中学生編
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平年よりも早い梅雨明け。制服もすっかり衣替えシーズンである。しかし洗濯をするのを忘れて長袖のシャツに身を包んでいた私は燦々と降り注ぐ陽光に耐えきれずいつも通り袖を肘辺りまで折り曲げる。今日こそ箪笥から引っ張り出そうと先週辺りから毎日思ってはいるのだが、家に帰ると他のことをしたくてついうっかり忘れて朝を迎えてしまうのだ。下手したらこのまま本格的な夏を迎えて、且つ終えそうな予感まである。物臭な自分なら十分有り得るのが我ながら恐ろしい。
暑いのでさっさと帰ろうと足早に帰路につき、路地に差しかかったところで、なんというか嫌な場面に遭遇してしまった。
「てめーかぁ?最近長内とつるんでんのは」
「あんな大したことねぇヤツに従っても仕方ねぇから俺らのパシリにでもなれよ」
「………」
「何とか言えよ!ヒョロガリ眼鏡君よぉ!」
ガラの悪い男2人に対して、明らかに真逆の男の子が1人壁に追いやられている。何も言わない陰気な男の子のきっちりと着込んだブレザーから覗く細くて白い手首を不良の男が掴み上げた。少しだけ長い髪と眼鏡が邪魔をして表情は分かりにくかったが、確かにその顔は痛みで歪んでいた。
何か最近こんな面倒くさそうな場面に遭遇してばかりだ。無意識に舌を打つ。回れ右をしたくなる気持ちを何とか堪えて、私は大きく息を吸い込んだ。
「あーーっ!!UFOだぁ!!」
大声を出すと不良2人が驚いたのか肩を震わせた後に、慌てて私の方へと身体ごと振り返る。一気にこちらへと注意が向くが、構わず私は空を指差す。
「皆さん見て下さい!今、絶対にUFOいました!」
「……んだこのアマ」
「一緒に探してくれません?そんな下らねーことするより、よっぽど有意義ですよ」
「…あ?」
にっこりと笑みを作りながら棘のある言い方をしてやれば、不良2人はイラついたのか顔を顰める。
「お嬢ちゃん悪いことは言わねーから、さっさとどっか行って1人で探しな。俺らは俺らで楽しんでんの。余計な首突っ込むと痛い目見るぜ」
「自分より弱いって分かりきってる子を囲うのがそんなに楽しいか?」
「ああ!?」
今度は我慢出来なかったらしい。私の挑発にまんまと乗った不良2人は怒りで目を吊り上げ額に青筋を立てながらこちらへ近付いてきた。
「お嬢ちゃん、上等じゃねぇか!」
「せっかく忠告してやったのに、覚悟は出来てんだろうなぁ!」
うーん、このまま逃げるのもいいけど折角アレを貰ったし脅しに使えるかどうか試してみようかな。おそらく馬鹿にされるのがオチだろうが物は試しだ。
「いいんだな?それ以上近付くと最悪な目に合わせるけど」
そう言って学生鞄にぶら下がる以前叔父さんから貰った防犯ブザーを手に取る。こんな言い回しをしてはみたが、残念なことに紐を引っ張ってもメガ〇バニアは流れないんだけどね。普通に喧しい音が鳴るので出来ればとっとと消えて欲しい。不良2人は「…あ?」と防犯ブザーと私を交互に見て困惑する。しかし次第に私の顔のみをまじまじと穴が空くんじゃないかというくらい見て、何故か段々と顔色が青ざめていく。
「お、おい。この女もしかして…」
「っあぁ、間違いねぇ。聞いた話と一致してやがる…。俺らも病院送りにされっかも…」
「やべぇじゃねーか!さっさと行くぞ!」
「………は?」
なんかこっちまでよく聞こえる耳打ちしてんなと思ったら、背を向けて逃げてったんだけど。なんだ、聞いた話って。詳しく聞かせて欲しかったが早々に見えなくなった背中に溜息を落とす。なんとなく噂に尾ひれ背びれが付いて回ってそうな気がする。
どうすることも出来ないから気に病んでも仕方がないので、とりあえず陰気な男の子へと歩み寄る。
「きみ、暑くないの?」
「…………」
「私も大概だと思ってたんだけど、上には上がいるみたいだ」
