佐野家の家政婦になる話
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「もう…なんでいつもこうなるんだよぅ…」
サンゴー缶のビールを一気に煽り、空になった缶をぐしゃっと握り潰してテーブルに半泣きで伏せる。すると潰した缶を回収され、今度は冷えた缶チューハイが手の中におさまった。私の世話を焼いてくれている真一郎さんへ顔を向ければ「今日はトコトン付き合うからどんどん飲め!」と肩をぽんぽんと優しく叩かれる。
突然「クビになった」と佐野家に訪れた迷惑極まりない私をこの人は笑顔で迎えてくれた。なんだろう、この実家のような安心感。
「んで、何でまたクビになったワケ?」
本日何本目か分からない缶チューハイをぷしゅっと音をたてて開けたところで、向かい側に座っているマイキー君から真顔で聞かれた。直球な質問に心を抉られる。
「ばっかマンジロー、デリケートな話なんだからもうちょっとオブラートに包んで聞きなさい」
「だって愚痴りに来たんだろ?」
「そうだけど、段階ってもんがあんだろ?ハナは傷心中なんだから優しくしてやんねぇと…」
「いいんだ、庇ってくれてありがとう真一郎さん。実はね…」
内容はこうだ。勤務中に資料を取りに行ったところ、書庫室で社長の息子が女性社員にセクハラを働く場面になんとまぁ不運なことに遭遇してしまったのだ。自分のことを思うなら保身に走るべきだったんだろうが、泣いて助けを求める女の子と目が合ってしまいスルー出来なかった。やめさせようとしたが言っても聞かないので手首を掴んで止めただけなのに、暴力を振るわれたと言いがかりを付けられてクビになりましたとさ。ちなみに女の子は掛け合ってくれたが息子が可愛い社長は聞く耳持たずだった。まぁ認めたら社会的に問題だしね。
話し終えると真一郎さんがいかにも納得いきませんって顔をしていた。
「なんだよソレ、警察には言ったのか?」
「セクハラした証拠はなかったし、私が手を出したのは事実な上に相手は経営者側だったしで状況的にはこっちのが不利だったんだよね。だから大人しくクビになった」
まぁやられっぱなしは癪なので匿名で労基にはタレコミしてやったけど。その後あの会社がどうなったかは知らないし興味もない。よしよしと真一郎さんは背中を摩ってくれたが、マイキー君はテレビに夢中だった。お前聞いたんだから少しは興味持てよ。
「ハナちゃん前も似たような理由でクビにされてたよね?」
「うっ…」
お酒のつまみを作って持って来てくれたエマちゃんに追い打ちをかけられた。
「ワァ、美味しそうな唐揚げ☆」
「…オマエらがズケズケ言うから壊れちゃったじゃねーか。もっと優しくしてやれよ」
「えっそんなつもりなかったよ。ハナちゃん運が悪いだけで困った人を見捨てられないカッコイイ子だって言いたかったの」
「そっか…ありがとう…。本当に何でこんなに運が悪いんだろうね…」
もうすぐ社会人3年目になるくらいなのに履歴書書く時職歴が真っ黒になっちゃうね。おかしいな、前世ではこんなにトラブルに見舞われることなかったんだけど。遠い目をする私にエマちゃんが「あれ?フォローしたつもりだったんだけどダメだった?」と真一郎さんに耳打ちしているのが聞こえたが、気付かなかったふりをして缶チューハイを煽った。
「ところでイザナ君は?」
「ニィなら撮影の仕事だって。立て続けにスケジュール埋められちゃって大変みたい。帰り遅くなるってさっき連絡きたよ」
「へー」
そういえば何年か前に一緒に買い物行ってる時にスカウトされてたっけ。本人は乗り気じゃなかったが、モデルのスカウトされる場面なんて初めて遭遇してテンションが上がった私に後押しされ渋々名刺を受け取ってたな。どうやら頑張って続けているらしい。あの容姿だし引っ張りだこなんだろう。このままいけばもしかしたら彼をお茶の間で見る日もそう遠くないかもしれない。…いや、あの子人に媚びないし無理か。
「そういやオマエ金ねぇっていつも言ってるけど大丈夫なの?」
「大丈夫に見える?」
「……分かったからその顔やめて。真顔のオマエってなんか怖い」
