小学生編
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職員さんの隣に立つ男の子の容姿は人の目を引くものだった。銀色の髪に、浅黒い肌、そして憂いを帯びた菫色の瞳。漫画で言う主要キャラの容姿をしている男の子を職員さんは「黒川イザナ君よ。皆仲良くしてあげてね」と紹介した。彼が漫画の主要キャラならモブキャラの容姿をした私を含めた子供達は「よろしくね」と次々に出迎えの言葉をかけるも、イザナ君は小さく頷くだけで何も言わなかった。
イザナ君の紹介が終わり職員さんに解散を促され、部屋が騒がしくなる。そんな中横に座っていた女の子に服の裾を引かれた。その子の顔は不満でいっぱいだった。
「ハナちゃん、あの子感じ悪くない?」
「そうかな?」
「そうだよ!だってよろしくって言っても何にも返さないんだよ」
「きっと悲しい思いをしてきたんだよ。だからあの子が笑顔になれるように優しく接してあげようね」
「そっか…、そうだよね!わたし達も来たばっかの時はそうだったもんね。イザナ君のところ行ってくる!」
さっきまでの不満そうな顔はどこへやらすぐに笑顔になると複数人連れて彼女はイザナ君の元へと駆けて行った。自分達も心の痛みを知っているからこそ、暖かく迎えてあげようと思ったのだろう。子供というのは本当に純粋なものでここの子達と接していると、見た目は子供頭脳は大人な私の心はほっこりさせられっぱなしだ。強く生きよ、我が息子たち。群がってきた子供達に囲まれて戸惑うイザナ君を横目に、大丈夫そうだと判断して私はその部屋を出た。
昼食が終わり、サッカーして遊ぼうと誘われたので向かおうとしていると、建物の隙間で男の子3人が立っていた。まあ別にそれはいいんだけど、その3人の内の1人がイザナ君で囲ってる2人が悪ガキ2人だったってことに問題があった。「どうしたの?ハナちゃん」と遊ぼうと誘ってくれた子に、先に行っててと断りを入れると、私はその3人の方へ忍び寄った。
「おい、何とか言えよ」
「つーかお前女みたいな顔してるよな!」
「…………」
夢中になっているのか後ろにいる私に全然気付かないので、悪ガキ2人の肩へ手を置いた。
「おいこら、悪ガキ共」
「げっ!」
「ハナちゃん…!」
声を掛ければ、2人は顔面を蒼白にして振り返った。化け物を見たような顔をするな。まあ逆にそっちのが都合がいいか。私は出来るだけ悪そうな笑みを作ると、彼らは短い悲鳴を漏らした。
「そんなに遊び足りないなら私と遊ぼうか?サッカー誘われてるからさ、きみらも来なよ」
「だ、だってハナちゃん容赦ないじゃん!この前のドッチボールなんか俺らばっか狙ってくるし!」
「それは今と同じで、悪いことしたからでしょ。新入りイジメとかダサいことやめなさい。きみ達の価値が下がる」
「は…?カチ…?」
「いーから金輪際こんなことしないこと。分かった?」
返事を待てば、2人は取れるんじゃないかと心配になるくらい首を縦にぶんぶんと振って、逃げるように散っていった。いや、ようにじゃないかマジで私から逃げてった。前回やり過ぎたのかもしれない。だってやめろって言ってるのに女の子のスカート捲るのやめないんだもん。イザナ君へと顔を向けると、彼は驚いたのか目をぱちぱちとしていた。
「よく殴らないで堪えてくれたね。ありがとう」
「………え?」
「あれ?違った?」
聞き返されて、おかしいなと小首を傾げる。今にも殴りかかりそうな目をしてたから、慌てて止めたんだけど。正直イザナ君から漏れ出てた禍々しいオーラのが怖かったのだが、よくあの2人平気で絡めたな。さっきまで目で人殺しそうな顔してたぞ。まあいいや、と私は彼に笑いかけた。
「あの子ら悪いことばっかするのに腕っ節はてんで弱いからさ、もしきみが殴ってたらワンパンKOだったよ」
「………」
「イジメといてなんだけど、根は悪い子達じゃないんだ。仲良くしてやって」
何も言わないイザナ君にそう言ってから、私は早々に撤退した。サッカーやるって約束したのに待たせてしまっているからだ。目的地へ走りながらふと後ろを振り返ると、イザナ君が立ち止まったまま私を見つめていた。
