小学生編
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私は掲示板に貼られた今月の献立表を見て立ち尽くした。次いで隣の告知へと目を映す。それは施設内のイベントで長距離マラソンのお知らせだった。当日は私が目を奪われた献立と同じ日でもある。そこでふと思い付いてしまった。上がっていく口角をなんとかおさえ、私は普段つるんでる2人を探し始めた。
「というわけで勝負を持ち掛けさせていただきます」
「は?」
突拍子もない私の言葉に、自由研究の宿題で施設内で飼育されているメダカを観察していた鶴蝶君は目を丸くした。宿題の邪魔をして申し訳ないなという気持ちもあったが、食が絡んだ自分を抑えられなかった。
「今月の献立表見た?」
「見てねぇけど…。てか普段からそんな気にしてねぇ…」
「なんとケーキが出るんです!!」
「!!」
得意げに言い放つと、それを聞いた鶴蝶君は目を輝かせた。そうだよね、ケーキが嫌いな子供なんていない。精神年齢がすっかり大人の私でも大好きだもん。施設でケーキが出ることなんて本当に稀なので私のテンションはぶち上がっていた。
「ちなみに長距離マラソンがあるのは知っているね?」
「おう?」
「職員さんからの労いの気持ちからか、なんとケーキが出る日とマラソンの日が同じ日なんだ!」
「う、うん?」
「なのでケーキを賭けて私と勝負してください」
「ええ……」
提案を聞くと鶴蝶君はすごく微妙な顔をした。丸々1個は大人気ないので、(十分大人気ないのだが)ケーキ半分でどうよ!と打って出るも鶴蝶君の眉は顰められたままだ。
「ハナってそんな足速かったっけ?」
「ふっふっふ!ナメてもらっちゃ困るなあ!長距離マラソンに足の速さは関係ない、持久力の勝負なのだよ!その上で2年も過酷な状況を経ている私に死角はない!」
「(またハナの面倒くせぇスイッチ入った…)」
「…思い返せばとても辛く厳しい毎日だった…。雨の日も風の日も風邪引いてる時も捻挫してる時でさえ傷だらけになりながら稽古漬けの日々だった…。今は亡きおじいちゃんを憎らしいと思うこともあった…。しかし今では感謝している!何故なら私の勝ちは確定したも同然だからな!」
「るせぇから黙れ」
「いったあ!!」
背後から頭を引っぱたかれた。痛くて頭を抱えて蹲っていると、叩いた張本人のイザナ君はざまぁ見ろと言わんばかりに鼻で笑った。私を見下ろす彼も最初から巻き込むつもりだったので、向こうから来てくれたのはありがたい。食の絡んだ私はやっぱり強かったらしく頭の痛みが引かないまま、イザナ君にも勝負の話を持ち掛けた。
差が出ないように学校での持久走大会の結果を見た職員さんが学年ごちゃ混ぜでチーム分けをした表も貼り出してくれている。私達3人は同じチームに含まれていたので、直接勝敗を決することが出来るのだ。話を聞いたイザナ君は馬鹿馬鹿しそうな顔をして、踵を返してしまった。
「勝手に言ってろ。オレはやんねぇ」
「ふーーん?イザナ君ってば負けるのが怖いんだ?」
「………あ?」
イザナ君はぴくりと肩を震わせて立ち止まる。ゆらりと振り返って怒りの表情を露わにしている彼を見て、罠にかかったとほくそ笑んだ。
「別にいいよ?勝負して負けちゃったらケーキ食べれなくなっちゃうもんね?イザナ君は確実に1個は食べれる安パイ取っといた方がいいよ。勝負は私と鶴蝶君でやるから」
「オレやるなんて一言も言ってな…」
「乗ってやるよ」
鶴蝶君の言葉を食い気味に被せて言ったイザナ君は青筋を浮かべていた。普段ならビビり散らかす私だろうが、勝ちを確信していたので内心ガッツポーズをする。イザナ君と向き合って視線を交錯した瞬間、漫画でいうゴゴゴ…!という擬音と共に火花を散らす。その間で止めるべきかどうしていいか迷っている鶴蝶君には正直申し訳なかったと思う。
