中学生編
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午後の授業の合間の10分休憩中、事件が起こった。給食をおかわりしてお腹いっぱいで眠くなっていると、突然教室内がザワつく。どうしたんだ、と眠い目を擦りながら騒ぎの元である校庭が見える窓へと移動すれば、特攻服を着た大勢の男達がいた。あれ〜?あの特攻服見たことあるぞ〜?
「東卍の総長の女ァ!出て来いやァ!!」
この前は見かけなかったガタイのいい男が先頭に立つと、こちらの教室まで届くデカい声で叫んだ。他の連中を従えてるし、もしかしたらあの暴走族のリーダーなのかもしれない。リーダー(仮)のまさかの発言に血の気が引いていく。私はマイキー君の彼女ではないが、この前勘違いされていたしおそらく私のことを指しているのだろう。ええ〜、お礼参りに来る相手間違えてるだろ。名前までは知られていないだろうし、私が関わっているとバレたら内申に響くことは目に見えていたので、しらばっくれることにした。
席に戻ろうと踵を返すと「花子ちゃん、この前あの特攻服を着た人達と一緒に歩いてたよね」と同じクラスの女の子にとんでもないことを指摘されてしまった。その次の瞬間、クラス中の視線を一斉に受ける。どうしてもはぐらかしたかった私は「見間違えじゃない?」と苦笑を漏らすも、次いで「俺も見た…」「私も…」などと続けてどこからから出てくる声に、終わったと思った。5月の体育祭の時バラバラだったのに、お前らこんなところで団結力を発揮するな。
学校に持ってきていた携帯でとりあえずマイキー君にSOSのメールを送る。私に出来ることはこれしかない。クラス中に部外者だと見なされなかった私は窓から離れることも出来ずに、校庭の様子を見守る。すると学校の先生達が暴走族のチームを追い返す為に、校舎から出て校庭にいる彼らへと歩み寄って行った。おそらく警察には連絡済だろうが、生徒に悪影響だろうと立ち向かって行ってくれているのだろう。じりじりと躙り寄るその様子に、ここからは遠いが恐怖の色が見て取れた。
どの面下げてと思うだろうが、私はこの時先生を見直した。その中に担任の先生が含まれていて、あの人は地味で反抗する生徒に強く注意出来ないほど気の弱い人だったからだ。ハラハラと見守っていると、リーダー(仮)は見せしめと言わんばかりに近寄ってきた担任の先生に殴り掛かった。
「弱ぇくせに先公がしゃしゃり出てくんじゃねぇよ!!」
微かに聞こえた怒鳴り声と共に先生が殴る蹴るなど暴行を受けていく。それを見て私の中で何かが切れる音がした。
佐野万次郎が急いで来た時にはもう勝負は決していた。ざっと10人以上の特攻服を着た男達が校庭に転がっている。その中心には以前に伸したチームの総長の胸倉を掴みながら跨る1人の女がいた。その女が誰なのか万次郎はすぐに分かった。
「ハナ…、」
名前を呼ぶもその女、花子は何の反応も示さない。その近くには学校の教師なのか恐怖で身を震わせる中年の男がいる。「たすけて…」と死にそうな声で訴えかける総長の男を花子は容赦なく殴った。
「お前らが暴走行為するのはクソどうでもいいし、お前らの人生だから好きにしろ。だけど一般人を巻き込むなよ。そいつは筋違いだろ?」
胸倉を揺さぶられる男は狂ったように次々に謝罪の言葉を口にする。股間付近が濡れ失禁した男に軽蔑の眼差しを向けると花子は立ち上がり退いた。自分もその男を完膚なきまでに叩きのめしたが、ここまで恐怖の色に染め上げるとは万次郎は自分が来るまでに花子が何をしたのかとゾッとする。その足で花子は教師へと向かうと、短く悲鳴を漏らした教師に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
