短編
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「おい女、半間修二を知ってるな?」
帰宅途中、後ろから声を掛けられた。振り返ればガラの悪い男の子達がいて、逃げるのを阻むように囲まれてしまった。
「…知ってますけど?」
とりあえず素直に答える。するとその男の子達はニヤニヤと笑い出したかと思ったら、何故か私の手首を掴んできた。
「やっぱテメェで間違いなさそうだなぁ。悪ぃが着いて来てもらうぜ。大人しくすりゃ痛くはしねぇよ」
「ちょっと待ってください」
「…あ?」
連れて行こうと足を進めて手を引かれるが、私は納得がいかなくて制止の言葉をかけた。そんな私に眉を吊り上げて振り返った男の子達の顔と言ったら、とてもおっかなかった。しかし物怖じしていられない。ガンをつけられ恐ろしいが、私はなけなしの勇気を振り絞った。
「あなた達の知り合いの半間修二君と私のお友達の半間修二君は別人かもしれないので、確認させてください」
私の言葉を聞いた男の子達は目をぱちぱちとさせて驚いていた。いやだってそうだ。私に絡んできたこの子達は誰が見ても不良と呼ばれる部類だ。とてもじゃないが彼らが問うてきだあの子゙とは接点があるように見えないのだ。
半間修二君、あの子はとてもいい子だ。家が近所だということもあり、幼い頃からよく遊んでいた。歳は3コ下で私の後を引っ付いて離れない姿が可愛くて仕方がなく、弟がいたらこんな感じなのかなと何度思ったことか。中学に上がった辺りから思春期がくるだろうし離れていくんだろうと覚悟を決めていたのだが、高校1年生になった今でも彼は子供の頃から変わらず私に懐いてくれていた。
つまり今までの修二君を見てきたから彼がヤンチャしている姿が想像出来なかったので、目の前にいる不良の子達と知り合いだとはどうしても思えないのだ。
「えーっ…と、半間といえば長身で…」
「おっそれは合ってます!」
不良の子達は顔を顰めながら特徴を上げていく。ガラは悪いが確認したいと言った私に付き合ってくれるあたり、根は悪い子達じゃないんだろう。
「笑顔で人殴って歯を折っかいたり…」
「うーん、怖いなぁ。それはちょっと違うかも」
「歌舞伎町の死神っていう異名があって…」
「活動範囲狭いリュークかな?」
「手の甲に罪と罰って刺青がある…」
「…刺青?」
刺青はあっただろうか…。そんな個性的な刺青があったら嫌でも記憶に残るだろうが、生憎思い出せない。うーん、と頭の中を巡らせていると、頭上でゆらりと影がさした。
「………なにしてんの?」
「修二君!」
「はっ、半間!!」
聞き慣れた声がして振り返れば、噂の修二君がいた。あれ?不良の子達も呼んだし、やっぱり知り合いだったのかな?どことなく不機嫌そうな顔をしていた修二君は私から不良の子達へ視線を移すと、大きな身体をふらつかせて片手で頭を抱えた。
「ゴメン、ナマエちゃん。頭いてーから薬買ってきてくんない?」
「うそ!大丈夫?痛み止めなら持ってるよ。はい、バファ〇ン」
「あー…、それ効かないんだよね。プレミアムの方じゃねーと駄目なんだわ。ほら、オレ繊細だから」
「(どの口が言ってんだ…!)」
バッグの中のポーチから鎮痛剤を取り出して差し出すも、修二君は残念そうに首を横に振る。それを見て不良の子達が何か言いたげな顔をしていたが、いつになく具合の悪そうな修二君が心配でそれどころではなかった。
「じゃあすぐそこのドラッグストアで買ってくる!修二君は無理しないでそこで待ってて」
どうやら口振りからして知り合いっぽいので不良の子達に「修二君のこと、よろしくお願いします!」と一礼してから私は近くのドラッグストアまで駆け出した。走りながら流し目で見た不良の子達の顔色が修二君を見上げるなり血の気が引いて青白くなってたけど大丈夫だったかな…。
