短編夢
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昔、あるところに優香という名の美しい少女がいました。
優香には、お義父さまと二人のお義兄さまがいました。
もともと優香は孤児でしたがお金持ちのユニコーン家に養子として迎えられ、本当の家族同然に愛されて、優香は心から三人に感謝していました。
しかし、問題なのはこのお義父さまとお義兄さま二人は優香を溺愛しすぎているということでした。
優香が十六になった今でも優香への愛は薄らぐどころかますますひどくなっていき、最近の優香の悩みのタネになっていたのです―――。
「……うん。今日こそ大丈夫」
屋敷と外の世界と繋がっている門の前で、優香はキョロキョロと辺りを見回し、父や兄がいないことを確認しました。
ついに外に出れる―――と、優香が門に手をかけようとした瞬間、誰かに力強く腕を掴まれてしまいました。
「何処に行くつもりだ? 優香」
「お、お義父さま……じゃなかった、ジャン。わ、私は新聞を取りにいこうと……」
優香の言い訳も虚しく、ジャンは優香の手を掴んだまま離しません。
ちなみに、ユニコーン家ではお互いに名前で呼ぶことを決まりとしていて(※三人が優香に名前で呼ばれたいだけ)、優香には名前で呼ばせていました。
「新聞ならとっくに取ってあるだろう? 外には出るなとあれほど言ってあるはずだ」
「むー……、だって私、一度もここから出たことないんだよ? 私だってもう十六だし、そんなに心配しなくても大丈夫だか」
「いや、絶対駄目だっ!」
優香の言葉を遮るように叫んで、優香の前に現れたのはお義兄さんのアンドレとブレオでした。
またか……優香はとうんざりした顔をしましたが、アンドレとブレオは全く気づいていない様子でした。
「外の世界は狼のような男ばかりいるんだぞ。そんな連中に可愛い義妹である俺の優香を奪われてたまるかっ!」
「ああ、同感だぜ、アンドレ……。優香、外はお前を狙う危ない男ばかりだから絶対に行くな。優香には俺たちが傍にいるから外に行く必要はないんだ」
ブレオは棒立ちの優香の肩をがしっと掴み、隣のアンドレやジャンもうんうんと頷き始めます。
ブレオたちの言うとおり、優香はユニコーン家の屋敷に住んでからというもの、一度も外に出ることを許されていませんでした。
「うーん……分かったよ。今日はもう寝るね」
この三人と外に出ることについて話し出すと駄目の一点張りなのは目に見えているので、渋々優香はジャン達と屋敷の中に戻りました。
優香が自室に戻る際に、
「なあ、優香。今日は俺の部屋で寝ないか? 添い寝してやるよ」
「なっ、アンドレ、何言ってやがる! 俺が先に言おうとしてたのに! 優香は今日は俺と寝るんだよっ」
「やれやれ、駄目な義兄達だな……まったく。優香、今夜は俺の部屋に来い」
と、それぞれ三人に口説き文句まがいの台詞を言われましたが、優香は「もう一人で寝るから」とキッパリと言い放って自室の扉をバタンと閉めました。
それから窓を開け、夜空にキラキラと輝く星空を眺めながら優香は一つ溜息をつきました。
「はぁ、私も一度で良いから外に出てみたいな~……」
当分は叶いそうにもない願いをポツリと呟き、しばらく優香は窓から映る外の景色を眺めることを止めませんでした―――。
一方その頃、王宮では―――。
「はああっ!? け、けけけ、結婚ー!? お、俺が!?」
突然の話に王子さまことクロウは目を見開いて、話を切り出してきた従者こと鬼柳の顔を見ました。
ちなみに鬼柳は王宮の立場ではただの従者ですが、クロウとは幼馴染でタメ口な仲であったりします。
「当たり前だろ。そろそろ後継ぎも欲しいところだしな」
「だから何で俺なんだよ!? 結婚だったらブルーノがすりゃ良いだろ!」
と、クロウはこの国の王様でもあり兄のブルーノを指差します。
しかし、自分の隣に座っていたはずのブルーノはいつのまにかD・ホイールのメンテナンスをしており、クロウの言ったことはおろか話さえ全く聞いていない様子でした。
「良い子ちゃんね~、次はどこの部分を弄ってほしい? エンジンかな? それともホイール? あっ、あと此処のパーツも―――」
「…………」
これがこの国を統べる王の姿かよ……と、クロウは言葉を失ってしまいました。
確かに王がこんな様子では、結婚は当分出来そうにもありません。
ですが、いきなり結婚話を持ち出されたクロウもすぐに納得する訳にもいきませんでした。
「とにかくクロウ。お前はさっさと結婚しろって」
「ふざけんな! 大体俺は女なんて興味ねぇよ。デュエル習ってる方が良いって」
「同感だ。女などにうつつを抜かす暇があったらデュエルをするべきだろう」
クロウの言葉に、二人の話を聞いていた衛兵であり、鬼柳と同じくクロウとは幼馴染のジャックも頷きました。
どうやら二人は相当なデュエル馬鹿のようです。
「バカか、お前らっ! 後継ぎがいねぇと他の奴らに王宮を取られるんだぞ!」
「うっ、流石にそりゃ困る……っても、俺は結婚なんてする気なんてまだ微塵も」
「じゃ、試しにダンスパーティーでも開くか」
あまりに唐突に鬼柳が言ったものですから、クロウとジャックは「はあ?」と同時に首を傾げました。
結婚とパーティーがどう関係があるのか、二人にはさっぱり分かりませんでした。
「だから国中の娘を集めてダンスパーティーを開くんだよ。そうすりゃ、お前の目に止まる娘の一人や二人はいるはずだ。よし、そうと決まったら早速招待状を書かねぇとっ!」
「お、おい、勝手に決めんなって! つか、国中の娘を集めるとかてめぇが満足したいだけだろーが!」
「んじゃ、後のことはこの俺に任せとけ!」
鬼柳はクロウの言うことに全く耳を傾けることなく、招待状を書くために音速ともいえる超スピードでその場を去っていきました。
相変わらず逃げ足の早い鬼柳に、クロウは茫然と立ち尽くしていました。
憐れに思ったジャックはクロウの肩に手をポンと置き、ブルーノはというとそんな弟の様子に目もくれず愛機の整備に夢中になったままでした――。
それから数日後。
庭の掃除をしていた優香は、いつものように郵便受けを覗くと、一通の手紙が入っていました。
何気なくその手紙を手に取ると宛先は優香宛となっていました。
自分宛の手紙など珍しく、わくわくしながら優香は封をしてあったシールを丁寧に剥がし、中の手紙を声に出して読み始めました。
「えーっと……『今晩六時より王宮にてダンスパーティーを開催いたします。このパーティでは王子さまが」
「優香、ちょっと貸せっ!」
優香が読んでいる途中でしたが、嫌な予感がしたアンドレは優香から手紙を取り上げました。
そしてジャンとブレオも隣から覗きながら、慎重に手紙の内容を確認すると、王子が生涯のパートナーを選ぶためにダンスパーティーを開催する――という三人からすればとんでもないパーティーへの案内状だったのです。
