳も、男の本能か胸の方に目がいきそうになるが、ハッとしてすぐに目線を逸らす。
「優香……他の奴らにも、んな事言ってるのか?」
「ふえ? そんなこと言ってないに決まってるじゃん。鬼柳さんにだけだよ」
へらっと笑って答えた優香に、目線を逸らしたまま鬼柳は頭を抱えて深く溜息をついた。
同時に、強く確信したことがある。
(コイツ……やはり意味を分かってないんだろうな……)
まだ自分にだけらしいが、今のような台詞を他の男に言えば散々な目に合うことは間違いない。
今の優香の様子では、高い確率であり得ることだろう。
もう少し危機感を持たせた方が良いのかと鬼柳は口を開くが、優香の方が先に声を発した。
「そういえば、鬼柳さんはデュエル教えてくれるの? なんか話が逸れちゃったけど」
「……他の男に優香を任すより、俺が教えた方が優香のためだろ。まあ、デュエルタイムで敗北しない限りまでなら俺は」
「えっ、つまり良いってことだよね!? ありがと、鬼柳さんっ!」
鬼柳の話は終わっていないのにも関わらず、大喜びで優香は鬼柳に抱き着いた。
不意をついた衝撃で優香を受け止めることができず、鬼柳はその場に崩れてしまう。
自分の上に覆い被さって喜ぶ優香を見て鬼柳はチャンスだと思い、くいっと優香の顎を掴むと自分の方へと向かせた。
優香は何が分からないと言いたげな顔で、目をぱちくりとさせる。
お互い顔が近いことと、鬼柳のいつもと違う眼差しに流石の優香も少し顔を赤くさせていた。
「き、鬼柳さん、どうしたの?」
「優香、もう少し男には気をつけた方がいい……例え俺でも、だ」
「へ? 気をつけるって?」
「……これだけ言っても分からねえのかよ。なら仕方ないな」
小さく溜息をつくと、鬼柳はゆっくりと顔を優香へと近付けていく。
あと残りわずか四センチ足らずで優香の唇が重なりそうになった時―――
この世の者とは思えないドス黒い声が聞こえたのだった。
「先生……うちの優香に何をしてるんです……?」
ドス黒い声の主はラモンだった。
なぜか優香の部屋の扉の前に立っており、殺気に満ちた目で鬼柳を睨んでいる。
鬼柳は今度はわざと聞こえるようチッと舌打ちをすれば、優香を先に立たすと、自分も起き上がった。
当の優香はぴりぴりと殺気立った雰囲気に気付くことなく、いつもの口調でラモンに声を掛ける。
「あれ、おじさん、来てたんだ!」
「なるほど、合鍵を使ったって訳か……」
「優香の保護者であるんだから、合鍵くらい持ってますぜ。で、先生、嫁入り前の優香の部屋に来て襲うなんて一体どういう事ですかね?」
優香の前だからか表面上はニコニコとしているが、ラモンの周りには黒いオーラが滲み出ている。
襲うというか、むしろ優香に押し倒されたのだが、手を出したのは自分からなので鬼柳は言葉を飲み込む。
しかし、相変わらず場の空気が読めない優香はこの雰囲気には似合わない明るい声で話し出した。
「あのねっ、鬼柳さんにデュエル教えてもらうことになったの!」
「先生に?」
「うん、鬼柳さんっておじさんに認められるほどの強いデュエリストじゃない? だからデュエルを教えてもらっておじさんの右腕にいつかなりたいな、って」
えへへと恥ずかしそうに言いながら、純粋な目でラモンを見つめる優香。
そんな健気に自分のために頑張ろうとしていた優香の姿を見て、ラモンの周りに漂う黒いオーラが一瞬にしてピンク色の穏やかなオーラに変わり、ラモンは優香をガバッと抱き締めた。
突然のラモンの抱擁に、優香どころか傍観していた鬼柳さえも目を見開いて驚く。
「お、おじさんっ!?」
「うッ……優香にこんなに思われてるなんて、おじさんは幸せ者だな……。だが、先生に教えてもらうまでもねえ、おじさんが教えてやるからまた一緒に暮らし――」