必要な物を購入しドラッグストアから出れば、修二君が外で待っていた。私と目が合うとにぱっと笑顔になりひらひらと手を振ってくる姿がとても可愛らしくて顔が綻んでしまう。そのまま彼の元まで向かいながら、とある疑問が頭を過る。あの子達はどうしたの?とさっきまでいた場所の方向へと顔を向けて問いかければ、「あー…、アレ?」と修二君は遮るように私の視線の先に移動してきた。
「人違いだったみたい」
「え?そうなの?あの子達の反応からしてそんな風な感じしなかったけどなぁ」
「ナマエちゃん知らねーの?世の中にはジブンと同じ顔のヤツが3人いるんだぜ?」
「あー!なるほど!」
納得しながら鎮痛剤とポカリの入ったビニール袋を差し出すと、修二君はお礼を言ってそれを受け取った。そして制服のポケットから財布を取り出すので、慌てて手の平を向けて制する。
「いいよ、お金なんて」
「いーからいーから」
「本当にいいのに…」
「…どーせさっきボコったヤツらからパクった金だし」
「え?ごめん聞こえなかった。なんか言った?」
「ん?なんも言ってねーよ」
にっこりと笑顔を向けられ、それ以上追求する気を削がされる。そんなに言うなら、と受け取ろうとすればお金を渡してきた修二君の手には白い手袋がはめられていた。さっきの不良達が言っていた刺青のことを思い出す。どうしても気になって穴があくんじゃないかってくらい見つめていると、修二君に「…なに?」と少しだけ低い声で聞かれた。あまりにも凝視してたから嫌がられたかもしれない。それでも私はそれが気になって仕方がなかった。
「修二君、手袋なんかしてたっけ?」
「……前からしてたじゃん。そんな気になる?」
「うん、邪魔じゃない?」
「ナマエちゃんがこの前見てたアニメあるだろ?それの真似。オレもアイツみてーにカッコイー♡って思われてぇからさ〜」
あの指パッチンで火起こしする大佐のことだろうか。そういえばだいぶ前にちょっとだけハマってカッコいいとか言ったことあるかも。手袋してるのによくあんないい音鳴るよね、そう投げ掛けたけど修二君そこそこどうでもよさそうな顔してたんだけどな。
「もしかして指パッチンの練習してるの?」
「そ、練習してるの。だから出来るまでナマエちゃんの前では取らねーよ」
手袋がはまったその両手をひらひらされる修二君の笑顔を見て何故かこれ以上聞くなと言われている気になった。もしかしたら私にサプライズお披露目をしようと陰で練習していたのかもしれない。布製の手袋をして指パッチンはおそらく無理だと思うので、彼の言い分だと私は一生修二君の手を見ることはないだろう。
近所ではあるのだが家まで送ると言ってくれたのでお言葉に甘えて修二君と帰路に着く。
「そういえば頭痛は?」
「ナマエちゃんの顔見たら治った♡」
「また調子いいこと言って〜」
いつもこんな感じだ。私が単純なのもあるだろうけど、好意的な対応をさせて嫌な気は一切しない。ほわほわしていると、ジャケットのポケットの中にある携帯が震えた。なんだろうと取り出して画面を開けば、新着メールが1件。受信相手の名前を見てたまらず頬が緩む。メールの内容に夢中になっていると、修二君が横から覗き込んできた。
「…オトコ?」
「うん、実はこの前告白されて付き合ったんだ」
ガサッ、という音がして思わず立ち止まる。振り返れば修二君は唖然としたまま立ち尽くしていて、彼の足元には先程手渡したビニール袋が転がっていた。彼の手から滑り落ちたそれを拾い上げて「大丈夫?」と修二君の顔を見上げるも、その目は焦点が定まっていない。
「カレシ……出来たんだ…」
「えっ…うん。そんなことより本当に大丈夫?やっぱり頭痛いんじゃない?」
「へー……、大学行ってから毎日楽しそうだもんな」
そこでようやく修二君と目が合った。色素の薄い瞳はどこか濁っていて光はない。…ん?これはもしかしてヤキモチなのでは?お姉ちゃんが取られて悲しいってやつなのでは?どこまでも呑気な私は哀愁の漂う修二君の背中をポンポンと軽く叩いた。
