第10話 ドッキリドキドキ大作戦
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本日の天気は久々の晴れ。町で美女の姿をしたシナと一緒に澪は休日を満喫していた。シナが市女笠をしていない事もあり、澪が活動的な町娘の姿をして共に歩くと、周囲から好機の視線が多数寄せられた。
「んーっ、やっぱり、甘味はこの姿の時に満喫するに限るわぁ!」
オススメの甘味屋があるから、一緒に行かないかとシナに誘われ、澪は喜んで応じた。そうして、シナに連れてこられたのは、団子を筆頭にお饅頭等が非常に美味しいお店だった。
店内では、老若男女問わず皆が美味しそうに甘味を頬張っている。漂う甘い匂いにうっとりするのは勿論、可愛らしい置物があったり装飾の色合いもこの時代にしてはポップな感じがして、いい雰囲気の場所である。デートにもうってつけだろう。
「確かに、このお団子とっても美味しいですね」
「でしょっ。食べ過ぎ注意なんだけど、休暇の時についつい食べたくなっちゃうの」
皿に乗った三本セットの団子をペロリと平らげて、シナが悪戯っぽく笑った。澪はおっとりとした老女姿のシナも好きだが、溌剌とした美女姿のシナも好きだ。シナについては、勝手ながら職場の先輩兼女友達のようだと思っている。
「ねっ、澪さん。前から聞きたい事があったんだけど」
「あ、はい。何でしょう」
「澪さん年頃じゃない。結婚したいとか、するなら何歳くらいとか、理想とかあったりする?」
シナが何処かワクワクした様子で聞いてきた。ちなみに、シナが情報収集しているのは、半助の事があったりするせいなのだが、澪は当然知る由もない。
なので、澪は食べた団子の甘さを洗い流すようにお茶を飲みつつ、シナに素直に返答した。
「結婚はできたらしたいです。でも時期とかは、そこまで拘ってないですね。あ、でも今のお仕事が楽しいので結婚しても子どもを産むのは少し待ってくれる旦那様がいいですね。まぁ、子どもは授かり物なので、気をつけても出来てしまったら産みますけど」
「へぇ、そうなの。その場合、子供は何人くらい欲しいとかあるの?」
「うーん。旦那様次第ですかね。わたしの唯一の肉親の母が明国へ行ってしまって頼れる人がおりませんから。どのくらい育児を手伝ってくれるかで、話が変わります。わたし、結婚してからも子守りの人を雇ってでも働きたいので、その辺の理解のある方でないと。家で大人しく待つというのは、性分に合いませんので」
基本的に妻に求められるのは、家の中を取り仕切ることだ。なので、結婚してからも家を開けて働きに出るなんていうのは、旦那と周囲の理解がないと厳しい目線を向けられてしまう。封建社会の古き日本の価値観とは異なる澪の考えに、果たして寄り添う男がいるのかどうか……。
「つまり、澪さんは渋めの顔な年上の男性で、貴女のやる事を全面的に肯定して応援してくれる、懐の深い男性が理想って事ね。素敵じゃない」
「それだけ聞くと、旦那様というより父上のようですね。まぁ、わたしが元父上達のような殿方を理想としているので、仕方ないんですけど」
シナのまとめに、澪は苦笑いした。するとその時である。
「それなら、オレとかどうだ。あんたくらい、美人なら、何だって言うこと聞いてやるぜ?」
いきなり、茶屋にいた男が近付いてきてヘラヘラ笑ってナンパしてきた。歳の頃は、三十はいってそうであるが顔の方は酷い馬面で、醜男そのものである。
どうやらナンパをしている、その相手は澪らしい。舐めるような視線で、頭の上から足の先まで値踏みするように見られ、少し不愉快になった。
「ーー澪さん、行きましょうか。一緒に紅を見ない?」
「いいですね。そうしましょう」
シナが艶やかな笑みを浮かべ、男をスルーした。それに乗っかると、途端に袖にされた男がチッ、と舌打ちして顔を顰めてみせる。
「おい、無視すんな。ツラはまぁまぁなのはいいが、年増がしゃしゃり出るんじゃねぇ」
「とし、ま……?」
美女の姿のシナの見た目は、二十代の女性である。現代日本人の感覚なら、十分に若い年齢だが戦国では十四、五歳で嫁に行く女子が多く、適齢期を超えれば年増扱いをしてくる失礼な男も当然いる。
「わたしの事、年増って言ったのね。いいわ、お望みなら吊るしあげましょうか」
シナの目が細くなり怒りからか、握りしめる手に血管が浮いている。女だからと侮るなかれ。忍術学園、くのいち教室でくのたまの指導を手がける、一流のくのいちなのである。
ルックスはピカイチだが、シナはプロ忍、澪は怪力娘と、見た目を裏切る危険な二人組であった。 中身が分かれば、普通の男達はまず声をかけないだろう。
その時だ。
「ーーその位にしておけ」
聞き覚えのある声がした。
「もそ。女性に対して失礼過ぎる、つまみ出すぞ」
「この女性達へ、無礼な態度を取ることはオレ達が許さん。早々に立ち去れ」
男に待ったをかけたのは、小平太だった。見ると、長次に文次郎までいる。シナは途端に怒りを沈めて、今度は面白そうな物を見るような表情になって、六年生達を見ていた。
お手並み拝見、と言うことか。
「な、なんだお前達は。人の会話に割り込みやがって」
「それは、こちらのセリフだ。そこの二人は、オレ達にとって大切な女性達だ。お前のような輩がおいそれと絡んでいい相手じゃない」
文次郎が腕組みしながら、男を睨みつけた。左右で目の形が若干異なるのもあってか、迫力がある。その隣では長次がにやぁ、っと笑った。顔に傷があるせいで、こちらは間違いなく迫力満点だ。
「な、何なんだよお前達っ。付き合ってられるか!ど、どうでもいいわ、そんなブサイクな娘!!」
「そう言うお前は馬面のくせに。せめて馬から人になってから出直して来い」
「う、うわぁーん!!」
小平太の捨て台詞が地味に酷い。男が顔を覆って店から逃げるように出て行ってしまった。客を追い出す形になってしまったなら、申し訳ないな……と思っていると、店主が「兄ちゃん達、よくやった!」と、カウンター越しに褒め言葉を送ってくれたので、良しとする。
「助かったわ、あなた達」
「うっかり手が出るかもしれなかったので、よかったです」
果たして助かったのは、澪達かはたまた馬面の無礼な男か。
二人の女の言葉に、小平太達は顔を見合わせて苦笑いした。
「三人とも、甘味を食べに来たんですね」
「ああ、まぁな。美味いと評判の店だし、一度、食べに来たくて。澪さんとシナ先生は買い物か?」
小平太が、ニコニコ笑って話しかけてきた。先程の馬面の男とは違い、可愛いらしい雰囲気が漂う。ついつい、澪もつられてニコリと笑った。
「そんな所です。もう食べ終わりましたし」
「助けられたお礼に、ここの支払いはわたしが持つわ。三人ともゆっくりして行きなさい。その代わり、今日みたいに困ってる女性がいたら、今後もちゃんと助けてあげてね」
