第9話 忍術学園最強の秘書
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ーーどうしてこんな事になっているんだっけ?
澪はふと、自身に問いかけた。
それというのも、言い方が悪いが暑苦しいという表現がぴったりの男だらけの傭兵団、佐武衆に囲まれているからである。
昌義と照星の二人は勿論のこと。顔だけなら好みの者も居ないではないが、傭兵のためムッキムキが多い。筋肉から発せられる熱量が凄い。流石は戦闘職特化の方々。
日頃から戦闘訓練を怠らないためか、近付かれるだけで周囲の気温が上がりそうだ。雨で湿度が上がっているのに、男達の熱気で頭がぼーっとしてきそうである。
澪の人気ぶりは、美少年な姿に惚れ惚れしたとかそういう事ではない。全ては二日前に、澪が対銃火器の訓練を佐武衆に付き合ってもらった事が切欠である。
シナとの訓練でも、火縄銃を撃ってもらっていたので澪は火縄銃で狙われる事に慣れていた。ぶっちゃけ、その時点で普通ではないのだが、双錘で弾丸を怪力で叩き落とすと、昌義を筆頭に佐武衆が壮絶な盛り上がりをみせた。
人間離れしたぶっ飛び技を目にしたのだから、娯楽の少ない戦国乱世の人からすれば、当たり前と言えば当たり前な反応である。
とはいえ、澪からすれば何度か見ていれば飽きるだろうと軽く考えていたのだ。それが仇になった。見ていて飽きる所か今となっては照星まで、冷静沈着な大人の男性だと思っていたのに、昌義と一緒になって、何ならそこに利吉まで混ざって大盛り上がりしたのである。いい歳をした男達が、うぉおおお!となる様を想像して欲しい。
ぶっちゃけ、暑苦しいだけである。
それから。
澪の事を気に入ってもらえたのは光栄なのだが、佐武衆の若人達に何故か戦闘訓練を頼まれた。合戦は天気が悪いため、見送られそうになっていた事も手伝って、気付いたら昌義も含めた佐武衆のトレーニングコーチをしていた。何でだ?と、首を傾げた物の、照星の筋力トレーニングメニューを考案している当たりで、澪は考える事を放棄した。
が、ふとした時に冒頭のようにやはり疑問を抱く。
繰り返す。
どうしてこんな事になってるんだっけ?
合戦があるかもしれぬという事で、城下町の屋敷から移動した合戦場に程近い村のとある家にて。
澪は昌義達を相手に、今は筋肉談義をしていた。如何に効率よく筋肉を鍛えるかーー暑苦しい話題である。
ちなみに、昨日は何故か鉄砲の話も少々した。最初は答える気がなかったのだが、何度か食い下がられた結果、責任を一切持たない事を前提に、気づけば何やかんや話していた。
昌義達としては、色々と知恵を持っていそうな澪にダメで元々尋ねたようだった。ストッパーの半助が居ないため、色々と垂れ流しな澪を見兼ねた伝蔵が、火縄銃の強化版とも言えるマスケット銃について話しかけた辺りで大慌てで澪を止めていた次第である。ちなみに、その時は昌義達所か一緒に聞いていた利吉まで、何故か舌打ちしそうな顔をしていた。
とはいえ、合戦が始まらなければ基本は暇なのだ。昨日なんて、日が暮れるまで村で過ごした後は身体を休めるため警備の者を残し、城下町にある屋敷に寝に帰っただけである。何せ、雨となると火薬が使えないのだから仕方がない。
なお、雨天時の夜の奇襲に備えては、チャミダレアミタケの別働隊が隣村で待機していたりした。
「ーー昌義殿、お金があるなら筋力トレーニングに特化した器具を作るという手もありますよ。ラットプルダウンとか、火縄銃を構える事で起こりやすそうな肩凝りの解消とかにいいんじゃないですかね?」
「ラット……?伝助殿、その器具の構造について詳しく!照星殿、メモを伝助殿にっ!」
「了解しました」
盛り上がる男達に囲まれてそれなりの時間が経過しており、そのせいで澪は暑苦しさもあって自重がまた外れかけていた。銃の事は、口を噤むのを伝蔵に約束させられたが、筋トレは別だ。澪としては、稼ぐネタになり得ない作る費用の方が高そうな筋トレマシーンや、そもそもどうやって作っていいかも分からない銃に対してのガードはゆるゆるであった。専門外というのもある。
ぼんやりした知識はあっても、己が金稼ぎが出来ると確信できる程のレベルに達しないため、澪からすると企画を書く必要性すら感じない、言わば没案をポロポロ喋っていた。
虎若の実家だし、というのもゆるゆるになるポイントである。幾ら暑苦しいからって、例えばドクタケ忍者達には当然澪も喋りはしない。忍術学園の味方と言える勢力だから、少々の恩を売るついでに喋っている感覚であった。
昌義達からすらば、叩けば出てくる埃のような知恵に群がるのも仕方の無い話かもしれなかった。
なお、ラットプルダウンとは、広背筋を効率よく鍛えられる大変優れたトレーニングマシーンである。ジムで見た事があるという人は多いはずだ。
「あー、こんなんだったような」
前世、運動不足解消のために仕事終わりにジムへ行っていた記憶を頼りに、それっぽい図を渡された筆記用具で、適当に書きあげる。
「おおっ……!」
「ほう、面白い構造ですね」
昌義と照星の二人が目を輝かせると、何故か周りでそれを見ていた他の佐武衆も盛り上がる。やっぱり、暑苦しい。
「伝助殿、もしよかったら今度うちの村に遊びに……」
「そこまでー!!」
