短編夢
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「さてと……こんなもんか」
紙袋に入ったリンゴの量を確認しながら、俺は店を後にした。
―――何故このブレイブ様がリンゴなんか抱えているかというと、深い理由がある。
1時間前に遡るが、突如ハラルドが「ネオ童実野リンゴを食してみたい」と言い出したのだ。
ネオ童実野リンゴというのは、ネオ童実野シティのみで栽培されているという名物土産の一つだ。
これが他所から上手いと評判らしく、美食家のハラルドが狙うのも納得がいく。
もちろんこういうハラルドの頼み(ってか我侭か)を聞くのはセバスチャンの仕事だが、運悪く今日に限ってセバスチャンは他方に出張していた。
で、今日ちょうど一人でネオ童実野シティを満喫しようと企んでた俺が抜擢されたという訳だ。
……え? 全然深い理由じゃねぇ?
これでも俺の貴重なオフの時間を使って、わざわざリンゴなんか買ってやったんだぜ!
ハラルドには後でたんまり礼を頂戴するつもりだ。
っても、あいつは金持ちだから痛くも痒くもねぇだろうが……。
同時に、今頃のん気にティータイムを堪能してるだろうハラルドの顔が自然と頭に浮かぶ。
こうなりゃ早く戻ってさっさと渡してしまおう―――と、脳裏に残るハラルドを振り切り、D・ホイールを止めた場所へと向かう。
が、そこには俺のD・ホイールの姿は無かった。
「っかしいな~……俺ここに止めたはずだよな?」
周辺を何度も見渡しても俺のD・ホイールの姿は見当たらない。
(俺は確かに此処に止めた。だとすれば、こりゃぁスラれたな……)
あんな目立つD・ホイールを盗む馬鹿な野郎がいる事にも驚いたが、簡単に自分のD・ホイールをスラれる俺の方にも抜かりがあっただろう。
とっとと犯人捕まえて取り戻さねぇと、トリックスター失格かもしれねえ。
とりあえずハラルドやドラガンのD・ホイールには、俺のD・ホイールの追跡機能が付いてるはずだ。
まずはハラルド――は説教くらいそうだから、ドラガンに連絡して事情を説明しねえと。
ったく、これも全部ハラルドがリンゴなんか俺に頼むからだろ!
やっぱり引き受けずにハラルドに行かせりゃ良かった……何してんだ俺。
今にも握り潰したいリンゴの袋を片手で抱え、ポケットの携帯を取り出そうとしたその時だった。
―――ドンッ!
「きゃっ!」
「うおっと」
いきなり俺の前に女の子が飛び出して来て勢いよく俺にぶつかると、その反動で袋が落ちてリンゴが辺りに散らばった。
俺はリンゴなど目もくれず、地面に倒れ込んだ女の子の元へ咄嗟にしゃがんで声を掛けた。
あんな勢いだったから、ケガとか無けりゃ良いが……。
「大丈夫か? あんた」
「いたた……う、うん、大丈夫。ごめんなさい、急にぶつかって」
そう言って顔を上げた女の子は、可愛らしい顔立ちをしていてセミロングの栗色の髪が印象的だった。
俺の周りにはいないタイプだなと思いつつ、手を差し伸ばし女の子を立たせる。
普通に立てたところから、どうやらケガは無いようでホッと胸を撫で下ろす。
「いいって、別に。それより何であんな急いでたんだ? 前の俺に気付かねぇとは余っ程だろ」
女の子が服の汚れを払ってる間に、気になった疑問を投げかけてみた。
道のど真ん中にいた俺にぶつかる理由とは、どんなもんかと少し興味が沸いたからだ。
女の子はちょっと驚いたように俺の顔を見たが、特に疑う事無く話し出した。
「実は、さっき水着を盗まれたの」
「み、水着!?」
予想外のワードに、俺とした事が思わず声を荒げてしまった。
水着、ってそんな大事なもん盗まれる女の子を見たのは初めてだ。
しかも、こんな可愛い子の水着をとはなぁ……犯人もバッチリ狙ってやがるぜ。
デュエル並に刺激のありそうな話に、そのまま女の子の言葉に耳を傾ける。
「水着はバイト用なんだけど、入れていたカバンを盗まれて、そのまま犯人を追いかけてたの。だけど見失っちゃって……」
「犯人の特徴は覚えてるか?」
「D・ホイールに乗ってたから顔は分からないけど、犯人のD・ホイールなら携帯に撮っておいたわ」
と言えば、女の子は取り出した携帯の写真画面を見せてくれた。
……が、そこに写っていた見覚えのあるD・ホイールの後ろ姿に目を丸くして驚いた。
「これは……俺のD・ホイール!?」
画像は少々ぶれていて判別しにくいが、こんなD・ホイールを使う野郎が俺らラグナロクの他にいるはずねえ。
おまけに運転手のヘルメットはフルフェイスタイプであり、運転手は俺では無い事もうかがえる。
「え!? じゃあ、私の水着を盗んだのって――」
「俺はそういうのは頂戴しねーよ! 実をいうと、俺もD・ホイールを盗まれてたところだ。なるほど、犯人は俺のD・ホイールを使って盗んだってワケか」
ようやく話が繋がったが、人のD・ホイールをパクっておきながら面倒な事をしてくれる犯人だぜ。