シナがパチン、と一つウィンクして小平太の手に小銭を握らせた。途端に、三人が慌てた様子になるもシナが「いいから」と言うと、頭を下げて礼を言っていた。
「それじゃ、わたし達はもう行くわね」
「三人とも、ごゆっくり。本当に先程はありがとうございました」
「澪さん達も、気をつけて!シナ先生も、お気遣いありがとうございます」
小平太が元気な声で見送ってくれた。何だか、澪に向ける眼差しが名残惜しそうで、飼い犬を家に残して出ていく気持ちになりかけた。小平太のもっさりの髪が、もっふもふの尻尾に見えるせいかもしれない。
とはいえ、今はシナとの時間を満喫する時だ。澪は小平太に手を振り返して、店をシナと共に後にした。
それから、何事もなく化粧品や小物、そして布を見たりしたら、忍術学園へ帰還できるとばかり思っていたのに。
「よぅ、べっぴんさん達。よかったら、オレ達と遊ばねぇか?」
「可愛がってやるぜぇ」
今日は厄日なのだろうか。
せっかくシナと女同士、楽しく買い物をしていたのに店を出るや否や、男達に絡まれた。出来れば、きり丸用に袴に使えそうな布を見て帰りたいと思っていた矢先の出来事だった。
二人とも即座に気絶させてやろうかと思う澪。シナが出るのは、不要である。そして無言で拳を構えようとした、その時。
「そこまでだー!いけいけどんどーん!!」
またも元気な声がして、小平太が現れた。見ると、矢張りと言うか長次と文次郎までおり、あっという間にナンパ達を取り囲む。
「二人とも、よければ今日は護衛させてほしい。もそ」
「美人が二人も揃うと、虫が寄ってきますからね!」
「澪さんと、シナ先生は、お前達のような輩はお呼びじゃないっ。さっさと、去ね!」
忍たま最上級生達は伊達ではない。文次郎が睨みつけ、長次が笑い、小平太が威圧するとナンパ男達は捨てセリフすらなく去って行った。
「……あなた達、やっぱりつけてたのね。さては茶屋での事は、偶然じゃなかったでしょ」
「すみません。ですが、心配だったんです」
シナが目を細めると、途端に小平太が叱られた子犬みたいになった。小平太だけでなく、長次と文次郎も申し訳なさそうに目を伏せている。どうやら、茶屋で止めに入った時から偶然ではなかったようで、澪は尾行に気付かなかったのに、シナは流石である。
レディの後を追いかけるなんて言語道断だ!と、怒ってもいいのだろうが、こうも素直な様をさらけ出されると、本気で怒る気にはなれない。それはシナも同じようで、やれやれと苦笑いした。
「仕方ないから許してあげる。その代わり、この後は荷物持ちよ」
「問題ありません。喜んで従います!それに、女人の荷物なら軽いものです」
グッ!と力こぶしを作る小平太。ふと見ると、着物の袖が大きく裂けていた。
「小平太くん、袖が裂けてますよ」
「おお、本当だ。尾行中に釘にでも引っ掛けたかもしれんな」
カラカラと笑う小平太だが、薄ら腕に擦り傷が見られた。ひょっとして、澪達が絡まれているのを見て急いで飛び出したりしたのかもしれない。その際に、引っ掛けたとかありそうである。繕ってもいいが、それでもこの裂け方では、隠せそうもない。
「まぁ、他にも着物はある。わたしが、油断したのがいけないからな。気にしなくていいぞ、澪さん」
「……いえ、それはちょっと申し訳ないです」
これは、小平太にせめて布をプレゼントし、仕立てるよう言うべきか。あるいは、澪が仕立てるか。
悩んでいると、長次に肩を叩かれ耳元で囁かれた。
「もそ。できるのなら、澪さんが小平太に新しい着物を縫ってやってほしい。あの裂けた着物は、小平太の母君が縫った物だ。多分」
「えっ、そうなんですか」
直接の原因ではないとはいえ、澪達を思っての行動の結果だと思うと、長次の一言に途端に罪悪感を覚えた。
着物が裂けた理由を思えば、他の忍たま達への言い訳も立つと言えば立つ。悩む澪を、じーっと長次が見てくる。そのせいか、非常に断りづらい空気だ。
ややあって、澪は折れた。
「小平太くん……。嫌じゃなければ、これから布を買いに行く予定でしたので、好きなのを選んでください。わたしでよければ、布を買って仕立ててあげます。高すぎる布は無理ですし、着物が出来るのに時間がちょっとかかりますけど」
「えっ、それは本当か澪さん!とても嬉しいが、流石に過分だ。せめて布代はわたしが出す。破いたのはわたし自身の不足が招いた事だからな」
小平太が申し訳なさそうにしつつも、嬉しそうに頷いた。もっさもさのポニーテールが揺れているのが、まるで犬のシッポみたいだ。
「澪さんは、いつ嫁に行っても問題ないな。オレも、母が縫ってくれた着物がくたびれてきたところだから、羨ましいぞ小平太。災い転じて福となす、だな」
「うむ、今後も日頃の行いで徳を積まねばならんなぁ」
文次郎の一言に、笑顔でニコニコ頷く小平太。シナは、そんな六年生達と澪とのやり取りを見て、澪には聞こえないくらいの小さな声でそっと呟いた。
「……中々にライバルは、強敵ね」と。誰に向けて言った台詞かは、お察しである。
それから、澪はシナ、小平太達と一緒に布を買いに行った。半助の布を買ったのと同じ店だった事もあり、店主は澪の顔を覚えていてくれた。そこで、袴に使う布と、小平太の着物の布を買う。と言っても、小平太は自身で布は買っていたが。最近の澪の懐は結構温かいので、小平太の分の布くらいなら楽々買えてしまうのだが、本人が自身で支払うと言うので、宣言通り任せた。だが、何故かその際、澪のセンスがいいから布を選んで欲しいとお願いされた。
小平太の顔は、日に焼けて浅黒い。
濃い肌の人は、はっきりした色合いの服よりも中間色が似合う。そのため、小平太には鶸色を貴重とした着物を選んだ。軽く模様が入っており、その生地は小平太によく似合っていた。
半助の着物の二着目、忍者衣の方は仮縫いがあと残り半分で終わる。袴を後回しにして小平太の物を作ればいい。そうすれば、小平太の着物は夏休みまでにはできるだろう。袴はその後にきり丸の分を練習がてら作り、半助の方は夏休み中くらいを目標にすれば、無理なくできそうである。
そんな風に算段をしていると、小平太が澪に話しかけてきた。
「澪さん、わたしの着物より仕事を優先してくれ。わたしは、急がないし澪さんが仕立ててくれると言ってくれただけで嬉しかったのだから」
目を細め、それは嬉しそうに笑う小平太。本人の顔がどちらかというと童顔のせいかもしれないが、笑う顔がまるで向日葵みたいだ。
元気で明るいその笑顔に、澪もついつい笑ってしまう。
「問題ありません。小平太くんに似合の着物を仕立てますから、待っててくださいね!」
澪の返事を聞いた小平太が、照れくさそうに笑いながらもコクコクと頷く。普段のように頭巾で隠されていないモフモフの髪が、小平太の頭の動きにあわせてぴょこぴょこ揺れているのが、可愛いと思った。
