不運はつきもの。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……ヒナ大佐、イマイ少将の隊より、至急お電話入ってます。」
書類に目を落としていたヒナの耳に、部下の緊張した声が届いた。
差し出された受話器を取り、短く名を名乗る。
「……変わったわ。スモーカー君じゃなくてあなたたち側から急ぎの用だなんて、めずらしいわ…。」
――数秒後。
ヒナの口に咥えられていた煙草が、ぽろりと床に落ちた。
「……ごめんなさい、もう一度良いかしら?」
受話器の向こうから聞こえてくる報告に、ヒナは一瞬言葉を失う。
部下の声は切迫しており、冗談の類ではないと一瞬で理解できた。
「……わかったわ、とりあえず着いたら私の家まで来いと本人に伝えて頂戴。」
通話を切ったあとも、ヒナはしばらく動かなかった。
眉間に深く刻まれた皺と、無言のまま踏み消される煙草が、事態の異常さを物語っていた。
朝。
クザンは、前方を歩くヒナの姿を見つけ、気軽に声をかける。
「お、ヒナじゃん~朝から美人と会えてラッキー。」
しかし彼女は、まるで背中に氷でも突き立てられたかのように、ぎくりと肩を震わせた。
振り返ったヒナの顔は、いつも以上に硬い。
「そんな朝から眉間にしわ寄せてさ~どうしたの~。」
軽口を叩きながら隣に並んだ瞬間、クザンは違和感に気づいた。
ヒナの横に立っているのは、見覚えのない――いや、どこか見覚えのある女性。
ヒナと同じくらいの身長。
同い年くらいに見える、黒髪ショートの女性。
制服を着ていないということは、階級は上のはずだが正義の上着はなし。
(こんな子、いたっけなぁ~。しかも女だったら忘れることはないんだが…。)
じっと顔を覗き込むクザン。
先ほどから目線は合ってないが、さすがに重い口が開く。
「………クザンさん、近いです。」
ぴしっとした、通った声。
女性らしい高い声、ただ聞いたこともあるような声。
その瞬間、クザンの脳内で全てが繋がった。
「…………え?」
ありえない。
だって目の前にいるのは、どう見ても“女”。
しかし、こんな言い方をする人間は一人しかいない。
ヒナが、ため息まじりに口を開く。
「もういいでしょ。あとでばれたときが騒がしくなりそうだから…。」
汗をかきながら、重たい口を開く。
「……俺、カイトです…。」
一瞬の沈黙。
「……女になりました……。」
クザンは完全に固まった。
「………………。」
ヒナは頭を押さえ、大きくため息をつく。
そのままクザンの部屋に集まったのは先ほどの3人。
女体化してしまったカイトは、やむを得ずヒナの服を借りていたのであった。
「革命軍との交戦中、能力でやられたってわけねぇ。」
クザンは腕を組みながら話を聞く。
「交戦自体は報告上がってたけどさ、こんな状態になってるなんて聞いてないよ?」
視線がカイトに向く。
「……報告、上げてませんでした。」
歯切れの悪い返答に、クザンは眉を上げる。
「なんで?」
答える前に、ヒナが横から淡々と言った。
「あなたに言うと、面倒なことになるので。他の上官に報告するつもりだったわ。」
「えっ。」
「日頃の行いね…。」
軽くショックを受けるクザン。
しかし次の瞬間、何かを思いついたように顔を輝かせる。
「……あ、そうだ。」
突然、カイトの両手をぎゅっと握った。
「カイトちゃん、俺の子産んでくれ!」
「は!?」
「それで結婚しよう!」
「はぁぁぁ!?」
カイトの叫びが部屋に響く。
「人がいまこの体で困惑してるっていうのに、何言ってるんですか!」
「だってさ~、体が女ってことは子ども産めるってことでしょ?
