第11話 意外なご縁
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「父上。一体何をなさっておじゃりますので?」
「おお、戻ったか。見ての通りよ、年寄りの暇潰しに付き合ってもらっておじゃる」
おほほ、と笑う太閤殿下を前に現関白殿下の近衛幸久がポカンとした顔をしていた。ちなみに、近衛幸久は役職を兼任しており関白でもあり、左大臣でもある。
なお、近衛家は史実でもそうだったようにこのなんちゃって戦国時代でも将軍家と縁を結んでいる。公家というのは、強かで戦国大名等に娘を嫁がせている例は多い。
そしてそれ故に、公家独自の情報ネットワークがあったりする。
近衛家でも、娘の一人は越前の大名へ、もう一人の娘はなんと将軍の妻、即ち御台所だ。これも史実と同じだったりする。ちなみに、近衛家の娘を御台所に出すのはこれで二回目になる。
近衛家と将軍家の関係性は史実と同じだ。つまるところ、現将軍の母は現関白の伯母であり、その妻は関白殿下の妹である。関白殿下は将軍の従兄弟であり、義兄なのだ。非常に将軍家に近いと言えよう。
考えれば考える程、気軽に接する事ができるような家柄ではない。なんちゃって戦国のくせに、変な所で史実と同じとはこれ如何に。
大河ドラマや歴史小説で見た戦国時代の知識が、妙に役立つ世界である事に感謝すべきか遠い目になるべきか悩ましい所である。
それなのに、卒中予防の生活習慣改善の知識披露に始まり、あれやこれや話すうちに、もともとの性格や相性も悪くなかったのか、太閤殿下と澪達は半刻もすれば、打ち解けていた。
仙蔵と伊作も最初こそ緊張していたが、今は微笑みすら浮かべて太閤殿下とやり取りしている。
持ち前の醸し出す雰囲気が気に入ったのか、太閤殿下は伊作を指名し、肩を揉ませて上機嫌にすらなっていた。伊作はと言うと、御年寄の肩揉みはしょっちゅうらしく、ニコニコしている。
ーーで、澪はというと。
「太閤殿下、終わりました」
卒中予防に効果のある生活習慣改善の方策について、書き付けていた。それを仙蔵が読んで書き間違え等がないかチェックする作業をこなしており、関白殿下は一人が太閤殿下の肩を揉み、残る二人が史机で作業をする謎の光景に、片眉を上げていたという次第だ。
「おお、有難い。教えてもらったことを心がけて過ごす事にしよう。まだまだ死ねぬからの」
「なんの話しでおじゃりますか、父上」
「大した事はない。最近の麿が時々覚える症状が卒中の原因の可能性があるというでの。少しでもマシにするための方策を書き記してもらっておった」
「それは真でおじゃりますか?!」
のほほんとした太閤殿下とは異なり、ギョッと目を見開く関白殿下。
「本当かどうかは、どちらでもよい。身体にいい事なら取り入れるまでよ。幸い、対応策は高価な薬を取寄せるようなものでもないしの」
「……はぁ、左様で」
父親の落ち着きぶりに、驚愕の表情を徐々に平生に戻す関白殿下。
「それとな、麿が確認したのだが伝助ではなく澪という名じゃ。文にあったとおりの名じゃ、今は男の姿をしておるが、間違いなく女子よ」
「あの、太閤殿下。文というのは?」
伝助の正体をバラす太閤殿下に、その肩をもんでいた伊作が不思議そうな顔をした。文、という言葉に澪も反応する。
「……太閤殿下、関白殿下。わたしも気になります。文にあったとおりということは、わたしについて何か書いてあったということですよね。それは一体?」
ーー気になっていた事が、全て解けるかもしれない。そう思って、近衛父子を見ると二人とも目を合わせ、ややあって息子の関白殿下の方がため息混じりに頷いた。
「隠す気がなかったとはいえ、仕方ない。正直に話すとのーー我らはそなたの母よりそなたの事を頼まれておじゃったのよ。証拠の文を持ってくる故、そなたも読むとよかろう」
「母上が……?」
近衛家なんて、まずもって普通ならお近付きになる事等できない高貴な方々だ。
そんな近衛家の人間と母が繋がっていた、という事実をあっさり暴露されて澪は面食らった。伊作や仙蔵もそれは同じらしく、呆然とした様子だ。
それから、関白殿下が客間を一旦出て自ら蒔絵の描かれた美しい史箱を持ってきた。朱色の紐を解き、中にしまってあった書状を開いて澪に見せてくれる。
そこに記してある文字は間違えなく、母の直筆だった。
