第1話 就職先斡旋
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「流離の武芸者と六年生の試合が始まるってさ。観戦席のいい場所を確保しておこう!」
学園長の思いつきが珍しくないこともあり、忍術学園の生徒達はこの手のイベントに良くも悪くも慣れっこである。
忍術学園での就職を賭けて、熱い戦いが繰り広げられると聞いて、生徒達はお祭り騒ぎだ。
それも、その舞台は最上級生総出である。日頃から尊敬する先輩達の勇姿を見ようと、忍者の卵の忍たまから、くのいちの卵のくのたま、教師一同揃って舞台となる広場まで続々とやって来ていた。
「はーい、特等席には座布団がついてます。チケットが欲しい人は一年は組のきり丸まで!」
「学園で商売をするなー!」
今日も楽しく銭儲けするきり丸に、一年は組は教科担当、土井半助の鉄槌が下された。あっという間に怒鳴り声と共に、きり丸自作の観戦チケットが没収される。
「あーっ、夜更かしして作ったチケットがー!」
「成程それで朝から、わたしの話しもろくに聞かず眠そうなんだな。よく分かった……って、アホかー!!」
怒れる半助と叱られるきり丸の図は、一年は組のいつもの光景である。
「あーあ、毎回きりちゃんも懲りないなぁ」
「きり丸、何だか凄い張り切ってるよねぇ。お金儲けはいつもの事だけどさ。なんか、それだけじゃない気がする」
そんなきり丸を見て話し合うのは、同じ一年は組にして宿舎で同室の乱太郎、しんべヱである。
手作りのチケットが半助に回収された上、罰として思い切り頬をつねられたきり丸がやる気をなくしたようにため息を吐いた。
「ちぇー、せっかく盛り上げるついでに儲けようとしただけなのに」
きり丸からすれば、今日は自分が忍術学園に推した澪の試験がある日だ。どうせなら、沢山の人に澪を見てほしい。
ーーこんなに綺麗な女の人は、滅多にいない。
それが、きり丸が初めて澪に会って抱いた感想だ。きり丸とて、容姿が比較的整ったくのいちの女子達や、その担任の山本シナの美人な時の姿を知っているが、澪はそんな彼女達を知るきり丸が、素直に美しいと思える程の見事な容姿をしていた。
それこそ、屋敷や城に囲われる深層のご令嬢か姫君のようだと思ったものだ。
まさか、見た目を激しく裏切り暴走猪を止めるは、狩猟して獲物を捕まえてくるは、やることなす事びっくり箱のような女性だとは思わなかったが。
予想外もいい所な澪に対し、きり丸は好意と同時に強い興味を抱いていた。
それは、少年なら誰しもが持つ純粋な感情であった。まるで、秘密基地を見つけたかのような気持ちだ。
きり丸は澪と六年生の勝負を宣伝する一方で、澪のことは誰にも告げていなかった。伝蔵や半助に黙っておくよう強く言われていた事もあるが、それだけではない。きり丸自身が、まだ忍術学園の人達に澪の事を無闇矢鱈に教えたくなかったのだ。
「おい、そろそろ始まるぞ」
近くで他の生徒の声がした。
きり丸達のいる観客席となる所には、戦いの場に立ち入らないよう縄が張られており、その近くに見張り役よろしく教師陣が生徒の安全確保のために並んでいる。
そして、少しして広場の中央に杖をついた学園長が、ヘムヘムと共に姿を現すと生徒全員がワクワクした顔になった。
「皆、よく集まった。事前に周知していたとおり、これより六年生と流離の武芸者が戦う。武芸者が勝てば、忍術学園にて働く事になる。ちなみに、対戦は六年生全員一度にじゃ。武芸者は六年生全員を倒す必要がある」
六年生全員、と聞いてその場に集まった者達がざわつく。きり丸も流石に驚いて、近くに立っていた半助に視線を投げかけた。忍たまと言えど六年生は卒業を控えており、プロの忍者に近い実力があるのだ。きり丸の知る先輩達は一筋縄ではいかない実力がある。
流石に澪が怪力持ちで強いと言えども、六年生全員を相手取るのは無理ではないのか。それこそ、教師並みの実力が要求されるはずだ。
