中学生編
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「出来た。花子、運ぶの手伝ってくれ」
「はーい!」
呼ばれたのでパタパタとスリッパの音をたてながら小走りでキッチンへ向かう。現在、叔父さんがお昼ご飯を作ってくれていた。この人の料理は身内の贔屓無しで美味しい。リクエストしたオムライスが盛り付けられたお皿を受け取り、なんとなしにそれに目を落としたのだが、まさかの光景に目を疑う。
「いや、ハートて…」
「?オムライスはハートが主流だろ」
そうそこには美味しそうなオムライスにケチャップで可愛らしくハートが描かれていた。嘘だろとギャップの暴力に唖然とする私に、さも当然のように宣うこの人は天然入ってるんだと思います。今は彼女いないっぽいけど、元カノの影響だろうか。
「叔父さんって今年いくつだっけ…」
「29だけど」
まじかよ、わっか。初対面の時から若いなと思っていたけど、予想以上だった。そうなると血の繋がらないお父さんとは10以上は歳離れてんじゃん。いいからさっさと座れ、と注意されたので言われるがまま椅子に座る。
「なんかごめんね…、20代でコブ付きにさせちゃって…。叔父さんの将来の妨げになってるよね」
申し訳なくて謝ると、叔父さんは食べる手を止めて私を見た。眉間に皺は寄りじっと私を睨んでいる……ように見えるが実は違う。この人はお父さんと違って目付きが悪いのでそう見えるだけだ。私もちょっと前までは目が合うだけで睨まれていると勘違いしていた。何か言いたげだが口の中に食べ物が入っている状態では喋れないので、その間もぐもぐとしながら私を見つめる。そして水を飲み込むとようやくその口を開いた。
「…余計な気を回しているようだが、お前が気にすることじゃない。第一、もう結婚はしない」
「えっ」
「なんだ」
「もしかして叔父さん…既婚者だったの?」
「…………」
その問い掛けに叔父さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。あまりにも触れて欲しくなさそうなその表情はもしかしてビンゴなのだろうか。重苦しいその空気がいたたまれなくて、空気を変えようと咄嗟にへらりと笑みを作る。
「ごめん、踏み込み過ぎたよね。答えなくて全然大丈夫です」
「お前が事故に遭った前日、離婚した。相手側の過失でな」
「か、過失ってもしかして不倫とか…?」
「…正直それ以降女はもう懲り懲りだ。だからお前は気にしなくていい」
叔父さんはそれだけ言うと再び食事を始めた。しかし私は告げられた衝撃的事実に固まってしまう。元奥さんの不倫で離婚して、その翌日に自分の身内が亡くなって、そして兄がまさかの養子を取ってましたっていうあまりにも濃すぎる出来事を2日にいっぺんに受けたのか…。初めて会ったあの日叔父さんは吃驚する程私に冷たかったけど、この人もこの人で余裕がなかったんだな。
「そんなにハートが嫌だったか」
「…え?」
「食いたくないんだろ」
「いやいや、違う違う!ちょっとさっきの話にビックリしちゃっただけ」
いただきますと手を合わせてから食べ始めれば、叔父さんは満足気に目を細めた。ハートが嫌で手を付けなかったと本気で思っていたらしい。ツンデレな上に天然とかキャラが濃いにも程がある。それに料理上手だし、若いのに役職持ちだし、タワマン住み。…あれ?叔父さんってハイスペック男子じゃない?