「えっハナ金ねぇの?」
「うわ真一郎さんのその言葉今日の中で1番傷付いた!」
マイキー君とのやり取りに反応した真一郎さんが全く悪気のない顔で聞いてきて非常に傷付く。なんだよ人が貧乏人みたいな言い方して。まぁ合ってるんですけど!叔父さんとの約束で高校を卒業後に自立した私は、ま〜金がなかった。学生の時に頑張ってバイトして貯金してたけど、こう何回もクビにされては貯金も底をつくわけで。つーか都内家賃バカ高ぇ。卒業当時叔父さんは出ていかなくてもいいぞ、と言ってくれていたが約束は約束だからと無理に果たしたその時の自分が恨めしい。こんなことになるなら甘えとけば良かった。
そんなことを項垂れながら端折って述べれば、悪かったってと謝る真一郎さんに宥められる。こっちこそごめんな酔っ払いの相手さして。そんな私達の様子を何か悩むような素振りをしながら黙って見てたエマちゃんに「ハナちゃん、」と名前を呼ばれた。
「ウチね高校卒業したらケンちゃんと結婚するの」
「え!ほんとに!おめでとう!あっ…ご祝儀は出世払いでいいかな…」
「結婚式はまだしないから気にしなくて大丈夫。それでね結婚してこの家出てケンちゃんと一緒に暮らすんだ」
「へー卒業してからってなるともうすぐじゃない?」
てか今2月だし来月の話じゃん。今まで家事を担当していたエマちゃんがお嫁に行ったらこの家どうなっちゃうんだろと他人事に考えていると、身を乗り出したエマちゃんから突然手を握られた。え?何で?
「話戻すけど、ハナちゃん家賃払うの大変なんだよね?」
「うん」
「お金ない中仕事探すの大変だよね?」
「うん」
「じゃあ次の仕事が見つかるまでの間、ここに住んでウチの代わりに家事やってくれない?」
「うん……えっ」
「は?」
「ゴフッ!」
「ちょっと真ニィ汚い!」
唐揚げを食べていた真一郎さんが盛大に吹き出して叱られている中、エマちゃんのまさかの提案にフリーズしてしまう。私が、佐野家に住み込みで家事をする?いやいやいや。
「いくらなんでもそこまで迷惑掛けられないよ」
「迷惑じゃないよ!だってニィ達家のこと全然出来ないんだよ。こっちだってお願いしてる立場なんだし、ハナちゃんもお金に困ってるしwin-winじゃん!だよね?マイキー」
「うん、いーんじゃね」
「バカヤロウ、こう見えてもハナは嫁入り前の女の子だぞ。そんなことさせられねぇ」
「こう見えてもは一言余計ですね」
「じゃあ聞くけど、真ニィもこの前ウチが居なくなったら家の事どうしようって悩んでたよね?」
「うっ…」
「今の仕事続けながら男連中で家事出来るの?」
「ううっ…」
「第一真ニィがお嫁さん貰ってきてくれればハナちゃんにこんなこと頼むことだってないんだからね」
「…………」
「もうやめてエマちゃん、真一郎さんのライフはゼロよ」
すっかり意気消沈してしまった真一郎さんを庇うが、いつものことなのかエマちゃんはお兄ちゃんに構わず再び私の手を取り「ね?どう?いい案だと思うんだけど」と甘い誘いをしてくる。
正直なところ、良い話だと思った。お金に困っていたのは本当のことだし、これを断れば叔父さんに頼らないとおそらく生きていけない。しかし意気揚々と家を出たのに、やっぱり自立出来ませんでした〜と出戻りする図太い神経を生憎私は持ち合わせていない。それならエマちゃんもお願いしてくれているし、この誘いに乗ってしまった方がいいんじゃないだろうか。というかもう酔っ払ってて何が何だか分からん。
「よし!その話乗った!」
「やったー!さっすがハナちゃん!」
あーあ言っちゃったみたいな顔をした真一郎さんに気付く余裕もなく、機嫌よく缶ビールを持ってきてくれたエマちゃんにお礼を言いながら受け取る。あ〜今日何本飲んだっけ。泥酔とまではいかないが、ほとんどへべれけ状態となった私を見ながら「アイツ、明日になったら絶対後悔してるぞ」「真っ青になったハナの顔、今から楽しみだな」なんて兄弟の会話が聞こえたような聞こえなかったような。
「〜っ…あたま、いた…」