変な噂とか立つ前に、さっさと犯人をとっ捕まえねぇとマジでヤバそうだな。
一方、女の子は俺の話の内容がようやく理解できたのか、手をポンとたたいた。
「そっか、貴方も私と同じ犯人の被害者だったのね」
「まっ、そういう事だな。――ここで会ったのも何かの縁だ、軽く自己紹介といこうぜ。俺はブレイブ、あんたは?」
「私は優香。ブレイブくんかぁ、よろしくね!」
優香は、自分と同じ立場の奴が居て肩が軽くなったのか微笑んで答えた。
初めて見た優香の笑みに、うっかり見とれてしまう。
可愛い女の子の笑顔に俺は弱いんだが、優香の場合だと特に破壊力抜群らしかった。
「っと、優香はこれからどうするんだ? 俺は仲間に連絡してD・ホイールの場所を追跡して貰おうかと考えてんだけど」
「うーん、一応さっき知り合いのセキュリティの人に連絡しておいたから、何か情報が来るはずだと思うんだけど……あっ」
ちょうどその時、優香の携帯からメロディーが鳴る。
優香は「ごめんね」と俺に一言言うと、通話ボタンを押して電話の相手と話し始めた。
タイミングからして、恐らくセキュリティからの電話だろう。
優香はしばらく会話を交わすと、携帯を耳から離してバッと俺の方を振り返った。
その表情が明るい事から、たぶん何か新しい情報でも手に入ったかと俺は耳を澄ます。
「ブレイブくん! 今犯人捕まったんだって、水着もD・ホイールも無事だよ!」
「は? つ、捕まったぁ!?」
てっきり目撃情報くらいかと思っていたのに、まさか犯人が捕まったとは流石の俺も目を丸くして驚く。
なんだよ、俺がとっ捕まえて優香の分までぶん殴ってやろうと企んでたのに……これじゃ、完全に優香のおかげになっちまった。
――色々突っ込む所はあるが、優香がセキュリティから聞いた話を要約するとこうなる。
犯人は生活に困り果て、たまたま近くにあった俺のD・ホイールを使い犯行に及んだそうだ。
優香の水着(の入ったカバン)を引ったくり逃走していたらしいが、一般人が俺が乗る時のようなスピードを出せるはずが無い。
すぐに優香から連絡受けたセキュリティに追いつかれ、呆気なく身柄を拘束されたという。
と、自分で説明していても馬鹿馬鹿しい話だが、んな馬鹿野郎にパクられたのも俺だし何も言えないのが現実だ。
ま、幸いハラルドやドラガンにバレなかっただけマシか。
それに自分の水着が見つかって喜んでる優香を見てると、なんだか俺までつられて頬が緩んでいく。
「水着も無事で良かったな、優香」
「うん、ブレイブくんのD・ホイールも見つかって本当に良かった! D・ホイールと水着は私の家に届けてくれるみたいだから、ブレイブくんも一緒に行こ!」
「いや、俺はセキュリティまで取りに行――」
「それに落ちたリンゴも弁償しなきゃ」
リンゴ?
申し訳無さそうに地面に散らばったリンゴを見る優香に、あぁと俺は思い出したように頷く。
そういや、さっきぶつかった拍子でリンゴが全部落ちたんだっけな。
優香や犯人の事ですっかり忘れていたが、別に後で俺が買いに行けば問題無い話だ。
困った様子の優香を安心させるように、彼女の頭にそっと手を乗せて撫でた。
「弁償とか気にすんな。それよりさっさと水着返してもらって来い」
「き、気にするよ! ブレイブくんは私と一緒に居たくないの?」
「うっ……」
上目遣いで俺の顔を伺う優香に、柄にも無くドキっとして手が止まる。
おいおい、そりゃー反則だろ……こんな可愛い子に見つめられて「一緒に居たくないの?」なんて言われりゃ、男なら誰でも落ちるだろ!
しまいには腕まで掴まれて、至近距離からじーっと優香の視線が当たる。
もうこうなれば観念してサレンダーする他なく、渋々俺は優香の家に行く事になった。
もちろん隣の優香は俺の気持ちなど知らずに、ウキウキしてやがる。
どうなってもしらねぇからな、俺は……。
優香の家までは此処から歩いて二十分ほど掛かるそうだ。
交通機関を使おうと俺は提案したが、優香が俺と話をしながら歩きたいと言うのでやめた。
よく考えれば、優香と過ごせる時間が長くなるわけだし、優香と居ると自然と俺も気が楽だった。
「ところでブレイブくんの持ってたリンゴって、ネオ童実野リンゴ?」
ふいに隣に歩く優香から尋ねられた。
「あぁ、そうだぜ。今日は仲間に頼まれて買いに行った隙にスラれちまったけどな」
おかげで優香と会うことが出来たが、というのは照れくせぇから黙っておく。
「ちょうど良かった~、ネオ童実野リンゴならウチに沢山あるの。知り合いの人に貰ったんだけど食べ切れなくて困ってて」
「あんな高級品、よく貰えるな~……。まさか優香の家って金持ちなのか?」
「そ、そんな訳ないじゃない。お金持ちだったらバイトなんてしてないし」
「バイトって何してんだ?」
これはバイトしていると聞いてから気になっていた疑問だ。
水着が仕事着って言うらしいが……流石に初対面でこういう質問はオトナとして慎むべきだったか?