背を向けられているので万次郎から顔は見えないが、先程までの冷えた声が嘘のようにとても優しく心地よい声だった。教師は恐る恐る手を取ると、花子はそれを引き上げる。
「先生、すごく格好良かったです。たくさん怪我をしてしまったから、病院で診てもらった方がいいかもしれませんね」
花子はそう告げると教師が何かを言う前に今度は万次郎へと振り返った。その顔はいつも通りの表情でもなく、先程までの冷酷な表情でもなく、ただただ空虚だった。目が合うと、頬に返り血を浴びたその顔で彼女は作り慣れた笑顔を貼り付ける。
「急いで来てくれたのに、ごめん。見ての通り分かると思うけど、もう片付いちゃった」
「ハナ、オマエ……」
「…はは、やっちゃったよ。私の人生終わりだ」
次いで片手で頭を抱えたかと思えば倒れ込みそうになる花子を万次郎は慌てて支えた。仮に支えられることがある状況に陥ったら一言謝罪してすぐに離れていくであろう彼女はだらりと力ない様子のままだった。
「私だってこんなことしたくなかった。でも無関係の先生が殴られて我慢出来なかった」
「オマエは何も間違ってねぇ。なのに何で人生終わったとか言ってんだよ」
「終わりだよ。騒ぎを起こした時点で私はいらない子だから」
彼女の事情は兄である真一郎から聞いていた。事故を起こした後は龍宮寺から憶測の話ではあるがそれも聞いていた。聞いても楽しくないと考えている花子自身から家の事情を万次郎は聞いたことがないが、2人から予め聞いていたこともあり事情は理解していた。「施設に入れられる前に少年院かぁ…」と俯きながら独り言のような声量で言う花子の顔は見えない。けれど声は確かに震えていて、どんな顔してるかなんて嫌でも分かった。
警察のサイレンが遠くから聞こえる。万次郎の腕の中にいた花子は分かりやすく身体を震わせると、突き放すように万次郎の胸板を力いっぱい押した。
「行って」
「は?」
「呼び出しといて本当に申し訳ないけど、きみも疑われてしまうかもしれない。それは嫌だから早く逃げて」
「元はと言えばオレらの喧嘩の巻き添えくらったんだろ!ハナを置いて逃げられるかよ!」
「いいから逃げろって言ってるだろ!」
いつも飄々としている花子に初めて感情を剥き出しにして叫ばれて、万次郎は動揺した。それでも置いていけないと彼女へと近付く。すると先程まで恐怖で震えていた教師が花子の肩を抱き、万次郎を真っ直ぐと見つめた。
「彼女のことは私に任せて、君は無関係なのだから早く行きなさい」
「けど…、」
「大丈夫だ。私達の為に立ち向かってくれたこの子を少年院に入れたりなんかしない。上手く立ち回るさ」
だから早く行きなさい、そう次いで紡がれた言葉を聞いて、そのまま花子へと視線を移す。すると教師の言葉を聞いた彼女の瞳に光が戻る。花子はそれ以上何も言わなかったが、その様子に安堵した万次郎は教師に任せたと言わんばかりに頷いてその場を後にした。
やらかした。この一言に限る。私が現れたことで最初は威勢がよく掛かってきた男達の顔が徐々に怯えに変わっていく光景が頭から離れない。暴力行為を止めるだけならあそこまでやる必要はなかった。二度とやらないように言い聞かせる為とはいえ、戦意喪失したリーダーを殴ったことは自分でもどうかしていたと思う。恐怖に怯える担任の先生の顔を見てようやく我に返り、自分の犯した事実に目の前が真っ暗になった。正直気が気じゃなかったのであまり覚えていないが、SOSのメールに駆け付けてくれたマイキー君にも失礼な態度を取ってしまった。
…あ、マイキー君に連絡しなきゃ。今の時間は21時。親しくなければ配慮する時間だが、彼なら許してくれるだろう。ずっと弄ってなかった携帯を学生鞄から取り出す。画面を開けば、不在着信とメールが届いていた。全てマイキー君からだった。心配させてしまったと心を痛ませながら発信ボタンを押す。