事実婚できるじゃん!」
「なんでよりによって俺なんですか!」
「俺の番がきたって神様からのお告げが来たってことよ。」
「あんたこの間モテすぎて困るだのウダウダ言ってたでしょう! 引く手あまたなんでしょ!」
「早速今日から俺の家に帰ること。それと遠征は減らして…。」
「カイト、これ声届いてないわよ。」
ダラダラと汗をかき焦ったカイトは必死に手を振りほどく。
「お、俺! 仕事たんまり残ってるので、この辺で失礼します!!」
必死にそう言い切ると、カイトはクザンの手を振りほどき、逃げるように扉へ向かった。
その瞬間だった。
ガチャ、と扉が開き、ロシナンテが中に入ってくる。
「失礼しま~す。センゴクさんがクザンが会議来ないってカンカンに怒ってたんで迎えに…ってうおっ!」
次の瞬間、鈍い音と共に二人の体がぶつかり、床に転がる。
――ドサッ!
部屋に大きな音が響き渡った。
気づけばカイトは膝を立てた姿勢で、ロシナンテを押し倒していた。
「す、すみませんロシナンテさん!」
「いてて…、い、いやこっちこそ――」
反射的に謝ろうとして、ロシナンテが顔を上げる。
その瞬間。
なぜか彼の右手はカイトの豊満な右胸元に、左手はしっかりと腰から尻にかけて掴み込んでいた。
「…………」
一拍の沈黙。
次の瞬間、
「ぎゃああああああ!!?」
ロシナンテの悲鳴が部屋に響き渡る。
「ち、ちがっ……! これは事故で……!! 怒らないで…!」
完全にパニック状態のまま、反射的に右手をぎゅっと握ってしまう。
――ぶちっ。
乾いた音と共に、カイトの白いシャツのボタンが弾け飛んだ。
「「……あ。」」
二人同時に呟き、時間が止まる。
カイトは慌ててがばっと上半身を起こし、ロシナンテのへそ辺りに跨る形で座り直す。
「こ、これ……ヒナのなんだが…!!」
破れたシャツを見下ろし、顔色を失うカイト。
それを見たヒナが、ため息混じりに腕を組んだ。
「相変わらず騒がしい2人ね…。まあ、私より全体的にサイズが1つ上だったから仕方ないわね。いいわ、それ。もうあげる」
一方で、完全に空気を読まない別方向から冷たい声が飛ぶ。
「おいおいおい俺だってまだカイトちゃんに触れてねぇのによぉ、随分と偉くなったもんだなロシナンテ…。」
完全に本気の目で睨むクザン。
「えっ……カイト……?」
その言葉でようやく事態を理解したロシナンテは、カイトの顔をまじまじと見つめる。
「……た、確かに……じゃああの報告は本当だったのか…。」
はっとしたカイトは、今だとばかりに声を張り上げた。
「ク、クザンさんに責められてるんです!! どうにかしてください!!」
言うが早いか、カイトはロシナンテを置き去りにして部屋を飛び出す。
「逃げるなカイトちゃ――」
「ちょ、待てカイト!! いや、違う、俺が止める!」
「いいからあんた達早く会議行きなさいよ。」
ヒナの冷たい一言が2人に刺さり、ピタッと動きを止めたのであった。
カイトは廊下の隅で立ち止まり、壁に背を預けて深く息をついた。
(……まずい、海兵が増えてきたな。朝に人気のない部屋で仕事するつもりだったのに、面倒な人に捕まったせいで…。)
ヒールに慣れない足を休ませるため、廊下の壁に身を寄せる。
そのとき――
「す、すみません! 通ります!」
少し離れた位置から、聞き覚えのある声。
振り向くと、両腕いっぱいに書類を抱えたコビーが、こちらに気づいて慌てて立ち止まった。
「……あ。」
目が合う。
コビーは一瞬、言葉を失った。
(……女性? でも……この雰囲気……)
カイトは咄嗟に視線を逸らす。
「……通っていいぞ。」
それだけ言って道を空ける。
その声を聞いた瞬間、コビーの背筋に電流が走った。
(今の……声……。)
「……少、少将殿……?」
ほとんど反射で口に出していた。
カイトは一瞬だけ動きを止め、それからゆっくり振り返る。
「す、すみません! 僕何言って…。」
「……いや、良い。よく気づいたなコビー。」
その一言で、コビーの脳内が爆発した。
「や、やっぱりぃぃぃ!?」
思わず声を張り上げ、慌てて口を塞ぐ。
「す、すみません! その、声と、話し方と、空気が……!」
カイトは困ったように眉を下げる。
「騒ぐな。事情があってな。」
「は、はい!! 誰にも言いません!!」
「よくわかってんじゃねえか。すまないが仕事に集中したいんだ。もし何かあったら頼るかもしれない。」
「もちろんです!! なんでも言ってください!」
視線を上げた瞬間、
ヒナの服を着たカイトの姿が、真正面に入る。
(……女性になっても、凛々しくて綺麗だ……っていやいや何思ってるんだ俺!!)