後になって後悔するが優香はそんな俺に構わず、むしろ嬉しそうに答えた。
「ふふっ、海でお手伝いをしてるんだ。――私、海が好きなの。あの青い海を眺めてると、嫌なことも全部吹っ飛ぶし! 元気が出るのよね」
「俺も海は好きだぜ、優香の言う事も分かるなー。でも海の中に居てるともっと元気が出るんだぜ!」
「え、海の中に入った事あるの!?」
俺にとっちゃ大した話ではないのに、優香はとても驚いたようで俺に顔を向ける。
「あぁ。昔トレジャーハンターやってたから、海に入るなんて俺にとっちゃ軽い運動だな」
「そうなの!? ねぇねぇ、その話詳しく聞かせて!」
それからお望み通りトレジャーハンター時代に世界中のお宝を頂戴してやった話をすると、
優香は「すごい! すごーい!」と目を輝かせながら俺の話を真剣に聞いてくれた。
今まで女の子に同じような話をしても、適当にリアクションを取るだけだったのに、優香の反応は随分と新鮮だった。
「海が好き」という共通点を見つけた俺と優香は、すっかり盛り上がっていた。
どうやら優香も一緒に海を語れる奴がいなかったらしく、俺のどんな話にも喜んで耳を傾けてくれた。
同様に俺も優香が語る話は、俺の中で一番面白い話だったかもしれねぇ。
――たった一時間前くらいに会っただけなのに、此処まで心を許した奴は初めてだ。
それだけ優香の存在は、俺の中で急速に大きくなっていた。
まいったぜ、トリックスターの俺がデュエル以外で、しかも女の子に振り回されるなんてな……ハラルド達や子供達が知ったら何てからかわれるか。
ふと、隣を歩く優香の横顔を見つめる。
そしたら、優香と目が合って慌てて視線を逸らした。
やはり、だ。
たかが一瞬目が合っただけなのに、一向に落ち着かねぇ心臓。
ってか、ドキドキしてるのは前からだし今更んな事言ってどうすんだ、俺。
段々と自覚してきた優香に対する自分の感情に、おのずと顔が熱くなっていく。
もしかして初めて会った時から、俺は優香が―――……
「ブレイブくん、此処だよ!」
優香の弾んだ声に、ハッとして指を差している方向を見遣る。
同時に、俺の視界に飛び込んで来たのは古いガレージの前だった。
(ちょっと待てよ、このガレージどっかで見た気が……)
確かに見覚えはあるんだが、どうしても思い出せない。
じーっとガレージを眺め続けていると優香に腕を引っ張られ、半ば強引に中へと案内される。
「お、おい!」と制止する俺の声に耳を貸さず、優香は笑顔のままだ。
いやいや、女の子……ってか優香の家になんて、いくら何でも俺にはまだ―――!
「クロウー! 今帰ったよー!」
「遅かったじゃねーか、優香……って、げっ!?」
俺の顔を見るなり眉をしかめたヤツ――そいつは、チーム5D'sのメンバーの一人であるクロウ・ホーガンだった。
何で次の対戦相手のヤツが優香と一緒にいるんだと最初はポカンとしたが、
やっと此処のガレージがチーム5D'sの本拠地である事に思い出した。
なんだ、それなら一緒に暮らしているのにも納得がいく……って違うだろ!
優香が此処に居るって事は、つまりは――
「あっ、彼はクロウよ。此処はチーム5D'sのガレージでクロウと私はそのメンバーなの。でもってクロウと私はね」
「お前は、チームラグナロクの……!? 何で優香と一緒にいるんだよ!?」
俺に対する目つきが尋常じゃねえ事から、奴は優香に特別な感情があるんだと一目で分かった。
ま、敵チームの男と一緒に居れば尚更警戒するのが普通か。
それより気になるのは、優香の言いかけた言葉だ。
クロウと私は――という所は、普通だったら頬を赤らめて口に出す台詞じゃない。
俺の予想なら優香とクロウの関係は、言うまでもなくアレだろう。
未だに睨むクロウに、俺は視線を落として訊いた。
「なぁ、クロウ……だっけな。優香とはどういう関係だ?」
「は!? ど、どういう関係って、俺と優香は付き合ってんだよ!」
顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに叫ぶクロウの姿は、初々しいと感じた。
俺の勘どおり、優香とクロウは恋人同士だった。
優香みたいな女の子をほっとく男はいねぇだろうし、彼氏の一人くらいは居ると勘付いてはいたが……まさか相手がクロウだったとはな。
意外っちゃ意外だが、別に大して驚きもしなかった。
ってか、彼氏がいたくらいで素直に引き下がるブレイブ様でもねぇ。
――此処はチーム5D'sのトリックスターさんのお手並み拝見といくか。
次の瞬間、何か言おうとした優香の肩を、素早く後ろから手を回して俺の身体に引き寄せた。
「ぶ、ブレイブくん?」
突然の事で、優香は驚いた顔をして振り返る。
「実は俺、さっき会ったばかりだが優香が気に入ったんだよな。一緒にいるだけで楽しいし。だから言わせてもらう―――お前の彼女は俺が頂戴するぜ」
にやりと笑みを浮かべ、クロウに向かって宣戦布告してやった。
同時に、こんな短時間で優香に惚れちまったのかと改めて実感した。
もしかして俺は、とんでもない女の子と出会っちまったのかもしんねぇな……。
そして肝心のクロウはといえば、黙り込んだまんまだ。
俺の突然の告白に言葉も出ないってか?
悪いがそんな様子だったら、優香もデュエルも俺が全部頂戴―――……
「なんだよ、お前もか……」
ようやく口を開いたクロウだったが、やれやれと軽くため息を吐くだけで何も言い返して来ない。
しかもさっきまでの感情的な態度は何処に行ったのか、その表情はすっかり冷静さを取り戻していた。
冷静というよりは、むしろ慣れているようにも見えるが――てっきりクロウが騒ぎ出すと予想していただけに、この反応の薄さは俺も驚く。
普通は冷静さなんて失う場面だろ、どうなってやがる……!?
