短編夢
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※作中に一部未成年の飲酒シーンがございますが、
あくまでフィクションであり未成年の飲酒は法律上禁止されています。
鏡台の前に座った優香は、よしと一つ深呼吸をしてメイク道具を手に取った。
今日はある一大決心の為、知り合いの狭霧やミスティに上等なメイク道具を貸してもらったのだ。
慣れないメイクをしながら鏡に映るボマーの後ろ姿をチラリと見遣る。
(――今日こそ、ボマーさんにキスしてもらうんだから!)
ボマーと優香は一応恋人同士で同棲までしている関係だが、未だにキスすらしていない。
自分が押して押してようやく念願のボマーと付き合えて、さらに同棲するまで関係が進みすごく幸せなのだが、 恋人なんだからキスくらいはしてほしいのが本音だ。
そこで、何故キスをしてくれないのかを考えた結果、どうもボマーは自分を子供扱いしていると悟った優香は友人たちと相談し、お色気作戦を思いついたのだった。
(谷間はないが)胸元が開いた服を選び、普段しないメイクも終わり、自分から女の色気が出ているのを確認した優香はソファに座っているボマーの隣に腰を下ろした。
そして、ボマーの太腿に手を置き、上目遣いで胸元を強調し、静かに口を開いた。
「ねぇ、ボマーさん……、キスして?」
「ん」
出来る限り色っぽい声で誘えた優香は確かな手応えを感じ、瞳を閉じてドキドキしながらボマーからのキスを待つ。
しかし、ボマーから返ってきたのはキスはキスでも……額へのキスだった。
「……って、なんで額なのよぅ! キスって言ったら唇でしょ? くーちーびーるーっ!」
「ハハハ、よしよし。また今度な」
目を細めながらボマーは、隣でキスをせがむ優香の頭を軽く撫でた。
また子供扱いされたと優香は頬を膨らまして、プイっと顔を逸らす。
「……もう! 子供扱いしないでよっ。アタシ、二十歳なんだよ? ボマーさんと同じ大人なの!」
「ああ、分かっているさ。―――おや……、もう仕事に行かないといけない時間だ。行ってくるよ優香。良い子にして待ってるんだぞ」
「え、ボマーさん!? ちょっと……!?」
優香の声も虚しく、ボマーは仕事にへと出掛けてしまった。
一人残された優香は、しばらくポカンとした後、はあと深く溜息をして肩を落とした。
(また子供扱いされちゃったー……せっかくお目かしまでしたのに)
鏡でもう一度自分の格好を見てみると、いつもよりは色気は出ているが、身長が低く顔が幼いためかどう見ても二十歳の女性には見えない。
もう少し自分が年相応の外見をしていればボマーさんも……と優香はいつも思うわけだが、今更考えてもどうしようもないのですぐに諦めている。
だが、今回ばかりは良い案だと思っただけに優香のダメージは大きかった。
あれほど気合を入れたというのに上手くいかなかった悔しさに、プルプルと肩を震わせた優香は何を思ったのかキッと顔を上げアパートを飛び出した。
優香が向かった先は、もちろん――「あの場所」だった。
「今日の仕事は終わったのか、クロウ」
所変わってガレージでは、食事が終わり一息ついていた遊星が伝票をまとめているクロウへと声を掛けた。
ちなみにジャックはソファで仕事もせずくつろいでいるのだが、遊星とクロウは(言うだけ無駄なので)お互い何も見ていないフリをする事にしている。
「おう、あとはコレをさっさとまとめりゃ終わりだな。遊星も今日は何もねえのか?」
「俺も今日は仕事は入っていない。久々にジャンクでも拾いに行こうかと思っている」
「へえ、じゃあ俺も久々にガキ共に………ん?」
突然ドドドという足音が聞こえ、思わずクロウは伝票をまとめる手を止める。
しかも、気のせいか段々と足音が大きくなって此方に近付いている気がしてならない。
何だ、と遊星が外に視線を向けようとした瞬間、例のドドドという足音と同時に聞き覚えのある声も聞こえてきたのだった。
「うわ~~ん!! クロウ、聞いてよーっ!!」
「おわっ、優香!?」
足音の正体は、猛ダッシュで走ってきた優香だった。
クロウと遊星が呆然としているのをよそに、優香は二人の前に来たところで足を止めた。
思わずクロウは優香の開いた胸元に視線がいきそうになるのをすぐさま逸らし、あわてて口を開く。
「ど、どうしたんだよ、またボマー関係か?」
「あのね、お色気作戦も駄目だったの~……はあ、せっかくミスティさんや狭霧からメイク道具も貸してもらったのにっ。ムダになっちゃった」
大きく溜息をついた優香は、ジャックが座るソファの隣にドスンと腰を下ろす。
ちなみに優香と遊星達はサテライト時代からの仲間、いわゆる幼馴染という関係だ。
ボマーと付き合うようになってから優香は、近所に住む彼らに頻繁に恋愛相談や愚痴など持ちかけている。
今回のお色気作戦を考えたのも遊星たちの助言があってこそだった。
「そうか……失敗したか。今回の作戦は良いと思ったんだがな」