決戦の日がきた。
空は我々の勝負を待ち望んでいたかのように晴天の青………、ではなく嘘だろってくらい土砂降りの雨だった。昨日天気予報もしっかり確認して、お天気キャスターのお姉さんは晴れだって言っていたのに。
「これじゃあマラソン大会は中止ね」
カーテンの前で打ちひしがれていると、隣に来た職員さんが困ったように笑った。
「花子ちゃん、てるてる坊主たくさん作っていたのに残念だよね」
そうだ。すごく楽しみにしていた私は遠足を心待ちにしている子供のように、てるてる坊主を作りまくった。資源を無駄にするなという圧に耐えながら作ったというのに、この世に神様ってのはいないらしい。
とぼとぼと外が見える窓から離れる。話しかけてくれた職員さんに見守られている視線を感じながら、どこからか「いつになく年相応に楽しみにしていたのに、可哀想ね」と別の職員さんの話声が聞こえた。そうだよ、可哀想だろ。というわけでケーキ2個くれ。
行くところも決めていないので自室に籠るかと廊下を歩いていると、目の前をイザナ君が立ちはだかった。彼は心底面倒くさそうな顔をしている。
「鬱陶しいからガキみてーに落ち込んでんじゃねぇよ」
「…ガキだよ」
「開き直んな」
なんなんだ。面倒くさいなら放っておけばいいのに。絶賛不機嫌なのでスルーして彼の横を通り過ぎる。
「そういえばオマエ、随分ナメた口利いてたよなぁ?」
「あっ」
ぎくり、とした。確かに私はあの時ハイになっていたので、いつもなら考えられないほどイザナ君を挑発していた。聞こえなかったふりをしてそそくさと逃げようとするが、後ろにいたイザナ君に手首を掴まれて逃げるのを阻まれてしまった。あ、今日しぬわ。
「知ってるか?マラソンが中止になる代わりに、花札大会やることになったって」
「いや、聞いてないです…」
「オマエが売ってきた喧嘩、モチロンそっちに適用されるよな?」
「えっ」
何言ってんだと思わず振り返る。イザナ君は悪い顔をしていた。
「イザナ君って花札のルール分かるの?」
純粋な疑問だった。ていうか小学生が花札って、大分渋くない?テレビゲームとかそういう娯楽はここにはないから、ボードゲームやらカードゲームの種類はそこそこ豊富なのにあえての花札って。「さあな?」とはぐらかすイザナ君に無意識に眉が寄る。どうしよう、彼が全国大会レベルの腕の持ち主だったら。悩んでいるとイザナ君は口角を上げた。
「負けるのが怖ぇのか?」
「え?」
「人にあんだけ啖呵切っといてテメェはビビってんのかって言ってんだよ」
「…………」
同じことをされている。よっぽど彼は根に持っているらしい。私は負けず嫌いでもなんでもないので、正直彼の挑発に怒りなんて湧かなかった。プライドもないから負け犬扱いされても全く問題ない。
「別にいいかな…」
「あ?」
「なんかやる気も削がれちゃったし、勝負する気になれないや。ケーキは仲良く1個ずつ食べようよ」
どんどん萎えてしまった私は今になって何であんなにテンションぶち上がっていたんだろうと自分のことながら不思議だった。それじゃあ、とその場を後にしようとすると、イザナ君から掴まれたままだった手首が軋んだ。
「痛い!痛いって!!手首取れる!!」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ」
「ごめん!謝るから!調子こいて悪かったって!」
「勝負は?」
「する!します!だから離して!!」
叫ぶように宣言すれば、あっさり解放された。真っ赤になった手首を擦る。めっちゃ痛え。負傷したから棄権するって言ったら怒られるかな。言ったら今度こそ殺される未来しか見えないので黙っておく。
「負けたヤツは勝ったヤツの言うことを3日間聞くってのも追加な」
「は?ちょ何勝手に追加してんの」
「ケーキはオマエが決めたことだ。ならオレも1つ決める。じゃなきゃ不公平だろ?」
