小学生編
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顔面に衝撃。ごとりと落ちたサンゴー缶のビールに目を向ける。たらりと鼻から滴る血を拭えば、それすらも気に入らないのか金切り声が私を咎める。ほとんど言葉になっていないがそれでもなんとなく言ってることは分かった。私から落ちた鼻血が汚らわしいと、床を汚したと、怒っていた。そもそも貴女が癇癪起こして顔面に投げたせいですよね?理不尽な行いにどうすりゃいいんだと肩を竦める。投げた衝撃で開ければ間違いなく溢れ出るであろうソレで頭冷やしてやろうかと思うが後が怖いのでやらない。
真っ黒に濁ったその血走った目で私を捉え、心底恨めしいと宣うこの人は私の母親だ。この人は可哀想な人だ。私の父親にあたる男には捨てられ、両親には勘当されているのか頼れずに生活する為に夜のお仕事を頑張ってる。アンタさえ出来なければ、と口癖のように放たれる言葉に確かに私が生まれてこなければこの人はこんなに不幸にならずに済んだよなあと言われる度納得してしまう。拭けと言わんばかりに布巾を投げるこの人は父親と繋がっている私の血が心底気持ちが悪いらしい。半分は貴女の血なんですぜ?と茶化しても火に油だろうから言わない。布巾で己から流れ出た鼻血を拭きながら、号泣する小さい背中を盗み見る。こんな仕打ちをされても私は憐れむことはあっても母親を憎めなかった。まだ3人で暮らしていた頃、私に離乳食を運びながら幸せそうに微笑むこの人の顔が脳裏を焼き付いて離れない。
まあそんな生活が長く続くはずもなく母親はとうとう私を捨てた。困窮な暮らしのせいか、もしくは団地の人が児相に通報したからか。施設の人に手を繋がれながら、男を見る目養って今度は失敗するなよ!と私は遠ざかっていく母親の背中を見送った。母親は最後まで私を見なかった。
----
「ハナちゃーん!そっちいったぞー!」
「任せな!」
現在施設の皆でドッチボール中。外野で無双していた私は飛んできたサッカーボール(これしかなかった)を跳躍してキャッチして、思いっきり敵チームの内野へと投げる。避けれずに男の子に当たって宙に舞った球をもう一度キャッチして、再度ぶん投げた。
「超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐ィ!!」
「っ!」
「なん…だと…」
わざわざ長い技名まで言って渾身の力で投げたのに今度はあっさりとキャッチされる。浅黒い腕におさめられたサッカーボールに驚きを隠せないでいると、仕返しと言わんばかりにトンデモナイ豪速球が私目掛けて飛んできた。
「は?」
まさかそう来るとは思ってなくて吃驚するも、すんでのところで避けた。頬を掠めたボールに冷や汗がドッと吹き出る。当たらなくて良かったと安堵する私をよそに、投げた張本人は隠す気もないバカデカい舌打ちをした。おかしいだろ。こっち敵チームの外野だぞ。
「あの…、すみません…」
「あ?」
「ドッチボールのルール知ってます?」
「内野が外野に攻撃しちゃいけないって決まりもねぇだろ?」
攻撃て。抗議しようとした私に「何か文句ある?」と絶対零度の微笑みを浮かべるそいつは黒川イザナ君だ。その有無を言わせない暴君の笑顔が怖くて押し黙る。瞬時にこれが目的だったんだなと理解した。いつもはドッチボールとかサッカーに誘っても参加しないくせに珍しく応じたからおかしいと思ったんだわ。何も言わない私に心底つまらなさそうに「オレ、飽きたから抜けるわ」と吐き捨てるとイザナ君はさっさと内野コートから抜けてどっか行った。おいおい勝手だな、ジャイアンってレベルじゃねーぞ。その後空気クラッシャーのせいでそのまま続行する雰囲気じゃなくドッチボールはお開きとなった。
