第10話 ドッキリドキドキ大作戦
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小平太の着物を作成する事になり、澪は取り掛かっている最中の半助の着物の仮縫いをさっさと終える事にした。
梅雨の時期は、実技の授業が必然的に減るし、自由時間も確保しやすい。兵法書を読みながらも、チクチクと着物を縫うのが澪の梅雨時期の日課となりつつあった。
きり丸は、半助経由で呼び出してもらう事にした。タダで袴が縫ってもらえると知ったきり丸の反応は早く、半助に声掛けを頼んだその日には採寸のため、澪の所へやって来てくれた。その際、手が空いてるなら内職を手伝ってくれと言われ、おかげさまで乱太郎やしんベヱと一緒にきり丸の手伝いとして造花作りに励んでしまった。
ちゃっかりしているなと、きり丸のお願いに澪は苦笑いを禁じ得なかった。
なお、きり丸はタダで澪から袴を貰えるとあって大喜びだった。
「タダなら何でも嬉しいけど、澪さんが作ってくれるのが本当に嬉しいっ。ありがとう、澪さん!!」
そう言って、八重歯を見せてくしゃくしゃの顔をして笑うきり丸が、何故か半助とダブって見えて、一瞬だけドキッとした。一緒に暮らしていると、表情まで似通ったりするのだろうか。不思議な事である。
そして、梅雨はまだ続きそうではあるが、晴れの天気が二日続いて訪れていた。おかげさまで、下級生の子供たちは鬱憤を晴らすように外で遊んでいる。体育委員会も大喜びでバレーをしているのを澪は目撃し、小平太が勢いよくアタックしたバレーボールが偶然、外で包帯を乾かしていた、伊作の後頭部にクリティカルヒットしたという話を人伝に聞いて、笑ってはいけないと思いつつ、クスッと笑ってしまったりした。
晴れた空に輝く太陽は地面を乾かす。
晴れが続いた二日目の午前中の事、澪は廊下を歩いていたところ勘右衛門から話しかけられ、今日がドッキリドキドキ大作戦の決行日だと教えられた。
「澪ちゃん、オレの演技の実力見ててね」
「ちょっと、声大きいよ。勘ちゃん……!」
澪の事をちゃん付けで呼ぶお友達モードの時に勘右衛門くんと呼ぶと露骨に拗ねて無視されるため、恥ずかしいが何とか彼の希望通り名を呼ぶと、ニンマリと満足そうにまん丸な目を細めて笑われた。まるで、悪戯好きの子どもみたいだ。
「ねーねー、澪ちゃん。今夜の大作戦が無事に終わったら、週末にオレと一緒に遊びにいこーよー。友達同士仲良くさっ」
「……別にいいけど」
「よっしゃ!」
ガッツポーズを取る勘右衛門。すると、そんな勘右衛門にふいに声が掛けられた。
「勘右衛門、澪さんと遊びに行くって聞こえたんだけど……どういう事かな?」
「お前一人だけ抜け駆けか」
「げっ、そんな所にいたの二人とも」
ふわふわな色素の薄い髪を束ねた双子かと疑う顔が二つあった。不破雷蔵と、不破雷蔵に化けた鉢屋三郎である。二人は廊下から見える曲がり角から顔を覗かせており、そのせいで壁から首が生えているようにも見えるから、パッと見ホラーだ。
「ぼくも一緒に行きたいな」
「そうだそうだー。無理やりにでもついて行くからな」
「雷蔵はともかく、三郎は澪さんじゃなくて雷蔵にくっついて行きたいだけだろ」
「それがどうした。不破雷蔵あるところに、鉢屋三郎ありだ」
雷蔵は三郎と同室らしいし、凄く仲がいいのだろう。双子かと思うくらい見てくれは似ているが、赤の他人だと聞いたら知らない人はきっと驚くに違いない。
「まぁまぁ。どうせ行くなら、皆んなで行きましょうか」
「じゃあ、兵助と八左ヱ門にも声掛けときますね。あの二人もぼく達だけで行ったって聞いたら拗ねますから」
澪の返答に、嬉しそうに雷蔵が微笑んだ。そんな物なのだろうか。
と言うより、澪は気にするタイプではないが男子に囲まれて女子一人で遊びに行くなんて、町で無駄に浮きそうである。
そんな澪の考えを読んだのか。
「安心してください、澪さん。もし、男ばかりで微妙ならオレが完璧に女装しますから」
三郎が胸を張ってそんな事を言った。
ーー例え見てくれが女でも、中身が男ってどうなんだろうか。否、三郎なら本人そのものになるからいいのか。混乱してきそうである。だが、別に三郎がわざわざ女装しなくても、それなら澪が男に化けた方が気が楽だ。つい最近、町でシナに絡まれたし、その方が丁度いいだろう。
「いえ、それならわたしが男装するので結構です」
「……そう来るか。本当、澪さんってば男前なんだから!オレが女なら惚れてるねっ、付き合ってください、澪くんっ」
「はいはい、そういう冗談は要らないですからね。勘子ちゃん」
わざと高い声音で女の子になりきって言う勘右衛門に、澪も返事を返す。なんやかんや、勘右衛門との会話は楽しい。
「う、羨ましい……!」
「雷蔵、勘右衛門みたいなキャラになるなら言ってくれよ。オレも頑張るから。不破雷蔵あるところに鉢屋三郎有りだから」
