第10話 ドッキリドキドキ大作戦
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「ーー澪さんが、人気すぎて辛い」
はぁー、と深いため息が思わず零れた。何だか既視感溢れる己の言葉と行動に、小平太は思わず顔を顰めそうになった。
「分かるよ、小平太。一年い組の事が解決して、怯えられてたのもなくなっちゃったもんね。一年生から六年生まで、澪さんは引っ張りだこだ。ぼくも、澪さんから色んな話を聞いたりしたいのになぁ……はぁ」
小平太の独り言に応えたのは伊作である。
やって来たーー週末。
六年生の忍たま長屋では、特段予定もないため朝も早くから全員が洗濯場に集っていた。皆で忍者服や寝巻き、褌等を盥に入れて洗う。
「なら、この洗濯が終わったら、わたし達も町に行ってみるか。澪さん達に会えるかは分からんがな」
「そうは言うが仙蔵。せっかくの集まりに水を差す事にならんか」
「偶然を装えばいい。暇つぶしに町を散策していたと言えば住む。合流するかどうかは、その場の空気次第だな。まぁ、五年生の様子を見るに澪さんに不埒な真似をする輩はいまい。健全に楽しんでいると思うから、そうした心配から首を突っ込む必要はないだろうが」
もし、五年生の中に澪に惚れている輩がいて、下心を持っているなら、小平太が真っ先に気付いている。今のところではあるが、五年生の中に澪にほの字そうな男はいない。あえて言うなら、久々知兵助辺りが怪しいが、そんな事を言い出せばキリがない。
それこそ、伊作だって澪のファン倶楽部に入っている以上、いつ憧れが恋情になったっておかしくないのだから……ダメだ、こういう事を考え出すと、年頃の男が全員、澪に気があるように見えてしまう。
「もそ……」
長次が小さな声で呟いた。どうやら、町に行くなら買い物がしたいらしい。
「そうか、長次は買い物に行きたいのか」
「なんで、今ので分かるんだよ」
長次の呟く『もそ』の中に込められた意味を理解できるのは、長年同室で過ごしてきた小平太の特技のような物である。留三郎の至極真っ当なツッコミをスルーする。
「よしっ。なら、わたし達も町へ行くぞ!澪さん達を見かけたら尾行するのだっ。いけいけどんどーん!!」
「尾行は良くないよ。訓練じゃあるまいし」
「訓練?!なるほど、確かに五年生と澪さんの尾行はオレ達にとっても、五年生達にとってもいい訓練になるなっ。いい事を聞いた」
訓練、と聞いて日々ギンギンに忍者をしている文次郎の顔が輝く。余計な事を知らずに口にした伊作は、途端に顔が引き攣っていた。
そうと決まればと、文次郎が洗い終わった洗濯物を勢いよく絞っている。どうやら、六年生全員で町へ向かうことが確定した。この流れは最早、止まらないだろう。己一人で行くというのは少々抵抗があるが、六年生全員となると何の気兼ねもない。
小平太もまた、洗い終わった褌をパン!と開いて水切りついでに、仕上がりを確認する。その飛沫が今日も不運な伊作の顔に飛んで、伊作が小さな悲鳴を上げていたのだった。
洗濯物を干した後で、大急ぎで身支度を整えて町へ向かう。本日の門番当番である小松田に確認したところ、少し前に澪や五年生達は出て行ったとの事だった。
「あまり急いで行くと、追いついてしまうかもしれん。適度な距離を取りながら町へ向かって、澪さん達と会うにしろ町についてからの方がいいだろう。流石に道中は……」
「勿論だ、留三郎。さぁ、わたし達も行くぞぉっ!!」
「言ってる側から走るなぁーー!!」
びゅんっ、と音が出そうな程に走り出す小平太に留三郎が、早速、声を上げて注意していた。だが、そんな事で小平太の足は止まらない。町に澪が向かって居ると分かったら、自然と走り出してしまうのだ。恋って凄い。
「いけいけどんどん、いけいけどんどーん!!」
ドドドド、っと土煙が起こりそうな程に早く走る。すると、かなり遠目にではあるが澪達らしき人影が見えたので、そこで停止して様子を伺う。小平太の後ろから、残りの六年生達が駆け足で付いてきているがまだ距離がある。
そして、澪達らしき一行を見守っている中で小平太は、その後ろを妙な男がつけている事に気付く。薪を背負い、笠を目深に座った男は澪達と一定の距離を保ちながら、後ろからこそこそつけている。その歩き方が、どうも忍びを思わせる。
「小平太っ、走って行くなと言ったろうっ!」
「シッ。声を出すな留三郎。アレを見ろ、澪さん達をつけているかもしれん男がいる」
「ーー何?」
小平太の言葉に、真っ先に追いかけてきた留三郎が呼吸を整えつつ、前方を確認する。地形の関係で、澪達一行の姿は視界から消えてしまったが男はまだ見えた。留三郎も、怪しいと思ったのだろう眉間に皺が寄っている。
「遠目すぎて分かりにくいが、確かに忍びらしき歩き方だな。どうする?」
「澪さん達が気付いているか分からん。この際だ。もし、あの男が探っているようなら捕まえて目的を吐かせる」
「だな」
六年生でも武闘派である留三郎が、小平太の言葉に同意した。澪達の後を歩く怪しい男の目的は分からないが、忍術学園の関係者を追跡している可能性がある時点で要注意対象である。
それから、小平太達に追いついた残りの六年生にも男の事を教え、全員が小平太に同意した。
「町までは、行き先が被っているだけの可能性もある。町に入って澪さん達をつけているのがはっきり確認できてから、押さえるぞ」
仙蔵の提案に否やはない。町までの行き方はこの辺りからは決まった行き方しかないため、怪しい男が黒だとはっきりするのは町に到着してからになるのは当然だ。
小平太の足取りは最初とは異なり、ゆっくりとした物になった。澪達の後をつけているかもしれない男の後ろを、こっそり追いかけるように町まで歩く。
果たして。
町に着くと、男はキョロキョロと辺りを時折見渡しながら、一定の距離をあけて澪達とつかず離れず動いていた。
曲がり角も多数あり、人の往来がある町だからこそ、誰かをつけている動きというのは後ろから見るととても分かりやすい。
男は黒だ。
確信した小平太は、手短に指示を出した。
「わたしと留三郎はこのまま後ろから。前から文次郎と長次、左右からは仙蔵、伊作で囲むぞ。気取られるな」
「分かった。ひとつ先の辻でいいか」
「ああ」
仙蔵の確認に頷くと、小平太の指示を受けた四人が位置に着くために散らばった。前から囲む文次郎と長次が足早にかけていく。
澪達は、辻を左に曲がった所で見えなくなった。確か、あの向こうには美味いうどん屋があったはず。男もおそらくは辻へ曲がり、つけて行こうとしていたのだろうが、待ったがかかった。
「お前何者だ。何故、あの者達の後をつけていた」
「もそ……捕まえる」
辻を曲がる前にかけつけた文次郎と長次が男の前に立ち塞がると、途端に男が慌てた様子で左右を見渡すが、そこで左から仙蔵が右から伊作が現れたので、後ろを振り返り逃げようとするも、そこは留三郎と小平太がいる。小平太は腕組し、目が合った男を威嚇した。