文に記されてある内容は、堅苦しい挨拶等もあるが端的に言うと次のような内容だ。
『ーー親愛なる近衛の兄様へ。久しくお会いしておりませんが、お元気ですか?実はこの度、我が子、澪も十五歳になり、美しくも逞しく育ちました。
これを機に、わたしはかねてより心通わせたる明の方と再婚し、あちらで生活をします。
日ノ本に二度と帰らぬ事になっても後悔はありません。わたしのこの先の人生に子を巻き込むわけにもいきませんので、近く別れて生活をするつもりです。兵庫津辺りで別れる予定です。
娘はわたしに似て美しいです。力も心も強く、非常に勤勉で、放り出しても一人でやっていけるだけの逞しさがあります。
ですが、恋愛経験がないだけに男を見る目があるのかだけが不安ですーーわたしから、色々と教えはしましたが。変な男に引っかかり、下手な情がわく可能性もないとはいえません。
職を求め、都の辺りに娘が行くこともあろうと思います。ですので、兄様、ほんの少しわたしの子の事を気にしていただきたいのです。
それでは、兄様のご健康と近衛家の安寧を遠き地より願って。。』
文章の末尾には母の名前が記してある。それをじっと見つめた澪は、ゆっくりと顔を上げた。
そこには澪の事を気遣うような様子の関白殿下の整った顔があった。かなりの美形だな、と思う。よく見ると、鍛えているのか公家なのに服の上からでも筋肉がついているのが分かった。隠れムキムキというやつかーーと、しょうもない事を考えるのは現実逃避したいからかもしれない。
あるいは、その通りなのだが色々と澪に対する母らしい余計なお世話を炸裂させまくった手紙を前に頭を抱えたいのかもしれない。
何はともあれ、とりあえず。
「関白殿下におかれましては、我が母がこのような手紙を寄越し、とんだお手間をかけさせたこと、深くお詫び申しあげます」
母親と近衛家の繋がり等は一切無視して、澪は土下座した。途端に、関白殿下の慌てた声がした。
「やめよ。麿は詫びが欲しいわけではない。それに、そなたの母と麿は、昔の事だが親しくした間柄なのだ。近衛の家も子細は言えぬが、そなたの母には大きな借りがおじゃっての。それに、ここには文だけだが結構な銭がそなたの母から近衛家にと、贈られてきたのでおじゃる。その銭で、庭の手入れや屋敷の修繕もできた。それもあっての。放置は流石に好ましくない故、麿なりにそなたを探しておったのじゃ。男子の姿を見て、人違いかもしれぬと思ったが、容姿と並外れた力を見て思い切って招いて正解でおじゃった。そなたとこうして、会うことができて何よりよ」
「……それは、ありがとうございます」
ゆっくりと顔を上げつつ、澪は頷いた。とはいえ、澪としては多額の銭を近衛家に贈って、出会えるかも分からない澪の事を頼むくらいなら、澪への餞別にそっくりそのまま、その銭を渡してくれても……と、思ったところで、ふと、考えが過った。
ひょっとして、文に記してあった澪の事は本題ではなく近衛家への銭が本題だったりするのでは?と。
確証はないが、貴族は貧しい。近衛家と母が浅からぬ縁のある者同士であれば、日ノ本を離れる際に手元にある銭を一人でも生きていけそうな澪より一層、何かと銭の必要な近衛家へと送った可能性がある。
澪の事は、銭を渡す近衛に対して負い目を感じさせないようにするための言い訳、カモフラージュの可能性も有り得る。
本気で澪の事を頼むにはこの方法は、回りくどいのだ。それどころか、何にもならない可能性の方が高い。
ーーそうなると、気になるのは母が何者であったかだ。
「あの、関白殿下。お恥ずかしながら、娘でありながら母の事をわたしは何も知らぬのです。生まれた時から、これまで母は再婚を沢山しており、場所も点々としておりましたので、母がいったいどういった素性の人か、ついに聞けぬまに別れてしまいました。それ故、大変、恐縮なのですが関白殿下の知りうる母の事について、話しても良い範囲でわたしにお教えいただくことはできますでしょうか」
「……それはかまわぬが、この場でかの?友もおるようだが」
「問題ありません。信用できる者達です。ですが、近衛家にとってご都合が悪いようであれば、別の場所にてお聞きします」
どちらにせよ、澪の母と近衛家の関係性は学園長へ報告案件だ。ここまで来たら、下手に詮索されたりしないよう、伊作と仙蔵には知っておいてもらっても構わない。だが、近衛家として広く知られては困るのであれば、報告範囲は最小限で留めておくつもりである。
