【番外編】怪力娘苦労日記ー忍術学園全員出動!の段ー
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ミンミンシュワシュワと、木々にとまった蝉達が短い命を謳歌しながら、五月蝿く鳴く夏のこと。
澪は、きり丸が引き受けてしまったアルバイトを代わりにこなすため、少し足を伸ばしてタソガレドキ領まで来ていた。
きり丸ときたら、ギャラがいいからとタソガレドキとオーマガトキの戦が近いというにも関わらず、タソガレドキ領までの届け物を引き受けたのだ。
半助がそれを知りカンカンに怒ったが、物騒だからと皆が引き受けてくれずに依頼主が困っていたのを、きり丸はギャラを弾むと言われ二つ返事で引き受けてしまったとか何とか。
最初は半助がきり丸の代わりに行くはずだったのだが、子守りのアルバイトまで引き受けており、その中に半助でないと泣き止まない馴染みの赤ん坊がいたとかで、夏休み突入直前に、たまたま半助の長屋で過ごしていた澪に白羽の矢が立った。
夏休みがそろそろ始まるため、半助も澪もやり切れるだけの事を片付ける必要から、学園で忙しくしていた。だから、夏休み直前の休みくらいゆっくりしたかったというのに。
どうせ、夏休みは夏休みで鬼のようにきり丸がアルバイトを引き受けるに違いないわけで。
澪としては、アルバイトを半助だけに手伝わせるのは、長屋に居候の身として気が引けるから、澪も一緒に夏休みはきり丸のアルバイトを手伝うつもりではいた。
とはいえ、まさかフライングしてくるとは。
「全く、無事に荷物を届けられたからいいものの。早く帰らないとーー」
戦が間もなく始まる気配があるせいで、タソガレドキ領は情報収集のため他国の忍びと思われる人間がが彷徨いていた。
目立った動きがあれば始末される可能性もありそうだが、今のところ領主である黄昏甚兵衛はそうした指示を出していないようだ。泳がせて逆に他国の動きを読むつもりなのかもしれなかった。
忍術学園で日々過ごしているおかげで、通行人を見ていると、下忍ならば歩き方から忍びであると察せられるようになって来ている澪である。
澪も忍びの歩き方は習っているが、常に出てしまう程に板にはついていない。そのせいで、逆に忍者であると怪しまれないという利点があった。お陰様で、タソガレドキ領に入っても忍びにつけられたり、関所で怪しまれることもなく届け物が無事に終わったのだが。
森の中を歩いていると、俄に騒がしい気配がした。
わーわーという人の声がする。ひょっとして、誰か熊か猪にでも襲われたのかもしれない。
澪が無視して通り過ぎてもいいのだが後味が悪い。それと、今の澪は遠出をする事もあり半助の勧めで男装をしていた。お陰様で動きやすい。
道中、笠を深く被っていたのもあり変な連中に絡まれずにも済んだ。
ここで男装姿の澪がひと暴れしても、力持ちの女子として暴れるよりはマシな状況である。
「……仕方ない。人助けしますか」
人と違って獣なら全力を出せるし、仕留めてしまえばそれはそれ。
澪は、大地を力強く蹴って声のする方へと駆け出した。
+++++
可愛がっている鷹を見失った故、何処へ行ってしまったのかと探していた。
鷹狩りは、古来より続く伝統的な貴人の娯楽である。貴族は勿論、武家でも鷹狩りは嗜みの一つであり、多くの勢子役が獲物を追い詰めて最後は主の鷹に獲物を狩らせる儀式にも似た遊戯である。
領地を把握し、戦の予行も出来る事からここの所、タソガレドキ領領主ーー黄昏甚兵衛は鷹狩りを好んでよく行っていた。
だというのに。
よりにもよって本日の鷹狩りで、一等気に入っている鷹の足に括りつていた鈴が落ち、しかもその直後にどうしたわけか、いつもなら言うことをきく鷹が東の方へ飛んで行ってしまったのである。結果、甚兵衛は最高に不機嫌であった。
こうなっては鷹狩り所ではない。狩りをやめ、東の方角で鷹の大捜索が始まった。
「この辺りは気性の荒い獣が多くおります。殿はどうぞ、お戻りを。我等が必ず暮丸を見つけます故」
甚兵衛の愛する鷹ーー暮丸は甚兵衛自ら雛の時から目をつけ、鷹匠と共に訓練し育ててきた言わば我が子のような存在だった。故に、鷹狩りに同行していた家臣の一人の尤もな忠告はあれど、耳を貸さなかった。