「残念だったな。そういうアプローチは優香には効かないぜ?」
今度は勝ち誇った顔で優香に視線を向けるクロウ。
何の訳かも分からず、俺は眉を寄せる。
「は? どういう事―――」
「もうブレイブくんったら……、急に引っ張らないでよ。ビックリしたじゃない」
俺が言いかけた途端、腕の中にいる優香が口を尖せて言うなり顔を近付けて来た。
その行動に、思わず優香から手を離して身を引いてしまった。
自分から近付いたくせに、どうも優香の方から来られると俺の心臓が持ちそうにねぇ。
……クロウさえ居なきゃ、今のはキスしてただろーな。確実に。
「わ、悪ぃ」
「別にこんな風に身を寄せなくっても聞こえるよ。一緒にいて楽しいって言ってくれてありがとう! 私も、ブレイブくんとお話して友達になれたら良いなって思ってたから嬉しいな」
とんちんかんな優香の発言に、俺は目を白黒させた。
と、友達……? そんな事、俺は一言も言ってねぇはずだが!?
「え? いや、そうじゃなくて俺は優香が」
「あっ、そろそろセキュリティの人達も来る頃よね! 私、リンゴ持って来るから待ってて!」
ニコニコと、見事なまでのスルースキルを発揮した優香は、そそくさと奥へ引っ込んでしまった。
どうやら優香は「お友達」という意味で捉えてしまったようだ。
それより半分告白のような言葉をさらりと流されるってのは、俺は男としても見られてねぇのか――!?
……残された俺とクロウの間に、段々と妙な空気が流れ始める。
が、そんな空気もお構いなくクロウが俺に歩み寄って声を掛けた。
「これで分かっただろ? 優香は超が付く程の"鈍感"だってよ。お前みたいに優香に惚れる男なんて、こっちは付き合う前からいくらでも見て来てんだぜ」
呆れたように話すクロウだったが、これには俺も少し納得出来る。
優香は、仕草や顔立ちも可愛ければ性格も良い。
今日俺に言った台詞を、他の男にも笑顔で伝えているなら一撃で落とせるだろう。
しかも落としていると自覚が無くて、純粋に行動しているのが優香の一番恐ろしいところだ。
俺のさっきの告白に近いアプローチも、悔しいがクロウの言う通り、超鈍感な優香には意味すら伝わってねぇし。
クロウがどうやってそんな優香を頂戴しやがったのかは分からないが、きっと長年苦労したに違いないとは確信した。
「最初は優香を使って、俺達チーム5D'sを心理的に追い詰めようとしてんのかと警戒したが―――まさか優香に惚れてやがるとはな」
「良いだろ、優香から寄って来るんだし」
「ったく……また愛想振りやがったな、優香のヤロー」
クロウも優香の鈍感っぷりには、もう慣れているらしく苦笑して言うだけだった。
一体どんだけの男を惚れさせてるんだよ、優香……。
恐らく数え切れない程いる優香に惚れやがった男達に、勝手に嫉妬心を抱いてたら、クロウに文句を言うのも忘れていた。
普段の俺なら「んな卑怯な事するか!」とか突っ込むんだが―――今は優香の事で頭がいっぱいだった。
「まぁ、そういう訳だから優香はてめぇには振り向かねーよ。早く諦めて他の女にでも」
「……ハハっ! 面白いじゃねぇか!」
突然笑い出した俺を、クロウは「あ?」と怪訝な声で返す。
「元トレジャーハンターをなめんじゃねーぞ、クロウ。俺は狙った獲物は必ず手にしてきた。俺の辞書に諦めるなんて言葉はねぇ!」
優香への愛は本物だと言わんばかりの迫力で、俺はクロウに今度こそ宣戦布告をしてやった。
さらに俺の想いに連動するかのように、優香が沢山のリンゴを抱えて奥から現れた。
と、此処で良い事を考えた俺は、チャンスだと言わんばかりに早速実行へと移す。
「ブレイブくーん、ネオ童実野リンゴとってきたよ~……って、どうしたの?」
「優香! 俺とクロウはお前を賭けて勝負する事になった。俺が勝ったらデートしようぜ?」
「ちょっと待て! てめぇ! そんな勝負するなんて一言も言ってねぇぞ!」
横からごちゃごちゃ言うクロウの頭を押さえながら、 優香の返答を待つ。
優香はきょとんとしていたが、面白そうな事というのは伝わったらしく、ぱぁっと明るい顔になった。
「よく分かんないけどいいよ。私も、もう一度ブレイブくんと会いたいなって思ってたし!」
「おい、優香――」
「よし、決まり! 勝負はWRGPの準決勝の舞台でだ。あれほど相応しい場所はねぇしな! じゃあな、優香。覚悟しとけよ、クロウ」
ひょい、と優香からネオ童実野リンゴの入った袋を頂戴すると、礼代わりに軽くウインクをやる。
すると奇跡でも起こったのか、優香の頬が一瞬赤く染まったように見えた。
ひょっとして脈ありなんじゃねぇのか――と、ちょっと期待して心臓がドクンと跳ねる。
そして、俺は二人に背を向けてガレージを後にしようと走り出した。
「ま、待ちやがれ! この野郎! 言い逃げか!」
「ブレイブくん、またねー!」
対照的な二人の声を背に受けながら、俺は一足早く練習するため地面を駆け抜ける。
もちろん優香から貰ったリンゴが落ちないように気も配りつつだ。
待ってろよ、優香!
お前は必ず俺が頂戴してやるからな!!
俺の第二のトレジャーハンター人生が幕を開けた瞬間であった―――。
………ちなみに、結局D・ホイールを取りに行くのを忘れてハラルドやドラガンに叱られる羽目になったが、
優香とのデートを頂戴する為なら全く苦じゃねぇぜ!
fin.