両親の一周忌の法要を済ませた後、行くところがあると途中で叔父さんと別れて私は真一郎さんのお墓参りに訪れていた。命日に来ることも考えたが、真一郎さんはあの人柄で多くの人から愛されていただろうから、花を供えられない可能性と知らない人とバッティングするのも嫌なので止めた。それに私は真一郎さんが優しかったばかりに彼がただ気にかけてくれただけの存在だ。それなら命日は他の彼に近しい人達に譲った方がいいだろう。
お花やらお線香やらを持って歩いていると、日もすっかり暮れ赤く染まった空の下、目的地には先客がいた。艶やかとしたウェーブのかかった黒髪を見て斜め後ろ姿ではあったが彼が誰なのかすぐに分かった。場地君だ。
足音なんて忍ばせずに歩いていたのに、彼が私に気付いた様子はない。真剣に手を合わせているので、私は彼が終わるまで待つことにした。5分くらいぼーっとしていると、もういいのか場地君は立ち上がった。最後に真一郎さんのお墓に向かって何かを言い、その場を後にしようとしたところで漸く私に気付いた彼はびくりと肩を震わせた。
「うおっ居たんなら声掛けろよ」
「邪魔しちゃ悪いかなって」
「あー…、別に気ィ使わなくていいっての」
場地君はバツが悪そうな顔をしながら私から目をそらす。そうは言うけどあの状況に水を指せるわけがない。お墓の前から退こうとしてくれた場地君は私の手荷物や服装に何を思ったかまじまじと見つめてきた。というか主に礼服を見てるような気がする。
「…やけに気合い入ってんな」
「多分勘違いしてるだろうから言うけど、法要の帰りなだけだから。…ついでみたいで真一郎さんには失礼かもしれないけど」
ま、真一郎さんなら笑って許してくれるだろ。むしろ来てくれてありがとなーとか言ってくれそう。全部想像の話だけど。場地君はというと小声で「ホーヨーってなんだ…?」と悩んでいた。両親の一周忌の帰りですって言っても良かったんだけど、それを聞いてあんまり良い気分にはならない人もいるだろうと控えたのだが、かえって悩ませてしまったようだ。
「そーいやオマエ真一郎君と知り合いだったんだよな」
「うん、仲良くしてもらってたよ」
「………」
聞いてきたのに場地君は黙り込んでしまったので、彼から顔を逸らしてお墓へ向き直りしゃがんでお花を供える。背後からの視線を感じたが話しかけてくる気配もない。それなら気にしても仕方がないのでお線香に火をつけてから線香皿へと入れた。そして手を合わせて目を閉じる。
正直、言いたいことは山ほどあった。マイキー君とエマちゃんとの思い出話とか。それでもあの兄妹が元気にやっていることの報告よりも、未だに音沙汰のないイザナ君のことが頭の中を占める。安らかに眠ってくださいと声を掛けるべきで願いごとなんてしてはいけないんだろうけど、イザナ君の無事を祈らずにはいられなかった。ごめんね、真一郎さん。私って友達1人救えない無力な人間なんだ。だからこう…なんていうか…イザナ君はこっちだよ!っていうテレパシー的なの送ってくれませんかね…?私は至って真剣なんだけど、こんなことを言ってはふざけていると笑い飛ばされてしまうだろうか。あまりにもアテがなさすぎて困り果てているので、真一郎さんには申し訳ないけど気が向いた時でいいので力を貸してくださいって一方的に約束を取り付けた。本当にごめんね、でもこれが私なんだわ。
しゃがんでいた状態から立ち上がり、帰ろうと振り返ると場地君がまだその場にいて吃驚して肩が震える。さっきの彼と同じことしてどーすんだ。
「帰ってなかったんだ」
「…………」
へらりと笑い掛けるも、彼はまた何も言わない。なんだなんだ、おセンチな気分なのか。どうしていいか分からないんだけどこの状態で放置して帰ったらさすがに怒られるかな、なんて思いつつ彼からのアクションを待っていると、場地君は私に目を合わせないままようやく口を開いた。
「…オレのこと恨んでるか?」
「どうして?」
「知ってんだろ」
しらばっくれんなよ、と鋭い双眸が私を捉える。彼の目付きの悪さはデフォなので決して睨んでいるわけではない。それにしても私の周り目付き悪い人ばっかだな。
