短編
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淡いピンク色に目を奪われる。まるで桜の花弁のような色の長い髪を揺らして女の子は俺へと振り返った。黒いマスクをしていて顔の半分は見えなかったが、長い睫毛に縁取られたその目は俺を一瞥すると、すぐにどうでもよさそうに横を通り過ぎていく。周りにガラの悪い男共が横たわる中、俺の目はただただその色を映したくて、彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。
それからというものどうしてもあの子に近付きたくて、ガムシャラに動いた。その時の行動力といったら異常なもので、彼女の特攻服に東京卍會という刺繍が入っていたことを見逃さなかった俺は今までの生活に全くの無縁だった暴走族に頭を下げる形で加入していた。総長である佐野万次郎君に理由を聞かれて「大切な人を護れる男になりたいんです」と伝えれば、探るような目で数秒見つめられるも笑顔で入隊を許可してくれたのは記憶に新しい。誰について行きたいかと問い掛けられて、大勢の隊員がいる中ですぐに桜色を見つけた時に俺は彼女を手の平で指し示した。「…ムーチョじゃなくて?」と周囲がザワつくも、彼女と再会出来たことが嬉しくて手放しで喜んだ俺のオメでたい脳内では女の子なら普通レディースだろうという常識は完全に抜け落ちていた。俺を見る彼女の目は得体の知れないものだと怪訝の色が孕んでいた。
彼女に渋々三途春千夜だと名乗られた時、名は体を表すというがその通りだと思うと同時にハスキーな声で素敵だなとか思っていた。俺のこと覚えてますか?と聞けば「あ?知らねぇよ、テメェのことなんか」と気味悪そうに答えられた。後々知ったことだが不良に絡まれてるところを助けてくれたと俺が勘違いしていただけで、チームの抗争になりうる暴走族の主要メンバーを不意打ちで狙うのに絶好のチャンスだっただけらしい。それでも彼女に出会えることが出来たので、あの男共には感謝感激雨霰だ。
そこから俺の合法ストーカー生活が始まった。毎日のように家まで送迎すると鬱陶しそうに殴られ蹴られの暴力が降ってきたが、春ちゃんから触れてきてくれたことが嬉しくて痛みなど二の次だった。春ちゃんに命令されたことは何でもやった。喧嘩は勿論、チームの裏切り者にはとても口では言えないようなこともしたし、抗争の時殴られそうになった彼女の盾にも進んでなった。生傷の絶えない生活の中で春ちゃんの役に立てたことが何よりも嬉しかった。そういえばそんな俺を見て武藤隊長は「オマエ…、まさか……いや何でもねぇ」と決まりの悪そうな顔をして口を噤んでいた。俺は春ちゃん以外はどうでもよかったので何か言いたげな隊長を度々目にしたが言葉を聞き返すことは一度もなかった。
女というより、彼女の尻ばかり追いかけ回していた日々も3ヶ月が経とうとしていた。もうそろそろ想いを伝えてしまおうか、そう悩み眠れない夜を過ごした次の日のことだった。
「テメェがなに勘違いしてるか知らねぇが、オレは男だ」
面と向かって吐き捨てるように言い放たれる。マスクをしているから表情を読み取ることが難しいと思うだろうが、その目が俺をまるで害虫を見るかのような嫌悪の色を宿していることに、ずっと彼女を見てきた俺には手に取るように分かった。ていうか俺を見る視線は大体いつもこんな感じだ。しかしそんなことはどうでもよかった。放たれた言葉が頭の中で反芻する。…春ちゃんが男?
