中学生編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ハナちゃん考えすぎ!」
エマちゃんに爆笑された。意を決して相談したのに笑い飛ばされて面を食らってしまう。キョトンとしていると彼女は目に溜まった涙を指で拭っていた。笑い泣きするほどおかしな事を言った覚えはない。
佐野家にお呼ばれされていた私はエマちゃんと晩御飯の支度をしている最中にこの前あったことを打ち明けた。気紛れで東卍の集会場所に訪れた時の話だ。マイキー君の普段とは違う態度に、なんか子供が親離れした母親の気分を味わったことを告げればエマちゃんは吹き出した。
一頻り笑った彼女は涙を拭い終えると、ようやくその目に私を映した。澄んだ優しい色をしていた。
「マイキーはマイキーだよ」
「分かってはいるんだけどさ〜」
「じゃあどうして?」
「彼にも面子ってもんがあるし、私がそれを壊しちゃうんじゃないか心配なんだよ」
だからもう集会で会いに行くことはないかな、ぽつりと呟けば「えー!」と残念そうな声を上げられた。
「深く考えないでいつも通りにしてれば大丈夫なのに」
「うーん…」
「ほらウチもたまに行ってるしさ、なんなら今度は一緒に行こうよ」
「……まあ、エマちゃんがいるなら」
彼女からの熱い視線に渋々頷く。すると嬉しそうな顔で抱きつかれた。ハンバーグのタネをこねていて両手が塞がっているので抱き返すことは出来ない。ふわりと花の香りがして良い匂いだな、なんて変態くさいことを考えていた。
「へへ、ハナちゃんってホントにウチとマイキーには甘いよね」
私を抱きしめる腕を緩めると、エマちゃんは私がこねていたハンバーグのタネを手に取りぺちぺちと空気を抜く作業に入った。悪戯が成功したような幼さの残る笑みを浮かべる彼女の横顔を見て、私は行方不明の゙彼゙を思い出していた。
過去に何度も彼女にイザナ君のことを聞こうと試みた。けれど何故か頭の中で警報がけたまましく鳴るのだ。聞いてはならない、とどこからか介入されているような不快感がしてどうにも敵わない。イザナ君が家族になるはずだったマイキー君やエマちゃんと部外者である私が仲良くしているこの状況を彼が見たらどう思うだろう。いけないことだと分かっているのに、どうにも心地よくて手放すことが出来ずに甘んじていた。私はこの兄妹のことも、イザナ君のことも大切だし好きだ。どちらとも一緒にいたいと欲深いことを考えてしまう。それでもいずれ来るであろう選択の時、私はどちらかを取らなくてはならないのだろうか。
「ハナ!」
「っ!」
突然目の前に現れたドアップのマイキー君の顔に吃驚して軽く仰け反る。
「な、なに?」
「なに?じゃねぇよ。呼んでんのにボーッとして全然返事してくれねーし!」
「ごめん…」
ぷんすこ怒ってる彼に反射的に謝る。香ばしい匂いに気付いてコンロの方を向けば、エマちゃんがハンバーグを焼いてくれていた。私の手にはスポンジが握られている。すげぇ、無意識にまな板洗ってたわ。
「あれ、マイキー君いつ帰ってきたの?」
「はあ?さっきただいまって言ったじゃん」
「…まじか。エマちゃんに見惚れてて気付かなかったわ」
どうやら色々と思い耽っているうちに、帰宅したマイキー君は私達がいるキッチンにただいまと言いに来てくれていたらしい。それで私が何の反応も示さないから怒ってるってわけだ。そりゃ怒るわ。「マイキーに意地悪してるのかと思った」なんてハンバーグの焼き加減を見ているエマちゃんの呆れた声が飛んでくる。彼に意地悪なんてしたら後が面倒くさいので故意でやるわけない。
「…おかえり」
「遅せぇよ!」