<あとがき>
息抜き程度に書いたつもりでしたが、結構大作になってしまった作品。
ヒロインが鈍感を通り越して天然の小悪魔ちゃんに。
クロウ×ヒロイン←ブレイブは完全な私得。
2010.12.29
紙袋に入ったリンゴの量を確認しながら、俺は店を後にした。
―――何故このブレイブ様がリンゴなんか抱えているかというと、深い理由がある。
1時間前に遡るが、突如ハラルドが「ネオ童実野リンゴを食してみたい」と言い出したのだ。
ネオ童実野リンゴというのは、ネオ童実野シティのみで栽培されているという名物土産の一つだ。
これが他所から上手いと評判らしく、美食家のハラルドが狙うのも納得がいく。
もちろんこういうハラルドの頼み(ってか我侭か)を聞くのはセバスチャンの仕事だが、運悪く今日に限ってセバスチャンは他方に出張していた。
で、今日ちょうど一人でネオ童実野シティを満喫しようと企んでた俺が抜擢されたという訳だ。
……え? 全然深い理由じゃねぇ?
これでも俺の貴重なオフの時間を使って、わざわざリンゴなんか買ってやったんだぜ!
ハラルドには後でたんまり礼を頂戴するつもりだ。
っても、あいつは金持ちだから痛くも痒くもねぇだろうが……。
同時に、今頃のん気にティータイムを堪能してるだろうハラルドの顔が自然と頭に浮かぶ。
こうなりゃ早く戻ってさっさと渡してしまおう―――と、脳裏に残るハラルドを振り切り、D・ホイールを止めた場所へと向かう。
が、そこには俺のD・ホイールの姿は無かった。
「っかしいな~……俺ここに止めたはずだよな?」
周辺を何度も見渡しても俺のD・ホイールの姿は見当たらない。
(俺は確かに此処に止めた。だとすれば、こりゃぁスラれたな……)
あんな目立つD・ホイールを盗む馬鹿な野郎がいる事にも驚いたが、簡単に自分のD・ホイールをスラれる俺の方にも抜かりがあっただろう。
とっとと犯人捕まえて取り戻さねぇと、トリックスター失格かもしれねえ。
とりあえずハラルドやドラガンのD・ホイールには、俺のD・ホイールの追跡機能が付いてるはずだ。
まずはハラルド――は説教くらいそうだから、ドラガンに連絡して事情を説明しねえと。
ったく、これも全部ハラルドがリンゴなんか俺に頼むからだろ!
やっぱり引き受けずにハラルドに行かせりゃ良かった……何してんだ俺。
今にも握り潰したいリンゴの袋を片手で抱え、ポケットの携帯を取り出そうとしたその時だった。
―――ドンッ!
「きゃっ!」
「うおっと」
いきなり俺の前に女の子が飛び出して来て勢いよく俺にぶつかると、その反動で袋が落ちてリンゴが辺りに散らばった。
俺はリンゴなど目もくれず、地面に倒れ込んだ女の子の元へ咄嗟にしゃがんで声を掛けた。
あんな勢いだったから、ケガとか無けりゃ良いが……。
「大丈夫か? あんた」
「いたた……う、うん、大丈夫。ごめんなさい、急にぶつかって」
そう言って顔を上げた女の子は、可愛らしい顔立ちをしていてセミロングの栗色の髪が印象的だった。
俺の周りにはいないタイプだなと思いつつ、手を差し伸ばし女の子を立たせる。
普通に立てたところから、どうやらケガは無いようでホッと胸を撫で下ろす。
「いいって、別に。それより何であんな急いでたんだ? 前の俺に気付かねぇとは余っ程だろ」
女の子が服の汚れを払ってる間に、気になった疑問を投げかけてみた。
道のど真ん中にいた俺にぶつかる理由とは、どんなもんかと少し興味が沸いたからだ。
女の子はちょっと驚いたように俺の顔を見たが、特に疑う事無く話し出した。
「実は、さっき水着を盗まれたの」
「み、水着!?」
予想外のワードに、俺とした事が思わず声を荒げてしまった。
水着、ってそんな大事なもん盗まれる女の子を見たのは初めてだ。
しかも、こんな可愛い子の水着をとはなぁ……犯人もバッチリ狙ってやがるぜ。
デュエル並に刺激のありそうな話に、そのまま女の子の言葉に耳を傾ける。
「水着はバイト用なんだけど、入れていたカバンを盗まれて、そのまま犯人を追いかけてたの。だけど見失っちゃって……」
「犯人の特徴は覚えてるか?」
「D・ホイールに乗ってたから顔は分からないけど、犯人のD・ホイールなら携帯に撮っておいたわ」
と言えば、女の子は取り出した携帯の写真画面を見せてくれた。
……が、そこに写っていた見覚えのあるD・ホイールの後ろ姿に目を丸くして驚いた。
「これは……俺のD・ホイール!?」
画像は少々ぶれていて判別しにくいが、こんなD・ホイールを使う野郎が俺らラグナロクの他にいるはずねえ。
おまけに運転手のヘルメットはフルフェイスタイプであり、運転手は俺では無い事もうかがえる。
「え!? じゃあ、私の水着を盗んだのって――」
「俺はそういうのは頂戴しねーよ! 実をいうと、俺もD・ホイールを盗まれてたところだ。なるほど、犯人は俺のD・ホイールを使って盗んだってワケか」
ようやく話が繋がったが、人のD・ホイールをパクっておきながら面倒な事をしてくれる犯人だぜ。
