有栖川
ソファの上で丸くなりながら、テーブルに肘を付いてスマホを眺めている帝統に声をかけた。ただしんとした部屋が寂しくて、甘やかして欲しくて言った言葉だったが、彼は思ったよりも明るい表情でひょいとこちらを見た。
「わたし、明日、誕生日なの」
ころっと笑った帝統は「嘘だろ」と言ってスマホを机に置いた。熱心になにをしていたのだろう。誰かとメッセージのやりとりでもしていたのかと勘繰るわたしは嫉妬深く重い女だ。否定する術はない。
「幻太郎が夏生まれって言ってたぜ」
「そっちが嘘かもしれないよ」
「アイツはンなことしねーって」
デタラメを言っては人をからかっているのに、どうやって幻太郎さんはそこまでの信頼を帝統から得たのだろう。目を逸らして仰向けに寝返りをうった。肘置きのない二人掛けのローソファだから、足がはみ出して床を蹴る。
目を閉じてお腹の上で腕を組み、深呼吸をする。部屋の空気に混じって帝統のにおいがした、タバコのにおいと・乾いた汗のにおい。あとは日を過ごして消えていった香水の、肌に残った甘ったるさ。体温の高い帝統はすぐに香りが飛んでしまうことを気にしているのか、いま好んで使っているものは少しくどいように感じていた。
文句は言わなかった。帝統が香りを纏う日はどんな日なのか知っている。
名前を呼んだら気配が近づいたから、まぶたを持ち上げる。額にキスが落ちた。
「そんな声で呼ぶなよな」
「だってずっとスマホ見てる」
「買いたいもんがあったんだよ」
そうなんだと納得しかけたが、帝統は決まった家を持たない生活をしている。通販なんてどこに届けてもらうつもりかと怪訝な顔をしていたらしく、言葉を付け加えてくれた。
「幻太郎の住所借りんの」
「ふーん……わたしじゃダメなの?」
「なにが? ……住所?」
覆い被さるようにわたしの顔を覗くから、首に腕を回してぐっと引き寄せた。帝統の顔が耳元に来て、笑い声が脳を揺らす。低い声を聞くと眠くなってしまうのは、心臓の音みたいに聞こえるからだろうか。
「なにに嫉妬してんだよ」
「笑わないでよ。真剣なんだから」
「おー。悪かったよ」
「次からはオマエのこと頼るからさ」と言いながら髪をそっと撫でて、耳にくちびるを寄せる。ぞわぞわするから耳元を触られるは嫌いだ。帝統のコートを引っ張り、隠れるように顔を胸に埋めた。帝統は全部知っている。けらけら笑う声に混ぜてそっと情欲を吐き出していた。呼気に混ぜられた空気に、わたしと会う日にだけ纏うその香りを強く感じた。
(2021.11)