「もう好きにして…」
どうせダメって言っても聞かないんだろう。いつも間にかイザナ君の後ろにいた鶴蝶君が、あーあ言っちゃったっていう顔をしていた。私が負け確みたいな反応しないでくれ、縁起でもない。
結論から言うと負けた。精神年齢的にも負けるわけないと高を括っていたが、時間が経つにつれどんどん流れがイザナ君へ傾いていくから焦っていたこともあり、狙っていだ芒に月゙をトドメと言わんばかりに横からかっさらわれて、それを口元へと持っていき見せつけるようにしたり顔になったイザナ君を見て絶望した記憶しかない。ちくしょー顔がほんとにいいな。勝負が決してから時計へ目をやったかと思えば「15時33分だから3日後のこの時間までオマエはオレの奴隷な」なんて言い始めた。嘘でしょ、吃驚するほどみみっちいじゃん。下僕から奴隷へと階級が繰り下がったことに嫌な予感がしたが、まあなんというか彼は期待を裏切らなかった。
花札大会が終わり、彼の言い付け通りイザナ君の斜め後ろを歩く。既にしんどい。イザナ君は食堂も兼ねている多目的ホールに来たかと思えば、どかっと椅子に座った。
「おい、肩を揉め」
「…はい」
有無を言わせない命令に従う。肩へと手をやれば普通に柔らかい。お前別に肩凝ってないだろ。
「後で宿題渡すから、それもやっとけよ」
コイツ前世ジャイアンなんじゃねえの?困惑しつつも返事をすれば、気を良くしたのかイザナ君は鼻で笑った。珍回答書いてやろうかと本気で思った。
「い、イザナ… ハナ可哀想だしやめてやれよ」
「あ?」
追いかけてきた鶴蝶君が控えめに抗議してくれた。もしかして彼は天使なのかもしれない。しかしそんな彼をイザナ君は容赦なく威圧するから、びくりと鶴蝶君は肩を震わせる。咄嗟に「鶴蝶君、大丈夫だよ」と微笑みかける。元々勝負を持ち掛けたのは私で自業自得でしかないので、彼に庇ってもらうのは筋違いだ。
「ハナのケーキ、鶴蝶に全部やるよ」
「え!?ホントか!?」
「ちょっと待て」
それは聞き捨てならない。
とんでもないことを言い始めたので、揉むのを中断して肩に手をあてたまま、座るイザナ君の顔を横から覗き込む。
「ケーキの件は半分までって約束だよ!全部はおかしいじゃん」
「オマエは奴隷なんだから、それもルールの内だろ。あと許可なく喋んじゃねぇ」
これは酷い。とんでもないことを宣う王様は絶望する私の顔を見てとても楽しそうだ。嘲笑混じりのその笑みに、3日持つかな…と先が思いやられる。鶴蝶君は鶴蝶君でケーキがもう1個食べられると嬉しそうだった。もういい、可愛いから許す。
「おい、ノド乾いた。茶持ってこい。つーか言う前に用意しとけよ、…テメェの身分シッカリ頭入ってんのか?」
「お前は亭主関白の旦那か」
「は!?」
ガタン、と突然イザナ君は椅子から立ち上がった。何か気に障ること言っただろうかとやり取りを思い返していると、彼は勢いよく振り返るなり私を指差した。
「ば、バカじゃねーの!?オマエの発想どーなってんだよ!浮かれたこと言ってんじゃねぇ!」
「え…、浮かれてないですけど…」
「ーっいいから早く茶ァ持ってこい!」
「そういうところが亭主関白っぽいんだけど…」
「うるせぇ!」
珍しく焦った様子の彼に戸惑いながらも共有の冷蔵庫へと向かう。ほんのり頬が赤く染まっていたので、そっち方面の会話はNGらしい。暴君のイザナ君もやっぱり子供なんだな。彼の新しい一面が見れたが、間違ってもおちょくってしまうと今回のように後が怖いので、胸に閉まっておいた方がいいだろう。…いや、待てよ?もしかしたら逆にそういう態度を取り続ければイザナ君は嫌になって、奴隷契約(?)を解除してくれるかもしれない。よし、そうと決まったらやってみよう。
麦茶を入れたコップⅹ3をお盆の上に乗せて戻ってきた私を、イザナ君はさっきよりは少しだけ引いた赤い頬のままジト目で睨んできた。そんな彼ににこりと微笑みかける。