「じゃあまたな。」
「……あの。」
震える声で、コビーが続ける。
「そ、その……その姿でも……」
言葉に詰まりながらも、必死に。
「カイトさんは……カイトさんだと思います……!」
一瞬、カイトは目を瞬いた。
それから、ふっと力の抜けた笑みを浮かべる。
「ありがとう。そう言われると助かる。」
その笑顔で、完全にとどめだった。
コビーの顔が一気に真っ赤になる。
「ぼ、僕……その……。」
「……?」
「い、いえ!! 何でもありません!!」
完全に限界。
遠くから足音が近づいてくる。
カイトはそれに気づき、さっと身を翻した。
「じゃあな、コビー。仕事、頑張れよ。」
そう言い残して、足早に去っていく。
残されたコビーは、その場に固まったまま。
(……尊敬……だよな……。……本当に?)
胸の奥の妙な高鳴りを押さえながら、しばらく動けなかった。
夜、仕事がひと段落し、やっと日が落ちたことを確認する。
灯りは最低限、足音もまばら。
カイトは人目を避けるように、わざと遠回りの通路を選び、寮へ向かっていた。
(……早く戻ろう。)
慣れない体。慣れない歩幅。
神経だけが無駄に張りつめている。
1日体験しようやく少しだけ慣れたが、精神的に来るものがある。
「――こんな時間に、ずいぶん用心深いな。」
背後から低い声が落ちた。
「……っ!!」
心臓が跳ねる。
反射的に振り向いた先にいたのは――
いるはずのない男だった。
「……ス、モーカー……?」
「驚きすぎだろ。」
葉巻の火が、暗闇の中で小さく揺れる。
月の光に照らされたのはスモーカーを見上げる目線は高く、威圧感がある。
「……こっちに来る予定は今のところなかったはずじゃ…。」
「知らねえよ、呼び出されたんだからな。」
短く答え、スモーカーはカイトを一瞥した。
「本部にいねぇからな。お前のとこの奴に聞いただけだ。」
一瞬でカイトの顔が強張る。
「……はぁ…バレたか…。」
「隠す気ねえじゃねえか。」
「てか…よくわかったな俺って。」
間が落ちる。
静かな通路に、二人分の呼吸音だけが残った。
「……その体で、こんな道を歩くな。」
責めるでもなく、命令でもない。
遠回しな言い方。
それが、今のカイトには――やけに刺さった。
「……大丈夫だ。」
低く言い返す。
「こんな体になっても、階級もちなのは変わらないだろ。」
声が、少しだけ強くなる。
ピリ、と空気が張る。
次の瞬間。
カイトの左手首が、がっと掴み上げられた。
「……!」
反射で振り払おうとする。
――びくともしない。
(……っ。)
いつもなら、振りほどける。
それができないことに気づいた瞬間、胸の奥が冷たくなる。
無言で見下ろされる。
言いたいことは、嫌というほど伝わってきた。
「……すまん。」
カイトは、ぽつりと謝った。
「……カッとなった」
スモーカーは一瞬だけ視線を逸らし、それから腕を離す。
「……いきなり掴んで悪かったな。」
短い言葉。
続けて、低く。
「……物理的に弱くなってる。」
視線が、カイトの足元に落ちる。
「案の定、これだ。」
カイトは深くため息をつき、何も言えなかった。
――強さに執着してきた。
――周りより努力して、積み上げてきた。
それを誰より知っている男が、目の前にいる。
「……力だけが、強さじゃねぇだろ」
そう言った瞬間。
「――うおっ!?」
突然、体が浮いた。
スモーカーは迷いなく、カイトを肩に担ぎ上げていた。
「なっ!? おい何してんだ!」
暴れるカイトの尻に、容赦なく一撃。
「~~~っ!!」