昌義がナチュラルに澪に誘いをかけたところで、聞き覚えのある声が部屋の中に響き渡った。見ると、入口の所に半助がいた。白地に青の模様が入った着物姿に烏帽子をした町人スタイルだ。
出会った時と変わらないその出で立ちに、澪はホッとした。ラットプルダウンの説明もそこで止まる。
「伝助くんは、学園にとってなくてはならない人材ですのでダメです」
「何と……!ならば、派遣依頼は?」
「ダメです。わたしもですけど、学園長からも許可は降りないと思います」
どうやら、伝蔵と交代するために半助がやって来たらしい。澪達の居る部屋に姿を現した事からして、昌義に挨拶するために、ここへ顔を出したのだろう。
暑苦しい集団の中にいた澪に、半助の登場はまさに清涼剤の如き効果を齎した。ちなみに、利吉は一緒になって盛り上がるので論外である。というか圏外である。
「っ、お待ちしてました、土井先生……!」
佐武衆が盛り上がるのは自重の箍がゆるゆるな澪本人のせいなのだが、半助が来てぱあっと明るい顔になる澪を見て、半助本人が満更でもないので良しとしよう。普段から色々すれ違っている二人だが、この時は互いに会いたい人に会えて喜んでいた。こんな日があってもいいじゃないか。
「うーむ。山田先生には止められたが、是非とも伝助殿と銃の改良についてもっと話がしたいのだが」
「ーー成程、大体何が起こったか把握しました。ちょっと伝助くんは後でわたしとお話ししようね」
ストッパーである半助はその一言で澪の自業自得であると悟ったらしい。顔を引き攣らせながら、澪をじと目で見ていた。
「おっほん、すみません。ご挨拶が遅れました、土井半助です。本日より山田先生と交代で行動を共にします」
「おお、よく来てくださった、土井先生。よろしく頼みます」
昌義が丁寧に礼を述べる。照星はその隣で静かに半助に頭を下げた。
「来て早々、すみませんが伝助くんをお借りしても?」
「うーむ……まぁ、よかろう。そろそろ痺れを切らしてサンコタケ側に動きが出てもおかしくはない。一刻以内に合戦が始まる可能性がある。打ち合わせもあるだろうからな。伝助殿、付き合わせて済まなかったな。終わったらまた話そう」
「あ、はい。畏まりました」
やっと解放された。澪は颯爽とあらわれ、タイミングよく連れ出してくれた半助に心の中で、感謝していた。
が。
「もうっ、君って人は佐武衆相手だからって、貴重な知識をペラペラと喋って!」
伝蔵は学園に戻ったのか、利吉だけになっていた控えの家にて。戻るや否や澪は半助に正座させられ、利吉の前で説教された。
とはいえ、迫力は皆無だ。どちらかと言うと怒ってるのではなく、困ってるように見えるせいもある。
「大丈夫です。儲けにならない話なので」
「そういう問題じゃないからねっ。君が色んな知識を持っているのは分かってたけど、銃の話題なんて……!」
「細かい構造なんて知りませんよ。でも、どうしたら威力が上がるかとか、便利だとか、話をしていただけで」
「こらっ、唇を尖らせて、しれっと恐ろしい事を口にしない!」
半助がギャンギャン怒るも、やっぱり怖くない。は組には拳骨を落としてるんだし、怒っているなら一発くらい殴ってもよさそうなのに、女子である事を考慮してか手を出して来ないのに、澪は説教を受けつつ感心していたりした。
当然、半助は澪が女子だから殴ならいのではない。好きな相手だから、自然とソフトな怒り方になっているのである。
「まぁまぁ、土井先生。伝助くんだって、佐武衆だから話したことであって、そこまで怒らなくても。流石に敵方勢力には口を紡ぐでしょうし」
「当たり前です。学園の印象を良くしておけるし、いいかなぁ……と。銃の話なんて、理論はそれなりに筋道が通っていても、形にする技術がおそらく今の日ノ本では厳しい物がありますし」
「……そうなのかい?」
「一つ一つの武器が手作りであるという事は、職人によって完成度に差があるということ。例えば威力を上げるための工夫で、構造が複雑化すれば果たして何人の鉄砲職人が完璧にそれを作り上げられるのか、と言う問題が起こりますから。日ノ本に鉄砲が伝わってから、百年も経っていないんです。それこそ、南蛮を追い込す技術力が必要です。ましてや、鉄砲という数が必要な代物ですよ。凄い鉄砲を一つ作る労力と資金力で、普通の鉄砲が沢山出来るとなれば……例え、凄い鉄砲を作れたとして果たして、費用対効果が見合うのかという問題が残りますからね」
火縄銃を超える鉄砲。浪漫はあるが、今の時点では現実味に欠け、取り扱いに難がある代物だ。億万長者が資金を突っ込んで開発させ、生産するならいざ知らず、この国ではそこまでの突き抜けた資金力と開発能力を携えた大名はいない。いたら今頃は天下にその名を轟かせている事だろう。
澪が淡々と事実を語ると、半助も利吉も黙った。
ややあって。
「伝助くん」
何やら、利吉が澪をじっと見ていた。
「タダとは言わないから、ちょっとわたしに家庭教師とかしてくれたりしない?」
「え、何で」
「いや、君のその知識や考え方って学ぶべき事だなと。あと、父上に聞いたけど異国に対する知識が深いらしいじゃないか。何より、純粋に君から学びたい」
別に澪は教師じゃない。それなのに、利吉は大真面目な顔をしていた。
「お金と引き換えに教えるなんて、そういうのは無理。荷が重い。異国の知識とかなら、山田先生にも話してるから、直接聞いて教えてもらえばいいのでは?」