何とか流せないかなと思って言ってみたが、ダメだったらしい。頬をぷくっと膨らませているマイキー君が特攻服を着ていることに気付く。身なりはこの前の集会の時と一緒なのに本当に同一人物かと疑ってしまうくらい目の前の彼は子供らしい態度だ。…まあ、こっちの顔が私の知るマイキー君なのだが。普段がこうだからそりゃ総長モードの彼を見て戸惑っちゃうのも無理ないだろ。
「とりあえず着替えてきなよ」
「えー…、メンドクサイ」
「いいから、もうご飯出来るから早くして」
「……ウン」
引っ込んで行った彼の背中を見て苦笑が漏れる。私が促したら渋ったくせに妹にはてんで弱いな。「あ!」と声がして振り返れば、着替えに行ったはずのマイキー君がドタドタと足音をたてて戻ってきた。
「今日泊まってくんだろ?」
「そのつもりだけど」
「やった!朝までゲームしようぜ」
「えっ…」
「約束な!」
さっきまでふくれっ面で怒っていたとは思えない無邪気な笑顔を浮かべてから、私の返事も待たずに一方的な約束を取り付けたマイキー君は再び引っ込んで行った。普通にエマちゃんの部屋で寝るつもりだったんだけど…。
「ゲームってなにするんだろ…」
「多分人生ゲームかUNOじゃない?」
「その2つでオールはしんどいなあ〜」
せめてテレビゲームがよかった。マリパとか桃鉄のが絶対楽しいけど、この家にないもんなあ。困っていると盛りつけをしていたエマちゃんがふふっと柔らかく笑った。「どうしたの?」と聞けば彼女は微笑んだまま私へ顔を向けた。
「マイキーが楽しそうで嬉しいなぁって」
「楽しそう?」
「うん!ハナちゃんがいてくれてよかった」
「これからもマイキーのことお願いね」
「───……」
贔屓目なしに見ても満点の笑顔に釘付けになる。大切な人を想う優しい笑みだった。きっとそこまで深くは考えていないであろうその言葉が深く胸に突き刺さる。
きみは真一郎さんと同じことを言うんだね。あの人と交した最後の言葉が蘇ってくる。私にとっての遺言になったそれに近しいことをお願いしたエマちゃんへ手を伸ばし私は後ろから彼女を抱き締めた。
「え!?」
エマちゃんの驚いた声がそこそこ響く。それでも私は彼女から離れられないでいた。年月というのは早いもので真一郎さんが亡くなって来月で1年が経つ。人に託さないで自分であの子のことを見ていて欲しかった。エマちゃんも私にお願いしないで、ずっとマイキー君の近くにいてくれ。きっとそれが彼にとってかけがえのない幸せなのだから。
あっこれあすなろ抱きじゃん。と我に返るとエマちゃんの耳が真っ赤になっていることに気付いた。
「あー…、ガラじゃなかったよね。ごめん」
「い、いや…ちょっとビックリしただけ」
ぱっと解放すると振り返った彼女が照れ笑いをするので、自分でやったことなのにつられて照れてしまう。ちらちらと上目遣いで伺うその顔がとてつもなく可愛い。ドラケン君はいつもこんな気持ちなのかな。
「ハナちゃんって背高いよね。マイキーより高いし」
「まあ平均以上はあるよ。あの子に越えられる日はまだまだ先なんじゃないかなあ」
というか一生来ない気がする。真一郎さんはそこそこ身長あったけど、弟のマイキー君は髪は伸びてきてるけど身長は全然なんだよね。
「オレはこれから伸びんの」
「マイキー!」
「メシまだ?腹減ったんだけど」
いつの間にかに着替えて戻ってきたマイキー君が会話に入ってきた。つーか顔赤くね?と彼がエマちゃんへ近付くと彼女は肩をびくっと震わせた後に「もう出来たからテーブル拭いてきて!」と濡らした布巾をマイキー君へと投げる。容易くそれをキャッチするとマイキー君は納得いってなさそうな顔で「なんなんだよ…」と唇を尖らせながらキッチンを出て行った。