「勿体ぶる事もあるまい。友人達は悪い者達ではなさそう故、できる範囲で話してもよいでおじゃろう」
「ーー父上がそう仰るのであれば」
太閤殿下の鶴の一声に、コホン、と軽く咳払いして関白殿下がゆっくりと言葉を紡いだ。
「そなたの母は、近衛家の分家の血を引く庶子じゃ。まぁ、当時色々あっての。近衛の屋敷で過ごした事があるのじゃ」
「ということは、わたしには祖父母がいるので?」
「いや。残念な事に、そなたの祖父母にあたる者等は既にこの世におらぬ。唯一、分家の血を引くのは庶子であるそなたの母であったが、本人の希望もあって分家は断絶してしまっておるのじゃ。婿を取ってまで家を再興するのは庶子故、何かと苦労するから嫌だし、だからと言って出家するのも嫌だと言っておじゃった。こんな世でおじゃるから、近衛の分家と言えども生活が苦しい。それに庶子故、家系図に名もない。本人の希望に沿うて、多少の餞別を与えて自由の身にしたのよ」
つまり、澪は家系図に名前の乗らなくなった近衛家の分家の庶子の娘、ということになる。分家が所有する財産は、近衛家が吸収したのかもしれないし分家に借財等があったなら、処分した可能性もある。そこの所について、関白殿下は何も言わないので上手く片付けたのだろう。
ーー例え、庶子の子とはいえ貴族の血を引いてはいても家系図に乗らない以上は、澪は存在していないのと同じだ。
そのままならば庶民と何も変わらないというわけだ。勿論、澪としては今の生活に不満がないので、そちらを希望する。
「そなたが今の生活に不自由しているようなら、分家の血を引く子として、多少なりとも麿が面倒を見るつもりでおじゃったが……」
「成程……」
一応、辻褄は合う。
近衛家が澪の母に借りがあるという、子細が言えない内容が気になったが、話せる範囲でお願いしているので、その感情は顔に一切出さない。
「お気遣い、ありがとうございます。ご覧の通り、わたしは生活に困ってはおりませんので、ご心配は無用にございます」
「うむ、それは良かった。それで……麿の話で、納得してくれたかの?」
「はい」
関白殿下が澪に接触する理由は分かった。澪が頷くと、関白殿下たけでなく太閤殿下も何処かほっとした様子で小さく息を吐いていた。
「して、そなたは今何処に住んでいてどんな仕事をしておるのじゃ。確認しておきたいのじゃが」
「…………え、っと」
忍術学園で色々あって学園長の秘書してます、と、言いたい所だが秘匿性の高い学園のため、その答えを言うに言えない。
変な汗を額にかきそうである。関白殿下の何気ない問に、硬直する澪を助けてくれたのは、仙蔵と伊作だった。
「澪さんは、とある方の事業経営の補佐ーー秘書をしてます。我々は、澪さんの勤め先で学ぶ修行中の者でして。色々と多岐に渡る仕事をしているものですから、これといって何をしているとは言い難いのですが」
「そうなんです!説明するのが少し難しいのですが、ご心配は無用です。何せ、澪さんは本当に力が強くて、頭も良くて皆から信頼されているんです。というか、美人なのに強くて格好よくて、僕なんて尊敬してますからっ!」
仙蔵はともかく、伊作は余計な発言が混ざっている。ちょっと、否、かなり恥ずかしい気持ちになりつつも、澪が頷くと関白殿下と太閤殿下が顔を見合わせる。
「ふぅむ。まぁ、よく分からぬが…… 澪が今の状況に納得しておるのなら、麿はそれでよい。できれば、はっきり教えてほしい所でおじゃるが、こんな時代じゃ。言い難い事もあろう」
澪、と関白殿下に当たり前のように名前を呼ばれて少し驚く。
分家の血を引くとはいえ、澪は庶子だ。無理やりにでも問いただす事もできるだろうに、それをしない。
それ所か、そんな澪の表情を見た太閤殿下が、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「そなたの母がこの屋敷にいた時、麿はもう一人の娘と思うておった。故に、そなたは麿にとっては孫娘のようなもの。息子からすれば姪のようなものよ」
太閤殿下の孫娘にして、関白殿下の姪。
もはや、言葉にして表現すると恐れ多すぎて遠い目になる澪である。伊作は「さすが、澪さん」とか何とか、何が流石なんだかとツッコミ満載な事を口にしている。一方、仙蔵はそんな澪や近衛親子を無言で見ていた。