「いつから、つけてた……!」
「町に入る前からだ。怪しいヤツめ、何が目的か吐かせてやる」
男の動揺を前に、ニヤリと笑う文次郎。それに呼応するかのように、にゃぁと笑う長次。強面の二人に男が徐々に後ずさるが、それ程広い場所でもないため、ジリジリと前後左右から距離を詰められていく。
鳥のように空を飛べでもしない限り、逃げ道はない。
「観念しろ。おりゃー!」
「うわぁーっ。やめろぉ!!」
文次郎が後ろを向いてがら空きになった男を拘束すると、ジタバタ暴れるがもう遅い。往来のため、人が足を止めて何事かと注目するのを避けるように細い路地に男を引きずり込みつつ、笠を剥ぎ取った。
そして。
「お前っ、そのサングラス……!さては、ドクタケの?」
笠を外して現れたのは、ややサングラスがズレ落ちかけているとはいえ、ドクタケ忍者隊に所属する細身の中年男であった。
確か名前はーー風鬼。
「なぜ、澪さん達の後をコソコソとつけていた。返答次第によっては、タダじゃおかんぞ」
「さては、稗田八方斎の命令か」
小平太が声音を低くして詰め寄ると、留三郎が負けじと風鬼を追い詰める。一方、六名もの忍たま最上級生に追い詰められた風鬼はアタフタしていた。
「ぎっくぅ!ち、違うっ。お頭の命令じゃないっ。これはそのっ、息子の冬鬼や他のドクたま達に頼まれたんだ。この前の忍術学園で見た澪さんと先生達の戦いぶりに、ドクたま達ときたら、すっかりファンになってしまって。澪さんの事を色々聞かれてもいいように、個人的に調べていただけで」
「今、ぎっくぅ!って言ったね」
「矢張り、稗田八方斎の命令か」
ビクビクして答える風鬼を前に、伊作と仙蔵が胡乱な目を向ける。
ドクタケ忍者は、時として敵になり得る忍術学園にとって油断ならぬ相手である。城主の木野小次郎竹高は天下を夢見ており、中々に好戦的である。
そんなドクタケの城に仕える忍者隊が、澪を調べていたなんて聞いて無害だと思う方がおかしい。
「……よし。押さえつけて、メモ等あれば回収してしまおう」
「よしきた!」
小平太の言葉に待ってましたと文次郎が動く。あっという間に、風鬼の懐を探って持ち物を取り上げていく。
「あーれー!」
「いい歳したおっさんが、変な声出すな!」
まるで狼藉を働かれる娘のような声を上げる風鬼に、気色悪そうな顔で留三郎が文句を言った。その隣で長次も無言で頷いている。
そうして、風鬼から出てきた荷物のうち、小さなメモに使える紙束を回収した。中を見ると、澪に関する事が書かれている。
男装姿の感想が書かれており、べた褒めであった。これは、ファンは息子の冬鬼ではなくて父親の風鬼じゃないのかと疑いたくなる書きっぷりである。
純粋にムカつく。
「……ふん!」
気がつけばビリビリ!と、音を立てて小平太はメモを引き裂いていた。
紙吹雪を作っているかのように次々と細かく千切る小平太に、風鬼が悲鳴じみた情けない声を発する。
「ああっ。せっかく、頑張ったのに!!」
「喧しいっ。わたしの目の黒い内は、澪さんに手出しはさせんぞ。ドクタケめっ」
ぼっこぼこのギッタンギッタンにしてやろうか、と思うが風鬼はこんなのでもドクタケ忍者隊の六人衆と呼ばれる上位忍者の一人だ。
直接的な危害を受けたわけでもないため、怒りに任せて手を上げると後で忍術学園にドクタケから要らぬ報復がないとも限らない。やられたら、やり返すくらいはしていいのだろうが、今回限りと水に流すべきなのだろう。
本音を言えば腹立たしいついでに、一発くらいは殴っておきたい。
が、我慢である。
「今日はもう帰れ。次に同じ事をしたらーー」
その時こそ、ぶっ飛ばしてやる。と、続けようとした時だ。表通りが何やら騒がしいのに気が付いた。
「何かあったのか?」
文次郎が、一瞬だけ表通りの方へ顔を向けた。その動きにつられ、小平太も僅かに視線をそちらへと向けた瞬間。
「っ、くらえ!」
地面の砂を顔に向けて風鬼から、投げつけられた。咄嗟のことに顔を覆うと、取り上げた荷をあっという間に風鬼が回収してしまう。
留三郎が捕まえようとしたが、まるで鼠のような素早さで風鬼にその手を避けられてしまう。
間抜けに見えても、プロ忍の動きである。数秒の内に風鬼は小平太達から距離を取ってしまった。
「今日の所は澪さんに免じて引くが、次は無い!」
「それはこちらの台詞だ、ドクタケめ。次に同じ真似をしたら本気で倒すからな!」
サングラスをくいっと上げ、先程まで情けない声で喋っていたのが嘘のように格好をつけて話す風鬼。イラッと来て、小平太が怒声をぶつけるも、こちらに背を向けるや否や、風鬼は路地を抜けて雑踏の中に消えてしまった。こうなると、追いかけるのも一苦労だ。
「念の為、今日の事は学園長に報告しておくぞ。ドクタケが澪さんを嗅ぎ回っているのは事実だからな。それと小平太、証拠の品を破くとは何事だ」
「問題ない。凡その内容は暗記してある」
仙蔵が小言を言うので、そう返事を返した。風鬼のメモは小平太からすれば、存在する事自体が許し難い代物である。支障は無くしたのだから、処分に文句を付けられたくはなかった。
「ドクタケは逃がしてしまったし、オレ達も表へ出るか」
「そうだね。まだザワついてる……ちょっと、何があったか見に行ってみよう」
留三郎の提案に伊作が頷いた。確かに、一瞬とはいえ気を取られる程に騒がしかった。もう出来ることもないため、全員で表通りへと戻る。
すると、貴族が乗っていると思しき牛車が立ち往生しているのが見えた。とは言っても、京でも 見かける事の多い屋形であった。
この町は洛中からほど近いので、牛車がある事に驚きはないとはいえ、その牛車の車輪が一つ壊れて外れかけているようである。
戦乱の世の公家は貧しい。例え、朝廷での位は高かろうが土地の支配権を持たないためだ。
おそらくは、あの牛車も見た目こそ美しいが、手入れの費用等はかけていなかったのかもしれない。
あるいは、何者かに仕組まれた可能性もある。争いは何も大名達に限った事ではなく、朝廷にいる公家達も戦をしないだけで、争いがあるのは同じだ。宮中で役職等を巡ってあれこれあるのは、平安時代から今も続いているのだ。
牛車の傍で、御者達が右往左往している。どうやら、屋形を支えるので精一杯のようだ。屋形の形からして、差ほどに身分の高い公家ではないようだ。
大変そうである。手伝うべきか否かーー小平太が悩んだその時だ。
「あの、宜しければお手伝い致します」
少し低い、だが、聞き覚えのありすぎる声がした。見ると、そこには澪が居た。五年生達も一緒だ。
「何者だ。手伝うとはどう言う……」
「近いならご所望の場所まで引くお手伝いをしても良いですし、馬の手配が出来るまで、支える役を代わっても構いません。このままでは、埒があかぬでしょう。中におられる方を、このままにできないはず」