ウチらは運ぼっか、と振り返った彼女の頬はマイキー君が指摘した通りほんのり赤くなっていて。普段は絶対しない…というか私の初めての行動に色々察してくれたのかエマちゃんから何故抱き締めたのか聞いてくる気配はない。私のちょっとした感傷で困らせてしまった。ごめんねと心の中で密かに謝りながら、料理を運ぶ為にリビングへと向かうその小さな後ろ姿の後へ続いた。
「あっつ……」
寝苦しさで目が覚める。扇風機の緩い風など全く意味がないくらい、じっとりと汗をかいていて気持ちが悪い。仰向けのまま首だけ左右に動かせば、右にはマイキー君左にはエマちゃんが寝ていて、この兄妹の腕やら足が私に絡みついていた。こんな暑いのによくくっついていられるな。マイキー君に至っては私のことをお気に入りのタオルケットと勘違いしてるんじゃないだろうか。
どうして客間で雑魚寝しているんだっけと昨夜…というより朝方に近い記憶を辿れば、ふとあちらこちらに散らばっているUNOのカードが視界に入る。あ〜、エマちゃんの予想通り人生ゲームの後にUNOやったんだっけ。何故か私の圧勝が続き、この兄妹が揃ってふくれっ面をしていたのを思い出した。2人の勝負がつくのがあまりにも遅くてうとうとしてしまい、待ってるうちにおそらく眠ってしまったのだろう。それで今に至る…と。いやお前ら自分の部屋で寝ろよ。私用に敷かれた布団に3人は流石にキツいって。暑くて身動ぎをするも左右はぐっすりとしたままだ。どーしよ、二度寝も出来ないくらい暑っ苦しいんだけど。気持ちよさそうに寝ているので無理に起こすのは忍びない。
「…………」
詰みました。冬だったら両手に湯たんぽという最高だったであろうこの状況を打破する手立てなどない。こりゃ2人が起きるまで天井やら寝顔やらを眺めて待つしかないな、と思考を放棄した。
1時間くらい経っただろうか。マイキー君エマちゃん天井の順に視界をローテーションしていると、マイキー君の番で彼の睫毛が震えた。瞼がゆっくりと開かれ黒い瞳と目が合う。
「おはよう」
「……ん?ハナ…?」
「よかった、やっと起きてくれた。さっ早く離れてくれたまえ」
そう告げても彼は未だに微睡みの中なのか目はとろんとしたままだ。ふにゃふにゃとしたその顔は甘やかしたくなるくらい可愛らしいものだったが、自身が汗臭いことなど分かりきっていたので早く離れて欲しかったということもあり、彼がこのまま二度寝しないよう身体を軽く揺する。
「ほら、きみももう中学2年生なんだから離れなさい。ちょっとは恥ずかしいでしょ?」
「…ん〜……」
「こら目を閉じるな」
「ハナすげー汗かいてる…」
「分かってるなら早く離れなさいよ」
「だって眠いんだもん」
「じゃー抱っこしてきみの部屋まで運んであげるからそれで勘弁してよ」
「は?」
「えっ」
さっきまでのうとうとした顔はどこへやら、私の言葉が地雷だったのか突然真顔で聞き返される。なんだなんだ、抱っこはNGだったのか。
「オマエ、オレのこと抱っこ出来んの?」
「多分…?マイキー君50kgちょいくらいでしょ。やってみようか?」
「そーだけど。…その細ぇ腕じゃぜってー無理だろ」
眉根を寄せた彼に呆れ顔を向けられる。なるほど、私は彼に見くびられているようだ。論より証拠だ。どきなさい。そう言えばマイキー君に「えっマジでやんの?」と信じられないものを見るような目で見られたが、私からの圧に彼は渋々私を解放した。あっこのままトンズラしようかな、と一瞬頭に過ぎるが嘘つきだと罵られても後々面倒なので、私はエマちゃんが起きないようにそろそろと起き上がる。そうしてマイキー君の首と膝の裏に腕を回してそのまま立ち上がる。想像してたより重かったけど、とりあえずお姫様抱っこ出来ました。