不安そうな視線を送るきり丸に対し、半助は大丈夫だと言わんばかりに微笑むだけだ。
「きりちゃん、どうしたの?」
「何でもない。チケットの事を考えてただけだよ。惜しかったなーって」
チケットの事は単なるそれらしい言い訳である。乱太郎は、きり丸の言葉に特に気にした風もなく頷いた。
「六年生全員を一度にって、どれだけ強いんだろ」
「きっと、ムッキムキの強い武芸者なんだよ。凄い大男が出てくるのかな」
周囲の生徒から興奮を隠せない話し声がする。
「静粛に!」
騒ぐ生徒を伝蔵が叱責すると、学園長の話が再開される。
「それでは、早速じゃが始めるぞ。相手を先に気絶させたら勝ちじゃ。大きな怪我になるような行為は避け、誠意を持って挑む事。六年生の立花、潮江、七松、中在家、食満、善法寺は前へ!」
学園長が名を呼ぶと、ぞろぞろと六人の最上級生が戦いの場へ出た。六年生が並ぶだけで、忍たまやくのたま達の間に歓声が上がる。
「それでは、就職希望の挑戦者ーー流離の武芸者よ六年生達の前へ!!」
いよいよ澪が出てくる。きり丸は身体を少し傾けて、六年生の向かってやって来る人物を見た。
「般若のお面……」
ぽつりと、しんべヱが呟く。
颯爽と現れた武芸者もとい澪は、一風変わった格好をしていた。
忍術学園の教師達と同じ漆黒の忍者服に、般若面を被り籠手を身につけている。忍刀等の武器は所持していない。
武器らしい武器はなく、何と素手だった。
巨漢ならともかく、六年生とそこまで体格が変わらない澪がまさかの素手で登場したのに驚いたのは、観戦者達だけではない。
向かい合う六年生の内、数名が怪訝そうな顔をしていた。
「審判はわたし、山田伝蔵が行う。では、両者戦闘の準備をしろ」
一同が固唾を飲む中、伝蔵が審判役として立ち会う。学園長は離れたところにヘムヘムと共に移動して着席した。
「それでは、始め!!」
伝蔵の開始の合図と同時に、六年生が武器を一斉に構えた。澪の方も構えの姿勢を取ってはいるが、仕掛ける気配はない。
そんな中、最初に動いたのは近接戦を得意とする六年生三人ーー潮江、七松、食満である。
「悪いが、倒させてもらうぞ!」
「そちらから来ないなら、こちらから行かせてもらう」
「これでもくらえ」
澪に向かって一斉に三人が飛び掛かるーーだが、次の瞬間、澪が三人を軽く飛び越えて避けてしまった。
まるで、跳び箱でもするような様子だ。軽々とした身のこなしと、予想外の高い跳躍に避けられた三人は驚いているようだった。
「足場になるような物なんてないのに……凄いっ!」
乱太郎が目を見開いている。本当なら普段から世話になっている六年生達を応援すべきなのに、きり丸は心の中で澪に声援を送っていた。
だが、六年生は甘くはない。跳躍した澪に中在家が得意の縄鏢を投げた。過たずに真っ直ぐ澪の腕へ向かうそれは、巻き付いて地面へと凄まじい勢いで澪を引き摺り下ろそうとしている。
着地すれば、間違いなく六年生達の餌食になる。下手をすれば鏢が腕に刺さる可能性すらある。
だが、澪は誰もが思ってもみなかった行動に出た。なんと、自ら鎖を掴み思い切り引っ張って、地面に着地するまでの僅かな間に中在家ごと武器を引き寄せたのだ……そんな馬鹿な、と全員が唖然とする。
大人とさして体格の変わらない中在家を、大男でもない澪が怪力でもって武器ごと振り回す衝撃の光景が繰り広げられる。
「うわぁ!」
「わたしが仕掛ける!」
長次が凄い勢いで宙を舞い、圧倒された善法寺が悲鳴を上げ、立花が懐から焙烙火矢を取り出すーー彼の得意とする火薬を使った武器だ。
巻き添えになる前に中在家が縄鏢から手を離し離脱すると、澪に向かって立花から焙烙火矢が投げられる。が、爆発する前に澪は複数の焙烙火矢を中在家から奪った縄鏢で薙ぎ払い、それがそのまま善法寺の所へ幾つか飛んでいきタイミング悪く爆発してしまう。
「ぎゃあーー!」
今日も不運を背負っている善法寺の悲鳴が上がる。炸裂する焙烙火矢の爆発をもろにくらったようだ。爆風と煙が周囲を覆い、観客席から一気に様子がわからなくなってしまう。
