中学生編
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土砂降りの雨が降っていた。家を出た時はどんよりした空だったが、コンビニを出てちょっとしたらめっちゃ降ってきた。傘を持っていなかったので急いで家に帰ろうと小走りしていると、見慣れた姿が雨の中立ち尽くしていているのに気付いてしまった。
「………イザナ君?」
私の声が届いたのか、イザナ君はちらりと私を一瞥するもすぐにその視界から外れてしまう。一瞬だけ交わった色のない目に、少しビビる。ただならぬ雰囲気にどうしようかと頭を悩ませたけど、そんな彼を放っておけるほど私も薄情ではなかったらしい。意を決してイザナ君へと歩み寄り手を取る。
「家すぐ近くだから来て」
「…………」
嘘、本当はちょっと歩くけど。彼は私を見なかったが、無言は肯定と見なしてだらりと力のない手を引けば、案外大人しくついてきてくれたので安堵する。
そこから暫く歩いて家に着き、鍵で玄関を開ける。お母さん今日はパートだったか。居たらタオル持ってきて貰おうと思ったんだけど。イザナ君ほどではないが、私もびしょ濡れなので床濡れちゃうけど後で拭けばいいだろう。「ちょっと待っててね」と告げてバスタオルを取りに行く。駆け足で戻ってくると、玄関の床に腰を下ろして俯いて座り込んでいるイザナ君を持ってきたバスタオルで後ろから包んだ。本当はお風呂に入れてあげたいけど、この調子じゃ多分入れないだろう。話聞いて落ち着いたら入れてあげよう。てか寒いので私も早くお風呂入りたい。わしゃわしゃと髪を拭いてやっていると、されるがままのイザナ君から小さい声が漏れ出てきた。
「オレ…、真一郎と血繋がってないんだって……」
「!」
ああ、やっぱりそうだったのかと納得してしまった。正直、イザナ君は真一郎さんともマイキー君とも似ていない。それにイザナ君だけが施設に預けられた理由にも合点がいった。
「エマも妹じゃないって…、オレ独りぼっちだ…」
うわまじかよ。あれ、ドラケン君が言ってたけどエマちゃんってマイキー君の妹だったよね?つまりエマちゃんは真一郎さんとマイキー君と血は繋がってて、イザナ君だけが誰とも血が繋がっていない。激重展開じゃん…。
「なぁ…、オレ救えねぇだろ?」
「えっと…、私とお揃いだね!鶴蝶君も合わせて3人とも天涯孤独同士、支え合って生きていこうじゃないか!」
動揺した私に出来ることは彼を明るく励ますことだった。シーンと静まり返る場に、やべミスったかもと焦っていると、バスタオルでイザナ君を拭いていた手を掴まれる。ずっと下を向いていたイザナ君の目が私を射抜くかのように捉えていて、気付いた時には私は床に押し倒されていた。
「えっ、ちょ…」
「…オマエは今までずっと独りだろ」
おい失礼だな、とツッコミたかったが、とてもじゃないが言える雰囲気じゃないので口を紡ぐ。手首を掴まれ床に固定されているので起き上がれない状況にどうしようかと悩んでいると、私の頬に生暖かい雫が落ちてきた。イザナ君が泣いていた。
「オレだってはじめっから孤独だったら耐えられた。真一郎はオレを地獄に突き落としたんだ!」
「………」
彼の悲痛な叫びを聞いて、思い出したのは真一郎さんの話を幸せそうにするイザナ君の顔だった。あの時の彼は本当に希望に満ちた目をしていて、今私の上で涙を流す彼とは全くもって真逆だった。私が見る限り真一郎さんは本当にイザナ君を弟だと思って大事に接してきていたと思う。それでも何かがあって彼らはすれ違ってしまったんだろう。真一郎さんはそんなこと思ってないよ、なんて下手に私がフォローを入れても火に油を注ぐような行為なことは容易に想像出来たので、私は私が出来ることをするしかない。
「私には突然幸せが奪われる辛さとか分からないから理解は出来ないけど…、でも寄り添うことはできるよ」
「…は?」
「今は辛いだろうけどイザナ君、失った物ばかり数えるなよ。無いものは無い。考えてみなよ、きみにまだ残ってるものは何だ?」