わいわいと遊具で遊ぶ子供達をぼけーっと眺めながら私は新聞を広げていると、誰かか隣に座った。なんとなしに一瞥すればさっきドッチボールで私の命を狙ってきた本人だった。新聞に視線を戻すが、あまりにも話を振ってこないので居心地が悪く、私は溜息を落とした。
「イザナ君さあ、私の事年下のか弱い女の子だってちゃんと認識してる?」
「か弱い女の子?ハッ、…誰が?」
「隣だよ隣、隣見て。いるでしょ、可愛い幼女が」
「女の子は新聞なんか読まねーし、か弱い奴が投げる球じゃなかっただろ」
「oh…」
「いくつだよ、オマエ」
「7歳!」
身体年齢は、だけど。あれ?もうすぐ8歳か?まあいいや。新聞を膝に置いて両手で7を作ってにっこりと笑いかければ、呆れたようにイザナ君が今度は溜息を吐いた。
「イヤミも通じねーの?」
「ガキだからね〜。嫌味言う男の子はモテないから気をつけた方がいーよ」
「あ?」
「女の子相手に凄むのもモテないと思います!」
めっ!とバッテンを作ればうざかったのか叩き落とされた。酷くない?うざかったのは認めるけど。イザナ君とはもう2年の付き合いでそこそこ話すので彼の私に対する扱いは雑だ。他の子とはそんな話さないくせに、なんでか気に入られてしまい、私にちょっかい(という名の嫌がらせ)をかけてくる。
「私の方が施設にいる年数は長いんだから、ちょっとは敬ってくれてもいいんだよ?」
「……ウヤマ?」
「尊敬しろってこと」
「は?ダッサ」
「確かにだせえ」
自分で言うことじゃないよね、と笑いかければイザナ君はジッと私を見た。まじまじと見られたと思ったら「オマエほんとにいくつだよ」と怪訝そうな顔をした。明らかに疑われている。イザナ君からはたびたび言われるのでぎくりと身を震わせるわけもなく、あからさまに隠す気もないので適当に濁すか。
「新聞読めばイザナ君も知識がつくよ。読む?」
「いらねぇ」
「ですよね」
「…ま、あんなクソダセー技名叫んでたしやっぱガキか」
「おいそれは訂正しろ」
私はいいが下手したらファンのお姉様方にリンチされるぞ。
---
あれから半年、急展開が発生して私は祖父母に引き取られた。よく遊んでいた施設の子供達は私との別れを悲しんでくれたが、イザナ君の最後の言葉は「二度と帰って来んじゃねえぞ、下僕」だった。私はいつからイザナ君の下僕になったんだろう。
母親は死んだらしい。明確には伝えられなかったけど、多分自殺。重度のヒス体質だったし己の悲愴に耐えられなかったんだろう。
祖父が地元でも有名な道場の師範らしく、一人娘の母親と跡取りがどうのこうので揉めて勘当ってことになったっぽい。父親は跡取りとして相応しくなかったんだろう。現代っ子の私としては好きに結婚させてやれよって思ったんだけど、結局父親には逃げられたし祖父の判断を受け入れていれば母親は死ぬこともなかったことに気付いて皮肉なもんだなって思いました。あれ、作文?
ちなみにその祖父はと言うとそりゃもう私に厳しく当たった。どうやら私に跡を継がせたいらしく、「お前は男だ」と刷り込ませてくる。いや普通に女なんですけど。祖母は普段は優しいけれど、どう考えても可笑しいのにそれに関しては一切言及してこない。おっとぉ、引き取られる家間違えたかな。…そういえばこんな設定どっかで聞いた事あるぞ?
「私ってもしかして九ちゃんなのかな」
「…誰だよ、九ちゃん」
短く切られた髪を弄りながら、溜息を零す。私の黒髪ストレートロングは祖母に切られた。せめて床屋に連れてけ。
横からダルそうにツッコミをくれた子を見上げる。背高いんよ、この子。私の視線に気付いたのか目が合うも、それはすぐにそらされた。立ち止まる私に気を留める様子もなく先へと進む黒いランドセルを背負った男の子はご近所さんの半間君だ。私は彼と下校していた。遠くから見てもやっぱデカいわ、背よこせ。このままだと置いて行かれるので彼の背を小走りで追い掛ける。追い付いて横に並んでも半間君は私に目もくれなかった。…興味なさすぎんか?
