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そっと伸びてきた手が、寝間着の裾をくいと引く。うとうとしていたわたしはンと息を詰めて、目をこすった。独歩さんがじっとこちらを見ている。瞳を覆う薄い涙の膜が、カーテンの隙間からわずかに差す月光を映してちかちかしていた。眠れそうにないのかと腕を伸ばして髪を撫でてあげたら、目をきゅうっと細めて擦り寄って来る。動物のようだと思いながら彼の頭の下に片腕を通して胸元に顔が来るように抱きしめた。人より大きいとも小さいともコンプレックスを持ったことが無い胸だけれど、独歩さんはこうされるのが大好きらしい。もそもそと頬をうずめて深い呼吸を繰り返しているので、わたしも気持ちの良い体勢を探して体を揺すった。
「おやすみなさい」
目を閉じたら、ぬろりと生暖かい濡れた感触が鎖骨のあたりでうごめく。ちゅ、と吸い付く音がして、小さく名前を呼んだら独歩さんは「ちょっとだけ」とまた服の裾を引いた。
「あの、さわっていいですか……?」
「……ダメなの?」
「え……っと、ダメならやめます」
体を離してわたしの表情を覗き込むので、言っている意味がよくわからなくて首を傾げた。体に触るのに許可が要ると思っているのはなぜだろう。昨今は「プライベートゾーン」とかいう言葉が流行っていて、親子であっても、恋人・夫婦であっても、友達同士であっても「他人が勝手に触ってはいけない場所」の教育がさかんにされている。彼も目にしたことがあるのか無いのかはわからないが、それでなくても気を遣い過ぎるタイプの人だ。スキンシップを求める折にはいつも確認をしてくる。必要ないと思っていた。
両手で頬を包んで顔を寄せた。ひくっと体を震わせた独歩さんは戸惑いつつもまぶたを伏せる。薄いくちびるを食み、舌を滑りこませたら恐る恐る応えてくれる。押しの強いわたしと、控えめな彼。舌先を吸うと逃げるようにかぶりを振るので抑えつけて、くちを閉じないように親指を噛ませ、唾液を流し込んだ。とろりと溶けるように目を閉じた独歩さんの目尻からぽろぽろ涙が流れている。嚥下する音はやけに大きく響いた。
くちびるを離そうとしたら頭の後ろにてのひらが回り、がっしりと掴まれてしまった。動物のようにべろりとくちびるを舐められて、思わず笑い声をこぼす。わたしの舌を探る彼に覆いかぶさって体を預けていた。重くないかな、と頭の隅で思ったが、ごりごりと太ももに下半身を擦りつけられて「そんなことはどうでもいい」と彼の答えが聞こえるようだった。ぐっと足で押し上げてみるとびくっと震える。
「は、はあ、ことみさん……」
「ダメだと思います?」
「わ、わからな……うう、い、いいですか……?」
この状態でお預けをするのも捨てがたいけれど、「ウン」と頷いてみせた。頬や鼻、額にキスを落として甘やかす。独歩さんのだから好きに触っていいよ。わたしの言葉が聞こえたのか聞こえないのか。するりと服の中に入りこんだ手が下着を外して素肌を撫でる。
「独歩さんは誰の? 教えて」
「ことみさんっ、ことみさんの」
「いい子。かわいい」
独歩さんはわたしのだと、そう教え込んで久しい。わたしのものがわたしに好き勝手遊ばれるのは当然で、後生大切に飼いならされるのも自然のこと。わたしたちの関係において、それはお互いさまなのだ。わたしが独歩さんをいじくりまわして懐柔させたように、独歩さんもわたしのことを好きなように蹂躙していい。独歩さんの総てはわたしの、わたしの総ては独歩さんの、だから。
ぐるりと視界が半回転して、獣のような呼気を漏らす独歩さんを見上げた。ああ、いま、踊っているみたいだと思ったよ。わたしの、わたしだけの王子さまと、手をとり合って夢みたいな一晩を過ごす、美しい魔法の中にいる。夢とは永遠だ。
(2022.2)