「!」
やべ、動揺して思いっきり漫画の台詞をパクってしまっていた。キメ顔で言い終えた時にはもう遅く、イザナ君はどこか衝撃を受けたような顔をしていて、その目に涙はもう引っ込んでいた。
「……オレにはまだオマエらがいる」
「うん」
「…分かっちゃいるが、心が追いついてこねぇ」
「まだそれでいいよ。どうしても辛くて耐えられない時は、私と鶴蝶君を頼ってね。落ち着くまでずっとそばに居るから」
そこまで言って私はイザナ君に微笑みかけた。鶴蝶君の名前を勝手に使ってしまったが、きっと彼も本望だと思うので許して欲しい。イザナ君はどこか困ったような顔をして、その辺にあったバスタオルを手繰り寄せて私の顔面に放り投げた。
「あばっ!」
突然なことに変な声が漏れてしまう。前は見えないが上から重さが消えたので、イザナ君は退いたらしい。よかったやっと起きれる、と起き上がろうとすると、改めて手だけは固定された。これじゃ前も見えないのでさっきより悪化している。
「ちょ、何で」
「…… ハナ、」
優しい声だった。優しいけどどこか戸惑いを隠しきれないような声。そんな声で名前を呼ばれたので、思わず黙り込む。
「オマエの気持ち伝わったよ。……アリガトな」
「!?」
吃驚して何も声が出ない。え?あの暴君のイザナ君が私にお礼を言った…?衝撃的過ぎて解放された手に気付けないでいると、玄関がガチャりと鳴るのが聞こえて、慌ててバスタオルを剥ぎ取って起き上がる。しかし私の視界には玄関が閉まって狭まっていく外の景色に、思ったよりも遠くに行ってしまっているイザナ君の後ろ姿が映っていて。あんなに拭いたのにまた雨ざらしになるその姿は、私に追いかけてくるなと言いたいんだろう。バタン!と扉が閉まる。
「やっぱり余計なお世話だったのかもしれない…」
はあ、と溜息を吐く。お礼を言ってくれてはいたけど、私の言葉なんて彼に届きはしないだろう。彼は施設の子供達の誰よりも家族の愛に飢えていた。やっと現れた家族だと思って執着していた兄も、迎えに行くと約束していた妹も血の繋がらない他人だった。それが発覚した時の心の痛みなんて、誰にも分からない。他人が何を言ったところでそれは全て陳腐な言葉だ。
━━━━━━━━━
ジリジリと太陽の光が照りつける夏。あまりの暑さにエアコンのガンガン効いた部屋で引きこもっていたかったが、そういうわけにはいかなかった。お盆休みで毎年恒例の家族旅行に来ているからだ。沖縄サイコー。
「花子、次は水族館だからな」
「ジンベイザメ見たことある?とても大きいのよ」
「本当に?楽しみだなぁ」
普段仕事も頑張っていて休みの日なのにレンタカーを運転してくれているお父さん。助手席ではお母さんが身振り手振りでジンベイザメの大きさを語ってくれている。天然かよ、可愛い。この2人私には勿体ないくらい優しい夫婦だった。本当の娘のように接してくれている。
ふと窓へ顔を向ければ、綺麗な海が見えたので写真を撮る。イザナ君に送ってやろう。あとさっきお母さんにアイスを食べているところを盗撮されたのでそれも送ってやろう。食テロじゃ。すると思いの外、早く返事がきた。『ぶっさいくな顔』とだけ書かれた画面に、内容は許せないが安堵する。たびたびどうでもいい内容を送っては彼の生存確認をしていた。携帯を閉じて再び両親の方へ向く。
「え、」
声が漏れ出た次の瞬間に、かつてない衝撃が全身を襲った。
━━━知らない天井だ。
まだ覚醒しない意識でまず最初に思うことがそれだなんて、私の頭の中はよっぽどおめでたいらしい。真っ白い天井から視線を動かす。消毒液の匂いが鼻腔をくすぐる。どうやらここは病院らしい。あれ?何で病院にいるんだっけ…。カーテンで仕切られているわけではなく、個室らしいので誰にも話しかけることは出来ない。起き上がろうと身体を動かせば、全身が痛かった。頑張れば動けるかもしれないけど、身体がとても重くてしんどい。
さて、どうしようかと揺らぐカーテンの隙間から外の景色を眺めていると、ドアをスライドする音が聞こえた。咄嗟にそちらへと顔を向ける。そこには若い男がいた。