「半間君ってクールだよね」
「急に何言ってんだぁ」
「…いや、違うな。いつもつまんなそうだよね」
「……今とか特にな」
「わーい振り切ってて逆に好印象です!」
「あ、そ」
変なヤツ、と独り言ちる半間君。いつも気怠そうだけど、いつか彼が目を輝かせて笑顔になる日はくるのだろうか。ここまで自分に興味を持たれないと干渉がなく、居心地がいいのでわりと半間君のことが好きだったりする。楽なんだよね、一緒にいて。
「施設に帰りたいんだよね。いけると思う?」
「知らねーよ」
「ありがたい申し出だなあ〜って思ったんだけど、実際引き取られてみたら中々クセ強くってさ。ごく普通に暮らしたいだけなのに、人生中々思った通りには転ばないよね」
「………フツーに?」
「そう!私は普通に幸せになりたいのです!」
「…じゃあ今のオマエはフツーじゃねえの?」
言い方。それじゃ私がイカレてるみたいじゃないか。ツッコもうとちらりと視線を移せば、半間君はジッと私を見下ろしていた。かつて彼がここまで私に興味を持ってくれたことがあっただろうか。なんだか吃驚して、誤魔化すようにへらへら笑う。
「私自身は普通なのに取り巻く環境が普通になってくれないんだ」
「?…よく分かんねぇけどフツーじゃねぇんだろ?ならオマエといればちょっとは色がつくかもなぁ…」
「は?イロ?」
半間君は期待を孕ませた瞳で私を見下ろす。少しだけギラついていて、身長差もあり、なんだか威圧されている気分になった。小学生が醸し出すオーラじゃねえだろ。小学生なら小学生らしく半袖短パンで虫網片手にカブト虫でも捕まえてこいよ。いや違う。半間君は色がどうとか言ってるし、もしかしたら絵が描きたいのかもしれない。カブト虫よりクーピーが欲しいのかもしれない。
「この前ビンゴ大会の景品でクーピーもらったから、半間君にあげるよ」
「は?」
「私絵は描かないからさ、捨てようか迷ってたんだよね。だから丁度よかったよ。明日持ってくるからね。…あ、家近いし帰ったら持っていこうか?」
「………」
「あ〜でもおじいちゃんが許すかなあ〜。いっつも帰ったらすぐ道場連れてかれてシバかれるんだよね。あれ自覚ないかもしれないけど虐待だよ絶対。……ハッ!つまりおじいちゃんにバレずに帰って無事に半間君にクーピーを届けるミッションが発生したってこと?うわー隠密行動とか出来っかなー。まずおばあちゃんが鬼門だよ。あの人耳聡いからね、帰ったらもう玄関いんのよ。忍びか?あの人から隠密行動学べばいいんか?」
「ばはっ」
「……?」
今、半間君笑った!?
いっつもつまらなさそうな無表情なのに、初めてのことで呆然としてしまった。クセのある笑い声だねって言ったらもう笑ってくれないだろうと思って慌てて口を紡ぐ。私の口は風船のように軽いのだ。小学生らしい純粋な笑顔(偏見)はそこになく、半間君はにやにやしてた。
「オマエ、やっぱ変なヤツだなぁ」
「………(半間君に言われたくない)」
「じゃあ待ってるわ、いらねーけど」
ミッション頑張ってね♡と小学生から出たとは思えないねっとりした声を最後に半間君は自宅方向へと歩いて行ってしまった。あ、もう家じゃん。目の前の古民家にずしりと胸が重くなる。玄関前の庭ですでにおばあちゃんが箒で掃除をしていた。いやもうミッション失敗してますやん。絶対半間君も気付いてたろ。寧ろ気付いてて言ったろ。
余計なこと言った私が悪いのだが、いらないって言ってたし持って行かなくてもいいかな…。なんて考えか過ぎるが待ってるって言ってたし約束を破るのも気分が悪いので、私は覚悟を決めておじいちゃんに必死に頼み込んだ。ジャパニーズ土下座である。余計な約束などするなと怒鳴られたが、完璧な土下座の甲斐あってすぐ帰ってくることを条件に了承を得た。まじでもう二度と約束なんかしないと誓いながら、クーピー片手に訪れたら半間君は家にいなかった。普通に遊びに行ったらしい。あの野郎!!
