第10話 ドッキリドキドキ大作戦
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「ーーでは、これより上級生による対一年生忍たま達への、教育的指導計画……その名も『ドッキリドキドキ大作戦!』について、緊急会議を開催する!」
「それはいいが、その計画の名はどうにかならんのか文次郎」
「オレじゃなくて、学園長に言ってくれ仙蔵。名付けたのは学園長先生だ」
澪が、数日の出張から帰還して間もないとある日の午後の事。緊急会議の場所として、離れにある安藤夏之丞の部屋を借りて、上級生である六年生及と五年生全員が集っていた。
仕切りは、潮江文次郎と仙蔵の両名である。
忍術学園の秘書、澪に怯える一年い組達に恐怖を理解させる特別実習に関して、発案は六年生だが五年生にも協力するよう伝えると、全員快く応じてくれた。なお、会議には参加していないが、同じく四年生も必要があれば準備を手伝ってくれる予定である。
多少、大掛かりではあるが一年生は数が多いのだ。それだけに、全員を恐怖のどん底に陥れるとなると、入念な準備がいるというわけである。
「とりあえず、一年生達が対象ではあるが、一番効果を出したいのは、一年い組だ。出張から澪さんが帰還してからも、やはりと言うか改善が見られない」
仙蔵の言葉に、その場の忍たま全員が頷く。小平太も、今朝、廊下で澪を避ける一年い組の生徒を見かけたばかりだ。小平太からすれば、あんなに綺麗で優しい上に強い澪に対して怯える事になってしまった一年い組を思うと、とても共感はできなかった。
そんな事はないと信じてはいたが、もしも万が一、一年い組に怯えられている事を理由に、チャミダレアミタケからの仕官の誘いに澪が乗っていたりしたら……と思うと、下手をしたら一年い組を個人的に恨んだかもしれない。
澪が忍術学園を去る事は余程の理由がない限り、有り得ないと頭では理解していても、その材料になり得る可能性が僅かでもあるなら、さっさと澪への無意味な恐怖心を払拭してほしい、そう小平太は考えていた。
「はい、質問がありますっ!」
「うむ、何だ鉢屋三郎」
「一年生相手にわたし達が幽霊や妖怪騒ぎを起こすのは理解していますが、幽霊か妖怪のどっちで決行するんでしょうか。ジャンルの統一がいるのではと思います」
ぶっちゃけ、小平太は自分が幽霊役だろうが妖怪役だろうがどっちでもいい。
勢いよく手を挙げた鉢屋三郎の言葉に、文次郎が腕組みして鷹揚に頷いていた。
「そうだな。オレはこの際だから、妖怪でどうかと思っている。幽霊より更に現実味のない物にはなるが、だからこそ、我々の変身術の腕を鍛えるいい機会にせねばっ」
「反対だ。無難に幽霊にしておけばいいだろう。幽霊もいないが、信じさせるには幽霊の方がやりやすい。これは鍛錬ではなく、一年い組のための企画だろう。手段と目的を取り違えるような事をするなよ」
「何だと留三郎。何事も鍛錬するに超した事はなかろう。滅多とない機会は大事にせねば」
「だーかーらー、鍛錬が目的じゃないって言ってるだろうが」
口を開けば喧嘩のゴングが鳴る犬猿コンビのやり取りに、六年生全員はまたかという顔になる。かくいう小平太もだ。毎日毎回毎度、飽きない事である。
「はいっ!ここは、多数決で決めるのはどうかと提案しますっ!!」
三郎の真似だろうか。久々知兵助が手を挙げた。過日、豆腐の地獄に上級生達を沈めた日の事が頭を過ぎりそうになる。あれのせいで、暫くは味噌汁に浮いている少しの豆腐すら視界に入れたくなくなった。
「それがいいと思う、もそ」
「はいっ。それじゃ、多数決を取るよ。まずは、幽霊がいいと思う人、挙手!!」
長次が同意すると、犬猿コンビがまた口論する前にと伊作が多数決を取る。幽霊に手を挙げたのは、文次郎以外の六年生、三郎と雷蔵以外の五年生である。
「はっ、妖怪派は三人だな。次を取る間でもない。幽霊で決まりだ!」
「くっそぉ!」
「おい、文次郎。これは勝負じゃないんだから、やたらに悔しがるな」
勝ち誇る顔をする留三郎を見た文次郎が、膝を着いて項垂れるのを見かねた仙蔵が呆れた顔をしていた。
ちなみに、妖怪派と思われる五年生の二人だが、単に雷蔵がいつもの迷い癖を発揮して決めあぐねいていただけであり、三郎はそれに付き合って挙手しなかったようだ。口にはしないが、おそらくは手を挙げなかった五年生二人も幽霊派なのだろう。
「じゃ、幽霊に化けて脅かすという事で決定ね。後は、いつ決行するかだけど」
「もそ……誘い役と、脅かし役がいるな」
多数決の結果を伊作が発表すると、長次が頷いて作戦の案を口にする。
「一年生相手だが、やる以上は我らも本気で挑む。誘い役や脅かし役の他に、誘い役に乗って共に驚くフリをする者がいると、いいかもしれんな。とはいえ、一年生以上に驚くと逆に冷静にさせてしまう可能性もあるから、そこは場を読んだ演技が上手い者でないと」
妖怪派が殆どいなかった事のショックのまま、隣で沈む文次郎をガン無視して、仙蔵が会議を取り仕切る。こういう時、リーダーは仙蔵が向いているので小平太も無闇に口を挟まない事にしている。
「なら、一緒に驚くフリは自分がやります」
「勘右衛門がやるなら、オレもやります」