「おじさんの気持ちは嬉しいけど、私は鬼柳さんが良いな~。だって、おじさんだとわざと負けるでしょ。あと私一人で暮らしたいんだよね」
スルリと容易くラモンの腕の中から抜け出した優香は、鬼柳の腕を組んだ。
可愛い優香の叔父からの自立とも取れる言葉にラモンはショックを受けたが、同時に再びドス黒いオーラがラモンの周りに漂い、憎しみのこもった目で鬼柳を睨んだ。
「先生……優香がそこまで好きなんですね。嫁入り前の優香の部屋に無理矢理上がり込んで襲おうとするまでにッ……!」
「いや、元々俺は優香に連れて来られただけで、押し倒したのも優香が先……」
「嘘は駄目だぜ、先生。ピュアで汚れをしらない優香が先生を押し倒すなんて、んな物騒な真似するハズねえ!」
自分も目の前で優香が鬼柳の上に乗っている所を見たというのに、勝手に脳内変換でもされているのかラモンに鬼柳の話は通じない。
おまけに大事な時に優香は、会話の意味がよく分からずポカンとしている。
鬼柳は呆れて最早ため息すら出ず、開きっ放しである窓の縁に足をかけると、そのまま外に身を乗り出した。
「せ、先生!? まだ話は終わって―――」
「あんたの話は長いんでな。俺は帰らせてもらうぜ」
そう言うと、鬼柳は窓からヒラリと飛び、軽やかに地面に着地した。
素早い動作で家の前に止めていたD・ホイールに跨り、そのままエンジンをかける。
「あー! 鬼柳さん、もう帰っちゃうの!? デュエル教えてくれるって言ったのに!」
前にいるラモンをどかして、窓から身を乗り出さんばかりに優香は鬼柳を澄んだ瞳で捉える。
どこまでも純粋な優香の瞳を見つめ返しながら、鬼柳は「やはりキスをしておくべきだった」と少しだけ後悔の念に駆られた。
(全く危機感の無え優香だ。これからも無意識で俺を生殺しのような目に遭わせるだろうな――――だが、それも面白い)
フッと口元だけ緩めると、鬼柳はヘルメットを被り最後に優香に一言だけ告げた。
「また明日にな、優香」
鬼柳の返事に優香は輝かんばかりの笑みを浮かべた。
思わず鬼柳は、その優香の笑顔に見惚れそうになったが、構わずD・ホイールを走らせて行く。
優香は鬼柳の去っていく姿を、窓から見えなくなるまで見届けた。
―――何故か速くなっていく胸の鼓動に違和感を覚えながら。
ちなみに、ラモンも優香と同じように窓から身を乗り出してずっと騒いでいたのだが、二人の世界に入っていた鬼柳と優香には存在すら忘れ去られていたのであった………。
fin.
<あとがき>
相互記念の品として、Nocturne Of Sanctuaryさまの管理人・暮夜鴇様に捧げさせていただいた夢でした。
2010.01.13
本日の夕暮れにあるデュエルタイムが、今まさに終わりを告げようとしていた。
「『インフェルニティ・デストロイヤー』でダイレクトアタック」
新たにラモンのグループに雇われた用心棒こと鬼柳が攻撃宣言をする。
相手のマルコム側のデュエリストの場にはモンスターもおらず、そのまま攻撃が通りライフがゼロになると鬼柳の勝利でデュエルは終わった。
しかも鬼柳のライフは減っておらず、先攻二ターン目で決めるという圧倒的な実力も同時に見せつけたのだ。
これで鬼柳は二十連勝中となり、ラモン側のデュエリスト達は派手に騒いで喜ぶ。
鬼柳は周囲の歓声に耳を傾けることもなく、早々と広場から去ろうとする―――
が、見覚えのある少女が自分の身体に飛び込んできた為、鬼柳の足は必然的に止まってしまった。
「さっすが鬼柳さん! これでもう二十連勝だよー! ラモンのおじさんよりも強いんじゃない?」
「……優香、見ていたのか」
仮にもマルコム側の人間からは死神とも恐れられる鬼柳に馴れ馴れしく抱きつく少女――――優香。
叔父のラモンの事をおじさんと呼び親しみ、ラモンも姪という関係を超えて優香を溺愛していた。