火薬の煙が硝煙の匂いと共に立ち込める中、ドン、ガン、バキッ、という何かを強打する音がする。
「おいっ、見てみろ善法寺先輩と立花先輩がやられた!」
「何だって?!」
生徒達から焦ったような声がしたと思ったら、地面には二人が倒れてノックアウトされていた。開始早々に二人も仕留められてしまった。
「なんて怪力なんだ」
「般若面、強すぎないか。先輩達でもやばそうな感じがしてきたぞ」
「いや、分かんないよ。まだ四人も居るんだぞ……って、あ、中在家先輩がやられた」
二人が倒れた事で、四人が一瞬だけ動揺すると隙を見逃さず、澪が奪った武器を使いそのまま持ち主の中在家を倒した。ちなみに、縄鏢を顔に向かって投げ、しゃがんで避けたら高速で近付き鳩尾への蹴りで一撃である。
遠距離を得意とする三人が、瞬時に片付けられてしまい残った六年生の顔に緊張が走っている。
ヒュンヒュンヒュン。
まるで挑発でもするように、縄鏢の鎖を持って軽く振る澪。般若面が一歩、また一歩近付き最初に動いたのは潮江だった。
「てりゃあーー!!」
気合いの一言と共に槍が突き出されるが、澪は難なく避けてしまう。それどころか潮江に接近して鳩尾に膝蹴りをお見舞いし、更に器用に縄鏢を投げて七松に攻撃を仕掛けた。
「いけいけどんどーん!わたしに、この程度の攻撃はきかんぞぉ!」
潮江は綺麗に決まった攻撃のせいで、そのまま崩れ落ちて気絶してしまったが、七松は難なく縄鏢を避けて澪へと踊りかかった。七松の飛び蹴りが澪の頭上に降り掛かる。
が、その一撃を待っていましたと言わんばかりに澪は動いた。何と、七松の足首を掴んで引き寄せて、そのまま食満に向かって投げたのだ。
人間を掴んでぶん回す、という脅威的な攻撃に唖然としてしまう一同。まるで六年生が子どもに乱暴に扱われる人形のようだ。
審判役の伝蔵が引き攣った顔をして試合を見ていた。投げられた七松が食満にぶつかり二人は折り重なって、地面を転がっていく。
「近づくと、あの怪力の餌食になるなんて。近接戦特化の先輩方じゃ不利だ。やばい、やば過ぎるぞ般若面っ!」
「おい、あれ下手したら先生より強かったりするんじゃないか。というか、最早同じ人間なのか。玩具みたいに先輩を扱うんだぞ。あの般若面、さては地獄から来た本物の鬼なんじゃないのか」
周りの生徒の声にきり丸は、口角が上がるのを止められなかった。
皆は知らないのだ。あの般若面の下には天女がいることを。ましてや、般若面が戦うのが得意なだけではなく、冗談のように何でも出来てしまうのを。
ことアルバイトで育んだ手先の器用さやらもあり、無駄に多種多様なスキルが磨かれてるきり丸をしてすら、舌を巻かざるを得ない澪の力量である。
その事を知っているのは生徒の中では自分だけ。
胸をくすぐるような心地に、笑みが浮かぶ。
七松と食満が立ち上がり、澪に向かっていくが二人のそれはもうヤケクソであった。
その動きを見抜いてか、澪は縄鏢を投げ捨てて見た事もない構えをする。
「あっ、あの構えは多分、明の拳法だ!」
明、と誰かが言ったのを聞いて生徒達が一世に澪へと注目する。片方の足を半歩下げ、手を翳すその姿は美しさすらあった。
向かって来る二人を、澪が鮮やかに倒す。その動きは踊るようであり、リズミカルで無駄がない。
最初に食満が得意武器、鉄双節棍を蹴りで弾かれると、そのまま踵落としをくらって地面に沈まされた。そして、七松は首を腕で捕獲され、締め技を使われてバタンキューである。
多分、時間にして数分程度だ。
しーん、と六年生全員が気絶してしまった現場で、一瞬の沈黙が支配する。
「勝者、流離の武芸者!!」
伝蔵が審判結果を告げると、会場は歓声に包まれた。圧倒的、かつ鮮やかな武芸者の勝利は、普段から生徒達に慕われる六年生が倒された事で興奮をもって迎えられる。
「凄い人だねっ、きり丸、しんべヱ!わたし達も、あの人に何か習えるのかな。一流の忍者に近づけるのかな!」