「ふむ。勘右衛門と兵助か……よかろう」
仙蔵が懐からメモ用紙を取り出して、矢立を使いサラサラと筆を滑らせて、配役の名前を記載する。
「なら、誘い役は六年生だな。仕掛けて来なさそうな奴がいいから……伊作、お前がやれ」
「え、ぼく?」
「長次でもいいけどな。とにかく、真面目な奴か人が良さそうな奴がいいだろうし」
留三郎が誘い役に伊作を推す。尤もな理由もあるため、伊作は苦笑いしながらも頷いた。伊作は元の性格がそうさせるのか、いかにもお人好しで騙すより騙されそうな外見をしている。一年生の意表を突くには悪くない人選だろう。
「では、誘い役には文次郎も追加しておいてくれ。脅かし役に回ると無駄に本気を出してボロが出かねんからな」
同室故か辛口な、だがある意味で適切な評価を下しつつ、配役を決めてしまう仙蔵。
「と言う事は、残るメンバーが脅かし役ですか?どうしよう、どうやって一年生を驚かせたらいいんだろうか」
「脅かし役と言っても、全員が幽霊のフリをするわけにもいかないだろう。悩むのは気が早いぞ、雷蔵」
雷蔵と八左ヱ門が顔を見合せてそんな会話をしていた。が、脅かす方法なんて幾らでもある。悩む必要は余りない。
「では、配役が決まった所で準備と決行日だな。時間帯は深夜として……」
その後も、ドッキリドキドキ大作戦というネーミングセンスがイマイチな計画の話は続く。
早く終わればいいのに、と思う小平太。それと言うのも、今日はこの後予定があるからだ。外は今日も雨のためバレーも塹壕掘りもできず、体育委員会は休みだった。そのため、澪に愚痴を零した所、例の話ーーきり丸に歴史を教える授業をするから、小平太も出たいと言っていたし一緒にどうだと言われたのだ。
本当は二人きりがいいが、我儘は言えない。そして小平太の予測が当たっているなら、勘右衛門と雷蔵それに三郎も来るはずだ。よく観察しないと分かりにくいが、勘右衛門がほんの少しだけ落ち着かない様子をしていたので、すぐに気が付いた。
それから、四半時程話が続き解散となった。梅雨のため、深夜に雨が降っておらず地面も余り湿ってない日に決行という事で決まったが、こうも連日雨だと下手をしたら来週になりそうだな、と思ったり。
小平太が勘右衛門達とぞろぞろと部屋を抜け出し、同じ方向へ行こうとすると気になったのか伊作に呼び止められた。
「小平太達、何か予定があるの?」
「澪さんの授業を受けに行くんです。きり丸に歴史を教えるそうで、興味があるんでぼくらも同席しようかと」
既に複数で聞くことが確定しているため、隠す事ではないが、そんな事を言ったら聴衆が増えるだけである。伊作の質問に素直に雷蔵が返答すると、すかさず他の上級生達が反応した。
「え、それならオレも聞きたい……!」
「ずるいよ、小平太達だけでなんて。ぼくも行きたい」
そら見た事か。案の定、兵助と伊作が自分達もと言って来た。
「わたしも行きたいが……図書委員の仕事があるから、残念だ」
「オレも、会計委員の仕事が」
「ふふ、わたしは行けるぞ」
「ちっ、用具の整理さえなければ!」
「毒虫の世話があるからなぁ」
だから何で全員来たがるのか。何やら嬉しそうな仙蔵に至っては、教科の授業の成績がいいだけに来る必要性は皆無な気がする。
「あまり大勢だと澪さんの邪魔だ。お前達は今度にしろ」
「今度って何時だよ小平太。いいじゃないか、僕らがお邪魔しても」
「そうだぞ、小平太。ケチケチするな。あと三人増えた所で大差ないさ。それに、澪さんは嫌がりはしないだろう」
嫌がりはしないだろうが、もとはきり丸のための歴史の勉強が、増えるギャラリーが上級生ばかりとなると、一体誰のための授業なのかとは思うだろう。
とはいえ、伊作達に引き下がる気配は微塵も無い。小平太は諦めて、増えた三名を加えて澪との待ち合わせ場所である、一年は組の教室を尋ねた。
既に今日の授業は終わっており、伝蔵や半助達から許可を貰って、きり丸のための歴史の授業をすると聞いていたのだが。
「あ、先輩達だ。いらっしゃい」
「「いらっしゃいませー!!」」
きり丸だけでなく、乱太郎やしんベヱもいた。この三人はよくつるんでいるため、きり丸の他に増えていても大した驚きはない。問題は、澪の話し中にこの三人の類まれなるボケの応酬が始まらないかである。
……始まったら、阻止しよう。これだけ上級生が居るのだし、何とかなるだろう。そう思って教室に入った時だ。
「やぁ、皆んな。勢揃いだな」
「……土井先生まで居るんですか」
「いやぁ、乱太郎達から澪さんの特別授業を受けると聞いて、わたしも澪さんがどんな話をするのか気になってね」
生徒達だけかと思ったら、まさかの半助が居た。仕事はいいのかとツッコミしたいが、これだけ大勢で澪の話を聞く中、姿を現したということは恋敵である小平太の妨害ではなく、純粋に好奇心からであろう事は容易に想像がついた。
「三人増えたんですね……」
「いいじゃないか、それだけ澪さんの語る事に興味津々なんだ。退屈させないでくれるのだろう?」
「しれっとプレッシャーかけないで下さいよ仙蔵くん」
追加でやって来て堂々と言う仙蔵に、澪は苦笑いしているが嫌がっている様子はない。伊作や兵助は仙蔵程厚かましくはなれないようで、ちょっとばかり申し訳なさそうな顔だ。とはいえ、こうして来ているだけに申し訳なさよりも好奇心が勝っているのは間違いない。