「…目が覚めたか」
誰だこの人。ビシッとしたスーツに身を包み、眼鏡をかけている。いかにもインテリのオーラを醸し出す男はさして私に興味もなさそうな目を向けると、ベッドの脇の椅子に腰を下ろした。
「俺はお前の父方の叔父…、ああでも血は繋がってないんだったな」
「えっと…?」
「よそのガキなんかよくもまあ引き取ったよな。結果的に自分自身は死んで、俺に余計な物を残したわけだが」
「は?」
独り言のように落とされた言葉に、息が詰まる。そこでふと記憶が蘇ってきた。迫ってくるトラック。けたたましく鳴るクラクションの音。父親と母親の叫びが聞こえて。私を庇うように母親が後部座席に座る私へと両手を伸ばしてきて…。
「思い出したか?2人とも死んだよ」
「………」
「母親がお前を庇わなきゃ多分お前も死んでただろうな。……ったく余計なことを」
さっきからこの人めちゃくちゃ私に冷たいんだけど。悪意を隠す気もないから本当に私が邪魔なんだろう。
「退院したらお前は俺が引き取ることになったから」
「…え?」
男の言葉に困惑する。
「俺にも世間体があるんだよ。18になるまでは面倒見る。高校にも入れてやる。けど高校卒業したら就職するなり、結婚するなりさっさと出てけよ」
「はあ…」
なるほど、だからこの叔父を名乗る男は私を邪険に扱うのか。気の使われた身なりといい、世間体を気にするってことは、良いご身分なのだろう。終始色のない声で次から次へと残酷なことを伝えてくるんだけど、まじで私が前世記憶なしの女子中学生だったら発狂してると思う。まあ今までが今までだったけど、今度こそ普通に幸せになれると思ったんだけどなぁ。
「……泣かないんだな」
ふと投げ掛けられた言葉に咄嗟に叔父の方へ顔を向ければ、すぐに顔を顰められた。
「気味の悪い女」
普通泣くだろ、と吐き捨てるように言って叔父は病室から出て行った。いや泣いたら泣いたで絶対迷惑がるじゃん。これからお世話になるらしいから気を使ったのに。いちゃもんつけたいだけだと自己完結して、再び外の景色へと目を向ける。どうやら私はただでは幸せになれないらしい。やっぱり私の人生ハードモードだ。
「………イザナ君?」
私の声が届いたのか、イザナ君はちらりと私を一瞥するもすぐにその視界から外れてしまう。一瞬だけ交わった色のない目に、少しビビる。ただならぬ雰囲気にどうしようかと頭を悩ませたけど、そんな彼を放っておけるほど私も薄情ではなかったらしい。意を決してイザナ君へと歩み寄り手を取る。
「家すぐ近くだから来て」
「…………」
嘘、本当はちょっと歩くけど。彼は私を見なかったが、無言は肯定と見なしてだらりと力のない手を引けば、案外大人しくついてきてくれたので安堵する。
そこから暫く歩いて家に着き、鍵で玄関を開ける。お母さん今日はパートだったか。居たらタオル持ってきて貰おうと思ったんだけど。イザナ君ほどではないが、私もびしょ濡れなので床濡れちゃうけど後で拭けばいいだろう。「ちょっと待っててね」と告げてバスタオルを取りに行く。駆け足で戻ってくると、玄関の床に腰を下ろして俯いて座り込んでいるイザナ君を持ってきたバスタオルで後ろから包んだ。本当はお風呂に入れてあげたいけど、この調子じゃ多分入れないだろう。話聞いて落ち着いたら入れてあげよう。てか寒いので私も早くお風呂入りたい。わしゃわしゃと髪を拭いてやっていると、されるがままのイザナ君から小さい声が漏れ出てきた。
「オレ…、真一郎と血繋がってないんだって……」
「!」
ああ、やっぱりそうだったのかと納得してしまった。正直、イザナ君は真一郎さんともマイキー君とも似ていない。それにイザナ君だけが施設に預けられた理由にも合点がいった。
「エマも妹じゃないって…、オレ独りぼっちだ…」
うわまじかよ。あれ、ドラケン君が言ってたけどエマちゃんってマイキー君の妹だったよね?つまりエマちゃんは真一郎さんとマイキー君と血は繋がってて、イザナ君だけが誰とも血が繋がっていない。激重展開じゃん…。