「わたしは君に教わりたいんだけど」
伝蔵が泣くぞ。
父親の事を慕っている一方で、澪と並ぶと澪をとる利吉に心の中でツッコミする。とはいえ、利吉からお金を貰ってまで何かを教える気にもなれない澪だった。
じーっと、利吉から見つめられる。お願い!と言う眼差しに、段々耐えられなくなって顔を背ける澪を見て、半助が二人の会話の間に入った。
「何かを教えるというのが嫌なら、利吉くんと議論を交わす、とかならどうかな。というか、実はわたしもその点については一度、伝助くんとやってみたいなと思っていたりするんだけど。利吉くんは、そうする中で伝助くんの考え方を学ぶ。君も我々の考え方を学んで互いに学び合う、というのは?」
議題が何かにもよるが、それなら時間を作ってやる分には支障はない。何かを教師のように教える必要もないし、まだマシだ。
「……別にそれならいいですよ」
「やった。実はわたしは兵法が好きでね。君なら、例えばどんな戦術を考えるんだろうかとか、一度聞いてみたかったんだ」
「狡いですよ、土井先生。もとはわたしが教えを乞うたのが先なのに。なら、わたしも何について話し合うか決めるから、その時は時間を作ってくれよ」
ジト目で見てくる利吉に、澪は苦笑いして頷く。と言うか、半助が兵法好きなのは知っていたがそんな事を考えていたとは驚きだ。澪も、孫子くらいなら読んだが他はあまり知らない。
三人でその後も軽く雑談した。その際、半助から、一年い組が残りの一年生も巻き添えに、上級生から澪に対する恐怖を克服するため、幽霊又は妖怪騒動を仕掛けられると聞いて驚いた。
「わたしのせいで、そんな事に。すみません、土井先生」
「謝る必要はないからね。むしろ、一年生にはいい経験になるかもしれないし」
聞けば、澪に酒を飲ませて弱らせた所を一年い組が倒す案があったらしい。流石にそれで怖くなくなるからと言われても、あの醜態を子ども達の前で晒したくない。
大体、他に誰が目にするかも分からないのに、そんな博打のような行動に出たくない。止めてくれた半助と、話を持ってきてくれた文次郎に澪は心の中で感謝した。
照星が澪達を呼びにやって来たのは、それから四半刻も経たぬうちの事であった。
「合戦に出る。御三方、準備を頼みたい」
照星が呼びに来る少し前に、既に半助は忍び装束姿に着替えており、澪や利吉も含めて準備万端だ。むしろ、ようやくかと思うくらいである。雨で開戦が長引いていたのが、ようやく曇りになったのだ。
いつ降ってもおかしくはなさそうな雲行きであるが、サンコタケ側はあまり引っ張ると士気が落ちるのを懸念したのかもしれない。
利吉や半助と三人で、合戦場へ向かうと既にそこは陣が敷かれており、まるで大河ドラマで見たような光景が拡がっていた。
下見をしていたので知っているが、塹壕が掘られて馬防柵も多数ある。平地での戦のため互いに見晴らしはよいが、雨が降り続けていたので霧が出ており、遠くの方はぼんやりとしていた。
佐武衆は予定通りの陣形になって、敵を迎え撃つ準備を整えていた。昌義の傍には、護衛として照星が控えている。
戦が始まれば、怒号と硝煙、そして剣戟の音に包まれるのだろう。映画やドラマでしか前世では見たことのない凄惨な光景が、この世界では日常的にあちこちで繰り広げられている。
なんちゃってだろうが戦国時代なのだな、と嫌でも理解する。
「では、伝助くんは西側を、土井先生は東側を探索してください。わたしはここに残り、周囲の警戒を行います」
昌義を暗殺しようとする犯人をどうやって捕えるかについては、あらかじめ決めてある。どこに潜むか分からない以上、前後左右全てを警戒せねばならない。照星もいるが、万が一の保険のため初めからアテにはしない。
「ある程度探して見つからなければ、二人はこちらへ戻ってきて、今度は近くで同じ位置に警戒を」
利吉の言葉に半助も澪も無言で頷いた。暗殺者が忍び装束を纏った忍者の姿でいてくれず、雑兵等に化けている可能性もある。その場合は、遠くではなく近くを警戒せねばならない。遠くを調べてそれらしい者が居ないのなら、潜むのは近くだと判明するのだし、当然の措置だ。
「ーーでは、散!」
利吉の合図で、澪も半助も東西に別れた。澪は忍び装束姿に般若面を被り、背には双錘を装備した姿である。傍目には、地獄からの使者のようにも見えるだろう。
西側は薮が広がっていた。この時代、日本人の総人口が少ない事もあり、開発がされていない雑木林や湿地がそこがしこにある。一歩町を出れば、日本の土地柄、沼や湿地が多いのである。戦国時代の大名は、治める土地によっては戦に強いだけではなく、治水の腕も必要とされる。
転生者だが、国を背負う大名に生まれ変わらなくて良かったとつくづく思う澪である。なんちゃって戦国のため、史実はあまり役に立たないし、なのに戦国のため戦があれば命懸けで戦わなければならない。領地だって運が悪ければ、貧乏で食べていくのがやっとの酷い場所にあたる。それで行くと、今の澪は食うに困らずこの世界を生き抜けているーー実に運がいいと言えよう。
神経を研ぎ澄ませ、周囲の気配を伺う。偵察のための忍びか、はたまた暗殺者かは見極めがいる。下手に手を出して間違えると、その忍者を雇っているお城に敵対行為をしたと見なされるからだ。誰が暗殺者かを見つけ出すというのは、意外と難しい。