「もしかして修二君ってば寂しいの?」
「…うん、さみしい」
「そっかそっか、可愛いなあ〜」
しょんぼりとする修二君が可愛くてにやついてしまう。撫でてくれと言わんばかりに腰を折って屈む彼の頭を優しく撫でる。最近流行のファッションなのか髪をセットしているので側頭部や後頭部あたりと撫でといた。気持ちよさそうに瞑られていた目が開くと、濁ったままのその瞳が私を捉える。
「でもナマエちゃんがシアワセなら応援してぇから、今度オレにもその男と会わせてくんね?」
「え?いいけど…、なんで?」
「ナマエちゃんのことヨロシクって言いてぇんだもん」
「!!」
なんていい子なんだ…!どこか拗ねたような顔で紡がれた彼の言葉に感激した私は二つ返事で承諾した。するとさっきまでの表情はどこへやら、修二君は再び笑顔になった。その笑顔は今まで見たことないどことなく不安を煽るような狂気を少しだけ感じたけど…気の所為だよね。
修二君と彼氏を会わせてから一週間後、彼氏は入院した。聞くところによると帰宅途中に背後から襲われたらしい。お見舞いに行くと、痛ましい姿をした彼氏が私を見るなり血相を変えてベッドの上で土下座した。点滴に繋がれているのも厭わずに勢いよく頭を下げるから、点滴の針がブチリと痛い音を立てて外れたにも関わらず彼はその顔を涙で濡らして「お願いだから別れてください」の一点張りだった。
とぼとぼと病院を後にする。理由を問うても怯えて何も語ってはくれなかったので、正直彼がどうしてああなったのか訳の分からないままだ。たまらず溜息を落とすと、頭上でゆらりと影がさす。既視感を抱きながら見上げれば、そこには案の定にこにこと笑顔を浮かべた修二君がいた。
「……修二君、」
「どーした?元気ねぇじゃん」
「…彼氏が別れてくれって」
「は?マジ?」
修二君は信じられないと言わんばかりに目を丸くするが、私は私で目頭がカッと熱くなった。自分で言葉にして出したことにより、事実が重くのしかかってきて、ほろりと涙が落ちる。私は修二君よりお姉さんだから悲しいことがあっても彼の前では態度に出さないようにしてきていたのに、今はフラれた直後ということもあっていつもより余裕がなかった。慌てて下を向き手で自分の顔を覆い泣き顔を見せないようにすると、ふわりと修二君に抱き締められた。壊れ物を扱うかのような優しい手が背中に回り「オレにしとけよ」と耳元で囁かれる。いつもより低い声が少しだけ擽ったかった。
「…オレだったらナマエのこと1人にしねぇよ?」
「修二君…、」
抱き締める手が緩まり、修二君と目が合う。彼はいつにない真剣な顔をしていた。……私はお姉さん失格だ。彼にここまで言わせてしまった。
「慰めてくれてありがとね。立ち直るまで少しだけ時間はかかるかもしれないけど大丈夫だよ」
「…ハ?」
「それにしてもいくら慰めるためだからって呼び捨てにするなんて、ちょっとビックリしちゃった!」
ふふっ、と思い出してたまらず笑みが零れる。修二君はさっきの真剣な顔はどこへやらポカンとしていた。未だに背中に緩く回されていた腕から逃れる。だってこれは家族や恋人や仲の良い親友とすることだ。
「こんな情けない姿見せて修二君に気遣わせちゃダメだよね。だって私は昔から君のお姉さん的存在だからね!」
「…オレのこと弟にしか見えねぇの?」
「うん!修二君も私の事姉みたいに思ってくれてるでしょ。それとおんなじだよ」
「……そっかぁ〜♡」
私の言葉を聞いてようやく修二君は笑顔になってくれた。私は彼のその屈託のない笑顔が大好きだ。
それじゃあここにいても仕方ないし帰ろうか、という話になり修二君に手を取られる。握られた手はやっぱり手袋がはめられていた。