「ほら、どうよ!」
「ホントにオマエ女…?」
「失礼だな」
とりあえずさっさとこのまま彼の部屋まで運んでしまおう。負けず嫌いの彼が今度はオレが抱っこする、なんて言いかねない。しかしそれは杞憂で終わり、マイキー君は寝起きでだるかったのかされるがままに私に身を預けていた。
「ねぇ、ハナ」
ふと名前を呼ばれ、咄嗟にマイキー君の顔を一瞥する。吸い込まれそうなほどに真っ黒な瞳が私を捉えていたが、そんな彼からすぐに目を反らして構わず目的地へ向かう。
「なに?」
「東卍に入ってよ」
「…は?」
何を言ってるんだこの子。
「マイキー君まだ寝ぼけてる?」
いくら私が(不本意だけど)ゴリラ女だからって、マイキー君にも女を暴走族のチームに入れちゃいけないって線引きくらい出来ているはずだ。ていうか普段の彼なら絶対言わないだろ。以前喧嘩に巻き込んでしまったとあれだけ悩んでいたのに。案の定私に抱えられている彼は揺れが心地よいのかうとうととしていた。
「だってそれならもっと一緒にいれるじゃん」
「!」
吃驚して思わず立ち止まる。眠そうな声でどんどんと小さくなっていく声は確かに私の耳に届いた。私の服の裾をいつの間にか遠慮がちに掴んでいたその手は力なくぽすんと彼のお腹の上に落ち、マイキー君はとうとう寝息までたてていた。すやすやと夢の中へと飛び立っていった彼を見下ろす。
前から思ってたけど何でこの子は私に懐いてるんだろう。彼に好かれるほど面白い人間ではないし、魅力だってない。ただの一般ピーポーだ。…これはあれだ。酔っ払いの戯言の似たようなものだと思って聞かなかったことにしよう。起きたらどうせ忘れてるだろうし。ふう、と1つ溜息を落として私は彼を部屋へ運ぶために再び歩を進めた。
エマちゃんに爆笑された。意を決して相談したのに笑い飛ばされて面を食らってしまう。キョトンとしていると彼女は目に溜まった涙を指で拭っていた。笑い泣きするほどおかしな事を言った覚えはない。
佐野家にお呼ばれされていた私はエマちゃんと晩御飯の支度をしている最中にこの前あったことを打ち明けた。気紛れで東卍の集会場所に訪れた時の話だ。マイキー君の普段とは違う態度に、なんか子供が親離れした母親の気分を味わったことを告げればエマちゃんは吹き出した。
一頻り笑った彼女は涙を拭い終えると、ようやくその目に私を映した。澄んだ優しい色をしていた。
「マイキーはマイキーだよ」
「分かってはいるんだけどさ〜」
「じゃあどうして?」
「彼にも面子ってもんがあるし、私がそれを壊しちゃうんじゃないか心配なんだよ」
だからもう集会で会いに行くことはないかな、ぽつりと呟けば「えー!」と残念そうな声を上げられた。
「深く考えないでいつも通りにしてれば大丈夫なのに」
「うーん…」
「ほらウチもたまに行ってるしさ、なんなら今度は一緒に行こうよ」
「……まあ、エマちゃんがいるなら」
彼女からの熱い視線に渋々頷く。すると嬉しそうな顔で抱きつかれた。ハンバーグのタネをこねていて両手が塞がっているので抱き返すことは出来ない。ふわりと花の香りがして良い匂いだな、なんて変態くさいことを考えていた。
「へへ、ハナちゃんってホントにウチとマイキーには甘いよね」
私を抱きしめる腕を緩めると、エマちゃんは私がこねていたハンバーグのタネを手に取りぺちぺちと空気を抜く作業に入った。悪戯が成功したような幼さの残る笑みを浮かべる彼女の横顔を見て、私は行方不明の゙彼゙を思い出していた。