もし、大事な娘(or妹)をダンスパーティーなどに出席させれば、きっと王子はその可憐さに一目惚れし結婚を申し込むに違いありません。
そう考えた三人は、優香がダンスパーティーに行くことを断固反対し始めました。
「優香、ダンスパーティーには行くな」
「ええっ!? そ、そんな、王宮なんて滅多に入れないし、私だって行きたいもん! ねえ、アンドレとブレオもなんとか言っ――」
「絶対駄目だ! 王宮だからこそ、こういうトコロは危ないっ!」
「アンドレの言う通りだぜ。王宮じゃ無理だが、ダンスパーティーなら屋敷で開催してやるからさ」
な?、とブレオが優しく口調で優香の頭を撫でましたが、優香はその手を払いのけ、
「ジャン達のばかっ!」
と言い放ち、屋敷の中へ走り去ってしまいました。
優香にここまで拒絶されたのは初めてだったジャン達は、ショックでその場からしばらく動けませんでした―――。
部屋に戻った優香は、水槽の中で飼っているカニの「ユウセイ」の前に座っていました。
ユウセイは、全体的に真っ黒で黄色の線が入っている珍しいカニでもあり、優香にとって唯一自分の気持ちを分かってくれる友達でもありました。
「ユウセイ、今晩王宮でパーティーがあるそうなの。私にも案内状が来たんだけど、ジャン達は行ったら駄目だって……。まぁ勝手に行こうにも一人でお城なんか行けるわけないし、もう諦めるしかないよね……」
そう言った途端、優香の瞳から一滴の涙が頬を伝い落ちます。
ユウセイが一所懸命に水槽の中で何かを伝えようと動き始めますが、優香はきっと自分を慰めてくれていると思い、「ありがとう」と言おうとした瞬間、優香の背後から何者かの声が聞こえました。
「―――あなた、ダンスパーティーに行きたいのね」
突然の誰かの声に優香が驚いて振り返ると、そこには魔法使い――というより魔女の格好をした自分と同じ歳ほどの女の子が立っていました。
女の子の腕にはデュエルディスクが装着してあり、どうやらジャン達と同じデュエリストのようでした。
「あ、あなたは……?」
「私は十六夜アキ。あなたがこんな所に閉じ込められて可哀想だと思ったの。――ねえ、ちょっとハメ外してパーティーに行きたくない?」
「そりゃ行きたいけど、パーティー用のドレスはいつもジャンが預かってるし……」
「なら、私が用意するわ。魔法カード『ドレスアップ』発動!」
アキと名乗った少女は、優香を対象に『ドレスアップ』を発動させました。
優香の周りにボン!と煙が上がり、着ていた服が一瞬にして綺麗なドレスに変わりました。
そのドレスはジャン達が用意するものとは比べものにならないほど豪華なもので、傍目から見れば優香は何処かの国の王女さまにでも間違えられそうなほど、よく似合っていたのです。
「えっ、このドレスは一体……!? あ、あなた、何者なの!?」
「ふふ、私はサイコデュエリストでもあるのよ、これくらい朝飯前だわ。さあ、これでパーティーに行く準備は整ったかしら?」
「で、でも、お城に行くにはD・ホイールに乗る人が必要なの……!」
確かに優香の言う通り、お城まで行くにはD・ホイールに乗って行くことが必要でした。
しかし優香はライセンスを取っていないため、D・ホイールに乗ることが出来ません。
ジャン達もわざわざ乗せて行ってはくれないはずですし優香が困っていると、アキは余裕を持った笑みを浮かべてこう言いました。
「大丈夫よ、おまけでD・ホイールと乗る人もつけてあげる」
と、ウインクをしてアキはデッキからドローすると、魔法カード『変身』を発動しました。
その瞬間、ユウセイが住む水槽が割れて煙の中から、一人の青年が現れました。
青年の頬には見覚えのある黄色いマーカーが付けられており、なんとカニだったユウセイが人間に変身したのです。
一目見て青年の正体が、ユウセイだと分かった優香はビックリしたように目を大きく見開き、彼を指差しました。
「え、ゆゆゆ、ユウセイ……!?」
「俺はもうユウセイではなく遊星だ。――優香、ずっとこうやってお前と話したかった……!」
ユウセイもとい遊星は、優香をギュッと力強く抱き締めました。
義父や義兄以外の男と触れ合ったことのない優香は顔を真っ赤にさせて固まり、遊星がゆっくりと顔を近づけた――まさにその時、アキが遊星を優香から突き放すように蹴り飛ばしました。
「……ッ、いきなり何をするんだ」
「それはこっちの台詞よ。優香はそんな事している暇はないの。私が発動した魔法の効果は十二時までだから早くしなさい」
「十二時ってことは……えーっと、あ、あと四時間!?」
優香が時計に目をやると、既に八時を過ぎており、魔法の効果が消えるまであと四時間もありません。
「じゃあ、私はジャンやアンドレ達に見つからないようにこっそり先に行くから、遊星も後から来てね!」
遊星と二人で屋敷から抜け出すのには目立つと考えた優香は、まず自分が先に行くことにしました。
優香が出て行った後、遊星とアキが部屋に残され、静かに遊星が起き上がると、アキに向かってこう問いました。
「……俺も十二時になったら効果が消え、元のカニに戻ってしまうのか?」
「バカね、外で元のカニに戻ったら死んでしまうじゃない。それに、あなたに発動した魔法は永続魔法カードだから心配することはないわよ」
「そうか、ありがとう」
「あっ、そうだ。あなたにこれを渡しておくわ」
思い出したようにアキは遊星に一枚のカードを渡しました。
遊星がカードに目を通すと、そこには『サイコデュエリスト・十六夜アキ。あなたの願い叶えます! 相談料は一時間一万DPから』と大きく書かれてありました。
「………これは」
「安心して、今回は私の個人的なことだから相談料は取らないわ。ただし次回から―――」
「そろそろ優香の後を追ってくる」
アキの話が商売絡みになってきそうだったので、遊星は早足で部屋を出て行きました。
幸いジャン達はまだショックを受けているようで、優香と遊星が屋敷を出ても気付くことはありませんでした。
屋敷の前で優香と合流した遊星は、アキが用意した遊星号に乗り、優香を連れてお城へと急いで向かいました―――。
三十分後、お城に到着した遊星と優香は遊星号を降りて、屋敷と比べ物にならないほど高くそびえ立つお城を見上げました。
「これが王宮のお城かぁ……窓から見るのより大きさや迫力が違うや」
「優香、俺はここで待っておく。十二時までには戻って来るんだぞ」
「うん、分かった! 必ず戻ってくるね!」
遊星に向かって手を振りながら、優香はお城の中へ入って行きました。
お城の中では既にダンスパーティーが始まっており、王子が生涯のパートナーを選ぶということもあり沢山の女性が集まっていました。
しかし優香が入った瞬間、周囲の人々は優香の突出した美しさに騒ぎ始めましたが優香は気付くこともなく、のん気に料理を食べ始めていました。
(女の人ばっかりだけど、結局これってどんなパーティーなんだろ……?)