澪がゆっくりと進み出て、御者達に申し出た。御者と言っても、十数名程度である。皆、屋形を支えるので精一杯そうだ。
御者達は顔を見合せており、澪の提案を受け入れるか否か迷っている様子だ。すると、屋形の中から声がした。男の声だ。
「馬の手配をする間で構わぬ。屋形を支えてたもれ」
「……承知いたしました」
御者達は屋形の中にいる貴人の言葉に、直ぐに動いた。澪が近付いて支えられるよう、一人が場所を空けると、代わりに澪が入る。
澪が両手を使って、たちまち屋形が軽々と支えられると、それを見た屋形を残って支えていた御者達がぎょっとした顔になっていた。
そして今更、御者達は澪の美貌をまじまじと凝視していた。容姿からは想像のつかない怪力に、驚いているのかもしれない。
「よかったら、わたし達もお手伝いします」
「屋形を支えている者の連れです。牛を落ち着かせるのをお手伝いします。屋形を支えるのも代わりますので、御者の方々は周囲の護衛をお願いします」
澪の行動を受けて、近くにいた五年生達が動いた。兵助を筆頭に澪だけでは、目立つと考えてか屋形を支えていた御者達と場所を代わり、八左ヱ門は生物委員会の委員長らしく、牛の傍に寄って行く。
すると。
「どこの者かは知らぬが、礼を言うぞ。助かった」
「あ、いえ。お公家様の役に立てたのなら幸いです」
「ほほほ、殊勝な事よの。どれ、助けてくれた者達の顔が見たくなった。牛車から降りたい」
屋形の中の公家の言葉に、その場にいた五年生と澪はもとより、遠巻きに見ていた小平太達六年生も固まった。幾ら貧乏で位が高くなさそうとはいえ、公家は公家だ。
こういう時、貴人は顔を見せない。牛車が壊れてしまったという不名誉を恥じて、己の正体を頑なに隠す。気位が高い者ならまず、庶民等を歯牙にもかけない。
だというのに、屋形の中の公家はわざわざ澪達を見るために出てくると言う。これが驚かずにはいられようか。
澪達が固まりつつも、言われた通りに貴人が降りれるよう御者と協力し、牛を外して屋形を傾けた。
すると、前方の出口からそろりそろりと狩衣姿の公家の男が出てくる。とはいえ、流石に扇を広げて顔が全て見えないよう、顔の下半分を隠していた。
歳の頃は二十代後半か、三十代の前半くらいに見えるが、顔貌がはっきりしないので年齢はよく分からなかった。
手で屋形を支えている澪達以外の面々が、片膝をつくと公家の男は満足気に頷いた。そして、ぐるりと時計回りに忍たま達の顔を確認し、最後に屋形を支えている兵助達や男装した澪の顔を見て、ピタリと動きを止めた。
澪の美貌を前に驚いているのか。分からないが、公家の男はまるでその場に縫いとめられたかのように、澪を見て動かなくなった。
「……そなた、名は?」
「伝助と申します。家名はありませぬ」
「ふぅむ、伝助のぅ。そなたの美々しい見た目に不釣り合いな名前でおじゃるな。もう少し、華やかな方が合っているだろうに」
男は口元を扇で隠しつつも、澪の顔をじっと見ている。あまり間近だと、変装がバレてしまうかもしれない。牛車から降りて来た事といい、澪達に近付く事といい、公家ではあるが気位はそこまで高くないのだろう。
ーーそして。
「気に入った。麿の屋敷で働かぬか伝助とやら。そなた一人でとは言わぬ。ここの者達も働きたいというなら、何人か下男として雇おうぞ。給金は多くは出せぬが、麿の屋敷で働くともなれば、箔が付くぞ」
いきなりのスカウトに、澪は勿論の事、ついでに雇ってもいいと言われた五年生達がギョッとした。御者達も驚いたらしく、アタフタしている。
「えっと、申し訳ありませぬお公家様。実は既に仕事に就いておりまして。そこを辞めるわけにはいきません。お気持ちは大変、有難いのでございますが。この者達も、下男として雇われるわけにはいかず」
「何と。先を越されておったか……見目も麗しく、力もあると言うのに。誠に残念じゃ」
心底残念そうにため息を着く公家の男。
「お主ら何を見ておる。用がないなら、散らぬか!」
遠巻きに眺めていた聴衆を、御者達が追い払った。どうやら、今の状況が多数に見られているのがマズいと思ったらしい。とはいえ、車輪が壊れた牛車はどうしても目立つ。
ここは退散するか、あるいは澪達の知り合いであるとこの場に居ることを明かして近づくか悩ましい所だ。
小平太は、すぐ近くにいる仙蔵の方を見た。すると、目が合った仙蔵が静かに頷き、澪達のいる方を軽く指さした。どうやら、あえて近づいた方がいいと判断したらしい。
ならば。
「ーー伝助っ、どうしたんだ?何やら困り事か、わたし達も手伝おうか」
小平太はわざと少し大きめの声を発し、澪達に近付いた。
ぞろぞろと小平太を筆頭に現れた六年生達に五年生達がぎょっとしている。澪も、パチパチと大きな目を瞬きしていた。公家の男はと言うと、チラリと小平太達を軽く見ただけでその後は、澪にじっと視線を注いでいる。
余程に気に入ったのだろうか。だが、澪の見目麗しい美しさに惑わされているようには感じられない。
公家の男の眼差しは、熱に浮かされた物ではなく理知的であった。その事に少し違和感を感じる。
「では、お言葉に甘えて少しだけ手伝ってくれますか」
「勿論だとも。では、片付くまで護衛の人の手伝いをしていよう!」
「今日は元気な男子とよく出会うの。こんな日も悪くない」
ほほほ、と公家の男が笑っている。その声は、朗らかで嫌な感じがしない。公家である事以外は分からないが、いい人そうだと思った。
それから、公家の男は馬が来るまでの間、澪を筆頭に忍たま達にあれこれと話しかけていた。御者達が落ち着かない様子だった事から、屋形こそ家格の低い者が乗る形をしているが、ひょっとすると本来なら小平太達が話しかけられるような身分の者ではないのかもしれないーーと、推測出来た。
上級貴族が、態と目立たないよう下級貴族の使う屋形に乗ったりもするからだ。
公家の男の方は、身分さえ隠してしまえば問題ないとばかりに、好奇心の赴くままに話しかけているようだった。
闊達な公家とはこれ如何に。
やがて、無事に御者の何人かが数匹の馬を連れて戻って来ると、公家の男は慣れた様子で馬に跨った。見た目とは裏腹に鍛えているらしい。馬に乗った事で、扇で隠されていた男の顔が露になる。
かなり整った面差しだった。
「世話になったの。すまぬが、御者を残す故、片付けの人をやるまでそなた達にも牛車と牛の見張りを頼みたい。きちんと礼はする」
「ありがとうございます。ですが、お気遣いは無用です」
「ほほほ、そのような事を言われると益々礼をせねば。では、頼んだぞ伝助とやら」
公家の男はそう言い残すと、護衛代わりらしい御者を数名連れて颯爽と去って行った。残りの御者達は澪達と留守番である。
「奇遇ですね、先輩方。まさか、町で遭遇するなんてー。ははっ」