「旦那様、お待たせ致しました♡」
「……ハ?キモチワル」
「…… ハナ、オマエ…」
「おえ…」
「吐くフリやめろ。さすがに傷付く」
「ハナ!オマエ、頭大丈夫か!?」
「純粋な心配だろうけど、これはこれで傷付く」
善意100%で焦ったように私の額に手をあてて熱まで測ってきた鶴蝶君と、赤かった頬はどこへやらドン引きして手で口を覆い吐くフリをするイザナ君に、自分のことながら思いの外気持ち悪い声が出てめちゃくちゃ後悔する私という混沌の場が広がっていた。「オマエの所為でこんなんなった」とイザナ君は袖をめくって鳥肌が立った腕を見せてきた。すると鶴蝶君まで「実はオレも…」と袖をめくる。お前ら何でそんな追い打ちかけてくんの?何を思ったのか鶴蝶君は私の袖までめくると腕を露にして「ハナもじゃん。オソロイだな!」なんて笑いかけてきた。そんなお揃い死ぬほどいらない。
作戦も虚しくただただ私が恥をかいただけで、その後きっちり3日間奴隷生活を送った。普段宿題なんか提出しないくせに学年が2つも違う私に宿題を全てやらせ、施設の当番を肩代わりさせ、奴隷におやつなんかいらねぇだろと出てきたおやつは全て取られ、お風呂上がりにはドライヤーで髪を乾かさせ、終いには暇になったら何か面白いことやれと無茶振りしてきやがった。他にも色々とさせられたが、可能な限り私を近くに置いていたイザナ君は大層楽しそうだった。もしかしてコイツ私のこと大好きなんじゃねえの?
奴隷生活を解放された喜びで気が緩み懲りずにそう仄めかしたら、絶対零度の笑顔になったイザナ君はすっかり秋も深まり肌寒い季節の中ホースで水を被せようとしてきた。今回のことで調子をこくとロクな目に合わないことを身を持って知ったはずなのに、私に学習能力はないらしい。暫く圧倒的不利な攻防を繰り広げていると、その場を目の当たりにして慌てて戻ってきた鶴蝶君に手を引かれて現れた職員さんにこっぴどく叱られた。敗者の私はすっかり水浸しになっていた。無論、次の日風邪をひいた。頼むから少しは手加減してくれ。
「というわけで勝負を持ち掛けさせていただきます」
「は?」
突拍子もない私の言葉に、自由研究の宿題で施設内で飼育されているメダカを観察していた鶴蝶君は目を丸くした。宿題の邪魔をして申し訳ないなという気持ちもあったが、食が絡んだ自分を抑えられなかった。
「今月の献立表見た?」
「見てねぇけど…。てか普段からそんな気にしてねぇ…」
「なんとケーキが出るんです!!」
「!!」
得意げに言い放つと、それを聞いた鶴蝶君は目を輝かせた。そうだよね、ケーキが嫌いな子供なんていない。精神年齢がすっかり大人の私でも大好きだもん。施設でケーキが出ることなんて本当に稀なので私のテンションはぶち上がっていた。
「ちなみに長距離マラソンがあるのは知っているね?」
「おう?」
「職員さんからの労いの気持ちからか、なんとケーキが出る日とマラソンの日が同じ日なんだ!」
「う、うん?」
「なのでケーキを賭けて私と勝負してください」
「ええ……」
提案を聞くと鶴蝶君はすごく微妙な顔をした。丸々1個は大人気ないので、(十分大人気ないのだが)ケーキ半分でどうよ!と打って出るも鶴蝶君の眉は顰められたままだ。
「ハナってそんな足速かったっけ?」
「ふっふっふ!ナメてもらっちゃ困るなあ!長距離マラソンに足の速さは関係ない、持久力の勝負なのだよ!その上で2年も過酷な状況を経ている私に死角はない!」
「(またハナの面倒くせぇスイッチ入った…)」
「…思い返せばとても辛く厳しい毎日だった…。雨の日も風の日も風邪引いてる時も捻挫してる時でさえ傷だらけになりながら稽古漬けの日々だった…。今は亡きおじいちゃんを憎らしいと思うこともあった…。しかし今では感謝している!何故なら私の勝ちは確定したも同然だからな!」