真っ黒に濁ったその血走った目で私を捉え、心底恨めしいと宣うこの人は私の母親だ。この人は可哀想な人だ。私の父親にあたる男には捨てられ、両親には勘当されているのか頼れずに生活する為に夜のお仕事を頑張ってる。アンタさえ出来なければ、と口癖のように放たれる言葉に確かに私が生まれてこなければこの人はこんなに不幸にならずに済んだよなあと言われる度納得してしまう。拭けと言わんばかりに布巾を投げるこの人は父親と繋がっている私の血が心底気持ちが悪いらしい。半分は貴女の血なんですぜ?と茶化しても火に油だろうから言わない。布巾で己から流れ出た鼻血を拭きながら、号泣する小さい背中を盗み見る。こんな仕打ちをされても私は憐れむことはあっても母親を憎めなかった。まだ3人で暮らしていた頃、私に離乳食を運びながら幸せそうに微笑むこの人の顔が脳裏を焼き付いて離れない。
まあそんな生活が長く続くはずもなく母親はとうとう私を捨てた。困窮な暮らしのせいか、もしくは団地の人が児相に通報したからか。施設の人に手を繋がれながら、男を見る目養って今度は失敗するなよ!と私は遠ざかっていく母親の背中を見送った。母親は最後まで私を見なかった。
----
「ハナちゃーん!そっちいったぞー!」
「任せな!」
現在施設の皆でドッチボール中。外野で無双していた私は飛んできたサッカーボール(これしかなかった)を跳躍してキャッチして、思いっきり敵チームの内野へと投げる。避けれずに男の子に当たって宙に舞った球をもう一度キャッチして、再度ぶん投げた。
「超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐ィ!!」
「っ!」
「なん…だと…」
わざわざ長い技名まで言って渾身の力で投げたのに今度はあっさりとキャッチされる。浅黒い腕におさめられたサッカーボールに驚きを隠せないでいると、仕返しと言わんばかりにトンデモナイ豪速球が私目掛けて飛んできた。
「は?」
まさかそう来るとは思ってなくて吃驚するも、すんでのところで避けた。頬を掠めたボールに冷や汗がドッと吹き出る。当たらなくて良かったと安堵する私をよそに、投げた張本人は隠す気もないバカデカい舌打ちをした。おかしいだろ。こっち敵チームの外野だぞ。
「あの…、すみません…」
「あ?」
「ドッチボールのルール知ってます?」
「内野が外野に攻撃しちゃいけないって決まりもねぇだろ?」
攻撃て。抗議しようとした私に「何か文句ある?」と絶対零度の微笑みを浮かべるそいつは黒川イザナ君だ。その有無を言わせない暴君の笑顔が怖くて押し黙る。瞬時にこれが目的だったんだなと理解した。いつもはドッチボールとかサッカーに誘っても参加しないくせに珍しく応じたからおかしいと思ったんだわ。何も言わない私に心底つまらなさそうに「オレ、飽きたから抜けるわ」と吐き捨てるとイザナ君はさっさと内野コートから抜けてどっか行った。おいおい勝手だな、ジャイアンってレベルじゃねーぞ。その後空気クラッシャーのせいでそのまま続行する雰囲気じゃなくドッチボールはお開きとなった。
わいわいと遊具で遊ぶ子供達をぼけーっと眺めながら私は新聞を広げていると、誰かか隣に座った。なんとなしに一瞥すればさっきドッチボールで私の命を狙ってきた本人だった。新聞に視線を戻すが、あまりにも話を振ってこないので居心地が悪く、私は溜息を落とした。
「イザナ君さあ、私の事年下のか弱い女の子だってちゃんと認識してる?」
「か弱い女の子?ハッ、…誰が?」