そんな澪と勘右衛門を前に、雷蔵と三郎がこそこそと会話をしていたのを、澪も勘右衛門も一切気付いていなかった。余談であるが、雷蔵は澪のファン倶楽部への加入を最近ずっと迷っていたりする。
そんなちょっとしたやり取りはあったものの、ドッキリドキドキ大作戦の決行が今夜と知って、澪は早くも、そわそわする気持ちを落ち着けていた。
顔や態度に出ると一年生達に気づかれるかもしれないので、努めて顔に出さないようにする。
やはりと言うか、今日も今日とて廊下ですれ違った一年い組の生徒に端っこに避けられてしまい、澪としてもドッキリドキドキ大作戦の成功を祈るばかりだ。
何より、い組の態度に対して不審に思う忍たま達が出てきてしまっているのが問題だ。その筆頭は、一年は組だったりする。
まぁ、もともと澪と関わる機会が多い事や、い組から小馬鹿にされる事があり確執が少なからずあるせいもあるのだが。
勘右衛門達と別れた後、そんな事を考えつつもそろそろランチの時間だと、食堂へ向かった。ランチの時間はなるべく生徒達の多い時間帯を避けて食べるようにしているのだが、間が悪くも偶然、一年い組の生徒達が複数いる時に来てしまった。
途端に、食堂の入口に立った澪を見て一年い組の生徒達の顔が引き攣る。そのまま、澪の方を時々チラチラ見ながら、何やらヒソヒソ声で話し出した。正直、感じが悪いがそれも今日までだ。
そう思った時である。複数の足音がしたと思ったら、澪のすぐ後ろから聞き覚えのある声がした。
「あーあ。バッカじゃねーの」
「きり丸っ、ちょっと」
「気持ちは分かるけど、シーっ!」
澪の背後に、きり丸、乱太郎、しんベヱが居た。どうやら、一年い組の生徒達の態度を見ていたらしい。
「きり丸くん、わたしはいいから……」
一年い組の態度は、戦闘訓練以降からずっと続いているので、澪としては慣れてきている。
それに、今日の夜にお灸が据えられるのだし、怒る気もなかった。なので、きり丸を宥める。だが、一年は組の生徒達が一番にい組に対して不審を抱いているせいか、きり丸はギュッと眉根を寄せて不服そうな顔をした。乱太郎としんベヱも、きり丸を止めてこそいるが思う所があるような顔だ。
「澪さん、ぼくらと一緒に飯食いましょうっ」
「きり丸の言う通りです。わたし達と美味しく食べましょ!仲良しですから、わたし達っ」
「そうです、食べましょう。澪さんと一緒に食べたら、きっと食堂のおばちゃんのご飯はもっと美味しくなりますからっ」
澪はきり丸達に連行されるような形で、同じテーブルにつく。大きな声で一緒に食べようと言うのは、一年い組への当て付けのようであった。
多分、それは入る時にきり丸がバカ、と言ったせいであろうがその仕返しのように、い組の生徒から大きな声で悪口が飛んできた。
「バカは、は組だろ。頭が悪いから、その人の側にいても平気なんだっ!」
流石に言い過ぎである。
これまで、澪はどんな態度を取られようが中身はいい歳をした大人だし、我慢もできた。悪く言われるのが自分だけなら、何とも思わずに居られたが、そうではないとなってくると話しは別である。
澪がすくっと立ち上がり、一言だけ言ってやろうとした時である。
「ーー今の発言は流石に目に余る。撤回しなさい」
食堂の入口の方から、聞き覚えのある声が飛んできた。普段は柔らかく優しいのに、今は淡々として冷たい声音に驚いて振り向くと、そこには半助と伝蔵がいた。どうやら、二人揃ってランチを食べに来たらしい。
半助は背が高いが威圧感はない。それは微笑みが優しく、好青年の印象が強いせいだ。
なのに、今は目を細めどこか鋭い眼差しをい組の生徒へ向けていた。殺気こそないが、突き放すような表情にい組の生徒達がひっ、と息を飲む。
「……わたしも、今の話は聞いていて気分が良くなかったわ。ここは悪口を言い合う場じゃなく食堂よ。謹んで頂戴」
「おばちゃんの言う通りだ。今の発言を聞いたら、安藤先生も厚着先生も悲しむだろう。お前達、ランチを食べ終えたらしっかり反省しなさい」
大人達に諭され、途端に一年い組はしゅんとした様子で項垂れた。まだ幼く根は素直なのだ。さっきの発言も本気ではないのだろう。
「でも、最初にバカと言ったのはきり丸です……!」
「そもそも、お前らが澪さんに失礼な態度取るかろだろうが。バーカバーカ」
「テストの点数が最悪なそっちの方が馬鹿だ」
「口喧嘩をするな、どっちもどっちだ馬鹿者。ここは食堂だぞ!」
言い合いをするきり丸とい組の生徒に、伝蔵の雷が落ちた。
普段から、一年は組を叱り慣れているだけあって様になっているし、歳を重ねただけの迫力がある。途端に、子ども達が固まった。
そして深いため息をついてから、い組の子ども達へ向けて伝蔵がこう言った。
「お前達。明日、わたしと澪さんである事について、議論をする。それを一年い組も、可能な限り全員見学しなさい。そうすれば、お前達も少しは目が覚めるだろう。言うより、見て聞く方が良かろう。澪くん、早速で悪いがいいかね?」