ズキンズキンと鈍い頭痛がして目が覚める。どこかで見たことあるような天井に、ここはどこだと全く覚醒しない頭で考える。ダメだ、頭痛くて考えられない。コメカミを片手でおさえながらふと視線を感じて横を見れば、頭を手で支えながらこちらをじっと見下ろすマイキー君がいた。わーお、同じ布団に入ってるとはこの子も本当に成長しないな。
「おはよ」
「…おはよう。あれ?ここってきみの家?」
「は?マジ?最初っから覚えてねぇの?」
呆れ顔を向けられる。そんなこと言われましても…、と思ったところでこの頭痛は二日酔いから来てることに気付いた。そういえばコンビニで酒をバカ買いして佐野家に突撃したような気がする。
「仕事、クビになってヤケ酒しに来たんだろ」
「あ〜、それだ」
どうやら酔い潰れてそのままお泊まりコースになったらしい。いい歳して情けない話だ。クビになって落ち込みまくった私を宥めてくれた真一郎さんの顔がふと浮かぶ。お礼言わなきゃなぁ。
「みんなは?」
「今何時だと思ってんの?もうとっくに兄貴は仕事、エマは学校行ったよ」
「…まじか。ちなみに何時?」
「11時」
まじか〜〜。酔い潰れた上に人の家でここまで朝寝坊するとは本当に情けない話だ。彼との会話でどんどん頭が覚醒していき、記憶が蘇ってくる。断片的ではあるが昨日あった出来事が頭の中に浮かび上がってきて、その内容に自分の血の気が失せていくのを感じた。
「…あのさ、」
「ん?」
「出来れば夢であって欲しいんだけど、昨日エマちゃんと私とんでもない約束してなかった?」
「あー、家政婦になる話だろ。ちゃんと覚えてたんだ」
ニコッとご機嫌な笑顔を浮かべたマイキー君は携帯を取り出すと私に向けてシャッター音をきった。おい、どういうことだ。問いただすと「オマエの真っ青な顔、写真送るって兄貴と約束しちゃったし」と悪びれもなく言われた。うら若き乙女の寝起きの顔を断りもなく撮るとはデリカシーがないってレベルじゃねぇぞ。いやまぁそんなことよりもだ。
「あれ酔っ払いの口約束だし、なんとか無効にならないかね…?」
そう、何としてもこの約束をなかったことにしたかった。だって考えてもみろ。私はエマちゃんみたいに家事が得意ではないのに、佐野家の家政婦なんて務まるわけがない。パニクっててんてこまいになる未来が容易に想像出来る。ていうかそもそも他人の家に居座るなんて小心者の私には到底無理な話だ。
「いーけどオマエ、住むトコあんの?」
「うん?普通に今借りてるアパートがあるけど」
「いや、昨日不動産屋さんに今月末で契約解除させてくださいって電話してたじゃん」
「え?誰が?」
「ハナが」
「…me?」
「うん」
嘘だろ、と脱力する。エマちゃんからの誘いに乗ったことまでは覚えているが、マイキー君曰くその後酔った勢いで、え〜いどうせなら早い方がいいし解約の電話しちゃえ〜!と不動産屋さんに連絡していたらしい。馬鹿にも程がある。
何とかキャンセル出来ないものかとカッサカサの酒焼け声ですぐに電話したが、『はい!来月からの入居で募集かけたところ希望者からご連絡いただきましたよ!あっ後日書類を郵送いたしますので判子を押してから返送お願いしますね!あと契約終了日に鍵の返却もお願いいたします!』と有無も言わさず捲し立てられて「あ…はい…」しか言えずに電話を切った。まじかよもう希望者出たの?確かにあの立地の良さであの家賃は破格だったもんな。お姉さんの仕事の速さに脱帽である。
不動産屋さんとの会話が聞こえていたのか通話を切った後マイキー君が「来月からよろしくな」とニッコリと笑った。なんでだろう…いつもは可愛く見えるのに、己の心が荒みきっているからかその笑顔が憎たらしく見える。
「あの…まだ夢の中にいるみたい…。ちょっとマイキー君、私のほっぺた抓ってくれる?」
「いいよ」
「あっ出来れば優しめにお願いします…痛いの嫌なんで」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでいーからとっとと起きろ、ブス」
スパーンと勢いよく襖が開いたと思ったら、暴君のイザナ君がしかめっ面で立っていた。まじかよ泣きっ面に大雀蜂じゃん。