「隣だよ隣、隣見て。いるでしょ、可愛い幼女が」
「女の子は新聞なんか読まねーし、か弱い奴が投げる球じゃなかっただろ」
「oh…」
「いくつだよ、オマエ」
「7歳!」
身体年齢は、だけど。あれ?もうすぐ8歳か?まあいいや。新聞を膝に置いて両手で7を作ってにっこりと笑いかければ、呆れたようにイザナ君が今度は溜息を吐いた。
「イヤミも通じねーの?」
「ガキだからね〜。嫌味言う男の子はモテないから気をつけた方がいーよ」
「あ?」
「女の子相手に凄むのもモテないと思います!」
めっ!とバッテンを作ればうざかったのか叩き落とされた。酷くない?うざかったのは認めるけど。イザナ君とはもう2年の付き合いでそこそこ話すので彼の私に対する扱いは雑だ。他の子とはそんな話さないくせに、なんでか気に入られてしまい、私にちょっかい(という名の嫌がらせ)をかけてくる。
「私の方が施設にいる年数は長いんだから、ちょっとは敬ってくれてもいいんだよ?」
「……ウヤマ?」
「尊敬しろってこと」
「は?ダッサ」
「確かにだせえ」
自分で言うことじゃないよね、と笑いかければイザナ君はジッと私を見た。まじまじと見られたと思ったら「オマエほんとにいくつだよ」と怪訝そうな顔をした。明らかに疑われている。イザナ君からはたびたび言われるのでぎくりと身を震わせるわけもなく、あからさまに隠す気もないので適当に濁すか。
「新聞読めばイザナ君も知識がつくよ。読む?」
「いらねぇ」
「ですよね」
「…ま、あんなクソダセー技名叫んでたしやっぱガキか」
「おいそれは訂正しろ」
私はいいが下手したらファンのお姉様方にリンチされるぞ。
---
あれから半年、急展開が発生して私は祖父母に引き取られた。よく遊んでいた施設の子供達は私との別れを悲しんでくれたが、イザナ君の最後の言葉は「二度と帰って来んじゃねえぞ、下僕」だった。私はいつからイザナ君の下僕になったんだろう。
母親は死んだらしい。明確には伝えられなかったけど、多分自殺。重度のヒス体質だったし己の悲愴に耐えられなかったんだろう。
祖父が地元でも有名な道場の師範らしく、一人娘の母親と跡取りがどうのこうので揉めて勘当ってことになったっぽい。父親は跡取りとして相応しくなかったんだろう。現代っ子の私としては好きに結婚させてやれよって思ったんだけど、結局父親には逃げられたし祖父の判断を受け入れていれば母親は死ぬこともなかったことに気付いて皮肉なもんだなって思いました。あれ、作文?
ちなみにその祖父はと言うとそりゃもう私に厳しく当たった。どうやら私に跡を継がせたいらしく、「お前は男だ」と刷り込ませてくる。いや普通に女なんですけど。祖母は普段は優しいけれど、どう考えても可笑しいのにそれに関しては一切言及してこない。おっとぉ、引き取られる家間違えたかな。…そういえばこんな設定どっかで聞いた事あるぞ?
「私ってもしかして九ちゃんなのかな」
「…誰だよ、九ちゃん」
短く切られた髪を弄りながら、溜息を零す。私の黒髪ストレートロングは祖母に切られた。せめて床屋に連れてけ。
横からダルそうにツッコミをくれた子を見上げる。背高いんよ、この子。私の視線に気付いたのか目が合うも、それはすぐにそらされた。立ち止まる私に気を留める様子もなく先へと進む黒いランドセルを背負った男の子はご近所さんの半間君だ。私は彼と下校していた。遠くから見てもやっぱデカいわ、背よこせ。このままだと置いて行かれるので彼の背を小走りで追い掛ける。追い付いて横に並んでも半間君は私に目もくれなかった。…興味なさすぎんか?