「またまたぁ」
「…あぁ?」
「春ちゃんってば冗談ばっかし〜。俺のこと騙そうったってそうはいかないからね」
嘘だ、と思った。とても信じられなくて笑いが込み上げてくる。へらへらと笑っていると春ちゃんの眉間に皺が寄せられた。不機嫌な顔も可愛い、そう褒めようとしたところで、気付いたら俺の身体は蹴り飛ばされていた。
「っ!」
コンクリートの塀に背中でぶつかる。蹴られた鳩尾も打ち付けた背中もズキズキと痛みが広がっていく。近付いてきた春ちゃんは俺を見下すと、再び足を振り上げる。あ、やべ。思わずぎゅっと目を固く瞑ると、痛みはやってこなかったが真横に衝撃。恐る恐る目を開けば、顔の横に春ちゃんの足があった。所謂足ドンである。ひえ〜、サマになってて痺れちゃう。
「愛が痛いよ、春ちゃん」
「…愛?ハッ、…そのわりには嬉しそーにニヤついてんじゃねぇか。キモチワリィ」
そんなものはあるわけないと鼻で笑うと、春ちゃんは俺を罵倒した。変わらず俺を見下ろすその目は嫌悪でいっぱいだ。
「クソ気に入らねぇけど、テメェは腕が立つ。王の為になる有能な駒だったから今まで黙ってたが、それもこれまでだ」
「…待ってよ、急に何の話?」
「オレは隊長と天竺に行く」
「え?」
天竺と言えば横浜をナワバリにしているチームだ。じゃあ俺も…、と当然のことを口にしようとしたところで、それを阻むように春ちゃんは足ドンしていた足で俺の胸辺りを蹴った。背中の塀と板挟みにされ、一瞬呼吸が出来なくなる。咳き込む俺を春ちゃんは変わらず鬱陶しそうに見下ろしていた。
「ウゼェからテメェはついてくんな。…やっとオサラバ出来ると思うとセーセーするぜ」
「…俺は春ちゃんについていきたい」
「あ゙?耳ついてねぇのかよ」
今度は横っ面を蹴り飛ばされた。アスファルトの道路とキスする羽目になる。切れたのか口の中に鉄の味が広がっていく。起き上がろうとすると、頭を踏まれてそれは叶わない。ぐりぐりとコメカミあたりを踏み躙られ「今からオレは花垣を拉致らなきゃなんねー。忙しいんだから手間かけさせんなよ」と溜息混じりの言葉が落ちてきた。
「つーかよ、キモチワル過ぎんだろ!こんだけされてもついてきてぇとか!」
「春ちゃん…」
「さっきも言ったけどオレ、男なんだわ。オマエの3ヶ月無駄だったなぁ。ゴクローサマ!」
フツー気付くだろ、と耐えられないと言わんばかりに片目を手で覆って爆笑する春ちゃん。マスクの下にある口角は楽しそうに上がっていることだろう。「なんとか言えよ!なあ!」そうテンションがぶち上がった春ちゃんは俺のコメカミを一層強く踏み躙る。めちゃくちゃ痛かったが俺も俺で頭が沸いているらしく、楽しそうな姿を見れて嬉しくなっていて無意識に口元が緩んでいた。
「俺はそれでも春ちゃんが好きだよ」
「………は?」
笑い声と足の動きがパタりと止まる。乗っていた足が退いていくから、上半身を起き上がらせて道路に座りながら春ちゃんを見上げた。その顔は心配になるくらい血の気が引き蒼白になっていて、俺の事を完全に拒絶していた。1歩また1歩と後退る春ちゃんは信じられない物を見るような目で俺を捉えている。
「俺変なのかな?どんなに暴力振るわれても、君が男だって分かっても、春ちゃんのこと変わらず大好きなままなんだ」
「……………」
「あのさ、実は今日春ちゃんに告白しようか悩んでたんだよね。いいタイミングだし、聞いてくれる?」
立ち上がってずっと女の子だと思っていた彼へと近付く。俺より背の低い春ちゃんはずっと宿していた嫌悪ではなく、恐怖の色を孕ませながら今度は俺を見上げる。その瞳に照れくさそうな顔をしている自分と目が合う。
「テメェ…、マジでキモチワリィ……」
「うん、知ってる」
「……頭オカシイんじゃねぇの?」
「そうだね……」
「でも俺をこんな風にしたのは春ちゃんだよ」
イイ笑顔をした自分がその瞳に映されたところで、危機を感じたのか今度は春ちゃんの拳が飛んでくる。それを片手で受け止めて、俺はその春ちゃんの白い手を両手で包み込んだ。ひっ、と短い悲鳴が漏らされる。新しい表情を見れて心が喜びで波打つ。
「春ちゃ、」