「暮丸はわしも探す。よいな?」
甚兵衛に強く言われては、家臣達は言う通りにするしかない。
そんなわけで鷹狩りにあたっていた二十数名と忍者隊も含め複数班に別れて、鷹を探していただけだったというのに。
「グルル……!!」
「殿、お下がりくださいっ。なんと言う大きさの熊だ。くそっ、忍者隊は未だ来ないのかっ!」
よりにもよって、大きな熊と遭遇してしまった。しかも気性が荒いようで、すっかり甚兵衛達を獲物と狙い定めている。運悪く、弓を持っている護衛がおらず、必死に逃げるも追いかけられれば四足の獣に適うはずもない。
勇ましくも斬りかかった護衛の一人は、熊に噛みつかれて重体となっており、血に塗れて倒れている。
急いで治癒にあたらねば、助かるかどうか怪しい。手練の一人だというのに、あっという間に熊にやられてしまった。
護衛はまだ数が残っているが、獣の動きの方が断然早い。
こうなったら、何もしないよりはマシだ。甚兵衛は自らも腰に下げていた刀を無言で抜いた。
その時である。
「下がってください!!」
凛とした声がした。
そう思ったのと、熊の顔面に向かって吸い込まれるように少年が飛び蹴りをかますのは、ほぼ同時だった。
「なっ……?!」
剣を抜いていた甚兵衛は勿論、護衛も驚いて目が点になる。
ズドーン!と重たい熊の身体が地面に倒れる音と、蹴りの威力のせいか熊が吹き飛ばされた際に木に当たったようで、そこそこの太さの木々がメキメキと音を立てて倒れた。
「な、何だ、一体何がどうなって……?」
ドゴっ、バキっ、と音がする。見ると、深く笠を被った少年が熊に馬乗りになって殴り倒している。
甚兵衛は目の前の光景が信じられなかった。
こんな珍妙奇天烈摩訶不思議な有様等、物語の中の出来事のようで呆然としてしまう。
ボコォ!と最後にすごい音がしたと思ったら、熊が一瞬だけ身体を痙攣させ、それきり動かなくなったーー少年が殺したのだとすぐに分かった。
何と恐ろしい。ごくりと生唾を飲み込むと少年が立ち上がり甚兵衛達を振り返った。
そして、息を呑む。
ーー笠から垣間見える、色白な華の顔がそこにはあった。
さながら、蓮の花の化身の如き美しき姿に、恐怖は忽ち消えていく。
「そ、そなたは……?」
「そこの倒れている方、酷い怪我をされてますね。応急処置ですが止血をします」
少年は倒れている護衛に気付いたらしい。己の荷物を包んでいた風呂敷を惜しむことなく広げて、大急ぎで止血をしてくれた。
「他の方は、お怪我はございませんか?」
「あ、ああ。そなたのおかげで助かったぞ。礼を言う」
「いえ、大した事では。それより……道中、人に慣れた鷹を見つけたのですが、貴方様の物で?」
何と見目麗しく声の美しい少年か。
所作も何処ぞのよき家の生まれを思わせる物で、甚兵衛は目の前の少年に夢中で話しかけた。普通、どこの手の者とも知れない輩に領主から話しかけるなどあってはならないというのに。
だが、少年は甚兵衛の事を知らないのだろう。鷹狩りの衣裳を着ているのを見て、貴人とのみ判断しているようだった。ひょっとしたら、物味遊山の貴族とでも思っているかもしれない。
「おお、そうかもしれぬ。その鷹は何処に?」
「危ないので、近くの木にとまっておくよう指示を出しています。賢い鷹ですねーー呼びますのでお待ちを」
まるで当然のように言われた甚兵衛は、呆気に取られた。鷹を育てた鷹匠でもないのに、そこまでの事ができるとは何事かと。
護衛も同じ思いなのだろう。少年がピー、っと指笛を吹くとまさしく探していた暮丸が優雅に降りてくるのが見えて、あんぐりと口を開けていた。
「暮丸!!」
甚兵衛の所まで降りて来た鷹が、大人しく腕にとまってくれた。急いでその脚に持って来ていた紐を括り付ける。
「其方が何者かは気になるが、我らを救ってくれ鷹まで見つけてくれた事に礼を言う。何か褒美を取らせようぞ」
「殿、それはいくらなんでも過分では……」
甚兵衛の言葉を遮るように、護衛がひそひそと耳打ちしてきたが甚兵衛は鬱陶しいと、手で追い払った。