ぞろぞろと上級生達が揃って着席したのを見て、澪は普段なら教師が立つ教壇の位置に立ちつつ、軽く咳払いした。
「えー、では歴史のお話を始めます。が、その前にこれはきり丸くん向けです。乱太郎くん達はともかく、上級生や土井先生は退屈だと思ったら、退席してもらって構いませんからね」
歴史の授業は受けた事はあるが、所詮は教養レベルだ。澪は一体どんな話をしてくれるのか……帰っていいとは言われたが、ワクワクしてしまう。それは何も小平太に限った話ではないようで、全員が澪の方を注目していた。
「さて、では早速始めます。初歩的な事ですけど、歴史って何だと思います?きり丸くん」
「え、昔の事……?」
いきなり話を振られたきり丸が子供らしい回答を返す。昔の事ーー確かに、歴史とは単純にはそうであろう。
「そうですね、歴史とは今まさに積み重ねられていると言えます。つまり、わたし達が何気なく過ごした日の数百年後、今日の事は歴史として語られるというわけです。そして、歴史を学ぶ事は過去ではなく今に繋がる知識を学ぶに等しいのです。日ノ本がどうして今のような事になっているのか、今日に至るまでに何があったのか、同時に歴史に学び今日に活かす事にも繋がります。過去の過ちを繰り返さない、とか。歴史って意外と奥が深いんです」
「へぇー……」
頷くきり丸達。それを聞いた半助はズルっと滑っていた。多分、似たような事を授業で言ったとかだろう。さすがは乱きりしんである。一年は組一番のずっこけトリオだ。
「では、何故、今この国はあちこち戦ばかりの日々を迎えているのかーーその事について軽く触れましょうか」
澪が導入の話から、まさに今の世の事を語り出す。綺麗な声が流暢に澱みなく喋るのは、聞いていて心地がいい。教師の素質が少なからずあるのかもしれない。流石は澪である。
「はーい。それは知ってます!京都で昔、大きな乱があってから、日ノ本のあちこちで戦が増えたって習いました。父ちゃんもそう言ってました!」
「そうですね、乱太郎くん。それが切欠ではあります。でも、それでどうしてあちこち戦が増えたか分かりますか?物事には原因があって結果があります」
乱太郎が手を挙げて答えると、澪から逆に質問されて途端に首を傾げた。
「はいっ、京都で大きな乱があってみんなお腹が空いて食べ物の奪い合いになったとかですか?」
「あはは……しんベヱくんらしい。まぁ、そういう争いが無いとは言いませんけど、今の日ノ本は同じ国の民が争っている状況です。つまりは内乱、ですね。日ノ本の場合、天下が乱れた理由は、国を纒める権力が揺らいだからです。それが乱太郎くんの言う京の大乱ですね。分かりやすく言うと、頼り甲斐があって強い親分の命令なら皆んな聞きますけど、そうでないなら聞かないのと同じです。親分に力がないから、本来なら親分の命令を聞かないといけない人達が喧嘩をしているんです」
大名同士の争いを子どもにも分かりやすく説明する澪に、乱太郎達はふむふむと頷いている。
「さて、それでは本題の歴史ーー古い話をします。日ノ本の国の創成についてのお話です」
ひょっとして、古事記の内容でも喋るのだろうか。国造りについて、本当かどうか怪しい御伽噺のような事を語るのなら、この場にいる上級生達や半助は知ってはいるが……そう思いながら、小平太は黙って澪の話を聞く。
「これはわたしの考えですが、国として成立するために、強い権威の存在が確認できた時点を持って、日ノ本の創成であるとします。すなわち、王の有無ですね。統一された政権の元で統治される領土と民がある、これをもって国であると見なします」
何だそれは。
聞いた事のない話に、気がつけば小平太は前のめりになっていた。小平太だけではない。他の上級生達や半助が澪の話に興味津々な様子だった。
「えっと、どうしてそんな風に考えるんですか?」
きり丸が手を挙げて質問した。まさにそれは、小平太が知りたかった事である。ナイスな問に、心中で拍手した。
「国家とは、ある領土に住む共通の言語を話す集団が形成するものだからですよ」
「難しくてよく分かりません!!」
小平太は成程なと理解できたが、きり丸は一気に難しい顔になった。それを怒るでもなく、澪は噛み砕いて説明している。
「ようは人の集団の単位です。人間は一人では生きてはいけません。社会生活を営む最小の単位は家族です。家族が複数集まれば村になり、もっと集まれば町になり、もっと大きくなれば国になる。家族ならばまとめ役は父母になり、村や町なら長に、国なら王になるという話です」
「成程。そういう事か、分かりました」
きり丸は澪の説明で分かったようで、頷いていた。
ーー面白い。
純粋にそう思ったのは小平太だけではないはずだ。その証拠に、半助は熱心に話を聞いている様子が見て取れた。
それにしても、澪はどうしてそんな事が説明できてしまうのか。小平太も、古事記や日本書紀は読んだ事があるから、神話時代の事やら歴史はそれなりに知っているが、それは過去にあった栄華を極めた一族の栄枯盛衰であったり、あるいは争いだったりといった話であり、知っておいて損はないから学習したが、面白いと感じた事はない。歴史とは記録でもあるからだ。