公家の男が去ると、それまで何事かと見ていた人達も興味を失ったかのように、続々と散っていく。御者達は無言で小平太達を見ているが、特に何も言わずに立っている。御者達は公家の男に気に入られたらしい澪が気になるようで、時折、伺うような視線を向けていた。
そんな中、勘右衛門が爽やかな笑顔で小平太達に話しかけてくるが、言葉の中に小さな棘が潜むような物言いである。
これは、どう考えても態とついて来たのかと疑われている。実際はその通りなのだが、肯定する気は毛頭ない。それに、単に引っ付いて来ただけでもない。成行きではあるが、風鬼による澪の尾行を阻止したのだし。
「いいじゃないですか、勘右衛門くん。わたしは、小平太くん達がいてくれて心強いです」
「人が来るまでどのくらいかかるかは分からないんだし、数がいた方が屋形を支えるのも交代できる。いいじゃないか勘右衛門」
屋形を支えている澪達は、六年生達を歓迎してくれているようで、妙な空気にならずに済んだ。
それから、屋形を支える役、見張り、牛をみる役を交代しながら、御者達と人がやって来るのを待つ。途中、御者に見咎められぬよう気をつけながら、六年生で壊れた牛車の歯車を軽く調べたが、やはりと言うか態と壊れやすくする細工が施されているようだった。
牛車の車輪は、釘を一切使わず木で組み立てられるようになっており、破損部分を取り替えれば百年でも使用が可能な優れ物だ。手入れはかかせないが、もちはいい。
やはりと言うか、屋形にいた公家は実際は相当な身分なのだろう。少なくとも、こうした嫌がらせを受ける程度には宮中に影響力がある人物と見ていい。
澪はどうも、親切心で手伝いを申し出たようだが、思わぬ大物と接触したのではないか。口にこそしなかったが、小平太の考えを察してか忍たま達の顔つきが段々と、何とも言えない物になってきた。澪はと言うと、涼しい顔で平然としている。
牛車の片付けのために、多数の人がやって来たのは一刻程してからの事だった。その中には、先程、公家と共に帰った御者の姿もあった。
流石に公家の男の姿はなかったが、戻ってきた御者の一人から小平太達は銭を渡された。全員でそれなりの物を食べても、釣り銭が来そうな額である。
「今日の事は、吹聴しないよう願う。それと、主よりこれを伝助に渡すよう言付かっている。出来れば、伝助だけが見ること。どうしても他に見せるなら、信用ならぬ者には決して見せぬようにーーとの事だ」
あの公家は澪を下男に雇うと言う程、今日出会ったばかりだと言うのに身分を気にした様子もなく気に入っていた。
その澪に文とはーー何かあるのかもしれない。
全て終わる頃には、流石に腹が減ってきた。澪達は昼食を食べたようだが、小平太達は朝ごはん以降、何も口にしていない。なので、饂飩に餅、団子等も出してくれるという茶屋に全員で向かって腹を満たす事にした。
周囲に他に人がいるため、店での会話は全て当たり障りの無いものになり、澪が謎の公家の男から渡された文については、買い物をする等して町での用事を済ませてから、その後、忍術学園へ帰る道すがら中を改める事になった。
「ひとまず、わたしが中を見て問題なさそうなら皆さんにお見せする、という事でよろしいですか?」
「勿論だ。その代わり、我々はダメでも、学園長先生には必ずお見せするという事で。それであれば問題ない」
上級生とはいえ、忍たまでしかない自分達は文の中身が気になるとはいえ、澪が見せないと決めたならそれを優先する。
ただし、学園長に隠し立ては御法度である事を仙蔵が言外に告げると、澪は静かに頷いてから文を広げて読んだ。
その整った顔を見ていると、文を読み終わる直前で澪が大きく目を見張った。そして、きゅっ、と眉間の辺りに皺を寄せる。
「うーん……これは、うーん」
うんうん唸る澪。
「わたし達も中を見ていいか?」
「ええ、どうぞ。ただし、念の為、この事は他の忍たまには口外無用でお願いします」
澪が差し出した文を小平太が受け取ると、他の忍たま達が寄ってきて、内容を読む。
文の要件は手短であった。
走り書きのようにも見えるが、綺麗な文字である。内容としては、今日の一件の礼を述べており、下男の件が断られてとても残念に思う事が書かれており、出来れば改めてきちんと礼がしたいので、良ければ少しなら連れが居てもいいから、京にある己の屋敷に直接来るように、と書いてある。
屋敷を訪問する際は、この手紙を門で見せるように、ともあった。
そして京の屋敷の場所を記すと共に、ご丁寧に署名がなされており、その名前を読んだ小平太は勿論の事、他の忍たま達も時が止まったかのうように凍りついた。
「えっ、ちょっ、こ、これ、マジ?」
乗っている屋形からは想像もつかぬ、位が高い貴族だろうとは何となく察してはいた。それはおそらく、小平太だけではないはず。
だが、手紙に署名された名前を前に留三郎が目を見開いてカチコチになっている。当たり前だ。忍びなら、否、例え城持ちの大名であったとしても、場合によっては死ぬまでお目にかかれない人物なのだから。
「近衛って……、あれだよな、あんまり宮中の事には詳しくないが、確か五摂家の一つだよな」
留三郎が呆然と呟く。
ごくり、と生唾を飲んだのは誰だったか。
喉がひりつく感じがする。澪はとんだ大物、というか相当に高貴な人を引き当てたらしい。
小平太は、近くにいる仙蔵のただでさて色の白い顔が今は殊更に白く見えた。
「わたしの記憶違いでなければ、この方は……おそらくーー現関白だ」
「ぶっふぉ?!」
「こらっ、吹き出すな文次郎っ。殿下からの文が汚れるかもしれんだろうが!!」
関白とは、帝の補佐を務める役職である。つまりは殿上人だ。例え朝廷が困窮していようとも、関白ともなれば城の殿様より位は遥かに上である。
仙蔵の言葉に文次郎が吹き出すのも、致し方なしと言えよう。
武力こそないが、関白ともなれば権威はこの国屈指と言えよう。忍者の卵がおいそれと近づけるような存在ではない。
「ほ、本物ですよね。殿下の名前を語る詐欺とかじゃないんですよね……!」
「嘘をつくには、利用する名前が余りにも大き過ぎる。本物であろうよ」
関白の名前に、雷蔵が震えていた。いつも飄々てしている三郎も、雷蔵そっくりの顔を驚愕の色で染めている。その二人を前に冷静に呟く仙蔵だが、気のせいでなければ手が震えていた。
「ドッキリドキドキ大作戦より、こっちの方がドッキリドキドキだな」
「そんな可愛らしい表現ですむか、八左ヱ門。関白殿下だよっ」
呑気な感想を口にする八左ヱ門に、勘右衛門がツッコミを入れているが確かにその通りだ。
ドッキリドキドキ大作戦の立案者である忍たま上級生達は、一枚の紙切れを前に自分達の作戦が如何に可愛らしい物だったか痛感した。
「澪さん、流石だな。このドッキリはわたし達も腰を抜かしそうだ」
ややあって、小平太は心から思った事を口にした。
流石は、己が見込んで惚れた女ーー末恐ろしい引きであると、心の底から関心した。