「いえ、貴方様のお力になれたのでしたら十分です。わたしはご覧の通り、さしたる身分の者ではございませんので、これにて御前を失礼いたします。程なく、そちらの応援も来ましょう……では」
「あっ、待つのだ。せめて名を!」
「名乗る程の者ではございませんよ」
引き留めようたしたが、少年が美しく一礼して地を蹴って姿を消す方が早かった。差し伸べた甚兵衛の手をすり抜けるように、緑生い茂る夏の山の中へ瞬く間に姿を眩ませた少年を前に、不思議な気持ちになる。
「殿ーー!」
「ご無事ですか?!」
遠くから事態に気づいたらしい、班になって別れていた家臣達が駆けつける足音がする。その音を聞きながら、甚兵衛はポツリと呟いた。
「嗚呼……きっと、あの少年は八幡大菩薩の化身に相違ない」
神仏等にそこまで傾倒しているわけではないのに、自然とそんな言葉が口をついて出た。
八幡大菩薩とは、多くの武人達に古くから信仰されている神仏習合した神の名である。全国各地にある八幡神社がこの神を祀っている事もあり、八幡の神の名を知らぬ武人はまずいない。
「八幡大菩薩……だとすると、オーマガトキとの戦を前に我がタソガレドキへ吉兆を告げに殿の御前に顕現されたのか」
「ふむ、であれば我が領内にもある八幡宮に冥加金を弾まねばの。ふふ、またお会いしたいものよ。今日助けて頂いたお返しに、オーマガトキトの戦で成果を上げねばのーーご満足頂けるように」
色白の甚兵衛の顔が、ニヤリと笑う。その酷薄な笑みは、タソガレドキ領主に相応しい物であり間近に見ていた家臣は背筋を思わず震わせた。
ーーこの後、タソガレドキとオーマガトキは合戦を行い、結果としてオーマガトキは酷く追い詰められる事になる。
それは黄昏甚兵衛が八幡大菩薩より勝運を授かったからに違いない……と、タソガレドキ領内の八幡宮に多くの冥加金が流れた事で後に人々は口々に噂をしたのだった。
実は熊に襲われた黄昏甚兵衛その人を助けたのは、忍術学園は学園長の秘書を勤めるアホみたいな怪力の娘だったりしたのだが、大した事ではないからと本人が周りに報告しなかったせいで、真実を知る者は怪力娘もとい澪本人を除いて誰もいなかった。
澪は、きり丸が引き受けてしまったアルバイトを代わりにこなすため、少し足を伸ばしてタソガレドキ領まで来ていた。
きり丸ときたら、ギャラがいいからとタソガレドキとオーマガトキの戦が近いというにも関わらず、タソガレドキ領までの届け物を引き受けたのだ。
半助がそれを知りカンカンに怒ったが、物騒だからと皆が引き受けてくれずに依頼主が困っていたのを、きり丸はギャラを弾むと言われ二つ返事で引き受けてしまったとか何とか。
最初は半助がきり丸の代わりに行くはずだったのだが、子守りのアルバイトまで引き受けており、その中に半助でないと泣き止まない馴染みの赤ん坊がいたとかで、夏休み突入直前に、たまたま半助の長屋で過ごしていた澪に白羽の矢が立った。
夏休みがそろそろ始まるため、半助も澪もやり切れるだけの事を片付ける必要から、学園で忙しくしていた。だから、夏休み直前の休みくらいゆっくりしたかったというのに。
どうせ、夏休みは夏休みで鬼のようにきり丸がアルバイトを引き受けるに違いないわけで。
澪としては、アルバイトを半助だけに手伝わせるのは、長屋に居候の身として気が引けるから、澪も一緒に夏休みはきり丸のアルバイトを手伝うつもりではいた。
とはいえ、まさかフライングしてくるとは。
「全く、無事に荷物を届けられたからいいものの。早く帰らないとーー」
戦が間もなく始まる気配があるせいで、タソガレドキ領は情報収集のため他国の忍びと思われる人間がが彷徨いていた。
目立った動きがあれば始末される可能性もありそうだが、今のところ領主である黄昏甚兵衛はそうした指示を出していないようだ。泳がせて逆に他国の動きを読むつもりなのかもしれなかった。
忍術学園で日々過ごしているおかげで、通行人を見ていると、下忍ならば歩き方から忍びであると察せられるようになって来ている澪である。