+++++
澪が楽しい休日を過ごしたその翌日、仮縫いがあと残り半分で終わりそうなので、出来上がったら着て調整をしてほしいと半助に声をかける事にした。それとは別に、小平太そしてきり丸の採寸もできればしたい。
今日の天気は昨日に引き続き、曇りがちなものの雨は降っていなかった。とはいえ、夜に雨が軽く降ったせいで地面の具合はあまりよくない。外遊びすると、泥まみれは確実である。
今日、半助達に澪に付き合える時間があるかどうかは分からない。小平太は昨日の時点で、採寸をしたいと言ってあるので、多分捕まるはずだ。おそらくは学園内にいる。
休み明け。
澪の今日の予定は、事務室での手伝いだ。備品管理も事務室の仕事であり、今日は投擲武器の在庫チェックをするのだと言う。雨続きのため、実習が少ない今が在庫チェックの時期にうってつけなのだそうだ。
手裏剣、苦無等の投擲武器は種類も豊富で数が多い。破損したものは修理か、新しく購入する必要がある事から、定期的な作業が必須になってくる。
小松田にやらせると、例えば廊下を撒菱塗れにしたり、手裏剣を棚から大量に降らせる等、一歩間違えれば大惨事になる要素がある事から、吉野たっての願いを受け、澪が手伝いをする事になった。
「ーー八方手裏剣の数は問題なし。刃こぼれが二枚、と」
箱に入った手裏剣を調べて、内容を書き記していく。小松田は某手裏剣を相手に澪と同じ作業をしていた。比較的、怪我が少なそうな物を小松田に任せていたのだが、それで正解だったようである。
「こっちは、三本足りない気がするんだけど」
「十本ずつ纏めて数えたんですよね?」
「そうだよっ。なのに、足りないんだ」
「そしたら、念の為わたしも数えますね」
某手裏剣は細いから、実習で使った際にそのまま紛失したなんて事も有り得る。澪も同じように数えたが、小松田の言う通り箱に書かれてある数よりも、実際にある本数が足りない。
「ひとまず、実際の箱の中の本数をメモして、棒手裏剣は仕舞いましょう。ひょっとしたら、別の手裏剣の箱に混ざってるかもしれませんし。それに、細い物ですから折れて捨てられたり、紛失した可能性もあります」
「それもそうだね」
小松田は頷き、澪の言う通りひとまずメモをして次へ移った。尚、吉野の方は苦無の数を数え中である。小松田と澪のやり取りを見ても特にツッコミは飛んでこなかったので、問題なさそうだ。
そうやって、三人で作業をしていた時である。
「すみませーん、倉庫から少し棒手裏剣を借りてたんで返しに来ましたー」
「あっ、五年生だったのかっ!もぅ、足りないからビックリしたじゃないか」
「それはすみません。まさか、事務室の点検日と被るとは思わず」
倉庫にやって来たのは、竹谷八左ヱ門と、久々知兵助だった。大きな声で八左ヱ門が澪達へ声をかけ、兵助が小松田の抗議に慌てて謝っている。
「棒手裏剣だけ数本持ち出して、何してたんです?」
「いやぁ、例の作戦に使えたりしないかと。こういうのが掠めたら、びびらないかなって。勿論、刃は潰しますよ」
「……目に当たったら失明しますから、飛び道具は禁止に決まってます。無駄に本気出さないでくださいっ」
笑顔でとんでもない事を言う八左ヱ門に、澪は思わずツッコミした。兵助も横でうんうんと頷いている事からして、どうやら他の上級生達からも却下されたので、棒手裏剣を返しに来たらしかった。
「びっくりさせるなら、濡れた蒟蒻を当てるとか、糊を少し薄めたのを手につけて触るとかでいいでしょう。糊を赤黒い色にでもしたら、血みたいに見えていいんじゃないですか」
「血の色をした糊はともかく、蒟蒻はびっくりはするかもだが臭いでバレそうな」
八左ヱ門が苦笑いする。澪の案は、雑な古いお化け屋敷で使われたネタである。とはいえ、棒手裏剣よりはマシだと思ったのだろう。
「糊の方は使えると思うから、提案してみますね」
ややあって、兵助がそう言った。
「それって、上級生が一年生達を驚かせるって作戦だよね。ぼくも、ちょっとは知ってるけど頑張ってね。一年い組の態度は、ぼくも良くないって思うから」
「勿論です、小松田さん」
「ぼくに出来ることがあったら言ってね。事務員だけど、お手伝い頑張るから!」
小松田からエールを送られ、兵助が力強く頷くもその後の台詞になんとも言えない微笑みを浮かべた。小松田の場合、大人しくして手を出さないのが最高のお手伝いかもしれないからだろう。気持ちは嬉しいが、実行されると困るやつである。
「地面に水溜まりが少ない、雨の降らない夜に決行します。澪さん、もしも気になるようなら手出ししない事を条件に、見守りますか?」
「えっ、いいんですか」
八左ヱ門から提案され、澪は目を瞬く。気になると言えば非常に気になるので、八左ヱ門の提案は有難いが、他の上級生達から反対意見とか出たりしないか、少し心配になる。だが、八左ヱ門は笑って頷き、兵助も同様だ。
「勿論です。むしろ、先輩方が澪さんに声をかけようかと言ってたくらいなので」
「そうですか。それなら、その日は静かに見学しますね」
兵助の言葉に安心して、澪はホッと息を吐いた。そういう事なら、澪がお邪魔しても問題なさそうである。
それから、八左ヱ門と兵助は戻って行き、澪も続きの作業に没頭したのだった。幸い、投擲武器の不足はなかった。小松田にも怪我はなく、吉野と二人で安堵のため息をついたのは言う間でもない。
無事に作業が終わり、澪は最初に小平太の所へ向かった。今日の地面の状態は、バレーをするには向かないため、小平太は何故か体育委員会のメンバーを集め、空き教室でバレーボールを使った鍛錬をしていた。
「くっ……!苦しいっ」
「滝夜叉丸軟弱だぞ。忍術学園のスーパースターを名乗るなら、このくらいできなければ!」
「はっ、はいぃ」
滝夜叉丸が、V字バランスをしたままバレーボールを足に乗せ掲げていた。落とさないようにしているようで、必死である。下級生達は、ボールを足に挟んで腹筋していた。このトレーニングは、澪が小平太達六年生に鍛錬の際に、やらせた物であった。体育委員会として、活動が制限されるため身体を鍛えようということのようである。
「小平太くん、お邪魔してもいいですか。例の件をお願いしたいんですけど」
「おお、澪さん。勿論だ!じゃあ、わたしは少し外すがお前達はちゃんとトレーニングしておくんだぞ!」
ニカッと笑う小平太。上機嫌なその笑顔に体育委員会の面々は不思議そうな顔をしていたが、トレーニング続行を聞いて途端に引き攣っていた。
「澪さん、忍たま長屋に戻るのは遠いから人目につかない所でいいか?」
「勿論です。そしたら、そこの廊下の隅とかどうでしょうか」
「おお、いいぞ!」