過去に何度も彼女にイザナ君のことを聞こうと試みた。けれど何故か頭の中で警報がけたまましく鳴るのだ。聞いてはならない、とどこからか介入されているような不快感がしてどうにも敵わない。イザナ君が家族になるはずだったマイキー君やエマちゃんと部外者である私が仲良くしているこの状況を彼が見たらどう思うだろう。いけないことだと分かっているのに、どうにも心地よくて手放すことが出来ずに甘んじていた。私はこの兄妹のことも、イザナ君のことも大切だし好きだ。どちらとも一緒にいたいと欲深いことを考えてしまう。それでもいずれ来るであろう選択の時、私はどちらかを取らなくてはならないのだろうか。
「ハナ!」
「っ!」
突然目の前に現れたドアップのマイキー君の顔に吃驚して軽く仰け反る。
「な、なに?」
「なに?じゃねぇよ。呼んでんのにボーッとして全然返事してくれねーし!」
「ごめん…」
ぷんすこ怒ってる彼に反射的に謝る。香ばしい匂いに気付いてコンロの方を向けば、エマちゃんがハンバーグを焼いてくれていた。私の手にはスポンジが握られている。すげぇ、無意識にまな板洗ってたわ。
「あれ、マイキー君いつ帰ってきたの?」
「はあ?さっきただいまって言ったじゃん」
「…まじか。エマちゃんに見惚れてて気付かなかったわ」
どうやら色々と思い耽っているうちに、帰宅したマイキー君は私達がいるキッチンにただいまと言いに来てくれていたらしい。それで私が何の反応も示さないから怒ってるってわけだ。そりゃ怒るわ。「マイキーに意地悪してるのかと思った」なんてハンバーグの焼き加減を見ているエマちゃんの呆れた声が飛んでくる。彼に意地悪なんてしたら後が面倒くさいので故意でやるわけない。
「…おかえり」
「遅せぇよ!」
何とか流せないかなと思って言ってみたが、ダメだったらしい。頬をぷくっと膨らませているマイキー君が特攻服を着ていることに気付く。身なりはこの前の集会の時と一緒なのに本当に同一人物かと疑ってしまうくらい目の前の彼は子供らしい態度だ。…まあ、こっちの顔が私の知るマイキー君なのだが。普段がこうだからそりゃ総長モードの彼を見て戸惑っちゃうのも無理ないだろ。
「とりあえず着替えてきなよ」
「えー…、メンドクサイ」
「いいから、もうご飯出来るから早くして」
「……ウン」
引っ込んで行った彼の背中を見て苦笑が漏れる。私が促したら渋ったくせに妹にはてんで弱いな。「あ!」と声がして振り返れば、着替えに行ったはずのマイキー君がドタドタと足音をたてて戻ってきた。
「今日泊まってくんだろ?」
「そのつもりだけど」
「やった!朝までゲームしようぜ」
「えっ…」
「約束な!」
さっきまでふくれっ面で怒っていたとは思えない無邪気な笑顔を浮かべてから、私の返事も待たずに一方的な約束を取り付けたマイキー君は再び引っ込んで行った。普通にエマちゃんの部屋で寝るつもりだったんだけど…。
「ゲームってなにするんだろ…」
「多分人生ゲームかUNOじゃない?」
「その2つでオールはしんどいなあ〜」
せめてテレビゲームがよかった。マリパとか桃鉄のが絶対楽しいけど、この家にないもんなあ。困っていると盛りつけをしていたエマちゃんがふふっと柔らかく笑った。「どうしたの?」と聞けば彼女は微笑んだまま私へ顔を向けた。
「マイキーが楽しそうで嬉しいなぁって」
「楽しそう?」
「うん!ハナちゃんがいてくれてよかった」
「これからもマイキーのことお願いね」
「───……」
贔屓目なしに見ても満点の笑顔に釘付けになる。大切な人を想う優しい笑みだった。きっとそこまで深くは考えていないであろうその言葉が深く胸に突き刺さる。