議論、と言われて思い出すのは、伝蔵と先日約束したばかりの件である。思いもよらぬ事に澪が目を瞬くと、伝蔵が苦笑いしていた。
「えっ、と、それはいいのですが、テーマが何かを教えて頂けると、調べる時間とか欲しいので」
「いや、そんな難しい話ではない。澪くんの思うところを教えて欲しいから、テーマは明日に言う。難しい勉強は要らないような話だ。世間話の一つくらいの感覚でわたしも話すから、澪くんもそうしてくれ」
ハードルが高いのか低いのかすら分からないが、そこまで伝蔵に言われてしまっては、頷くしかない。
「はいっ!その話、ぼく達も同席したいです!!」
「割り込んで邪魔をしないのなら、よかろう。日時と場所は、明日の放課後、一年は組の教室でだ。聞きたい者は来なさい」
そう言って、伝蔵はあっという間に予定を決めてしまう。困惑していると、半助と目が合った。そして、その瞬間に絶対に半助も明日、同席する気だと分かってしまった。目は口ほどに物を言うというやつか。
議論って何するんだっけ?と、現実逃避したくなってくる澪である。授業なら準備もできるしまだいい。だが、その場でテーマを決めての議論なんて、子どもとはいえ、ギャラリーがいる中でなんて……ちょっと荷が重い。
せいぜい、伝蔵の言う通り世間話程度で終わる事を祈るしかない。
その後、教師達が見ている事もあって子ども達は大人しく遅めのランチを食べて解散となった。澪はと言うと、食堂のおばちゃんに声をかけられて残っていた。
曰く。
「澪ちゃんさえよければ、時間があれば相談に乗ってほしい事があるの。いいかしら」
との事。いつも美味しいご飯を食べさせてもらっている人の頼みを聞かないわけにはいかない。澪は二つ返事で頷いた。
そして、子ども達も教師達も各々戻ったため誰もいなくなった食堂にて。澪はおばちゃんの淹れてくれたお茶を飲みつつ、相談を受けていた。
「実は、澪ちゃんの創作料理を本格的に教えてもらいたくて。わたしも、多少のアレンジはするんだけど、澪ちゃんが作る物みたいな発想が中々思いつかなくてね。前に田舎寿司とか、焙じ茶とか教えてもらったじゃない。もっと沢山、澪ちゃんから学びたくてね」
レシピは料理人の秘伝みたいになっていることもある。それもあってか、おばちゃんは少し申し訳なさそうな顔をしていたが、澪は別に包丁一本で生きている親方とかではないので、快諾した。
「構いませんよ。その代わり、わたしも色々と学ばせてもらえたら。おばさんの作る料理は、どれも美味しいですから」
「まぁっ、本当?嬉しいわぁ」
料理は、美味しければ何でもいいのだ。それを芸術まで昇華させ賞賛されるには、本物の料理人としての才能がいる。
澪の場合、料理人の元父親にあれこれ教わった他、食に関して前世でそれは多種多様な物を見て食べた記憶が残るせいで、このなんちゃって戦国からしたら、独創的な創作料理を手がけると思われているのだろう。
「わたしは、おばさんの煮物の味付けのコツをしっかり聞きたいです」
「勿論よ。嬉しいわ、澪ちゃん」
おばちゃんの煮物は最高だ。出汁が染みた、優しい味付けで何度でも食べたくなる。おふくろの味、というやつであろうか。
「そしたら、澪ちゃん。夕ご飯の仕込みを半刻後程したらするつもりなんだけど、良かったら煮物の作り方を教えるから、澪ちゃんも何か作って教えてくれる?」
「えっ、でも献立とか」
「いいのよ。今ある材料を使って何でもいいから、澪ちゃんが作って頂戴。わたしも学ばせてもらうから」
料理は好きだし、今日はこの後予定がないので澪は頷いた。途端に、食堂のおばちゃんがにっこりと笑顔になる。
「でも、い組の子達が嫌がりませんかね?」
「大丈夫よ。それに時たま、澪ちゃんはわたしを手伝ってくれるじゃない。今更よ」
茶目っ気たっぷりに笑うおばちゃん。澪はそれもそうかと、気にするのはやめた。
そんなわけで、雑談しながらおばちゃんと休憩した後は、夕食の支度をした。便利なコンロも蛇口もないし、電気炊飯なんてもってのほかな戦国の夕飯支度はとにかく時間がかかる。
肉や野菜だって下処理が必要だ。今日は魚が沢山届いたとかで、火を通せば食べられそうな魚が並ぶ。ちなみに、全てスズキである。淡白ながら、一匹の大きさがしっかりしているし、旬の味になるので調理のし甲斐がある。
「メインはどちらもこれにして、片方は焼いて、もう片方は煮ようかと思うのだけど」
「それでいいかと思います。クセの無い魚ですし、何にでもなりますよ。揚げてもいいと思います」
「なら、澪ちゃんにせっかくならメインを頼もうかしら。わたしは小鉢の煮物と味噌汁を作るわ」
「了解です!」
料理は好きだ。ひょっとして、相談があると持ちかけてきたおばちゃんだが、本当は一年い組に怖がられている澪を心配して、気を遣ってくれたのかもしれない。澪が気にしなくていいような形を取ってくれたのかも。
ーーこれは、久々に頑張らないと。