小平太は廊下の隅っこで、ばっ!と両手を広げた。やる気満々な姿に澪はクスッと笑ってしまう。持ってきた採寸のため、巻尺代わりの紐を取り出す。手指を使う尺や寸での計測より、こっちの方が澪には分かりやすい。紐には、等間隔で細かく記しをつけてある。
着物のため、洋服ほど採寸が細かくないのが救いだ。男性の場合は女性と採寸内容が微妙に変わる。身丈、桁、肩幅、バスト、ウエスト、ヒップ等を計測していく。
小平太はやる気満々だったのに、いざ測るとなるとカチコチだった。それが何だか可愛らしくて微笑ましくなる澪だが、小平太は好きな娘に目と鼻の先まで接近されて流石に緊張してしまった等、澪は当然知らなぬ事である。
「小平太くんは、少しだけ気持ち大きめに作りますね。まだまだ大きくなるかもしれませんから」
六年生の中では比較的小柄な小平太だが、まだまだ成長途中なのだし背は伸びるだろうと思っての発言だ。大きくなるかもしれない、と言う澪の言葉に小平太は元気よく返事をした。
「そうなるよう、頑張るぞ!」
明るさと元気の良さは小平太の長所だ。きっと、将来、小平太の妻になる女性がいるとすれば、同じように元気な人かはたまた、小平太の明るさに照らされるような可憐な人なのか。
ーーシナが、結婚がどうのという質問をしてきたせいか、思わずまだ見ぬ小平太の妻の事を想像してしまった。いけない、と、澪は巻尺とメモを片付ける。
「そしたら、わたしはこれで」
「澪さんも暇なら一緒にどうだ?」
「少し用事があるので、また次の機会に。そうそう、聞いているかもしれませんが、例の作戦、わたしも見守ることにしましたので、よろしくお願いしますね。勿論、邪魔は一切しませんので」
「そうか。ならば、本気を出さんとな!」
「……お手柔らかにしてくださいね」
相手は一年生であることを念頭に入れて欲しい。八左ヱ門もそうだが、妙な方向にやる気を出すと別の意味での恐怖を与えかねない。
澪は小平太と別れ、きり丸を探す事にした。金吾に聞くと、きり丸は忍たま長屋で内職をしているだろうとの事だ。乱太郎やしんベヱも駆り出されているようだ。雨がちのため、外出できないなら内職を引き受けまくるなんて如何にも、きり丸らしい。
とはいえ、内職中なら無理に中断させるのはよくない。採寸している所を乱太郎達に見られると、気まづい物があるのできり丸はまた今度にして、澪は半助に試着の事で声をかけるだけにしておくことにした。
授業も終わっているので、職員室長屋にいる確率が高そうだと訪ねると、予感は的中で半助が仕事部屋に居た。伝蔵の姿はない。
「やぁ、澪さん。どうしたんだい?」
優しい声に優しい表情。今日も素敵に爽やか系ハンサムな半助である。澪の姿を見て、半助は立ち上がって出迎えてくれた。座ったままで、と澪が言う前にあっという間に半助が目の前に来た。
「あ、その。着物の事で。仮縫いがあと半分くらいなので、仕上がったら試着をお願いしたくて」
「あっ、忍者衣にすると言っていた分だね。もう、そこまで進んだのか、他の仕事をしながらなのに凄いな」
「……それと、いつになるかは分からないけれど、半助さんの袴も、わたしでよければ縫おうかと。きり丸で練習させてもらってからになるから、出来上がりは早くても夏休み中とかになるかもなんだけど」
「えっ」
澪の言葉に、半助が目を見開いている。ひょっとして、着物はともかく袴となると引かれたか、と思ったが、その瞬間に半助が顔を輝かせたので、杞憂に終わった。
「着物で十分に嬉しいのに、袴までなんて。いいのかい?流石にわたしが貰いすぎじゃあ……」
「合戦での仕事のお礼だよ。山田先生にも何かあげたいんだけど……」
「えっ。あれは、わたし達にとっても仕事みたいな物だったから気にする必要はないよ」
「そうはいかないわよ。山田先生と半助さんがいたから、わたしも利吉くんも安心して働けたのに」
半助がいなければ、合戦で溜め込んだ物をあんな風に吐き出せなかったかもしれない。あの時は気分が沈んでいたとはいえ、半助に甘えてしまった事を思い出すと少し恥ずかしいのだが、半助が己に甘えるのでおあいこだと思えば、羞恥おさまっていくから不思議だ。
「だから、遠慮なく是非。半助さんの服は特注でお高くなるでしょ。プロじゃないから、多少は縫いが粗いかもしれないけれど」
「やっ、そんな。着物の出来栄えがいいんだから、袴だって素敵だろうに。その、とても嬉しいよ。本当に……」
半助が本当に嬉しそうに言う。目を細め、柔らかく口元が綻ぶ。声が少しだけ掠れて低い。
ーーぞくっ、とした。
「そっ、それは良かった。じゃあ、わたしはこれで」
何やら気まずくなり、半助の仕事の邪魔をする気もないので、さっさと退散しようとする澪。すると、半助に手を掴まれた。
「待って。山田先生もそろそろ戻ってくるだろうし、中で待たないか。山田先生にも、何かお礼がしたいなら直接話しをした方がいい」
「えっ、あ、そ、それもそうね」
半助に手を引かれ、澪はそのまま仕事部屋に招かれた。入るや否や、ほのかに墨の香りがした。どうやら、硯で墨を刷ってからあまり時間が経っていないようだ。
「先日、きり丸達にしていた歴史の授業を聞いて、わたしも面白いと思ったよ。澪さんの話は、異国の話や事業の話にしてもそうだけど、知的好奇心を刺激するのが上手い。わたしも、見習わないと」
「半助さんの声がいいから、は組の皆んなは眠たくなっちゃうのかも?」
「わたしの声は子守唄か。確かに赤ん坊はよく寝るけど、は組の良い子達までそうならなくてもいいのに……!」
ちょっとした慰めのつもりが、本人には全く届かなかった。半助が情けない声で顔を覆うのを見て、ついついいけないと知りつつ笑ってしまいそうになる。
すると、廊下を歩く足音が近付いて来た。ひょっとしたら、伝蔵かもしれないという感は当たり、障子戸が開けて顔を覗かせたのは山田伝蔵その人であった。
「声がすると思ったら澪くんじゃないか。どうしたんだ?」
「合戦の時の礼をしたいと、来てくれたんですよ。わたしには、袴を縫ってくれるそうです」
「そんな気遣いは無用だというのに。わたしは前に貰った巾着で十分だ。それに、わたしは昌義殿と話しに行ったような物で活躍はしていないからな」
伝蔵はやれやれと苦笑いしつつ、机の前に座った。
「それに、澪くんには利吉が何かと世話になっているのだし。今回は、活躍した土井先生だけでいいさ。わたしにまでと言うのは、過分だし澪くんの負担になる」
「そんな……山田先生もいたから、わたしも利吉くんも頑張れたのに」
「で、あれば利吉から貰うとしよう。それよりも、土井先生から聞いたが、きり丸達に面白い歴史の授業をしたとか。後、議論だったか、それをする約束をしたとも。もしも、どうしても気になるのなら、わたしともそのうち議論をしよう。それが御礼というのはどうかね」
そうまで言われると、無理にプレゼントという形でお礼はし辛い。澪が黙って頷くと、伝蔵も笑って頷き返してくれた。