いつも通りベンチで新聞を読んでいると、隣に誰かが座った。新入りのイザナ君だった。話しかけるわけでもなくこちらを伺うようなその目はなんだろう。居心地が大変悪いので、話しかけてしまいそうになるが、彼には彼のペースがあるのかもしれない。黙って気付かないふりをしていようと、ドキドキしながら心待つ。
「………」
「………」
「………」
「………いや何か言ってよ!」
待つって決めたのに痺れを切らして、イザナ君の方へ座りながら身体ごと向ける。彼はちょっと吃驚したのか目を見張るも、その口は紡がれたままだった。え?まじなんなの?私の観察日記が宿題にでも出たの?喋り出す気配のないイザナ君にどうしていいか分からないでいると、ふと思い出した。職員さんにイザナ君を紹介された時に、不満を露にした女の子に私自身が放った言葉を。……そうだ、優しく接してあげなくちゃいけない。そうと決まればと私はイザナ君にへらへら笑いかけた。
「えっと……本日はお日柄もよく…」
「………」
「ええっと…、ご趣味は…?」
「………」
誰か私を殺してくれ。もう耐えられない。私のコミュ力など絶望的に低いのだから、喋らない子供の対応の仕方など全くもって分からない。餌付け作戦とか通じるかな、と思いポケットを探るが常備している飴は今日に限ってなかった。詰みました。
「………オマエが、」
「!!!」
喋った!余程追い詰められていたらしく赤ちゃんが初めて喋った時みたいに喜んでしまうが、何とか堪えて耳を傾ける。
「オマエがここのボスなの?」
「は?」
何言ってくれるんだろうとドキドキして待っていれば、よく分からないことを聞いてきた。
「な、なんでそう思ったの?」
「だってここのヤツら従えてるだろ。さっきのことといい、朝だってコソコソ話してたみたいだけど、全部聞こえてた」
やべぇ御山の大将扱いされている。
「そんなわけないじゃん。思い違いだよ」
「ふーん…」
訂正するもその目は私を疑っていた。全然信じてくれていない。どっちかって言うと私はあの子たちの保護者だ。遊びはガチでやるけどね。また会話が途切れる。第一声がボス確認とは、この子は何がしたいんだろう。意図を読めないでいると、イザナ君とかちりと目が合う。
「…ここって、楽しい?」
そう聞いてきたイザナ君の顔はまるで迷子のようだった。…ああ、なんだそういうことか。不安でいっぱいのその顔を拭い去りたくて、自分なりに微笑んでみせた。
「楽しくなるかはイザナ君次第かな。だから遊んでみればいいよ。ここの皆はとてもいい子達ばかりだから」
「声を掛けるのが恥ずかしいならそのきっかけのお手伝いは私が受け持ちましょう!イザナ君、スポーツは好き?」
「……うん」
「それじゃあ善は急げだ!」
行こう、と彼の手を取る。ベンチから立って歩けば、イザナ君はすんなりついてきてくれていた。わいわいと遊んでいる子供達へと向かう。
よし皆に何して遊ぶか聞こうとしたところで、「なあ、」と後ろにいるイザナ君に声を掛けられた。
「うん?」
「ハナ…って呼んでもいいか?」
その言葉に思わず振り返る。おずおずと聞いてきたイザナ君の頬はほんのり赤く染まっていて、とても可愛かった。美人って目の保養になるなぁ、なんて思いつつも了承すれば、イザナ君は嬉しそうに初めて笑顔を向けてくれた。
顔面に衝撃。あ、ボールがクリティカルヒットした、と気付いた時にはもう遅く、私は地面に大の字になっていた。いい天気だな、と半ば現実逃避をしていると、空を背負った鶴蝶君が私を上から覗き込んできた。めちゃくちゃ焦った顔をしている。優しい子だ。
「ハナ!だ、大丈夫か!?」
「どっちかって言うと大丈夫じゃない」
「うわ、鼻血出てんじゃん」
「えっまじ?」
視界の外からイザナ君の声が聞こえる。彼の言葉に咄嗟に鼻に手を当てれば、別に何も出てなかった。そんな私を見て「嘘に決まってんだろ」と嘲笑を浮かべながら、イザナ君は私を見下ろしてきた。事の発端はお前だよ。