魚は捌けるが、沢山のスズキなんて相手にした事がない。それに、魚は寄生虫がいる可能性がある。冷凍技術がない戦国で、生で食べたり加熱処理が甘い状態で出すのは、食中毒の危険性があるので注意が必要だ。
根本的に防ぐには、新鮮な魚介類の腸を直ぐに取り除き低音で保存する事だが、そんな事、出来るはずもない。
なので、寄生虫がいると仮定するしかない。冷凍できない以上、加熱処理しか食中毒を防ぐ方法は無いのだから。
片方は揚げて、もう片方は蒸そう。揚げる方は下味をしっかりつけ、蒸す方は野菜の入ったあんかけをかければ満足感もあるだろう。常温で保存されているため、勿体ない気もするが食べるのはスズキの身のみだ。
そうと決まれば調理開始である。澪は魚をおばちゃんは野菜を処理して、時折しゃべりながらも手を動かす。魚の方は、半分はタレに漬け込み、もう半分は塩を軽く振った。
それから、少しして。戦国時代には無かったはずの、現代と遜色のない醤油を始め各種材料や調味料をガッツリ使って夕餉が完成した。
「働いたんだから、皆んなが来る前に味見がてら、わたし達は先に食べてしまいましょ」
出来上がると、味見も兼ねておばちゃんと一緒に早めの夕餉となった。
「澪ちゃんが作ると、一気に豪華になるわね」
「そんな。スズキの状態が良かったからですよ。おばさんの仕入れの手腕に感謝です」
おばちゃんは、蒸し魚を、澪は唐揚げをチョイスする。メインは一口噛めば、じゅわっと醤油の味がして身はホクホクとして美味しかった。おばちゃんの煮物が、いい箸休めになる。
「この餡掛け、すごく美味しいわ。彩りもいいし、白身の魚以外にも使えそうね」
「おばさんの煮物、短い時間ですごく味が染みててびっくりです。美味しい……!」
澪が素直に褒めると、食堂のおばちゃんが笑顔になった。澪も料理の美味いおばちゃんから褒められて照れくさくも嬉しい。
食べながらお互いに料理について、意見や情報を交換しつつ、あっという間に楽しい夕飯タイムは終わった。片付けをして少ししたら、忍たま達が続々と食堂へやってくる。
時間があるので、配膳の手伝いを申し出ると快く応じてもらえた。
最初にカウンターにやって来たのは留三郎だった。
「おっ、今日の定食はスズキか。ひょっとして、メインは澪さんが作ったのか?」
「そうですよ、留三郎くん。どっちにしますか?」
「Aランチの唐揚げで頼む」
「はーい」
注文通りに、セットして出すと嬉しそうに受け取ってくれる。
「なら、わたしはBセットで頼む。ひょっとして、今日のメインは澪さんが?」
お次は仙蔵だ。蒸し魚に餡をかけて出すと途端に顔が輝いた。
「えぇ、そうですよ。どうぞ召し上がれ」
「美味しそうだ。頂くとしよう」
今宵、上級生と一年生は色んな意味で頑張らねばならないから、しっかり食べて欲しい所である。
「澪さんが作って受付までしてくれるなんて、今日はついてますっ。ぼく、先輩達に言われて例の大作戦の為に穴掘り頑張ったんですよ。きっと、これはご褒美ですね!」
「喜八郎くん。しーっ!ネタバレするかもしれない事を言っちゃダメです」
嬉しそうな様子で顔にちょこっと泥汚れがついたままの喜八郎が、カウンター越しに澪に声をかけてきた。一年生がいつ来るかも分からない食堂で、そんな事を言っては今宵のドッキリドキドキ大作戦が台無しになるかもしれない。
手ぬぐいを喜八郎に差し出しつつ、注意した。
「あと、右の頬に少し泥がついてます。これどうぞ」
「澪さんが拭いてくれます?」
忍たま四年生の歳は十三歳。食堂なんて人目につくところで、まるで子どもに対するように世話を焼けるかと言うと……。
「自分で拭いてください」
「ちぇー……」
これが一年生なら、澪だって顔くらい拭いてあげた。しぶしぶ手拭いを受け取って、喜八郎が右頬を拭って顔を綺麗にした。すると、続々と忍たま達が追加でやって来たので、喜八郎は手拭いを澪に返すと少し残念そうな顔でしぶしぶ注文した。ちなみに、メインが唐揚げの方である。
今日は澪が夕飯のメインを担当し、手伝いもしている事で忍たま達は珍しそうな顔をしつつも、大多数は喜んでご飯を食べていた。一年い組はというと、露骨に顔にこそ出して居なかったが注文する声は強ばっていて、メニューを受け取るのもびくびくとしていた様子だったが、料理の味は気に入ったのか、残すことなく平らげていた。
もっとも、残したらおばちゃんからの鉄拳制裁が避けられないせいかもしれないが。
「うわぁっ、美味しそう!」
「今日は澪さんがメインを作ったんですか?」
「わたし、もうお腹ぺっこぺこだったんで何にするか迷っちゃちます」
最初にやって来た忍たま達が帰る頃、入れ替わるようにきり丸、しんベヱ、乱太郎がやって来た。
「そうですよ。さぁ、皆んなどれにしますか?」
「んじゃあ、ぼくはAで」
「ぼくは、両方でお願いしますっ!」
「わたしはBで」
「……三人とも、しっかり腹ごしらえするんですよ」
夜に備えて。とは言えないため、澪は笑顔で用意を続ける。果たして、ドッキリドキドキ大作戦はどうなることやら。