彼が言いたいのは直接手を下していなくても真一郎さんの死に自分も関わっているから少なからず恨んでいるんじゃないかと言いたいんだろう。まさか場地君がそんなこと気にする子だとは思わなかったのでほんの少し驚いてしまう。家族であるマイキー君達に後ろめたさを感じているなら分かるが、他人の私に対してもそう思ってくれているとは正直意外である。彼にとって私は真一郎さんに近い存在に見えたのだろうか。
「恨んでなんかいないよ」
緊張感のある面持ちでじっと私を見つめる場地君に安心してくれと言わんばかりに笑顔を作った。これは本音だ。私は微塵も彼を恨んでなどいないし、恨んだこと自体一度もない。第一仮にそうだったとしても、場地君に恨みを吐いたところで何も変わらないしただただ彼を傷付けるだけだ。当たり前の話だが、そんなことをしたって真一郎さんは戻ってこない。
笑顔の私を見て場地君は少しだけ目を見張るも、すぐに視線を逸らされる。そしてそのまま背を向けたかと思いきや「…送ってく」とぶっきらぼうに言い残して、さっさと先へ行ってしまった。
置いてかれる前に早く追い掛けなきゃなぁ、なんて呑気に思いつつ、ふと最後に挨拶を忘れていたことを思い出し真一郎さんのお墓へ顔だけ向ける。
「それじゃまたね、真一郎さん」
もうすぐ貴方の命日できっと沢山の人が来るから、私の供えた花などすぐに埋もれてしまうだろう。それでも構わない。それは真一郎さんが多くの人に愛されている証拠なのだから。今度はイザナ君と来れるといいな、と仄かな願望を抱きつつ私はすっかり小さくなった場地君の後ろ姿を追い掛けた。
場地君に追いつくと彼は早く乗れと言わんばかりに己のバイクをくいっと顎で指した。よくよく考えたら礼服でバイク乗るのキツイな。フレアワンピースだったからまだ良かったけど、タイトだったら終わってた。よいしょ、と座るとすぐに場地君に青いヘルメットを被せられた。ストラップをほんの少し乱暴に調整してくれる場地君を盗み見ると仏頂面をしている。面倒見が良いのはいいことだが、もうちょっと優しく扱ってくれたら嬉しいんだけど。
「場地君」
「なんだよ」
「気に触るかも知れないけど、ちょっと聞いていい?」
「あん?」
調整が終わりカチリと音を立ててバックルをはめた後、場地君は怪訝な顔で私を見た。何かまた変なこと言い出すんじゃないだろうなとでも思われているんだろうか。そうだとしたら大変不本意だが私の被害妄想かもしれないので気にせず場地君を見上げながら問い掛けることにした。
「この前海へ遊びに行った時、きみの元気がなかったのは真一郎さん関係だったりする?」
「…真一郎君は関係ねぇ」
「そっか。じゃあ一虎君って子?」
「!!」
私から出た名前を聞いて場地君からは珍しく動揺が見て取れた。あービンゴかと確信する。
「…アイツに会ったことあんのか」
「ないよ。話でしか聞いたことない」
「………」
「あ、でも話したくなかったら全然答えなくていいから。困らせてごめんね」
黙り込んでしまった彼にへらりと笑いかける。関係ねぇだろと一蹴されるかと思いきや場地君は何も言わないので、真一郎さんのお墓参りの帰りだしやっぱりおセンチな気分なのかもしれない。気を使うべきなんだろうが以前の彼の様子が気になってしまってつい踏み込んでしまった。まぁ場地君も嫌なら答えないだろう。彼はそういう男だ……と思う。ドラケン君やマイキー君達と比べればそこまで関わりないから分かんないや。
「去年も皆で海行ったんだ。…そん中に一虎もいた」
ただそれを思い出してただけだ、そう続けた場地君はどこか遠くを見つめていた。聞いといてなんだが、彼が素直に答えてくれるとは思わなくて呆気をとられる。するとこれで満足かと言いた気な目が私へと向けられた。
「マイキー達に一虎の話はすんなよ」
「分かってるよ」
きっと一虎君の話題は仲間内でタブーなんだろう。まぁそれだけのことをしてしまったし仕方ないと言えば仕方ないのだろうが。
「手紙とかは書いてるの?」