空気を和らげる為にへらりと笑う。しかし彼は何も言わずに目を見張ったまま私を捉え続けていた。せめて何かしらの反応が欲しくて居心地の悪さを感じる。アイドルなどの美白なおねーさんとはまた違う不健康そうな青白い肌をさせているこの男の子は確かに不良には絶好のカモだよな、なんて失礼ながら先程絡まれていたことに納得してしまった。ふと頭の中に駆け巡る遠い昔に見たドラマの記憶。
「これは…私がプロデュースしなくちゃいけない展開なのか…?」
「……新宿の、鬼女…」
「へあっ!?」
あれって原作は男の子だったらしいんだよねなんて思っていると、今まで何も言わなかった男の子がとんでもないことを口にするもんだから、あまりにも衝撃的過ぎて吃驚して伝説の超野菜人みたいな声が出てしまった。
「えっ、ちょ………え?」
「合ってますよね?」
「…き、きみみたいな不良系?の界隈に無関係そうな子にまでそのクソダサい異名が広まってるの…?」
動揺しすぎて狼狽えまくったあげく、情けない声音で問い掛ける。なんだよ、不良系の界隈って。他にもっと良い言い回しあっただろうが、そんなことに頭を使えるほど余裕はなかった。じっと返事を促す為に眼鏡の奥のツリ目を見つめるも、彼もこちらに顔を向けているのにどうしてか視線は交わらない。
「いや、広まってないですよ。オレ実は不良に憧れてて、調べてたらあなたの情報にも行き着いただけです」
「不良に憧れてるの?」
「はい」
一般人には広まってない事実に安堵するよりも、また彼から耳を疑うような内容が飛んできたので思わず聞き返す。そこで愛想笑いで返事をされて、この暑い中ブレザーのジャケットまで羽織っている彼がますます分からなくなった。不良に絡まれていたし嫌うならまだしも憧れるなんて理解が出来なかったが、好みは人それぞれだし向いてないだろうから止めた方がいいなんて赤の他人の私から言われるのは余計なお世話だろう。そんなの口だけの偽善でしかない。彼の人生だ。人に迷惑かけない程度に好きに生きればいい。
「おい稀咲!」
ふと遠くから誰かを呼ぶ声がして咄嗟にそちらへ顔を向ける。ガラの悪そうな男がこちらへ近付いてくる様子もなく私達を見ていた。額に傷があるんだけど妖怪のフユニャンが過ぎってしまい、なんとか笑い堪える。「長内君…、」そうぽつりと目の前の男の子が呟いた。あっこの子の知り合いなのね。不良に憧れてると言っていたけど舎弟にでもなっているのだろうか。彼は長内と呼んだフユニャンから私の方へと向き直ると、口端を吊り上げた。目は、笑っていない。
「またお会いしましょう」
また、なんてあるのか。聞き返す前に男の子は長内の元へのろのろと駆けて行った。運動神経は良さそうには見えないので、やっぱり喧嘩とか向いてないんじゃないかと思うが、憧れちまったもんは仕方ないよね。心操君もそう言ってた。なんか今日色々なオタクネタがめっちゃ浮かんでくる。暑いから頭がいつも以上にオカシイのかもしれない。
「ということがあったので、しばらく大人しくしてようと思います」
挙手をしながら宣言すれば、呆れたような顔を向けられた。
「集会に来て言うことじゃねぇだろ」
ドラケン君に溜息混じりで言われる。そう、実は東卍の集会場所となっている神社に訪れていた。集会前ということもあり、あちらこちらにバイクに跨る隊員がいる。こえ〜。
「前来た時よりも随分とまたメンバーが増えたね」
「無視すんな」
「いでっ」
額を小突かれる。ヒリヒリと痛むそこを手で摩りながら、改めて辺りを見回す。やっぱメンバー増えたよな。知らない顔ばっかだわ。あんなカラフルなアフロいなかったもん。突然現れた女が副総長であるドラケン君と親しげにしているのが意外なのかちらちらと周囲からの視線が痛い。
「帰ります」
「…ハ?来たばっかじゃん」
「知らない人いっぱいいて落ち着かなくて…、ほら私人見知りなんで」
「つまんねー嘘つくなよ」
また額を小突かれた。軽くしてるつもりだろうがきみの力は強いんだからそんなに何回も小突かれると陥没するぞ。
「で?大人しくするって言ってっけど、実際に現場目の当たりにしてもスルー出来んの?」
「……で、でき…」
「出来ねぇよな」
「………」