「ったく、ボマーの奴! どこまでストイックなんだよ。俺だったら絶対に……」
と、言いかけたところでクロウは横目で優香を見遣る。
ボマーと優香が恋人同士と分かっていても、クロウの優香に対する想いは未だ捨てきれていなかった。
「絶対に」から続きを口にすることができない自分がもどかしい。
一方、そんなクロウの想いにもまったく気付いていない優香は、ボマーが自分を子供扱いする原因を頭の中で悩みながら考え込んでいた。
「やっぱり大人の女性に見られていないのが原因だと思うのよねー」
「お前のその容姿では、まず大人の女性に全く見えんがな」
「むっ、何よ、ジャック! アタシより一ヶ月くらい誕生日遅いくせに~っ!」
ぷくっと頬を膨らませて、優香はジャックをぽかぽかと叩いた。
そういう行動が大人の女性に見えない原因の一つかもしれないのだが、当の優香に自覚は全くないようだった。
相変わらず成長しない優香に、傍目で呆れるように見ていたクロウが遊星にこっそりと耳打ちをする。
「あれで二十歳だから反則だよな~……」
「だが、それが好きなんだろう?」
「……わ、悪いかよ」
図星なのか頬を少し赤め、顔を逸らしたクロウの予想通りの反応に遊星はふっと口元を緩めた。
「もー、みんなみんなアタシを子供扱いするっ! アタシは大人なんだからー! お酒だって飲める年齢なのよ? ――という事で今から酒盛りするから」
「「「え?」」」
突然切り出された優香の言葉に、三人が同時に素っ頓狂な声で聞き返した。
まだいまいち意味が分かっていない三人をよそに、優香はキラキラと瞳を輝かせながら得意げに話を続ける。
「ふっふふー。大人と言えばやっぱりお酒よねっ! 思えば二十歳なのにまだお酒飲んだ事なかったわ、アタシ」
「ちょ、待てって優香!? お前に酒は早過ぎるって!」
「そ、そうだ。それに此処には酒なんて――」
「あ、それなら氷室さんの所からぶん取ってきたから大丈夫っ」
ようやく意味を理解した三人が優香に止めるよう説得にかかるが、優香は聞く耳をもたず、どこに隠し持っていたのか一升瓶を取り出す。
さらに二本、三本……と数は増えていき、気が付けば机の上は一升瓶とワインだらけになっていた。
鼻歌を歌いながら笑顔でどんどん酒を並べていく優香に、ついに痺れを切らせたジャックが優香が持つ一升瓶を奪い取った。
「お前には、まだ酒は早すぎる! 今すぐ片付けろ!」
「ほらねっ! そういうのがダメなのよ! だってアタシは二十歳だもん、飲める年齢なんだよっ!?」
「しかし、俺達は未成年だ。お前が大人だと言うならそういう配慮も――」
「アタシ、知ってるんだから。みんながアタシに隠れてこっそりお酒を飲んでることくらい!」
ぴりりと空気を震わす冷ややかな声に、三人はギクリ、と肩を揺らした。
優香の言ったことは図星で、遊星たちは昔サテライト時代に何度か酒を飲んだことがあった。
一応優香に気付かれぬよう飲んでいたが、まさか既にバレていたとは、これでは返す言葉がない。
「それなのに、アタシのお酒が飲めないっていうのっー!?」
「うっ……」
優香に詰め寄られ、男三人は情けなく一歩後ずさる。
その表情は覇気迫るもので、とてもじゃないが断れそうにない。
元々一度言い出したら聞かない優香なので、三人はやれやれと顔を見合わせた後、仕方なしに承諾するのだった。
――こうして、昼間からだが酒盛りが始まった。
最初は四人で一本を飲むものだと遊星たちは思っていたのだが、優香が何処からともなくどんどん酒を出し、早いペースで三本目へと突入した。
いくらサテライトで飲んだことはあると言っても、悪い酒をほんの少しくらいだし、こんな上等な酒を飲んだのは三人とも初めてのことで早くも酔いが回りはじめていた。
肝心の優香はというと、今回初めてだというのに意外にも酒は強く、遊星たちと同じペースで飲んでいるにも関わらず、頬はほんのり赤みが帯びているだけである。
しかし、その後も四人とも勢いよく酒を飲み続けて、優香以外はすっかり泥酔状態になっていた。
顔を真っ赤にさせた遊星は、酒の力でジャックに対して日頃の不満が爆発したのか、小声で普段は言わない文句をぼそぼそと言い始めた。
「ジャック……働いていないくせに……何度も何度も、ぜいたくばかり……少しは節約を知らないのか……?」
「わ、悪かったっ!! 遊星、今度からちゃんと働くから、ゆ、許してくれ、この通りだっ」
たがが外れた遊星に、同じく泥酔状態のジャックは泣きながらその場で必死に謝罪していた。
普段なら考えられない光景に、遠目で眺めていた優香はお酒の力って凄いなと強く感じるのだった。
そしてクロウはというと、酒の力で大胆になったのか、急に優香に対して甘え始めた。
「なあ、優香~、優香~。ひざまくらしてくれよー」
「ちょ、ちょっとクロウ飲みすぎ……」
口ではそう言ったが、予想外にクロウの甘えモードは可愛いくて、優香もちょっとまんざらでもなかった。
(こんな可愛いクロウが見れるなら、もっとお酒飲ませてもいい、かも……!)