乱太郎が興奮気味に、きり丸に話しかける。普段から同じ委員の長として慕っている善法寺がやられたのに、目がキラキラである。他の生徒達も似たような物だ。
「そうだね。ぼくも習ったら強くなれるのかな。おシゲちゃんに褒められるかなぁ」
えへへと、しんべヱがのんびり笑う。そんな中、きり丸は澪へ向かって大きく手を振った。
「おめでとうございます!良かったですね!!」
手を振って声を出すきり丸に澪が大きく手を振り返してくれた。それを見た同じは組の生徒達がぎょっとしている。
「きり丸、あの人と知り合いなの?!」
「ぼく達にも後で紹介してよ。話してみたい!」
「へへっ。まぁ、色々あってな」
澪に忍術学園で一番初めに出会ったのは自分だ。市女笠をした旅装束の姿をして、きり丸から花を買ってくれたのを思い出して、温かい気持ちになる。何故か、小銭を数えている時と同じくらい高揚した気持ちだった。
試合が終わり、気絶してしまった六年生の生徒達が担架に乗せられて運ばれていくと、学園長が再び広場に戻って来て口を開いた。
おそらくは終了の挨拶だろう。
「静かに!」
興奮から互いに話す生徒達に、教師達から指示が飛ぶ。
「オホンっ、皆も見ていたとおり、ここにいる流離の武芸者は見事に六年生達全員を倒してみせた。素晴らしい腕前ゆえ、忍術学園で本日より働くことを認める」
当然の結果である。生徒達から拍手が上がった。
先生達も興味深そうに澪を見ている。あれ程の腕前を持つのだ、教師の補佐や何らかの顧問をする、というのもあり得ると思ったのだろう。
「今日より、流離の武芸者はワシの専属秘書にする!!」
ーー学園長が出した結論に教師から生徒まで、ずっこけそうになった。
「学園長っ、正気ですか!」
「反対反対、断固反対ですっ。ぼく達に戦い方を教える先生になってほしいです」
「そうだそうだ。大体、学園長先生にはヘムヘムがいるじゃないですか!」
生徒達からだけでなく、教師達からもブーイングがあった。が、学園長は拒否する。
「馬鹿モン!わしみたいなイケてる男には専属の美人秘書がいるもんじゃっ。金楽寺の和尚や他の者達に自慢しまくるんじゃー!」
完全に私利私欲である。
一方、学園長の「美人秘書」の言葉に反応した生徒達がいた。
「お、おい。嘘だろ、ひょっとして般若面って……」
「そんな馬鹿な。しかも、美人って言わなかったか。今」
ざわっ、と口々に話す生徒達。
「ーー澪ちゃん。お面と頭巾を取って皆に挨拶を」
ニヤっと、悪戯を思いついたように笑って澪に指示する学園長。全員が固唾を飲んで見守る中、澪が般若面と被っていた頭巾を取り去った。
顕になる、天女と見間違う程の美貌。
その顔は仕事が決まった事もあってか、晴れやかな物だった。
「澪と申します。本日より、忍術学園でお世話にりますので、皆様、どうぞよろしくお願いします!」
ーー違った。
澪の笑顔を見てきり丸は思った。
澪は滅多にいない綺麗な女の人、ではない。きり丸が今まで見て来た中で一等、美しい人なのだ。
ドキドキして顔に熱が集まる。呼吸をするのが、一瞬だけ難しくなる。
そして、それはきり丸だけではなかった。乱太郎もしんべヱも、周りの男子生徒達はぽかんとしている。何だかそれを見て、ちょっと面白くないような気持ちになる。
女性と分かって興奮したのは男子だけではない。くのたま達が、きゃーきゃー言っていた。担任の山本シナから静かにするよう、注意されている。
これで、半助も少しはホッとしただろう。そう思い話しかけようとしたきり丸は、半助の顔を見て固まった。
ーーさては、惚れたか土井先生。
目が潤んでちょっと赤い。半助の熱っぽい視線の先には澪がいる。
澪の美しい笑顔に、半助が長屋で度々見惚れているのをきり丸は知っていたが、あの時と今とでは決定的に違う。
あの時を例えるなら、傾いた感じだ。今は何か底知れぬ穴に落ちたように見えた。たった十歳でも、勘できり丸は分かってしまった。
そして、何故かそれが面白くなかった。
何だかムッとしてしまう自分がいる。この気持ちは澪に対してなのか、半助に対してなのか。