彼の言う通りだった。今日なんて助けを求められてもいないのに、余計な首まで突っ込んでいた。何も言えないでいるとその様子が面白かったらしくドラケン君に「無理すんな」そう笑ってぽんぽんと頭を優しく叩かれる。…なんだろう、この久々に感じる年下扱い。
「きみ、私の年齢知ってるよね?」
「あ?1コ上だろ」
「知ってるならこの年下扱いはちょっと…」
「今更じゃね?」
うーん、確かに今更感はある。「ヤなの?」と次いで聞かれ、よくよく考えたら嫌ではなかったので首を横に振っておいた。我ながら面倒くさい女だ。いらない下りをしてしまった。
というかスルー出来ないならその場面に遭遇しないように表通りだけ通っていればいいのでは?近道しようと路地ばかり歩いてるからダメなんだ。秘策を思いついたので今度からそうしようと思う。これでもダメならどうしようもないので、私の人生を神様がハードモードに設定したと判断して諦めるしかない。
「マイキーのとこ行ってくれば?ここに来るなんて滅多にねーだろ」
「…確かにせっかく来たし会いに行ってみようかな」
ドラケン君に提案されてマイキー君の元へと向かうことにした。居るであろう場所を指差されたので、ついてきてくれないんだと寂しさを感じつつ周りからの視線を受けながら歩く。少しだけ遠巻きの隊員に囲まれながら、石段に腰掛けていたマイキー君へ近付くと彼もこちらに気付いたらしい。目が合うと彼は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに緩く笑みを作った。
「よぉ、ハナ」
「あっ…どうも…」
「顔出すなんて珍しいじゃん」
「あっ…ちょっと気が向いたといいますか…」
やべえ傍から見たら完全にコミュ障の話し方してるんだけど。正直私はマイキー君の様子に戸惑っていた。なんだろう、この感じ……。何とも形容し難いオーラを放つ彼を直視出来なくて視線を彷徨わせていると、何してんだアイツみたいな顔をしてる場地君と目が合った。隣には千冬君もいる。どうしよう、そっちに逃げたい。
「あー、2人とも久しぶりー」
感情というのは正直なもので私は逃げた。へらへらと笑いながら場地君と千冬君の元へ近付くと、思いっきり顔を顰められた。ビシビシと後ろから視線を感じる。うん、怖くて振り向けません。
「…こっち来んなよ」
「そんな冷たいこと言わずにお話しようよ」
「マイキーんとこ戻れって」
「ちょっと無理」
虫の鳴くような声で拒否すれば、今度は面倒くさそうな顔をされた。なんでだよ、一緒にペヤング半分コした仲じゃん。仲良くしようぜ。千冬君は千冬君で「ハナさんスゲー挙動不審でしたよ」なんていらんこと報告してくる。
「マイキー君ってあんなんだったっけ?」
「あん?前からあーだろ」
「そうかなあ〜…」
私が中3に上がったばかりの頃はまだあんなんじゃなかった気がする。この心境を例えるなら息子にお母さんから急におふくろって呼ばれたくらい余所行きの顔に戸惑っているって感じかな…。メンバーも増えたしマイキー君もそういう態度をしなくちゃいけないのだろうが、総長モードの彼はなんか遠い存在になったみたいで得意じゃないのだ。下手に気安く接して威厳とやらを損ねてしまっても申し訳ないし。仮に損ねた場合間違いなくマイキー君ガチ勢の目の前の彼が許さないだろう。
「やっぱ帰るわ…」
ボロを出す前に撤退した方が良い気がする。2人にそう告げてふらりと振り返れば、物凄い目で私を見ていたマイキー君と目が合う。確かにさっきの態度は悪かったし、そんな顔されても仕方ないなんて思いつつ彼に近付く。目の前まで行けばマイキー君は真っ黒な瞳で私を捉えていた。そんな彼にコンビニのビニール袋を差し出す。
「これ、差し入れ」
「…は?」
「あとで食べな」
近所のおばちゃんみたいな私の行動に目を少しだけ見張り驚いていて受け取る様子がないので、彼の手を取りそこに引っ掛ける。じゃあね、と告げて石段を降りていく。マジで何しに来たんだろう。暴走族の集会なんて気紛れで来るもんじゃない。男の子には男の子の世界があるのだから、女の私が気安く立ち入っていい場所じゃないんだな。なんとなく寂しさを感じつつ、ドラケン君に一言挨拶して私は帰路についた。