幼馴染の可愛い一面を知り、もっとお酒を飲ませてみようと酒に手を伸ばした瞬間、クロウがグイッと優香の顔を自分の元に向かせ、そのままキスをしてきた。
最初、優香は何が起こったか分からず硬直していると、頭を手で押さえられ、油断していた唇の隙間からすかさずクロウの舌が割り込む。
優香の口内を余す所なく舐め回り、クロウの舌は無遠慮に中を荒らしていく。
クロウにキスされている――。
ようやく状況を理解した優香は、必死に離れようともがき始めるが、頭はクロウに固定され、酒やキスのせいか力が全く入らない。
その間にもクロウの行為はだんだんエスカレートし、クロウの手が優香の服の中に侵入しまさぐり始めたところで、優香はカッと目を見開いた。
(――クロウ、ご、ごめんっ!)
手近にあった空の一升瓶を手に取ると、それでクロウの頭を殴りつけた。
今の一撃はさすがに効いたらしくクロウはバタンと仰向けに倒れ、顔は真っ赤のまま気絶していた。
肩で呼吸をしながら、しばらく茫然としていた優香は、おそるおそる唇を指でなぞった。
(ど、どうしよう……クロウとキスしちゃった!)
今の場面を遊星たちに見られたと思い、ハッとして視線を向けるが、幸い二人は酔い潰れたようで眠っているようだった。
誰にも見られていないという事に少しホッとしたが、クロウにキスされた事実が消えるわけではない。
優香は立ち上がると、三人を置いてその場を後にした――。
「どうしよう……! アタシ……クロウと……キ、ス」
家の玄関の前で、未だ優香は真っ青になりながらクロウとのキスを思い出していた。
もうボマーも仕事から戻ってきている時間だ。
ボマーと合わす顔がないと、優香は玄関のドアを開けることができなかった。
これからどうボマーと顔を合わせたらいいのかと優香が必至に模索する中、ふいに背中になにか気配を感じ反射的に振り返ってしまった。
そこに立っていたのは―――
「優香、こんな所に突っ立って何をしているんだ?」
「ぼ、ボマーさん!?」
仕事帰りのボマーが背後にいて、優香は驚いたように顔を上げた。
いつもと顔色が違う優香をボマーはすぐに見抜き、心配そうな表情で訊いた。
「どうした? 優香。顔が真っ青だぞ」
「な、何でもないの! 気にしないでっ。……あ……あの、アタシ自分の部屋に戻るね?」
「……そうか。わかった」
(あああ、ボマーさんの顔がちゃんと見れない~! どうしよぉぉお!?)
頭ではそう悩み叫びながら優香は怪しむボマーを安心させるよう顔に笑みを作って、逃げるように玄関にドアを開けて家の中に戻っていった。
その時、やんわりと風が流れ、同時に酒の香りがほのかに周辺に漂う。
香るはずのない酒の匂いに、ボマーは疑問を覚えた。
(まさか優香が酒を――――?)
一方、家に戻った優香は自室に閉じこもって、明かりもつけずフトンの中に潜り込んでいた。
クロウとのキスの感触を早く振り払おうとしているのに、考えれば考えるほど唇の感触を鮮明に思い出してしまう、あのキス。
それは懸命に頭から消そうとしても拭いきれないものだった。
(初めてのファーストキスだったのに……酒にやられたクロウのばかーっ! 本当ならボマーさんとのファーストキスでドキドキしたかったのに~っ!!)
心の中でギャーギャーとわめきながら、ドタバタと優香は布団の中で暴れ出した。
クロウとのキスのことで頭がいっぱいだった優香は、部屋のドアがボマーによって開けられたのにも気付かなかった。
部屋に入ったボマーは、フトンの中でドタバタと暴れる優香に驚きながらも口を開いた。
「優香?」
突然のボマーの声に優香はビクッと反応して、暴れていた手や足はピタリと止まる。
しかし他の男にキスをされてしまったという罪悪感か、優香はフトンから顔を出せずにいた。
(ぼ、ボマーさんだ、どうしよう……!)