変な噂とか立つ前に、さっさと犯人をとっ捕まえねぇとマジでヤバそうだな。
一方、女の子は俺の話の内容がようやく理解できたのか、手をポンとたたいた。
「そっか、貴方も私と同じ犯人の被害者だったのね」
「まっ、そういう事だな。――ここで会ったのも何かの縁だ、軽く自己紹介といこうぜ。俺はブレイブ、あんたは?」
「私は優香。ブレイブくんかぁ、よろしくね!」
優香は、自分と同じ立場の奴が居て肩が軽くなったのか微笑んで答えた。
初めて見た優香の笑みに、うっかり見とれてしまう。
可愛い女の子の笑顔に俺は弱いんだが、優香の場合だと特に破壊力抜群らしかった。
「っと、優香はこれからどうするんだ? 俺は仲間に連絡してD・ホイールの場所を追跡して貰おうかと考えてんだけど」
「うーん、一応さっき知り合いのセキュリティの人に連絡しておいたから、何か情報が来るはずだと思うんだけど……あっ」
ちょうどその時、優香の携帯からメロディーが鳴る。
優香は「ごめんね」と俺に一言言うと、通話ボタンを押して電話の相手と話し始めた。
タイミングからして、恐らくセキュリティからの電話だろう。
優香はしばらく会話を交わすと、携帯を耳から離してバッと俺の方を振り返った。
その表情が明るい事から、たぶん何か新しい情報でも手に入ったかと俺は耳を澄ます。
「ブレイブくん! 今犯人捕まったんだって、水着もD・ホイールも無事だよ!」
「は? つ、捕まったぁ!?」
てっきり目撃情報くらいかと思っていたのに、まさか犯人が捕まったとは流石の俺も目を丸くして驚く。
なんだよ、俺がとっ捕まえて優香の分までぶん殴ってやろうと企んでたのに……これじゃ、完全に優香のおかげになっちまった。
――色々突っ込む所はあるが、優香がセキュリティから聞いた話を要約するとこうなる。
犯人は生活に困り果て、たまたま近くにあった俺のD・ホイールを使い犯行に及んだそうだ。
優香の水着(の入ったカバン)を引ったくり逃走していたらしいが、一般人が俺が乗る時のようなスピードを出せるはずが無い。
すぐに優香から連絡受けたセキュリティに追いつかれ、呆気なく身柄を拘束されたという。
と、自分で説明していても馬鹿馬鹿しい話だが、んな馬鹿野郎にパクられたのも俺だし何も言えないのが現実だ。
ま、幸いハラルドやドラガンにバレなかっただけマシか。
それに自分の水着が見つかって喜んでる優香を見てると、なんだか俺までつられて頬が緩んでいく。
「水着も無事で良かったな、優香」
「うん、ブレイブくんのD・ホイールも見つかって本当に良かった! D・ホイールと水着は私の家に届けてくれるみたいだから、ブレイブくんも一緒に行こ!」
「いや、俺はセキュリティまで取りに行――」
「それに落ちたリンゴも弁償しなきゃ」
リンゴ?
申し訳無さそうに地面に散らばったリンゴを見る優香に、あぁと俺は思い出したように頷く。
そういや、さっきぶつかった拍子でリンゴが全部落ちたんだっけな。
優香や犯人の事ですっかり忘れていたが、別に後で俺が買いに行けば問題無い話だ。
困った様子の優香を安心させるように、彼女の頭にそっと手を乗せて撫でた。
「弁償とか気にすんな。それよりさっさと水着返してもらって来い」
「き、気にするよ! ブレイブくんは私と一緒に居たくないの?」
「うっ……」
上目遣いで俺の顔を伺う優香に、柄にも無くドキっとして手が止まる。
おいおい、そりゃー反則だろ……こんな可愛い子に見つめられて「一緒に居たくないの?」なんて言われりゃ、男なら誰でも落ちるだろ!
しまいには腕まで掴まれて、至近距離からじーっと優香の視線が当たる。
もうこうなれば観念してサレンダーする他なく、渋々俺は優香の家に行く事になった。
もちろん隣の優香は俺の気持ちなど知らずに、ウキウキしてやがる。
どうなってもしらねぇからな、俺は……。
優香の家までは此処から歩いて二十分ほど掛かるそうだ。
交通機関を使おうと俺は提案したが、優香が俺と話をしながら歩きたいと言うのでやめた。
よく考えれば、優香と過ごせる時間が長くなるわけだし、優香と居ると自然と俺も気が楽だった。
「ところでブレイブくんの持ってたリンゴって、ネオ童実野リンゴ?」
ふいに隣に歩く優香から尋ねられた。
「あぁ、そうだぜ。今日は仲間に頼まれて買いに行った隙にスラれちまったけどな」
おかげで優香と会うことが出来たが、というのは照れくせぇから黙っておく。
「ちょうど良かった~、ネオ童実野リンゴならウチに沢山あるの。知り合いの人に貰ったんだけど食べ切れなくて困ってて」
「あんな高級品、よく貰えるな~……。まさか優香の家って金持ちなのか?」
「そ、そんな訳ないじゃない。お金持ちだったらバイトなんてしてないし」
「バイトって何してんだ?」
これはバイトしていると聞いてから気になっていた疑問だ。
水着が仕事着って言うらしいが……流石に初対面でこういう質問はオトナとして慎むべきだったか?