パーティーがあること以外何も知らない優香は、辺りに女性が多いことを不思議そうに見渡しているだけでした。
「よっ、お嬢さん」
突然声をかけられ、食べていた手を止めて優香が振り向くと、爽やかな笑みを浮かべた鬼柳が立っていました。
もちろん鬼柳の存在すら知らない優香は目をぱちくりとさせます。
「こんな可愛い子がいたとはな! どこの家のお嬢さんだ?」
「は、はあ。ユニコーン家の者です」
「ああ、ジャンやアンドレやブレオが大切にしてるっていう女の子か! こんだけ可愛いけりゃ大切にもしたくなるな。っと、俺は鬼柳京介。なあ、俺とこれからイイ事しねぇか? 満足させてやるぜ……?」
「あ、あの……」
鬼柳に両手を握られ、低い声で耳元でささやかれた優香は顔を赤くさせて困っていると、ふいに鬼柳の頭に何者かのチョップが見事クリーンヒットしました。
思わず鬼柳は優香の手を離して、頭を抑え振り返ると、そこには―――。
「持ち場離れてナンパしてんじゃねーよ」
「く、クロウ、てめえ……!」
鬼柳にチョップを食らわせたのは、このパーティーの主役でもあるクロウでした。
睨む鬼柳を無視して、優香に「大丈夫か」と優しく声をかけ、優香が答えようと二人の目が合った瞬間―――二人の間に電撃が走りました。
(こんな可愛い女がいたのか……)
(こんなカッコイイ男の子がいたんだ……)
互いに目が離せず見つめ合い、二人は俗に言う一目惚れをしてしまったのです。
思わず息を呑んで優香に見とれていたクロウは、ようやくハッとして優香の前に手を差し出しました。
「お、俺と一緒に踊ってくれねぇか……?」
「えっ、あ、よ、よろこんで……!」
「お前ダンス出来んのかよ。なぁ、俺の方が……って、おい! 聞けって!」
鬼柳の言葉は、既に二人の世界に入っている優香とクロウの耳には届いておらず、優香はそっとクロウの手を取り、二人は踊り始めました。
踊っている最中は、優香にとってまさに夢のようなひとときでした。
その気持ちはクロウも同じで、お互いにいつまでも踊り続けていたいと心から思っていました。
けれど、時が過ぎるのはあっという間で十二時の鐘の音が響き渡りました。
(いけない、十二時の鐘が……!)
十二時の鐘の音が耳に入り夢から覚めた優香は、アキが言っていたことを思い出します。
――十二時の鐘が鳴り終える前に帰らないと、魔法の効果は消えてしまうわ。
「ご、ごめんなさいっ……! 私、帰らないと……」
「え、お、おいっ……」
止めるクロウの手を振り払い、優香は出口に向かって走り出しました。
ところが、出口まであと一歩のところでジャックに腕を掴まれてしまいました。
「待て! そんなに慌ててどこに行く?」
「す、すみませんっ、急いでいるんで離してください!」
そう言って優香が顔を上げると、ジャックは優香のあまりの美しさに目を見開きました。
と、同時にあろうことか優香に一目惚れしてしまったのです。
もちろん優香の方は、ジャックのことはただの衛兵としか見ていませんが、そんな事はお構いなしに優香を腕の中に抱き寄せました。
「なんと美しい……、お前のような女に出会ったことはない」
「へっ? あ、あの……?」
突然見知らぬ男に抱き締められ、優香は驚き固まってしまいます。
そして外れない腕に内心焦っていると、ジャックが急にうめき声を上げて優香から離れるように膝をつきました。
どうしたのかと優香は不思議に思い、ジャックの後ろを見遣るとそこには遊星がいました。
どうやらジャックから優香を引き離す為に遊星は武力行使に出たようです。
この元カニは、穏やかそうに見えて実はそんなことはなかったのです。
しかし、遊星は優香にそれを知られないように微笑んで誤魔化しました。
「優香、大丈夫か? 心配になってここまで来たんだが……、予想通りの展開が起こっていて少し焦った」
「ゆ、遊星。この人なんで倒れたの?」
「さぁ……腹痛でも発症したんじゃないか?」
「そんな訳あるかぁッ!!」
ジャックが声を張り上げて立ち上がると、どこからか出したデュエルディスクを腕に装着しました。
大したダメージをジャックに与えれなかったことに、もっと強く殴れば良かったと遊星はチッと舌打ちをします。
「貴様ァ! 名を名乗れ!! 油断していたとはいえ、この俺に一発入れるとは見上げた奴……お前と闘いたい! 今すぐ俺とデュエルしろ!」
「……優香、この男はしつこそうだ。きっと今逃げてもすぐに捕まる。俺がくい止めるからその間に行け」
このデュエルは避けられないと直感した遊星は、腕にデュエルディスクを装着しながら優香にそっと耳打ちしました。
確かにデュエル馬鹿でもあるジャックなら、デュエルを避ければきっと地の果てでも追ってくるに違いません。
「でも、遊星も十二時になったら効果が……」
「心配するな、俺に発動されたのは永続魔法カード。効果が消えることはない。だから早く逃げるんだ」
「わ、分かった。遊星、ありがとう」
ジャックがカードをドローした隙に、優香は出口まで急いで駆けて行きました。
その様子を見て、ジャックがしまったと声を上げましたが、デュエル中なので後を追うこともできず、遊星はホッと安堵するのでした。
優香がお城を出ると、鐘が鳴り終わり同時に「ドレスアップ」の効果も消え、元の服装に戻ってしまいました。
+++
やっとの思いで優香が屋敷に戻ると、玄関にジャンとブレオとアンドレが立っていました。
どうやら優香がいなくなったことに後から気付いたようで、ずっと優香の帰りを待っていたようです。
優香はまた怒られてしまうと覚悟してギュッと目を閉じましたが、しばらくしても誰も何も言わず、不思議に思った優香が目を開けた瞬間、アンドレに抱き締められていました。
「優香、心配してたんだぞ! 急にいなくなりやがって……」
「そうだぜ! もう少しでセキュリティに連絡しようと――」
「ご、ごめんなさい、いつも屋敷に閉じ込められていたから外に出たくなったの……」
まさかこんなに心配されていたとは思っていなかった優香は、慌てて三人に謝ります。
「まったく……無事に帰って来たから良かったものを。しばらくは屋敷の中で反省してもらわないと困るな」
「はーい……」
今回ばかりは三人に心配を掛けてしまったと、事の重大さに気付いた優香は何も返す言葉がなく、しぶしぶ返事をしました。
それから自室に戻って寝ようとしましたが、優香の頭に浮かぶのは、クロウと踊ったことばかり。
もう一度あの人と会いたい―――と願いながら、優香は窓から小さく見えるお城を見つめるのでした。
一方、そんなお城の中こと王宮では大変なことが起きていました。
ジャックとのデュエルに勝利した遊星でしたが、他の衛兵たちに捕らえられ、国王や王子たちの前で尋問を受けていたのです。
ですが、優香のことをいくら質問しても口をなかなか割らない遊星に、尋問担当の鬼柳は困っていました。
「コイツ、口が堅えな。なあ、ジャックは何か知ってんじゃねぇのか? デュエルで負けたんだろ?」
「ええい! 俺はあの女を逃したことに気がいってしまい不覚にも負けてしまっただけだ! 本気を出せば俺の勝利に決まっている!!」
「……いや、あれはどう見てもお前自身のミスの気が」
ジャックの耳に入れば面倒なことになるので、遊星はボソリと聞こえない程度に呟きます。
ところで、クロウやブルーノはどうしたかというと、ブルーノは相変わらずD・ホイールのメンテナンスに精を込めており、クロウは優香のことばかり考えていました。
「ふふっ、次は何処を改造しちゃおうかな。あっ、大丈夫だよ、心配しないで。もっと君を気持ち良くさせてあげるだけから……」
「……あいつ、可愛かったな……」
二人とも完全に自分の世界に入っているようでした。
そんな二人と役に立たないジャックに鬼柳はあきれましたが、ハッと何か思い出したようにポケットからカードを取り出しました。