どうすれば良いか分からず、緊張して額に冷や汗が流れる。
するとギシリとベットが軋む音が部屋に響くと、ボマーがベットに座り、フトンをかぶっている優香の頭あたりに手をポンと置いた。
「優香、随分と酒を飲んだみたいだな」
「ど、どうしてそれを……?」
「さっき優香から酒の匂いがした」
ボマーには酒を飲んだことは秘密にしておきたかったので、優香は何も言えず口をつぐんだ。
子供が酒を飲むんじゃないとか、またボマーに子供扱いされると思い、ビクビクして目を瞑る。
しかし、ボマーの口から出た言葉は意外なものだった。
「ひどいじゃないか、優香。私も一緒に飲みたかったのに」
「え、ボマーさん、うそ……怒らないの……?」
予想とは全く違うボマーの口調に、優香は吃驚して思わずフトンを押しのけて、ボマーとようやく対面した。
視界は暗いが、ボマーの表情は穏やかなものだと優香にははっきり分かった。
「どうしてだ? お前は二十歳で、もう飲める年齢だろう?」
「で、でも、いつもボマーさんはアタシを子供扱いして……アタシを大人の女性として見てくれないじゃない……」
ボマーから目を逸らして、優香は小さな声でぽつぽつと呟く。
「それはすまない。優香を見ていると故郷の妹たちを思い出し、気付かぬ内にそういう扱いをしてしまっていた」
そう言ってボマーは優香の頬へゆっくり手を伸ばした。
近付くボマーの顔に、優香はドキリとし酒のせいで赤い顔がさらに赤くなる。
「お前は立派なレディだ」
「ボマーさん……」
やっとボマーに大人の女性としての扱いをしてもらい、嬉しさからか優香の瞳から涙がこぼれた。
それから、優香は覚悟を決めて、途切れ途切れだが酒を飲んだ経緯をゆっくり話し始めた。
もちろん酒で酔ったクロウにキスされてしまったことも――――。
「ボマーさん、怒った……よね? でもアタシ、これ以上ボマーさんには隠しきれないなって思ったの……」
全てを打ち明けた優香は、視線を落としギュッと目を瞑った。
優香の話を黙って話を聞いていたボマーは、少し間を置いた後、静かに口を開いた。
「そうだな……、私という男がいるのに、いけない優香だ。――そういう悪い優香にはお仕置きが必要だな」
優香の頬から手を離したボマーは、ぐいっと優香を自分の元に引き寄せた。
ボマーの行動に驚いて優香が目を開けた瞬間、ボマーにキスをされた。
それは一瞬触れたかけの短いキスだったが――優香には何分間のように感じられた。
ボマーの唇はすぐに離れたが、優香はぽかんとして一瞬で顔が真っ赤に染まっていく。
「え……うそ……ボマーさんからキス……?」
夢にまで見た瞬間に、うっとりしたように優香は呟く。
大好きな人からされるキスが、こんなに甘く愛おしく感じられるなんて思いもしなかった。
「……今度からは、他の男になど奪われるな」
優香の耳元で、ボマーは低くそっとささやいた。
湯気が出そうになるほど顔を真っ赤に染めた優香は「はい……」と小さな声で答えると、ボマーは口元を緩めて、二人は再び唇を重ねるのだった――。
その後、ボマーがクロウをDDBで抹殺したりする事が、あったり無かったりしたそうだ。
+おまけ+
「ゆ、遊星ッ! た、頼む! もう許してくれ!」
「……ふう、大分スッキリしたな」
まだ酔っているジャックをよそに、すっかり酔いからさめた遊星は日頃言えない不満を吐き出しスッキリとした顔をしていた。
その一方でクロウも酔いからさめたのだが、何やら深刻な顔をしていたので、気になった遊星はクロウに声を掛けた。
「どうしたんだ? クロウ」
「あー、実は優香に酒飲まされてから、なんも記憶が無ぇんだよ。なんか頭はズキズキ痛むし……」
「く、クロウ、まさか覚えていないのか?」
実はクロウと優香のあの場面を一部始終をこっそり覗いていた遊星だったが、クロウが何も覚えていないことに驚いて目を丸くする。
しかし、クロウは何のことかさっぱり分からず怪訝そうに首を傾げた。
「だから覚えてねえって」
(本当に報われないな……)
それから暫くは軽く優香から避けられ、理由が分からず悶々とするクロウであった。
<あとがき>
相互記念の品として、某様に捧げさせていただいたボマー夢でした。
2010.04.19
あくまでフィクションであり未成年の飲酒は法律上禁止されています。
鏡台の前に座った優香は、よしと一つ深呼吸をしてメイク道具を手に取った。
今日はある一大決心の為、知り合いの狭霧やミスティに上等なメイク道具を貸してもらったのだ。
慣れないメイクをしながら鏡に映るボマーの後ろ姿をチラリと見遣る。
(――今日こそ、ボマーさんにキスしてもらうんだから!)