とはいえ、何の議論をするのやら謎だ。半助もそうだが、果たして澪が彼らの満足のいく話ができるのか。
着物や袴を作るより、遥かにそちらの方が難しい気がしてくる澪であった。
「んーっ、やっぱり、甘味はこの姿の時に満喫するに限るわぁ!」
オススメの甘味屋があるから、一緒に行かないかとシナに誘われ、澪は喜んで応じた。そうして、シナに連れてこられたのは、団子を筆頭にお饅頭等が非常に美味しいお店だった。
店内では、老若男女問わず皆が美味しそうに甘味を頬張っている。漂う甘い匂いにうっとりするのは勿論、可愛らしい置物があったり装飾の色合いもこの時代にしてはポップな感じがして、いい雰囲気の場所である。デートにもうってつけだろう。
「確かに、このお団子とっても美味しいですね」
「でしょっ。食べ過ぎ注意なんだけど、休暇の時についつい食べたくなっちゃうの」
皿に乗った三本セットの団子をペロリと平らげて、シナが悪戯っぽく笑った。澪はおっとりとした老女姿のシナも好きだが、溌剌とした美女姿のシナも好きだ。シナについては、勝手ながら職場の先輩兼女友達のようだと思っている。
「ねっ、澪さん。前から聞きたい事があったんだけど」
「あ、はい。何でしょう」
「澪さん年頃じゃない。結婚したいとか、するなら何歳くらいとか、理想とかあったりする?」
シナが何処かワクワクした様子で聞いてきた。ちなみに、シナが情報収集しているのは、半助の事があったりするせいなのだが、澪は当然知る由もない。
なので、澪は食べた団子の甘さを洗い流すようにお茶を飲みつつ、シナに素直に返答した。
「結婚はできたらしたいです。でも時期とかは、そこまで拘ってないですね。あ、でも今のお仕事が楽しいので結婚しても子どもを産むのは少し待ってくれる旦那様がいいですね。まぁ、子どもは授かり物なので、気をつけても出来てしまったら産みますけど」
「へぇ、そうなの。その場合、子供は何人くらい欲しいとかあるの?」
「うーん。旦那様次第ですかね。わたしの唯一の肉親の母が明国へ行ってしまって頼れる人がおりませんから。どのくらい育児を手伝ってくれるかで、話が変わります。わたし、結婚してからも子守りの人を雇ってでも働きたいので、その辺の理解のある方でないと。家で大人しく待つというのは、性分に合いませんので」
基本的に妻に求められるのは、家の中を取り仕切ることだ。なので、結婚してからも家を開けて働きに出るなんていうのは、旦那と周囲の理解がないと厳しい目線を向けられてしまう。封建社会の古き日本の価値観とは異なる澪の考えに、果たして寄り添う男がいるのかどうか……。
「つまり、澪さんは渋めの顔な年上の男性で、貴女のやる事を全面的に肯定して応援してくれる、懐の深い男性が理想って事ね。素敵じゃない」
「それだけ聞くと、旦那様というより父上のようですね。まぁ、わたしが元父上達のような殿方を理想としているので、仕方ないんですけど」
シナのまとめに、澪は苦笑いした。するとその時である。
「それなら、オレとかどうだ。あんたくらい、美人なら、何だって言うこと聞いてやるぜ?」
いきなり、茶屋にいた男が近付いてきてヘラヘラ笑ってナンパしてきた。歳の頃は、三十はいってそうであるが顔の方は酷い馬面で、醜男そのものである。
どうやらナンパをしている、その相手は澪らしい。舐めるような視線で、頭の上から足の先まで値踏みするように見られ、少し不愉快になった。
「ーー澪さん、行きましょうか。一緒に紅を見ない?」
「いいですね。そうしましょう」
シナが艶やかな笑みを浮かべ、男をスルーした。それに乗っかると、途端に袖にされた男がチッ、と舌打ちして顔を顰めてみせる。
「おい、無視すんな。ツラはまぁまぁなのはいいが、年増がしゃしゃり出るんじゃねぇ」
「とし、ま……?」
美女の姿のシナの見た目は、二十代の女性である。現代日本人の感覚なら、十分に若い年齢だが戦国では十四、五歳で嫁に行く女子が多く、適齢期を超えれば年増扱いをしてくる失礼な男も当然いる。
「わたしの事、年増って言ったのね。いいわ、お望みなら吊るしあげましょうか」
シナの目が細くなり怒りからか、握りしめる手に血管が浮いている。女だからと侮るなかれ。忍術学園、くのいち教室でくのたまの指導を手がける、一流のくのいちなのである。
ルックスはピカイチだが、シナはプロ忍、澪は怪力娘と、見た目を裏切る危険な二人組であった。 中身が分かれば、普通の男達はまず声をかけないだろう。
その時だ。
「ーーその位にしておけ」
聞き覚えのある声がした。
「もそ。女性に対して失礼過ぎる、つまみ出すぞ」
「この女性達へ、無礼な態度を取ることはオレ達が許さん。早々に立ち去れ」
男に待ったをかけたのは、小平太だった。見ると、長次に文次郎までいる。シナは途端に怒りを沈めて、今度は面白そうな物を見るような表情になって、六年生達を見ていた。
お手並み拝見、と言うことか。
「な、なんだお前達は。人の会話に割り込みやがって」
「それは、こちらのセリフだ。そこの二人は、オレ達にとって大切な女性達だ。お前のような輩がおいそれと絡んでいい相手じゃない」
文次郎が腕組みしながら、男を睨みつけた。左右で目の形が若干異なるのもあってか、迫力がある。その隣では長次がにやぁ、っと笑った。顔に傷があるせいで、こちらは間違いなく迫力満点だ。
「な、何なんだよお前達っ。付き合ってられるか!ど、どうでもいいわ、そんなブサイクな娘!!」
「そう言うお前は馬面のくせに。せめて馬から人になってから出直して来い」
「う、うわぁーん!!」
小平太の捨て台詞が地味に酷い。男が顔を覆って店から逃げるように出て行ってしまった。客を追い出す形になってしまったなら、申し訳ないな……と思っていると、店主が「兄ちゃん達、よくやった!」と、カウンター越しに褒め言葉を送ってくれたので、良しとする。
「助かったわ、あなた達」
「うっかり手が出るかもしれなかったので、よかったです」
果たして助かったのは、澪達かはたまた馬面の無礼な男か。
二人の女の言葉に、小平太達は顔を見合わせて苦笑いした。
「三人とも、甘味を食べに来たんですね」
「ああ、まぁな。美味いと評判の店だし、一度、食べに来たくて。澪さんとシナ先生は買い物か?」
小平太が、ニコニコ笑って話しかけてきた。先程の馬面の男とは違い、可愛いらしい雰囲気が漂う。ついつい、澪もつられてニコリと笑った。
「そんな所です。もう食べ終わりましたし」
「助けられたお礼に、ここの支払いはわたしが持つわ。三人ともゆっくりして行きなさい。その代わり、今日みたいに困ってる女性がいたら、今後もちゃんと助けてあげてね」
シナがパチン、と一つウィンクして小平太の手に小銭を握らせた。途端に、三人が慌てた様子になるもシナが「いいから」と言うと、頭を下げて礼を言っていた。