だが、澪の話はひと味違う。
結果だけを語るのではなく、原因も含めて語っていると言おうか。細かいと言うよりは、不思議と本質を突いた話が単純に面白い。
段々ワクワクして来た。そして、授業が終わる頃には何だか残念な気分になっていた。それは、他の面々も同じだったらしい。
「澪さん、次はいつ授業してくれるんですか?あと、明の歴史の授業もしてください!」
「あー、次は来週かな。今日は乙巳の変までやったから次回までに復習しててね、きり丸くん。明の方は日ノ本が終わってからやりましょうか」
どうやら、澪の授業はきり丸達にとっても面白かったようだ。居眠りをしたり余計な事を喋るでもなく、三人とも最後まで授業を聞いていた。
半助の時も同じ態度でいればいいのに。案の定というか、三人組が寝ることなく無事に授業を終えたことに半助が複雑そうな顔をしていた。多分、褒めたい気持ちと、自分の時もそうであって欲しい思いとが混ざっているのだろう。ご苦労な事である。
「澪さん!よかったら、オレに算術の授業してくれません?」
授業が終わり、勘右衛門が澪にお強請りしていた。勘右衛門は澪と距離が近い。と言っても恋愛的な感情のせいというよりは、単純に親しみを込めての行動のようで、嫌な感じはしない。
「算術って……上級生向けの問題は難しいですよね」
「そんな事言って謙遜するのよくないですよ。澪さんなら、するする〜って解けるでしょ?」
「あのですねぇ、下級生達と違って勘右衛門くん達上級生がやってる事は、問題によっては本気でわたしだって分かりませんからね。基本的な公式を使う物なら何とかなりますけど、応用問題なんてとてもとても」
「えー、物は試しでいいからさぁ」
「わかりました。でも、授業なんて無理ですから、一緒に問題を解くくらいにしてください」
「よっしゃあ、言質取ったぞ。宿題のプリント、この後すぐ持ってきていいですか?いいでょ?」
勘右衛門のゴリゴリのお願いに、澪は困惑しながらもややあって頷いていた。成程、ああいう風にやる手があるかと小平太は学習する。勉強を口実に澪と二人きりになる方法である。とはいえ、乱発は出来ないが。
「澪さん、今日の話、何だか新鮮で面白かったです」
「オレも。今の大名同士の争いを子分の喧嘩扱いするのとか、笑いそうになりました」
雷蔵と三郎が澪の話を素直に褒めていた。兵助も同意しているのか、しきりに頷いている。
「わたしは人の集団の単位の考え方を聞いていて、面白いと思ったな」
「立花先輩もですか?オレもです」
「わたしは、国の創成についての語りが意外に思ったぞ。てっきり、古事記の話をするのかと思ったからな」
仙蔵と兵助が感想を言うので、小平太も思った事を口にする。澪は口々に褒められて、照れ笑いをしていた。
……凄く可愛い。
この澪のどこに恐れる必要があるのか、一年い組の子ども達は損をしている気がしてならない。
チラリ、と半助の方を見ると何やらメモを取っていた。その内容は分からないが、ひょっとしたら澪の授業を聞いて、参考にするために書き留めているのかもしれない。
小平太に分かるのは、ドッキリドキドキ大作戦が成功した暁には、一年い組の生徒達もまた澪を好きになるだろうという事だ。
何せ澪は頭がいい。それも、知的好奇心を上手く突いてくるのだ。だから、一年生で最も成績が優秀な、い組の子達は澪に夢中になるだろう。それこそ、手のひらを返すように。
それを思うと正直、面白くない。
だが、澪のためにもやるしかない。
そう思った時である。ふと、きり丸が上級生達と楽し気に話す澪をじっと見ているのに気付いた。唇を少しだけ尖らせて、あからさまでこそないが何だかつまらなさそうな顔をしている。
乱太郎に話しかけられたようで、すぐに何でもない様子に戻っていたが、きり丸は最近、と言うか戦闘訓練の後で、澪と事故チューをしてから様子が変な気がする。
時たま、きり丸のアルバイトを手伝う事もあるので、接触の機会はそれなりにあると自負する小平太は、きり丸を見かける度に具に観察するようにしていた。
前とは、澪に対する態度が僅かに違う。
そして、小平太の勘が当たっているなら、きり丸は澪が好きなのだ。きっと、小平太と同じように単純な好意を寄せるのではなく、異性として好ましく思っている。
ただし、肉体の年齢が気持ちに追い付いていないから、小平太程の生々しさがない。その分だけ、分かりにくい。そんな所か。一見すれば、子どもの好きの延長にも見える。
そして、半助はそんなきり丸の変化に全く気付いていない。一緒に暮らし接触する機会も多いくせに、である。あるいは近すぎるせいで、逆に分からないのかもしれない。
まぁ、仕方がないと言えば仕方がない。何せ十歳の子どもなのだ。澪に性的に何も出来ない歳の子どもを警戒する方がおかしい。現に、小平太自身もきり丸が澪に異性として好意を寄せているだろうと思っても、積極的に排除する気にはなれないからだ。
それこそ、下手に行動に移すときり丸に対して好意的な澪の反感を買いかねないし、何よりそこまで狭量な真似をしたくないからだ。
そのうち、きり丸と二人で男同士、話をしてみてもいいかもしれない。その時は茶化したりせずに、真剣にきり丸の気持ちを聞いてみるのも悪くないだろう。