「あっ、そういやさっき所持品検査したら、こんなもん見つかったぜ」
「そ、それは……!」
鬼柳が取り出したのは、遊星がアキから貰った名刺カードでした。
カードの内容をまだ見ていなかった鬼柳は、すぐにカードテキストに目をやりました。
「ん? これは……かの有名なサイコデュエリスト、十六夜アキの名刺カードじゃねぇか。コイツ、口が堅くて全然口割らねーし、十六夜アキに話でも聞いてみるか」
そう言って鬼柳は近くにあったデュエルディスクを腕に装着すると、名刺カードをモンスターゾーンに置きました。
すると、不思議なことに目の前にソリットビジョンのアキが現れたのです。
これには自分の世界に入っていたクロウも驚いて目を向けます。
ただブルーノだけは、愛機の整備でそれどころではない様子ですが。
「あら、遊星。もう呼び出してくれたの? ……って、誰? このいかにもデュエル馬鹿って人たち」
「デュエル馬鹿は余計だ。なあ、あんたなら知ってんだろ。この遊星って奴が連れていた女のことをよ」
「ああ、優香のこと?」
「知ってんのかっ!?」
アキが答えた途端、クロウは身を乗り出して聞き返しました。
分かりやすいクロウの反応に、大体のことを悟ったアキはクスリと微笑みます。
「へえ、あなた……優香に恋しちゃったのね?」
「う、うるせえっ!」
口ではそう言い捨てましたがクロウの顔は真っ赤で、図星だと確信したアキはにやりと笑みを浮かべます。
「あの子はユニコーン家の一人娘の優香よ」
「ああ、そういえばユニコーン家の者です、って言ってたな」
「「お前、知ってるんだったら言え(よ)!」」
手をポンと叩いて今頃思い出した鬼柳に、ジャックとクロウは同時に叫びました。
それでアキからユニコーン家の場所を聞いたクロウ達は、急いでユニコーン家に向かう準備をし始めました。
ブルーノはもちろん愛機(というかホイール・オブ・ホーチュン)の整備があるので、「行ってらっしゃい」と笑顔で皆を見送りました。
あとで勝手に色々弄ったとして、ジャックに殴られる羽目になるとも知らずに―――。
「そういや、結局昨日は何処に行っていたんだ?」
翌朝、屋敷のリビングのソファに座っている優香に向かってアンドレは尋ねました。
昨夜は優香が無事に帰って来たことにすっかり安心してか聞きそびれていたのです。
「あのお城のパーティーに行っていたの」
「ぱ、パーティーって、昨日届いた案内状のことか!?」
新聞を読んでいたブレオが目を見開かせ、声を上げて聞き返しましたが、優香は頬をポッと赤くしてコクリと頷きました。
もしや……と、何か嫌な予感がしたジャンは、優香にこう問います。
「……まさかそこの王子様と顔を合わせたんじゃないだろうな?」
「うん、とてもかっこよかった……もう一度会いたいな」
なんて、まるで恋する乙女のような表情で言うもんですから、三人は苦虫をつぶしたような顔になりました。
そして三人はお互いに目を配らせ、こそこそと耳打ちをし始めました。
「ヤバいって……完全に王子に恋しちゃってるぜ……」
「でも、屋敷から出さなければ、もう二度と会うことはないだろ?」
「おい、やめろ。そういうフラグを立てるな」
ジャンが引きつった表情でそう言った瞬間、突如屋敷の扉がバーンと勢い良く開かれました。
そこから姿を現わしたのは―――遊星、ジャック、鬼柳の三人でした。
あまりに突然すぎる登場に、優香やジャン達は目を丸くして驚きます。
「えっ、あの人達は―――」
「優香!」
まだ状況が全く理解出来ていない優香を、遊星がすかさず自分の胸に抱き寄せました。
しかし、優香は耐性が出来てしまったのか昨日のように硬直せず、意外と平然としていました。
「あっ、遊星。ごめん、忘れてた」
「いいんだ、お前が無事で……!」
既に優香に存在を忘れられていた遊星でしたが、本人は全く気にしない様子で優香を抱き締める腕の力をさらに強めます。
が、自分の可愛い義娘(or義妹)がいきなり見知らぬ他の男に抱擁されてユニコーン家の男たちも黙って見過ごすはずがありません。
「なんだ、お前は!? そんなカニみたいな頭の奴は俺たちは認めないぞ!」
「俺はカニじゃない、元カニだ。大体角が生えているお前が言う台詞ではないだろう」
「なんだと……なら、どっちが優れた髪型なのかハッキリさせてやる」
アンドレは優香に抱き締める遊星を無理やり引き剥がし、遊星を連れて屋敷の外へと出て行ってしまいました。
事情がよく分からないままの優香は二人が出て行く姿をポカンとして見送りますが、次の瞬間、背後からジャックに抱きすくめられました。
これには優香も顔を赤くして、とっさにジャックの方に振り返ります。
「あ、あのっ……?」
「優香……、お前が俺の前から逃げ出した時、俺の心に穴が開いたようだった……もう離さな」
「いや、義兄であるこの俺の前で何妹口説いちゃってるワケ? そういうことはこっちで話そうか」
顔は笑顔ですが内心は怒りを押さえきれないブレオはジャックの首の根っこを掴むと、彼の身体を優香から離しズルズルと引きずって別の部屋に入って行きました。
おそらく優香を巡ってリアルファイトでも始めるつもりなのでしょう。
一方、ようやく優香が一人になりチャンスとばかりに、鬼柳が優香目掛けて飛び込んでいきました。
「優香ー! 会いたかったぜー!」
あと数センチで優香に抱きつける―――と鬼柳が満足タイムに浸ろうとした矢先、ジャンが鬼柳の頭を片手で掴んで、暴走寸前の鬼柳を止めました。
「てめぇ、何しやがるっ! 俺のサティスファクションを邪魔する気か!?」
「お前みたいな軽い男は好きじゃない。優香に近づかないでもらおうか……」
周囲に黒いオーラを出しながらジャンは、鬼柳の頭を掴んだまま、どこかに行ってしまいました。
一人、屋敷のリビングに残された優香は、何が起きたのかよく分からず呆気にとられていると、ふいに後ろから足音が聞こえました。
「――――優香」
聞き覚えがあり、むしろ忘れるはずがない声に、優香はまさかと思い後ろに振り向きました。
扉の前に立っていたのは―――なんとクロウだったのです。
「えっ、あなたは、あの時の……」
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はクロウだ、優香のことは十六夜アキから聞いた」
「そっか、クロウ……クロウって言うんだ」
やっと知れた大好きな人の名前に優香は嬉しさでいっぱいになり、一歩ずつクロウの元に歩み出して行きます。
クロウも優香に引き寄せられるように、歩き出しました。
そして、お互い真正面の距離になると足を止め、まるで時間が止まったかのように微動だにせずに見つめ合いました。
「優香……俺、お前に会いたかったんだ」
「私もよ、クロウ……」
「なあ、優香。笑わないで聞いてくれるか?」
「うん」
優香の返事を確認したクロウは、優香の右手を取って顔は真っ赤でしたが真剣な眼差しを向けて、こう告げました。
「あの時、優香と目が合った瞬間……俺はお前に惚れちまったんだ。優香、俺と結婚してくれ」
「うん……よろこんで。大好き、クロウっ」
「優香っ……!」
口をほころばせて答えた優香を、クロウは力強く抱き締めました。
そのままお互い目を合わせたまま、ゆっくりと顔を近づけてキスをしました。
これからずっと傍から離れない、と誓い合いながら―――。
その後、クロウはブラックバードに優香を乗せて、お城で結婚式を挙げた二人は幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
……と言いたいところですが、お城に暮らしてからも遊星らの邪魔が相次ぎ、クロウにとって苦労が絶えない日々が始まるのでした―――。
fin.