ふと病院を見上げると、病室の窓に別れを告げてきた元彼が私達を見下ろしていて。もう顔も見たくなかったのだが、その顔が私に土下座してきた時よりも一層恐怖で染め上げられていて思わず目を見張る。私とは目が合わないので、不思議に思って隣にいる修二君を見れば、彼は私と同じように病院を見上げた。直後、頭上から痛ましい叫び声がして咄嗟に元彼のいた病室を見上げるも、修二君が阻むように私の視線の前に立つ。
「変なヤツいたからナマエちゃんの可愛い目が腐っちまうし見ねぇ方がいーよ」
「そ、そっか…」
「ホラ、早く帰ろーぜ」
可愛い目?と引っ掛かったがいつも修二君は小さいことでも褒めてくれていたことをすぐに思い出し聞き流した。
修二君に手を引かれながら帰路に着く。振り返って再び病院を見上げると、もう元彼はそこにはいなかった。
「ねー、ナマエちゃん」
「ん?どうしたの?」
「ナマエちゃんの大学の話、オレにもっと聞かせてくんね?」
「…なんで?」
「だって大学行ってから全然話できてねぇし、さみしーんだもん」
私の手を引いて歩いていた修二君は振り返ると、捨てられた子犬のような顔をしていた。とくにおねだりする時に多かったその表情に私は昔から弱かったので迷わず首を縦に振るが、彼の望むような話を提供できるかが心配だ。
「いいけど、面白いか分かんないよ?正直何話していいかもわかんないし…」
「なんでもいーよ。とくに言い寄ってくるムシ……男の話が聞きてぇかな」
「…え?そんなんいないよー。修二君ってば冗談ばっかし言って」
「冗談なんかじゃねぇよ?ナマエちゃんをシアワセにしてくれるヤツかどーか弟としては心配じゃん」
「修二君…!!」
やっぱりこの子は優しくていい子だ。フラれた直後でメンタルが弱っているので、そんなこと言われたら感極まって泣いてしまうからやめて欲しい。何とか泣かないように堪えている私を見下ろして「…だから頼むな♡」そう笑った修二君の目はいつか見たみたいに光のない濁った色をしていた。
帰宅途中、後ろから声を掛けられた。振り返ればガラの悪い男の子達がいて、逃げるのを阻むように囲まれてしまった。
「…知ってますけど?」
とりあえず素直に答える。するとその男の子達はニヤニヤと笑い出したかと思ったら、何故か私の手首を掴んできた。
「やっぱテメェで間違いなさそうだなぁ。悪ぃが着いて来てもらうぜ。大人しくすりゃ痛くはしねぇよ」
「ちょっと待ってください」
「…あ?」
連れて行こうと足を進めて手を引かれるが、私は納得がいかなくて制止の言葉をかけた。そんな私に眉を吊り上げて振り返った男の子達の顔と言ったら、とてもおっかなかった。しかし物怖じしていられない。ガンをつけられ恐ろしいが、私はなけなしの勇気を振り絞った。
「あなた達の知り合いの半間修二君と私のお友達の半間修二君は別人かもしれないので、確認させてください」
私の言葉を聞いた男の子達は目をぱちぱちとさせて驚いていた。いやだってそうだ。私に絡んできたこの子達は誰が見ても不良と呼ばれる部類だ。とてもじゃないが彼らが問うてきだあの子゙とは接点があるように見えないのだ。
半間修二君、あの子はとてもいい子だ。家が近所だということもあり、幼い頃からよく遊んでいた。歳は3コ下で私の後を引っ付いて離れない姿が可愛くて仕方がなく、弟がいたらこんな感じなのかなと何度思ったことか。中学に上がった辺りから思春期がくるだろうし離れていくんだろうと覚悟を決めていたのだが、高校1年生になった今でも彼は子供の頃から変わらず私に懐いてくれていた。
つまり今までの修二君を見てきたから彼がヤンチャしている姿が想像出来なかったので、目の前にいる不良の子達と知り合いだとはどうしても思えないのだ。
「えーっ…と、半間といえば長身で…」
「おっそれは合ってます!」
不良の子達は顔を顰めながら特徴を上げていく。ガラは悪いが確認したいと言った私に付き合ってくれるあたり、根は悪い子達じゃないんだろう。