家に着いたくらいに1件の受診メールに気付いて開くと送り主はマイキー君で。差し入れに対するお礼とまた来いという文が画面に映し出されていた。ごめん、よっぽどのことがない限りもう行きません。
暑いのでさっさと帰ろうと足早に帰路につき、路地に差しかかったところで、なんというか嫌な場面に遭遇してしまった。
「てめーかぁ?最近長内とつるんでんのは」
「あんな大したことねぇヤツに従っても仕方ねぇから俺らのパシリにでもなれよ」
「………」
「何とか言えよ!ヒョロガリ眼鏡君よぉ!」
ガラの悪い男2人に対して、明らかに真逆の男の子が1人壁に追いやられている。何も言わない陰気な男の子のきっちりと着込んだブレザーから覗く細くて白い手首を不良の男が掴み上げた。少しだけ長い髪と眼鏡が邪魔をして表情は分かりにくかったが、確かにその顔は痛みで歪んでいた。
何か最近こんな面倒くさそうな場面に遭遇してばかりだ。無意識に舌を打つ。回れ右をしたくなる気持ちを何とか堪えて、私は大きく息を吸い込んだ。
「あーーっ!!UFOだぁ!!」
大声を出すと不良2人が驚いたのか肩を震わせた後に、慌てて私の方へと身体ごと振り返る。一気にこちらへと注意が向くが、構わず私は空を指差す。
「皆さん見て下さい!今、絶対にUFOいました!」
「……んだこのアマ」
「一緒に探してくれません?そんな下らねーことするより、よっぽど有意義ですよ」
「…あ?」
にっこりと笑みを作りながら棘のある言い方をしてやれば、不良2人はイラついたのか顔を顰める。
「お嬢ちゃん悪いことは言わねーから、さっさとどっか行って1人で探しな。俺らは俺らで楽しんでんの。余計な首突っ込むと痛い目見るぜ」
「自分より弱いって分かりきってる子を囲うのがそんなに楽しいか?」
「ああ!?」
今度は我慢出来なかったらしい。私の挑発にまんまと乗った不良2人は怒りで目を吊り上げ額に青筋を立てながらこちらへ近付いてきた。
「お嬢ちゃん、上等じゃねぇか!」
「せっかく忠告してやったのに、覚悟は出来てんだろうなぁ!」
うーん、このまま逃げるのもいいけど折角アレを貰ったし脅しに使えるかどうか試してみようかな。おそらく馬鹿にされるのがオチだろうが物は試しだ。
「いいんだな?それ以上近付くと最悪な目に合わせるけど」
そう言って学生鞄にぶら下がる以前叔父さんから貰った防犯ブザーを手に取る。こんな言い回しをしてはみたが、残念なことに紐を引っ張ってもメガ〇バニアは流れないんだけどね。普通に喧しい音が鳴るので出来ればとっとと消えて欲しい。不良2人は「…あ?」と防犯ブザーと私を交互に見て困惑する。しかし次第に私の顔のみをまじまじと穴が空くんじゃないかというくらい見て、何故か段々と顔色が青ざめていく。
「お、おい。この女もしかして…」
「っあぁ、間違いねぇ。聞いた話と一致してやがる…。俺らも病院送りにされっかも…」
「やべぇじゃねーか!さっさと行くぞ!」
「………は?」
なんかこっちまでよく聞こえる耳打ちしてんなと思ったら、背を向けて逃げてったんだけど。なんだ、聞いた話って。詳しく聞かせて欲しかったが早々に見えなくなった背中に溜息を落とす。なんとなく噂に尾ひれ背びれが付いて回ってそうな気がする。
どうすることも出来ないから気に病んでも仕方がないので、とりあえず陰気な男の子へと歩み寄る。
「きみ、暑くないの?」
「…………」
「私も大概だと思ってたんだけど、上には上がいるみたいだ」
空気を和らげる為にへらりと笑う。しかし彼は何も言わずに目を見張ったまま私を捉え続けていた。せめて何かしらの反応が欲しくて居心地の悪さを感じる。アイドルなどの美白なおねーさんとはまた違う不健康そうな青白い肌をさせているこの男の子は確かに不良には絶好のカモだよな、なんて失礼ながら先程絡まれていたことに納得してしまった。ふと頭の中に駆け巡る遠い昔に見たドラマの記憶。
「これは…私がプロデュースしなくちゃいけない展開なのか…?」