「そういうわけじゃ。つまらぬ遠慮は無用よ。今日はせっかくじゃから、屋敷に泊まってはどうじゃ?」
ーーいや、そういうわけと言われても。
好意全開の太閤殿下の横で、「それはよい」関白殿下まで頷いてる。いやな感じはしない、とはいえ流石に相手が相手だけに、緊張してしまう。ないとは思うが、受けたら受けたで部不相応なのに、社交辞令も分からないのか……なんて、心中、考えられたりしたらどうしよう、と埒も無い事を想像してしまう。
「ありがとうございます。太閤殿下……ですが、お気持ちだけ有り難く受け取らせていただきます。実は外に一人連れがおりまして。その者を置いて屋敷で泊まるわけにはいかず」
何かあった時のための待機要員の半助だが、澪と近衛家の関係性が分かった事だし、もう大丈夫だろうと思い泊まりを辞退するための言い訳に使う。
「ならば、せめてもう少し話そうではないか。それと、今後は文のやり取りもしよう。屋敷へも気軽に遊びに来ればよい。友を連れてきても構わぬ。麿は、伊作の肩揉みが気に入った」
「父上の言う通りでおじゃります。澪、今度は伝助ではなく女子の姿をして来るように。その時は泊まるといい」
伊作は太閤殿下に気に入られたようだ。名前を呼ばれて、照れたように目を伏せている。澪はと言うと高貴な二人からの好意的な視線と言葉にタジタジだ。
それから、澪、伊作、そして仙蔵は時間が許すまで近衛家でひと時を過ごした。その際、美味しい羊羹をご馳走にもなったりした。何だか、外で待っている半助に悪いと思ってしまいながら、美味しい羊羹を味わっていたり。
和やかな会話の内容が殆どだったが、伊作と仙蔵が中心となって、関白殿下に牛車の事を聞いていた。人為的に壊されていた車輪の事が気になったのだろう。関白殿下も車輪に細工されていた事は気付いていたようで、宮中での勢力争いの事を簡単に教わった。
ーー関白殿下が曰く。
「公家は力がない故の。せめて官位をと帝のご寵愛を得ようとして宮中で争うのは珍しくはない。ま、言葉を飾らずに言えば宮中には、頭の中が未だに源氏物語の者らがおるということでおじゃる。牛車の件もつまらぬ嫌がらせの一環よ。とはいえ、続くと疲れるわ……うんざりよ」
と言って困り顔だった。察するに、牛車以外にも何かやられているようである。それなりの人間、例えば忍びなんかを雇えば、解決する可能性はありそうだが……。
そんな関白殿下の困り顔を見て、仙蔵と伊作が何やら目配せしてきた。そして、仙蔵の方が小さく澪に耳打ちしてきた。
「ーー澪さん。我々で手を貸せるかもしれぬ。提案を」
「……いいの?」
「許可はいるだろうが、恩を売る相手としては最上だろう」
仙蔵の言う通りではある。それに、学園長に話を持っていっても反対はされにくいだろう。情けは人の為ならずーー巡り巡って、自分達のためになる事もあるかもしれない。
それに、近衛家の高貴な二人から、嫌な感じがしなかった。だからか、仙蔵の後押しもあって提案をするのは容易かった。
「あの……雇い主に許可を貰ってからにはなりますが、殿下のお悩みを解決する手助けを我らができるやもしれませぬ。如何で御座いましょう?」
「おお、それは助かるが。良いのか?銭はかかるのかの?」
「銭は……無用になるよう取り計らいます。ただ、屋敷に何かと訪う事になるやもしれませぬが」
「よい、よい。むしろ、歓迎する」
澪の言葉に、関白殿下は目を細めてうんうんと頷いた。それにしても、と、チラリと関白殿下の顔を見る。
色の白い顔、秀麗な面差し、長いまつ毛、貴公子と言っていい見目の良さだ。それこそ、源氏物語に出てくる光源氏だと言われても頷けるような外見である。
とはいえ、ときめいたりというのは決してない。ただ、何となくーー分家とはいえその血を引いているせいか、近衛家の者は母とどことなく顔のパーツが似ている気がした。つまりは、澪とも似ている。
母の飛び抜けた美貌の由来が何となく分かった気がする。今はかつての栄華を失ったとはいえ、帝に娘を代々嫁がせてきた一族の係累の血を引くからだろう。
「では、よろしくお願いします」
澪が丁寧に頭を下げると、仙蔵と伊作も続いた。
どうなるかは分からないが、思わぬ所で澪の母を通じて得た縁を切欠とし、忍術学園にこれまでになかった風が吹こうとしている。