きみは真一郎さんと同じことを言うんだね。あの人と交した最後の言葉が蘇ってくる。私にとっての遺言になったそれに近しいことをお願いしたエマちゃんへ手を伸ばし私は後ろから彼女を抱き締めた。
「え!?」
エマちゃんの驚いた声がそこそこ響く。それでも私は彼女から離れられないでいた。年月というのは早いもので真一郎さんが亡くなって来月で1年が経つ。人に託さないで自分であの子のことを見ていて欲しかった。エマちゃんも私にお願いしないで、ずっとマイキー君の近くにいてくれ。きっとそれが彼にとってかけがえのない幸せなのだから。
あっこれあすなろ抱きじゃん。と我に返るとエマちゃんの耳が真っ赤になっていることに気付いた。
「あー…、ガラじゃなかったよね。ごめん」
「い、いや…ちょっとビックリしただけ」
ぱっと解放すると振り返った彼女が照れ笑いをするので、自分でやったことなのにつられて照れてしまう。ちらちらと上目遣いで伺うその顔がとてつもなく可愛い。ドラケン君はいつもこんな気持ちなのかな。
「ハナちゃんって背高いよね。マイキーより高いし」
「まあ平均以上はあるよ。あの子に越えられる日はまだまだ先なんじゃないかなあ」
というか一生来ない気がする。真一郎さんはそこそこ身長あったけど、弟のマイキー君は髪は伸びてきてるけど身長は全然なんだよね。
「オレはこれから伸びんの」
「マイキー!」
「メシまだ?腹減ったんだけど」
いつの間にかに着替えて戻ってきたマイキー君が会話に入ってきた。つーか顔赤くね?と彼がエマちゃんへ近付くと彼女は肩をびくっと震わせた後に「もう出来たからテーブル拭いてきて!」と濡らした布巾をマイキー君へと投げる。容易くそれをキャッチするとマイキー君は納得いってなさそうな顔で「なんなんだよ…」と唇を尖らせながらキッチンを出て行った。
ウチらは運ぼっか、と振り返った彼女の頬はマイキー君が指摘した通りほんのり赤くなっていて。普段は絶対しない…というか私の初めての行動に色々察してくれたのかエマちゃんから何故抱き締めたのか聞いてくる気配はない。私のちょっとした感傷で困らせてしまった。ごめんねと心の中で密かに謝りながら、料理を運ぶ為にリビングへと向かうその小さな後ろ姿の後へ続いた。
「あっつ……」
寝苦しさで目が覚める。扇風機の緩い風など全く意味がないくらい、じっとりと汗をかいていて気持ちが悪い。仰向けのまま首だけ左右に動かせば、右にはマイキー君左にはエマちゃんが寝ていて、この兄妹の腕やら足が私に絡みついていた。こんな暑いのによくくっついていられるな。マイキー君に至っては私のことをお気に入りのタオルケットと勘違いしてるんじゃないだろうか。
どうして客間で雑魚寝しているんだっけと昨夜…というより朝方に近い記憶を辿れば、ふとあちらこちらに散らばっているUNOのカードが視界に入る。あ〜、エマちゃんの予想通り人生ゲームの後にUNOやったんだっけ。何故か私の圧勝が続き、この兄妹が揃ってふくれっ面をしていたのを思い出した。2人の勝負がつくのがあまりにも遅くてうとうとしてしまい、待ってるうちにおそらく眠ってしまったのだろう。それで今に至る…と。いやお前ら自分の部屋で寝ろよ。私用に敷かれた布団に3人は流石にキツいって。暑くて身動ぎをするも左右はぐっすりとしたままだ。どーしよ、二度寝も出来ないくらい暑っ苦しいんだけど。気持ちよさそうに寝ているので無理に起こすのは忍びない。
「…………」
詰みました。冬だったら両手に湯たんぽという最高だったであろうこの状況を打破する手立てなどない。こりゃ2人が起きるまで天井やら寝顔やらを眺めて待つしかないな、と思考を放棄した。