実際優香は顔やスタイルも良ければ性格も良く、ラモングループだけでなくクラッシュタウンのアイドル的存在でもある。
そんなアイドルの優香と傍から見てイチャつく鬼柳を、当然妬ましい目で睨む輩もいるが、
当の優香はアイドルという自覚もなければ、自分を見つめる男の視線さえも全く気付いていない様子であった。
「当たり前だよ、鬼柳さんのデュエルを見忘れた日なんか無いもん! 今日だって寝過ごして遅れそうになったけど猛ダッシュで来たんだから」
「そりゃ、ご苦労だったな……ほら、俺からさっさと離れろ」
何も知らず呑気に喋る優香を、鬼柳は自分の身体から慣れた手付きで引きはがす。
優香が抱き着いてくるのは常に日常茶飯事で、鬼柳も優香の扱いには自然と馴れていた。
簡単にあしらわれ、優香は頬をぷっと膨らませるが、鬼柳は見ていないフリをしてその場を去ろうとする。
しかし、またもや鬼柳の前にもう一人見慣れた男が現れた。
「いやぁ、先生ー! 今日も素晴らしい勝利でしたね!」
「あ、おじさん!」
ニコニコと笑顔で鬼柳の元へと駆け寄ってきたのはラモンだった。
叔父の登場に、優香はパっと顔を明るくさせる。
ラモンは可愛い姪である優香に満面のスマイルで手を振ると、すぐに鬼柳の方へと向きなおす。
「先生、この調子でこれからも頼みますよ! なんたって先生は我らラモングループの柱なんだからな。―――ですが」
最後の「ですが」を強調してラモンは鬼柳の肩を掴むと、耳もとへ顔を近付けた。
そして、ドスの利いた低い声でゆっくりと囁く。
「だからといって、私の姪に近付いて良いという訳ではないですよ……? いくら先生でも優香は誰にも渡しませんぜ」
「安心しろ、お前の姪のことはそんな目で見ていない」
ラモンから漂う黒いオーラに優香以外の周囲の人間は怯えきっていたが、鬼柳は一切ひるむこともなく答える。
一方の優香はなぜ他の皆が怯えているのが分からない様子で、恐らく今の鬼柳達の会話は聞こえていなかったのだろう。
聞こえていたとしても、年の割にまだまだ子供な優香に意味が分かるのかは定かではないが。
「何言ってんですか! 私の優香はネオ童実野シティにもファンクラブがあるほどの可愛さで、スタイルも某雑誌モデル並いやそれ以上に完璧、この荒んだクラッシュタウンに住んでいるというのに、まるで赤ん坊のように純粋でそりゃもう可愛いんですよ! 先生程の男なら優香を自分色に染めたいと思っているに違いないでしょう! いや、むしろ優香の魅力に気付いてない訳が……」
鬼柳が間に入る隙間もなく、ラモンは鼻息を荒くして優香の魅力を語り始めた。
クラッシュタウンの住民なら優香以外誰もが知っている常識だが、ラモンが一度優香についてペラペラ語り出すとキリがない。
これ以上ラモンと付き合っても無駄だと感じた鬼柳は、ラモンをほって近くの自分のD・ホイールに乗ろうとした。
だが、逃がすまいと再び優香が鬼柳の背中目掛けて飛び込む。
「優香、今度は何だ……離れろと言ってんだろ」
「えへへ、おじさんと話終わったんでしょ。帰るのなら私も乗せて行ってほしいな~」
「徒歩でも充分帰れる距離だろうが」
「だって歩くの面倒だし、鬼柳さんと一緒にいたいもん」
優香は鬼柳に後ろからギュッとしがみつき、一向に離れる気配はない。
頑固でもある優香は、一緒に乗せてもらえるまで鬼柳から絶対に離れないだろう。
今までに優香にこういったおねだりをされた事は何度かあるが、結局鬼柳はD・ホイールに毎回乗せてやる派目になるのだ。
さっさとラモンに気付かれぬうちに逃げたいというのに、鬼柳は困るしかなかった。
「ちょっと、先生! うちの優香とまた何やってるんです!?」
ようやく鬼柳が目の前から消えたことに気付いたラモンは、慌てて優香と密着している鬼柳に駆け寄ろうとする。