ボマーと優香は一応恋人同士で同棲までしている関係だが、未だにキスすらしていない。
自分が押して押してようやく念願のボマーと付き合えて、さらに同棲するまで関係が進みすごく幸せなのだが、 恋人なんだからキスくらいはしてほしいのが本音だ。
そこで、何故キスをしてくれないのかを考えた結果、どうもボマーは自分を子供扱いしていると悟った優香は友人たちと相談し、お色気作戦を思いついたのだった。
(谷間はないが)胸元が開いた服を選び、普段しないメイクも終わり、自分から女の色気が出ているのを確認した優香はソファに座っているボマーの隣に腰を下ろした。
そして、ボマーの太腿に手を置き、上目遣いで胸元を強調し、静かに口を開いた。
「ねぇ、ボマーさん……、キスして?」
「ん」
出来る限り色っぽい声で誘えた優香は確かな手応えを感じ、瞳を閉じてドキドキしながらボマーからのキスを待つ。
しかし、ボマーから返ってきたのはキスはキスでも……額へのキスだった。
「……って、なんで額なのよぅ! キスって言ったら唇でしょ? くーちーびーるーっ!」
「ハハハ、よしよし。また今度な」
目を細めながらボマーは、隣でキスをせがむ優香の頭を軽く撫でた。
また子供扱いされたと優香は頬を膨らまして、プイっと顔を逸らす。
「……もう! 子供扱いしないでよっ。アタシ、二十歳なんだよ? ボマーさんと同じ大人なの!」
「ああ、分かっているさ。―――おや……、もう仕事に行かないといけない時間だ。行ってくるよ優香。良い子にして待ってるんだぞ」
「え、ボマーさん!? ちょっと……!?」
優香の声も虚しく、ボマーは仕事にへと出掛けてしまった。
一人残された優香は、しばらくポカンとした後、はあと深く溜息をして肩を落とした。
(また子供扱いされちゃったー……せっかくお目かしまでしたのに)
鏡でもう一度自分の格好を見てみると、いつもよりは色気は出ているが、身長が低く顔が幼いためかどう見ても二十歳の女性には見えない。
もう少し自分が年相応の外見をしていればボマーさんも……と優香はいつも思うわけだが、今更考えてもどうしようもないのですぐに諦めている。
だが、今回ばかりは良い案だと思っただけに優香のダメージは大きかった。
あれほど気合を入れたというのに上手くいかなかった悔しさに、プルプルと肩を震わせた優香は何を思ったのかキッと顔を上げアパートを飛び出した。
優香が向かった先は、もちろん――「あの場所」だった。
「今日の仕事は終わったのか、クロウ」
所変わってガレージでは、食事が終わり一息ついていた遊星が伝票をまとめているクロウへと声を掛けた。
ちなみにジャックはソファで仕事もせずくつろいでいるのだが、遊星とクロウは(言うだけ無駄なので)お互い何も見ていないフリをする事にしている。
「おう、あとはコレをさっさとまとめりゃ終わりだな。遊星も今日は何もねえのか?」
「俺も今日は仕事は入っていない。久々にジャンクでも拾いに行こうかと思っている」
「へえ、じゃあ俺も久々にガキ共に………ん?」
突然ドドドという足音が聞こえ、思わずクロウは伝票をまとめる手を止める。
しかも、気のせいか段々と足音が大きくなって此方に近付いている気がしてならない。
何だ、と遊星が外に視線を向けようとした瞬間、例のドドドという足音と同時に聞き覚えのある声も聞こえてきたのだった。
「うわ~~ん!! クロウ、聞いてよーっ!!」
「おわっ、優香!?」
足音の正体は、猛ダッシュで走ってきた優香だった。
クロウと遊星が呆然としているのをよそに、優香は二人の前に来たところで足を止めた。
思わずクロウは優香の開いた胸元に視線がいきそうになるのをすぐさま逸らし、あわてて口を開く。
「ど、どうしたんだよ、またボマー関係か?」
「あのね、お色気作戦も駄目だったの~……はあ、せっかくミスティさんや狭霧からメイク道具も貸してもらったのにっ。ムダになっちゃった」
大きく溜息をついた優香は、ジャックが座るソファの隣にドスンと腰を下ろす。
ちなみに優香と遊星達はサテライト時代からの仲間、いわゆる幼馴染という関係だ。
ボマーと付き合うようになってから優香は、近所に住む彼らに頻繁に恋愛相談や愚痴など持ちかけている。
今回のお色気作戦を考えたのも遊星たちの助言があってこそだった。
「そうか……失敗したか。今回の作戦は良いと思ったんだがな」
「ったく、ボマーの奴! どこまでストイックなんだよ。俺だったら絶対に……」
と、言いかけたところでクロウは横目で優香を見遣る。
ボマーと優香が恋人同士と分かっていても、クロウの優香に対する想いは未だ捨てきれていなかった。
「絶対に」から続きを口にすることができない自分がもどかしい。