木の上に一人、叢に一人……木の上に視線を向けると、赤茶の忍者服にサングラスをした忍者の姿。確か、名前は風鬼だったか。気色の悪い女装をしていたドクタケ忍者の一人と思しき輩がいた。
そして叢にいるのもまた、ドクタケだった。サングラスが微かに光に反射したのが見えた。
「どうも、こんにちは。偵察ですか?」
悩んだのだが、今まさに敵対している訳でもないので挨拶しておく。すると、澪から話しかけられた叢にいたドクタケの一人、確か雨鬼といった小太りの忍者が、悲鳴を上げた。
「きゃあああ!!鬼ぃー!!」
仮にも忍者なら幾ら偵察中でも、澪の気配に気づくべきではなかろうか。般若面姿の澪を見た雨鬼がおっさんとは思えない甲高い声を張上げる。
「何者だ……!」
木の上にいた風鬼が澪へ向かって手裏剣を投擲してきたので、双錘で叩き落とした。というか、澪が避けたら、雨鬼に手裏剣が刺さっていたであろう投げ方である。
「あ、すみません。お面をしていましたね……お久しぶりです。クモの子城の一件依頼ですね」
流石に般若面を被ったままでは失礼だったかと、面を脱ぐ澪。現れたる美しき天女の如き容貌を前に、ドクタケ忍者二名は色んな意味で息を止めた。
「「いやぁーーー!!!」」
「え、そんなびっくりしなくても」
「「殺されるぅー!!!」」
二人とも半狂乱になった。これでは、般若面を着けていた時の方がなんぼもマシである。
「もう殴ったりしませんから、ちょっと落ち着いてくれませんか」
「いやぁー!まだ子どもが小さいんだ。頼むから、命だけは」
「ひぃー!お助けぇええ!」
「…………」
ドォオン!!澪は、無言で双錘を地面に叩きつけた。大地を揺るがす破壊力抜群の一撃に二人のドクタケ忍者はピタリと黙る。
「静かにしてください」
「「……はい」」
低めの声でお願いする。二人は無言で頷いた。ついでなので、答えてくれるかは不明だが質問もしておく。まぁ、今ならきっと彼等は話してくれるだろう。
「あなた方は、偵察のためにここにいるようですけど、この辺りであなた達以外に彷徨いてる忍者とか見かけませんでしたか?嘘ついたらダメですよ?」
やんわりと優しい口調できっちり圧力をかけながら澪が問いかけると、二人はブンブン首を降った。
「っ、見かけておりません!」
「あの、そういう質問をするって事は怪しいヤツが居たら、お嬢さんまでご報告すればよろしいので?」
「まぁ、そうしてくれたら助かりますけど。あと、申し遅れましたがわたしの名前は澪です。えーっと、風鬼さん、雨鬼さん、とお呼びしてもよいですか」
二人のドクタケ忍者は何故かやたらペコペコしてくる。
「あ、はい。自分達の事は好きに呼んでください。澪さん!」
「自分は、澪様って呼んでいいですか?」
「やめてください。雨鬼さん」
様だなんてこそばゆい。雨鬼の希望に却下を出すと、残念そうにされた。何故か二人とも腰が低い。
「でしたら、確認して来ますんでお待ちを!」
「えっ、それは流石に申し訳ないので……」
「大丈夫ですっ。オレ達、プロ忍なんで!澪さんはここで待っていて下さいね!」
それは見れば分かるが、ドクタケ忍者としての役目はいいのか。しゅば!と、音を立てて颯爽と澪の前から居なくなる二人。澪は何故かその場に一人待ちぼうけである。
自分で探す手間は省けたが、そうこうしている間に発砲音がしたーー戦が始まったらしい。
男達が命をかけて戦う壮絶な音が雨上がりの地に木霊していた。流れ弾がここまで飛んでくる心配はないが、脱走兵が来る可能性がある。誰だって死にたくない。寿命や病気なら諦めもつくだろうが、戦なんて……。
周囲を警戒しつつ待っていると、少しして風鬼と雨鬼が戻ってきた。
「周囲に、怪しい忍者はいませんでした!」
「我々だけのようです。嘘はついてませんっ。変なやつがいたら捕まえて、澪さんの前に突き出します!」
「ご苦労さまでした。ありがとうございます」
ドクタケ忍者が何故か親切である。とはいえ、ボランティアというのは何だか申し訳ない。澪はごそごそと懐をまさぐり、銭があったので気持ち程度だが風鬼へ渡す。
「少ないですが、謝礼です。これで仕事終わりに、ちょっとしたお店でご飯くらい食べてください。助かりました。ありがとうございます、お二人とも」
「え?あ、こちらこそ、何かお気遣いしてもらってすみません……」
「仕事柄、お互い敵対することもあるとは思いますが、今は違います。ここにいる限り、戦に巻き込まれる事はないでしょうが、何があるか分からぬのが戦国です。どうぞお二人共、ご武運を……では、わたしはこれで」
礼を述べ、綺麗な姿勢でお辞儀をして忍者宛らに颯爽と合戦場に向かう澪。その後姿を見たドクタケ忍者二名は、顔を見合わせるもある認識を持った。
「あのお嬢さん、怪力はアレだけど超いい子」
「おっかないけど、凄い優しい……!」
前回、ご先祖さまと三途の川でご対面するかと思うくらいボコボコのギッタンギッタンに澪にやられた二人だったが、人間とは現金なもので殴られても優しくされたらコロッと絆されたりする事もある。
「「澪さんも、お気をつけてー!」」
そんなわけで、ドクタケ忍者隊二名は時たま敵対する事もある忍術学園は学園長の秘書を手を振って見送った。
ーー子分を手に入れた!