ゴツっ!と鈍い音がしたと思ったら、意識が遠のき身体を投げ出される。後頭部を思い切り殴られたと気付いた時には地面に横たわっていた。身体が上手く動かせないまま白けた視界の中で見えたのは黒塗りの車と武藤隊長だった。
「とっくに時間は過ぎてる。何をモタモタしてやがった」
「すみません…」
「こんな奴、構わねぇで放っときゃよかったんだ」
俺を見下ろす隊長は色のない目をしていた。そっか、隊長は止めていたのに春ちゃんはわざわざ俺にお別れの言葉を言いに来てくれたんだね。交わされた2人の会話を勝手に自己解釈をする。心底どうでもよさそうに俺を視界から外すと隊長は動揺している春ちゃんの肩を掴んで車へと誘導していく。
「三途、乗れ」
「は、はい…」
黒塗りの車に乗り込む前に春ちゃんは最後に俺を一瞥した。目がチカチカしてどんな顔しているか分からないのが悔やまれる。隊長に促され、今度こそ春ちゃんは車に乗ってしまった。続いて隊長もそれに乗り、エンジンのかかったままだったその車は俺を置いて小さくなっていく。俺はそれをずっと見つめながら、春ちゃんから受けた痛みと春ちゃんが向けてくれた表情を思い出し余韻に浸る。
あーあ、邪魔されちゃったけどまた会い行くからね……春ちゃん。
それからというものどうしてもあの子に近付きたくて、ガムシャラに動いた。その時の行動力といったら異常なもので、彼女の特攻服に東京卍會という刺繍が入っていたことを見逃さなかった俺は今までの生活に全くの無縁だった暴走族に頭を下げる形で加入していた。総長である佐野万次郎君に理由を聞かれて「大切な人を護れる男になりたいんです」と伝えれば、探るような目で数秒見つめられるも笑顔で入隊を許可してくれたのは記憶に新しい。誰について行きたいかと問い掛けられて、大勢の隊員がいる中ですぐに桜色を見つけた時に俺は彼女を手の平で指し示した。「…ムーチョじゃなくて?」と周囲がザワつくも、彼女と再会出来たことが嬉しくて手放しで喜んだ俺のオメでたい脳内では女の子なら普通レディースだろうという常識は完全に抜け落ちていた。俺を見る彼女の目は得体の知れないものだと怪訝の色が孕んでいた。
彼女に渋々三途春千夜だと名乗られた時、名は体を表すというがその通りだと思うと同時にハスキーな声で素敵だなとか思っていた。俺のこと覚えてますか?と聞けば「あ?知らねぇよ、テメェのことなんか」と気味悪そうに答えられた。後々知ったことだが不良に絡まれてるところを助けてくれたと俺が勘違いしていただけで、チームの抗争になりうる暴走族の主要メンバーを不意打ちで狙うのに絶好のチャンスだっただけらしい。それでも彼女に出会えることが出来たので、あの男共には感謝感激雨霰だ。
そこから俺の合法ストーカー生活が始まった。毎日のように家まで送迎すると鬱陶しそうに殴られ蹴られの暴力が降ってきたが、春ちゃんから触れてきてくれたことが嬉しくて痛みなど二の次だった。春ちゃんに命令されたことは何でもやった。喧嘩は勿論、チームの裏切り者にはとても口では言えないようなこともしたし、抗争の時殴られそうになった彼女の盾にも進んでなった。生傷の絶えない生活の中で春ちゃんの役に立てたことが何よりも嬉しかった。そういえばそんな俺を見て武藤隊長は「オマエ…、まさか……いや何でもねぇ」と決まりの悪そうな顔をして口を噤んでいた。俺は春ちゃん以外はどうでもよかったので何か言いたげな隊長を度々目にしたが言葉を聞き返すことは一度もなかった。
女というより、彼女の尻ばかり追いかけ回していた日々も3ヶ月が経とうとしていた。もうそろそろ想いを伝えてしまおうか、そう悩み眠れない夜を過ごした次の日のことだった。
「テメェがなに勘違いしてるか知らねぇが、オレは男だ」
面と向かって吐き捨てるように言い放たれる。マスクをしているから表情を読み取ることが難しいと思うだろうが、その目が俺をまるで害虫を見るかのような嫌悪の色を宿していることに、ずっと彼女を見てきた俺には手に取るように分かった。ていうか俺を見る視線は大体いつもこんな感じだ。しかしそんなことはどうでもよかった。放たれた言葉が頭の中で反芻する。…春ちゃんが男?