澪も忍びの歩き方は習っているが、常に出てしまう程に板にはついていない。そのせいで、逆に忍者であると怪しまれないという利点があった。お陰様で、タソガレドキ領に入っても忍びにつけられたり、関所で怪しまれることもなく届け物が無事に終わったのだが。
森の中を歩いていると、俄に騒がしい気配がした。
わーわーという人の声がする。ひょっとして、誰か熊か猪にでも襲われたのかもしれない。
澪が無視して通り過ぎてもいいのだが後味が悪い。それと、今の澪は遠出をする事もあり半助の勧めで男装をしていた。お陰様で動きやすい。
道中、笠を深く被っていたのもあり変な連中に絡まれずにも済んだ。
ここで男装姿の澪がひと暴れしても、力持ちの女子として暴れるよりはマシな状況である。
「……仕方ない。人助けしますか」
人と違って獣なら全力を出せるし、仕留めてしまえばそれはそれ。
澪は、大地を力強く蹴って声のする方へと駆け出した。
+++++
可愛がっている鷹を見失った故、何処へ行ってしまったのかと探していた。
鷹狩りは、古来より続く伝統的な貴人の娯楽である。貴族は勿論、武家でも鷹狩りは嗜みの一つであり、多くの勢子役が獲物を追い詰めて最後は主の鷹に獲物を狩らせる儀式にも似た遊戯である。
領地を把握し、戦の予行も出来る事からここの所、タソガレドキ領領主ーー黄昏甚兵衛は鷹狩りを好んでよく行っていた。
だというのに。
よりにもよって本日の鷹狩りで、一等気に入っている鷹の足に括りつていた鈴が落ち、しかもその直後にどうしたわけか、いつもなら言うことをきく鷹が東の方へ飛んで行ってしまったのである。結果、甚兵衛は最高に不機嫌であった。
こうなっては鷹狩り所ではない。狩りをやめ、東の方角で鷹の大捜索が始まった。
「この辺りは気性の荒い獣が多くおります。殿はどうぞ、お戻りを。我等が必ず暮丸を見つけます故」
甚兵衛の愛する鷹ーー暮丸は甚兵衛自ら雛の時から目をつけ、鷹匠と共に訓練し育ててきた言わば我が子のような存在だった。故に、鷹狩りに同行していた家臣の一人の尤もな忠告はあれど、耳を貸さなかった。
「暮丸はわしも探す。よいな?」
甚兵衛に強く言われては、家臣達は言う通りにするしかない。
そんなわけで鷹狩りにあたっていた二十数名と忍者隊も含め複数班に別れて、鷹を探していただけだったというのに。
「グルル……!!」
「殿、お下がりくださいっ。なんと言う大きさの熊だ。くそっ、忍者隊は未だ来ないのかっ!」
よりにもよって、大きな熊と遭遇してしまった。しかも気性が荒いようで、すっかり甚兵衛達を獲物と狙い定めている。運悪く、弓を持っている護衛がおらず、必死に逃げるも追いかけられれば四足の獣に適うはずもない。
勇ましくも斬りかかった護衛の一人は、熊に噛みつかれて重体となっており、血に塗れて倒れている。
急いで治癒にあたらねば、助かるかどうか怪しい。手練の一人だというのに、あっという間に熊にやられてしまった。
護衛はまだ数が残っているが、獣の動きの方が断然早い。
こうなったら、何もしないよりはマシだ。甚兵衛は自らも腰に下げていた刀を無言で抜いた。
その時である。
「下がってください!!」
凛とした声がした。
そう思ったのと、熊の顔面に向かって吸い込まれるように少年が飛び蹴りをかますのは、ほぼ同時だった。
「なっ……?!」
剣を抜いていた甚兵衛は勿論、護衛も驚いて目が点になる。
ズドーン!と重たい熊の身体が地面に倒れる音と、蹴りの威力のせいか熊が吹き飛ばされた際に木に当たったようで、そこそこの太さの木々がメキメキと音を立てて倒れた。
「な、何だ、一体何がどうなって……?」
ドゴっ、バキっ、と音がする。見ると、深く笠を被った少年が熊に馬乗りになって殴り倒している。
甚兵衛は目の前の光景が信じられなかった。
こんな珍妙奇天烈摩訶不思議な有様等、物語の中の出来事のようで呆然としてしまう。
ボコォ!と最後にすごい音がしたと思ったら、熊が一瞬だけ身体を痙攣させ、それきり動かなくなったーー少年が殺したのだとすぐに分かった。
何と恐ろしい。ごくりと生唾を飲み込むと少年が立ち上がり甚兵衛達を振り返った。
そして、息を呑む。
ーー笠から垣間見える、色白な華の顔がそこにはあった。
さながら、蓮の花の化身の如き美しき姿に、恐怖は忽ち消えていく。