「おー、千冬に手伝ってもらって何とかな」
「そうなんだ。私も少年院に入った友達に手紙書いたことあるよ」
「オマエ、ネンショー入ったダチいんのかよ」
「向こうは私のこと下僕だと思ってるけどね」
「んだそれ」
私の言葉に場地君は吹き出す。「どーいう関係だよ」と笑うものだから久しぶりに彼の笑顔を見たなぁとほんの少し嬉しくなった。ほらもう行くぞ、と場地君はバイクに跨る。話に夢中になっていて日が沈んでいることにようやく気付いた。呑気にも程がある。とんでもない排気音を轟かせてバイクは走り出す。この前の海の時もそうだが私が乗っているからとスピードをいつもより緩めてくれている彼の不器用な優しさにほっこりする。やっぱり背もたれがあると乗ってて楽だなぁと思いつつ流れる景色を見つめていた。
「はーい!」
呼ばれたのでパタパタとスリッパの音をたてながら小走りでキッチンへ向かう。現在、叔父さんがお昼ご飯を作ってくれていた。この人の料理は身内の贔屓無しで美味しい。リクエストしたオムライスが盛り付けられたお皿を受け取り、なんとなしにそれに目を落としたのだが、まさかの光景に目を疑う。
「いや、ハートて…」
「?オムライスはハートが主流だろ」
そうそこには美味しそうなオムライスにケチャップで可愛らしくハートが描かれていた。嘘だろとギャップの暴力に唖然とする私に、さも当然のように宣うこの人は天然入ってるんだと思います。今は彼女いないっぽいけど、元カノの影響だろうか。
「叔父さんって今年いくつだっけ…」
「29だけど」
まじかよ、わっか。初対面の時から若いなと思っていたけど、予想以上だった。そうなると血の繋がらないお父さんとは10以上は歳離れてんじゃん。いいからさっさと座れ、と注意されたので言われるがまま椅子に座る。
「なんかごめんね…、20代でコブ付きにさせちゃって…。叔父さんの将来の妨げになってるよね」
申し訳なくて謝ると、叔父さんは食べる手を止めて私を見た。眉間に皺は寄りじっと私を睨んでいる……ように見えるが実は違う。この人はお父さんと違って目付きが悪いのでそう見えるだけだ。私もちょっと前までは目が合うだけで睨まれていると勘違いしていた。何か言いたげだが口の中に食べ物が入っている状態では喋れないので、その間もぐもぐとしながら私を見つめる。そして水を飲み込むとようやくその口を開いた。
「…余計な気を回しているようだが、お前が気にすることじゃない。第一、もう結婚はしない」
「えっ」
「なんだ」
「もしかして叔父さん…既婚者だったの?」
「…………」
その問い掛けに叔父さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。あまりにも触れて欲しくなさそうなその表情はもしかしてビンゴなのだろうか。重苦しいその空気がいたたまれなくて、空気を変えようと咄嗟にへらりと笑みを作る。
「ごめん、踏み込み過ぎたよね。答えなくて全然大丈夫です」
「お前が事故に遭った前日、離婚した。相手側の過失でな」
「か、過失ってもしかして不倫とか…?」
「…正直それ以降女はもう懲り懲りだ。だからお前は気にしなくていい」
叔父さんはそれだけ言うと再び食事を始めた。しかし私は告げられた衝撃的事実に固まってしまう。元奥さんの不倫で離婚して、その翌日に自分の身内が亡くなって、そして兄がまさかの養子を取ってましたっていうあまりにも濃すぎる出来事を2日にいっぺんに受けたのか…。初めて会ったあの日叔父さんは吃驚する程私に冷たかったけど、この人もこの人で余裕がなかったんだな。
「そんなにハートが嫌だったか」
「…え?」
「食いたくないんだろ」
「いやいや、違う違う!ちょっとさっきの話にビックリしちゃっただけ」
いただきますと手を合わせてから食べ始めれば、叔父さんは満足気に目を細めた。ハートが嫌で手を付けなかったと本気で思っていたらしい。ツンデレな上に天然とかキャラが濃いにも程がある。それに料理上手だし、若いのに役職持ちだし、タワマン住み。…あれ?叔父さんってハイスペック男子じゃない?