「なんで顔面狙って投げてくんの?」
「オマエがボーッとしてんのが悪い」
「思い出に浸ってました」
「ハナは女の子だぞ。少しは手加減してやれよ」
「鶴蝶君…!」
庇ってくれるなんていい子なんだ!王に歯向かうんじゃねぇっていうイザナ君の声が聞こえたが、鶴蝶君の言葉に感動していると、ふと口の中に違和感。あれ?鉄の味すんだけど。ふと鶴蝶君がイザナ君から私の方へ顔を向き直すと、その顔は蒼白になった。
「ハナ!マジで鼻血出てる!」
「あ、やっぱり?」
鉄の味すると思ったんだよね。するとそれに気付いたイザナ君に顔面目掛けて何かを投げられた。ハンカチだった。
「使っていいの?」
「下僕の面倒見るのは王の役目だからな」
「素直に大丈夫?って言えよ」
「あ?」
凄まれるけどスルーする。鼻血って飲み込まない方がいいんだっけと思いながらも、私は未だに仰向けのままだ。近くにいた鶴蝶君は私の後頭部を自らの膝の上に乗せると、イザナ君が投げて寄こしたハンカチを私の鼻に当てた。年下の男の子にめちゃくちゃ介抱されている。
「大丈夫か?気持ち悪くなったら言えよ」
「き…、貴様といた数ヶ月…悪くなかったぜ…」
「は?」
「し…死ぬなよ…、鶴蝶…」
「イザナ!ハナが死んじまった!」
「放っとけよ」
困惑する鶴蝶君に対して、私の扱いにすっかり慣れたイザナ君の冷たい声が飛んできた。悪いね、照れ隠しでつい私の中のピッコロさんが顔を出してしまった。本当に彼は私の扱いに慣れた。施設に来たばかりの時はこうなるとは思いもしなかった。今じゃドッチボールやらバスケやらすれば必ずと言っていいほど、不本意なことに顔面ばかり狙ってくるようになってしまった。先程まで思い出に浸っていたが、初めて笑顔を見せてくれたイザナ君の初々しい可愛さは幻だったのかもしれない。こんなことなら職員さんからカメラを借りて写真撮っておけばよかった。
ふとイザナ君と目が合う。その顔を見て笑いが込み上げてきた。
「何笑ってんだよ」
「…いや、何でもない」
「?」
だって私に鼻血を出させた張本人のくせに、ちらちらと様子を伺ってくる様子が可笑しくて仕方がない。遊ぶ度に顔面ばっかり狙ってくるのはすぐにでも止めて欲しいけど、あの時迷子のようだった彼がここでの生活を少しでも楽しいと思ってくれていたら喜ばしいと思う。
イザナ君の紹介が終わり職員さんに解散を促され、部屋が騒がしくなる。そんな中横に座っていた女の子に服の裾を引かれた。その子の顔は不満でいっぱいだった。
「ハナちゃん、あの子感じ悪くない?」
「そうかな?」
「そうだよ!だってよろしくって言っても何にも返さないんだよ」
「きっと悲しい思いをしてきたんだよ。だからあの子が笑顔になれるように優しく接してあげようね」
「そっか…、そうだよね!わたし達も来たばっかの時はそうだったもんね。イザナ君のところ行ってくる!」
さっきまでの不満そうな顔はどこへやらすぐに笑顔になると複数人連れて彼女はイザナ君の元へと駆けて行った。自分達も心の痛みを知っているからこそ、暖かく迎えてあげようと思ったのだろう。子供というのは本当に純粋なものでここの子達と接していると、見た目は子供頭脳は大人な私の心はほっこりさせられっぱなしだ。強く生きよ、我が息子たち。群がってきた子供達に囲まれて戸惑うイザナ君を横目に、大丈夫そうだと判断して私はその部屋を出た。
昼食が終わり、サッカーして遊ぼうと誘われたので向かおうとしていると、建物の隙間で男の子3人が立っていた。まあ別にそれはいいんだけど、その3人の内の1人がイザナ君で囲ってる2人が悪ガキ2人だったってことに問題があった。「どうしたの?ハナちゃん」と遊ぼうと誘ってくれた子に、先に行っててと断りを入れると、私はその3人の方へ忍び寄った。
「おい、何とか言えよ」
「つーかお前女みたいな顔してるよな!」
「…………」
夢中になっているのか後ろにいる私に全然気付かないので、悪ガキ2人の肩へ手を置いた。
「おいこら、悪ガキ共」
「げっ!」
「ハナちゃん…!」