作戦が決行されるまで、あと数時間。見守るだけの約束なのに、まるで自分が仕掛ける側のような気がして、早くも何故だか緊張してくる澪であった。
梅雨の時期は、実技の授業が必然的に減るし、自由時間も確保しやすい。兵法書を読みながらも、チクチクと着物を縫うのが澪の梅雨時期の日課となりつつあった。
きり丸は、半助経由で呼び出してもらう事にした。タダで袴が縫ってもらえると知ったきり丸の反応は早く、半助に声掛けを頼んだその日には採寸のため、澪の所へやって来てくれた。その際、手が空いてるなら内職を手伝ってくれと言われ、おかげさまで乱太郎やしんベヱと一緒にきり丸の手伝いとして造花作りに励んでしまった。
ちゃっかりしているなと、きり丸のお願いに澪は苦笑いを禁じ得なかった。
なお、きり丸はタダで澪から袴を貰えるとあって大喜びだった。
「タダなら何でも嬉しいけど、澪さんが作ってくれるのが本当に嬉しいっ。ありがとう、澪さん!!」
そう言って、八重歯を見せてくしゃくしゃの顔をして笑うきり丸が、何故か半助とダブって見えて、一瞬だけドキッとした。一緒に暮らしていると、表情まで似通ったりするのだろうか。不思議な事である。
そして、梅雨はまだ続きそうではあるが、晴れの天気が二日続いて訪れていた。おかげさまで、下級生の子供たちは鬱憤を晴らすように外で遊んでいる。体育委員会も大喜びでバレーをしているのを澪は目撃し、小平太が勢いよくアタックしたバレーボールが偶然、外で包帯を乾かしていた、伊作の後頭部にクリティカルヒットしたという話を人伝に聞いて、笑ってはいけないと思いつつ、クスッと笑ってしまったりした。
晴れた空に輝く太陽は地面を乾かす。
晴れが続いた二日目の午前中の事、澪は廊下を歩いていたところ勘右衛門から話しかけられ、今日がドッキリドキドキ大作戦の決行日だと教えられた。
「澪ちゃん、オレの演技の実力見ててね」
「ちょっと、声大きいよ。勘ちゃん……!」
澪の事をちゃん付けで呼ぶお友達モードの時に勘右衛門くんと呼ぶと露骨に拗ねて無視されるため、恥ずかしいが何とか彼の希望通り名を呼ぶと、ニンマリと満足そうにまん丸な目を細めて笑われた。まるで、悪戯好きの子どもみたいだ。
「ねーねー、澪ちゃん。今夜の大作戦が無事に終わったら、週末にオレと一緒に遊びにいこーよー。友達同士仲良くさっ」
「……別にいいけど」
「よっしゃ!」
ガッツポーズを取る勘右衛門。すると、そんな勘右衛門にふいに声が掛けられた。
「勘右衛門、澪さんと遊びに行くって聞こえたんだけど……どういう事かな?」
「お前一人だけ抜け駆けか」
「げっ、そんな所にいたの二人とも」
ふわふわな色素の薄い髪を束ねた双子かと疑う顔が二つあった。不破雷蔵と、不破雷蔵に化けた鉢屋三郎である。二人は廊下から見える曲がり角から顔を覗かせており、そのせいで壁から首が生えているようにも見えるから、パッと見ホラーだ。
「ぼくも一緒に行きたいな」
「そうだそうだー。無理やりにでもついて行くからな」
「雷蔵はともかく、三郎は澪さんじゃなくて雷蔵にくっついて行きたいだけだろ」
「それがどうした。不破雷蔵あるところに、鉢屋三郎ありだ」
雷蔵は三郎と同室らしいし、凄く仲がいいのだろう。双子かと思うくらい見てくれは似ているが、赤の他人だと聞いたら知らない人はきっと驚くに違いない。
「まぁまぁ。どうせ行くなら、皆んなで行きましょうか」
「じゃあ、兵助と八左ヱ門にも声掛けときますね。あの二人もぼく達だけで行ったって聞いたら拗ねますから」
澪の返答に、嬉しそうに雷蔵が微笑んだ。そんな物なのだろうか。
と言うより、澪は気にするタイプではないが男子に囲まれて女子一人で遊びに行くなんて、町で無駄に浮きそうである。
そんな澪の考えを読んだのか。
「安心してください、澪さん。もし、男ばかりで微妙ならオレが完璧に女装しますから」
三郎が胸を張ってそんな事を言った。
ーー例え見てくれが女でも、中身が男ってどうなんだろうか。否、三郎なら本人そのものになるからいいのか。混乱してきそうである。だが、別に三郎がわざわざ女装しなくても、それなら澪が男に化けた方が気が楽だ。つい最近、町でシナに絡まれたし、その方が丁度いいだろう。
「いえ、それならわたしが男装するので結構です」
「……そう来るか。本当、澪さんってば男前なんだから!オレが女なら惚れてるねっ、付き合ってください、澪くんっ」
「はいはい、そういう冗談は要らないですからね。勘子ちゃん」
わざと高い声音で女の子になりきって言う勘右衛門に、澪も返事を返す。なんやかんや、勘右衛門との会話は楽しい。
「う、羨ましい……!」
「雷蔵、勘右衛門みたいなキャラになるなら言ってくれよ。オレも頑張るから。不破雷蔵あるところに鉢屋三郎有りだから」
そんな澪と勘右衛門を前に、雷蔵と三郎がこそこそと会話をしていたのを、澪も勘右衛門も一切気付いていなかった。余談であるが、雷蔵は澪のファン倶楽部への加入を最近ずっと迷っていたりする。