『っハナ!?』
嘘だろ、1コール鳴り終わる前に出たぞ。明らかに切羽詰まった彼の声が端末越しに聞こえて、マジで申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「連絡遅れてごめん。今電話しても大丈夫?」
『マジで遅せぇ!どんだけ心配したと思ってんだよ!?』
彼は1コールで出た。おそらく携帯を肌身離さず持って私からの連絡をずっと待っていたのだろう。
「心配かけて本当にごめん!たくさん迷惑掛けたのに、配慮が足りてなかった」
『………』
謝るもマイキー君は黙ってしまった。彼がご立腹になるのも無理はない。自業自得でしかないのに、脳内ポンコツの私は他にどう謝ればいいか焦る。
「えっと…お詫びにどら焼き1年分で手を打ってもらえませんでしょうか…?まだバイト出来なくてお金ないんで、頑張って修行して私が作りますので…」
『…顔見て話してぇんだけど、今から会いに行ってもいい?』
「えっ」
アホなことを言い出す私を無視して彼から放たれた言葉は漫画でよく見る胸きゅん台詞だった。しかし胸きゅんどころかその台詞は私を困らせるもので、どう断ろうか頭を悩ませる。
「もう遅いし、今から来てもらうのは悪いよ」
『は?オレが会いてぇって言ってんの。悪いって思うんなら顔見せろよ』
「…えっと、」
『オマエの顔見て話さねぇと安心して夜眠れねぇ』
「………」
いつもなら子供っぽい言い分だと呆れるものだが、今はただただ罪悪感が募っていく。彼にここまで言わせたのは私だ。あの時の私は正気じゃなかった。きっと大層驚かせたことだろう。
「…よっぽど心配かけさせたよね。ごめんなさい、謝っても謝りきれないや」
『もう謝んな。オレはそんなんが聞きたいんじゃねぇ』
「会って説明したいんだけどさ、叔父さん家に帰ってきてるんだ。騒ぎ起こした直後に夜出掛けると今度こそ見放されちゃうと思う」
『………じゃあ明日会う。これ以上は譲らねぇから!』
電話で顔なんて見えないのに、彼がふくれっ面をしているのが容易に想像できて思わず笑ってしまう。すかさず『…なに笑ってんだよ』と咎められたので、先程までの謝罪とは打って変わって無意識に明るい声で「ごめんごめん」と口にしていた。
「先に報告させてもらうけど先生が警察にも叔父さんにも上手く説明してくれてさ、変わりなく今の生活続けられるよ」
『…そっか、カッケェ先生だったもんな』
「いやホントにそうなんだよ!」
あの人は凄い人だよ。不安で仕方がなかった私を、大丈夫だから安心しなさいって何度も励ましてくれた。正直惚れるかと思った。先生について熱く語り終えたところでマイキー君は『ふーん…』とつまらなそうだった。そりゃそうか、他校の先生なんか興味ないよね。しかし私の興奮は冷めない。
「いやぁ〜、先生が既婚者だったことが悔やまれるよね」
『…ハ?どーいうイミだそれ』
「花子、ちょっといいか」
「あ!叔父さん!」
軽くノックをしてから部屋のドアを開けた叔父さんに驚いて通話を切ってしまった。あ、やべ。…マイキー君には悪いが、やってしまったものは仕方がないので後でメールで謝ろう。叔父さんは無表情のまま「…邪魔したか?」と聞いてきたので、大丈夫だと首を横に振る。
「どうしたの?」
「…これ、余ってたから持ってろ」
部屋に入ってきた叔父さんに何かを手渡される。ピンク色の防犯ブザーだった。……え?戸惑いを隠しきれないまま顔を上げると、叔父さんはもういなくなっていた。まじかよ、足音全くしなかったぞ。明らかに新品の防犯ブザーへと再度視線を落とす。いつも帰宅してから外出することはなかったのに、晩ご飯を食べた後突然出掛けたから変だとは思っていたが、もしかしてこれを買いに行っていたのか?