「笑顔で人殴って歯を折っかいたり…」
「うーん、怖いなぁ。それはちょっと違うかも」
「歌舞伎町の死神っていう異名があって…」
「活動範囲狭いリュークかな?」
「手の甲に罪と罰って刺青がある…」
「…刺青?」
刺青はあっただろうか…。そんな個性的な刺青があったら嫌でも記憶に残るだろうが、生憎思い出せない。うーん、と頭の中を巡らせていると、頭上でゆらりと影がさした。
「………なにしてんの?」
「修二君!」
「はっ、半間!!」
聞き慣れた声がして振り返れば、噂の修二君がいた。あれ?不良の子達も呼んだし、やっぱり知り合いだったのかな?どことなく不機嫌そうな顔をしていた修二君は私から不良の子達へ視線を移すと、大きな身体をふらつかせて片手で頭を抱えた。
「ゴメン、ナマエちゃん。頭いてーから薬買ってきてくんない?」
「うそ!大丈夫?痛み止めなら持ってるよ。はい、バファ〇ン」
「あー…、それ効かないんだよね。プレミアムの方じゃねーと駄目なんだわ。ほら、オレ繊細だから」
「(どの口が言ってんだ…!)」
バッグの中のポーチから鎮痛剤を取り出して差し出すも、修二君は残念そうに首を横に振る。それを見て不良の子達が何か言いたげな顔をしていたが、いつになく具合の悪そうな修二君が心配でそれどころではなかった。
「じゃあすぐそこのドラッグストアで買ってくる!修二君は無理しないでそこで待ってて」
どうやら口振りからして知り合いっぽいので不良の子達に「修二君のこと、よろしくお願いします!」と一礼してから私は近くのドラッグストアまで駆け出した。走りながら流し目で見た不良の子達の顔色が修二君を見上げるなり血の気が引いて青白くなってたけど大丈夫だったかな…。
必要な物を購入しドラッグストアから出れば、修二君が外で待っていた。私と目が合うとにぱっと笑顔になりひらひらと手を振ってくる姿がとても可愛らしくて顔が綻んでしまう。そのまま彼の元まで向かいながら、とある疑問が頭を過る。あの子達はどうしたの?とさっきまでいた場所の方向へと顔を向けて問いかければ、「あー…、アレ?」と修二君は遮るように私の視線の先に移動してきた。
「人違いだったみたい」
「え?そうなの?あの子達の反応からしてそんな風な感じしなかったけどなぁ」
「ナマエちゃん知らねーの?世の中にはジブンと同じ顔のヤツが3人いるんだぜ?」
「あー!なるほど!」
納得しながら鎮痛剤とポカリの入ったビニール袋を差し出すと、修二君はお礼を言ってそれを受け取った。そして制服のポケットから財布を取り出すので、慌てて手の平を向けて制する。
「いいよ、お金なんて」
「いーからいーから」
「本当にいいのに…」
「…どーせさっきボコったヤツらからパクった金だし」
「え?ごめん聞こえなかった。なんか言った?」
「ん?なんも言ってねーよ」
にっこりと笑顔を向けられ、それ以上追求する気を削がされる。そんなに言うなら、と受け取ろうとすればお金を渡してきた修二君の手には白い手袋がはめられていた。さっきの不良達が言っていた刺青のことを思い出す。どうしても気になって穴があくんじゃないかってくらい見つめていると、修二君に「…なに?」と少しだけ低い声で聞かれた。あまりにも凝視してたから嫌がられたかもしれない。それでも私はそれが気になって仕方がなかった。
「修二君、手袋なんかしてたっけ?」
「……前からしてたじゃん。そんな気になる?」
「うん、邪魔じゃない?」
「ナマエちゃんがこの前見てたアニメあるだろ?それの真似。オレもアイツみてーにカッコイー♡って思われてぇからさ〜」
あの指パッチンで火起こしする大佐のことだろうか。そういえばだいぶ前にちょっとだけハマってカッコいいとか言ったことあるかも。手袋してるのによくあんないい音鳴るよね、そう投げ掛けたけど修二君そこそこどうでもよさそうな顔してたんだけどな。