まだ、子どものきり丸には分からなかった。
学園長の思いつきが珍しくないこともあり、忍術学園の生徒達はこの手のイベントに良くも悪くも慣れっこである。
忍術学園での就職を賭けて、熱い戦いが繰り広げられると聞いて、生徒達はお祭り騒ぎだ。
それも、その舞台は最上級生総出である。日頃から尊敬する先輩達の勇姿を見ようと、忍者の卵の忍たまから、くのいちの卵のくのたま、教師一同揃って舞台となる広場まで続々とやって来ていた。
「はーい、特等席には座布団がついてます。チケットが欲しい人は一年は組のきり丸まで!」
「学園で商売をするなー!」
今日も楽しく銭儲けするきり丸に、一年は組は教科担当、土井半助の鉄槌が下された。あっという間に怒鳴り声と共に、きり丸自作の観戦チケットが没収される。
「あーっ、夜更かしして作ったチケットがー!」
「成程それで朝から、わたしの話しもろくに聞かず眠そうなんだな。よく分かった……って、アホかー!!」
怒れる半助と叱られるきり丸の図は、一年は組のいつもの光景である。
「あーあ、毎回きりちゃんも懲りないなぁ」
「きり丸、何だか凄い張り切ってるよねぇ。お金儲けはいつもの事だけどさ。なんか、それだけじゃない気がする」
そんなきり丸を見て話し合うのは、同じ一年は組にして宿舎で同室の乱太郎、しんべヱである。
手作りのチケットが半助に回収された上、罰として思い切り頬をつねられたきり丸がやる気をなくしたようにため息を吐いた。
「ちぇー、せっかく盛り上げるついでに儲けようとしただけなのに」
きり丸からすれば、今日は自分が忍術学園に推した澪の試験がある日だ。どうせなら、沢山の人に澪を見てほしい。
ーーこんなに綺麗な女の人は、滅多にいない。
それが、きり丸が初めて澪に会って抱いた感想だ。きり丸とて、容姿が比較的整ったくのいちの女子達や、その担任の山本シナの美人な時の姿を知っているが、澪はそんな彼女達を知るきり丸が、素直に美しいと思える程の見事な容姿をしていた。
それこそ、屋敷や城に囲われる深層のご令嬢か姫君のようだと思ったものだ。
まさか、見た目を激しく裏切り暴走猪を止めるは、狩猟して獲物を捕まえてくるは、やることなす事びっくり箱のような女性だとは思わなかったが。
予想外もいい所な澪に対し、きり丸は好意と同時に強い興味を抱いていた。
それは、少年なら誰しもが持つ純粋な感情であった。まるで、秘密基地を見つけたかのような気持ちだ。
きり丸は澪と六年生の勝負を宣伝する一方で、澪のことは誰にも告げていなかった。伝蔵や半助に黙っておくよう強く言われていた事もあるが、それだけではない。きり丸自身が、まだ忍術学園の人達に澪の事を無闇矢鱈に教えたくなかったのだ。
「おい、そろそろ始まるぞ」
近くで他の生徒の声がした。
きり丸達のいる観客席となる所には、戦いの場に立ち入らないよう縄が張られており、その近くに見張り役よろしく教師陣が生徒の安全確保のために並んでいる。
そして、少しして広場の中央に杖をついた学園長が、ヘムヘムと共に姿を現すと生徒全員がワクワクした顔になった。
「皆、よく集まった。事前に周知していたとおり、これより六年生と流離の武芸者が戦う。武芸者が勝てば、忍術学園にて働く事になる。ちなみに、対戦は六年生全員一度にじゃ。武芸者は六年生全員を倒す必要がある」
六年生全員、と聞いてその場に集まった者達がざわつく。きり丸も流石に驚いて、近くに立っていた半助に視線を投げかけた。忍たまと言えど六年生は卒業を控えており、プロの忍者に近い実力があるのだ。きり丸の知る先輩達は一筋縄ではいかない実力がある。
流石に澪が怪力持ちで強いと言えども、六年生全員を相手取るのは無理ではないのか。それこそ、教師並みの実力が要求されるはずだ。
不安そうな視線を送るきり丸に対し、半助は大丈夫だと言わんばかりに微笑むだけだ。
「きりちゃん、どうしたの?」
「何でもない。チケットの事を考えてただけだよ。惜しかったなーって」