サンゴー缶のビールを一気に煽り、空になった缶をぐしゃっと握り潰してテーブルに半泣きで伏せる。すると潰した缶を回収され、今度は冷えた缶チューハイが手の中におさまった。私の世話を焼いてくれている真一郎さんへ顔を向ければ「今日はトコトン付き合うからどんどん飲め!」と肩をぽんぽんと優しく叩かれる。
突然「クビになった」と佐野家に訪れた迷惑極まりない私をこの人は笑顔で迎えてくれた。なんだろう、この実家のような安心感。
「んで、何でまたクビになったワケ?」
本日何本目か分からない缶チューハイをぷしゅっと音をたてて開けたところで、向かい側に座っているマイキー君から真顔で聞かれた。直球な質問に心を抉られる。
「ばっかマンジロー、デリケートな話なんだからもうちょっとオブラートに包んで聞きなさい」
「だって愚痴りに来たんだろ?」
「そうだけど、段階ってもんがあんだろ?ハナは傷心中なんだから優しくしてやんねぇと…」
「いいんだ、庇ってくれてありがとう真一郎さん。実はね…」
内容はこうだ。勤務中に資料を取りに行ったところ、書庫室で社長の息子が女性社員にセクハラを働く場面になんとまぁ不運なことに遭遇してしまったのだ。自分のことを思うなら保身に走るべきだったんだろうが、泣いて助けを求める女の子と目が合ってしまいスルー出来なかった。やめさせようとしたが言っても聞かないので手首を掴んで止めただけなのに、暴力を振るわれたと言いがかりを付けられてクビになりましたとさ。ちなみに女の子は掛け合ってくれたが息子が可愛い社長は聞く耳持たずだった。まぁ認めたら社会的に問題だしね。
話し終えると真一郎さんがいかにも納得いきませんって顔をしていた。
「なんだよソレ、警察には言ったのか?」
「セクハラした証拠はなかったし、私が手を出したのは事実な上に相手は経営者側だったしで状況的にはこっちのが不利だったんだよね。だから大人しくクビになった」
まぁやられっぱなしは癪なので匿名で労基にはタレコミしてやったけど。その後あの会社がどうなったかは知らないし興味もない。よしよしと真一郎さんは背中を摩ってくれたが、マイキー君はテレビに夢中だった。お前聞いたんだから少しは興味持てよ。
「ハナちゃん前も似たような理由でクビにされてたよね?」
「うっ…」
お酒のつまみを作って持って来てくれたエマちゃんに追い打ちをかけられた。
「ワァ、美味しそうな唐揚げ☆」
「…オマエらがズケズケ言うから壊れちゃったじゃねーか。もっと優しくしてやれよ」
「えっそんなつもりなかったよ。ハナちゃん運が悪いだけで困った人を見捨てられないカッコイイ子だって言いたかったの」
「そっか…ありがとう…。本当に何でこんなに運が悪いんだろうね…」
もうすぐ社会人3年目になるくらいなのに履歴書書く時職歴が真っ黒になっちゃうね。おかしいな、前世ではこんなにトラブルに見舞われることなかったんだけど。遠い目をする私にエマちゃんが「あれ?フォローしたつもりだったんだけどダメだった?」と真一郎さんに耳打ちしているのが聞こえたが、気付かなかったふりをして缶チューハイを煽った。
「ところでイザナ君は?」
「ニィなら撮影の仕事だって。立て続けにスケジュール埋められちゃって大変みたい。帰り遅くなるってさっき連絡きたよ」
「へー」
そういえば何年か前に一緒に買い物行ってる時にスカウトされてたっけ。本人は乗り気じゃなかったが、モデルのスカウトされる場面なんて初めて遭遇してテンションが上がった私に後押しされ渋々名刺を受け取ってたな。どうやら頑張って続けているらしい。あの容姿だし引っ張りだこなんだろう。このままいけばもしかしたら彼をお茶の間で見る日もそう遠くないかもしれない。…いや、あの子人に媚びないし無理か。
「そういやオマエ金ねぇっていつも言ってるけど大丈夫なの?」
「大丈夫に見える?」
「……分かったからその顔やめて。真顔のオマエってなんか怖い」
「えっハナ金ねぇの?」
「うわ真一郎さんのその言葉今日の中で1番傷付いた!」