「もしかして指パッチンの練習してるの?」
「そ、練習してるの。だから出来るまでナマエちゃんの前では取らねーよ」
手袋がはまったその両手をひらひらされる修二君の笑顔を見て何故かこれ以上聞くなと言われている気になった。もしかしたら私にサプライズお披露目をしようと陰で練習していたのかもしれない。布製の手袋をして指パッチンはおそらく無理だと思うので、彼の言い分だと私は一生修二君の手を見ることはないだろう。
近所ではあるのだが家まで送ると言ってくれたのでお言葉に甘えて修二君と帰路に着く。
「そういえば頭痛は?」
「ナマエちゃんの顔見たら治った♡」
「また調子いいこと言って〜」
いつもこんな感じだ。私が単純なのもあるだろうけど、好意的な対応をさせて嫌な気は一切しない。ほわほわしていると、ジャケットのポケットの中にある携帯が震えた。なんだろうと取り出して画面を開けば、新着メールが1件。受信相手の名前を見てたまらず頬が緩む。メールの内容に夢中になっていると、修二君が横から覗き込んできた。
「…オトコ?」
「うん、実はこの前告白されて付き合ったんだ」
ガサッ、という音がして思わず立ち止まる。振り返れば修二君は唖然としたまま立ち尽くしていて、彼の足元には先程手渡したビニール袋が転がっていた。彼の手から滑り落ちたそれを拾い上げて「大丈夫?」と修二君の顔を見上げるも、その目は焦点が定まっていない。
「カレシ……出来たんだ…」
「えっ…うん。そんなことより本当に大丈夫?やっぱり頭痛いんじゃない?」
「へー……、大学行ってから毎日楽しそうだもんな」
そこでようやく修二君と目が合った。色素の薄い瞳はどこか濁っていて光はない。…ん?これはもしかしてヤキモチなのでは?お姉ちゃんが取られて悲しいってやつなのでは?どこまでも呑気な私は哀愁の漂う修二君の背中をポンポンと軽く叩いた。
「もしかして修二君ってば寂しいの?」
「…うん、さみしい」
「そっかそっか、可愛いなあ〜」
しょんぼりとする修二君が可愛くてにやついてしまう。撫でてくれと言わんばかりに腰を折って屈む彼の頭を優しく撫でる。最近流行のファッションなのか髪をセットしているので側頭部や後頭部あたりと撫でといた。気持ちよさそうに瞑られていた目が開くと、濁ったままのその瞳が私を捉える。
「でもナマエちゃんがシアワセなら応援してぇから、今度オレにもその男と会わせてくんね?」
「え?いいけど…、なんで?」
「ナマエちゃんのことヨロシクって言いてぇんだもん」
「!!」
なんていい子なんだ…!どこか拗ねたような顔で紡がれた彼の言葉に感激した私は二つ返事で承諾した。するとさっきまでの表情はどこへやら、修二君は再び笑顔になった。その笑顔は今まで見たことないどことなく不安を煽るような狂気を少しだけ感じたけど…気の所為だよね。
修二君と彼氏を会わせてから一週間後、彼氏は入院した。聞くところによると帰宅途中に背後から襲われたらしい。お見舞いに行くと、痛ましい姿をした彼氏が私を見るなり血相を変えてベッドの上で土下座した。点滴に繋がれているのも厭わずに勢いよく頭を下げるから、点滴の針がブチリと痛い音を立てて外れたにも関わらず彼はその顔を涙で濡らして「お願いだから別れてください」の一点張りだった。
とぼとぼと病院を後にする。理由を問うても怯えて何も語ってはくれなかったので、正直彼がどうしてああなったのか訳の分からないままだ。たまらず溜息を落とすと、頭上でゆらりと影がさす。既視感を抱きながら見上げれば、そこには案の定にこにこと笑顔を浮かべた修二君がいた。
「……修二君、」
「どーした?元気ねぇじゃん」
「…彼氏が別れてくれって」
「は?マジ?」