一方、そんなクロウの想いにもまったく気付いていない優香は、ボマーが自分を子供扱いする原因を頭の中で悩みながら考え込んでいた。
「やっぱり大人の女性に見られていないのが原因だと思うのよねー」
「お前のその容姿では、まず大人の女性に全く見えんがな」
「むっ、何よ、ジャック! アタシより一ヶ月くらい誕生日遅いくせに~っ!」
ぷくっと頬を膨らませて、優香はジャックをぽかぽかと叩いた。
そういう行動が大人の女性に見えない原因の一つかもしれないのだが、当の優香に自覚は全くないようだった。
相変わらず成長しない優香に、傍目で呆れるように見ていたクロウが遊星にこっそりと耳打ちをする。
「あれで二十歳だから反則だよな~……」
「だが、それが好きなんだろう?」
「……わ、悪いかよ」
図星なのか頬を少し赤め、顔を逸らしたクロウの予想通りの反応に遊星はふっと口元を緩めた。
「もー、みんなみんなアタシを子供扱いするっ! アタシは大人なんだからー! お酒だって飲める年齢なのよ? ――という事で今から酒盛りするから」
「「「え?」」」
突然切り出された優香の言葉に、三人が同時に素っ頓狂な声で聞き返した。
まだいまいち意味が分かっていない三人をよそに、優香はキラキラと瞳を輝かせながら得意げに話を続ける。
「ふっふふー。大人と言えばやっぱりお酒よねっ! 思えば二十歳なのにまだお酒飲んだ事なかったわ、アタシ」
「ちょ、待てって優香!? お前に酒は早過ぎるって!」
「そ、そうだ。それに此処には酒なんて――」
「あ、それなら氷室さんの所からぶん取ってきたから大丈夫っ」
ようやく意味を理解した三人が優香に止めるよう説得にかかるが、優香は聞く耳をもたず、どこに隠し持っていたのか一升瓶を取り出す。
さらに二本、三本……と数は増えていき、気が付けば机の上は一升瓶とワインだらけになっていた。
鼻歌を歌いながら笑顔でどんどん酒を並べていく優香に、ついに痺れを切らせたジャックが優香が持つ一升瓶を奪い取った。
「お前には、まだ酒は早すぎる! 今すぐ片付けろ!」
「ほらねっ! そういうのがダメなのよ! だってアタシは二十歳だもん、飲める年齢なんだよっ!?」
「しかし、俺達は未成年だ。お前が大人だと言うならそういう配慮も――」
「アタシ、知ってるんだから。みんながアタシに隠れてこっそりお酒を飲んでることくらい!」
ぴりりと空気を震わす冷ややかな声に、三人はギクリ、と肩を揺らした。
優香の言ったことは図星で、遊星たちは昔サテライト時代に何度か酒を飲んだことがあった。
一応優香に気付かれぬよう飲んでいたが、まさか既にバレていたとは、これでは返す言葉がない。
「それなのに、アタシのお酒が飲めないっていうのっー!?」
「うっ……」
優香に詰め寄られ、男三人は情けなく一歩後ずさる。
その表情は覇気迫るもので、とてもじゃないが断れそうにない。
元々一度言い出したら聞かない優香なので、三人はやれやれと顔を見合わせた後、仕方なしに承諾するのだった。
――こうして、昼間からだが酒盛りが始まった。
最初は四人で一本を飲むものだと遊星たちは思っていたのだが、優香が何処からともなくどんどん酒を出し、早いペースで三本目へと突入した。
いくらサテライトで飲んだことはあると言っても、悪い酒をほんの少しくらいだし、こんな上等な酒を飲んだのは三人とも初めてのことで早くも酔いが回りはじめていた。
肝心の優香はというと、今回初めてだというのに意外にも酒は強く、遊星たちと同じペースで飲んでいるにも関わらず、頬はほんのり赤みが帯びているだけである。
しかし、その後も四人とも勢いよく酒を飲み続けて、優香以外はすっかり泥酔状態になっていた。
顔を真っ赤にさせた遊星は、酒の力でジャックに対して日頃の不満が爆発したのか、小声で普段は言わない文句をぼそぼそと言い始めた。
「ジャック……働いていないくせに……何度も何度も、ぜいたくばかり……少しは節約を知らないのか……?」
「わ、悪かったっ!! 遊星、今度からちゃんと働くから、ゆ、許してくれ、この通りだっ」
たがが外れた遊星に、同じく泥酔状態のジャックは泣きながらその場で必死に謝罪していた。
普段なら考えられない光景に、遠目で眺めていた優香はお酒の力って凄いなと強く感じるのだった。
そしてクロウはというと、酒の力で大胆になったのか、急に優香に対して甘え始めた。
「なあ、優香~、優香~。ひざまくらしてくれよー」
「ちょ、ちょっとクロウ飲みすぎ……」
口ではそう言ったが、予想外にクロウの甘えモードは可愛いくて、優香もちょっとまんざらでもなかった。
(こんな可愛いクロウが見れるなら、もっとお酒飲ませてもいい、かも……!)