漠然とだが、そんな予感がした。
「おお、戻ったか。見ての通りよ、年寄りの暇潰しに付き合ってもらっておじゃる」
おほほ、と笑う太閤殿下を前に現関白殿下の近衛幸久がポカンとした顔をしていた。ちなみに、近衛幸久は役職を兼任しており関白でもあり、左大臣でもある。
なお、近衛家は史実でもそうだったようにこのなんちゃって戦国時代でも将軍家と縁を結んでいる。公家というのは、強かで戦国大名等に娘を嫁がせている例は多い。
そしてそれ故に、公家独自の情報ネットワークがあったりする。
近衛家でも、娘の一人は越前の大名へ、もう一人の娘はなんと将軍の妻、即ち御台所だ。これも史実と同じだったりする。ちなみに、近衛家の娘を御台所に出すのはこれで二回目になる。
近衛家と将軍家の関係性は史実と同じだ。つまるところ、現将軍の母は現関白の伯母であり、その妻は関白殿下の妹である。関白殿下は将軍の従兄弟であり、義兄なのだ。非常に将軍家に近いと言えよう。
考えれば考える程、気軽に接する事ができるような家柄ではない。なんちゃって戦国のくせに、変な所で史実と同じとはこれ如何に。
大河ドラマや歴史小説で見た戦国時代の知識が、妙に役立つ世界である事に感謝すべきか遠い目になるべきか悩ましい所である。
それなのに、卒中予防の生活習慣改善の知識披露に始まり、あれやこれや話すうちに、もともとの性格や相性も悪くなかったのか、太閤殿下と澪達は半刻もすれば、打ち解けていた。
仙蔵と伊作も最初こそ緊張していたが、今は微笑みすら浮かべて太閤殿下とやり取りしている。
持ち前の醸し出す雰囲気が気に入ったのか、太閤殿下は伊作を指名し、肩を揉ませて上機嫌にすらなっていた。伊作はと言うと、御年寄の肩揉みはしょっちゅうらしく、ニコニコしている。
ーーで、澪はというと。
「太閤殿下、終わりました」
卒中予防に効果のある生活習慣改善の方策について、書き付けていた。それを仙蔵が読んで書き間違え等がないかチェックする作業をこなしており、関白殿下は一人が太閤殿下の肩を揉み、残る二人が史机で作業をする謎の光景に、片眉を上げていたという次第だ。
「おお、有難い。教えてもらったことを心がけて過ごす事にしよう。まだまだ死ねぬからの」
「なんの話しでおじゃりますか、父上」
「大した事はない。最近の麿が時々覚える症状が卒中の原因の可能性があるというでの。少しでもマシにするための方策を書き記してもらっておった」
「それは真でおじゃりますか?!」
のほほんとした太閤殿下とは異なり、ギョッと目を見開く関白殿下。
「本当かどうかは、どちらでもよい。身体にいい事なら取り入れるまでよ。幸い、対応策は高価な薬を取寄せるようなものでもないしの」
「……はぁ、左様で」
父親の落ち着きぶりに、驚愕の表情を徐々に平生に戻す関白殿下。
「それとな、麿が確認したのだが伝助ではなく澪という名じゃ。文にあったとおりの名じゃ、今は男の姿をしておるが、間違いなく女子よ」
「あの、太閤殿下。文というのは?」
伝助の正体をバラす太閤殿下に、その肩をもんでいた伊作が不思議そうな顔をした。文、という言葉に澪も反応する。
「……太閤殿下、関白殿下。わたしも気になります。文にあったとおりということは、わたしについて何か書いてあったということですよね。それは一体?」
ーー気になっていた事が、全て解けるかもしれない。そう思って、近衛父子を見ると二人とも目を合わせ、ややあって息子の関白殿下の方がため息混じりに頷いた。
「隠す気がなかったとはいえ、仕方ない。正直に話すとのーー我らはそなたの母よりそなたの事を頼まれておじゃったのよ。証拠の文を持ってくる故、そなたも読むとよかろう」
「母上が……?」
近衛家なんて、まずもって普通ならお近付きになる事等できない高貴な方々だ。
そんな近衛家の人間と母が繋がっていた、という事実をあっさり暴露されて澪は面食らった。伊作や仙蔵もそれは同じらしく、呆然とした様子だ。
それから、関白殿下が客間を一旦出て自ら蒔絵の描かれた美しい史箱を持ってきた。朱色の紐を解き、中にしまってあった書状を開いて澪に見せてくれる。
そこに記してある文字は間違えなく、母の直筆だった。
文に記されてある内容は、堅苦しい挨拶等もあるが端的に言うと次のような内容だ。