声を掛ければ、2人は顔面を蒼白にして振り返った。化け物を見たような顔をするな。まあ逆にそっちのが都合がいいか。私は出来るだけ悪そうな笑みを作ると、彼らは短い悲鳴を漏らした。
「そんなに遊び足りないなら私と遊ぼうか?サッカー誘われてるからさ、きみらも来なよ」
「だ、だってハナちゃん容赦ないじゃん!この前のドッチボールなんか俺らばっか狙ってくるし!」
「それは今と同じで、悪いことしたからでしょ。新入りイジメとかダサいことやめなさい。きみ達の価値が下がる」
「は…?カチ…?」
「いーから金輪際こんなことしないこと。分かった?」
返事を待てば、2人は取れるんじゃないかと心配になるくらい首を縦にぶんぶんと振って、逃げるように散っていった。いや、ようにじゃないかマジで私から逃げてった。前回やり過ぎたのかもしれない。だってやめろって言ってるのに女の子のスカート捲るのやめないんだもん。イザナ君へと顔を向けると、彼は驚いたのか目をぱちぱちとしていた。
「よく殴らないで堪えてくれたね。ありがとう」
「………え?」
「あれ?違った?」
聞き返されて、おかしいなと小首を傾げる。今にも殴りかかりそうな目をしてたから、慌てて止めたんだけど。正直イザナ君から漏れ出てた禍々しいオーラのが怖かったのだが、よくあの2人平気で絡めたな。さっきまで目で人殺しそうな顔してたぞ。まあいいや、と私は彼に笑いかけた。
「あの子ら悪いことばっかするのに腕っ節はてんで弱いからさ、もしきみが殴ってたらワンパンKOだったよ」
「………」
「イジメといてなんだけど、根は悪い子達じゃないんだ。仲良くしてやって」
何も言わないイザナ君にそう言ってから、私は早々に撤退した。サッカーやるって約束したのに待たせてしまっているからだ。目的地へ走りながらふと後ろを振り返ると、イザナ君が立ち止まったまま私を見つめていた。
いつも通りベンチで新聞を読んでいると、隣に誰かが座った。新入りのイザナ君だった。話しかけるわけでもなくこちらを伺うようなその目はなんだろう。居心地が大変悪いので、話しかけてしまいそうになるが、彼には彼のペースがあるのかもしれない。黙って気付かないふりをしていようと、ドキドキしながら心待つ。
「………」
「………」
「………」
「………いや何か言ってよ!」
待つって決めたのに痺れを切らして、イザナ君の方へ座りながら身体ごと向ける。彼はちょっと吃驚したのか目を見張るも、その口は紡がれたままだった。え?まじなんなの?私の観察日記が宿題にでも出たの?喋り出す気配のないイザナ君にどうしていいか分からないでいると、ふと思い出した。職員さんにイザナ君を紹介された時に、不満を露にした女の子に私自身が放った言葉を。……そうだ、優しく接してあげなくちゃいけない。そうと決まればと私はイザナ君にへらへら笑いかけた。
「えっと……本日はお日柄もよく…」
「………」
「ええっと…、ご趣味は…?」
「………」
誰か私を殺してくれ。もう耐えられない。私のコミュ力など絶望的に低いのだから、喋らない子供の対応の仕方など全くもって分からない。餌付け作戦とか通じるかな、と思いポケットを探るが常備している飴は今日に限ってなかった。詰みました。
「………オマエが、」
「!!!」
喋った!余程追い詰められていたらしく赤ちゃんが初めて喋った時みたいに喜んでしまうが、何とか堪えて耳を傾ける。
「オマエがここのボスなの?」
「は?」
何言ってくれるんだろうとドキドキして待っていれば、よく分からないことを聞いてきた。
「な、なんでそう思ったの?」
「だってここのヤツら従えてるだろ。さっきのことといい、朝だってコソコソ話してたみたいだけど、全部聞こえてた」
やべぇ御山の大将扱いされている。
「そんなわけないじゃん。思い違いだよ」
「ふーん…」
訂正するもその目は私を疑っていた。全然信じてくれていない。どっちかって言うと私はあの子たちの保護者だ。遊びはガチでやるけどね。また会話が途切れる。第一声がボス確認とは、この子は何がしたいんだろう。意図を読めないでいると、イザナ君とかちりと目が合う。