マイキー君とのやり取りに反応した真一郎さんが全く悪気のない顔で聞いてきて非常に傷付く。なんだよ人が貧乏人みたいな言い方して。まぁ合ってるんですけど!叔父さんとの約束で高校を卒業後に自立した私は、ま〜金がなかった。学生の時に頑張ってバイトして貯金してたけど、こう何回もクビにされては貯金も底をつくわけで。つーか都内家賃バカ高ぇ。卒業当時叔父さんは出ていかなくてもいいぞ、と言ってくれていたが約束は約束だからと無理に果たしたその時の自分が恨めしい。こんなことになるなら甘えとけば良かった。
そんなことを項垂れながら端折って述べれば、悪かったってと謝る真一郎さんに宥められる。こっちこそごめんな酔っ払いの相手さして。そんな私達の様子を何か悩むような素振りをしながら黙って見てたエマちゃんに「ハナちゃん、」と名前を呼ばれた。
「ウチね高校卒業したらケンちゃんと結婚するの」
「え!ほんとに!おめでとう!あっ…ご祝儀は出世払いでいいかな…」
「結婚式はまだしないから気にしなくて大丈夫。それでね結婚してこの家出てケンちゃんと一緒に暮らすんだ」
「へー卒業してからってなるともうすぐじゃない?」
てか今2月だし来月の話じゃん。今まで家事を担当していたエマちゃんがお嫁に行ったらこの家どうなっちゃうんだろと他人事に考えていると、身を乗り出したエマちゃんから突然手を握られた。え?何で?
「話戻すけど、ハナちゃん家賃払うの大変なんだよね?」
「うん」
「お金ない中仕事探すの大変だよね?」
「うん」
「じゃあ次の仕事が見つかるまでの間、ここに住んでウチの代わりに家事やってくれない?」
「うん……えっ」
「は?」
「ゴフッ!」
「ちょっと真ニィ汚い!」
唐揚げを食べていた真一郎さんが盛大に吹き出して叱られている中、エマちゃんのまさかの提案にフリーズしてしまう。私が、佐野家に住み込みで家事をする?いやいやいや。
「いくらなんでもそこまで迷惑掛けられないよ」
「迷惑じゃないよ!だってニィ達家のこと全然出来ないんだよ。こっちだってお願いしてる立場なんだし、ハナちゃんもお金に困ってるしwin-winじゃん!だよね?マイキー」
「うん、いーんじゃね」
「バカヤロウ、こう見えてもハナは嫁入り前の女の子だぞ。そんなことさせられねぇ」
「こう見えてもは一言余計ですね」
「じゃあ聞くけど、真ニィもこの前ウチが居なくなったら家の事どうしようって悩んでたよね?」
「うっ…」
「今の仕事続けながら男連中で家事出来るの?」
「ううっ…」
「第一真ニィがお嫁さん貰ってきてくれればハナちゃんにこんなこと頼むことだってないんだからね」
「…………」
「もうやめてエマちゃん、真一郎さんのライフはゼロよ」
すっかり意気消沈してしまった真一郎さんを庇うが、いつものことなのかエマちゃんはお兄ちゃんに構わず再び私の手を取り「ね?どう?いい案だと思うんだけど」と甘い誘いをしてくる。
正直なところ、良い話だと思った。お金に困っていたのは本当のことだし、これを断れば叔父さんに頼らないとおそらく生きていけない。しかし意気揚々と家を出たのに、やっぱり自立出来ませんでした〜と出戻りする図太い神経を生憎私は持ち合わせていない。それならエマちゃんもお願いしてくれているし、この誘いに乗ってしまった方がいいんじゃないだろうか。というかもう酔っ払ってて何が何だか分からん。
「よし!その話乗った!」
「やったー!さっすがハナちゃん!」
あーあ言っちゃったみたいな顔をした真一郎さんに気付く余裕もなく、機嫌よく缶ビールを持ってきてくれたエマちゃんにお礼を言いながら受け取る。あ〜今日何本飲んだっけ。泥酔とまではいかないが、ほとんどへべれけ状態となった私を見ながら「アイツ、明日になったら絶対後悔してるぞ」「真っ青になったハナの顔、今から楽しみだな」なんて兄弟の会話が聞こえたような聞こえなかったような。
「〜っ…あたま、いた…」
ズキンズキンと鈍い頭痛がして目が覚める。どこかで見たことあるような天井に、ここはどこだと全く覚醒しない頭で考える。ダメだ、頭痛くて考えられない。コメカミを片手でおさえながらふと視線を感じて横を見れば、頭を手で支えながらこちらをじっと見下ろすマイキー君がいた。わーお、同じ布団に入ってるとはこの子も本当に成長しないな。