「それじゃ、わたし達はもう行くわね」
「三人とも、ごゆっくり。本当に先程はありがとうございました」
「澪さん達も、気をつけて!シナ先生も、お気遣いありがとうございます」
小平太が元気な声で見送ってくれた。何だか、澪に向ける眼差しが名残惜しそうで、飼い犬を家に残して出ていく気持ちになりかけた。小平太のもっさりの髪が、もっふもふの尻尾に見えるせいかもしれない。
とはいえ、今はシナとの時間を満喫する時だ。澪は小平太に手を振り返して、店をシナと共に後にした。
それから、何事もなく化粧品や小物、そして布を見たりしたら、忍術学園へ帰還できるとばかり思っていたのに。
「よぅ、べっぴんさん達。よかったら、オレ達と遊ばねぇか?」
「可愛がってやるぜぇ」
今日は厄日なのだろうか。
せっかくシナと女同士、楽しく買い物をしていたのに店を出るや否や、男達に絡まれた。出来れば、きり丸用に袴に使えそうな布を見て帰りたいと思っていた矢先の出来事だった。
二人とも即座に気絶させてやろうかと思う澪。シナが出るのは、不要である。そして無言で拳を構えようとした、その時。
「そこまでだー!いけいけどんどーん!!」
またも元気な声がして、小平太が現れた。見ると、矢張りと言うか長次と文次郎までおり、あっという間にナンパ達を取り囲む。
「二人とも、よければ今日は護衛させてほしい。もそ」
「美人が二人も揃うと、虫が寄ってきますからね!」
「澪さんと、シナ先生は、お前達のような輩はお呼びじゃないっ。さっさと、去ね!」
忍たま最上級生達は伊達ではない。文次郎が睨みつけ、長次が笑い、小平太が威圧するとナンパ男達は捨てセリフすらなく去って行った。
「……あなた達、やっぱりつけてたのね。さては茶屋での事は、偶然じゃなかったでしょ」
「すみません。ですが、心配だったんです」
シナが目を細めると、途端に小平太が叱られた子犬みたいになった。小平太だけでなく、長次と文次郎も申し訳なさそうに目を伏せている。どうやら、茶屋で止めに入った時から偶然ではなかったようで、澪は尾行に気付かなかったのに、シナは流石である。
レディの後を追いかけるなんて言語道断だ!と、怒ってもいいのだろうが、こうも素直な様をさらけ出されると、本気で怒る気にはなれない。それはシナも同じようで、やれやれと苦笑いした。
「仕方ないから許してあげる。その代わり、この後は荷物持ちよ」
「問題ありません。喜んで従います!それに、女人の荷物なら軽いものです」
グッ!と力こぶしを作る小平太。ふと見ると、着物の袖が大きく裂けていた。
「小平太くん、袖が裂けてますよ」
「おお、本当だ。尾行中に釘にでも引っ掛けたかもしれんな」
カラカラと笑う小平太だが、薄ら腕に擦り傷が見られた。ひょっとして、澪達が絡まれているのを見て急いで飛び出したりしたのかもしれない。その際に、引っ掛けたとかありそうである。繕ってもいいが、それでもこの裂け方では、隠せそうもない。
「まぁ、他にも着物はある。わたしが、油断したのがいけないからな。気にしなくていいぞ、澪さん」
「……いえ、それはちょっと申し訳ないです」
これは、小平太にせめて布をプレゼントし、仕立てるよう言うべきか。あるいは、澪が仕立てるか。
悩んでいると、長次に肩を叩かれ耳元で囁かれた。
「もそ。できるのなら、澪さんが小平太に新しい着物を縫ってやってほしい。あの裂けた着物は、小平太の母君が縫った物だ。多分」
「えっ、そうなんですか」
直接の原因ではないとはいえ、澪達を思っての行動の結果だと思うと、長次の一言に途端に罪悪感を覚えた。
着物が裂けた理由を思えば、他の忍たま達への言い訳も立つと言えば立つ。悩む澪を、じーっと長次が見てくる。そのせいか、非常に断りづらい空気だ。
ややあって、澪は折れた。
「小平太くん……。嫌じゃなければ、これから布を買いに行く予定でしたので、好きなのを選んでください。わたしでよければ、布を買って仕立ててあげます。高すぎる布は無理ですし、着物が出来るのに時間がちょっとかかりますけど」
「えっ、それは本当か澪さん!とても嬉しいが、流石に過分だ。せめて布代はわたしが出す。破いたのはわたし自身の不足が招いた事だからな」
小平太が申し訳なさそうにしつつも、嬉しそうに頷いた。もっさもさのポニーテールが揺れているのが、まるで犬のシッポみたいだ。
「澪さんは、いつ嫁に行っても問題ないな。オレも、母が縫ってくれた着物がくたびれてきたところだから、羨ましいぞ小平太。災い転じて福となす、だな」
「うむ、今後も日頃の行いで徳を積まねばならんなぁ」
文次郎の一言に、笑顔でニコニコ頷く小平太。シナは、そんな六年生達と澪とのやり取りを見て、澪には聞こえないくらいの小さな声でそっと呟いた。
「……中々にライバルは、強敵ね」と。誰に向けて言った台詞かは、お察しである。
それから、澪はシナ、小平太達と一緒に布を買いに行った。半助の布を買ったのと同じ店だった事もあり、店主は澪の顔を覚えていてくれた。そこで、袴に使う布と、小平太の着物の布を買う。と言っても、小平太は自身で布は買っていたが。最近の澪の懐は結構温かいので、小平太の分の布くらいなら楽々買えてしまうのだが、本人が自身で支払うと言うので、宣言通り任せた。だが、何故かその際、澪のセンスがいいから布を選んで欲しいとお願いされた。
小平太の顔は、日に焼けて浅黒い。
濃い肌の人は、はっきりした色合いの服よりも中間色が似合う。そのため、小平太には鶸色を貴重とした着物を選んだ。軽く模様が入っており、その生地は小平太によく似合っていた。
半助の着物の二着目、忍者衣の方は仮縫いがあと残り半分で終わる。袴を後回しにして小平太の物を作ればいい。そうすれば、小平太の着物は夏休みまでにはできるだろう。袴はその後にきり丸の分を練習がてら作り、半助の方は夏休み中くらいを目標にすれば、無理なくできそうである。
そんな風に算段をしていると、小平太が澪に話しかけてきた。
「澪さん、わたしの着物より仕事を優先してくれ。わたしは、急がないし澪さんが仕立ててくれると言ってくれただけで嬉しかったのだから」
目を細め、それは嬉しそうに笑う小平太。本人の顔がどちらかというと童顔のせいかもしれないが、笑う顔がまるで向日葵みたいだ。
元気で明るいその笑顔に、澪もついつい笑ってしまう。
「問題ありません。小平太くんに似合の着物を仕立てますから、待っててくださいね!」
澪の返事を聞いた小平太が、照れくさそうに笑いながらもコクコクと頷く。普段のように頭巾で隠されていないモフモフの髪が、小平太の頭の動きにあわせてぴょこぴょこ揺れているのが、可愛いと思った。
+++++
澪が楽しい休日を過ごしたその翌日、仮縫いがあと残り半分で終わりそうなので、出来上がったら着て調整をしてほしいと半助に声をかける事にした。それとは別に、小平太そしてきり丸の採寸もできればしたい。