一昔前のゲームなら、そんなテロップが流れたかもしれない。無自覚にも澪はドクタケ忍者隊と交を結んだのであった。
澪はふと、自身に問いかけた。
それというのも、言い方が悪いが暑苦しいという表現がぴったりの男だらけの傭兵団、佐武衆に囲まれているからである。
昌義と照星の二人は勿論のこと。顔だけなら好みの者も居ないではないが、傭兵のためムッキムキが多い。筋肉から発せられる熱量が凄い。流石は戦闘職特化の方々。
日頃から戦闘訓練を怠らないためか、近付かれるだけで周囲の気温が上がりそうだ。雨で湿度が上がっているのに、男達の熱気で頭がぼーっとしてきそうである。
澪の人気ぶりは、美少年な姿に惚れ惚れしたとかそういう事ではない。全ては二日前に、澪が対銃火器の訓練を佐武衆に付き合ってもらった事が切欠である。
シナとの訓練でも、火縄銃を撃ってもらっていたので澪は火縄銃で狙われる事に慣れていた。ぶっちゃけ、その時点で普通ではないのだが、双錘で弾丸を怪力で叩き落とすと、昌義を筆頭に佐武衆が壮絶な盛り上がりをみせた。
人間離れしたぶっ飛び技を目にしたのだから、娯楽の少ない戦国乱世の人からすれば、当たり前と言えば当たり前な反応である。
とはいえ、澪からすれば何度か見ていれば飽きるだろうと軽く考えていたのだ。それが仇になった。見ていて飽きる所か今となっては照星まで、冷静沈着な大人の男性だと思っていたのに、昌義と一緒になって、何ならそこに利吉まで混ざって大盛り上がりしたのである。いい歳をした男達が、うぉおおお!となる様を想像して欲しい。
ぶっちゃけ、暑苦しいだけである。
それから。
澪の事を気に入ってもらえたのは光栄なのだが、佐武衆の若人達に何故か戦闘訓練を頼まれた。合戦は天気が悪いため、見送られそうになっていた事も手伝って、気付いたら昌義も含めた佐武衆のトレーニングコーチをしていた。何でだ?と、首を傾げた物の、照星の筋力トレーニングメニューを考案している当たりで、澪は考える事を放棄した。
が、ふとした時に冒頭のようにやはり疑問を抱く。
繰り返す。
どうしてこんな事になってるんだっけ?
合戦があるかもしれぬという事で、城下町の屋敷から移動した合戦場に程近い村のとある家にて。
澪は昌義達を相手に、今は筋肉談義をしていた。如何に効率よく筋肉を鍛えるかーー暑苦しい話題である。
ちなみに、昨日は何故か鉄砲の話も少々した。最初は答える気がなかったのだが、何度か食い下がられた結果、責任を一切持たない事を前提に、気づけば何やかんや話していた。
昌義達としては、色々と知恵を持っていそうな澪にダメで元々尋ねたようだった。ストッパーの半助が居ないため、色々と垂れ流しな澪を見兼ねた伝蔵が、火縄銃の強化版とも言えるマスケット銃について話しかけた辺りで大慌てで澪を止めていた次第である。ちなみに、その時は昌義達所か一緒に聞いていた利吉まで、何故か舌打ちしそうな顔をしていた。
とはいえ、合戦が始まらなければ基本は暇なのだ。昨日なんて、日が暮れるまで村で過ごした後は身体を休めるため警備の者を残し、城下町にある屋敷に寝に帰っただけである。何せ、雨となると火薬が使えないのだから仕方がない。
なお、雨天時の夜の奇襲に備えては、チャミダレアミタケの別働隊が隣村で待機していたりした。
「ーー昌義殿、お金があるなら筋力トレーニングに特化した器具を作るという手もありますよ。ラットプルダウンとか、火縄銃を構える事で起こりやすそうな肩凝りの解消とかにいいんじゃないですかね?」
「ラット……?伝助殿、その器具の構造について詳しく!照星殿、メモを伝助殿にっ!」
「了解しました」
盛り上がる男達に囲まれてそれなりの時間が経過しており、そのせいで澪は暑苦しさもあって自重がまた外れかけていた。銃の事は、口を噤むのを伝蔵に約束させられたが、筋トレは別だ。澪としては、稼ぐネタになり得ない作る費用の方が高そうな筋トレマシーンや、そもそもどうやって作っていいかも分からない銃に対してのガードはゆるゆるであった。専門外というのもある。
ぼんやりした知識はあっても、己が金稼ぎが出来ると確信できる程のレベルに達しないため、澪からすると企画を書く必要性すら感じない、言わば没案をポロポロ喋っていた。
虎若の実家だし、というのもゆるゆるになるポイントである。幾ら暑苦しいからって、例えばドクタケ忍者達には当然澪も喋りはしない。忍術学園の味方と言える勢力だから、少々の恩を売るついでに喋っている感覚であった。
昌義達からすらば、叩けば出てくる埃のような知恵に群がるのも仕方の無い話かもしれなかった。
なお、ラットプルダウンとは、広背筋を効率よく鍛えられる大変優れたトレーニングマシーンである。ジムで見た事があるという人は多いはずだ。
「あー、こんなんだったような」
前世、運動不足解消のために仕事終わりにジムへ行っていた記憶を頼りに、それっぽい図を渡された筆記用具で、適当に書きあげる。
「おおっ……!」
「ほう、面白い構造ですね」
昌義と照星の二人が目を輝かせると、何故か周りでそれを見ていた他の佐武衆も盛り上がる。やっぱり、暑苦しい。
「伝助殿、もしよかったら今度うちの村に遊びに……」
「そこまでー!!」
昌義がナチュラルに澪に誘いをかけたところで、聞き覚えのある声が部屋の中に響き渡った。見ると、入口の所に半助がいた。白地に青の模様が入った着物姿に烏帽子をした町人スタイルだ。