「うるせえ。」
そのまま、歩き出す。
「お前がここまでやれてきたのは、力だけじゃねぇだろ。」
低く、はっきりと。
「判断。覚悟。責任感。……全部だ。」
カイトは、次第に暴れるのをやめた。
「……もしかして。」
小さく、探るように。
「励ましてる?」
スモーカーの眉間に大きく皺が入り、再度もう1発尻に向かって叩く。
「痛っ!!」
間。
「……悪い。まさかお前に、そんなこと言われると思ってなくて……。」
しばらく、沈黙。
夜風だけが通り抜ける。
「……対人なら、いつでも付き合うぞ。」
ぽつりと、スモーカーが言った。
カイトは、ふっと笑う。
「……ありがとよ。」
少し間を置いて、付け加える。
「あと、いくら俺がこんな足だからって……他の女を、こんな運び方するんじゃねぇぞ。流石に怒られるぞ。」
小さくため息をつくスモーカー。
カイトの右手握られていたのは、脱いだ靴。
そして、擦れて赤くなった、踵や親指の付け根など…所々赤くなっている足。
目の前で裸足で歩いている女がいたら助けるだろう。
ただし――
(触れるのは、お前以外するわけねえだろ。)
スモーカーは何も言わず、そのまま歩き続けた。
カイトは、そんな不器用な同期を置いといて、静かに目を閉じた。
(……でも、まじで戻らなかったらどうしよう…。)
ただ、不思議と、心は先ほどより少し軽かった。
翌朝、カイトが目を覚ますと、見慣れた自分の体がそこにあった。
一瞬、夢だったのかと思い、両手を動かし、肩を回す。
重心も、筋肉の張りも、すべて元通りだった。
――そういえば。
革命軍との交戦で受けたイワンコフの攻撃は、本当に一瞬だった。
そのせいなのかわからないが、治ったのなら関係ない。胸をなで下ろす。
(……戻ってよかった。)
数日後。
ヒナは、例の件で世話になったこともあり、新しくスーツ一式を買いに店へ付き合わされたカイト。
別にそのことは良かったが、女の時に身長は同じだったのに全体的にムチムチしていた俺が気になったようで、普段から運動と食事には気をつけなさいと有難く嫌味な一言。
体質なんだから仕方ないだろという言葉は言わなかったカイトだった。
ロシナンテはというと、あの日以来、妙に距離を取るようになっていた。
視線が合うと逸らされ、近づくと不自然に用事を思い出す。
どうやら、あの「感触」が頭から離れないらしい。
コビーは、以前より少しだけ落ち着かない様子になっていた。
任務中も、廊下ですれ違う時も、どこか考え込んだような顔をしている。
あの姿のカイトと、もっと話してみたかった――
そんな未練が、まだ心のどこかに残っているようだった。
クザンは相変わらずだった。
むしろ、以前よりも距離が近い。
肩を組み、頭を撫で、やたらと絡んでくる。
嫁にもらえなかった、と何度も愚痴りながら、
その分スキンシップだけは増え、カイトの本気の怒鳴りが本部内に響き渡るのであった。
そして――スモーカー。
彼だけは、何も変わらなかった。
言葉も、距離も、態度も、これまでと同じ。
特別に気遣うでもなく、避けるでもなく、ただいつも通り。
だが、ふとした瞬間に思う。
もし、あの状態が続いていたら。
あのままなら、案外――
スムーズに、違う関係になっていたかもしれない、と。
けれど。
元の姿に戻ったカイトを見て、スモーカーはすぐにその考えを捨てた。
――関係ない。
男だろうと女だろうと、あいつは、あいつだ。
それだけだ。
海軍本部は、またいつもの日常へ戻っていった。
20/20ページ