「……新宿の、鬼女…」
「へあっ!?」
あれって原作は男の子だったらしいんだよねなんて思っていると、今まで何も言わなかった男の子がとんでもないことを口にするもんだから、あまりにも衝撃的過ぎて吃驚して伝説の超野菜人みたいな声が出てしまった。
「えっ、ちょ………え?」
「合ってますよね?」
「…き、きみみたいな不良系?の界隈に無関係そうな子にまでそのクソダサい異名が広まってるの…?」
動揺しすぎて狼狽えまくったあげく、情けない声音で問い掛ける。なんだよ、不良系の界隈って。他にもっと良い言い回しあっただろうが、そんなことに頭を使えるほど余裕はなかった。じっと返事を促す為に眼鏡の奥のツリ目を見つめるも、彼もこちらに顔を向けているのにどうしてか視線は交わらない。
「いや、広まってないですよ。オレ実は不良に憧れてて、調べてたらあなたの情報にも行き着いただけです」
「不良に憧れてるの?」
「はい」
一般人には広まってない事実に安堵するよりも、また彼から耳を疑うような内容が飛んできたので思わず聞き返す。そこで愛想笑いで返事をされて、この暑い中ブレザーのジャケットまで羽織っている彼がますます分からなくなった。不良に絡まれていたし嫌うならまだしも憧れるなんて理解が出来なかったが、好みは人それぞれだし向いてないだろうから止めた方がいいなんて赤の他人の私から言われるのは余計なお世話だろう。そんなの口だけの偽善でしかない。彼の人生だ。人に迷惑かけない程度に好きに生きればいい。
「おい稀咲!」
ふと遠くから誰かを呼ぶ声がして咄嗟にそちらへ顔を向ける。ガラの悪そうな男がこちらへ近付いてくる様子もなく私達を見ていた。額に傷があるんだけど妖怪のフユニャンが過ぎってしまい、なんとか笑い堪える。「長内君…、」そうぽつりと目の前の男の子が呟いた。あっこの子の知り合いなのね。不良に憧れてると言っていたけど舎弟にでもなっているのだろうか。彼は長内と呼んだフユニャンから私の方へと向き直ると、口端を吊り上げた。目は、笑っていない。
「またお会いしましょう」
また、なんてあるのか。聞き返す前に男の子は長内の元へのろのろと駆けて行った。運動神経は良さそうには見えないので、やっぱり喧嘩とか向いてないんじゃないかと思うが、憧れちまったもんは仕方ないよね。心操君もそう言ってた。なんか今日色々なオタクネタがめっちゃ浮かんでくる。暑いから頭がいつも以上にオカシイのかもしれない。
「ということがあったので、しばらく大人しくしてようと思います」
挙手をしながら宣言すれば、呆れたような顔を向けられた。
「集会に来て言うことじゃねぇだろ」
ドラケン君に溜息混じりで言われる。そう、実は東卍の集会場所となっている神社に訪れていた。集会前ということもあり、あちらこちらにバイクに跨る隊員がいる。こえ〜。
「前来た時よりも随分とまたメンバーが増えたね」
「無視すんな」
「いでっ」
額を小突かれる。ヒリヒリと痛むそこを手で摩りながら、改めて辺りを見回す。やっぱメンバー増えたよな。知らない顔ばっかだわ。あんなカラフルなアフロいなかったもん。突然現れた女が副総長であるドラケン君と親しげにしているのが意外なのかちらちらと周囲からの視線が痛い。
「帰ります」
「…ハ?来たばっかじゃん」
「知らない人いっぱいいて落ち着かなくて…、ほら私人見知りなんで」
「つまんねー嘘つくなよ」
また額を小突かれた。軽くしてるつもりだろうがきみの力は強いんだからそんなに何回も小突かれると陥没するぞ。
「で?大人しくするって言ってっけど、実際に現場目の当たりにしてもスルー出来んの?」
「……で、でき…」
「出来ねぇよな」
「………」
彼の言う通りだった。今日なんて助けを求められてもいないのに、余計な首まで突っ込んでいた。何も言えないでいるとその様子が面白かったらしくドラケン君に「無理すんな」そう笑ってぽんぽんと頭を優しく叩かれる。…なんだろう、この久々に感じる年下扱い。
「きみ、私の年齢知ってるよね?」
「あ?1コ上だろ」
「知ってるならこの年下扱いはちょっと…」