小平太としては、そちらの方がドッキリドキドキ大作戦とやらより、遥かに面白そうな事であった。
「それはいいが、その計画の名はどうにかならんのか文次郎」
「オレじゃなくて、学園長に言ってくれ仙蔵。名付けたのは学園長先生だ」
澪が、数日の出張から帰還して間もないとある日の午後の事。緊急会議の場所として、離れにある安藤夏之丞の部屋を借りて、上級生である六年生及と五年生全員が集っていた。
仕切りは、潮江文次郎と仙蔵の両名である。
忍術学園の秘書、澪に怯える一年い組達に恐怖を理解させる特別実習に関して、発案は六年生だが五年生にも協力するよう伝えると、全員快く応じてくれた。なお、会議には参加していないが、同じく四年生も必要があれば準備を手伝ってくれる予定である。
多少、大掛かりではあるが一年生は数が多いのだ。それだけに、全員を恐怖のどん底に陥れるとなると、入念な準備がいるというわけである。
「とりあえず、一年生達が対象ではあるが、一番効果を出したいのは、一年い組だ。出張から澪さんが帰還してからも、やはりと言うか改善が見られない」
仙蔵の言葉に、その場の忍たま全員が頷く。小平太も、今朝、廊下で澪を避ける一年い組の生徒を見かけたばかりだ。小平太からすれば、あんなに綺麗で優しい上に強い澪に対して怯える事になってしまった一年い組を思うと、とても共感はできなかった。
そんな事はないと信じてはいたが、もしも万が一、一年い組に怯えられている事を理由に、チャミダレアミタケからの仕官の誘いに澪が乗っていたりしたら……と思うと、下手をしたら一年い組を個人的に恨んだかもしれない。
澪が忍術学園を去る事は余程の理由がない限り、有り得ないと頭では理解していても、その材料になり得る可能性が僅かでもあるなら、さっさと澪への無意味な恐怖心を払拭してほしい、そう小平太は考えていた。
「はい、質問がありますっ!」
「うむ、何だ鉢屋三郎」
「一年生相手にわたし達が幽霊や妖怪騒ぎを起こすのは理解していますが、幽霊か妖怪のどっちで決行するんでしょうか。ジャンルの統一がいるのではと思います」
ぶっちゃけ、小平太は自分が幽霊役だろうが妖怪役だろうがどっちでもいい。
勢いよく手を挙げた鉢屋三郎の言葉に、文次郎が腕組みして鷹揚に頷いていた。
「そうだな。オレはこの際だから、妖怪でどうかと思っている。幽霊より更に現実味のない物にはなるが、だからこそ、我々の変身術の腕を鍛えるいい機会にせねばっ」
「反対だ。無難に幽霊にしておけばいいだろう。幽霊もいないが、信じさせるには幽霊の方がやりやすい。これは鍛錬ではなく、一年い組のための企画だろう。手段と目的を取り違えるような事をするなよ」
「何だと留三郎。何事も鍛錬するに超した事はなかろう。滅多とない機会は大事にせねば」
「だーかーらー、鍛錬が目的じゃないって言ってるだろうが」
口を開けば喧嘩のゴングが鳴る犬猿コンビのやり取りに、六年生全員はまたかという顔になる。かくいう小平太もだ。毎日毎回毎度、飽きない事である。
「はいっ!ここは、多数決で決めるのはどうかと提案しますっ!!」
三郎の真似だろうか。久々知兵助が手を挙げた。過日、豆腐の地獄に上級生達を沈めた日の事が頭を過ぎりそうになる。あれのせいで、暫くは味噌汁に浮いている少しの豆腐すら視界に入れたくなくなった。
「それがいいと思う、もそ」
「はいっ。それじゃ、多数決を取るよ。まずは、幽霊がいいと思う人、挙手!!」
長次が同意すると、犬猿コンビがまた口論する前にと伊作が多数決を取る。幽霊に手を挙げたのは、文次郎以外の六年生、三郎と雷蔵以外の五年生である。
「はっ、妖怪派は三人だな。次を取る間でもない。幽霊で決まりだ!」
「くっそぉ!」
「おい、文次郎。これは勝負じゃないんだから、やたらに悔しがるな」
勝ち誇る顔をする留三郎を見た文次郎が、膝を着いて項垂れるのを見かねた仙蔵が呆れた顔をしていた。
ちなみに、妖怪派と思われる五年生の二人だが、単に雷蔵がいつもの迷い癖を発揮して決めあぐねいていただけであり、三郎はそれに付き合って挙手しなかったようだ。口にはしないが、おそらくは手を挙げなかった五年生二人も幽霊派なのだろう。
「じゃ、幽霊に化けて脅かすという事で決定ね。後は、いつ決行するかだけど」
「もそ……誘い役と、脅かし役がいるな」
多数決の結果を伊作が発表すると、長次が頷いて作戦の案を口にする。
「一年生相手だが、やる以上は我らも本気で挑む。誘い役や脅かし役の他に、誘い役に乗って共に驚くフリをする者がいると、いいかもしれんな。とはいえ、一年生以上に驚くと逆に冷静にさせてしまう可能性もあるから、そこは場を読んだ演技が上手い者でないと」
妖怪派が殆どいなかった事のショックのまま、隣で沈む文次郎をガン無視して、仙蔵が会議を取り仕切る。こういう時、リーダーは仙蔵が向いているので小平太も無闇に口を挟まない事にしている。
「なら、一緒に驚くフリは自分がやります」
「勘右衛門がやるなら、オレもやります」
「ふむ。勘右衛門と兵助か……よかろう」
仙蔵が懐からメモ用紙を取り出して、矢立を使いサラサラと筆を滑らせて、配役の名前を記載する。