1時間くらい経っただろうか。マイキー君エマちゃん天井の順に視界をローテーションしていると、マイキー君の番で彼の睫毛が震えた。瞼がゆっくりと開かれ黒い瞳と目が合う。
「おはよう」
「……ん?ハナ…?」
「よかった、やっと起きてくれた。さっ早く離れてくれたまえ」
そう告げても彼は未だに微睡みの中なのか目はとろんとしたままだ。ふにゃふにゃとしたその顔は甘やかしたくなるくらい可愛らしいものだったが、自身が汗臭いことなど分かりきっていたので早く離れて欲しかったということもあり、彼がこのまま二度寝しないよう身体を軽く揺する。
「ほら、きみももう中学2年生なんだから離れなさい。ちょっとは恥ずかしいでしょ?」
「…ん〜……」
「こら目を閉じるな」
「ハナすげー汗かいてる…」
「分かってるなら早く離れなさいよ」
「だって眠いんだもん」
「じゃー抱っこしてきみの部屋まで運んであげるからそれで勘弁してよ」
「は?」
「えっ」
さっきまでのうとうとした顔はどこへやら、私の言葉が地雷だったのか突然真顔で聞き返される。なんだなんだ、抱っこはNGだったのか。
「オマエ、オレのこと抱っこ出来んの?」
「多分…?マイキー君50kgちょいくらいでしょ。やってみようか?」
「そーだけど。…その細ぇ腕じゃぜってー無理だろ」
眉根を寄せた彼に呆れ顔を向けられる。なるほど、私は彼に見くびられているようだ。論より証拠だ。どきなさい。そう言えばマイキー君に「えっマジでやんの?」と信じられないものを見るような目で見られたが、私からの圧に彼は渋々私を解放した。あっこのままトンズラしようかな、と一瞬頭に過ぎるが嘘つきだと罵られても後々面倒なので、私はエマちゃんが起きないようにそろそろと起き上がる。そうしてマイキー君の首と膝の裏に腕を回してそのまま立ち上がる。想像してたより重かったけど、とりあえずお姫様抱っこ出来ました。
「ほら、どうよ!」
「ホントにオマエ女…?」
「失礼だな」
とりあえずさっさとこのまま彼の部屋まで運んでしまおう。負けず嫌いの彼が今度はオレが抱っこする、なんて言いかねない。しかしそれは杞憂で終わり、マイキー君は寝起きでだるかったのかされるがままに私に身を預けていた。
「ねぇ、ハナ」
ふと名前を呼ばれ、咄嗟にマイキー君の顔を一瞥する。吸い込まれそうなほどに真っ黒な瞳が私を捉えていたが、そんな彼からすぐに目を反らして構わず目的地へ向かう。
「なに?」
「東卍に入ってよ」
「…は?」
何を言ってるんだこの子。
「マイキー君まだ寝ぼけてる?」
いくら私が(不本意だけど)ゴリラ女だからって、マイキー君にも女を暴走族のチームに入れちゃいけないって線引きくらい出来ているはずだ。ていうか普段の彼なら絶対言わないだろ。以前喧嘩に巻き込んでしまったとあれだけ悩んでいたのに。案の定私に抱えられている彼は揺れが心地よいのかうとうととしていた。
「だってそれならもっと一緒にいれるじゃん」
「!」
吃驚して思わず立ち止まる。眠そうな声でどんどんと小さくなっていく声は確かに私の耳に届いた。私の服の裾をいつの間にか遠慮がちに掴んでいたその手は力なくぽすんと彼のお腹の上に落ち、マイキー君はとうとう寝息までたてていた。すやすやと夢の中へと飛び立っていった彼を見下ろす。
前から思ってたけど何でこの子は私に懐いてるんだろう。彼に好かれるほど面白い人間ではないし、魅力だってない。ただの一般ピーポーだ。…これはあれだ。酔っ払いの戯言の似たようなものだと思って聞かなかったことにしよう。起きたらどうせ忘れてるだろうし。ふう、と1つ溜息を落として私は彼を部屋へ運ぶために再び歩を進めた。