<あとがき>
旧サイトの三万HIT記念フリー夢でした。
童話パロディは初めて書きましたが、書いている最中はサティスファクションなくらい(?)楽しかったです。
2010.05.03
優香には、お義父さまと二人のお義兄さまがいました。
もともと優香は孤児でしたがお金持ちのユニコーン家に養子として迎えられ、本当の家族同然に愛されて、優香は心から三人に感謝していました。
しかし、問題なのはこのお義父さまとお義兄さま二人は優香を溺愛しすぎているということでした。
優香が十六になった今でも優香への愛は薄らぐどころかますますひどくなっていき、最近の優香の悩みのタネになっていたのです―――。
「……うん。今日こそ大丈夫」
屋敷と外の世界と繋がっている門の前で、優香はキョロキョロと辺りを見回し、父や兄がいないことを確認しました。
ついに外に出れる―――と、優香が門に手をかけようとした瞬間、誰かに力強く腕を掴まれてしまいました。
「何処に行くつもりだ? 優香」
「お、お義父さま……じゃなかった、ジャン。わ、私は新聞を取りにいこうと……」
優香の言い訳も虚しく、ジャンは優香の手を掴んだまま離しません。
ちなみに、ユニコーン家ではお互いに名前で呼ぶことを決まりとしていて(※三人が優香に名前で呼ばれたいだけ)、優香には名前で呼ばせていました。
「新聞ならとっくに取ってあるだろう? 外には出るなとあれほど言ってあるはずだ」
「むー……、だって私、一度もここから出たことないんだよ? 私だってもう十六だし、そんなに心配しなくても大丈夫だか」
「いや、絶対駄目だっ!」
優香の言葉を遮るように叫んで、優香の前に現れたのはお義兄さんのアンドレとブレオでした。
またか……優香はとうんざりした顔をしましたが、アンドレとブレオは全く気づいていない様子でした。
「外の世界は狼のような男ばかりいるんだぞ。そんな連中に可愛い義妹である俺の優香を奪われてたまるかっ!」
「ああ、同感だぜ、アンドレ……。優香、外はお前を狙う危ない男ばかりだから絶対に行くな。優香には俺たちが傍にいるから外に行く必要はないんだ」
ブレオは棒立ちの優香の肩をがしっと掴み、隣のアンドレやジャンもうんうんと頷き始めます。
ブレオたちの言うとおり、優香はユニコーン家の屋敷に住んでからというもの、一度も外に出ることを許されていませんでした。
「うーん……分かったよ。今日はもう寝るね」
この三人と外に出ることについて話し出すと駄目の一点張りなのは目に見えているので、渋々優香はジャン達と屋敷の中に戻りました。
優香が自室に戻る際に、
「なあ、優香。今日は俺の部屋で寝ないか? 添い寝してやるよ」
「なっ、アンドレ、何言ってやがる! 俺が先に言おうとしてたのに! 優香は今日は俺と寝るんだよっ」
「やれやれ、駄目な義兄達だな……まったく。優香、今夜は俺の部屋に来い」
と、それぞれ三人に口説き文句まがいの台詞を言われましたが、優香は「もう一人で寝るから」とキッパリと言い放って自室の扉をバタンと閉めました。
それから窓を開け、夜空にキラキラと輝く星空を眺めながら優香は一つ溜息をつきました。
「はぁ、私も一度で良いから外に出てみたいな~……」
当分は叶いそうにもない願いをポツリと呟き、しばらく優香は窓から映る外の景色を眺めることを止めませんでした―――。
一方その頃、王宮では―――。
「はああっ!? け、けけけ、結婚ー!? お、俺が!?」
突然の話に王子さまことクロウは目を見開いて、話を切り出してきた従者こと鬼柳の顔を見ました。
ちなみに鬼柳は王宮の立場ではただの従者ですが、クロウとは幼馴染でタメ口な仲であったりします。
「当たり前だろ。そろそろ後継ぎも欲しいところだしな」
「だから何で俺なんだよ!? 結婚だったらブルーノがすりゃ良いだろ!」
と、クロウはこの国の王様でもあり兄のブルーノを指差します。
しかし、自分の隣に座っていたはずのブルーノはいつのまにかD・ホイールのメンテナンスをしており、クロウの言ったことはおろか話さえ全く聞いていない様子でした。
「良い子ちゃんね~、次はどこの部分を弄ってほしい? エンジンかな? それともホイール? あっ、あと此処のパーツも―――」
「…………」
これがこの国を統べる王の姿かよ……と、クロウは言葉を失ってしまいました。
確かに王がこんな様子では、結婚は当分出来そうにもありません。
ですが、いきなり結婚話を持ち出されたクロウもすぐに納得する訳にもいきませんでした。
「とにかくクロウ。お前はさっさと結婚しろって」
「ふざけんな! 大体俺は女なんて興味ねぇよ。デュエル習ってる方が良いって」
「同感だ。女などにうつつを抜かす暇があったらデュエルをするべきだろう」
クロウの言葉に、二人の話を聞いていた衛兵であり、鬼柳と同じくクロウとは幼馴染のジャックも頷きました。
どうやら二人は相当なデュエル馬鹿のようです。
「バカか、お前らっ! 後継ぎがいねぇと他の奴らに王宮を取られるんだぞ!」
「うっ、流石にそりゃ困る……っても、俺は結婚なんてする気なんてまだ微塵も」
「じゃ、試しにダンスパーティーでも開くか」
あまりに唐突に鬼柳が言ったものですから、クロウとジャックは「はあ?」と同時に首を傾げました。
結婚とパーティーがどう関係があるのか、二人にはさっぱり分かりませんでした。
「だから国中の娘を集めてダンスパーティーを開くんだよ。そうすりゃ、お前の目に止まる娘の一人や二人はいるはずだ。よし、そうと決まったら早速招待状を書かねぇとっ!」
「お、おい、勝手に決めんなって! つか、国中の娘を集めるとかてめぇが満足したいだけだろーが!」
「んじゃ、後のことはこの俺に任せとけ!」
鬼柳はクロウの言うことに全く耳を傾けることなく、招待状を書くために音速ともいえる超スピードでその場を去っていきました。
相変わらず逃げ足の早い鬼柳に、クロウは茫然と立ち尽くしていました。
憐れに思ったジャックはクロウの肩に手をポンと置き、ブルーノはというとそんな弟の様子に目もくれず愛機の整備に夢中になったままでした――。
それから数日後。
庭の掃除をしていた優香は、いつものように郵便受けを覗くと、一通の手紙が入っていました。
何気なくその手紙を手に取ると宛先は優香宛となっていました。
自分宛の手紙など珍しく、わくわくしながら優香は封をしてあったシールを丁寧に剥がし、中の手紙を声に出して読み始めました。
「えーっと……『今晩六時より王宮にてダンスパーティーを開催いたします。このパーティでは王子さまが」
「優香、ちょっと貸せっ!」
優香が読んでいる途中でしたが、嫌な予感がしたアンドレは優香から手紙を取り上げました。
そしてジャンとブレオも隣から覗きながら、慎重に手紙の内容を確認すると、王子が生涯のパートナーを選ぶためにダンスパーティーを開催する――という三人からすればとんでもないパーティーへの案内状だったのです。