出会った時と変わらないその出で立ちに、澪はホッとした。ラットプルダウンの説明もそこで止まる。
「伝助くんは、学園にとってなくてはならない人材ですのでダメです」
「何と……!ならば、派遣依頼は?」
「ダメです。わたしもですけど、学園長からも許可は降りないと思います」
どうやら、伝蔵と交代するために半助がやって来たらしい。澪達の居る部屋に姿を現した事からして、昌義に挨拶するために、ここへ顔を出したのだろう。
暑苦しい集団の中にいた澪に、半助の登場はまさに清涼剤の如き効果を齎した。ちなみに、利吉は一緒になって盛り上がるので論外である。というか圏外である。
「っ、お待ちしてました、土井先生……!」
佐武衆が盛り上がるのは自重の箍がゆるゆるな澪本人のせいなのだが、半助が来てぱあっと明るい顔になる澪を見て、半助本人が満更でもないので良しとしよう。普段から色々すれ違っている二人だが、この時は互いに会いたい人に会えて喜んでいた。こんな日があってもいいじゃないか。
「うーむ。山田先生には止められたが、是非とも伝助殿と銃の改良についてもっと話がしたいのだが」
「ーー成程、大体何が起こったか把握しました。ちょっと伝助くんは後でわたしとお話ししようね」
ストッパーである半助はその一言で澪の自業自得であると悟ったらしい。顔を引き攣らせながら、澪をじと目で見ていた。
「おっほん、すみません。ご挨拶が遅れました、土井半助です。本日より山田先生と交代で行動を共にします」
「おお、よく来てくださった、土井先生。よろしく頼みます」
昌義が丁寧に礼を述べる。照星はその隣で静かに半助に頭を下げた。
「来て早々、すみませんが伝助くんをお借りしても?」
「うーむ……まぁ、よかろう。そろそろ痺れを切らしてサンコタケ側に動きが出てもおかしくはない。一刻以内に合戦が始まる可能性がある。打ち合わせもあるだろうからな。伝助殿、付き合わせて済まなかったな。終わったらまた話そう」
「あ、はい。畏まりました」
やっと解放された。澪は颯爽とあらわれ、タイミングよく連れ出してくれた半助に心の中で、感謝していた。
が。
「もうっ、君って人は佐武衆相手だからって、貴重な知識をペラペラと喋って!」
伝蔵は学園に戻ったのか、利吉だけになっていた控えの家にて。戻るや否や澪は半助に正座させられ、利吉の前で説教された。
とはいえ、迫力は皆無だ。どちらかと言うと怒ってるのではなく、困ってるように見えるせいもある。
「大丈夫です。儲けにならない話なので」
「そういう問題じゃないからねっ。君が色んな知識を持っているのは分かってたけど、銃の話題なんて……!」
「細かい構造なんて知りませんよ。でも、どうしたら威力が上がるかとか、便利だとか、話をしていただけで」
「こらっ、唇を尖らせて、しれっと恐ろしい事を口にしない!」
半助がギャンギャン怒るも、やっぱり怖くない。は組には拳骨を落としてるんだし、怒っているなら一発くらい殴ってもよさそうなのに、女子である事を考慮してか手を出して来ないのに、澪は説教を受けつつ感心していたりした。
当然、半助は澪が女子だから殴ならいのではない。好きな相手だから、自然とソフトな怒り方になっているのである。
「まぁまぁ、土井先生。伝助くんだって、佐武衆だから話したことであって、そこまで怒らなくても。流石に敵方勢力には口を紡ぐでしょうし」
「当たり前です。学園の印象を良くしておけるし、いいかなぁ……と。銃の話なんて、理論はそれなりに筋道が通っていても、形にする技術がおそらく今の日ノ本では厳しい物がありますし」
「……そうなのかい?」
「一つ一つの武器が手作りであるという事は、職人によって完成度に差があるということ。例えば威力を上げるための工夫で、構造が複雑化すれば果たして何人の鉄砲職人が完璧にそれを作り上げられるのか、と言う問題が起こりますから。日ノ本に鉄砲が伝わってから、百年も経っていないんです。それこそ、南蛮を追い込す技術力が必要です。ましてや、鉄砲という数が必要な代物ですよ。凄い鉄砲を一つ作る労力と資金力で、普通の鉄砲が沢山出来るとなれば……例え、凄い鉄砲を作れたとして果たして、費用対効果が見合うのかという問題が残りますからね」
火縄銃を超える鉄砲。浪漫はあるが、今の時点では現実味に欠け、取り扱いに難がある代物だ。億万長者が資金を突っ込んで開発させ、生産するならいざ知らず、この国ではそこまでの突き抜けた資金力と開発能力を携えた大名はいない。いたら今頃は天下にその名を轟かせている事だろう。
澪が淡々と事実を語ると、半助も利吉も黙った。
ややあって。
「伝助くん」
何やら、利吉が澪をじっと見ていた。
「タダとは言わないから、ちょっとわたしに家庭教師とかしてくれたりしない?」
「え、何で」
「いや、君のその知識や考え方って学ぶべき事だなと。あと、父上に聞いたけど異国に対する知識が深いらしいじゃないか。何より、純粋に君から学びたい」
別に澪は教師じゃない。それなのに、利吉は大真面目な顔をしていた。
「お金と引き換えに教えるなんて、そういうのは無理。荷が重い。異国の知識とかなら、山田先生にも話してるから、直接聞いて教えてもらえばいいのでは?」
「わたしは君に教わりたいんだけど」