『ーー親愛なる近衛の兄様へ。久しくお会いしておりませんが、お元気ですか?実はこの度、我が子、澪も十五歳になり、美しくも逞しく育ちました。
これを機に、わたしはかねてより心通わせたる明の方と再婚し、あちらで生活をします。
日ノ本に二度と帰らぬ事になっても後悔はありません。わたしのこの先の人生に子を巻き込むわけにもいきませんので、近く別れて生活をするつもりです。兵庫津辺りで別れる予定です。
娘はわたしに似て美しいです。力も心も強く、非常に勤勉で、放り出しても一人でやっていけるだけの逞しさがあります。
ですが、恋愛経験がないだけに男を見る目があるのかだけが不安ですーーわたしから、色々と教えはしましたが。変な男に引っかかり、下手な情がわく可能性もないとはいえません。
職を求め、都の辺りに娘が行くこともあろうと思います。ですので、兄様、ほんの少しわたしの子の事を気にしていただきたいのです。
それでは、兄様のご健康と近衛家の安寧を遠き地より願って。。』
文章の末尾には母の名前が記してある。それをじっと見つめた澪は、ゆっくりと顔を上げた。
そこには澪の事を気遣うような様子の関白殿下の整った顔があった。かなりの美形だな、と思う。よく見ると、鍛えているのか公家なのに服の上からでも筋肉がついているのが分かった。隠れムキムキというやつかーーと、しょうもない事を考えるのは現実逃避したいからかもしれない。
あるいは、その通りなのだが色々と澪に対する母らしい余計なお世話を炸裂させまくった手紙を前に頭を抱えたいのかもしれない。
何はともあれ、とりあえず。
「関白殿下におかれましては、我が母がこのような手紙を寄越し、とんだお手間をかけさせたこと、深くお詫び申しあげます」
母親と近衛家の繋がり等は一切無視して、澪は土下座した。途端に、関白殿下の慌てた声がした。
「やめよ。麿は詫びが欲しいわけではない。それに、そなたの母と麿は、昔の事だが親しくした間柄なのだ。近衛の家も子細は言えぬが、そなたの母には大きな借りがおじゃっての。それに、ここには文だけだが結構な銭がそなたの母から近衛家にと、贈られてきたのでおじゃる。その銭で、庭の手入れや屋敷の修繕もできた。それもあっての。放置は流石に好ましくない故、麿なりにそなたを探しておったのじゃ。男子の姿を見て、人違いかもしれぬと思ったが、容姿と並外れた力を見て思い切って招いて正解でおじゃった。そなたとこうして、会うことができて何よりよ」
「……それは、ありがとうございます」
ゆっくりと顔を上げつつ、澪は頷いた。とはいえ、澪としては多額の銭を近衛家に贈って、出会えるかも分からない澪の事を頼むくらいなら、澪への餞別にそっくりそのまま、その銭を渡してくれても……と、思ったところで、ふと、考えが過った。
ひょっとして、文に記してあった澪の事は本題ではなく近衛家への銭が本題だったりするのでは?と。
確証はないが、貴族は貧しい。近衛家と母が浅からぬ縁のある者同士であれば、日ノ本を離れる際に手元にある銭を一人でも生きていけそうな澪より一層、何かと銭の必要な近衛家へと送った可能性がある。
澪の事は、銭を渡す近衛に対して負い目を感じさせないようにするための言い訳、カモフラージュの可能性も有り得る。
本気で澪の事を頼むにはこの方法は、回りくどいのだ。それどころか、何にもならない可能性の方が高い。
ーーそうなると、気になるのは母が何者であったかだ。
「あの、関白殿下。お恥ずかしながら、娘でありながら母の事をわたしは何も知らぬのです。生まれた時から、これまで母は再婚を沢山しており、場所も点々としておりましたので、母がいったいどういった素性の人か、ついに聞けぬまに別れてしまいました。それ故、大変、恐縮なのですが関白殿下の知りうる母の事について、話しても良い範囲でわたしにお教えいただくことはできますでしょうか」
「……それはかまわぬが、この場でかの?友もおるようだが」
「問題ありません。信用できる者達です。ですが、近衛家にとってご都合が悪いようであれば、別の場所にてお聞きします」
どちらにせよ、澪の母と近衛家の関係性は学園長へ報告案件だ。ここまで来たら、下手に詮索されたりしないよう、伊作と仙蔵には知っておいてもらっても構わない。だが、近衛家として広く知られては困るのであれば、報告範囲は最小限で留めておくつもりである。