「るせぇから黙れ」
「いったあ!!」
背後から頭を引っぱたかれた。痛くて頭を抱えて蹲っていると、叩いた張本人のイザナ君はざまぁ見ろと言わんばかりに鼻で笑った。私を見下ろす彼も最初から巻き込むつもりだったので、向こうから来てくれたのはありがたい。食の絡んだ私はやっぱり強かったらしく頭の痛みが引かないまま、イザナ君にも勝負の話を持ち掛けた。
差が出ないように学校での持久走大会の結果を見た職員さんが学年ごちゃ混ぜでチーム分けをした表も貼り出してくれている。私達3人は同じチームに含まれていたので、直接勝敗を決することが出来るのだ。話を聞いたイザナ君は馬鹿馬鹿しそうな顔をして、踵を返してしまった。
「勝手に言ってろ。オレはやんねぇ」
「ふーーん?イザナ君ってば負けるのが怖いんだ?」
「………あ?」
イザナ君はぴくりと肩を震わせて立ち止まる。ゆらりと振り返って怒りの表情を露わにしている彼を見て、罠にかかったとほくそ笑んだ。
「別にいいよ?勝負して負けちゃったらケーキ食べれなくなっちゃうもんね?イザナ君は確実に1個は食べれる安パイ取っといた方がいいよ。勝負は私と鶴蝶君でやるから」
「オレやるなんて一言も言ってな…」
「乗ってやるよ」
鶴蝶君の言葉を食い気味に被せて言ったイザナ君は青筋を浮かべていた。普段ならビビり散らかす私だろうが、勝ちを確信していたので内心ガッツポーズをする。イザナ君と向き合って視線を交錯した瞬間、漫画でいうゴゴゴ…!という擬音と共に火花を散らす。その間で止めるべきかどうしていいか迷っている鶴蝶君には正直申し訳なかったと思う。
決戦の日がきた。
空は我々の勝負を待ち望んでいたかのように晴天の青………、ではなく嘘だろってくらい土砂降りの雨だった。昨日天気予報もしっかり確認して、お天気キャスターのお姉さんは晴れだって言っていたのに。
「これじゃあマラソン大会は中止ね」
カーテンの前で打ちひしがれていると、隣に来た職員さんが困ったように笑った。
「花子ちゃん、てるてる坊主たくさん作っていたのに残念だよね」
そうだ。すごく楽しみにしていた私は遠足を心待ちにしている子供のように、てるてる坊主を作りまくった。資源を無駄にするなという圧に耐えながら作ったというのに、この世に神様ってのはいないらしい。
とぼとぼと外が見える窓から離れる。話しかけてくれた職員さんに見守られている視線を感じながら、どこからか「いつになく年相応に楽しみにしていたのに、可哀想ね」と別の職員さんの話声が聞こえた。そうだよ、可哀想だろ。というわけでケーキ2個くれ。
行くところも決めていないので自室に籠るかと廊下を歩いていると、目の前をイザナ君が立ちはだかった。彼は心底面倒くさそうな顔をしている。
「鬱陶しいからガキみてーに落ち込んでんじゃねぇよ」
「…ガキだよ」
「開き直んな」
なんなんだ。面倒くさいなら放っておけばいいのに。絶賛不機嫌なのでスルーして彼の横を通り過ぎる。
「そういえばオマエ、随分ナメた口利いてたよなぁ?」
「あっ」
ぎくり、とした。確かに私はあの時ハイになっていたので、いつもなら考えられないほどイザナ君を挑発していた。聞こえなかったふりをしてそそくさと逃げようとするが、後ろにいたイザナ君に手首を掴まれて逃げるのを阻まれてしまった。あ、今日しぬわ。
「知ってるか?マラソンが中止になる代わりに、花札大会やることになったって」
「いや、聞いてないです…」
「オマエが売ってきた喧嘩、モチロンそっちに適用されるよな?」
「えっ」
何言ってんだと思わず振り返る。イザナ君は悪い顔をしていた。
「イザナ君って花札のルール分かるの?」
純粋な疑問だった。ていうか小学生が花札って、大分渋くない?テレビゲームとかそういう娯楽はここにはないから、ボードゲームやらカードゲームの種類はそこそこ豊富なのにあえての花札って。「さあな?」とはぐらかすイザナ君に無意識に眉が寄る。どうしよう、彼が全国大会レベルの腕の持ち主だったら。悩んでいるとイザナ君は口角を上げた。