鬼柳はチッと舌打ちをすると、後ろから抱きつく優香を無理矢理はがし、そのままヘルメットを渡した。
「さっさと乗れ! お前の叔父に捕まったらキリがないからな……今日だけ特別だ」
「やったー! ありがと、鬼柳さん!」
満面の笑顔で優香はヘルメットを被ると、待ってましたとばかりにD・ホイールに跨り鬼柳の背中にしがみつく。
D・ホイールが走り出すと、ラモンは「待ちやがれ~」と情けない声を上げながら追いかけるが、足で敵うはずもなく暫くしてその場にしゃがみこんでしまう。
鬼柳のD・ホイールが駆けた後の砂煙が舞い、遠くまで見えるようになる頃には、もうすっかり愛しい姪の姿は見えなくなっていた。
地面に座り込んだラモンは悔しそうに唇を噛み締めながら、腰に着けたディスクホルダーにしまっていたデュエルディスクの持ち手を知らず知らず握り潰していた。
一部始終を傍で見ていたラモンの部下の一人が、隣の仲間にそっと耳打ちする。
「先生が来てから、ラモンさんのデュエルディスク潰れるの何個目だっけ……?」
「さあな、俺も分かんねえけど十個は軽く超えてんだろ」
そんな部下たちの会話もラモンの耳には入っておらず、デュエルディスクが惨めにバチバチと壊れていく音だけが響いていた―――。
++
一方の鬼柳はというと、無事に優香を送り届けたのだが、どうしても家に寄ってほしいと優香の部屋に強引にあがらされていた。
幸いラモンとは一緒に暮らしておらず優香一人の家だとはいえ、優香の意図が分からず流石の鬼柳も困惑せざるを得ない。
呑気にお茶を運んできた優香に、鬼柳は口を開いた。
「優香、用件はなんだ」
「鬼柳さん、たまに家まで送ってくれるでしょ。それのお礼でもあるかな」
机にお茶を置いて、優香はにっこりと笑顔で答える。
家まで送っているというより、送らされている気がするのだが鬼柳は黙っていることにした。
「礼なんていい……用件はそれだけか? なら俺は帰らせてもらう」
「わー! 待ってよ、鬼柳さん! まだ用件はあるの!」
立ち上がろうとした鬼柳を、優香はあわてて制止の声をかける。
仕方なく鬼柳は再び腰を下ろし、優香の話を聞くことにした。
「鬼柳さん、デュエル教えてよ! 私もラモンのおじさんの右腕になるくらい強くなりたいなって思って」
「デュエルを教えてもらうなら他の奴に頼めばいい。なんならラモンでも良いだろ」
「だって皆、私とデュエルしたら手加減してわざと負けるの。ラモンおじさんまで負けるんだよ。理由は分かんないけど……」
たまに優香は仲間とデュエルすることがあるのだが、どの相手も優香に好意を持っており気に入られようとしてか手加減してわざとデュエルに負けていた。
おかげでデュエルの腕は大して上がらず、理由さえも気付いていない優香は困り果てていたのだった。
もちろんの事であるがデュエルをした相手に鈍感でもある優香が好意など抱くはずもない。
未だ手加減する理由に悩む優香をよそに、鬼柳はすぐに手加減する訳を悟る。
「もしかしたら私が女だからって舐められてるのかな。デュエルに男も女も関係ないんだけどなぁ」
「別にあいつらはお前のことを舐めてるわけじゃねえよ」
「どういうこと?」
意外な鬼柳の言葉に、優香は不思議そうに首を傾げる。
「おそらく優香に気に入られたいが為にわざと負けているんだろう」
「そうかな~、デュエルにわざと負けてまで私なんかに気に入られたいのかなって感じだけど」
冗談だと思っているのか優香は苦笑しながら否定する。
あまりに優香は、自分の魅力に気付いていないと鬼柳はつくづく思う。
わざと負けたところで優香に気に入られる訳もないが、クラッシュタウンのデュエリストがデュエルにわざと敗北するという事は奴らの気持ちは本気なのだ。しかも女などの為に。
そんな奴らの気持ちを笑っていつも流す優香を、鈍感という域を最早超えていると鬼柳は改めて感じた。
