第1話 就職先斡旋
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「忍者の学校、ですか?」
このヘンテコ戦国時代な世界は、何でもありだなーーと、心中で澪は思ってしまった。
半助達との会話にきり丸が乱入し、「忍術学園」なるパワーワードを聞いてしまった澪は、彼等に説明を求めた。
要約すると、半助と伝子は忍者の学校即ち忍術学園の教師であり、そこの生徒であるきり丸の発案もあって、澪の雇用先として学園を薦めるかどうか、そのジャッジをすべく内緒の様子見をしていたとのことだった。
「そうよ、忍術学園は忍者の間では結構名が知られてるの。澪ちゃんは良い子そうだし、安心して学園長先生にもお話しできそうだと思ったのよ。あ、言っておくけど忍術学園のことは周りの人に言っちゃダメよ。伝子とのや、く、そ、く」
「は、はぁ……」
ばちこん!と、ウィンクされ澪は苦笑いする。澪の隣に座っていたきり丸が、吐きそうな顔をすると伝子がギロリと睨み付けていた。
「山田先生、忍者だってバレたんですからその格好やめてくださいよ。土井先生の家でまで、気持ち悪い変装なんか見たくないです」
「殴られたいのか!」
言うや否やきり丸の頭の上にまた伝子の拳骨が落ちそうになったので、澪は咄嗟にその手を掴んで止めた。
「まぁまぁ。伝子さん、さっき拳骨したんだから、もうやめときましょう。手を痛めてもよくないですし」
宥めると、伝子が一瞬だけ目を見開き、そのまま興味深い様子で澪をまじまじと見つめて来た。
「成程。土井先生の言っていた怪力の話……興味が湧いて来た」
「と、言いますと?」
多分、否、伝子は男性だ。野太い声や男っぽい口調、きり丸の変装という言葉からして、男性の方が本性なのだろう。
ひょっとしたら半助の片想いの可能性だってあるかもしれない。なんちゃって戦国ワールドは恋愛観も何でもありだな、と思ったり。
伝子の発言に半助が尋ねると、おほほ、と取り繕うように伝子が笑った。
「猪の暴走を止めたって話を聞いてね。そんな澪さんの本気ってどのくらいなのかしらって思ったのよ。確か、熊を素手で仕留められるとか。しかも、山賊狩りしようかって口にもしてたんでしょ。ほんと、どのくらい強いのかしらねぇ」
口調こそ女性だが、内容は実に男性的だ。つまるところ、澪の力量を知りたいのだろう。
「つまり、忍術学園でのお仕事を斡旋するにしても、まずはわたしの強さを確認したいと?」
「察しがよくて嬉しいわ。きっと、学園長先生もお望みになると思うし。そうねぇ、早ければ明日で休みも終わるし、学園長先生に澪ちゃんのことをお話しすれば、明後日には学園で見せてほしいって話になるかもね。お眼鏡にかなえば、その場で即採用だってあり得るわ」
「即採用……」
ごくり、と生唾を飲み込む澪。
この町での就職は、あんな騒ぎを起こした手前、おそらくは望めない。となると、思わぬこの斡旋は好機だ。
「腕前とはどのように披露すればよいのでしょうか。六芸なら元父上に叩き込まれておりますが」
「はぁっ、六芸?!澪さんの元父親は女武者でも育てる気だったのか!」
食い気味に伝子に聞く澪に、半助の顔が引き攣った。さもありなん。ちなみに六芸とは、刀、馬、弓、鉄砲、槍、柔術を指す。
「母の再婚相手の明人から、あちらの武術も結構習ったんですけど……ひょっとして、そういう物の方がうけますかね?」
「ーー見た目は天女なのに、実体は阿修羅なのね。澪ちゃんてば」
伝子が半助と同じく、引き攣った顔になっていた。ちなみに、就活がかかってる澪からすれば、そんなものお構いなしである。
「どうせなら、忍術学園の先生や上級生と戦って澪さんの実力を披露するってのは、どうです?」
「何を言っとるんだ、きり丸は!」
「実力を測るんなら、手っ取り早いじゃないですか!あと胴元になって、勝敗をかければ大儲けが期待できます。あっひゃひゃっ!」
「アホ。そんな賭け事は禁止だ禁止!!」
きり丸と半助の漫才が繰り広げられている隣で、澪は腕を組んで思案顔になりブツブツ呟いた。
「本気の実力……相手を昏倒させるだけなら、相当手加減しないとなぁ。うっかりすると急所外しても酷い骨折とか、させちゃうかも」
「ブツブツ怖い事言ってるわね」
伝子が澪の呟きを聞いて、完全に引いている。
「あの、対人は怪我人が出ちゃうかもなので選択肢から外すとかできます?」
「そこはむしろ、遠慮しなくてもいいんじゃないんですか。先生は勿論、先輩方も強いですし」
忍者も戦えはするが、武人のような戦いではない。忍びはふいをついて逃げたり、暗殺したりという事を得意とする。それは、元父親から教わった事だ。
逆に武人は相手を倒す事を前提にしている。つまり殺し合いだ。