もし、大事な娘(or妹)をダンスパーティーなどに出席させれば、きっと王子はその可憐さに一目惚れし結婚を申し込むに違いありません。
そう考えた三人は、優香がダンスパーティーに行くことを断固反対し始めました。
「優香、ダンスパーティーには行くな」
「ええっ!? そ、そんな、王宮なんて滅多に入れないし、私だって行きたいもん! ねえ、アンドレとブレオもなんとか言っ――」
「絶対駄目だ! 王宮だからこそ、こういうトコロは危ないっ!」
「アンドレの言う通りだぜ。王宮じゃ無理だが、ダンスパーティーなら屋敷で開催してやるからさ」
な?、とブレオが優しく口調で優香の頭を撫でましたが、優香はその手を払いのけ、
「ジャン達のばかっ!」
と言い放ち、屋敷の中へ走り去ってしまいました。
優香にここまで拒絶されたのは初めてだったジャン達は、ショックでその場からしばらく動けませんでした―――。
部屋に戻った優香は、水槽の中で飼っているカニの「ユウセイ」の前に座っていました。
ユウセイは、全体的に真っ黒で黄色の線が入っている珍しいカニでもあり、優香にとって唯一自分の気持ちを分かってくれる友達でもありました。
「ユウセイ、今晩王宮でパーティーがあるそうなの。私にも案内状が来たんだけど、ジャン達は行ったら駄目だって……。まぁ勝手に行こうにも一人でお城なんか行けるわけないし、もう諦めるしかないよね……」
そう言った途端、優香の瞳から一滴の涙が頬を伝い落ちます。
ユウセイが一所懸命に水槽の中で何かを伝えようと動き始めますが、優香はきっと自分を慰めてくれていると思い、「ありがとう」と言おうとした瞬間、優香の背後から何者かの声が聞こえました。
「―――あなた、ダンスパーティーに行きたいのね」
突然の誰かの声に優香が驚いて振り返ると、そこには魔法使い――というより魔女の格好をした自分と同じ歳ほどの女の子が立っていました。
女の子の腕にはデュエルディスクが装着してあり、どうやらジャン達と同じデュエリストのようでした。
「あ、あなたは……?」
「私は十六夜アキ。あなたがこんな所に閉じ込められて可哀想だと思ったの。――ねえ、ちょっとハメ外してパーティーに行きたくない?」
「そりゃ行きたいけど、パーティー用のドレスはいつもジャンが預かってるし……」
「なら、私が用意するわ。魔法カード『ドレスアップ』発動!」
アキと名乗った少女は、優香を対象に『ドレスアップ』を発動させました。
優香の周りにボン!と煙が上がり、着ていた服が一瞬にして綺麗なドレスに変わりました。
そのドレスはジャン達が用意するものとは比べものにならないほど豪華なもので、傍目から見れば優香は何処かの国の王女さまにでも間違えられそうなほど、よく似合っていたのです。
「えっ、このドレスは一体……!? あ、あなた、何者なの!?」
「ふふ、私はサイコデュエリストでもあるのよ、これくらい朝飯前だわ。さあ、これでパーティーに行く準備は整ったかしら?」
「で、でも、お城に行くにはD・ホイールに乗る人が必要なの……!」
確かに優香の言う通り、お城まで行くにはD・ホイールに乗って行くことが必要でした。
しかし優香はライセンスを取っていないため、D・ホイールに乗ることが出来ません。
ジャン達もわざわざ乗せて行ってはくれないはずですし優香が困っていると、アキは余裕を持った笑みを浮かべてこう言いました。
「大丈夫よ、おまけでD・ホイールと乗る人もつけてあげる」
と、ウインクをしてアキはデッキからドローすると、魔法カード『変身』を発動しました。
その瞬間、ユウセイが住む水槽が割れて煙の中から、一人の青年が現れました。
青年の頬には見覚えのある黄色いマーカーが付けられており、なんとカニだったユウセイが人間に変身したのです。
一目見て青年の正体が、ユウセイだと分かった優香はビックリしたように目を大きく見開き、彼を指差しました。
「え、ゆゆゆ、ユウセイ……!?」
「俺はもうユウセイではなく遊星だ。――優香、ずっとこうやってお前と話したかった……!」
ユウセイもとい遊星は、優香をギュッと力強く抱き締めました。
義父や義兄以外の男と触れ合ったことのない優香は顔を真っ赤にさせて固まり、遊星がゆっくりと顔を近づけた――まさにその時、アキが遊星を優香から突き放すように蹴り飛ばしました。
「……ッ、いきなり何をするんだ」
「それはこっちの台詞よ。優香はそんな事している暇はないの。私が発動した魔法の効果は十二時までだから早くしなさい」
「十二時ってことは……えーっと、あ、あと四時間!?」
優香が時計に目をやると、既に八時を過ぎており、魔法の効果が消えるまであと四時間もありません。
「じゃあ、私はジャンやアンドレ達に見つからないようにこっそり先に行くから、遊星も後から来てね!」
遊星と二人で屋敷から抜け出すのには目立つと考えた優香は、まず自分が先に行くことにしました。
優香が出て行った後、遊星とアキが部屋に残され、静かに遊星が起き上がると、アキに向かってこう問いました。
「……俺も十二時になったら効果が消え、元のカニに戻ってしまうのか?」
「バカね、外で元のカニに戻ったら死んでしまうじゃない。それに、あなたに発動した魔法は永続魔法カードだから心配することはないわよ」
「そうか、ありがとう」
「あっ、そうだ。あなたにこれを渡しておくわ」
思い出したようにアキは遊星に一枚のカードを渡しました。
遊星がカードに目を通すと、そこには『サイコデュエリスト・十六夜アキ。あなたの願い叶えます! 相談料は一時間一万DPから』と大きく書かれてありました。
「………これは」
「安心して、今回は私の個人的なことだから相談料は取らないわ。ただし次回から―――」
「そろそろ優香の後を追ってくる」
アキの話が商売絡みになってきそうだったので、遊星は早足で部屋を出て行きました。
幸いジャン達はまだショックを受けているようで、優香と遊星が屋敷を出ても気付くことはありませんでした。
屋敷の前で優香と合流した遊星は、アキが用意した遊星号に乗り、優香を連れてお城へと急いで向かいました―――。
三十分後、お城に到着した遊星と優香は遊星号を降りて、屋敷と比べ物にならないほど高くそびえ立つお城を見上げました。
「これが王宮のお城かぁ……窓から見るのより大きさや迫力が違うや」
「優香、俺はここで待っておく。十二時までには戻って来るんだぞ」
「うん、分かった! 必ず戻ってくるね!」
遊星に向かって手を振りながら、優香はお城の中へ入って行きました。
お城の中では既にダンスパーティーが始まっており、王子が生涯のパートナーを選ぶということもあり沢山の女性が集まっていました。
しかし優香が入った瞬間、周囲の人々は優香の突出した美しさに騒ぎ始めましたが優香は気付くこともなく、のん気に料理を食べ始めていました。
(女の人ばっかりだけど、結局これってどんなパーティーなんだろ……?)