後になって後悔するが優香はそんな俺に構わず、むしろ嬉しそうに答えた。
「ふふっ、海でお手伝いをしてるんだ。――私、海が好きなの。あの青い海を眺めてると、嫌なことも全部吹っ飛ぶし! 元気が出るのよね」
「俺も海は好きだぜ、優香の言う事も分かるなー。でも海の中に居てるともっと元気が出るんだぜ!」
「え、海の中に入った事あるの!?」
俺にとっちゃ大した話ではないのに、優香はとても驚いたようで俺に顔を向ける。
「あぁ。昔トレジャーハンターやってたから、海に入るなんて俺にとっちゃ軽い運動だな」
「そうなの!? ねぇねぇ、その話詳しく聞かせて!」
それからお望み通りトレジャーハンター時代に世界中のお宝を頂戴してやった話をすると、
優香は「すごい! すごーい!」と目を輝かせながら俺の話を真剣に聞いてくれた。
今まで女の子に同じような話をしても、適当にリアクションを取るだけだったのに、優香の反応は随分と新鮮だった。
「海が好き」という共通点を見つけた俺と優香は、すっかり盛り上がっていた。
どうやら優香も一緒に海を語れる奴がいなかったらしく、俺のどんな話にも喜んで耳を傾けてくれた。
同様に俺も優香が語る話は、俺の中で一番面白い話だったかもしれねぇ。
――たった一時間前くらいに会っただけなのに、此処まで心を許した奴は初めてだ。
それだけ優香の存在は、俺の中で急速に大きくなっていた。
まいったぜ、トリックスターの俺がデュエル以外で、しかも女の子に振り回されるなんてな……ハラルド達や子供達が知ったら何てからかわれるか。
ふと、隣を歩く優香の横顔を見つめる。
そしたら、優香と目が合って慌てて視線を逸らした。
やはり、だ。
たかが一瞬目が合っただけなのに、一向に落ち着かねぇ心臓。
ってか、ドキドキしてるのは前からだし今更んな事言ってどうすんだ、俺。
段々と自覚してきた優香に対する自分の感情に、おのずと顔が熱くなっていく。
もしかして初めて会った時から、俺は優香が―――……
「ブレイブくん、此処だよ!」
優香の弾んだ声に、ハッとして指を差している方向を見遣る。
同時に、俺の視界に飛び込んで来たのは古いガレージの前だった。
(ちょっと待てよ、このガレージどっかで見た気が……)
確かに見覚えはあるんだが、どうしても思い出せない。
じーっとガレージを眺め続けていると優香に腕を引っ張られ、半ば強引に中へと案内される。
「お、おい!」と制止する俺の声に耳を貸さず、優香は笑顔のままだ。
いやいや、女の子……ってか優香の家になんて、いくら何でも俺にはまだ―――!
「クロウー! 今帰ったよー!」
「遅かったじゃねーか、優香……って、げっ!?」
俺の顔を見るなり眉をしかめたヤツ――そいつは、チーム5D'sのメンバーの一人であるクロウ・ホーガンだった。
何で次の対戦相手のヤツが優香と一緒にいるんだと最初はポカンとしたが、
やっと此処のガレージがチーム5D'sの本拠地である事に思い出した。
なんだ、それなら一緒に暮らしているのにも納得がいく……って違うだろ!
優香が此処に居るって事は、つまりは――
「あっ、彼はクロウよ。此処はチーム5D'sのガレージでクロウと私はそのメンバーなの。でもってクロウと私はね」
「お前は、チームラグナロクの……!? 何で優香と一緒にいるんだよ!?」
俺に対する目つきが尋常じゃねえ事から、奴は優香に特別な感情があるんだと一目で分かった。
ま、敵チームの男と一緒に居れば尚更警戒するのが普通か。
それより気になるのは、優香の言いかけた言葉だ。
クロウと私は――という所は、普通だったら頬を赤らめて口に出す台詞じゃない。
俺の予想なら優香とクロウの関係は、言うまでもなくアレだろう。
未だに睨むクロウに、俺は視線を落として訊いた。
「なぁ、クロウ……だっけな。優香とはどういう関係だ?」
「は!? ど、どういう関係って、俺と優香は付き合ってんだよ!」
顔を真っ赤にしてぶっきらぼうに叫ぶクロウの姿は、初々しいと感じた。
俺の勘どおり、優香とクロウは恋人同士だった。
優香みたいな女の子をほっとく男はいねぇだろうし、彼氏の一人くらいは居ると勘付いてはいたが……まさか相手がクロウだったとはな。
意外っちゃ意外だが、別に大して驚きもしなかった。
ってか、彼氏がいたくらいで素直に引き下がるブレイブ様でもねぇ。
――此処はチーム5D'sのトリックスターさんのお手並み拝見といくか。
次の瞬間、何か言おうとした優香の肩を、素早く後ろから手を回して俺の身体に引き寄せた。
「ぶ、ブレイブくん?」
突然の事で、優香は驚いた顔をして振り返る。
「実は俺、さっき会ったばかりだが優香が気に入ったんだよな。一緒にいるだけで楽しいし。だから言わせてもらう―――お前の彼女は俺が頂戴するぜ」
にやりと笑みを浮かべ、クロウに向かって宣戦布告してやった。
同時に、こんな短時間で優香に惚れちまったのかと改めて実感した。
もしかして俺は、とんでもない女の子と出会っちまったのかもしんねぇな……。
そして肝心のクロウはといえば、黙り込んだまんまだ。
俺の突然の告白に言葉も出ないってか?
悪いがそんな様子だったら、優香もデュエルも俺が全部頂戴―――……
「なんだよ、お前もか……」
ようやく口を開いたクロウだったが、やれやれと軽くため息を吐くだけで何も言い返して来ない。
しかもさっきまでの感情的な態度は何処に行ったのか、その表情はすっかり冷静さを取り戻していた。
冷静というよりは、むしろ慣れているようにも見えるが――てっきりクロウが騒ぎ出すと予想していただけに、この反応の薄さは俺も驚く。
普通は冷静さなんて失う場面だろ、どうなってやがる……!?