「そ、そなたは……?」
「そこの倒れている方、酷い怪我をされてますね。応急処置ですが止血をします」
少年は倒れている護衛に気付いたらしい。己の荷物を包んでいた風呂敷を惜しむことなく広げて、大急ぎで止血をしてくれた。
「他の方は、お怪我はございませんか?」
「あ、ああ。そなたのおかげで助かったぞ。礼を言う」
「いえ、大した事では。それより……道中、人に慣れた鷹を見つけたのですが、貴方様の物で?」
何と見目麗しく声の美しい少年か。
所作も何処ぞのよき家の生まれを思わせる物で、甚兵衛は目の前の少年に夢中で話しかけた。普通、どこの手の者とも知れない輩に領主から話しかけるなどあってはならないというのに。
だが、少年は甚兵衛の事を知らないのだろう。鷹狩りの衣裳を着ているのを見て、貴人とのみ判断しているようだった。ひょっとしたら、物味遊山の貴族とでも思っているかもしれない。
「おお、そうかもしれぬ。その鷹は何処に?」
「危ないので、近くの木にとまっておくよう指示を出しています。賢い鷹ですねーー呼びますのでお待ちを」
まるで当然のように言われた甚兵衛は、呆気に取られた。鷹を育てた鷹匠でもないのに、そこまでの事ができるとは何事かと。
護衛も同じ思いなのだろう。少年がピー、っと指笛を吹くとまさしく探していた暮丸が優雅に降りてくるのが見えて、あんぐりと口を開けていた。
「暮丸!!」
甚兵衛の所まで降りて来た鷹が、大人しく腕にとまってくれた。急いでその脚に持って来ていた紐を括り付ける。
「其方が何者かは気になるが、我らを救ってくれ鷹まで見つけてくれた事に礼を言う。何か褒美を取らせようぞ」
「殿、それはいくらなんでも過分では……」
甚兵衛の言葉を遮るように、護衛がひそひそと耳打ちしてきたが甚兵衛は鬱陶しいと、手で追い払った。
「いえ、貴方様のお力になれたのでしたら十分です。わたしはご覧の通り、さしたる身分の者ではございませんので、これにて御前を失礼いたします。程なく、そちらの応援も来ましょう……では」
「あっ、待つのだ。せめて名を!」
「名乗る程の者ではございませんよ」
引き留めようたしたが、少年が美しく一礼して地を蹴って姿を消す方が早かった。差し伸べた甚兵衛の手をすり抜けるように、緑生い茂る夏の山の中へ瞬く間に姿を眩ませた少年を前に、不思議な気持ちになる。
「殿ーー!」
「ご無事ですか?!」
遠くから事態に気づいたらしい、班になって別れていた家臣達が駆けつける足音がする。その音を聞きながら、甚兵衛はポツリと呟いた。
「嗚呼……きっと、あの少年は八幡大菩薩の化身に相違ない」
神仏等にそこまで傾倒しているわけではないのに、自然とそんな言葉が口をついて出た。
八幡大菩薩とは、多くの武人達に古くから信仰されている神仏習合した神の名である。全国各地にある八幡神社がこの神を祀っている事もあり、八幡の神の名を知らぬ武人はまずいない。
「八幡大菩薩……だとすると、オーマガトキとの戦を前に我がタソガレドキへ吉兆を告げに殿の御前に顕現されたのか」
「ふむ、であれば我が領内にもある八幡宮に冥加金を弾まねばの。ふふ、またお会いしたいものよ。今日助けて頂いたお返しに、オーマガトキトの戦で成果を上げねばのーーご満足頂けるように」
色白の甚兵衛の顔が、ニヤリと笑う。その酷薄な笑みは、タソガレドキ領主に相応しい物であり間近に見ていた家臣は背筋を思わず震わせた。
ーーこの後、タソガレドキとオーマガトキは合戦を行い、結果としてオーマガトキは酷く追い詰められる事になる。
それは黄昏甚兵衛が八幡大菩薩より勝運を授かったからに違いない……と、タソガレドキ領内の八幡宮に多くの冥加金が流れた事で後に人々は口々に噂をしたのだった。
実は熊に襲われた黄昏甚兵衛その人を助けたのは、忍術学園は学園長の秘書を勤めるアホみたいな怪力の娘だったりしたのだが、大した事ではないからと本人が周りに報告しなかったせいで、真実を知る者は怪力娘もとい澪本人を除いて誰もいなかった。
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