「負けるのが怖ぇのか?」
「え?」
「人にあんだけ啖呵切っといてテメェはビビってんのかって言ってんだよ」
「…………」
同じことをされている。よっぽど彼は根に持っているらしい。私は負けず嫌いでもなんでもないので、正直彼の挑発に怒りなんて湧かなかった。プライドもないから負け犬扱いされても全く問題ない。
「別にいいかな…」
「あ?」
「なんかやる気も削がれちゃったし、勝負する気になれないや。ケーキは仲良く1個ずつ食べようよ」
どんどん萎えてしまった私は今になって何であんなにテンションぶち上がっていたんだろうと自分のことながら不思議だった。それじゃあ、とその場を後にしようとすると、イザナ君から掴まれたままだった手首が軋んだ。
「痛い!痛いって!!手首取れる!!」
「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ」
「ごめん!謝るから!調子こいて悪かったって!」
「勝負は?」
「する!します!だから離して!!」
叫ぶように宣言すれば、あっさり解放された。真っ赤になった手首を擦る。めっちゃ痛え。負傷したから棄権するって言ったら怒られるかな。言ったら今度こそ殺される未来しか見えないので黙っておく。
「負けたヤツは勝ったヤツの言うことを3日間聞くってのも追加な」
「は?ちょ何勝手に追加してんの」
「ケーキはオマエが決めたことだ。ならオレも1つ決める。じゃなきゃ不公平だろ?」
「もう好きにして…」
どうせダメって言っても聞かないんだろう。いつも間にかイザナ君の後ろにいた鶴蝶君が、あーあ言っちゃったっていう顔をしていた。私が負け確みたいな反応しないでくれ、縁起でもない。
結論から言うと負けた。精神年齢的にも負けるわけないと高を括っていたが、時間が経つにつれどんどん流れがイザナ君へ傾いていくから焦っていたこともあり、狙っていだ芒に月゙をトドメと言わんばかりに横からかっさらわれて、それを口元へと持っていき見せつけるようにしたり顔になったイザナ君を見て絶望した記憶しかない。ちくしょー顔がほんとにいいな。勝負が決してから時計へ目をやったかと思えば「15時33分だから3日後のこの時間までオマエはオレの奴隷な」なんて言い始めた。嘘でしょ、吃驚するほどみみっちいじゃん。下僕から奴隷へと階級が繰り下がったことに嫌な予感がしたが、まあなんというか彼は期待を裏切らなかった。
花札大会が終わり、彼の言い付け通りイザナ君の斜め後ろを歩く。既にしんどい。イザナ君は食堂も兼ねている多目的ホールに来たかと思えば、どかっと椅子に座った。
「おい、肩を揉め」
「…はい」
有無を言わせない命令に従う。肩へと手をやれば普通に柔らかい。お前別に肩凝ってないだろ。
「後で宿題渡すから、それもやっとけよ」
コイツ前世ジャイアンなんじゃねえの?困惑しつつも返事をすれば、気を良くしたのかイザナ君は鼻で笑った。珍回答書いてやろうかと本気で思った。
「い、イザナ… ハナ可哀想だしやめてやれよ」
「あ?」
追いかけてきた鶴蝶君が控えめに抗議してくれた。もしかして彼は天使なのかもしれない。しかしそんな彼をイザナ君は容赦なく威圧するから、びくりと鶴蝶君は肩を震わせる。咄嗟に「鶴蝶君、大丈夫だよ」と微笑みかける。元々勝負を持ち掛けたのは私で自業自得でしかないので、彼に庇ってもらうのは筋違いだ。
「ハナのケーキ、鶴蝶に全部やるよ」
「え!?ホントか!?」
「ちょっと待て」
それは聞き捨てならない。
とんでもないことを言い始めたので、揉むのを中断して肩に手をあてたまま、座るイザナ君の顔を横から覗き込む。
「ケーキの件は半分までって約束だよ!全部はおかしいじゃん」