「なら、誘い役は六年生だな。仕掛けて来なさそうな奴がいいから……伊作、お前がやれ」
「え、ぼく?」
「長次でもいいけどな。とにかく、真面目な奴か人が良さそうな奴がいいだろうし」
留三郎が誘い役に伊作を推す。尤もな理由もあるため、伊作は苦笑いしながらも頷いた。伊作は元の性格がそうさせるのか、いかにもお人好しで騙すより騙されそうな外見をしている。一年生の意表を突くには悪くない人選だろう。
「では、誘い役には文次郎も追加しておいてくれ。脅かし役に回ると無駄に本気を出してボロが出かねんからな」
同室故か辛口な、だがある意味で適切な評価を下しつつ、配役を決めてしまう仙蔵。
「と言う事は、残るメンバーが脅かし役ですか?どうしよう、どうやって一年生を驚かせたらいいんだろうか」
「脅かし役と言っても、全員が幽霊のフリをするわけにもいかないだろう。悩むのは気が早いぞ、雷蔵」
雷蔵と八左ヱ門が顔を見合せてそんな会話をしていた。が、脅かす方法なんて幾らでもある。悩む必要は余りない。
「では、配役が決まった所で準備と決行日だな。時間帯は深夜として……」
その後も、ドッキリドキドキ大作戦というネーミングセンスがイマイチな計画の話は続く。
早く終わればいいのに、と思う小平太。それと言うのも、今日はこの後予定があるからだ。外は今日も雨のためバレーも塹壕掘りもできず、体育委員会は休みだった。そのため、澪に愚痴を零した所、例の話ーーきり丸に歴史を教える授業をするから、小平太も出たいと言っていたし一緒にどうだと言われたのだ。
本当は二人きりがいいが、我儘は言えない。そして小平太の予測が当たっているなら、勘右衛門と雷蔵それに三郎も来るはずだ。よく観察しないと分かりにくいが、勘右衛門がほんの少しだけ落ち着かない様子をしていたので、すぐに気が付いた。
それから、四半時程話が続き解散となった。梅雨のため、深夜に雨が降っておらず地面も余り湿ってない日に決行という事で決まったが、こうも連日雨だと下手をしたら来週になりそうだな、と思ったり。
小平太が勘右衛門達とぞろぞろと部屋を抜け出し、同じ方向へ行こうとすると気になったのか伊作に呼び止められた。
「小平太達、何か予定があるの?」
「澪さんの授業を受けに行くんです。きり丸に歴史を教えるそうで、興味があるんでぼくらも同席しようかと」
既に複数で聞くことが確定しているため、隠す事ではないが、そんな事を言ったら聴衆が増えるだけである。伊作の質問に素直に雷蔵が返答すると、すかさず他の上級生達が反応した。
「え、それならオレも聞きたい……!」
「ずるいよ、小平太達だけでなんて。ぼくも行きたい」
そら見た事か。案の定、兵助と伊作が自分達もと言って来た。
「わたしも行きたいが……図書委員の仕事があるから、残念だ」
「オレも、会計委員の仕事が」
「ふふ、わたしは行けるぞ」
「ちっ、用具の整理さえなければ!」
「毒虫の世話があるからなぁ」
だから何で全員来たがるのか。何やら嬉しそうな仙蔵に至っては、教科の授業の成績がいいだけに来る必要性は皆無な気がする。
「あまり大勢だと澪さんの邪魔だ。お前達は今度にしろ」
「今度って何時だよ小平太。いいじゃないか、僕らがお邪魔しても」
「そうだぞ、小平太。ケチケチするな。あと三人増えた所で大差ないさ。それに、澪さんは嫌がりはしないだろう」
嫌がりはしないだろうが、もとはきり丸のための歴史の勉強が、増えるギャラリーが上級生ばかりとなると、一体誰のための授業なのかとは思うだろう。
とはいえ、伊作達に引き下がる気配は微塵も無い。小平太は諦めて、増えた三名を加えて澪との待ち合わせ場所である、一年は組の教室を尋ねた。
既に今日の授業は終わっており、伝蔵や半助達から許可を貰って、きり丸のための歴史の授業をすると聞いていたのだが。
「あ、先輩達だ。いらっしゃい」
「「いらっしゃいませー!!」」
きり丸だけでなく、乱太郎やしんベヱもいた。この三人はよくつるんでいるため、きり丸の他に増えていても大した驚きはない。問題は、澪の話し中にこの三人の類まれなるボケの応酬が始まらないかである。
……始まったら、阻止しよう。これだけ上級生が居るのだし、何とかなるだろう。そう思って教室に入った時だ。
「やぁ、皆んな。勢揃いだな」
「……土井先生まで居るんですか」
「いやぁ、乱太郎達から澪さんの特別授業を受けると聞いて、わたしも澪さんがどんな話をするのか気になってね」
生徒達だけかと思ったら、まさかの半助が居た。仕事はいいのかとツッコミしたいが、これだけ大勢で澪の話を聞く中、姿を現したということは恋敵である小平太の妨害ではなく、純粋に好奇心からであろう事は容易に想像がついた。
「三人増えたんですね……」
「いいじゃないか、それだけ澪さんの語る事に興味津々なんだ。退屈させないでくれるのだろう?」
「しれっとプレッシャーかけないで下さいよ仙蔵くん」
追加でやって来て堂々と言う仙蔵に、澪は苦笑いしているが嫌がっている様子はない。伊作や兵助は仙蔵程厚かましくはなれないようで、ちょっとばかり申し訳なさそうな顔だ。とはいえ、こうして来ているだけに申し訳なさよりも好奇心が勝っているのは間違いない。