そんな小平太もまた、ドキドキと心臓が煩いくらいに音を立てていたのだった。
はぁー、と深いため息が思わず零れた。何だか既視感溢れる己の言葉と行動に、小平太は思わず顔を顰めそうになった。
「分かるよ、小平太。一年い組の事が解決して、怯えられてたのもなくなっちゃったもんね。一年生から六年生まで、澪さんは引っ張りだこだ。ぼくも、澪さんから色んな話を聞いたりしたいのになぁ……はぁ」
小平太の独り言に応えたのは伊作である。
やって来たーー週末。
六年生の忍たま長屋では、特段予定もないため朝も早くから全員が洗濯場に集っていた。皆で忍者服や寝巻き、褌等を盥に入れて洗う。
「なら、この洗濯が終わったら、わたし達も町に行ってみるか。澪さん達に会えるかは分からんがな」
「そうは言うが仙蔵。せっかくの集まりに水を差す事にならんか」
「偶然を装えばいい。暇つぶしに町を散策していたと言えば住む。合流するかどうかは、その場の空気次第だな。まぁ、五年生の様子を見るに澪さんに不埒な真似をする輩はいまい。健全に楽しんでいると思うから、そうした心配から首を突っ込む必要はないだろうが」
もし、五年生の中に澪に惚れている輩がいて、下心を持っているなら、小平太が真っ先に気付いている。今のところではあるが、五年生の中に澪にほの字そうな男はいない。あえて言うなら、久々知兵助辺りが怪しいが、そんな事を言い出せばキリがない。
それこそ、伊作だって澪のファン倶楽部に入っている以上、いつ憧れが恋情になったっておかしくないのだから……ダメだ、こういう事を考え出すと、年頃の男が全員、澪に気があるように見えてしまう。
「もそ……」
長次が小さな声で呟いた。どうやら、町に行くなら買い物がしたいらしい。
「そうか、長次は買い物に行きたいのか」
「なんで、今ので分かるんだよ」
長次の呟く『もそ』の中に込められた意味を理解できるのは、長年同室で過ごしてきた小平太の特技のような物である。留三郎の至極真っ当なツッコミをスルーする。
「よしっ。なら、わたし達も町へ行くぞ!澪さん達を見かけたら尾行するのだっ。いけいけどんどーん!!」
「尾行は良くないよ。訓練じゃあるまいし」
「訓練?!なるほど、確かに五年生と澪さんの尾行はオレ達にとっても、五年生達にとってもいい訓練になるなっ。いい事を聞いた」
訓練、と聞いて日々ギンギンに忍者をしている文次郎の顔が輝く。余計な事を知らずに口にした伊作は、途端に顔が引き攣っていた。
そうと決まればと、文次郎が洗い終わった洗濯物を勢いよく絞っている。どうやら、六年生全員で町へ向かうことが確定した。この流れは最早、止まらないだろう。己一人で行くというのは少々抵抗があるが、六年生全員となると何の気兼ねもない。
小平太もまた、洗い終わった褌をパン!と開いて水切りついでに、仕上がりを確認する。その飛沫が今日も不運な伊作の顔に飛んで、伊作が小さな悲鳴を上げていたのだった。
洗濯物を干した後で、大急ぎで身支度を整えて町へ向かう。本日の門番当番である小松田に確認したところ、少し前に澪や五年生達は出て行ったとの事だった。
「あまり急いで行くと、追いついてしまうかもしれん。適度な距離を取りながら町へ向かって、澪さん達と会うにしろ町についてからの方がいいだろう。流石に道中は……」
「勿論だ、留三郎。さぁ、わたし達も行くぞぉっ!!」
「言ってる側から走るなぁーー!!」
びゅんっ、と音が出そうな程に走り出す小平太に留三郎が、早速、声を上げて注意していた。だが、そんな事で小平太の足は止まらない。町に澪が向かって居ると分かったら、自然と走り出してしまうのだ。恋って凄い。
「いけいけどんどん、いけいけどんどーん!!」
ドドドド、っと土煙が起こりそうな程に早く走る。すると、かなり遠目にではあるが澪達らしき人影が見えたので、そこで停止して様子を伺う。小平太の後ろから、残りの六年生達が駆け足で付いてきているがまだ距離がある。
そして、澪達らしき一行を見守っている中で小平太は、その後ろを妙な男がつけている事に気付く。薪を背負い、笠を目深に座った男は澪達と一定の距離を保ちながら、後ろからこそこそつけている。その歩き方が、どうも忍びを思わせる。
「小平太っ、走って行くなと言ったろうっ!」
「シッ。声を出すな留三郎。アレを見ろ、澪さん達をつけているかもしれん男がいる」
「ーー何?」
小平太の言葉に、真っ先に追いかけてきた留三郎が呼吸を整えつつ、前方を確認する。地形の関係で、澪達一行の姿は視界から消えてしまったが男はまだ見えた。留三郎も、怪しいと思ったのだろう眉間に皺が寄っている。
「遠目すぎて分かりにくいが、確かに忍びらしき歩き方だな。どうする?」
「澪さん達が気付いているか分からん。この際だ。もし、あの男が探っているようなら捕まえて目的を吐かせる」
「だな」
六年生でも武闘派である留三郎が、小平太の言葉に同意した。澪達の後を歩く怪しい男の目的は分からないが、忍術学園の関係者を追跡している可能性がある時点で要注意対象である。
それから、小平太達に追いついた残りの六年生にも男の事を教え、全員が小平太に同意した。
「町までは、行き先が被っているだけの可能性もある。町に入って澪さん達をつけているのがはっきり確認できてから、押さえるぞ」
仙蔵の提案に否やはない。町までの行き方はこの辺りからは決まった行き方しかないため、怪しい男が黒だとはっきりするのは町に到着してからになるのは当然だ。
小平太の足取りは最初とは異なり、ゆっくりとした物になった。澪達の後をつけているかもしれない男の後ろを、こっそり追いかけるように町まで歩く。
果たして。
町に着くと、男はキョロキョロと辺りを時折見渡しながら、一定の距離をあけて澪達とつかず離れず動いていた。
曲がり角も多数あり、人の往来がある町だからこそ、誰かをつけている動きというのは後ろから見るととても分かりやすい。
男は黒だ。
確信した小平太は、手短に指示を出した。
「わたしと留三郎はこのまま後ろから。前から文次郎と長次、左右からは仙蔵、伊作で囲むぞ。気取られるな」
「分かった。ひとつ先の辻でいいか」
「ああ」
仙蔵の確認に頷くと、小平太の指示を受けた四人が位置に着くために散らばった。前から囲む文次郎と長次が足早にかけていく。
澪達は、辻を左に曲がった所で見えなくなった。確か、あの向こうには美味いうどん屋があったはず。男もおそらくは辻へ曲がり、つけて行こうとしていたのだろうが、待ったがかかった。
「お前何者だ。何故、あの者達の後をつけていた」
「もそ……捕まえる」
辻を曲がる前にかけつけた文次郎と長次が男の前に立ち塞がると、途端に男が慌てた様子で左右を見渡すが、そこで左から仙蔵が右から伊作が現れたので、後ろを振り返り逃げようとするも、そこは留三郎と小平太がいる。小平太は腕組し、目が合った男を威嚇した。