そんなちょっとしたやり取りはあったものの、ドッキリドキドキ大作戦の決行が今夜と知って、澪は早くも、そわそわする気持ちを落ち着けていた。
顔や態度に出ると一年生達に気づかれるかもしれないので、努めて顔に出さないようにする。
やはりと言うか、今日も今日とて廊下ですれ違った一年い組の生徒に端っこに避けられてしまい、澪としてもドッキリドキドキ大作戦の成功を祈るばかりだ。
何より、い組の態度に対して不審に思う忍たま達が出てきてしまっているのが問題だ。その筆頭は、一年は組だったりする。
まぁ、もともと澪と関わる機会が多い事や、い組から小馬鹿にされる事があり確執が少なからずあるせいもあるのだが。
勘右衛門達と別れた後、そんな事を考えつつもそろそろランチの時間だと、食堂へ向かった。ランチの時間はなるべく生徒達の多い時間帯を避けて食べるようにしているのだが、間が悪くも偶然、一年い組の生徒達が複数いる時に来てしまった。
途端に、食堂の入口に立った澪を見て一年い組の生徒達の顔が引き攣る。そのまま、澪の方を時々チラチラ見ながら、何やらヒソヒソ声で話し出した。正直、感じが悪いがそれも今日までだ。
そう思った時である。複数の足音がしたと思ったら、澪のすぐ後ろから聞き覚えのある声がした。
「あーあ。バッカじゃねーの」
「きり丸っ、ちょっと」
「気持ちは分かるけど、シーっ!」
澪の背後に、きり丸、乱太郎、しんベヱが居た。どうやら、一年い組の生徒達の態度を見ていたらしい。
「きり丸くん、わたしはいいから……」
一年い組の態度は、戦闘訓練以降からずっと続いているので、澪としては慣れてきている。
それに、今日の夜にお灸が据えられるのだし、怒る気もなかった。なので、きり丸を宥める。だが、一年は組の生徒達が一番にい組に対して不審を抱いているせいか、きり丸はギュッと眉根を寄せて不服そうな顔をした。乱太郎としんベヱも、きり丸を止めてこそいるが思う所があるような顔だ。
「澪さん、ぼくらと一緒に飯食いましょうっ」
「きり丸の言う通りです。わたし達と美味しく食べましょ!仲良しですから、わたし達っ」
「そうです、食べましょう。澪さんと一緒に食べたら、きっと食堂のおばちゃんのご飯はもっと美味しくなりますからっ」
澪はきり丸達に連行されるような形で、同じテーブルにつく。大きな声で一緒に食べようと言うのは、一年い組への当て付けのようであった。
多分、それは入る時にきり丸がバカ、と言ったせいであろうがその仕返しのように、い組の生徒から大きな声で悪口が飛んできた。
「バカは、は組だろ。頭が悪いから、その人の側にいても平気なんだっ!」
流石に言い過ぎである。
これまで、澪はどんな態度を取られようが中身はいい歳をした大人だし、我慢もできた。悪く言われるのが自分だけなら、何とも思わずに居られたが、そうではないとなってくると話しは別である。
澪がすくっと立ち上がり、一言だけ言ってやろうとした時である。
「ーー今の発言は流石に目に余る。撤回しなさい」
食堂の入口の方から、聞き覚えのある声が飛んできた。普段は柔らかく優しいのに、今は淡々として冷たい声音に驚いて振り向くと、そこには半助と伝蔵がいた。どうやら、二人揃ってランチを食べに来たらしい。
半助は背が高いが威圧感はない。それは微笑みが優しく、好青年の印象が強いせいだ。
なのに、今は目を細めどこか鋭い眼差しをい組の生徒へ向けていた。殺気こそないが、突き放すような表情にい組の生徒達がひっ、と息を飲む。
「……わたしも、今の話は聞いていて気分が良くなかったわ。ここは悪口を言い合う場じゃなく食堂よ。謹んで頂戴」
「おばちゃんの言う通りだ。今の発言を聞いたら、安藤先生も厚着先生も悲しむだろう。お前達、ランチを食べ終えたらしっかり反省しなさい」
大人達に諭され、途端に一年い組はしゅんとした様子で項垂れた。まだ幼く根は素直なのだ。さっきの発言も本気ではないのだろう。
「でも、最初にバカと言ったのはきり丸です……!」
「そもそも、お前らが澪さんに失礼な態度取るかろだろうが。バーカバーカ」
「テストの点数が最悪なそっちの方が馬鹿だ」
「口喧嘩をするな、どっちもどっちだ馬鹿者。ここは食堂だぞ!」
言い合いをするきり丸とい組の生徒に、伝蔵の雷が落ちた。
普段から、一年は組を叱り慣れているだけあって様になっているし、歳を重ねただけの迫力がある。途端に、子ども達が固まった。
そして深いため息をついてから、い組の子ども達へ向けて伝蔵がこう言った。
「お前達。明日、わたしと澪さんである事について、議論をする。それを一年い組も、可能な限り全員見学しなさい。そうすれば、お前達も少しは目が覚めるだろう。言うより、見て聞く方が良かろう。澪くん、早速で悪いがいいかね?」
議論、と言われて思い出すのは、伝蔵と先日約束したばかりの件である。思いもよらぬ事に澪が目を瞬くと、伝蔵が苦笑いしていた。