「…………」
にやける口を手で覆う。1人でにやにやしてる絵面は相当気持ち悪いだろうが、どうしてもおさえられなかった。買い物から帰ってきて時間はそこそこ経っているから、渡すかどうか相当悩んでいたのだろう。不良を防犯ブザーで追い返せるはずもないので、これは正直役に立たない。けれどその思いやりがたまらなく嬉しかった。天国の血の繋がらないお父さんお母さん、ひょっとすると叔父さん(ツンデレ)と上手くやっていけるかもしれません。
「東卍の総長の女ァ!出て来いやァ!!」
この前は見かけなかったガタイのいい男が先頭に立つと、こちらの教室まで届くデカい声で叫んだ。他の連中を従えてるし、もしかしたらあの暴走族のリーダーなのかもしれない。リーダー(仮)のまさかの発言に血の気が引いていく。私はマイキー君の彼女ではないが、この前勘違いされていたしおそらく私のことを指しているのだろう。ええ〜、お礼参りに来る相手間違えてるだろ。名前までは知られていないだろうし、私が関わっているとバレたら内申に響くことは目に見えていたので、しらばっくれることにした。
席に戻ろうと踵を返すと「花子ちゃん、この前あの特攻服を着た人達と一緒に歩いてたよね」と同じクラスの女の子にとんでもないことを指摘されてしまった。その次の瞬間、クラス中の視線を一斉に受ける。どうしてもはぐらかしたかった私は「見間違えじゃない?」と苦笑を漏らすも、次いで「俺も見た…」「私も…」などと続けてどこからから出てくる声に、終わったと思った。5月の体育祭の時バラバラだったのに、お前らこんなところで団結力を発揮するな。
学校に持ってきていた携帯でとりあえずマイキー君にSOSのメールを送る。私に出来ることはこれしかない。クラス中に部外者だと見なされなかった私は窓から離れることも出来ずに、校庭の様子を見守る。すると学校の先生達が暴走族のチームを追い返す為に、校舎から出て校庭にいる彼らへと歩み寄って行った。おそらく警察には連絡済だろうが、生徒に悪影響だろうと立ち向かって行ってくれているのだろう。じりじりと躙り寄るその様子に、ここからは遠いが恐怖の色が見て取れた。
どの面下げてと思うだろうが、私はこの時先生を見直した。その中に担任の先生が含まれていて、あの人は地味で反抗する生徒に強く注意出来ないほど気の弱い人だったからだ。ハラハラと見守っていると、リーダー(仮)は見せしめと言わんばかりに近寄ってきた担任の先生に殴り掛かった。
「弱ぇくせに先公がしゃしゃり出てくんじゃねぇよ!!」
微かに聞こえた怒鳴り声と共に先生が殴る蹴るなど暴行を受けていく。それを見て私の中で何かが切れる音がした。
佐野万次郎が急いで来た時にはもう勝負は決していた。ざっと10人以上の特攻服を着た男達が校庭に転がっている。その中心には以前に伸したチームの総長の胸倉を掴みながら跨る1人の女がいた。その女が誰なのか万次郎はすぐに分かった。
「ハナ…、」
名前を呼ぶもその女、花子は何の反応も示さない。その近くには学校の教師なのか恐怖で身を震わせる中年の男がいる。「たすけて…」と死にそうな声で訴えかける総長の男を花子は容赦なく殴った。
「お前らが暴走行為するのはクソどうでもいいし、お前らの人生だから好きにしろ。だけど一般人を巻き込むなよ。そいつは筋違いだろ?」
胸倉を揺さぶられる男は狂ったように次々に謝罪の言葉を口にする。股間付近が濡れ失禁した男に軽蔑の眼差しを向けると花子は立ち上がり退いた。自分もその男を完膚なきまでに叩きのめしたが、ここまで恐怖の色に染め上げるとは万次郎は自分が来るまでに花子が何をしたのかとゾッとする。その足で花子は教師へと向かうと、短く悲鳴を漏らした教師に手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
背を向けられているので万次郎から顔は見えないが、先程までの冷えた声が嘘のようにとても優しく心地よい声だった。教師は恐る恐る手を取ると、花子はそれを引き上げる。