「勿体ぶる事もあるまい。友人達は悪い者達ではなさそう故、できる範囲で話してもよいでおじゃろう」
「ーー父上がそう仰るのであれば」
太閤殿下の鶴の一声に、コホン、と軽く咳払いして関白殿下がゆっくりと言葉を紡いだ。
「そなたの母は、近衛家の分家の血を引く庶子じゃ。まぁ、当時色々あっての。近衛の屋敷で過ごした事があるのじゃ」
「ということは、わたしには祖父母がいるので?」
「いや。残念な事に、そなたの祖父母にあたる者等は既にこの世におらぬ。唯一、分家の血を引くのは庶子であるそなたの母であったが、本人の希望もあって分家は断絶してしまっておるのじゃ。婿を取ってまで家を再興するのは庶子故、何かと苦労するから嫌だし、だからと言って出家するのも嫌だと言っておじゃった。こんな世でおじゃるから、近衛の分家と言えども生活が苦しい。それに庶子故、家系図に名もない。本人の希望に沿うて、多少の餞別を与えて自由の身にしたのよ」
つまり、澪は家系図に名前の乗らなくなった近衛家の分家の庶子の娘、ということになる。分家が所有する財産は、近衛家が吸収したのかもしれないし分家に借財等があったなら、処分した可能性もある。そこの所について、関白殿下は何も言わないので上手く片付けたのだろう。
ーー例え、庶子の子とはいえ貴族の血を引いてはいても家系図に乗らない以上は、澪は存在していないのと同じだ。
そのままならば庶民と何も変わらないというわけだ。勿論、澪としては今の生活に不満がないので、そちらを希望する。
「そなたが今の生活に不自由しているようなら、分家の血を引く子として、多少なりとも麿が面倒を見るつもりでおじゃったが……」
「成程……」
一応、辻褄は合う。
近衛家が澪の母に借りがあるという、子細が言えない内容が気になったが、話せる範囲でお願いしているので、その感情は顔に一切出さない。
「お気遣い、ありがとうございます。ご覧の通り、わたしは生活に困ってはおりませんので、ご心配は無用にございます」
「うむ、それは良かった。それで……麿の話で、納得してくれたかの?」
「はい」
関白殿下が澪に接触する理由は分かった。澪が頷くと、関白殿下たけでなく太閤殿下も何処かほっとした様子で小さく息を吐いていた。
「して、そなたは今何処に住んでいてどんな仕事をしておるのじゃ。確認しておきたいのじゃが」
「…………え、っと」
忍術学園で色々あって学園長の秘書してます、と、言いたい所だが秘匿性の高い学園のため、その答えを言うに言えない。
変な汗を額にかきそうである。関白殿下の何気ない問に、硬直する澪を助けてくれたのは、仙蔵と伊作だった。
「澪さんは、とある方の事業経営の補佐ーー秘書をしてます。我々は、澪さんの勤め先で学ぶ修行中の者でして。色々と多岐に渡る仕事をしているものですから、これといって何をしているとは言い難いのですが」
「そうなんです!説明するのが少し難しいのですが、ご心配は無用です。何せ、澪さんは本当に力が強くて、頭も良くて皆から信頼されているんです。というか、美人なのに強くて格好よくて、僕なんて尊敬してますからっ!」
仙蔵はともかく、伊作は余計な発言が混ざっている。ちょっと、否、かなり恥ずかしい気持ちになりつつも、澪が頷くと関白殿下と太閤殿下が顔を見合わせる。
「ふぅむ。まぁ、よく分からぬが…… 澪が今の状況に納得しておるのなら、麿はそれでよい。できれば、はっきり教えてほしい所でおじゃるが、こんな時代じゃ。言い難い事もあろう」
澪、と関白殿下に当たり前のように名前を呼ばれて少し驚く。
分家の血を引くとはいえ、澪は庶子だ。無理やりにでも問いただす事もできるだろうに、それをしない。
それ所か、そんな澪の表情を見た太閤殿下が、茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「そなたの母がこの屋敷にいた時、麿はもう一人の娘と思うておった。故に、そなたは麿にとっては孫娘のようなもの。息子からすれば姪のようなものよ」
太閤殿下の孫娘にして、関白殿下の姪。
もはや、言葉にして表現すると恐れ多すぎて遠い目になる澪である。伊作は「さすが、澪さん」とか何とか、何が流石なんだかとツッコミ満載な事を口にしている。一方、仙蔵はそんな澪や近衛親子を無言で見ていた。
「そういうわけじゃ。つまらぬ遠慮は無用よ。今日はせっかくじゃから、屋敷に泊まってはどうじゃ?」