「えっ、と、それはいいのですが、テーマが何かを教えて頂けると、調べる時間とか欲しいので」
「いや、そんな難しい話ではない。澪くんの思うところを教えて欲しいから、テーマは明日に言う。難しい勉強は要らないような話だ。世間話の一つくらいの感覚でわたしも話すから、澪くんもそうしてくれ」
ハードルが高いのか低いのかすら分からないが、そこまで伝蔵に言われてしまっては、頷くしかない。
「はいっ!その話、ぼく達も同席したいです!!」
「割り込んで邪魔をしないのなら、よかろう。日時と場所は、明日の放課後、一年は組の教室でだ。聞きたい者は来なさい」
そう言って、伝蔵はあっという間に予定を決めてしまう。困惑していると、半助と目が合った。そして、その瞬間に絶対に半助も明日、同席する気だと分かってしまった。目は口ほどに物を言うというやつか。
議論って何するんだっけ?と、現実逃避したくなってくる澪である。授業なら準備もできるしまだいい。だが、その場でテーマを決めての議論なんて、子どもとはいえ、ギャラリーがいる中でなんて……ちょっと荷が重い。
せいぜい、伝蔵の言う通り世間話程度で終わる事を祈るしかない。
その後、教師達が見ている事もあって子ども達は大人しく遅めのランチを食べて解散となった。澪はと言うと、食堂のおばちゃんに声をかけられて残っていた。
曰く。
「澪ちゃんさえよければ、時間があれば相談に乗ってほしい事があるの。いいかしら」
との事。いつも美味しいご飯を食べさせてもらっている人の頼みを聞かないわけにはいかない。澪は二つ返事で頷いた。
そして、子ども達も教師達も各々戻ったため誰もいなくなった食堂にて。澪はおばちゃんの淹れてくれたお茶を飲みつつ、相談を受けていた。
「実は、澪ちゃんの創作料理を本格的に教えてもらいたくて。わたしも、多少のアレンジはするんだけど、澪ちゃんが作る物みたいな発想が中々思いつかなくてね。前に田舎寿司とか、焙じ茶とか教えてもらったじゃない。もっと沢山、澪ちゃんから学びたくてね」
レシピは料理人の秘伝みたいになっていることもある。それもあってか、おばちゃんは少し申し訳なさそうな顔をしていたが、澪は別に包丁一本で生きている親方とかではないので、快諾した。
「構いませんよ。その代わり、わたしも色々と学ばせてもらえたら。おばさんの作る料理は、どれも美味しいですから」
「まぁっ、本当?嬉しいわぁ」
料理は、美味しければ何でもいいのだ。それを芸術まで昇華させ賞賛されるには、本物の料理人としての才能がいる。
澪の場合、料理人の元父親にあれこれ教わった他、食に関して前世でそれは多種多様な物を見て食べた記憶が残るせいで、このなんちゃって戦国からしたら、独創的な創作料理を手がけると思われているのだろう。
「わたしは、おばさんの煮物の味付けのコツをしっかり聞きたいです」
「勿論よ。嬉しいわ、澪ちゃん」
おばちゃんの煮物は最高だ。出汁が染みた、優しい味付けで何度でも食べたくなる。おふくろの味、というやつであろうか。
「そしたら、澪ちゃん。夕ご飯の仕込みを半刻後程したらするつもりなんだけど、良かったら煮物の作り方を教えるから、澪ちゃんも何か作って教えてくれる?」
「えっ、でも献立とか」
「いいのよ。今ある材料を使って何でもいいから、澪ちゃんが作って頂戴。わたしも学ばせてもらうから」
料理は好きだし、今日はこの後予定がないので澪は頷いた。途端に、食堂のおばちゃんがにっこりと笑顔になる。
「でも、い組の子達が嫌がりませんかね?」
「大丈夫よ。それに時たま、澪ちゃんはわたしを手伝ってくれるじゃない。今更よ」
茶目っ気たっぷりに笑うおばちゃん。澪はそれもそうかと、気にするのはやめた。
そんなわけで、雑談しながらおばちゃんと休憩した後は、夕食の支度をした。便利なコンロも蛇口もないし、電気炊飯なんてもってのほかな戦国の夕飯支度はとにかく時間がかかる。
肉や野菜だって下処理が必要だ。今日は魚が沢山届いたとかで、火を通せば食べられそうな魚が並ぶ。ちなみに、全てスズキである。淡白ながら、一匹の大きさがしっかりしているし、旬の味になるので調理のし甲斐がある。
「メインはどちらもこれにして、片方は焼いて、もう片方は煮ようかと思うのだけど」
「それでいいかと思います。クセの無い魚ですし、何にでもなりますよ。揚げてもいいと思います」
「なら、澪ちゃんにせっかくならメインを頼もうかしら。わたしは小鉢の煮物と味噌汁を作るわ」
「了解です!」
料理は好きだ。ひょっとして、相談があると持ちかけてきたおばちゃんだが、本当は一年い組に怖がられている澪を心配して、気を遣ってくれたのかもしれない。澪が気にしなくていいような形を取ってくれたのかも。
ーーこれは、久々に頑張らないと。
魚は捌けるが、沢山のスズキなんて相手にした事がない。それに、魚は寄生虫がいる可能性がある。冷凍技術がない戦国で、生で食べたり加熱処理が甘い状態で出すのは、食中毒の危険性があるので注意が必要だ。