幼馴染の可愛い一面を知り、もっとお酒を飲ませてみようと酒に手を伸ばした瞬間、クロウがグイッと優香の顔を自分の元に向かせ、そのままキスをしてきた。
最初、優香は何が起こったか分からず硬直していると、頭を手で押さえられ、油断していた唇の隙間からすかさずクロウの舌が割り込む。
優香の口内を余す所なく舐め回り、クロウの舌は無遠慮に中を荒らしていく。
クロウにキスされている――。
ようやく状況を理解した優香は、必死に離れようともがき始めるが、頭はクロウに固定され、酒やキスのせいか力が全く入らない。
その間にもクロウの行為はだんだんエスカレートし、クロウの手が優香の服の中に侵入しまさぐり始めたところで、優香はカッと目を見開いた。
(――クロウ、ご、ごめんっ!)
手近にあった空の一升瓶を手に取ると、それでクロウの頭を殴りつけた。
今の一撃はさすがに効いたらしくクロウはバタンと仰向けに倒れ、顔は真っ赤のまま気絶していた。
肩で呼吸をしながら、しばらく茫然としていた優香は、おそるおそる唇を指でなぞった。
(ど、どうしよう……クロウとキスしちゃった!)
今の場面を遊星たちに見られたと思い、ハッとして視線を向けるが、幸い二人は酔い潰れたようで眠っているようだった。
誰にも見られていないという事に少しホッとしたが、クロウにキスされた事実が消えるわけではない。
優香は立ち上がると、三人を置いてその場を後にした――。
「どうしよう……! アタシ……クロウと……キ、ス」
家の玄関の前で、未だ優香は真っ青になりながらクロウとのキスを思い出していた。
もうボマーも仕事から戻ってきている時間だ。
ボマーと合わす顔がないと、優香は玄関のドアを開けることができなかった。
これからどうボマーと顔を合わせたらいいのかと優香が必至に模索する中、ふいに背中になにか気配を感じ反射的に振り返ってしまった。
そこに立っていたのは―――
「優香、こんな所に突っ立って何をしているんだ?」
「ぼ、ボマーさん!?」
仕事帰りのボマーが背後にいて、優香は驚いたように顔を上げた。
いつもと顔色が違う優香をボマーはすぐに見抜き、心配そうな表情で訊いた。
「どうした? 優香。顔が真っ青だぞ」
「な、何でもないの! 気にしないでっ。……あ……あの、アタシ自分の部屋に戻るね?」
「……そうか。わかった」
(あああ、ボマーさんの顔がちゃんと見れない~! どうしよぉぉお!?)
頭ではそう悩み叫びながら優香は怪しむボマーを安心させるよう顔に笑みを作って、逃げるように玄関にドアを開けて家の中に戻っていった。
その時、やんわりと風が流れ、同時に酒の香りがほのかに周辺に漂う。
香るはずのない酒の匂いに、ボマーは疑問を覚えた。
(まさか優香が酒を――――?)
一方、家に戻った優香は自室に閉じこもって、明かりもつけずフトンの中に潜り込んでいた。
クロウとのキスの感触を早く振り払おうとしているのに、考えれば考えるほど唇の感触を鮮明に思い出してしまう、あのキス。
それは懸命に頭から消そうとしても拭いきれないものだった。
(初めてのファーストキスだったのに……酒にやられたクロウのばかーっ! 本当ならボマーさんとのファーストキスでドキドキしたかったのに~っ!!)
心の中でギャーギャーとわめきながら、ドタバタと優香は布団の中で暴れ出した。
クロウとのキスのことで頭がいっぱいだった優香は、部屋のドアがボマーによって開けられたのにも気付かなかった。
部屋に入ったボマーは、フトンの中でドタバタと暴れる優香に驚きながらも口を開いた。
「優香?」
突然のボマーの声に優香はビクッと反応して、暴れていた手や足はピタリと止まる。
しかし他の男にキスをされてしまったという罪悪感か、優香はフトンから顔を出せずにいた。
(ぼ、ボマーさんだ、どうしよう……!)