「奴ら、お前のこと可愛いってな……ラモンの姪だから今は手を出してないだけだろうが」
「ふーん……もしかして、鬼柳さんもそう思ってるの?」
興味津々な素振りで優香は身を乗り出して鬼柳に訊いた。
急に話題が自分へと向けられ、自分の気持ちを見透かれたのかと鬼柳は一瞬焦ったが、キラキラと見つめて答えを待つ優香を見て、どうやら興味本位で聞いているようであった。
鬼柳は心の中で胸を撫で下ろすと、優香が先程持ってきたお茶を手に取る。
「子供がそんな大人びた口をきいてんじゃねえよ」
「むっ、私だってもう子供じゃないもんね! 胸だって大きくなってきたし……なんなら鬼柳さん触ってみる?」
突然の優香の言葉に、お茶を口に含んでいた鬼柳は思わず吹き出そうになってしまった。
寸前になんとか飲み込んだおかげで自分のキャラは守れたが、それだけ優香の口にした台詞には破壊力があったのだ。
優香のことだから特に深い意味はないだろうが、恋人でもない男に「胸を触ってみる?」など尋常では有り得ない状況である。
しかも、肝心の優香はギリギリBカップの胸に目線をやりながら、鬼柳の近くにじりじりと詰め寄って来ている。
流石の鬼柳も、男の本能か胸の方に目がいきそうになるが、ハッとしてすぐに目線を逸らす。
「優香……他の奴らにも、んな事言ってるのか?」
「ふえ? そんなこと言ってないに決まってるじゃん。鬼柳さんにだけだよ」
へらっと笑って答えた優香に、目線を逸らしたまま鬼柳は頭を抱えて深く溜息をついた。
同時に、強く確信したことがある。
(コイツ……やはり意味を分かってないんだろうな……)
まだ自分にだけらしいが、今のような台詞を他の男に言えば散々な目に合うことは間違いない。
今の優香の様子では、高い確率であり得ることだろう。
もう少し危機感を持たせた方が良いのかと鬼柳は口を開くが、優香の方が先に声を発した。
「そういえば、鬼柳さんはデュエル教えてくれるの? なんか話が逸れちゃったけど」
「……他の男に優香を任すより、俺が教えた方が優香のためだろ。まあ、デュエルタイムで敗北しない限りまでなら俺は」
「えっ、つまり良いってことだよね!? ありがと、鬼柳さんっ!」
鬼柳の話は終わっていないのにも関わらず、大喜びで優香は鬼柳に抱き着いた。
不意をついた衝撃で優香を受け止めることができず、鬼柳はその場に崩れてしまう。
自分の上に覆い被さって喜ぶ優香を見て鬼柳はチャンスだと思い、くいっと優香の顎を掴むと自分の方へと向かせた。
優香は何が分からないと言いたげな顔で、目をぱちくりとさせる。
お互い顔が近いことと、鬼柳のいつもと違う眼差しに流石の優香も少し顔を赤くさせていた。
「き、鬼柳さん、どうしたの?」
「優香、もう少し男には気をつけた方がいい……例え俺でも、だ」
「へ? 気をつけるって?」
「……これだけ言っても分からねえのかよ。なら仕方ないな」
小さく溜息をつくと、鬼柳はゆっくりと顔を優香へと近付けていく。
あと残りわずか四センチ足らずで優香の唇が重なりそうになった時―――
この世の者とは思えないドス黒い声が聞こえたのだった。
「先生……うちの優香に何をしてるんです……?」
ドス黒い声の主はラモンだった。
なぜか優香の部屋の扉の前に立っており、殺気に満ちた目で鬼柳を睨んでいる。
鬼柳は今度はわざと聞こえるようチッと舌打ちをすれば、優香を先に立たすと、自分も起き上がった。
当の優香はぴりぴりと殺気立った雰囲気に気付くことなく、いつもの口調でラモンに声を掛ける。
「あれ、おじさん、来てたんだ!」
「なるほど、合鍵を使ったって訳か……」
「優香の保護者であるんだから、合鍵くらい持ってますぜ。で、先生、嫁入り前の優香の部屋に来て襲うなんて一体どういう事ですかね?」