「先生、すごく格好良かったです。たくさん怪我をしてしまったから、病院で診てもらった方がいいかもしれませんね」
花子はそう告げると教師が何かを言う前に今度は万次郎へと振り返った。その顔はいつも通りの表情でもなく、先程までの冷酷な表情でもなく、ただただ空虚だった。目が合うと、頬に返り血を浴びたその顔で彼女は作り慣れた笑顔を貼り付ける。
「急いで来てくれたのに、ごめん。見ての通り分かると思うけど、もう片付いちゃった」
「ハナ、オマエ……」
「…はは、やっちゃったよ。私の人生終わりだ」
次いで片手で頭を抱えたかと思えば倒れ込みそうになる花子を万次郎は慌てて支えた。仮に支えられることがある状況に陥ったら一言謝罪してすぐに離れていくであろう彼女はだらりと力ない様子のままだった。
「私だってこんなことしたくなかった。でも無関係の先生が殴られて我慢出来なかった」
「オマエは何も間違ってねぇ。なのに何で人生終わったとか言ってんだよ」
「終わりだよ。騒ぎを起こした時点で私はいらない子だから」
彼女の事情は兄である真一郎から聞いていた。事故を起こした後は龍宮寺から憶測の話ではあるがそれも聞いていた。聞いても楽しくないと考えている花子自身から家の事情を万次郎は聞いたことがないが、2人から予め聞いていたこともあり事情は理解していた。「施設に入れられる前に少年院かぁ…」と俯きながら独り言のような声量で言う花子の顔は見えない。けれど声は確かに震えていて、どんな顔してるかなんて嫌でも分かった。
警察のサイレンが遠くから聞こえる。万次郎の腕の中にいた花子は分かりやすく身体を震わせると、突き放すように万次郎の胸板を力いっぱい押した。
「行って」
「は?」
「呼び出しといて本当に申し訳ないけど、きみも疑われてしまうかもしれない。それは嫌だから早く逃げて」
「元はと言えばオレらの喧嘩の巻き添えくらったんだろ!ハナを置いて逃げられるかよ!」
「いいから逃げろって言ってるだろ!」
いつも飄々としている花子に初めて感情を剥き出しにして叫ばれて、万次郎は動揺した。それでも置いていけないと彼女へと近付く。すると先程まで恐怖で震えていた教師が花子の肩を抱き、万次郎を真っ直ぐと見つめた。
「彼女のことは私に任せて、君は無関係なのだから早く行きなさい」
「けど…、」
「大丈夫だ。私達の為に立ち向かってくれたこの子を少年院に入れたりなんかしない。上手く立ち回るさ」
だから早く行きなさい、そう次いで紡がれた言葉を聞いて、そのまま花子へと視線を移す。すると教師の言葉を聞いた彼女の瞳に光が戻る。花子はそれ以上何も言わなかったが、その様子に安堵した万次郎は教師に任せたと言わんばかりに頷いてその場を後にした。
やらかした。この一言に限る。私が現れたことで最初は威勢がよく掛かってきた男達の顔が徐々に怯えに変わっていく光景が頭から離れない。暴力行為を止めるだけならあそこまでやる必要はなかった。二度とやらないように言い聞かせる為とはいえ、戦意喪失したリーダーを殴ったことは自分でもどうかしていたと思う。恐怖に怯える担任の先生の顔を見てようやく我に返り、自分の犯した事実に目の前が真っ暗になった。正直気が気じゃなかったのであまり覚えていないが、SOSのメールに駆け付けてくれたマイキー君にも失礼な態度を取ってしまった。
…あ、マイキー君に連絡しなきゃ。今の時間は21時。親しくなければ配慮する時間だが、彼なら許してくれるだろう。ずっと弄ってなかった携帯を学生鞄から取り出す。画面を開けば、不在着信とメールが届いていた。全てマイキー君からだった。心配させてしまったと心を痛ませながら発信ボタンを押す。
『っハナ!?』
嘘だろ、1コール鳴り終わる前に出たぞ。明らかに切羽詰まった彼の声が端末越しに聞こえて、マジで申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「連絡遅れてごめん。今電話しても大丈夫?」