今日の天気は昨日に引き続き、曇りがちなものの雨は降っていなかった。とはいえ、夜に雨が軽く降ったせいで地面の具合はあまりよくない。外遊びすると、泥まみれは確実である。
今日、半助達に澪に付き合える時間があるかどうかは分からない。小平太は昨日の時点で、採寸をしたいと言ってあるので、多分捕まるはずだ。おそらくは学園内にいる。
休み明け。
澪の今日の予定は、事務室での手伝いだ。備品管理も事務室の仕事であり、今日は投擲武器の在庫チェックをするのだと言う。雨続きのため、実習が少ない今が在庫チェックの時期にうってつけなのだそうだ。
手裏剣、苦無等の投擲武器は種類も豊富で数が多い。破損したものは修理か、新しく購入する必要がある事から、定期的な作業が必須になってくる。
小松田にやらせると、例えば廊下を撒菱塗れにしたり、手裏剣を棚から大量に降らせる等、一歩間違えれば大惨事になる要素がある事から、吉野たっての願いを受け、澪が手伝いをする事になった。
「ーー八方手裏剣の数は問題なし。刃こぼれが二枚、と」
箱に入った手裏剣を調べて、内容を書き記していく。小松田は某手裏剣を相手に澪と同じ作業をしていた。比較的、怪我が少なそうな物を小松田に任せていたのだが、それで正解だったようである。
「こっちは、三本足りない気がするんだけど」
「十本ずつ纏めて数えたんですよね?」
「そうだよっ。なのに、足りないんだ」
「そしたら、念の為わたしも数えますね」
某手裏剣は細いから、実習で使った際にそのまま紛失したなんて事も有り得る。澪も同じように数えたが、小松田の言う通り箱に書かれてある数よりも、実際にある本数が足りない。
「ひとまず、実際の箱の中の本数をメモして、棒手裏剣は仕舞いましょう。ひょっとしたら、別の手裏剣の箱に混ざってるかもしれませんし。それに、細い物ですから折れて捨てられたり、紛失した可能性もあります」
「それもそうだね」
小松田は頷き、澪の言う通りひとまずメモをして次へ移った。尚、吉野の方は苦無の数を数え中である。小松田と澪のやり取りを見ても特にツッコミは飛んでこなかったので、問題なさそうだ。
そうやって、三人で作業をしていた時である。
「すみませーん、倉庫から少し棒手裏剣を借りてたんで返しに来ましたー」
「あっ、五年生だったのかっ!もぅ、足りないからビックリしたじゃないか」
「それはすみません。まさか、事務室の点検日と被るとは思わず」
倉庫にやって来たのは、竹谷八左ヱ門と、久々知兵助だった。大きな声で八左ヱ門が澪達へ声をかけ、兵助が小松田の抗議に慌てて謝っている。
「棒手裏剣だけ数本持ち出して、何してたんです?」
「いやぁ、例の作戦に使えたりしないかと。こういうのが掠めたら、びびらないかなって。勿論、刃は潰しますよ」
「……目に当たったら失明しますから、飛び道具は禁止に決まってます。無駄に本気出さないでくださいっ」
笑顔でとんでもない事を言う八左ヱ門に、澪は思わずツッコミした。兵助も横でうんうんと頷いている事からして、どうやら他の上級生達からも却下されたので、棒手裏剣を返しに来たらしかった。
「びっくりさせるなら、濡れた蒟蒻を当てるとか、糊を少し薄めたのを手につけて触るとかでいいでしょう。糊を赤黒い色にでもしたら、血みたいに見えていいんじゃないですか」
「血の色をした糊はともかく、蒟蒻はびっくりはするかもだが臭いでバレそうな」
八左ヱ門が苦笑いする。澪の案は、雑な古いお化け屋敷で使われたネタである。とはいえ、棒手裏剣よりはマシだと思ったのだろう。
「糊の方は使えると思うから、提案してみますね」
ややあって、兵助がそう言った。
「それって、上級生が一年生達を驚かせるって作戦だよね。ぼくも、ちょっとは知ってるけど頑張ってね。一年い組の態度は、ぼくも良くないって思うから」
「勿論です、小松田さん」
「ぼくに出来ることがあったら言ってね。事務員だけど、お手伝い頑張るから!」
小松田からエールを送られ、兵助が力強く頷くもその後の台詞になんとも言えない微笑みを浮かべた。小松田の場合、大人しくして手を出さないのが最高のお手伝いかもしれないからだろう。気持ちは嬉しいが、実行されると困るやつである。
「地面に水溜まりが少ない、雨の降らない夜に決行します。澪さん、もしも気になるようなら手出ししない事を条件に、見守りますか?」
「えっ、いいんですか」
八左ヱ門から提案され、澪は目を瞬く。気になると言えば非常に気になるので、八左ヱ門の提案は有難いが、他の上級生達から反対意見とか出たりしないか、少し心配になる。だが、八左ヱ門は笑って頷き、兵助も同様だ。
「勿論です。むしろ、先輩方が澪さんに声をかけようかと言ってたくらいなので」
「そうですか。それなら、その日は静かに見学しますね」
兵助の言葉に安心して、澪はホッと息を吐いた。そういう事なら、澪がお邪魔しても問題なさそうである。
それから、八左ヱ門と兵助は戻って行き、澪も続きの作業に没頭したのだった。幸い、投擲武器の不足はなかった。小松田にも怪我はなく、吉野と二人で安堵のため息をついたのは言う間でもない。
無事に作業が終わり、澪は最初に小平太の所へ向かった。今日の地面の状態は、バレーをするには向かないため、小平太は何故か体育委員会のメンバーを集め、空き教室でバレーボールを使った鍛錬をしていた。
「くっ……!苦しいっ」
「滝夜叉丸軟弱だぞ。忍術学園のスーパースターを名乗るなら、このくらいできなければ!」
「はっ、はいぃ」
滝夜叉丸が、V字バランスをしたままバレーボールを足に乗せ掲げていた。落とさないようにしているようで、必死である。下級生達は、ボールを足に挟んで腹筋していた。このトレーニングは、澪が小平太達六年生に鍛錬の際に、やらせた物であった。体育委員会として、活動が制限されるため身体を鍛えようということのようである。
「小平太くん、お邪魔してもいいですか。例の件をお願いしたいんですけど」
「おお、澪さん。勿論だ!じゃあ、わたしは少し外すがお前達はちゃんとトレーニングしておくんだぞ!」
ニカッと笑う小平太。上機嫌なその笑顔に体育委員会の面々は不思議そうな顔をしていたが、トレーニング続行を聞いて途端に引き攣っていた。
「澪さん、忍たま長屋に戻るのは遠いから人目につかない所でいいか?」
「勿論です。そしたら、そこの廊下の隅とかどうでしょうか」
「おお、いいぞ!」
小平太は廊下の隅っこで、ばっ!と両手を広げた。やる気満々な姿に澪はクスッと笑ってしまう。持ってきた採寸のため、巻尺代わりの紐を取り出す。手指を使う尺や寸での計測より、こっちの方が澪には分かりやすい。紐には、等間隔で細かく記しをつけてある。