根本的に防ぐには、新鮮な魚介類の腸を直ぐに取り除き低音で保存する事だが、そんな事、出来るはずもない。
なので、寄生虫がいると仮定するしかない。冷凍できない以上、加熱処理しか食中毒を防ぐ方法は無いのだから。
片方は揚げて、もう片方は蒸そう。揚げる方は下味をしっかりつけ、蒸す方は野菜の入ったあんかけをかければ満足感もあるだろう。常温で保存されているため、勿体ない気もするが食べるのはスズキの身のみだ。
そうと決まれば調理開始である。澪は魚をおばちゃんは野菜を処理して、時折しゃべりながらも手を動かす。魚の方は、半分はタレに漬け込み、もう半分は塩を軽く振った。
それから、少しして。戦国時代には無かったはずの、現代と遜色のない醤油を始め各種材料や調味料をガッツリ使って夕餉が完成した。
「働いたんだから、皆んなが来る前に味見がてら、わたし達は先に食べてしまいましょ」
出来上がると、味見も兼ねておばちゃんと一緒に早めの夕餉となった。
「澪ちゃんが作ると、一気に豪華になるわね」
「そんな。スズキの状態が良かったからですよ。おばさんの仕入れの手腕に感謝です」
おばちゃんは、蒸し魚を、澪は唐揚げをチョイスする。メインは一口噛めば、じゅわっと醤油の味がして身はホクホクとして美味しかった。おばちゃんの煮物が、いい箸休めになる。
「この餡掛け、すごく美味しいわ。彩りもいいし、白身の魚以外にも使えそうね」
「おばさんの煮物、短い時間ですごく味が染みててびっくりです。美味しい……!」
澪が素直に褒めると、食堂のおばちゃんが笑顔になった。澪も料理の美味いおばちゃんから褒められて照れくさくも嬉しい。
食べながらお互いに料理について、意見や情報を交換しつつ、あっという間に楽しい夕飯タイムは終わった。片付けをして少ししたら、忍たま達が続々と食堂へやってくる。
時間があるので、配膳の手伝いを申し出ると快く応じてもらえた。
最初にカウンターにやって来たのは留三郎だった。
「おっ、今日の定食はスズキか。ひょっとして、メインは澪さんが作ったのか?」
「そうですよ、留三郎くん。どっちにしますか?」
「Aランチの唐揚げで頼む」
「はーい」
注文通りに、セットして出すと嬉しそうに受け取ってくれる。
「なら、わたしはBセットで頼む。ひょっとして、今日のメインは澪さんが?」
お次は仙蔵だ。蒸し魚に餡をかけて出すと途端に顔が輝いた。
「えぇ、そうですよ。どうぞ召し上がれ」
「美味しそうだ。頂くとしよう」
今宵、上級生と一年生は色んな意味で頑張らねばならないから、しっかり食べて欲しい所である。
「澪さんが作って受付までしてくれるなんて、今日はついてますっ。ぼく、先輩達に言われて例の大作戦の為に穴掘り頑張ったんですよ。きっと、これはご褒美ですね!」
「喜八郎くん。しーっ!ネタバレするかもしれない事を言っちゃダメです」
嬉しそうな様子で顔にちょこっと泥汚れがついたままの喜八郎が、カウンター越しに澪に声をかけてきた。一年生がいつ来るかも分からない食堂で、そんな事を言っては今宵のドッキリドキドキ大作戦が台無しになるかもしれない。
手ぬぐいを喜八郎に差し出しつつ、注意した。
「あと、右の頬に少し泥がついてます。これどうぞ」
「澪さんが拭いてくれます?」
忍たま四年生の歳は十三歳。食堂なんて人目につくところで、まるで子どもに対するように世話を焼けるかと言うと……。
「自分で拭いてください」
「ちぇー……」
これが一年生なら、澪だって顔くらい拭いてあげた。しぶしぶ手拭いを受け取って、喜八郎が右頬を拭って顔を綺麗にした。すると、続々と忍たま達が追加でやって来たので、喜八郎は手拭いを澪に返すと少し残念そうな顔でしぶしぶ注文した。ちなみに、メインが唐揚げの方である。
今日は澪が夕飯のメインを担当し、手伝いもしている事で忍たま達は珍しそうな顔をしつつも、大多数は喜んでご飯を食べていた。一年い組はというと、露骨に顔にこそ出して居なかったが注文する声は強ばっていて、メニューを受け取るのもびくびくとしていた様子だったが、料理の味は気に入ったのか、残すことなく平らげていた。
もっとも、残したらおばちゃんからの鉄拳制裁が避けられないせいかもしれないが。
「うわぁっ、美味しそう!」
「今日は澪さんがメインを作ったんですか?」
「わたし、もうお腹ぺっこぺこだったんで何にするか迷っちゃちます」
最初にやって来た忍たま達が帰る頃、入れ替わるようにきり丸、しんベヱ、乱太郎がやって来た。
「そうですよ。さぁ、皆んなどれにしますか?」
「んじゃあ、ぼくはAで」
「ぼくは、両方でお願いしますっ!」
「わたしはBで」
「……三人とも、しっかり腹ごしらえするんですよ」
夜に備えて。とは言えないため、澪は笑顔で用意を続ける。果たして、ドッキリドキドキ大作戦はどうなることやら。
作戦が決行されるまで、あと数時間。見守るだけの約束なのに、まるで自分が仕掛ける側のような気がして、早くも何故だか緊張してくる澪であった。