どうすれば良いか分からず、緊張して額に冷や汗が流れる。
するとギシリとベットが軋む音が部屋に響くと、ボマーがベットに座り、フトンをかぶっている優香の頭あたりに手をポンと置いた。
「優香、随分と酒を飲んだみたいだな」
「ど、どうしてそれを……?」
「さっき優香から酒の匂いがした」
ボマーには酒を飲んだことは秘密にしておきたかったので、優香は何も言えず口をつぐんだ。
子供が酒を飲むんじゃないとか、またボマーに子供扱いされると思い、ビクビクして目を瞑る。
しかし、ボマーの口から出た言葉は意外なものだった。
「ひどいじゃないか、優香。私も一緒に飲みたかったのに」
「え、ボマーさん、うそ……怒らないの……?」
予想とは全く違うボマーの口調に、優香は吃驚して思わずフトンを押しのけて、ボマーとようやく対面した。
視界は暗いが、ボマーの表情は穏やかなものだと優香にははっきり分かった。
「どうしてだ? お前は二十歳で、もう飲める年齢だろう?」
「で、でも、いつもボマーさんはアタシを子供扱いして……アタシを大人の女性として見てくれないじゃない……」
ボマーから目を逸らして、優香は小さな声でぽつぽつと呟く。
「それはすまない。優香を見ていると故郷の妹たちを思い出し、気付かぬ内にそういう扱いをしてしまっていた」
そう言ってボマーは優香の頬へゆっくり手を伸ばした。
近付くボマーの顔に、優香はドキリとし酒のせいで赤い顔がさらに赤くなる。
「お前は立派なレディだ」
「ボマーさん……」
やっとボマーに大人の女性としての扱いをしてもらい、嬉しさからか優香の瞳から涙がこぼれた。
それから、優香は覚悟を決めて、途切れ途切れだが酒を飲んだ経緯をゆっくり話し始めた。
もちろん酒で酔ったクロウにキスされてしまったことも――――。
「ボマーさん、怒った……よね? でもアタシ、これ以上ボマーさんには隠しきれないなって思ったの……」
全てを打ち明けた優香は、視線を落としギュッと目を瞑った。
優香の話を黙って話を聞いていたボマーは、少し間を置いた後、静かに口を開いた。
「そうだな……、私という男がいるのに、いけない優香だ。――そういう悪い優香にはお仕置きが必要だな」
優香の頬から手を離したボマーは、ぐいっと優香を自分の元に引き寄せた。
ボマーの行動に驚いて優香が目を開けた瞬間、ボマーにキスをされた。
それは一瞬触れたかけの短いキスだったが――優香には何分間のように感じられた。
ボマーの唇はすぐに離れたが、優香はぽかんとして一瞬で顔が真っ赤に染まっていく。
「え……うそ……ボマーさんからキス……?」
夢にまで見た瞬間に、うっとりしたように優香は呟く。
大好きな人からされるキスが、こんなに甘く愛おしく感じられるなんて思いもしなかった。
「……今度からは、他の男になど奪われるな」
優香の耳元で、ボマーは低くそっとささやいた。
湯気が出そうになるほど顔を真っ赤に染めた優香は「はい……」と小さな声で答えると、ボマーは口元を緩めて、二人は再び唇を重ねるのだった――。
その後、ボマーがクロウをDDBで抹殺したりする事が、あったり無かったりしたそうだ。
+おまけ+
「ゆ、遊星ッ! た、頼む! もう許してくれ!」
「……ふう、大分スッキリしたな」
まだ酔っているジャックをよそに、すっかり酔いからさめた遊星は日頃言えない不満を吐き出しスッキリとした顔をしていた。
その一方でクロウも酔いからさめたのだが、何やら深刻な顔をしていたので、気になった遊星はクロウに声を掛けた。
「どうしたんだ? クロウ」
「あー、実は優香に酒飲まされてから、なんも記憶が無ぇんだよ。なんか頭はズキズキ痛むし……」
「く、クロウ、まさか覚えていないのか?」
実はクロウと優香のあの場面を一部始終をこっそり覗いていた遊星だったが、クロウが何も覚えていないことに驚いて目を丸くする。
しかし、クロウは何のことかさっぱり分からず怪訝そうに首を傾げた。
「だから覚えてねえって」
(本当に報われないな……)
それから暫くは軽く優香から避けられ、理由が分からず悶々とするクロウであった。
<あとがき>
相互記念の品として、某様に捧げさせていただいたボマー夢でした。
2010.04.19