「…ここって、楽しい?」
そう聞いてきたイザナ君の顔はまるで迷子のようだった。…ああ、なんだそういうことか。不安でいっぱいのその顔を拭い去りたくて、自分なりに微笑んでみせた。
「楽しくなるかはイザナ君次第かな。だから遊んでみればいいよ。ここの皆はとてもいい子達ばかりだから」
「声を掛けるのが恥ずかしいならそのきっかけのお手伝いは私が受け持ちましょう!イザナ君、スポーツは好き?」
「……うん」
「それじゃあ善は急げだ!」
行こう、と彼の手を取る。ベンチから立って歩けば、イザナ君はすんなりついてきてくれていた。わいわいと遊んでいる子供達へと向かう。
よし皆に何して遊ぶか聞こうとしたところで、「なあ、」と後ろにいるイザナ君に声を掛けられた。
「うん?」
「ハナ…って呼んでもいいか?」
その言葉に思わず振り返る。おずおずと聞いてきたイザナ君の頬はほんのり赤く染まっていて、とても可愛かった。美人って目の保養になるなぁ、なんて思いつつも了承すれば、イザナ君は嬉しそうに初めて笑顔を向けてくれた。
顔面に衝撃。あ、ボールがクリティカルヒットした、と気付いた時にはもう遅く、私は地面に大の字になっていた。いい天気だな、と半ば現実逃避をしていると、空を背負った鶴蝶君が私を上から覗き込んできた。めちゃくちゃ焦った顔をしている。優しい子だ。
「ハナ!だ、大丈夫か!?」
「どっちかって言うと大丈夫じゃない」
「うわ、鼻血出てんじゃん」
「えっまじ?」
視界の外からイザナ君の声が聞こえる。彼の言葉に咄嗟に鼻に手を当てれば、別に何も出てなかった。そんな私を見て「嘘に決まってんだろ」と嘲笑を浮かべながら、イザナ君は私を見下ろしてきた。事の発端はお前だよ。
「なんで顔面狙って投げてくんの?」
「オマエがボーッとしてんのが悪い」
「思い出に浸ってました」
「ハナは女の子だぞ。少しは手加減してやれよ」
「鶴蝶君…!」
庇ってくれるなんていい子なんだ!王に歯向かうんじゃねぇっていうイザナ君の声が聞こえたが、鶴蝶君の言葉に感動していると、ふと口の中に違和感。あれ?鉄の味すんだけど。ふと鶴蝶君がイザナ君から私の方へ顔を向き直すと、その顔は蒼白になった。
「ハナ!マジで鼻血出てる!」
「あ、やっぱり?」
鉄の味すると思ったんだよね。するとそれに気付いたイザナ君に顔面目掛けて何かを投げられた。ハンカチだった。
「使っていいの?」
「下僕の面倒見るのは王の役目だからな」
「素直に大丈夫?って言えよ」
「あ?」
凄まれるけどスルーする。鼻血って飲み込まない方がいいんだっけと思いながらも、私は未だに仰向けのままだ。近くにいた鶴蝶君は私の後頭部を自らの膝の上に乗せると、イザナ君が投げて寄こしたハンカチを私の鼻に当てた。年下の男の子にめちゃくちゃ介抱されている。
「大丈夫か?気持ち悪くなったら言えよ」
「き…、貴様といた数ヶ月…悪くなかったぜ…」
「は?」
「し…死ぬなよ…、鶴蝶…」
「イザナ!ハナが死んじまった!」
「放っとけよ」
困惑する鶴蝶君に対して、私の扱いにすっかり慣れたイザナ君の冷たい声が飛んできた。悪いね、照れ隠しでつい私の中のピッコロさんが顔を出してしまった。本当に彼は私の扱いに慣れた。施設に来たばかりの時はこうなるとは思いもしなかった。今じゃドッチボールやらバスケやらすれば必ずと言っていいほど、不本意なことに顔面ばかり狙ってくるようになってしまった。先程まで思い出に浸っていたが、初めて笑顔を見せてくれたイザナ君の初々しい可愛さは幻だったのかもしれない。こんなことなら職員さんからカメラを借りて写真撮っておけばよかった。
ふとイザナ君と目が合う。その顔を見て笑いが込み上げてきた。
「何笑ってんだよ」
「…いや、何でもない」
「?」
だって私に鼻血を出させた張本人のくせに、ちらちらと様子を伺ってくる様子が可笑しくて仕方がない。遊ぶ度に顔面ばっかり狙ってくるのはすぐにでも止めて欲しいけど、あの時迷子のようだった彼がここでの生活を少しでも楽しいと思ってくれていたら喜ばしいと思う。