「今更じゃね?」
うーん、確かに今更感はある。「ヤなの?」と次いで聞かれ、よくよく考えたら嫌ではなかったので首を横に振っておいた。我ながら面倒くさい女だ。いらない下りをしてしまった。
というかスルー出来ないならその場面に遭遇しないように表通りだけ通っていればいいのでは?近道しようと路地ばかり歩いてるからダメなんだ。秘策を思いついたので今度からそうしようと思う。これでもダメならどうしようもないので、私の人生を神様がハードモードに設定したと判断して諦めるしかない。
「マイキーのとこ行ってくれば?ここに来るなんて滅多にねーだろ」
「…確かにせっかく来たし会いに行ってみようかな」
ドラケン君に提案されてマイキー君の元へと向かうことにした。居るであろう場所を指差されたので、ついてきてくれないんだと寂しさを感じつつ周りからの視線を受けながら歩く。少しだけ遠巻きの隊員に囲まれながら、石段に腰掛けていたマイキー君へ近付くと彼もこちらに気付いたらしい。目が合うと彼は少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに緩く笑みを作った。
「よぉ、ハナ」
「あっ…どうも…」
「顔出すなんて珍しいじゃん」
「あっ…ちょっと気が向いたといいますか…」
やべえ傍から見たら完全にコミュ障の話し方してるんだけど。正直私はマイキー君の様子に戸惑っていた。なんだろう、この感じ……。何とも形容し難いオーラを放つ彼を直視出来なくて視線を彷徨わせていると、何してんだアイツみたいな顔をしてる場地君と目が合った。隣には千冬君もいる。どうしよう、そっちに逃げたい。
「あー、2人とも久しぶりー」
感情というのは正直なもので私は逃げた。へらへらと笑いながら場地君と千冬君の元へ近付くと、思いっきり顔を顰められた。ビシビシと後ろから視線を感じる。うん、怖くて振り向けません。
「…こっち来んなよ」
「そんな冷たいこと言わずにお話しようよ」
「マイキーんとこ戻れって」
「ちょっと無理」
虫の鳴くような声で拒否すれば、今度は面倒くさそうな顔をされた。なんでだよ、一緒にペヤング半分コした仲じゃん。仲良くしようぜ。千冬君は千冬君で「ハナさんスゲー挙動不審でしたよ」なんていらんこと報告してくる。
「マイキー君ってあんなんだったっけ?」
「あん?前からあーだろ」
「そうかなあ〜…」
私が中3に上がったばかりの頃はまだあんなんじゃなかった気がする。この心境を例えるなら息子にお母さんから急におふくろって呼ばれたくらい余所行きの顔に戸惑っているって感じかな…。メンバーも増えたしマイキー君もそういう態度をしなくちゃいけないのだろうが、総長モードの彼はなんか遠い存在になったみたいで得意じゃないのだ。下手に気安く接して威厳とやらを損ねてしまっても申し訳ないし。仮に損ねた場合間違いなくマイキー君ガチ勢の目の前の彼が許さないだろう。
「やっぱ帰るわ…」
ボロを出す前に撤退した方が良い気がする。2人にそう告げてふらりと振り返れば、物凄い目で私を見ていたマイキー君と目が合う。確かにさっきの態度は悪かったし、そんな顔されても仕方ないなんて思いつつ彼に近付く。目の前まで行けばマイキー君は真っ黒な瞳で私を捉えていた。そんな彼にコンビニのビニール袋を差し出す。
「これ、差し入れ」
「…は?」
「あとで食べな」
近所のおばちゃんみたいな私の行動に目を少しだけ見張り驚いていて受け取る様子がないので、彼の手を取りそこに引っ掛ける。じゃあね、と告げて石段を降りていく。マジで何しに来たんだろう。暴走族の集会なんて気紛れで来るもんじゃない。男の子には男の子の世界があるのだから、女の私が気安く立ち入っていい場所じゃないんだな。なんとなく寂しさを感じつつ、ドラケン君に一言挨拶して私は帰路についた。
家に着いたくらいに1件の受診メールに気付いて開くと送り主はマイキー君で。差し入れに対するお礼とまた来いという文が画面に映し出されていた。ごめん、よっぽどのことがない限りもう行きません。