「なぁ…、オレ救えねぇだろ?」
「えっと…、私とお揃いだね!鶴蝶君も合わせて3人とも天涯孤独同士、支え合って生きていこうじゃないか!」
動揺した私に出来ることは彼を明るく励ますことだった。シーンと静まり返る場に、やべミスったかもと焦っていると、バスタオルでイザナ君を拭いていた手を掴まれる。ずっと下を向いていたイザナ君の目が私を射抜くかのように捉えていて、気付いた時には私は床に押し倒されていた。
「えっ、ちょ…」
「…オマエは今までずっと独りだろ」
おい失礼だな、とツッコミたかったが、とてもじゃないが言える雰囲気じゃないので口を紡ぐ。手首を掴まれ床に固定されているので起き上がれない状況にどうしようかと悩んでいると、私の頬に生暖かい雫が落ちてきた。イザナ君が泣いていた。
「オレだってはじめっから孤独だったら耐えられた。真一郎はオレを地獄に突き落としたんだ!」
「………」
彼の悲痛な叫びを聞いて、思い出したのは真一郎さんの話を幸せそうにするイザナ君の顔だった。あの時の彼は本当に希望に満ちた目をしていて、今私の上で涙を流す彼とは全くもって真逆だった。私が見る限り真一郎さんは本当にイザナ君を弟だと思って大事に接してきていたと思う。それでも何かがあって彼らはすれ違ってしまったんだろう。真一郎さんはそんなこと思ってないよ、なんて下手に私がフォローを入れても火に油を注ぐような行為なことは容易に想像出来たので、私は私が出来ることをするしかない。
「私には突然幸せが奪われる辛さとか分からないから理解は出来ないけど…、でも寄り添うことはできるよ」
「…は?」
「今は辛いだろうけどイザナ君、失った物ばかり数えるなよ。無いものは無い。考えてみなよ、きみにまだ残ってるものは何だ?」
「!」
やべ、動揺して思いっきり漫画の台詞をパクってしまっていた。キメ顔で言い終えた時にはもう遅く、イザナ君はどこか衝撃を受けたような顔をしていて、その目に涙はもう引っ込んでいた。
「……オレにはまだオマエらがいる」
「うん」
「…分かっちゃいるが、心が追いついてこねぇ」
「まだそれでいいよ。どうしても辛くて耐えられない時は、私と鶴蝶君を頼ってね。落ち着くまでずっとそばに居るから」
そこまで言って私はイザナ君に微笑みかけた。鶴蝶君の名前を勝手に使ってしまったが、きっと彼も本望だと思うので許して欲しい。イザナ君はどこか困ったような顔をして、その辺にあったバスタオルを手繰り寄せて私の顔面に放り投げた。
「あばっ!」
突然なことに変な声が漏れてしまう。前は見えないが上から重さが消えたので、イザナ君は退いたらしい。よかったやっと起きれる、と起き上がろうとすると、改めて手だけは固定された。これじゃ前も見えないのでさっきより悪化している。
「ちょ、何で」
「…… ハナ、」
優しい声だった。優しいけどどこか戸惑いを隠しきれないような声。そんな声で名前を呼ばれたので、思わず黙り込む。
「オマエの気持ち伝わったよ。……アリガトな」
「!?」
吃驚して何も声が出ない。え?あの暴君のイザナ君が私にお礼を言った…?衝撃的過ぎて解放された手に気付けないでいると、玄関がガチャりと鳴るのが聞こえて、慌ててバスタオルを剥ぎ取って起き上がる。しかし私の視界には玄関が閉まって狭まっていく外の景色に、思ったよりも遠くに行ってしまっているイザナ君の後ろ姿が映っていて。あんなに拭いたのにまた雨ざらしになるその姿は、私に追いかけてくるなと言いたいんだろう。バタン!と扉が閉まる。
「やっぱり余計なお世話だったのかもしれない…」
はあ、と溜息を吐く。お礼を言ってくれてはいたけど、私の言葉なんて彼に届きはしないだろう。彼は施設の子供達の誰よりも家族の愛に飢えていた。やっと現れた家族だと思って執着していた兄も、迎えに行くと約束していた妹も血の繋がらない他人だった。それが発覚した時の心の痛みなんて、誰にも分からない。他人が何を言ったところでそれは全て陳腐な言葉だ。