『マジで遅せぇ!どんだけ心配したと思ってんだよ!?』
彼は1コールで出た。おそらく携帯を肌身離さず持って私からの連絡をずっと待っていたのだろう。
「心配かけて本当にごめん!たくさん迷惑掛けたのに、配慮が足りてなかった」
『………』
謝るもマイキー君は黙ってしまった。彼がご立腹になるのも無理はない。自業自得でしかないのに、脳内ポンコツの私は他にどう謝ればいいか焦る。
「えっと…お詫びにどら焼き1年分で手を打ってもらえませんでしょうか…?まだバイト出来なくてお金ないんで、頑張って修行して私が作りますので…」
『…顔見て話してぇんだけど、今から会いに行ってもいい?』
「えっ」
アホなことを言い出す私を無視して彼から放たれた言葉は漫画でよく見る胸きゅん台詞だった。しかし胸きゅんどころかその台詞は私を困らせるもので、どう断ろうか頭を悩ませる。
「もう遅いし、今から来てもらうのは悪いよ」
『は?オレが会いてぇって言ってんの。悪いって思うんなら顔見せろよ』
「…えっと、」
『オマエの顔見て話さねぇと安心して夜眠れねぇ』
「………」
いつもなら子供っぽい言い分だと呆れるものだが、今はただただ罪悪感が募っていく。彼にここまで言わせたのは私だ。あの時の私は正気じゃなかった。きっと大層驚かせたことだろう。
「…よっぽど心配かけさせたよね。ごめんなさい、謝っても謝りきれないや」
『もう謝んな。オレはそんなんが聞きたいんじゃねぇ』
「会って説明したいんだけどさ、叔父さん家に帰ってきてるんだ。騒ぎ起こした直後に夜出掛けると今度こそ見放されちゃうと思う」
『………じゃあ明日会う。これ以上は譲らねぇから!』
電話で顔なんて見えないのに、彼がふくれっ面をしているのが容易に想像できて思わず笑ってしまう。すかさず『…なに笑ってんだよ』と咎められたので、先程までの謝罪とは打って変わって無意識に明るい声で「ごめんごめん」と口にしていた。
「先に報告させてもらうけど先生が警察にも叔父さんにも上手く説明してくれてさ、変わりなく今の生活続けられるよ」
『…そっか、カッケェ先生だったもんな』
「いやホントにそうなんだよ!」
あの人は凄い人だよ。不安で仕方がなかった私を、大丈夫だから安心しなさいって何度も励ましてくれた。正直惚れるかと思った。先生について熱く語り終えたところでマイキー君は『ふーん…』とつまらなそうだった。そりゃそうか、他校の先生なんか興味ないよね。しかし私の興奮は冷めない。
「いやぁ〜、先生が既婚者だったことが悔やまれるよね」
『…ハ?どーいうイミだそれ』
「花子、ちょっといいか」
「あ!叔父さん!」
軽くノックをしてから部屋のドアを開けた叔父さんに驚いて通話を切ってしまった。あ、やべ。…マイキー君には悪いが、やってしまったものは仕方がないので後でメールで謝ろう。叔父さんは無表情のまま「…邪魔したか?」と聞いてきたので、大丈夫だと首を横に振る。
「どうしたの?」
「…これ、余ってたから持ってろ」
部屋に入ってきた叔父さんに何かを手渡される。ピンク色の防犯ブザーだった。……え?戸惑いを隠しきれないまま顔を上げると、叔父さんはもういなくなっていた。まじかよ、足音全くしなかったぞ。明らかに新品の防犯ブザーへと再度視線を落とす。いつも帰宅してから外出することはなかったのに、晩ご飯を食べた後突然出掛けたから変だとは思っていたが、もしかしてこれを買いに行っていたのか?
「…………」
にやける口を手で覆う。1人でにやにやしてる絵面は相当気持ち悪いだろうが、どうしてもおさえられなかった。買い物から帰ってきて時間はそこそこ経っているから、渡すかどうか相当悩んでいたのだろう。不良を防犯ブザーで追い返せるはずもないので、これは正直役に立たない。けれどその思いやりがたまらなく嬉しかった。天国の血の繋がらないお父さんお母さん、ひょっとすると叔父さん(ツンデレ)と上手くやっていけるかもしれません。