チケットの事は単なるそれらしい言い訳である。乱太郎は、きり丸の言葉に特に気にした風もなく頷いた。
「六年生全員を一度にって、どれだけ強いんだろ」
「きっと、ムッキムキの強い武芸者なんだよ。凄い大男が出てくるのかな」
周囲の生徒から興奮を隠せない話し声がする。
「静粛に!」
騒ぐ生徒を伝蔵が叱責すると、学園長の話が再開される。
「それでは、早速じゃが始めるぞ。相手を先に気絶させたら勝ちじゃ。大きな怪我になるような行為は避け、誠意を持って挑む事。六年生の立花、潮江、七松、中在家、食満、善法寺は前へ!」
学園長が名を呼ぶと、ぞろぞろと六人の最上級生が戦いの場へ出た。六年生が並ぶだけで、忍たまやくのたま達の間に歓声が上がる。
「それでは、就職希望の挑戦者ーー流離の武芸者よ六年生達の前へ!!」
いよいよ澪が出てくる。きり丸は身体を少し傾けて、六年生の向かってやって来る人物を見た。
「般若のお面……」
ぽつりと、しんべヱが呟く。
颯爽と現れた武芸者もとい澪は、一風変わった格好をしていた。
忍術学園の教師達と同じ漆黒の忍者服に、般若面を被り籠手を身につけている。忍刀等の武器は所持していない。
武器らしい武器はなく、何と素手だった。
巨漢ならともかく、六年生とそこまで体格が変わらない澪がまさかの素手で登場したのに驚いたのは、観戦者達だけではない。
向かい合う六年生の内、数名が怪訝そうな顔をしていた。
「審判はわたし、山田伝蔵が行う。では、両者戦闘の準備をしろ」
一同が固唾を飲む中、伝蔵が審判役として立ち会う。学園長は離れたところにヘムヘムと共に移動して着席した。
「それでは、始め!!」
伝蔵の開始の合図と同時に、六年生が武器を一斉に構えた。澪の方も構えの姿勢を取ってはいるが、仕掛ける気配はない。
そんな中、最初に動いたのは近接戦を得意とする六年生三人ーー潮江、七松、食満である。
「悪いが、倒させてもらうぞ!」
「そちらから来ないなら、こちらから行かせてもらう」
「これでもくらえ」
澪に向かって一斉に三人が飛び掛かるーーだが、次の瞬間、澪が三人を軽く飛び越えて避けてしまった。
まるで、跳び箱でもするような様子だ。軽々とした身のこなしと、予想外の高い跳躍に避けられた三人は驚いているようだった。
「足場になるような物なんてないのに……凄いっ!」
乱太郎が目を見開いている。本当なら普段から世話になっている六年生達を応援すべきなのに、きり丸は心の中で澪に声援を送っていた。
だが、六年生は甘くはない。跳躍した澪に中在家が得意の縄鏢を投げた。過たずに真っ直ぐ澪の腕へ向かうそれは、巻き付いて地面へと凄まじい勢いで澪を引き摺り下ろそうとしている。
着地すれば、間違いなく六年生達の餌食になる。下手をすれば鏢が腕に刺さる可能性すらある。
だが、澪は誰もが思ってもみなかった行動に出た。なんと、自ら鎖を掴み思い切り引っ張って、地面に着地するまでの僅かな間に中在家ごと武器を引き寄せたのだ……そんな馬鹿な、と全員が唖然とする。
大人とさして体格の変わらない中在家を、大男でもない澪が怪力でもって武器ごと振り回す衝撃の光景が繰り広げられる。
「うわぁ!」
「わたしが仕掛ける!」
長次が凄い勢いで宙を舞い、圧倒された善法寺が悲鳴を上げ、立花が懐から焙烙火矢を取り出すーー彼の得意とする火薬を使った武器だ。
巻き添えになる前に中在家が縄鏢から手を離し離脱すると、澪に向かって立花から焙烙火矢が投げられる。が、爆発する前に澪は複数の焙烙火矢を中在家から奪った縄鏢で薙ぎ払い、それがそのまま善法寺の所へ幾つか飛んでいきタイミング悪く爆発してしまう。
「ぎゃあーー!」
今日も不運を背負っている善法寺の悲鳴が上がる。炸裂する焙烙火矢の爆発をもろにくらったようだ。爆風と煙が周囲を覆い、観客席から一気に様子がわからなくなってしまう。
火薬の煙が硝煙の匂いと共に立ち込める中、ドン、ガン、バキッ、という何かを強打する音がする。
「おいっ、見てみろ善法寺先輩と立花先輩がやられた!」