━━━━━━━━━
ジリジリと太陽の光が照りつける夏。あまりの暑さにエアコンのガンガン効いた部屋で引きこもっていたかったが、そういうわけにはいかなかった。お盆休みで毎年恒例の家族旅行に来ているからだ。沖縄サイコー。
「花子、次は水族館だからな」
「ジンベイザメ見たことある?とても大きいのよ」
「本当に?楽しみだなぁ」
普段仕事も頑張っていて休みの日なのにレンタカーを運転してくれているお父さん。助手席ではお母さんが身振り手振りでジンベイザメの大きさを語ってくれている。天然かよ、可愛い。この2人私には勿体ないくらい優しい夫婦だった。本当の娘のように接してくれている。
ふと窓へ顔を向ければ、綺麗な海が見えたので写真を撮る。イザナ君に送ってやろう。あとさっきお母さんにアイスを食べているところを盗撮されたのでそれも送ってやろう。食テロじゃ。すると思いの外、早く返事がきた。『ぶっさいくな顔』とだけ書かれた画面に、内容は許せないが安堵する。たびたびどうでもいい内容を送っては彼の生存確認をしていた。携帯を閉じて再び両親の方へ向く。
「え、」
声が漏れ出た次の瞬間に、かつてない衝撃が全身を襲った。
━━━知らない天井だ。
まだ覚醒しない意識でまず最初に思うことがそれだなんて、私の頭の中はよっぽどおめでたいらしい。真っ白い天井から視線を動かす。消毒液の匂いが鼻腔をくすぐる。どうやらここは病院らしい。あれ?何で病院にいるんだっけ…。カーテンで仕切られているわけではなく、個室らしいので誰にも話しかけることは出来ない。起き上がろうと身体を動かせば、全身が痛かった。頑張れば動けるかもしれないけど、身体がとても重くてしんどい。
さて、どうしようかと揺らぐカーテンの隙間から外の景色を眺めていると、ドアをスライドする音が聞こえた。咄嗟にそちらへと顔を向ける。そこには若い男がいた。
「…目が覚めたか」
誰だこの人。ビシッとしたスーツに身を包み、眼鏡をかけている。いかにもインテリのオーラを醸し出す男はさして私に興味もなさそうな目を向けると、ベッドの脇の椅子に腰を下ろした。
「俺はお前の父方の叔父…、ああでも血は繋がってないんだったな」
「えっと…?」
「よそのガキなんかよくもまあ引き取ったよな。結果的に自分自身は死んで、俺に余計な物を残したわけだが」
「は?」
独り言のように落とされた言葉に、息が詰まる。そこでふと記憶が蘇ってきた。迫ってくるトラック。けたたましく鳴るクラクションの音。父親と母親の叫びが聞こえて。私を庇うように母親が後部座席に座る私へと両手を伸ばしてきて…。
「思い出したか?2人とも死んだよ」
「………」
「母親がお前を庇わなきゃ多分お前も死んでただろうな。……ったく余計なことを」
さっきからこの人めちゃくちゃ私に冷たいんだけど。悪意を隠す気もないから本当に私が邪魔なんだろう。
「退院したらお前は俺が引き取ることになったから」
「…え?」
男の言葉に困惑する。
「俺にも世間体があるんだよ。18になるまでは面倒見る。高校にも入れてやる。けど高校卒業したら就職するなり、結婚するなりさっさと出てけよ」
「はあ…」
なるほど、だからこの叔父を名乗る男は私を邪険に扱うのか。気の使われた身なりといい、世間体を気にするってことは、良いご身分なのだろう。終始色のない声で次から次へと残酷なことを伝えてくるんだけど、まじで私が前世記憶なしの女子中学生だったら発狂してると思う。まあ今までが今までだったけど、今度こそ普通に幸せになれると思ったんだけどなぁ。
「……泣かないんだな」
ふと投げ掛けられた言葉に咄嗟に叔父の方へ顔を向ければ、すぐに顔を顰められた。
「気味の悪い女」
普通泣くだろ、と吐き捨てるように言って叔父は病室から出て行った。いや泣いたら泣いたで絶対迷惑がるじゃん。これからお世話になるらしいから気を使ったのに。いちゃもんつけたいだけだと自己完結して、再び外の景色へと目を向ける。どうやら私はただでは幸せになれないらしい。やっぱり私の人生ハードモードだ。