パーティーがあること以外何も知らない優香は、辺りに女性が多いことを不思議そうに見渡しているだけでした。
「よっ、お嬢さん」
突然声をかけられ、食べていた手を止めて優香が振り向くと、爽やかな笑みを浮かべた鬼柳が立っていました。
もちろん鬼柳の存在すら知らない優香は目をぱちくりとさせます。
「こんな可愛い子がいたとはな! どこの家のお嬢さんだ?」
「は、はあ。ユニコーン家の者です」
「ああ、ジャンやアンドレやブレオが大切にしてるっていう女の子か! こんだけ可愛いけりゃ大切にもしたくなるな。っと、俺は鬼柳京介。なあ、俺とこれからイイ事しねぇか? 満足させてやるぜ……?」
「あ、あの……」
鬼柳に両手を握られ、低い声で耳元でささやかれた優香は顔を赤くさせて困っていると、ふいに鬼柳の頭に何者かのチョップが見事クリーンヒットしました。
思わず鬼柳は優香の手を離して、頭を抑え振り返ると、そこには―――。
「持ち場離れてナンパしてんじゃねーよ」
「く、クロウ、てめえ……!」
鬼柳にチョップを食らわせたのは、このパーティーの主役でもあるクロウでした。
睨む鬼柳を無視して、優香に「大丈夫か」と優しく声をかけ、優香が答えようと二人の目が合った瞬間―――二人の間に電撃が走りました。
(こんな可愛い女がいたのか……)
(こんなカッコイイ男の子がいたんだ……)
互いに目が離せず見つめ合い、二人は俗に言う一目惚れをしてしまったのです。
思わず息を呑んで優香に見とれていたクロウは、ようやくハッとして優香の前に手を差し出しました。
「お、俺と一緒に踊ってくれねぇか……?」
「えっ、あ、よ、よろこんで……!」
「お前ダンス出来んのかよ。なぁ、俺の方が……って、おい! 聞けって!」
鬼柳の言葉は、既に二人の世界に入っている優香とクロウの耳には届いておらず、優香はそっとクロウの手を取り、二人は踊り始めました。
踊っている最中は、優香にとってまさに夢のようなひとときでした。
その気持ちはクロウも同じで、お互いにいつまでも踊り続けていたいと心から思っていました。
けれど、時が過ぎるのはあっという間で十二時の鐘の音が響き渡りました。
(いけない、十二時の鐘が……!)
十二時の鐘の音が耳に入り夢から覚めた優香は、アキが言っていたことを思い出します。
――十二時の鐘が鳴り終える前に帰らないと、魔法の効果は消えてしまうわ。
「ご、ごめんなさいっ……! 私、帰らないと……」
「え、お、おいっ……」
止めるクロウの手を振り払い、優香は出口に向かって走り出しました。
ところが、出口まであと一歩のところでジャックに腕を掴まれてしまいました。
「待て! そんなに慌ててどこに行く?」
「す、すみませんっ、急いでいるんで離してください!」
そう言って優香が顔を上げると、ジャックは優香のあまりの美しさに目を見開きました。
と、同時にあろうことか優香に一目惚れしてしまったのです。
もちろん優香の方は、ジャックのことはただの衛兵としか見ていませんが、そんな事はお構いなしに優香を腕の中に抱き寄せました。
「なんと美しい……、お前のような女に出会ったことはない」
「へっ? あ、あの……?」
突然見知らぬ男に抱き締められ、優香は驚き固まってしまいます。
そして外れない腕に内心焦っていると、ジャックが急にうめき声を上げて優香から離れるように膝をつきました。
どうしたのかと優香は不思議に思い、ジャックの後ろを見遣るとそこには遊星がいました。
どうやらジャックから優香を引き離す為に遊星は武力行使に出たようです。
この元カニは、穏やかそうに見えて実はそんなことはなかったのです。
しかし、遊星は優香にそれを知られないように微笑んで誤魔化しました。
「優香、大丈夫か? 心配になってここまで来たんだが……、予想通りの展開が起こっていて少し焦った」
「ゆ、遊星。この人なんで倒れたの?」
「さぁ……腹痛でも発症したんじゃないか?」
「そんな訳あるかぁッ!!」
ジャックが声を張り上げて立ち上がると、どこからか出したデュエルディスクを腕に装着しました。
大したダメージをジャックに与えれなかったことに、もっと強く殴れば良かったと遊星はチッと舌打ちをします。
「貴様ァ! 名を名乗れ!! 油断していたとはいえ、この俺に一発入れるとは見上げた奴……お前と闘いたい! 今すぐ俺とデュエルしろ!」
「……優香、この男はしつこそうだ。きっと今逃げてもすぐに捕まる。俺がくい止めるからその間に行け」
このデュエルは避けられないと直感した遊星は、腕にデュエルディスクを装着しながら優香にそっと耳打ちしました。
確かにデュエル馬鹿でもあるジャックなら、デュエルを避ければきっと地の果てでも追ってくるに違いません。
「でも、遊星も十二時になったら効果が……」
「心配するな、俺に発動されたのは永続魔法カード。効果が消えることはない。だから早く逃げるんだ」
「わ、分かった。遊星、ありがとう」
ジャックがカードをドローした隙に、優香は出口まで急いで駆けて行きました。
その様子を見て、ジャックがしまったと声を上げましたが、デュエル中なので後を追うこともできず、遊星はホッと安堵するのでした。
優香がお城を出ると、鐘が鳴り終わり同時に「ドレスアップ」の効果も消え、元の服装に戻ってしまいました。
+++
やっとの思いで優香が屋敷に戻ると、玄関にジャンとブレオとアンドレが立っていました。
どうやら優香がいなくなったことに後から気付いたようで、ずっと優香の帰りを待っていたようです。
優香はまた怒られてしまうと覚悟してギュッと目を閉じましたが、しばらくしても誰も何も言わず、不思議に思った優香が目を開けた瞬間、アンドレに抱き締められていました。
「優香、心配してたんだぞ! 急にいなくなりやがって……」
「そうだぜ! もう少しでセキュリティに連絡しようと――」
「ご、ごめんなさい、いつも屋敷に閉じ込められていたから外に出たくなったの……」
まさかこんなに心配されていたとは思っていなかった優香は、慌てて三人に謝ります。
「まったく……無事に帰って来たから良かったものを。しばらくは屋敷の中で反省してもらわないと困るな」
「はーい……」
今回ばかりは三人に心配を掛けてしまったと、事の重大さに気付いた優香は何も返す言葉がなく、しぶしぶ返事をしました。
それから自室に戻って寝ようとしましたが、優香の頭に浮かぶのは、クロウと踊ったことばかり。
もう一度あの人と会いたい―――と願いながら、優香は窓から小さく見えるお城を見つめるのでした。
一方、そんなお城の中こと王宮では大変なことが起きていました。
ジャックとのデュエルに勝利した遊星でしたが、他の衛兵たちに捕らえられ、国王や王子たちの前で尋問を受けていたのです。
ですが、優香のことをいくら質問しても口をなかなか割らない遊星に、尋問担当の鬼柳は困っていました。
「コイツ、口が堅えな。なあ、ジャックは何か知ってんじゃねぇのか? デュエルで負けたんだろ?」
「ええい! 俺はあの女を逃したことに気がいってしまい不覚にも負けてしまっただけだ! 本気を出せば俺の勝利に決まっている!!」
「……いや、あれはどう見てもお前自身のミスの気が」
ジャックの耳に入れば面倒なことになるので、遊星はボソリと聞こえない程度に呟きます。
ところで、クロウやブルーノはどうしたかというと、ブルーノは相変わらずD・ホイールのメンテナンスに精を込めており、クロウは優香のことばかり考えていました。
「ふふっ、次は何処を改造しちゃおうかな。あっ、大丈夫だよ、心配しないで。もっと君を気持ち良くさせてあげるだけから……」
「……あいつ、可愛かったな……」
二人とも完全に自分の世界に入っているようでした。
そんな二人と役に立たないジャックに鬼柳はあきれましたが、ハッと何か思い出したようにポケットからカードを取り出しました。
「あっ、そういやさっき所持品検査したら、こんなもん見つかったぜ」
「そ、それは……!」