着物のため、洋服ほど採寸が細かくないのが救いだ。男性の場合は女性と採寸内容が微妙に変わる。身丈、桁、肩幅、バスト、ウエスト、ヒップ等を計測していく。
小平太はやる気満々だったのに、いざ測るとなるとカチコチだった。それが何だか可愛らしくて微笑ましくなる澪だが、小平太は好きな娘に目と鼻の先まで接近されて流石に緊張してしまった等、澪は当然知らなぬ事である。
「小平太くんは、少しだけ気持ち大きめに作りますね。まだまだ大きくなるかもしれませんから」
六年生の中では比較的小柄な小平太だが、まだまだ成長途中なのだし背は伸びるだろうと思っての発言だ。大きくなるかもしれない、と言う澪の言葉に小平太は元気よく返事をした。
「そうなるよう、頑張るぞ!」
明るさと元気の良さは小平太の長所だ。きっと、将来、小平太の妻になる女性がいるとすれば、同じように元気な人かはたまた、小平太の明るさに照らされるような可憐な人なのか。
ーーシナが、結婚がどうのという質問をしてきたせいか、思わずまだ見ぬ小平太の妻の事を想像してしまった。いけない、と、澪は巻尺とメモを片付ける。
「そしたら、わたしはこれで」
「澪さんも暇なら一緒にどうだ?」
「少し用事があるので、また次の機会に。そうそう、聞いているかもしれませんが、例の作戦、わたしも見守ることにしましたので、よろしくお願いしますね。勿論、邪魔は一切しませんので」
「そうか。ならば、本気を出さんとな!」
「……お手柔らかにしてくださいね」
相手は一年生であることを念頭に入れて欲しい。八左ヱ門もそうだが、妙な方向にやる気を出すと別の意味での恐怖を与えかねない。
澪は小平太と別れ、きり丸を探す事にした。金吾に聞くと、きり丸は忍たま長屋で内職をしているだろうとの事だ。乱太郎やしんベヱも駆り出されているようだ。雨がちのため、外出できないなら内職を引き受けまくるなんて如何にも、きり丸らしい。
とはいえ、内職中なら無理に中断させるのはよくない。採寸している所を乱太郎達に見られると、気まづい物があるのできり丸はまた今度にして、澪は半助に試着の事で声をかけるだけにしておくことにした。
授業も終わっているので、職員室長屋にいる確率が高そうだと訪ねると、予感は的中で半助が仕事部屋に居た。伝蔵の姿はない。
「やぁ、澪さん。どうしたんだい?」
優しい声に優しい表情。今日も素敵に爽やか系ハンサムな半助である。澪の姿を見て、半助は立ち上がって出迎えてくれた。座ったままで、と澪が言う前にあっという間に半助が目の前に来た。
「あ、その。着物の事で。仮縫いがあと半分くらいなので、仕上がったら試着をお願いしたくて」
「あっ、忍者衣にすると言っていた分だね。もう、そこまで進んだのか、他の仕事をしながらなのに凄いな」
「……それと、いつになるかは分からないけれど、半助さんの袴も、わたしでよければ縫おうかと。きり丸で練習させてもらってからになるから、出来上がりは早くても夏休み中とかになるかもなんだけど」
「えっ」
澪の言葉に、半助が目を見開いている。ひょっとして、着物はともかく袴となると引かれたか、と思ったが、その瞬間に半助が顔を輝かせたので、杞憂に終わった。
「着物で十分に嬉しいのに、袴までなんて。いいのかい?流石にわたしが貰いすぎじゃあ……」
「合戦での仕事のお礼だよ。山田先生にも何かあげたいんだけど……」
「えっ。あれは、わたし達にとっても仕事みたいな物だったから気にする必要はないよ」
「そうはいかないわよ。山田先生と半助さんがいたから、わたしも利吉くんも安心して働けたのに」
半助がいなければ、合戦で溜め込んだ物をあんな風に吐き出せなかったかもしれない。あの時は気分が沈んでいたとはいえ、半助に甘えてしまった事を思い出すと少し恥ずかしいのだが、半助が己に甘えるのでおあいこだと思えば、羞恥おさまっていくから不思議だ。
「だから、遠慮なく是非。半助さんの服は特注でお高くなるでしょ。プロじゃないから、多少は縫いが粗いかもしれないけれど」
「やっ、そんな。着物の出来栄えがいいんだから、袴だって素敵だろうに。その、とても嬉しいよ。本当に……」
半助が本当に嬉しそうに言う。目を細め、柔らかく口元が綻ぶ。声が少しだけ掠れて低い。
ーーぞくっ、とした。
「そっ、それは良かった。じゃあ、わたしはこれで」
何やら気まずくなり、半助の仕事の邪魔をする気もないので、さっさと退散しようとする澪。すると、半助に手を掴まれた。
「待って。山田先生もそろそろ戻ってくるだろうし、中で待たないか。山田先生にも、何かお礼がしたいなら直接話しをした方がいい」
「えっ、あ、そ、それもそうね」
半助に手を引かれ、澪はそのまま仕事部屋に招かれた。入るや否や、ほのかに墨の香りがした。どうやら、硯で墨を刷ってからあまり時間が経っていないようだ。
「先日、きり丸達にしていた歴史の授業を聞いて、わたしも面白いと思ったよ。澪さんの話は、異国の話や事業の話にしてもそうだけど、知的好奇心を刺激するのが上手い。わたしも、見習わないと」
「半助さんの声がいいから、は組の皆んなは眠たくなっちゃうのかも?」
「わたしの声は子守唄か。確かに赤ん坊はよく寝るけど、は組の良い子達までそうならなくてもいいのに……!」
ちょっとした慰めのつもりが、本人には全く届かなかった。半助が情けない声で顔を覆うのを見て、ついついいけないと知りつつ笑ってしまいそうになる。
すると、廊下を歩く足音が近付いて来た。ひょっとしたら、伝蔵かもしれないという感は当たり、障子戸が開けて顔を覗かせたのは山田伝蔵その人であった。
「声がすると思ったら澪くんじゃないか。どうしたんだ?」
「合戦の時の礼をしたいと、来てくれたんですよ。わたしには、袴を縫ってくれるそうです」
「そんな気遣いは無用だというのに。わたしは前に貰った巾着で十分だ。それに、わたしは昌義殿と話しに行ったような物で活躍はしていないからな」
伝蔵はやれやれと苦笑いしつつ、机の前に座った。
「それに、澪くんには利吉が何かと世話になっているのだし。今回は、活躍した土井先生だけでいいさ。わたしにまでと言うのは、過分だし澪くんの負担になる」
「そんな……山田先生もいたから、わたしも利吉くんも頑張れたのに」
「で、あれば利吉から貰うとしよう。それよりも、土井先生から聞いたが、きり丸達に面白い歴史の授業をしたとか。後、議論だったか、それをする約束をしたとも。もしも、どうしても気になるのなら、わたしともそのうち議論をしよう。それが御礼というのはどうかね」
そうまで言われると、無理にプレゼントという形でお礼はし辛い。澪が黙って頷くと、伝蔵も笑って頷き返してくれた。
とはいえ、何の議論をするのやら謎だ。半助もそうだが、果たして澪が彼らの満足のいく話ができるのか。
着物や袴を作るより、遥かにそちらの方が難しい気がしてくる澪であった。