ーーいや、そういうわけと言われても。
好意全開の太閤殿下の横で、「それはよい」関白殿下まで頷いてる。いやな感じはしない、とはいえ流石に相手が相手だけに、緊張してしまう。ないとは思うが、受けたら受けたで部不相応なのに、社交辞令も分からないのか……なんて、心中、考えられたりしたらどうしよう、と埒も無い事を想像してしまう。
「ありがとうございます。太閤殿下……ですが、お気持ちだけ有り難く受け取らせていただきます。実は外に一人連れがおりまして。その者を置いて屋敷で泊まるわけにはいかず」
何かあった時のための待機要員の半助だが、澪と近衛家の関係性が分かった事だし、もう大丈夫だろうと思い泊まりを辞退するための言い訳に使う。
「ならば、せめてもう少し話そうではないか。それと、今後は文のやり取りもしよう。屋敷へも気軽に遊びに来ればよい。友を連れてきても構わぬ。麿は、伊作の肩揉みが気に入った」
「父上の言う通りでおじゃります。澪、今度は伝助ではなく女子の姿をして来るように。その時は泊まるといい」
伊作は太閤殿下に気に入られたようだ。名前を呼ばれて、照れたように目を伏せている。澪はと言うと高貴な二人からの好意的な視線と言葉にタジタジだ。
それから、澪、伊作、そして仙蔵は時間が許すまで近衛家でひと時を過ごした。その際、美味しい羊羹をご馳走にもなったりした。何だか、外で待っている半助に悪いと思ってしまいながら、美味しい羊羹を味わっていたり。
和やかな会話の内容が殆どだったが、伊作と仙蔵が中心となって、関白殿下に牛車の事を聞いていた。人為的に壊されていた車輪の事が気になったのだろう。関白殿下も車輪に細工されていた事は気付いていたようで、宮中での勢力争いの事を簡単に教わった。
ーー関白殿下が曰く。
「公家は力がない故の。せめて官位をと帝のご寵愛を得ようとして宮中で争うのは珍しくはない。ま、言葉を飾らずに言えば宮中には、頭の中が未だに源氏物語の者らがおるということでおじゃる。牛車の件もつまらぬ嫌がらせの一環よ。とはいえ、続くと疲れるわ……うんざりよ」
と言って困り顔だった。察するに、牛車以外にも何かやられているようである。それなりの人間、例えば忍びなんかを雇えば、解決する可能性はありそうだが……。
そんな関白殿下の困り顔を見て、仙蔵と伊作が何やら目配せしてきた。そして、仙蔵の方が小さく澪に耳打ちしてきた。
「ーー澪さん。我々で手を貸せるかもしれぬ。提案を」
「……いいの?」
「許可はいるだろうが、恩を売る相手としては最上だろう」
仙蔵の言う通りではある。それに、学園長に話を持っていっても反対はされにくいだろう。情けは人の為ならずーー巡り巡って、自分達のためになる事もあるかもしれない。
それに、近衛家の高貴な二人から、嫌な感じがしなかった。だからか、仙蔵の後押しもあって提案をするのは容易かった。
「あの……雇い主に許可を貰ってからにはなりますが、殿下のお悩みを解決する手助けを我らができるやもしれませぬ。如何で御座いましょう?」
「おお、それは助かるが。良いのか?銭はかかるのかの?」
「銭は……無用になるよう取り計らいます。ただ、屋敷に何かと訪う事になるやもしれませぬが」
「よい、よい。むしろ、歓迎する」
澪の言葉に、関白殿下は目を細めてうんうんと頷いた。それにしても、と、チラリと関白殿下の顔を見る。
色の白い顔、秀麗な面差し、長いまつ毛、貴公子と言っていい見目の良さだ。それこそ、源氏物語に出てくる光源氏だと言われても頷けるような外見である。
とはいえ、ときめいたりというのは決してない。ただ、何となくーー分家とはいえその血を引いているせいか、近衛家の者は母とどことなく顔のパーツが似ている気がした。つまりは、澪とも似ている。
母の飛び抜けた美貌の由来が何となく分かった気がする。今はかつての栄華を失ったとはいえ、帝に娘を代々嫁がせてきた一族の係累の血を引くからだろう。
「では、よろしくお願いします」
澪が丁寧に頭を下げると、仙蔵と伊作も続いた。
どうなるかは分からないが、思わぬ所で澪の母を通じて得た縁を切欠とし、忍術学園にこれまでになかった風が吹こうとしている。
漠然とだが、そんな予感がした。
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