伝蔵が泣くぞ。
父親の事を慕っている一方で、澪と並ぶと澪をとる利吉に心の中でツッコミする。とはいえ、利吉からお金を貰ってまで何かを教える気にもなれない澪だった。
じーっと、利吉から見つめられる。お願い!と言う眼差しに、段々耐えられなくなって顔を背ける澪を見て、半助が二人の会話の間に入った。
「何かを教えるというのが嫌なら、利吉くんと議論を交わす、とかならどうかな。というか、実はわたしもその点については一度、伝助くんとやってみたいなと思っていたりするんだけど。利吉くんは、そうする中で伝助くんの考え方を学ぶ。君も我々の考え方を学んで互いに学び合う、というのは?」
議題が何かにもよるが、それなら時間を作ってやる分には支障はない。何かを教師のように教える必要もないし、まだマシだ。
「……別にそれならいいですよ」
「やった。実はわたしは兵法が好きでね。君なら、例えばどんな戦術を考えるんだろうかとか、一度聞いてみたかったんだ」
「狡いですよ、土井先生。もとはわたしが教えを乞うたのが先なのに。なら、わたしも何について話し合うか決めるから、その時は時間を作ってくれよ」
ジト目で見てくる利吉に、澪は苦笑いして頷く。と言うか、半助が兵法好きなのは知っていたがそんな事を考えていたとは驚きだ。澪も、孫子くらいなら読んだが他はあまり知らない。
三人でその後も軽く雑談した。その際、半助から、一年い組が残りの一年生も巻き添えに、上級生から澪に対する恐怖を克服するため、幽霊又は妖怪騒動を仕掛けられると聞いて驚いた。
「わたしのせいで、そんな事に。すみません、土井先生」
「謝る必要はないからね。むしろ、一年生にはいい経験になるかもしれないし」
聞けば、澪に酒を飲ませて弱らせた所を一年い組が倒す案があったらしい。流石にそれで怖くなくなるからと言われても、あの醜態を子ども達の前で晒したくない。
大体、他に誰が目にするかも分からないのに、そんな博打のような行動に出たくない。止めてくれた半助と、話を持ってきてくれた文次郎に澪は心の中で感謝した。
照星が澪達を呼びにやって来たのは、それから四半刻も経たぬうちの事であった。
「合戦に出る。御三方、準備を頼みたい」
照星が呼びに来る少し前に、既に半助は忍び装束姿に着替えており、澪や利吉も含めて準備万端だ。むしろ、ようやくかと思うくらいである。雨で開戦が長引いていたのが、ようやく曇りになったのだ。
いつ降ってもおかしくはなさそうな雲行きであるが、サンコタケ側はあまり引っ張ると士気が落ちるのを懸念したのかもしれない。
利吉や半助と三人で、合戦場へ向かうと既にそこは陣が敷かれており、まるで大河ドラマで見たような光景が拡がっていた。
下見をしていたので知っているが、塹壕が掘られて馬防柵も多数ある。平地での戦のため互いに見晴らしはよいが、雨が降り続けていたので霧が出ており、遠くの方はぼんやりとしていた。
佐武衆は予定通りの陣形になって、敵を迎え撃つ準備を整えていた。昌義の傍には、護衛として照星が控えている。
戦が始まれば、怒号と硝煙、そして剣戟の音に包まれるのだろう。映画やドラマでしか前世では見たことのない凄惨な光景が、この世界では日常的にあちこちで繰り広げられている。
なんちゃってだろうが戦国時代なのだな、と嫌でも理解する。
「では、伝助くんは西側を、土井先生は東側を探索してください。わたしはここに残り、周囲の警戒を行います」
昌義を暗殺しようとする犯人をどうやって捕えるかについては、あらかじめ決めてある。どこに潜むか分からない以上、前後左右全てを警戒せねばならない。照星もいるが、万が一の保険のため初めからアテにはしない。
「ある程度探して見つからなければ、二人はこちらへ戻ってきて、今度は近くで同じ位置に警戒を」
利吉の言葉に半助も澪も無言で頷いた。暗殺者が忍び装束を纏った忍者の姿でいてくれず、雑兵等に化けている可能性もある。その場合は、遠くではなく近くを警戒せねばならない。遠くを調べてそれらしい者が居ないのなら、潜むのは近くだと判明するのだし、当然の措置だ。
「ーーでは、散!」
利吉の合図で、澪も半助も東西に別れた。澪は忍び装束姿に般若面を被り、背には双錘を装備した姿である。傍目には、地獄からの使者のようにも見えるだろう。
西側は薮が広がっていた。この時代、日本人の総人口が少ない事もあり、開発がされていない雑木林や湿地がそこがしこにある。一歩町を出れば、日本の土地柄、沼や湿地が多いのである。戦国時代の大名は、治める土地によっては戦に強いだけではなく、治水の腕も必要とされる。
転生者だが、国を背負う大名に生まれ変わらなくて良かったとつくづく思う澪である。なんちゃって戦国のため、史実はあまり役に立たないし、なのに戦国のため戦があれば命懸けで戦わなければならない。領地だって運が悪ければ、貧乏で食べていくのがやっとの酷い場所にあたる。それで行くと、今の澪は食うに困らずこの世界を生き抜けているーー実に運がいいと言えよう。
神経を研ぎ澄ませ、周囲の気配を伺う。偵察のための忍びか、はたまた暗殺者かは見極めがいる。下手に手を出して間違えると、その忍者を雇っているお城に敵対行為をしたと見なされるからだ。誰が暗殺者かを見つけ出すというのは、意外と難しい。