修二君は信じられないと言わんばかりに目を丸くするが、私は私で目頭がカッと熱くなった。自分で言葉にして出したことにより、事実が重くのしかかってきて、ほろりと涙が落ちる。私は修二君よりお姉さんだから悲しいことがあっても彼の前では態度に出さないようにしてきていたのに、今はフラれた直後ということもあっていつもより余裕がなかった。慌てて下を向き手で自分の顔を覆い泣き顔を見せないようにすると、ふわりと修二君に抱き締められた。壊れ物を扱うかのような優しい手が背中に回り「オレにしとけよ」と耳元で囁かれる。いつもより低い声が少しだけ擽ったかった。
「…オレだったらナマエのこと1人にしねぇよ?」
「修二君…、」
抱き締める手が緩まり、修二君と目が合う。彼はいつにない真剣な顔をしていた。……私はお姉さん失格だ。彼にここまで言わせてしまった。
「慰めてくれてありがとね。立ち直るまで少しだけ時間はかかるかもしれないけど大丈夫だよ」
「…ハ?」
「それにしてもいくら慰めるためだからって呼び捨てにするなんて、ちょっとビックリしちゃった!」
ふふっ、と思い出してたまらず笑みが零れる。修二君はさっきの真剣な顔はどこへやらポカンとしていた。未だに背中に緩く回されていた腕から逃れる。だってこれは家族や恋人や仲の良い親友とすることだ。
「こんな情けない姿見せて修二君に気遣わせちゃダメだよね。だって私は昔から君のお姉さん的存在だからね!」
「…オレのこと弟にしか見えねぇの?」
「うん!修二君も私の事姉みたいに思ってくれてるでしょ。それとおんなじだよ」
「……そっかぁ〜♡」
私の言葉を聞いてようやく修二君は笑顔になってくれた。私は彼のその屈託のない笑顔が大好きだ。
それじゃあここにいても仕方ないし帰ろうか、という話になり修二君に手を取られる。握られた手はやっぱり手袋がはめられていた。
ふと病院を見上げると、病室の窓に別れを告げてきた元彼が私達を見下ろしていて。もう顔も見たくなかったのだが、その顔が私に土下座してきた時よりも一層恐怖で染め上げられていて思わず目を見張る。私とは目が合わないので、不思議に思って隣にいる修二君を見れば、彼は私と同じように病院を見上げた。直後、頭上から痛ましい叫び声がして咄嗟に元彼のいた病室を見上げるも、修二君が阻むように私の視線の前に立つ。
「変なヤツいたからナマエちゃんの可愛い目が腐っちまうし見ねぇ方がいーよ」
「そ、そっか…」
「ホラ、早く帰ろーぜ」
可愛い目?と引っ掛かったがいつも修二君は小さいことでも褒めてくれていたことをすぐに思い出し聞き流した。
修二君に手を引かれながら帰路に着く。振り返って再び病院を見上げると、もう元彼はそこにはいなかった。
「ねー、ナマエちゃん」
「ん?どうしたの?」
「ナマエちゃんの大学の話、オレにもっと聞かせてくんね?」
「…なんで?」
「だって大学行ってから全然話できてねぇし、さみしーんだもん」
私の手を引いて歩いていた修二君は振り返ると、捨てられた子犬のような顔をしていた。とくにおねだりする時に多かったその表情に私は昔から弱かったので迷わず首を縦に振るが、彼の望むような話を提供できるかが心配だ。
「いいけど、面白いか分かんないよ?正直何話していいかもわかんないし…」
「なんでもいーよ。とくに言い寄ってくるムシ……男の話が聞きてぇかな」
「…え?そんなんいないよー。修二君ってば冗談ばっかし言って」
「冗談なんかじゃねぇよ?ナマエちゃんをシアワセにしてくれるヤツかどーか弟としては心配じゃん」
「修二君…!!」
やっぱりこの子は優しくていい子だ。フラれた直後でメンタルが弱っているので、そんなこと言われたら感極まって泣いてしまうからやめて欲しい。何とか泣かないように堪えている私を見下ろして「…だから頼むな♡」そう笑った修二君の目はいつか見たみたいに光のない濁った色をしていた。
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