「いつから、つけてた……!」
「町に入る前からだ。怪しいヤツめ、何が目的か吐かせてやる」
男の動揺を前に、ニヤリと笑う文次郎。それに呼応するかのように、にゃぁと笑う長次。強面の二人に男が徐々に後ずさるが、それ程広い場所でもないため、ジリジリと前後左右から距離を詰められていく。
鳥のように空を飛べでもしない限り、逃げ道はない。
「観念しろ。おりゃー!」
「うわぁーっ。やめろぉ!!」
文次郎が後ろを向いてがら空きになった男を拘束すると、ジタバタ暴れるがもう遅い。往来のため、人が足を止めて何事かと注目するのを避けるように細い路地に男を引きずり込みつつ、笠を剥ぎ取った。
そして。
「お前っ、そのサングラス……!さては、ドクタケの?」
笠を外して現れたのは、ややサングラスがズレ落ちかけているとはいえ、ドクタケ忍者隊に所属する細身の中年男であった。
確か名前はーー風鬼。
「なぜ、澪さん達の後をコソコソとつけていた。返答次第によっては、タダじゃおかんぞ」
「さては、稗田八方斎の命令か」
小平太が声音を低くして詰め寄ると、留三郎が負けじと風鬼を追い詰める。一方、六名もの忍たま最上級生に追い詰められた風鬼はアタフタしていた。
「ぎっくぅ!ち、違うっ。お頭の命令じゃないっ。これはそのっ、息子の冬鬼や他のドクたま達に頼まれたんだ。この前の忍術学園で見た澪さんと先生達の戦いぶりに、ドクたま達ときたら、すっかりファンになってしまって。澪さんの事を色々聞かれてもいいように、個人的に調べていただけで」
「今、ぎっくぅ!って言ったね」
「矢張り、稗田八方斎の命令か」
ビクビクして答える風鬼を前に、伊作と仙蔵が胡乱な目を向ける。
ドクタケ忍者は、時として敵になり得る忍術学園にとって油断ならぬ相手である。城主の木野小次郎竹高は天下を夢見ており、中々に好戦的である。
そんなドクタケの城に仕える忍者隊が、澪を調べていたなんて聞いて無害だと思う方がおかしい。
「……よし。押さえつけて、メモ等あれば回収してしまおう」
「よしきた!」
小平太の言葉に待ってましたと文次郎が動く。あっという間に、風鬼の懐を探って持ち物を取り上げていく。
「あーれー!」
「いい歳したおっさんが、変な声出すな!」
まるで狼藉を働かれる娘のような声を上げる風鬼に、気色悪そうな顔で留三郎が文句を言った。その隣で長次も無言で頷いている。
そうして、風鬼から出てきた荷物のうち、小さなメモに使える紙束を回収した。中を見ると、澪に関する事が書かれている。
男装姿の感想が書かれており、べた褒めであった。これは、ファンは息子の冬鬼ではなくて父親の風鬼じゃないのかと疑いたくなる書きっぷりである。
純粋にムカつく。
「……ふん!」
気がつけばビリビリ!と、音を立てて小平太はメモを引き裂いていた。
紙吹雪を作っているかのように次々と細かく千切る小平太に、風鬼が悲鳴じみた情けない声を発する。
「ああっ。せっかく、頑張ったのに!!」
「喧しいっ。わたしの目の黒い内は、澪さんに手出しはさせんぞ。ドクタケめっ」
ぼっこぼこのギッタンギッタンにしてやろうか、と思うが風鬼はこんなのでもドクタケ忍者隊の六人衆と呼ばれる上位忍者の一人だ。
直接的な危害を受けたわけでもないため、怒りに任せて手を上げると後で忍術学園にドクタケから要らぬ報復がないとも限らない。やられたら、やり返すくらいはしていいのだろうが、今回限りと水に流すべきなのだろう。
本音を言えば腹立たしいついでに、一発くらいは殴っておきたい。
が、我慢である。
「今日はもう帰れ。次に同じ事をしたらーー」
その時こそ、ぶっ飛ばしてやる。と、続けようとした時だ。表通りが何やら騒がしいのに気が付いた。
「何かあったのか?」
文次郎が、一瞬だけ表通りの方へ顔を向けた。その動きにつられ、小平太も僅かに視線をそちらへと向けた瞬間。
「っ、くらえ!」
地面の砂を顔に向けて風鬼から、投げつけられた。咄嗟のことに顔を覆うと、取り上げた荷をあっという間に風鬼が回収してしまう。
留三郎が捕まえようとしたが、まるで鼠のような素早さで風鬼にその手を避けられてしまう。
間抜けに見えても、プロ忍の動きである。数秒の内に風鬼は小平太達から距離を取ってしまった。
「今日の所は澪さんに免じて引くが、次は無い!」
「それはこちらの台詞だ、ドクタケめ。次に同じ真似をしたら本気で倒すからな!」
サングラスをくいっと上げ、先程まで情けない声で喋っていたのが嘘のように格好をつけて話す風鬼。イラッと来て、小平太が怒声をぶつけるも、こちらに背を向けるや否や、風鬼は路地を抜けて雑踏の中に消えてしまった。こうなると、追いかけるのも一苦労だ。
「念の為、今日の事は学園長に報告しておくぞ。ドクタケが澪さんを嗅ぎ回っているのは事実だからな。それと小平太、証拠の品を破くとは何事だ」
「問題ない。凡その内容は暗記してある」
仙蔵が小言を言うので、そう返事を返した。風鬼のメモは小平太からすれば、存在する事自体が許し難い代物である。支障は無くしたのだから、処分に文句を付けられたくはなかった。
「ドクタケは逃がしてしまったし、オレ達も表へ出るか」
「そうだね。まだザワついてる……ちょっと、何があったか見に行ってみよう」
留三郎の提案に伊作が頷いた。確かに、一瞬とはいえ気を取られる程に騒がしかった。もう出来ることもないため、全員で表通りへと戻る。
すると、貴族が乗っていると思しき牛車が立ち往生しているのが見えた。とは言っても、京でも 見かける事の多い屋形であった。
この町は洛中からほど近いので、牛車がある事に驚きはないとはいえ、その牛車の車輪が一つ壊れて外れかけているようである。
戦乱の世の公家は貧しい。例え、朝廷での位は高かろうが土地の支配権を持たないためだ。
おそらくは、あの牛車も見た目こそ美しいが、手入れの費用等はかけていなかったのかもしれない。
あるいは、何者かに仕組まれた可能性もある。争いは何も大名達に限った事ではなく、朝廷にいる公家達も戦をしないだけで、争いがあるのは同じだ。宮中で役職等を巡ってあれこれあるのは、平安時代から今も続いているのだ。
牛車の傍で、御者達が右往左往している。どうやら、屋形を支えるので精一杯のようだ。屋形の形からして、差ほどに身分の高い公家ではないようだ。
大変そうである。手伝うべきか否かーー小平太が悩んだその時だ。
「あの、宜しければお手伝い致します」
少し低い、だが、聞き覚えのありすぎる声がした。見ると、そこには澪が居た。五年生達も一緒だ。
「何者だ。手伝うとはどう言う……」
「近いならご所望の場所まで引くお手伝いをしても良いですし、馬の手配が出来るまで、支える役を代わっても構いません。このままでは、埒があかぬでしょう。中におられる方を、このままにできないはず」
澪がゆっくりと進み出て、御者達に申し出た。御者と言っても、十数名程度である。皆、屋形を支えるので精一杯そうだ。