「何だって?!」
生徒達から焦ったような声がしたと思ったら、地面には二人が倒れてノックアウトされていた。開始早々に二人も仕留められてしまった。
「なんて怪力なんだ」
「般若面、強すぎないか。先輩達でもやばそうな感じがしてきたぞ」
「いや、分かんないよ。まだ四人も居るんだぞ……って、あ、中在家先輩がやられた」
二人が倒れた事で、四人が一瞬だけ動揺すると隙を見逃さず、澪が奪った武器を使いそのまま持ち主の中在家を倒した。ちなみに、縄鏢を顔に向かって投げ、しゃがんで避けたら高速で近付き鳩尾への蹴りで一撃である。
遠距離を得意とする三人が、瞬時に片付けられてしまい残った六年生の顔に緊張が走っている。
ヒュンヒュンヒュン。
まるで挑発でもするように、縄鏢の鎖を持って軽く振る澪。般若面が一歩、また一歩近付き最初に動いたのは潮江だった。
「てりゃあーー!!」
気合いの一言と共に槍が突き出されるが、澪は難なく避けてしまう。それどころか潮江に接近して鳩尾に膝蹴りをお見舞いし、更に器用に縄鏢を投げて七松に攻撃を仕掛けた。
「いけいけどんどーん!わたしに、この程度の攻撃はきかんぞぉ!」
潮江は綺麗に決まった攻撃のせいで、そのまま崩れ落ちて気絶してしまったが、七松は難なく縄鏢を避けて澪へと踊りかかった。七松の飛び蹴りが澪の頭上に降り掛かる。
が、その一撃を待っていましたと言わんばかりに澪は動いた。何と、七松の足首を掴んで引き寄せて、そのまま食満に向かって投げたのだ。
人間を掴んでぶん回す、という脅威的な攻撃に唖然としてしまう一同。まるで六年生が子どもに乱暴に扱われる人形のようだ。
審判役の伝蔵が引き攣った顔をして試合を見ていた。投げられた七松が食満にぶつかり二人は折り重なって、地面を転がっていく。
「近づくと、あの怪力の餌食になるなんて。近接戦特化の先輩方じゃ不利だ。やばい、やば過ぎるぞ般若面っ!」
「おい、あれ下手したら先生より強かったりするんじゃないか。というか、最早同じ人間なのか。玩具みたいに先輩を扱うんだぞ。あの般若面、さては地獄から来た本物の鬼なんじゃないのか」
周りの生徒の声にきり丸は、口角が上がるのを止められなかった。
皆は知らないのだ。あの般若面の下には天女がいることを。ましてや、般若面が戦うのが得意なだけではなく、冗談のように何でも出来てしまうのを。
ことアルバイトで育んだ手先の器用さやらもあり、無駄に多種多様なスキルが磨かれてるきり丸をしてすら、舌を巻かざるを得ない澪の力量である。
その事を知っているのは生徒の中では自分だけ。
胸をくすぐるような心地に、笑みが浮かぶ。
七松と食満が立ち上がり、澪に向かっていくが二人のそれはもうヤケクソであった。
その動きを見抜いてか、澪は縄鏢を投げ捨てて見た事もない構えをする。
「あっ、あの構えは多分、明の拳法だ!」
明、と誰かが言ったのを聞いて生徒達が一世に澪へと注目する。片方の足を半歩下げ、手を翳すその姿は美しさすらあった。
向かって来る二人を、澪が鮮やかに倒す。その動きは踊るようであり、リズミカルで無駄がない。
最初に食満が得意武器、鉄双節棍を蹴りで弾かれると、そのまま踵落としをくらって地面に沈まされた。そして、七松は首を腕で捕獲され、締め技を使われてバタンキューである。
多分、時間にして数分程度だ。
しーん、と六年生全員が気絶してしまった現場で、一瞬の沈黙が支配する。
「勝者、流離の武芸者!!」
伝蔵が審判結果を告げると、会場は歓声に包まれた。圧倒的、かつ鮮やかな武芸者の勝利は、普段から生徒達に慕われる六年生が倒された事で興奮をもって迎えられる。
「凄い人だねっ、きり丸、しんべヱ!わたし達も、あの人に何か習えるのかな。一流の忍者に近づけるのかな!」
乱太郎が興奮気味に、きり丸に話しかける。普段から同じ委員の長として慕っている善法寺がやられたのに、目がキラキラである。他の生徒達も似たような物だ。
「そうだね。ぼくも習ったら強くなれるのかな。おシゲちゃんに褒められるかなぁ」