ぞろぞろと上級生達が揃って着席したのを見て、澪は普段なら教師が立つ教壇の位置に立ちつつ、軽く咳払いした。
「えー、では歴史のお話を始めます。が、その前にこれはきり丸くん向けです。乱太郎くん達はともかく、上級生や土井先生は退屈だと思ったら、退席してもらって構いませんからね」
歴史の授業は受けた事はあるが、所詮は教養レベルだ。澪は一体どんな話をしてくれるのか……帰っていいとは言われたが、ワクワクしてしまう。それは何も小平太に限った話ではないようで、全員が澪の方を注目していた。
「さて、では早速始めます。初歩的な事ですけど、歴史って何だと思います?きり丸くん」
「え、昔の事……?」
いきなり話を振られたきり丸が子供らしい回答を返す。昔の事ーー確かに、歴史とは単純にはそうであろう。
「そうですね、歴史とは今まさに積み重ねられていると言えます。つまり、わたし達が何気なく過ごした日の数百年後、今日の事は歴史として語られるというわけです。そして、歴史を学ぶ事は過去ではなく今に繋がる知識を学ぶに等しいのです。日ノ本がどうして今のような事になっているのか、今日に至るまでに何があったのか、同時に歴史に学び今日に活かす事にも繋がります。過去の過ちを繰り返さない、とか。歴史って意外と奥が深いんです」
「へぇー……」
頷くきり丸達。それを聞いた半助はズルっと滑っていた。多分、似たような事を授業で言ったとかだろう。さすがは乱きりしんである。一年は組一番のずっこけトリオだ。
「では、何故、今この国はあちこち戦ばかりの日々を迎えているのかーーその事について軽く触れましょうか」
澪が導入の話から、まさに今の世の事を語り出す。綺麗な声が流暢に澱みなく喋るのは、聞いていて心地がいい。教師の素質が少なからずあるのかもしれない。流石は澪である。
「はーい。それは知ってます!京都で昔、大きな乱があってから、日ノ本のあちこちで戦が増えたって習いました。父ちゃんもそう言ってました!」
「そうですね、乱太郎くん。それが切欠ではあります。でも、それでどうしてあちこち戦が増えたか分かりますか?物事には原因があって結果があります」
乱太郎が手を挙げて答えると、澪から逆に質問されて途端に首を傾げた。
「はいっ、京都で大きな乱があってみんなお腹が空いて食べ物の奪い合いになったとかですか?」
「あはは……しんベヱくんらしい。まぁ、そういう争いが無いとは言いませんけど、今の日ノ本は同じ国の民が争っている状況です。つまりは内乱、ですね。日ノ本の場合、天下が乱れた理由は、国を纒める権力が揺らいだからです。それが乱太郎くんの言う京の大乱ですね。分かりやすく言うと、頼り甲斐があって強い親分の命令なら皆んな聞きますけど、そうでないなら聞かないのと同じです。親分に力がないから、本来なら親分の命令を聞かないといけない人達が喧嘩をしているんです」
大名同士の争いを子どもにも分かりやすく説明する澪に、乱太郎達はふむふむと頷いている。
「さて、それでは本題の歴史ーー古い話をします。日ノ本の国の創成についてのお話です」
ひょっとして、古事記の内容でも喋るのだろうか。国造りについて、本当かどうか怪しい御伽噺のような事を語るのなら、この場にいる上級生達や半助は知ってはいるが……そう思いながら、小平太は黙って澪の話を聞く。
「これはわたしの考えですが、国として成立するために、強い権威の存在が確認できた時点を持って、日ノ本の創成であるとします。すなわち、王の有無ですね。統一された政権の元で統治される領土と民がある、これをもって国であると見なします」
何だそれは。
聞いた事のない話に、気がつけば小平太は前のめりになっていた。小平太だけではない。他の上級生達や半助が澪の話に興味津々な様子だった。
「えっと、どうしてそんな風に考えるんですか?」
きり丸が手を挙げて質問した。まさにそれは、小平太が知りたかった事である。ナイスな問に、心中で拍手した。
「国家とは、ある領土に住む共通の言語を話す集団が形成するものだからですよ」
「難しくてよく分かりません!!」
小平太は成程なと理解できたが、きり丸は一気に難しい顔になった。それを怒るでもなく、澪は噛み砕いて説明している。
「ようは人の集団の単位です。人間は一人では生きてはいけません。社会生活を営む最小の単位は家族です。家族が複数集まれば村になり、もっと集まれば町になり、もっと大きくなれば国になる。家族ならばまとめ役は父母になり、村や町なら長に、国なら王になるという話です」
「成程。そういう事か、分かりました」
きり丸は澪の説明で分かったようで、頷いていた。
ーー面白い。
純粋にそう思ったのは小平太だけではないはずだ。その証拠に、半助は熱心に話を聞いている様子が見て取れた。
それにしても、澪はどうしてそんな事が説明できてしまうのか。小平太も、古事記や日本書紀は読んだ事があるから、神話時代の事やら歴史はそれなりに知っているが、それは過去にあった栄華を極めた一族の栄枯盛衰であったり、あるいは争いだったりといった話であり、知っておいて損はないから学習したが、面白いと感じた事はない。歴史とは記録でもあるからだ。
だが、澪の話はひと味違う。
結果だけを語るのではなく、原因も含めて語っていると言おうか。細かいと言うよりは、不思議と本質を突いた話が単純に面白い。