「残念だったな。そういうアプローチは優香には効かないぜ?」
今度は勝ち誇った顔で優香に視線を向けるクロウ。
何の訳かも分からず、俺は眉を寄せる。
「は? どういう事―――」
「もうブレイブくんったら……、急に引っ張らないでよ。ビックリしたじゃない」
俺が言いかけた途端、腕の中にいる優香が口を尖せて言うなり顔を近付けて来た。
その行動に、思わず優香から手を離して身を引いてしまった。
自分から近付いたくせに、どうも優香の方から来られると俺の心臓が持ちそうにねぇ。
……クロウさえ居なきゃ、今のはキスしてただろーな。確実に。
「わ、悪ぃ」
「別にこんな風に身を寄せなくっても聞こえるよ。一緒にいて楽しいって言ってくれてありがとう! 私も、ブレイブくんとお話して友達になれたら良いなって思ってたから嬉しいな」
とんちんかんな優香の発言に、俺は目を白黒させた。
と、友達……? そんな事、俺は一言も言ってねぇはずだが!?
「え? いや、そうじゃなくて俺は優香が」
「あっ、そろそろセキュリティの人達も来る頃よね! 私、リンゴ持って来るから待ってて!」
ニコニコと、見事なまでのスルースキルを発揮した優香は、そそくさと奥へ引っ込んでしまった。
どうやら優香は「お友達」という意味で捉えてしまったようだ。
それより半分告白のような言葉をさらりと流されるってのは、俺は男としても見られてねぇのか――!?
……残された俺とクロウの間に、段々と妙な空気が流れ始める。
が、そんな空気もお構いなくクロウが俺に歩み寄って声を掛けた。
「これで分かっただろ? 優香は超が付く程の"鈍感"だってよ。お前みたいに優香に惚れる男なんて、こっちは付き合う前からいくらでも見て来てんだぜ」
呆れたように話すクロウだったが、これには俺も少し納得出来る。
優香は、仕草や顔立ちも可愛ければ性格も良い。
今日俺に言った台詞を、他の男にも笑顔で伝えているなら一撃で落とせるだろう。
しかも落としていると自覚が無くて、純粋に行動しているのが優香の一番恐ろしいところだ。
俺のさっきの告白に近いアプローチも、悔しいがクロウの言う通り、超鈍感な優香には意味すら伝わってねぇし。
クロウがどうやってそんな優香を頂戴しやがったのかは分からないが、きっと長年苦労したに違いないとは確信した。
「最初は優香を使って、俺達チーム5D'sを心理的に追い詰めようとしてんのかと警戒したが―――まさか優香に惚れてやがるとはな」
「良いだろ、優香から寄って来るんだし」
「ったく……また愛想振りやがったな、優香のヤロー」
クロウも優香の鈍感っぷりには、もう慣れているらしく苦笑して言うだけだった。
一体どんだけの男を惚れさせてるんだよ、優香……。
恐らく数え切れない程いる優香に惚れやがった男達に、勝手に嫉妬心を抱いてたら、クロウに文句を言うのも忘れていた。
普段の俺なら「んな卑怯な事するか!」とか突っ込むんだが―――今は優香の事で頭がいっぱいだった。
「まぁ、そういう訳だから優香はてめぇには振り向かねーよ。早く諦めて他の女にでも」
「……ハハっ! 面白いじゃねぇか!」
突然笑い出した俺を、クロウは「あ?」と怪訝な声で返す。
「元トレジャーハンターをなめんじゃねーぞ、クロウ。俺は狙った獲物は必ず手にしてきた。俺の辞書に諦めるなんて言葉はねぇ!」
優香への愛は本物だと言わんばかりの迫力で、俺はクロウに今度こそ宣戦布告をしてやった。
さらに俺の想いに連動するかのように、優香が沢山のリンゴを抱えて奥から現れた。
と、此処で良い事を考えた俺は、チャンスだと言わんばかりに早速実行へと移す。
「ブレイブくーん、ネオ童実野リンゴとってきたよ~……って、どうしたの?」
「優香! 俺とクロウはお前を賭けて勝負する事になった。俺が勝ったらデートしようぜ?」
「ちょっと待て! てめぇ! そんな勝負するなんて一言も言ってねぇぞ!」
横からごちゃごちゃ言うクロウの頭を押さえながら、 優香の返答を待つ。
優香はきょとんとしていたが、面白そうな事というのは伝わったらしく、ぱぁっと明るい顔になった。
「よく分かんないけどいいよ。私も、もう一度ブレイブくんと会いたいなって思ってたし!」
「おい、優香――」
「よし、決まり! 勝負はWRGPの準決勝の舞台でだ。あれほど相応しい場所はねぇしな! じゃあな、優香。覚悟しとけよ、クロウ」
ひょい、と優香からネオ童実野リンゴの入った袋を頂戴すると、礼代わりに軽くウインクをやる。
すると奇跡でも起こったのか、優香の頬が一瞬赤く染まったように見えた。
ひょっとして脈ありなんじゃねぇのか――と、ちょっと期待して心臓がドクンと跳ねる。
そして、俺は二人に背を向けてガレージを後にしようと走り出した。
「ま、待ちやがれ! この野郎! 言い逃げか!」
「ブレイブくん、またねー!」
対照的な二人の声を背に受けながら、俺は一足早く練習するため地面を駆け抜ける。
もちろん優香から貰ったリンゴが落ちないように気も配りつつだ。
待ってろよ、優香!
お前は必ず俺が頂戴してやるからな!!
俺の第二のトレジャーハンター人生が幕を開けた瞬間であった―――。
………ちなみに、結局D・ホイールを取りに行くのを忘れてハラルドやドラガンに叱られる羽目になったが、
優香とのデートを頂戴する為なら全く苦じゃねぇぜ!
fin.
<あとがき>
息抜き程度に書いたつもりでしたが、結構大作になってしまった作品。
ヒロインが鈍感を通り越して天然の小悪魔ちゃんに。
クロウ×ヒロイン←ブレイブは完全な私得。
2010.12.29