両親の一周忌の法要を済ませた後、行くところがあると途中で叔父さんと別れて私は真一郎さんのお墓参りに訪れていた。命日に来ることも考えたが、真一郎さんはあの人柄で多くの人から愛されていただろうから、花を供えられない可能性と知らない人とバッティングするのも嫌なので止めた。それに私は真一郎さんが優しかったばかりに彼がただ気にかけてくれただけの存在だ。それなら命日は他の彼に近しい人達に譲った方がいいだろう。
お花やらお線香やらを持って歩いていると、日もすっかり暮れ赤く染まった空の下、目的地には先客がいた。艶やかとしたウェーブのかかった黒髪を見て斜め後ろ姿ではあったが彼が誰なのかすぐに分かった。場地君だ。
足音なんて忍ばせずに歩いていたのに、彼が私に気付いた様子はない。真剣に手を合わせているので、私は彼が終わるまで待つことにした。5分くらいぼーっとしていると、もういいのか場地君は立ち上がった。最後に真一郎さんのお墓に向かって何かを言い、その場を後にしようとしたところで漸く私に気付いた彼はびくりと肩を震わせた。
「うおっ居たんなら声掛けろよ」
「邪魔しちゃ悪いかなって」
「あー…、別に気ィ使わなくていいっての」
場地君はバツが悪そうな顔をしながら私から目をそらす。そうは言うけどあの状況に水を指せるわけがない。お墓の前から退こうとしてくれた場地君は私の手荷物や服装に何を思ったかまじまじと見つめてきた。というか主に礼服を見てるような気がする。
「…やけに気合い入ってんな」
「多分勘違いしてるだろうから言うけど、法要の帰りなだけだから。…ついでみたいで真一郎さんには失礼かもしれないけど」
ま、真一郎さんなら笑って許してくれるだろ。むしろ来てくれてありがとなーとか言ってくれそう。全部想像の話だけど。場地君はというと小声で「ホーヨーってなんだ…?」と悩んでいた。両親の一周忌の帰りですって言っても良かったんだけど、それを聞いてあんまり良い気分にはならない人もいるだろうと控えたのだが、かえって悩ませてしまったようだ。
「そーいやオマエ真一郎君と知り合いだったんだよな」
「うん、仲良くしてもらってたよ」
「………」
聞いてきたのに場地君は黙り込んでしまったので、彼から顔を逸らしてお墓へ向き直りしゃがんでお花を供える。背後からの視線を感じたが話しかけてくる気配もない。それなら気にしても仕方がないのでお線香に火をつけてから線香皿へと入れた。そして手を合わせて目を閉じる。
正直、言いたいことは山ほどあった。マイキー君とエマちゃんとの思い出話とか。それでもあの兄妹が元気にやっていることの報告よりも、未だに音沙汰のないイザナ君のことが頭の中を占める。安らかに眠ってくださいと声を掛けるべきで願いごとなんてしてはいけないんだろうけど、イザナ君の無事を祈らずにはいられなかった。ごめんね、真一郎さん。私って友達1人救えない無力な人間なんだ。だからこう…なんていうか…イザナ君はこっちだよ!っていうテレパシー的なの送ってくれませんかね…?私は至って真剣なんだけど、こんなことを言ってはふざけていると笑い飛ばされてしまうだろうか。あまりにもアテがなさすぎて困り果てているので、真一郎さんには申し訳ないけど気が向いた時でいいので力を貸してくださいって一方的に約束を取り付けた。本当にごめんね、でもこれが私なんだわ。
しゃがんでいた状態から立ち上がり、帰ろうと振り返ると場地君がまだその場にいて吃驚して肩が震える。さっきの彼と同じことしてどーすんだ。
「帰ってなかったんだ」
「…………」
へらりと笑い掛けるも、彼はまた何も言わない。なんだなんだ、おセンチな気分なのか。どうしていいか分からないんだけどこの状態で放置して帰ったらさすがに怒られるかな、なんて思いつつ彼からのアクションを待っていると、場地君は私に目を合わせないままようやく口を開いた。
「…オレのこと恨んでるか?」
「どうして?」
「知ってんだろ」
しらばっくれんなよ、と鋭い双眸が私を捉える。彼の目付きの悪さはデフォなので決して睨んでいるわけではない。それにしても私の周り目付き悪い人ばっかだな。
彼が言いたいのは直接手を下していなくても真一郎さんの死に自分も関わっているから少なからず恨んでいるんじゃないかと言いたいんだろう。まさか場地君がそんなこと気にする子だとは思わなかったのでほんの少し驚いてしまう。家族であるマイキー君達に後ろめたさを感じているなら分かるが、他人の私に対してもそう思ってくれているとは正直意外である。彼にとって私は真一郎さんに近い存在に見えたのだろうか。