御者達は顔を見合せており、澪の提案を受け入れるか否か迷っている様子だ。すると、屋形の中から声がした。男の声だ。
「馬の手配をする間で構わぬ。屋形を支えてたもれ」
「……承知いたしました」
御者達は屋形の中にいる貴人の言葉に、直ぐに動いた。澪が近付いて支えられるよう、一人が場所を空けると、代わりに澪が入る。
澪が両手を使って、たちまち屋形が軽々と支えられると、それを見た屋形を残って支えていた御者達がぎょっとした顔になっていた。
そして今更、御者達は澪の美貌をまじまじと凝視していた。容姿からは想像のつかない怪力に、驚いているのかもしれない。
「よかったら、わたし達もお手伝いします」
「屋形を支えている者の連れです。牛を落ち着かせるのをお手伝いします。屋形を支えるのも代わりますので、御者の方々は周囲の護衛をお願いします」
澪の行動を受けて、近くにいた五年生達が動いた。兵助を筆頭に澪だけでは、目立つと考えてか屋形を支えていた御者達と場所を代わり、八左ヱ門は生物委員会の委員長らしく、牛の傍に寄って行く。
すると。
「どこの者かは知らぬが、礼を言うぞ。助かった」
「あ、いえ。お公家様の役に立てたのなら幸いです」
「ほほほ、殊勝な事よの。どれ、助けてくれた者達の顔が見たくなった。牛車から降りたい」
屋形の中の公家の言葉に、その場にいた五年生と澪はもとより、遠巻きに見ていた小平太達六年生も固まった。幾ら貧乏で位が高くなさそうとはいえ、公家は公家だ。
こういう時、貴人は顔を見せない。牛車が壊れてしまったという不名誉を恥じて、己の正体を頑なに隠す。気位が高い者ならまず、庶民等を歯牙にもかけない。
だというのに、屋形の中の公家はわざわざ澪達を見るために出てくると言う。これが驚かずにはいられようか。
澪達が固まりつつも、言われた通りに貴人が降りれるよう御者と協力し、牛を外して屋形を傾けた。
すると、前方の出口からそろりそろりと狩衣姿の公家の男が出てくる。とはいえ、流石に扇を広げて顔が全て見えないよう、顔の下半分を隠していた。
歳の頃は二十代後半か、三十代の前半くらいに見えるが、顔貌がはっきりしないので年齢はよく分からなかった。
手で屋形を支えている澪達以外の面々が、片膝をつくと公家の男は満足気に頷いた。そして、ぐるりと時計回りに忍たま達の顔を確認し、最後に屋形を支えている兵助達や男装した澪の顔を見て、ピタリと動きを止めた。
澪の美貌を前に驚いているのか。分からないが、公家の男はまるでその場に縫いとめられたかのように、澪を見て動かなくなった。
「……そなた、名は?」
「伝助と申します。家名はありませぬ」
「ふぅむ、伝助のぅ。そなたの美々しい見た目に不釣り合いな名前でおじゃるな。もう少し、華やかな方が合っているだろうに」
男は口元を扇で隠しつつも、澪の顔をじっと見ている。あまり間近だと、変装がバレてしまうかもしれない。牛車から降りて来た事といい、澪達に近付く事といい、公家ではあるが気位はそこまで高くないのだろう。
ーーそして。
「気に入った。麿の屋敷で働かぬか伝助とやら。そなた一人でとは言わぬ。ここの者達も働きたいというなら、何人か下男として雇おうぞ。給金は多くは出せぬが、麿の屋敷で働くともなれば、箔が付くぞ」
いきなりのスカウトに、澪は勿論の事、ついでに雇ってもいいと言われた五年生達がギョッとした。御者達も驚いたらしく、アタフタしている。
「えっと、申し訳ありませぬお公家様。実は既に仕事に就いておりまして。そこを辞めるわけにはいきません。お気持ちは大変、有難いのでございますが。この者達も、下男として雇われるわけにはいかず」
「何と。先を越されておったか……見目も麗しく、力もあると言うのに。誠に残念じゃ」
心底残念そうにため息を着く公家の男。
「お主ら何を見ておる。用がないなら、散らぬか!」
遠巻きに眺めていた聴衆を、御者達が追い払った。どうやら、今の状況が多数に見られているのがマズいと思ったらしい。とはいえ、車輪が壊れた牛車はどうしても目立つ。
ここは退散するか、あるいは澪達の知り合いであるとこの場に居ることを明かして近づくか悩ましい所だ。
小平太は、すぐ近くにいる仙蔵の方を見た。すると、目が合った仙蔵が静かに頷き、澪達のいる方を軽く指さした。どうやら、あえて近づいた方がいいと判断したらしい。
ならば。
「ーー伝助っ、どうしたんだ?何やら困り事か、わたし達も手伝おうか」
小平太はわざと少し大きめの声を発し、澪達に近付いた。
ぞろぞろと小平太を筆頭に現れた六年生達に五年生達がぎょっとしている。澪も、パチパチと大きな目を瞬きしていた。公家の男はと言うと、チラリと小平太達を軽く見ただけでその後は、澪にじっと視線を注いでいる。
余程に気に入ったのだろうか。だが、澪の見目麗しい美しさに惑わされているようには感じられない。
公家の男の眼差しは、熱に浮かされた物ではなく理知的であった。その事に少し違和感を感じる。
「では、お言葉に甘えて少しだけ手伝ってくれますか」
「勿論だとも。では、片付くまで護衛の人の手伝いをしていよう!」
「今日は元気な男子とよく出会うの。こんな日も悪くない」
ほほほ、と公家の男が笑っている。その声は、朗らかで嫌な感じがしない。公家である事以外は分からないが、いい人そうだと思った。
それから、公家の男は馬が来るまでの間、澪を筆頭に忍たま達にあれこれと話しかけていた。御者達が落ち着かない様子だった事から、屋形こそ家格の低い者が乗る形をしているが、ひょっとすると本来なら小平太達が話しかけられるような身分の者ではないのかもしれないーーと、推測出来た。
上級貴族が、態と目立たないよう下級貴族の使う屋形に乗ったりもするからだ。
公家の男の方は、身分さえ隠してしまえば問題ないとばかりに、好奇心の赴くままに話しかけているようだった。
闊達な公家とはこれ如何に。
やがて、無事に御者の何人かが数匹の馬を連れて戻って来ると、公家の男は慣れた様子で馬に跨った。見た目とは裏腹に鍛えているらしい。馬に乗った事で、扇で隠されていた男の顔が露になる。
かなり整った面差しだった。
「世話になったの。すまぬが、御者を残す故、片付けの人をやるまでそなた達にも牛車と牛の見張りを頼みたい。きちんと礼はする」
「ありがとうございます。ですが、お気遣いは無用です」
「ほほほ、そのような事を言われると益々礼をせねば。では、頼んだぞ伝助とやら」
公家の男はそう言い残すと、護衛代わりらしい御者を数名連れて颯爽と去って行った。残りの御者達は澪達と留守番である。
「奇遇ですね、先輩方。まさか、町で遭遇するなんてー。ははっ」
公家の男が去ると、それまで何事かと見ていた人達も興味を失ったかのように、続々と散っていく。御者達は無言で小平太達を見ているが、特に何も言わずに立っている。御者達は公家の男に気に入られたらしい澪が気になるようで、時折、伺うような視線を向けていた。