「またまたぁ」
「…あぁ?」
「春ちゃんってば冗談ばっかし〜。俺のこと騙そうったってそうはいかないからね」
嘘だ、と思った。とても信じられなくて笑いが込み上げてくる。へらへらと笑っていると春ちゃんの眉間に皺が寄せられた。不機嫌な顔も可愛い、そう褒めようとしたところで、気付いたら俺の身体は蹴り飛ばされていた。
「っ!」
コンクリートの塀に背中でぶつかる。蹴られた鳩尾も打ち付けた背中もズキズキと痛みが広がっていく。近付いてきた春ちゃんは俺を見下すと、再び足を振り上げる。あ、やべ。思わずぎゅっと目を固く瞑ると、痛みはやってこなかったが真横に衝撃。恐る恐る目を開けば、顔の横に春ちゃんの足があった。所謂足ドンである。ひえ〜、サマになってて痺れちゃう。
「愛が痛いよ、春ちゃん」
「…愛?ハッ、…そのわりには嬉しそーにニヤついてんじゃねぇか。キモチワリィ」
そんなものはあるわけないと鼻で笑うと、春ちゃんは俺を罵倒した。変わらず俺を見下ろすその目は嫌悪でいっぱいだ。
「クソ気に入らねぇけど、テメェは腕が立つ。王の為になる有能な駒だったから今まで黙ってたが、それもこれまでだ」
「…待ってよ、急に何の話?」
「オレは隊長と天竺に行く」
「え?」
天竺と言えば横浜をナワバリにしているチームだ。じゃあ俺も…、と当然のことを口にしようとしたところで、それを阻むように春ちゃんは足ドンしていた足で俺の胸辺りを蹴った。背中の塀と板挟みにされ、一瞬呼吸が出来なくなる。咳き込む俺を春ちゃんは変わらず鬱陶しそうに見下ろしていた。
「ウゼェからテメェはついてくんな。…やっとオサラバ出来ると思うとセーセーするぜ」
「…俺は春ちゃんについていきたい」
「あ゙?耳ついてねぇのかよ」
今度は横っ面を蹴り飛ばされた。アスファルトの道路とキスする羽目になる。切れたのか口の中に鉄の味が広がっていく。起き上がろうとすると、頭を踏まれてそれは叶わない。ぐりぐりとコメカミあたりを踏み躙られ「今からオレは花垣を拉致らなきゃなんねー。忙しいんだから手間かけさせんなよ」と溜息混じりの言葉が落ちてきた。
「つーかよ、キモチワル過ぎんだろ!こんだけされてもついてきてぇとか!」
「春ちゃん…」
「さっきも言ったけどオレ、男なんだわ。オマエの3ヶ月無駄だったなぁ。ゴクローサマ!」
フツー気付くだろ、と耐えられないと言わんばかりに片目を手で覆って爆笑する春ちゃん。マスクの下にある口角は楽しそうに上がっていることだろう。「なんとか言えよ!なあ!」そうテンションがぶち上がった春ちゃんは俺のコメカミを一層強く踏み躙る。めちゃくちゃ痛かったが俺も俺で頭が沸いているらしく、楽しそうな姿を見れて嬉しくなっていて無意識に口元が緩んでいた。
「俺はそれでも春ちゃんが好きだよ」
「………は?」
笑い声と足の動きがパタりと止まる。乗っていた足が退いていくから、上半身を起き上がらせて道路に座りながら春ちゃんを見上げた。その顔は心配になるくらい血の気が引き蒼白になっていて、俺の事を完全に拒絶していた。1歩また1歩と後退る春ちゃんは信じられない物を見るような目で俺を捉えている。
「俺変なのかな?どんなに暴力振るわれても、君が男だって分かっても、春ちゃんのこと変わらず大好きなままなんだ」
「……………」
「あのさ、実は今日春ちゃんに告白しようか悩んでたんだよね。いいタイミングだし、聞いてくれる?」
立ち上がってずっと女の子だと思っていた彼へと近付く。俺より背の低い春ちゃんはずっと宿していた嫌悪ではなく、恐怖の色を孕ませながら今度は俺を見上げる。その瞳に照れくさそうな顔をしている自分と目が合う。
「テメェ…、マジでキモチワリィ……」
「うん、知ってる」
「……頭オカシイんじゃねぇの?」
「そうだね……」
「でも俺をこんな風にしたのは春ちゃんだよ」
イイ笑顔をした自分がその瞳に映されたところで、危機を感じたのか今度は春ちゃんの拳が飛んでくる。それを片手で受け止めて、俺はその春ちゃんの白い手を両手で包み込んだ。ひっ、と短い悲鳴が漏らされる。新しい表情を見れて心が喜びで波打つ。
「春ちゃ、」
ゴツっ!と鈍い音がしたと思ったら、意識が遠のき身体を投げ出される。後頭部を思い切り殴られたと気付いた時には地面に横たわっていた。身体が上手く動かせないまま白けた視界の中で見えたのは黒塗りの車と武藤隊長だった。
「とっくに時間は過ぎてる。何をモタモタしてやがった」
「すみません…」
「こんな奴、構わねぇで放っときゃよかったんだ」
俺を見下ろす隊長は色のない目をしていた。そっか、隊長は止めていたのに春ちゃんはわざわざ俺にお別れの言葉を言いに来てくれたんだね。交わされた2人の会話を勝手に自己解釈をする。心底どうでもよさそうに俺を視界から外すと隊長は動揺している春ちゃんの肩を掴んで車へと誘導していく。
「三途、乗れ」
「は、はい…」
黒塗りの車に乗り込む前に春ちゃんは最後に俺を一瞥した。目がチカチカしてどんな顔しているか分からないのが悔やまれる。隊長に促され、今度こそ春ちゃんは車に乗ってしまった。続いて隊長もそれに乗り、エンジンのかかったままだったその車は俺を置いて小さくなっていく。俺はそれをずっと見つめながら、春ちゃんから受けた痛みと春ちゃんが向けてくれた表情を思い出し余韻に浸る。
あーあ、邪魔されちゃったけどまた会い行くからね……春ちゃん。
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