木の上に一人、叢に一人……木の上に視線を向けると、赤茶の忍者服にサングラスをした忍者の姿。確か、名前は風鬼だったか。気色の悪い女装をしていたドクタケ忍者の一人と思しき輩がいた。
そして叢にいるのもまた、ドクタケだった。サングラスが微かに光に反射したのが見えた。
「どうも、こんにちは。偵察ですか?」
悩んだのだが、今まさに敵対している訳でもないので挨拶しておく。すると、澪から話しかけられた叢にいたドクタケの一人、確か雨鬼といった小太りの忍者が、悲鳴を上げた。
「きゃあああ!!鬼ぃー!!」
仮にも忍者なら幾ら偵察中でも、澪の気配に気づくべきではなかろうか。般若面姿の澪を見た雨鬼がおっさんとは思えない甲高い声を張上げる。
「何者だ……!」
木の上にいた風鬼が澪へ向かって手裏剣を投擲してきたので、双錘で叩き落とした。というか、澪が避けたら、雨鬼に手裏剣が刺さっていたであろう投げ方である。
「あ、すみません。お面をしていましたね……お久しぶりです。クモの子城の一件依頼ですね」
流石に般若面を被ったままでは失礼だったかと、面を脱ぐ澪。現れたる美しき天女の如き容貌を前に、ドクタケ忍者二名は色んな意味で息を止めた。
「「いやぁーーー!!!」」
「え、そんなびっくりしなくても」
「「殺されるぅー!!!」」
二人とも半狂乱になった。これでは、般若面を着けていた時の方がなんぼもマシである。
「もう殴ったりしませんから、ちょっと落ち着いてくれませんか」
「いやぁー!まだ子どもが小さいんだ。頼むから、命だけは」
「ひぃー!お助けぇええ!」
「…………」
ドォオン!!澪は、無言で双錘を地面に叩きつけた。大地を揺るがす破壊力抜群の一撃に二人のドクタケ忍者はピタリと黙る。
「静かにしてください」
「「……はい」」
低めの声でお願いする。二人は無言で頷いた。ついでなので、答えてくれるかは不明だが質問もしておく。まぁ、今ならきっと彼等は話してくれるだろう。
「あなた方は、偵察のためにここにいるようですけど、この辺りであなた達以外に彷徨いてる忍者とか見かけませんでしたか?嘘ついたらダメですよ?」
やんわりと優しい口調できっちり圧力をかけながら澪が問いかけると、二人はブンブン首を降った。
「っ、見かけておりません!」
「あの、そういう質問をするって事は怪しいヤツが居たら、お嬢さんまでご報告すればよろしいので?」
「まぁ、そうしてくれたら助かりますけど。あと、申し遅れましたがわたしの名前は澪です。えーっと、風鬼さん、雨鬼さん、とお呼びしてもよいですか」
二人のドクタケ忍者は何故かやたらペコペコしてくる。
「あ、はい。自分達の事は好きに呼んでください。澪さん!」
「自分は、澪様って呼んでいいですか?」
「やめてください。雨鬼さん」
様だなんてこそばゆい。雨鬼の希望に却下を出すと、残念そうにされた。何故か二人とも腰が低い。
「でしたら、確認して来ますんでお待ちを!」
「えっ、それは流石に申し訳ないので……」
「大丈夫ですっ。オレ達、プロ忍なんで!澪さんはここで待っていて下さいね!」
それは見れば分かるが、ドクタケ忍者としての役目はいいのか。しゅば!と、音を立てて颯爽と澪の前から居なくなる二人。澪は何故かその場に一人待ちぼうけである。
自分で探す手間は省けたが、そうこうしている間に発砲音がしたーー戦が始まったらしい。
男達が命をかけて戦う壮絶な音が雨上がりの地に木霊していた。流れ弾がここまで飛んでくる心配はないが、脱走兵が来る可能性がある。誰だって死にたくない。寿命や病気なら諦めもつくだろうが、戦なんて……。
周囲を警戒しつつ待っていると、少しして風鬼と雨鬼が戻ってきた。
「周囲に、怪しい忍者はいませんでした!」
「我々だけのようです。嘘はついてませんっ。変なやつがいたら捕まえて、澪さんの前に突き出します!」
「ご苦労さまでした。ありがとうございます」
ドクタケ忍者が何故か親切である。とはいえ、ボランティアというのは何だか申し訳ない。澪はごそごそと懐をまさぐり、銭があったので気持ち程度だが風鬼へ渡す。
「少ないですが、謝礼です。これで仕事終わりに、ちょっとしたお店でご飯くらい食べてください。助かりました。ありがとうございます、お二人とも」
「え?あ、こちらこそ、何かお気遣いしてもらってすみません……」
「仕事柄、お互い敵対することもあるとは思いますが、今は違います。ここにいる限り、戦に巻き込まれる事はないでしょうが、何があるか分からぬのが戦国です。どうぞお二人共、ご武運を……では、わたしはこれで」
礼を述べ、綺麗な姿勢でお辞儀をして忍者宛らに颯爽と合戦場に向かう澪。その後姿を見たドクタケ忍者二名は、顔を見合わせるもある認識を持った。
「あのお嬢さん、怪力はアレだけど超いい子」
「おっかないけど、凄い優しい……!」
前回、ご先祖さまと三途の川でご対面するかと思うくらいボコボコのギッタンギッタンに澪にやられた二人だったが、人間とは現金なもので殴られても優しくされたらコロッと絆されたりする事もある。
「「澪さんも、お気をつけてー!」」
そんなわけで、ドクタケ忍者隊二名は時たま敵対する事もある忍術学園は学園長の秘書を手を振って見送った。
ーー子分を手に入れた!
一昔前のゲームなら、そんなテロップが流れたかもしれない。無自覚にも澪はドクタケ忍者隊と交を結んだのであった。