「半間君ってクールだよね」
「急に何言ってんだぁ」
「…いや、違うな。いつもつまんなそうだよね」
「……今とか特にな」
「わーい振り切ってて逆に好印象です!」
「あ、そ」
変なヤツ、と独り言ちる半間君。いつも気怠そうだけど、いつか彼が目を輝かせて笑顔になる日はくるのだろうか。ここまで自分に興味を持たれないと干渉がなく、居心地がいいのでわりと半間君のことが好きだったりする。楽なんだよね、一緒にいて。
「施設に帰りたいんだよね。いけると思う?」
「知らねーよ」
「ありがたい申し出だなあ〜って思ったんだけど、実際引き取られてみたら中々クセ強くってさ。ごく普通に暮らしたいだけなのに、人生中々思った通りには転ばないよね」
「………フツーに?」
「そう!私は普通に幸せになりたいのです!」
「…じゃあ今のオマエはフツーじゃねえの?」
言い方。それじゃ私がイカレてるみたいじゃないか。ツッコもうとちらりと視線を移せば、半間君はジッと私を見下ろしていた。かつて彼がここまで私に興味を持ってくれたことがあっただろうか。なんだか吃驚して、誤魔化すようにへらへら笑う。
「私自身は普通なのに取り巻く環境が普通になってくれないんだ」
「?…よく分かんねぇけどフツーじゃねぇんだろ?ならオマエといればちょっとは色がつくかもなぁ…」
「は?イロ?」
半間君は期待を孕ませた瞳で私を見下ろす。少しだけギラついていて、身長差もあり、なんだか威圧されている気分になった。小学生が醸し出すオーラじゃねえだろ。小学生なら小学生らしく半袖短パンで虫網片手にカブト虫でも捕まえてこいよ。いや違う。半間君は色がどうとか言ってるし、もしかしたら絵が描きたいのかもしれない。カブト虫よりクーピーが欲しいのかもしれない。
「この前ビンゴ大会の景品でクーピーもらったから、半間君にあげるよ」
「は?」
「私絵は描かないからさ、捨てようか迷ってたんだよね。だから丁度よかったよ。明日持ってくるからね。…あ、家近いし帰ったら持っていこうか?」
「………」
「あ〜でもおじいちゃんが許すかなあ〜。いっつも帰ったらすぐ道場連れてかれてシバかれるんだよね。あれ自覚ないかもしれないけど虐待だよ絶対。……ハッ!つまりおじいちゃんにバレずに帰って無事に半間君にクーピーを届けるミッションが発生したってこと?うわー隠密行動とか出来っかなー。まずおばあちゃんが鬼門だよ。あの人耳聡いからね、帰ったらもう玄関いんのよ。忍びか?あの人から隠密行動学べばいいんか?」
「ばはっ」
「……?」
今、半間君笑った!?
いっつもつまらなさそうな無表情なのに、初めてのことで呆然としてしまった。クセのある笑い声だねって言ったらもう笑ってくれないだろうと思って慌てて口を紡ぐ。私の口は風船のように軽いのだ。小学生らしい純粋な笑顔(偏見)はそこになく、半間君はにやにやしてた。
「オマエ、やっぱ変なヤツだなぁ」
「………(半間君に言われたくない)」
「じゃあ待ってるわ、いらねーけど」
ミッション頑張ってね♡と小学生から出たとは思えないねっとりした声を最後に半間君は自宅方向へと歩いて行ってしまった。あ、もう家じゃん。目の前の古民家にずしりと胸が重くなる。玄関前の庭ですでにおばあちゃんが箒で掃除をしていた。いやもうミッション失敗してますやん。絶対半間君も気付いてたろ。寧ろ気付いてて言ったろ。
余計なこと言った私が悪いのだが、いらないって言ってたし持って行かなくてもいいかな…。なんて考えか過ぎるが待ってるって言ってたし約束を破るのも気分が悪いので、私は覚悟を決めておじいちゃんに必死に頼み込んだ。ジャパニーズ土下座である。余計な約束などするなと怒鳴られたが、完璧な土下座の甲斐あってすぐ帰ってくることを条件に了承を得た。まじでもう二度と約束なんかしないと誓いながら、クーピー片手に訪れたら半間君は家にいなかった。普通に遊びに行ったらしい。あの野郎!!
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