鬼柳が取り出したのは、遊星がアキから貰った名刺カードでした。
カードの内容をまだ見ていなかった鬼柳は、すぐにカードテキストに目をやりました。
「ん? これは……かの有名なサイコデュエリスト、十六夜アキの名刺カードじゃねぇか。コイツ、口が堅くて全然口割らねーし、十六夜アキに話でも聞いてみるか」
そう言って鬼柳は近くにあったデュエルディスクを腕に装着すると、名刺カードをモンスターゾーンに置きました。
すると、不思議なことに目の前にソリットビジョンのアキが現れたのです。
これには自分の世界に入っていたクロウも驚いて目を向けます。
ただブルーノだけは、愛機の整備でそれどころではない様子ですが。
「あら、遊星。もう呼び出してくれたの? ……って、誰? このいかにもデュエル馬鹿って人たち」
「デュエル馬鹿は余計だ。なあ、あんたなら知ってんだろ。この遊星って奴が連れていた女のことをよ」
「ああ、優香のこと?」
「知ってんのかっ!?」
アキが答えた途端、クロウは身を乗り出して聞き返しました。
分かりやすいクロウの反応に、大体のことを悟ったアキはクスリと微笑みます。
「へえ、あなた……優香に恋しちゃったのね?」
「う、うるせえっ!」
口ではそう言い捨てましたがクロウの顔は真っ赤で、図星だと確信したアキはにやりと笑みを浮かべます。
「あの子はユニコーン家の一人娘の優香よ」
「ああ、そういえばユニコーン家の者です、って言ってたな」
「「お前、知ってるんだったら言え(よ)!」」
手をポンと叩いて今頃思い出した鬼柳に、ジャックとクロウは同時に叫びました。
それでアキからユニコーン家の場所を聞いたクロウ達は、急いでユニコーン家に向かう準備をし始めました。
ブルーノはもちろん愛機(というかホイール・オブ・ホーチュン)の整備があるので、「行ってらっしゃい」と笑顔で皆を見送りました。
あとで勝手に色々弄ったとして、ジャックに殴られる羽目になるとも知らずに―――。
「そういや、結局昨日は何処に行っていたんだ?」
翌朝、屋敷のリビングのソファに座っている優香に向かってアンドレは尋ねました。
昨夜は優香が無事に帰って来たことにすっかり安心してか聞きそびれていたのです。
「あのお城のパーティーに行っていたの」
「ぱ、パーティーって、昨日届いた案内状のことか!?」
新聞を読んでいたブレオが目を見開かせ、声を上げて聞き返しましたが、優香は頬をポッと赤くしてコクリと頷きました。
もしや……と、何か嫌な予感がしたジャンは、優香にこう問います。
「……まさかそこの王子様と顔を合わせたんじゃないだろうな?」
「うん、とてもかっこよかった……もう一度会いたいな」
なんて、まるで恋する乙女のような表情で言うもんですから、三人は苦虫をつぶしたような顔になりました。
そして三人はお互いに目を配らせ、こそこそと耳打ちをし始めました。
「ヤバいって……完全に王子に恋しちゃってるぜ……」
「でも、屋敷から出さなければ、もう二度と会うことはないだろ?」
「おい、やめろ。そういうフラグを立てるな」
ジャンが引きつった表情でそう言った瞬間、突如屋敷の扉がバーンと勢い良く開かれました。
そこから姿を現わしたのは―――遊星、ジャック、鬼柳の三人でした。
あまりに突然すぎる登場に、優香やジャン達は目を丸くして驚きます。
「えっ、あの人達は―――」
「優香!」
まだ状況が全く理解出来ていない優香を、遊星がすかさず自分の胸に抱き寄せました。
しかし、優香は耐性が出来てしまったのか昨日のように硬直せず、意外と平然としていました。
「あっ、遊星。ごめん、忘れてた」
「いいんだ、お前が無事で……!」
既に優香に存在を忘れられていた遊星でしたが、本人は全く気にしない様子で優香を抱き締める腕の力をさらに強めます。
が、自分の可愛い義娘(or義妹)がいきなり見知らぬ他の男に抱擁されてユニコーン家の男たちも黙って見過ごすはずがありません。
「なんだ、お前は!? そんなカニみたいな頭の奴は俺たちは認めないぞ!」
「俺はカニじゃない、元カニだ。大体角が生えているお前が言う台詞ではないだろう」
「なんだと……なら、どっちが優れた髪型なのかハッキリさせてやる」
アンドレは優香に抱き締める遊星を無理やり引き剥がし、遊星を連れて屋敷の外へと出て行ってしまいました。
事情がよく分からないままの優香は二人が出て行く姿をポカンとして見送りますが、次の瞬間、背後からジャックに抱きすくめられました。
これには優香も顔を赤くして、とっさにジャックの方に振り返ります。
「あ、あのっ……?」
「優香……、お前が俺の前から逃げ出した時、俺の心に穴が開いたようだった……もう離さな」
「いや、義兄であるこの俺の前で何妹口説いちゃってるワケ? そういうことはこっちで話そうか」
顔は笑顔ですが内心は怒りを押さえきれないブレオはジャックの首の根っこを掴むと、彼の身体を優香から離しズルズルと引きずって別の部屋に入って行きました。
おそらく優香を巡ってリアルファイトでも始めるつもりなのでしょう。
一方、ようやく優香が一人になりチャンスとばかりに、鬼柳が優香目掛けて飛び込んでいきました。
「優香ー! 会いたかったぜー!」
あと数センチで優香に抱きつける―――と鬼柳が満足タイムに浸ろうとした矢先、ジャンが鬼柳の頭を片手で掴んで、暴走寸前の鬼柳を止めました。
「てめぇ、何しやがるっ! 俺のサティスファクションを邪魔する気か!?」
「お前みたいな軽い男は好きじゃない。優香に近づかないでもらおうか……」
周囲に黒いオーラを出しながらジャンは、鬼柳の頭を掴んだまま、どこかに行ってしまいました。
一人、屋敷のリビングに残された優香は、何が起きたのかよく分からず呆気にとられていると、ふいに後ろから足音が聞こえました。
「――――優香」
聞き覚えがあり、むしろ忘れるはずがない声に、優香はまさかと思い後ろに振り向きました。
扉の前に立っていたのは―――なんとクロウだったのです。
「えっ、あなたは、あの時の……」
「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はクロウだ、優香のことは十六夜アキから聞いた」
「そっか、クロウ……クロウって言うんだ」
やっと知れた大好きな人の名前に優香は嬉しさでいっぱいになり、一歩ずつクロウの元に歩み出して行きます。
クロウも優香に引き寄せられるように、歩き出しました。
そして、お互い真正面の距離になると足を止め、まるで時間が止まったかのように微動だにせずに見つめ合いました。
「優香……俺、お前に会いたかったんだ」
「私もよ、クロウ……」
「なあ、優香。笑わないで聞いてくれるか?」
「うん」
優香の返事を確認したクロウは、優香の右手を取って顔は真っ赤でしたが真剣な眼差しを向けて、こう告げました。
「あの時、優香と目が合った瞬間……俺はお前に惚れちまったんだ。優香、俺と結婚してくれ」
「うん……よろこんで。大好き、クロウっ」
「優香っ……!」
口をほころばせて答えた優香を、クロウは力強く抱き締めました。
そのままお互い目を合わせたまま、ゆっくりと顔を近づけてキスをしました。
これからずっと傍から離れない、と誓い合いながら―――。
その後、クロウはブラックバードに優香を乗せて、お城で結婚式を挙げた二人は幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
……と言いたいところですが、お城に暮らしてからも遊星らの邪魔が相次ぎ、クロウにとって苦労が絶えない日々が始まるのでした―――。
fin.
<あとがき>
旧サイトの三万HIT記念フリー夢でした。
童話パロディは初めて書きましたが、書いている最中はサティスファクションなくらい(?)楽しかったです。
2010.05.03
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