段々ワクワクして来た。そして、授業が終わる頃には何だか残念な気分になっていた。それは、他の面々も同じだったらしい。
「澪さん、次はいつ授業してくれるんですか?あと、明の歴史の授業もしてください!」
「あー、次は来週かな。今日は乙巳の変までやったから次回までに復習しててね、きり丸くん。明の方は日ノ本が終わってからやりましょうか」
どうやら、澪の授業はきり丸達にとっても面白かったようだ。居眠りをしたり余計な事を喋るでもなく、三人とも最後まで授業を聞いていた。
半助の時も同じ態度でいればいいのに。案の定というか、三人組が寝ることなく無事に授業を終えたことに半助が複雑そうな顔をしていた。多分、褒めたい気持ちと、自分の時もそうであって欲しい思いとが混ざっているのだろう。ご苦労な事である。
「澪さん!よかったら、オレに算術の授業してくれません?」
授業が終わり、勘右衛門が澪にお強請りしていた。勘右衛門は澪と距離が近い。と言っても恋愛的な感情のせいというよりは、単純に親しみを込めての行動のようで、嫌な感じはしない。
「算術って……上級生向けの問題は難しいですよね」
「そんな事言って謙遜するのよくないですよ。澪さんなら、するする〜って解けるでしょ?」
「あのですねぇ、下級生達と違って勘右衛門くん達上級生がやってる事は、問題によっては本気でわたしだって分かりませんからね。基本的な公式を使う物なら何とかなりますけど、応用問題なんてとてもとても」
「えー、物は試しでいいからさぁ」
「わかりました。でも、授業なんて無理ですから、一緒に問題を解くくらいにしてください」
「よっしゃあ、言質取ったぞ。宿題のプリント、この後すぐ持ってきていいですか?いいでょ?」
勘右衛門のゴリゴリのお願いに、澪は困惑しながらもややあって頷いていた。成程、ああいう風にやる手があるかと小平太は学習する。勉強を口実に澪と二人きりになる方法である。とはいえ、乱発は出来ないが。
「澪さん、今日の話、何だか新鮮で面白かったです」
「オレも。今の大名同士の争いを子分の喧嘩扱いするのとか、笑いそうになりました」
雷蔵と三郎が澪の話を素直に褒めていた。兵助も同意しているのか、しきりに頷いている。
「わたしは人の集団の単位の考え方を聞いていて、面白いと思ったな」
「立花先輩もですか?オレもです」
「わたしは、国の創成についての語りが意外に思ったぞ。てっきり、古事記の話をするのかと思ったからな」
仙蔵と兵助が感想を言うので、小平太も思った事を口にする。澪は口々に褒められて、照れ笑いをしていた。
……凄く可愛い。
この澪のどこに恐れる必要があるのか、一年い組の子ども達は損をしている気がしてならない。
チラリ、と半助の方を見ると何やらメモを取っていた。その内容は分からないが、ひょっとしたら澪の授業を聞いて、参考にするために書き留めているのかもしれない。
小平太に分かるのは、ドッキリドキドキ大作戦が成功した暁には、一年い組の生徒達もまた澪を好きになるだろうという事だ。
何せ澪は頭がいい。それも、知的好奇心を上手く突いてくるのだ。だから、一年生で最も成績が優秀な、い組の子達は澪に夢中になるだろう。それこそ、手のひらを返すように。
それを思うと正直、面白くない。
だが、澪のためにもやるしかない。
そう思った時である。ふと、きり丸が上級生達と楽し気に話す澪をじっと見ているのに気付いた。唇を少しだけ尖らせて、あからさまでこそないが何だかつまらなさそうな顔をしている。
乱太郎に話しかけられたようで、すぐに何でもない様子に戻っていたが、きり丸は最近、と言うか戦闘訓練の後で、澪と事故チューをしてから様子が変な気がする。
時たま、きり丸のアルバイトを手伝う事もあるので、接触の機会はそれなりにあると自負する小平太は、きり丸を見かける度に具に観察するようにしていた。
前とは、澪に対する態度が僅かに違う。
そして、小平太の勘が当たっているなら、きり丸は澪が好きなのだ。きっと、小平太と同じように単純な好意を寄せるのではなく、異性として好ましく思っている。
ただし、肉体の年齢が気持ちに追い付いていないから、小平太程の生々しさがない。その分だけ、分かりにくい。そんな所か。一見すれば、子どもの好きの延長にも見える。
そして、半助はそんなきり丸の変化に全く気付いていない。一緒に暮らし接触する機会も多いくせに、である。あるいは近すぎるせいで、逆に分からないのかもしれない。
まぁ、仕方がないと言えば仕方がない。何せ十歳の子どもなのだ。澪に性的に何も出来ない歳の子どもを警戒する方がおかしい。現に、小平太自身もきり丸が澪に異性として好意を寄せているだろうと思っても、積極的に排除する気にはなれないからだ。
それこそ、下手に行動に移すときり丸に対して好意的な澪の反感を買いかねないし、何よりそこまで狭量な真似をしたくないからだ。
そのうち、きり丸と二人で男同士、話をしてみてもいいかもしれない。その時は茶化したりせずに、真剣にきり丸の気持ちを聞いてみるのも悪くないだろう。
小平太としては、そちらの方がドッキリドキドキ大作戦とやらより、遥かに面白そうな事であった。