そんな中、勘右衛門が爽やかな笑顔で小平太達に話しかけてくるが、言葉の中に小さな棘が潜むような物言いである。
これは、どう考えても態とついて来たのかと疑われている。実際はその通りなのだが、肯定する気は毛頭ない。それに、単に引っ付いて来ただけでもない。成行きではあるが、風鬼による澪の尾行を阻止したのだし。
「いいじゃないですか、勘右衛門くん。わたしは、小平太くん達がいてくれて心強いです」
「人が来るまでどのくらいかかるかは分からないんだし、数がいた方が屋形を支えるのも交代できる。いいじゃないか勘右衛門」
屋形を支えている澪達は、六年生達を歓迎してくれているようで、妙な空気にならずに済んだ。
それから、屋形を支える役、見張り、牛をみる役を交代しながら、御者達と人がやって来るのを待つ。途中、御者に見咎められぬよう気をつけながら、六年生で壊れた牛車の歯車を軽く調べたが、やはりと言うか態と壊れやすくする細工が施されているようだった。
牛車の車輪は、釘を一切使わず木で組み立てられるようになっており、破損部分を取り替えれば百年でも使用が可能な優れ物だ。手入れはかかせないが、もちはいい。
やはりと言うか、屋形にいた公家は実際は相当な身分なのだろう。少なくとも、こうした嫌がらせを受ける程度には宮中に影響力がある人物と見ていい。
澪はどうも、親切心で手伝いを申し出たようだが、思わぬ大物と接触したのではないか。口にこそしなかったが、小平太の考えを察してか忍たま達の顔つきが段々と、何とも言えない物になってきた。澪はと言うと、涼しい顔で平然としている。
牛車の片付けのために、多数の人がやって来たのは一刻程してからの事だった。その中には、先程、公家と共に帰った御者の姿もあった。
流石に公家の男の姿はなかったが、戻ってきた御者の一人から小平太達は銭を渡された。全員でそれなりの物を食べても、釣り銭が来そうな額である。
「今日の事は、吹聴しないよう願う。それと、主よりこれを伝助に渡すよう言付かっている。出来れば、伝助だけが見ること。どうしても他に見せるなら、信用ならぬ者には決して見せぬようにーーとの事だ」
あの公家は澪を下男に雇うと言う程、今日出会ったばかりだと言うのに身分を気にした様子もなく気に入っていた。
その澪に文とはーー何かあるのかもしれない。
全て終わる頃には、流石に腹が減ってきた。澪達は昼食を食べたようだが、小平太達は朝ごはん以降、何も口にしていない。なので、饂飩に餅、団子等も出してくれるという茶屋に全員で向かって腹を満たす事にした。
周囲に他に人がいるため、店での会話は全て当たり障りの無いものになり、澪が謎の公家の男から渡された文については、買い物をする等して町での用事を済ませてから、その後、忍術学園へ帰る道すがら中を改める事になった。
「ひとまず、わたしが中を見て問題なさそうなら皆さんにお見せする、という事でよろしいですか?」
「勿論だ。その代わり、我々はダメでも、学園長先生には必ずお見せするという事で。それであれば問題ない」
上級生とはいえ、忍たまでしかない自分達は文の中身が気になるとはいえ、澪が見せないと決めたならそれを優先する。
ただし、学園長に隠し立ては御法度である事を仙蔵が言外に告げると、澪は静かに頷いてから文を広げて読んだ。
その整った顔を見ていると、文を読み終わる直前で澪が大きく目を見張った。そして、きゅっ、と眉間の辺りに皺を寄せる。
「うーん……これは、うーん」
うんうん唸る澪。
「わたし達も中を見ていいか?」
「ええ、どうぞ。ただし、念の為、この事は他の忍たまには口外無用でお願いします」
澪が差し出した文を小平太が受け取ると、他の忍たま達が寄ってきて、内容を読む。
文の要件は手短であった。
走り書きのようにも見えるが、綺麗な文字である。内容としては、今日の一件の礼を述べており、下男の件が断られてとても残念に思う事が書かれており、出来れば改めてきちんと礼がしたいので、良ければ少しなら連れが居てもいいから、京にある己の屋敷に直接来るように、と書いてある。
屋敷を訪問する際は、この手紙を門で見せるように、ともあった。
そして京の屋敷の場所を記すと共に、ご丁寧に署名がなされており、その名前を読んだ小平太は勿論の事、他の忍たま達も時が止まったかのうように凍りついた。
「えっ、ちょっ、こ、これ、マジ?」
乗っている屋形からは想像もつかぬ、位が高い貴族だろうとは何となく察してはいた。それはおそらく、小平太だけではないはず。
だが、手紙に署名された名前を前に留三郎が目を見開いてカチコチになっている。当たり前だ。忍びなら、否、例え城持ちの大名であったとしても、場合によっては死ぬまでお目にかかれない人物なのだから。
「近衛って……、あれだよな、あんまり宮中の事には詳しくないが、確か五摂家の一つだよな」
留三郎が呆然と呟く。
ごくり、と生唾を飲んだのは誰だったか。
喉がひりつく感じがする。澪はとんだ大物、というか相当に高貴な人を引き当てたらしい。
小平太は、近くにいる仙蔵のただでさて色の白い顔が今は殊更に白く見えた。
「わたしの記憶違いでなければ、この方は……おそらくーー現関白だ」
「ぶっふぉ?!」
「こらっ、吹き出すな文次郎っ。殿下からの文が汚れるかもしれんだろうが!!」
関白とは、帝の補佐を務める役職である。つまりは殿上人だ。例え朝廷が困窮していようとも、関白ともなれば城の殿様より位は遥かに上である。
仙蔵の言葉に文次郎が吹き出すのも、致し方なしと言えよう。
武力こそないが、関白ともなれば権威はこの国屈指と言えよう。忍者の卵がおいそれと近づけるような存在ではない。
「ほ、本物ですよね。殿下の名前を語る詐欺とかじゃないんですよね……!」
「嘘をつくには、利用する名前が余りにも大き過ぎる。本物であろうよ」
関白の名前に、雷蔵が震えていた。いつも飄々てしている三郎も、雷蔵そっくりの顔を驚愕の色で染めている。その二人を前に冷静に呟く仙蔵だが、気のせいでなければ手が震えていた。
「ドッキリドキドキ大作戦より、こっちの方がドッキリドキドキだな」
「そんな可愛らしい表現ですむか、八左ヱ門。関白殿下だよっ」
呑気な感想を口にする八左ヱ門に、勘右衛門がツッコミを入れているが確かにその通りだ。
ドッキリドキドキ大作戦の立案者である忍たま上級生達は、一枚の紙切れを前に自分達の作戦が如何に可愛らしい物だったか痛感した。
「澪さん、流石だな。このドッキリはわたし達も腰を抜かしそうだ」
ややあって、小平太は心から思った事を口にした。
流石は、己が見込んで惚れた女ーー末恐ろしい引きであると、心の底から関心した。
そんな小平太もまた、ドキドキと心臓が煩いくらいに音を立てていたのだった。