「恨んでなんかいないよ」
緊張感のある面持ちでじっと私を見つめる場地君に安心してくれと言わんばかりに笑顔を作った。これは本音だ。私は微塵も彼を恨んでなどいないし、恨んだこと自体一度もない。第一仮にそうだったとしても、場地君に恨みを吐いたところで何も変わらないしただただ彼を傷付けるだけだ。当たり前の話だが、そんなことをしたって真一郎さんは戻ってこない。
笑顔の私を見て場地君は少しだけ目を見張るも、すぐに視線を逸らされる。そしてそのまま背を向けたかと思いきや「…送ってく」とぶっきらぼうに言い残して、さっさと先へ行ってしまった。
置いてかれる前に早く追い掛けなきゃなぁ、なんて呑気に思いつつ、ふと最後に挨拶を忘れていたことを思い出し真一郎さんのお墓へ顔だけ向ける。
「それじゃまたね、真一郎さん」
もうすぐ貴方の命日できっと沢山の人が来るから、私の供えた花などすぐに埋もれてしまうだろう。それでも構わない。それは真一郎さんが多くの人に愛されている証拠なのだから。今度はイザナ君と来れるといいな、と仄かな願望を抱きつつ私はすっかり小さくなった場地君の後ろ姿を追い掛けた。
場地君に追いつくと彼は早く乗れと言わんばかりに己のバイクをくいっと顎で指した。よくよく考えたら礼服でバイク乗るのキツイな。フレアワンピースだったからまだ良かったけど、タイトだったら終わってた。よいしょ、と座るとすぐに場地君に青いヘルメットを被せられた。ストラップをほんの少し乱暴に調整してくれる場地君を盗み見ると仏頂面をしている。面倒見が良いのはいいことだが、もうちょっと優しく扱ってくれたら嬉しいんだけど。
「場地君」
「なんだよ」
「気に触るかも知れないけど、ちょっと聞いていい?」
「あん?」
調整が終わりカチリと音を立ててバックルをはめた後、場地君は怪訝な顔で私を見た。何かまた変なこと言い出すんじゃないだろうなとでも思われているんだろうか。そうだとしたら大変不本意だが私の被害妄想かもしれないので気にせず場地君を見上げながら問い掛けることにした。
「この前海へ遊びに行った時、きみの元気がなかったのは真一郎さん関係だったりする?」
「…真一郎君は関係ねぇ」
「そっか。じゃあ一虎君って子?」
「!!」
私から出た名前を聞いて場地君からは珍しく動揺が見て取れた。あービンゴかと確信する。
「…アイツに会ったことあんのか」
「ないよ。話でしか聞いたことない」
「………」
「あ、でも話したくなかったら全然答えなくていいから。困らせてごめんね」
黙り込んでしまった彼にへらりと笑いかける。関係ねぇだろと一蹴されるかと思いきや場地君は何も言わないので、真一郎さんのお墓参りの帰りだしやっぱりおセンチな気分なのかもしれない。気を使うべきなんだろうが以前の彼の様子が気になってしまってつい踏み込んでしまった。まぁ場地君も嫌なら答えないだろう。彼はそういう男だ……と思う。ドラケン君やマイキー君達と比べればそこまで関わりないから分かんないや。
「去年も皆で海行ったんだ。…そん中に一虎もいた」
ただそれを思い出してただけだ、そう続けた場地君はどこか遠くを見つめていた。聞いといてなんだが、彼が素直に答えてくれるとは思わなくて呆気をとられる。するとこれで満足かと言いた気な目が私へと向けられた。
「マイキー達に一虎の話はすんなよ」
「分かってるよ」
きっと一虎君の話題は仲間内でタブーなんだろう。まぁそれだけのことをしてしまったし仕方ないと言えば仕方ないのだろうが。
「手紙とかは書いてるの?」
「おー、千冬に手伝ってもらって何とかな」
「そうなんだ。私も少年院に入った友達に手紙書いたことあるよ」
「オマエ、ネンショー入ったダチいんのかよ」
「向こうは私のこと下僕だと思ってるけどね」
「んだそれ」
私の言葉に場地君は吹き出す。「どーいう関係だよ」と笑うものだから久しぶりに彼の笑顔を見たなぁとほんの少し嬉しくなった。ほらもう行くぞ、と場地君はバイクに跨る。話に夢中になっていて日が沈んでいることにようやく気付いた。呑気にも程がある。とんでもない排気音を轟かせてバイクは走り出す。この前の海の時もそうだが私が乗っているからとスピードをいつもより緩めてくれている彼の不器用な優しさにほっこりする。やっぱり背もたれがあると乗ってて楽だなぁと思いつつ流れる景色を見つめていた。