えへへと、しんべヱがのんびり笑う。そんな中、きり丸は澪へ向かって大きく手を振った。
「おめでとうございます!良かったですね!!」
手を振って声を出すきり丸に澪が大きく手を振り返してくれた。それを見た同じは組の生徒達がぎょっとしている。
「きり丸、あの人と知り合いなの?!」
「ぼく達にも後で紹介してよ。話してみたい!」
「へへっ。まぁ、色々あってな」
澪に忍術学園で一番初めに出会ったのは自分だ。市女笠をした旅装束の姿をして、きり丸から花を買ってくれたのを思い出して、温かい気持ちになる。何故か、小銭を数えている時と同じくらい高揚した気持ちだった。
試合が終わり、気絶してしまった六年生の生徒達が担架に乗せられて運ばれていくと、学園長が再び広場に戻って来て口を開いた。
おそらくは終了の挨拶だろう。
「静かに!」
興奮から互いに話す生徒達に、教師達から指示が飛ぶ。
「オホンっ、皆も見ていたとおり、ここにいる流離の武芸者は見事に六年生達全員を倒してみせた。素晴らしい腕前ゆえ、忍術学園で本日より働くことを認める」
当然の結果である。生徒達から拍手が上がった。
先生達も興味深そうに澪を見ている。あれ程の腕前を持つのだ、教師の補佐や何らかの顧問をする、というのもあり得ると思ったのだろう。
「今日より、流離の武芸者はワシの専属秘書にする!!」
ーー学園長が出した結論に教師から生徒まで、ずっこけそうになった。
「学園長っ、正気ですか!」
「反対反対、断固反対ですっ。ぼく達に戦い方を教える先生になってほしいです」
「そうだそうだ。大体、学園長先生にはヘムヘムがいるじゃないですか!」
生徒達からだけでなく、教師達からもブーイングがあった。が、学園長は拒否する。
「馬鹿モン!わしみたいなイケてる男には専属の美人秘書がいるもんじゃっ。金楽寺の和尚や他の者達に自慢しまくるんじゃー!」
完全に私利私欲である。
一方、学園長の「美人秘書」の言葉に反応した生徒達がいた。
「お、おい。嘘だろ、ひょっとして般若面って……」
「そんな馬鹿な。しかも、美人って言わなかったか。今」
ざわっ、と口々に話す生徒達。
「ーー澪ちゃん。お面と頭巾を取って皆に挨拶を」
ニヤっと、悪戯を思いついたように笑って澪に指示する学園長。全員が固唾を飲んで見守る中、澪が般若面と被っていた頭巾を取り去った。
顕になる、天女と見間違う程の美貌。
その顔は仕事が決まった事もあってか、晴れやかな物だった。
「澪と申します。本日より、忍術学園でお世話にりますので、皆様、どうぞよろしくお願いします!」
ーー違った。
澪の笑顔を見てきり丸は思った。
澪は滅多にいない綺麗な女の人、ではない。きり丸が今まで見て来た中で一等、美しい人なのだ。
ドキドキして顔に熱が集まる。呼吸をするのが、一瞬だけ難しくなる。
そして、それはきり丸だけではなかった。乱太郎もしんべヱも、周りの男子生徒達はぽかんとしている。何だかそれを見て、ちょっと面白くないような気持ちになる。
女性と分かって興奮したのは男子だけではない。くのたま達が、きゃーきゃー言っていた。担任の山本シナから静かにするよう、注意されている。
これで、半助も少しはホッとしただろう。そう思い話しかけようとしたきり丸は、半助の顔を見て固まった。
ーーさては、惚れたか土井先生。
目が潤んでちょっと赤い。半助の熱っぽい視線の先には澪がいる。
澪の美しい笑顔に、半助が長屋で度々見惚れているのをきり丸は知っていたが、あの時と今とでは決定的に違う。
あの時を例えるなら、傾いた感じだ。今は何か底知れぬ穴に落ちたように見えた。たった十歳でも、勘できり丸は分かってしまった。
そして、何故かそれが面白くなかった。
何だかムッとしてしまう自分がいる。この気持ちは澪に対してなのか、半助に対してなのか。
まだ、子どものきり丸には分からなかった。
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