「オマエは奴隷なんだから、それもルールの内だろ。あと許可なく喋んじゃねぇ」
これは酷い。とんでもないことを宣う王様は絶望する私の顔を見てとても楽しそうだ。嘲笑混じりのその笑みに、3日持つかな…と先が思いやられる。鶴蝶君は鶴蝶君でケーキがもう1個食べられると嬉しそうだった。もういい、可愛いから許す。
「おい、ノド乾いた。茶持ってこい。つーか言う前に用意しとけよ、…テメェの身分シッカリ頭入ってんのか?」
「お前は亭主関白の旦那か」
「は!?」
ガタン、と突然イザナ君は椅子から立ち上がった。何か気に障ること言っただろうかとやり取りを思い返していると、彼は勢いよく振り返るなり私を指差した。
「ば、バカじゃねーの!?オマエの発想どーなってんだよ!浮かれたこと言ってんじゃねぇ!」
「え…、浮かれてないですけど…」
「ーっいいから早く茶ァ持ってこい!」
「そういうところが亭主関白っぽいんだけど…」
「うるせぇ!」
珍しく焦った様子の彼に戸惑いながらも共有の冷蔵庫へと向かう。ほんのり頬が赤く染まっていたので、そっち方面の会話はNGらしい。暴君のイザナ君もやっぱり子供なんだな。彼の新しい一面が見れたが、間違ってもおちょくってしまうと今回のように後が怖いので、胸に閉まっておいた方がいいだろう。…いや、待てよ?もしかしたら逆にそういう態度を取り続ければイザナ君は嫌になって、奴隷契約(?)を解除してくれるかもしれない。よし、そうと決まったらやってみよう。
麦茶を入れたコップⅹ3をお盆の上に乗せて戻ってきた私を、イザナ君はさっきよりは少しだけ引いた赤い頬のままジト目で睨んできた。そんな彼ににこりと微笑みかける。
「旦那様、お待たせ致しました♡」
「……ハ?キモチワル」
「…… ハナ、オマエ…」
「おえ…」
「吐くフリやめろ。さすがに傷付く」
「ハナ!オマエ、頭大丈夫か!?」
「純粋な心配だろうけど、これはこれで傷付く」
善意100%で焦ったように私の額に手をあてて熱まで測ってきた鶴蝶君と、赤かった頬はどこへやらドン引きして手で口を覆い吐くフリをするイザナ君に、自分のことながら思いの外気持ち悪い声が出てめちゃくちゃ後悔する私という混沌の場が広がっていた。「オマエの所為でこんなんなった」とイザナ君は袖をめくって鳥肌が立った腕を見せてきた。すると鶴蝶君まで「実はオレも…」と袖をめくる。お前ら何でそんな追い打ちかけてくんの?何を思ったのか鶴蝶君は私の袖までめくると腕を露にして「ハナもじゃん。オソロイだな!」なんて笑いかけてきた。そんなお揃い死ぬほどいらない。
作戦も虚しくただただ私が恥をかいただけで、その後きっちり3日間奴隷生活を送った。普段宿題なんか提出しないくせに学年が2つも違う私に宿題を全てやらせ、施設の当番を肩代わりさせ、奴隷におやつなんかいらねぇだろと出てきたおやつは全て取られ、お風呂上がりにはドライヤーで髪を乾かさせ、終いには暇になったら何か面白いことやれと無茶振りしてきやがった。他にも色々とさせられたが、可能な限り私を近くに置いていたイザナ君は大層楽しそうだった。もしかしてコイツ私のこと大好きなんじゃねえの?
奴隷生活を解放された喜びで気が緩み懲りずにそう仄めかしたら、絶対零度の笑顔になったイザナ君はすっかり秋も深まり肌寒い季節の中ホースで水を被せようとしてきた。今回のことで調子をこくとロクな目に合わないことを身を持って知ったはずなのに、私に学習能力はないらしい。暫く圧倒的不利な攻防を繰り広げていると、その場を目の当たりにして慌てて戻ってきた鶴蝶君に手を引かれて現れた職員さんにこっぴどく叱られた。敗者の私はすっかり水浸しになっていた。無論、次の日風邪をひいた。頼むから少しは手加減してくれ。
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