空の色、海の色
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4月。
学期が始まって一週間が経っていた。
春休みの終わり間際、季節外れのインフルエンザにかかってしまったナマエは2年生の出だしから今日までの間、出席停止を余儀なくされていた。
ナマエの2年生最初の登校は気持ちのいいものだった。朝部活前の時間帯はまだ道に人が少く、空の低いところは朝焼けの名残で黄色みを帯びている。空気が少し涼しいけれど、やわらかい日射しがナマエを暖めてくれる。鼻から深く息を吸いたくなるような朝だ。
学校前の桜並木に差しかかった。
風に吹かれた桜の花びらは、はらはらと舞い落ちて頭上よりも足元を薄いピンク色に染め上げていた。どうやら満開の桜は見逃してしまったらしい。花の4割ほどを散らせてしまった桜の木の枝先には、まさに若草色と言うべき色の葉っぱが小さく芽吹き始めている。
「ナマエちゃん!」
満開の桜を見れなかったのはやっぱり少し残念だなと思いながら歩いていると、聞き覚えのある声に呼ばれた。振り向くと声の主が手を振りながらこちらに駆け寄って来るのが見えた。
「森山先輩!おはようございます」
「あー、よかった!部活の華が戻ってきた!むさ苦しくてそろそろ限界だったんだ」
声の主―――森山由考はナマエの所属するバスケ部の選手だ。3年生で、ナマエの1学年上の先輩にあたる。女性が好きらしく、そのせいあってかナマエの入部当初からよく声をかけてもらっている。
「ミョウジ、体調はもう大丈夫なのか」
「笠松先輩…!はい、もうすっかり!」
森山の後ろから顔を出したのは、同じく3年生の笠松幸男だ。いたとは思わなくて思わず驚いてしまった。笠松も森山同様にバスケ部の選手であり、チームのキャプテンを務めている。「急に走り出すんじゃねーよ」と森山を小突く様子から、突然走り出した森山に置き去りにさて、歩いて追いついてきたようだ。
3人とも向かう方向が一緒なので、笠松、森山、ナマエとそのまま並んで歩いて行く。
森山がコーヒーショップの春の新作ドリンクが絶品だと熱く語ってくれた。笠松はあまり会話に入ってこないが、話を振ると受け答えはしてくれるので、一応二人の話を聞いているようだった。
ふいに、森山が「あ、そうだ」と何かを思い出したように自分の鞄の中を探して、取り出したものをナマエに渡した。
渡されたのは新入部員の簡易的な名簿だった。ナマエが休んでいる間に部活では新入部員との顔合わせを済ませていたようだった。名簿には、ポジションや出身中学などの簡単な情報が森山の字で書かれている。不在だったナマエの代わりに森山が書いてくれたらしい。
お礼を言って、受け取った名簿に軽く目を通す。今年も有望な1年生が入部したようで、県内有数の強豪中学の出身者が多くいる。そこでのエース選手だったものも少くないだろう。ただ、そんな有望な選手も霞んでしまうほどに、ひときわ目を引く名前があった。
全中三連覇を成し遂げ、無敗を誇り、最強と謳われた「キセキの世代」のひとり―――黄瀬涼太。
「キセキの世代」を獲得した高校はそれだけで全国上位の力を手にすることと同義とされて、全国優勝争いの一角を担うとまで言われる程だった。もっと解りやすく言えば、それほどまでにバスケ界は彼らの進学先に注目していたということだ。
スカウトに成功したとは聞いていたが、聞いた当初は半分信じられないでいた。正直に言うと今でもまだ若干信じられない。
「どうですか、黄瀬くんは」と既に一緒に練習をしている先輩たちに期待を込めて聞いてみたが「どうって、まぁ、すごいって言うか…すごいな…」「まぁ、ある意味すごくもある…」とよく分からない返事が返ってきた。不自然な返答にナマエは疑問符を浮かべたが、まあいいやと名簿をまたパラパラとめくった。
実はナマエには今年、黄瀬の入学とは別に密かに期待していたことがあった。
一通り目を通してナマエは一瞬、自分の目を疑った。見落としてしまったのかと今度はさっきよりもゆっくりめくってみるが、どうやら見落としはないようだ。
「…先輩、あの、新入部員ってこれで全員ですか?」
「あぁ、残念ながら…」
ナマエが言いたいことを察した森山は重々しい表情で告げた。
「今年のマネージャー志望者は0人だ…」
―並木道にて―