優香の前だからか表面上はニコニコとしているが、ラモンの周りには黒いオーラが滲み出ている。
襲うというか、むしろ優香に押し倒されたのだが、手を出したのは自分からなので鬼柳は言葉を飲み込む。
しかし、相変わらず場の空気が読めない優香はこの雰囲気には似合わない明るい声で話し出した。
「あのねっ、鬼柳さんにデュエル教えてもらうことになったの!」
「先生に?」
「うん、鬼柳さんっておじさんに認められるほどの強いデュエリストじゃない? だからデュエルを教えてもらっておじさんの右腕にいつかなりたいな、って」
えへへと恥ずかしそうに言いながら、純粋な目でラモンを見つめる優香。
そんな健気に自分のために頑張ろうとしていた優香の姿を見て、ラモンの周りに漂う黒いオーラが一瞬にしてピンク色の穏やかなオーラに変わり、ラモンは優香をガバッと抱き締めた。
突然のラモンの抱擁に、優香どころか傍観していた鬼柳さえも目を見開いて驚く。
「お、おじさんっ!?」
「うッ……優香にこんなに思われてるなんて、おじさんは幸せ者だな……。だが、先生に教えてもらうまでもねえ、おじさんが教えてやるからまた一緒に暮らし――」
「おじさんの気持ちは嬉しいけど、私は鬼柳さんが良いな~。だって、おじさんだとわざと負けるでしょ。あと私一人で暮らしたいんだよね」
スルリと容易くラモンの腕の中から抜け出した優香は、鬼柳の腕を組んだ。
可愛い優香の叔父からの自立とも取れる言葉にラモンはショックを受けたが、同時に再びドス黒いオーラがラモンの周りに漂い、憎しみのこもった目で鬼柳を睨んだ。
「先生……優香がそこまで好きなんですね。嫁入り前の優香の部屋に無理矢理上がり込んで襲おうとするまでにッ……!」
「いや、元々俺は優香に連れて来られただけで、押し倒したのも優香が先……」
「嘘は駄目だぜ、先生。ピュアで汚れをしらない優香が先生を押し倒すなんて、んな物騒な真似するハズねえ!」
自分も目の前で優香が鬼柳の上に乗っている所を見たというのに、勝手に脳内変換でもされているのかラモンに鬼柳の話は通じない。
おまけに大事な時に優香は、会話の意味がよく分からずポカンとしている。
鬼柳は呆れて最早ため息すら出ず、開きっ放しである窓の縁に足をかけると、そのまま外に身を乗り出した。
「せ、先生!? まだ話は終わって―――」
「あんたの話は長いんでな。俺は帰らせてもらうぜ」
そう言うと、鬼柳は窓からヒラリと飛び、軽やかに地面に着地した。
素早い動作で家の前に止めていたD・ホイールに跨り、そのままエンジンをかける。
「あー! 鬼柳さん、もう帰っちゃうの!? デュエル教えてくれるって言ったのに!」
前にいるラモンをどかして、窓から身を乗り出さんばかりに優香は鬼柳を澄んだ瞳で捉える。
どこまでも純粋な優香の瞳を見つめ返しながら、鬼柳は「やはりキスをしておくべきだった」と少しだけ後悔の念に駆られた。
(全く危機感の無え優香だ。これからも無意識で俺を生殺しのような目に遭わせるだろうな――――だが、それも面白い)
フッと口元だけ緩めると、鬼柳はヘルメットを被り最後に優香に一言だけ告げた。
「また明日にな、優香」
鬼柳の返事に優香は輝かんばかりの笑みを浮かべた。
思わず鬼柳は、その優香の笑顔に見惚れそうになったが、構わずD・ホイールを走らせて行く。
優香は鬼柳の去っていく姿を、窓から見えなくなるまで見届けた。
―――何故か速くなっていく胸の鼓動に違和感を覚えながら。
ちなみに、ラモンも優香と同じように窓から身を乗り出してずっと騒いでいたのだが、二人の世界に入っていた鬼柳と優香には存在すら忘れ去られていたのであった………。
fin.
<あとがき>
相互記念の品として、Nocturne Of Sanctuaryさまの管理人・暮夜鴇様に捧げさせていただいた夢でした。
2010.01.13