「おはよ」
「…おはよう。あれ?ここってきみの家?」
「は?マジ?最初っから覚えてねぇの?」
呆れ顔を向けられる。そんなこと言われましても…、と思ったところでこの頭痛は二日酔いから来てることに気付いた。そういえばコンビニで酒をバカ買いして佐野家に突撃したような気がする。
「仕事、クビになってヤケ酒しに来たんだろ」
「あ〜、それだ」
どうやら酔い潰れてそのままお泊まりコースになったらしい。いい歳して情けない話だ。クビになって落ち込みまくった私を宥めてくれた真一郎さんの顔がふと浮かぶ。お礼言わなきゃなぁ。
「みんなは?」
「今何時だと思ってんの?もうとっくに兄貴は仕事、エマは学校行ったよ」
「…まじか。ちなみに何時?」
「11時」
まじか〜〜。酔い潰れた上に人の家でここまで朝寝坊するとは本当に情けない話だ。彼との会話でどんどん頭が覚醒していき、記憶が蘇ってくる。断片的ではあるが昨日あった出来事が頭の中に浮かび上がってきて、その内容に自分の血の気が失せていくのを感じた。
「…あのさ、」
「ん?」
「出来れば夢であって欲しいんだけど、昨日エマちゃんと私とんでもない約束してなかった?」
「あー、家政婦になる話だろ。ちゃんと覚えてたんだ」
ニコッとご機嫌な笑顔を浮かべたマイキー君は携帯を取り出すと私に向けてシャッター音をきった。おい、どういうことだ。問いただすと「オマエの真っ青な顔、写真送るって兄貴と約束しちゃったし」と悪びれもなく言われた。うら若き乙女の寝起きの顔を断りもなく撮るとはデリカシーがないってレベルじゃねぇぞ。いやまぁそんなことよりもだ。
「あれ酔っ払いの口約束だし、なんとか無効にならないかね…?」
そう、何としてもこの約束をなかったことにしたかった。だって考えてもみろ。私はエマちゃんみたいに家事が得意ではないのに、佐野家の家政婦なんて務まるわけがない。パニクっててんてこまいになる未来が容易に想像出来る。ていうかそもそも他人の家に居座るなんて小心者の私には到底無理な話だ。
「いーけどオマエ、住むトコあんの?」
「うん?普通に今借りてるアパートがあるけど」
「いや、昨日不動産屋さんに今月末で契約解除させてくださいって電話してたじゃん」
「え?誰が?」
「ハナが」
「…me?」
「うん」
嘘だろ、と脱力する。エマちゃんからの誘いに乗ったことまでは覚えているが、マイキー君曰くその後酔った勢いで、え〜いどうせなら早い方がいいし解約の電話しちゃえ〜!と不動産屋さんに連絡していたらしい。馬鹿にも程がある。
何とかキャンセル出来ないものかとカッサカサの酒焼け声ですぐに電話したが、『はい!来月からの入居で募集かけたところ希望者からご連絡いただきましたよ!あっ後日書類を郵送いたしますので判子を押してから返送お願いしますね!あと契約終了日に鍵の返却もお願いいたします!』と有無も言わさず捲し立てられて「あ…はい…」しか言えずに電話を切った。まじかよもう希望者出たの?確かにあの立地の良さであの家賃は破格だったもんな。お姉さんの仕事の速さに脱帽である。
不動産屋さんとの会話が聞こえていたのか通話を切った後マイキー君が「来月からよろしくな」とニッコリと笑った。なんでだろう…いつもは可愛く見えるのに、己の心が荒みきっているからかその笑顔が憎たらしく見える。
「あの…まだ夢の中にいるみたい…。ちょっとマイキー君、私のほっぺた抓ってくれる?」
「いいよ」
「あっ出来れば優しめにお願いします…痛いの嫌なんで」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでいーからとっとと起きろ、ブス」
スパーンと勢いよく襖が開いたと思ったら、暴君のイザナ君がしかめっ面で立っていた。まじかよ泣きっ面に大雀蜂じゃん。
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