澪は怪力とはいえ、流石に人を殺したことはない。それでも、下手な忍者よりも制圧する事に特化している自覚はある。
過去、母の護衛として野盗や山賊の類に遭遇した際、ボコボコにしてきた経験が何よりの証拠だ。
「そうよ、忍術学園の忍たまや先生は優秀なのよ。遠慮せずに就職試験だと思って臨むといいわ」
うふん、と伝子さんが中々の威力のある笑みを浮かべる。話しているうちに見慣れてきた気がしたのに、また鳥肌が立つような心地がする澪だった。
それから、幾つか話しをして伝子は帰っていった。忍術学園での試験もあるので、結果が決まるまで澪の就職活動はお休みし、その間は隣のおばちゃんに渡す品や、伝子から依頼を受けたものの製作に時間を費やす事にした。
儲けに繋がるかも!と、きり丸が目を銭にして製作過程を見ようとしてくるのに困った。見かねた半助が摘み出してくれたので助かったが。
ーーそんなわけで、呼び出されるまでの時間はあっという間に過ぎた。
澪が忍術学園に向かう事になったのは、話しを貰ってから2日後の事だった。隣のおばちゃんに渡す品の方は出来上がったので、そちらを届けてから案内役の半助と一緒に向かうと、二人並ぶ姿を見て隣のおばちゃんから「お似合いよ!」とか何とか言われたりした。
半助は、ひょっとしたら男が好きかも知れないというのに、本人がイケメンなだけに大変だな……と、隣のおばちゃんに揶揄われている半助を見て思う澪である。
まぁ、半助の方が実はこの時、満更でもなかったりしたのだが、澪は勿論気付きもしていなかった。
「見えて来た、あれが忍術学園だよ」
忍術学園は半助の長屋から出発して、かなり歩いた場所にあった。なぜか交通関係は思いっきり室町のため、庶民の移動手段は基本的に徒歩である。
一般人なら初回ではきつい距離だろうーー澪は問題ないが。
今世の澪の体は、儚い天女の如き見た目のくせやたら頑丈だ。崖から落ちても無傷だった経験や、母は怪我をしても澪はかすり傷だったり、母が風邪をひいても澪は大丈夫だったり、とエピソードが沢山ある。よって、生まれてこの方、病気や大きな怪我をしたことはない。
母曰く、澪は容姿は母にそれ以外は父に似ているそうだが、その父のことを深くは教えられなかったので詳細な不明である。
「澪さん、身体は……大丈夫そうだね。かなり歩いたのに。流石というかなんというか」
「持久力には自信がありますので」
腕っ節もばっちりであるが、あえて言わない。とはいえ、半助にはバレているが。
忍術学園は、立派な門構に広大な敷地を持つ学校だった。忍術学園、と達筆に描かれた看板が人里離れた山中でデカデカと掲げられている。
扉の所で半助が立つと、すぐに開いて中から忍者姿の十代半ばくらいの少年、と言っていい男性が顔を出した。高校生くらいだろうか。とはいえ、戦国時代では立派な大人だ。
忍者の服には胸元に事務と書かれた札が縫い付けられていた。
「どうも、土井先生。お連れの方も、入門表にサインをお願いします」
すいっ、と筆とサインをするための入門表を渡された。流れるような動作である。外出のため、市女笠を被ったままの澪は虫垂衣越しに入門表を見つつ、さらさらとサインをした。書道は、とある大名の右筆だった元父親に教えられたのでばっちりである。
かつての数多くの父親達には感謝しかない。
「わぁ、凄い達筆ですねー」
「……本当、何でもできますね。澪さん」
「ひょっとして、この方が噂のお人ですか。朝から、ちょっとした騒ぎになってましたよ」
達筆な澪を見て感心した様子の半助に、事務員の男性が何やら不穏な事を尋ねた。
ーー噂とは何だろうか。
「噂ですか。それは、どういう……?」
「流離の武芸者と六年生が勝負をして、武芸者が勝てば学園で働くことになるって話しです。女の人とは思いませんでした!」
偉い内容である。
ちらり、と無言で半助を見ると明後日の方向へ視線を気まずそうに逸らしている。
「小松田くん、今は澪さんの事は秘密でお願いするよ」
「わかりました、任せてください!」
胸を叩く小松田というらしい事務員を前に、妙に不安な気持ちになるのは何故だろうか。
とりあえず、入門表にサインも終えたので中に入る。話しかけたい気持ちがあったものの、半助に「学園長先生から説明があるから」と言われたので黙って学園長がいるという場所まで案内された。
そこは、学舎と思われる建物とは別にある学園長専用らしき建物だった。侘び寂びが取り入れられた風流な枯山水の庭を臨み鹿脅しの音が時折木霊するその場所には、何故か青い頭巾を被った白い正座する謎の犬と、おかっぱの小柄なご老人、そしてどこか見覚えのある顔の男性が座っていた。
「よくぞいらっしゃった。気楽に座ってくだされ」
犬が正座をするという、シュールな光景に澪はツッコミたい精神を抑え込んだ。このヘンテコ戦国時代には、最早何も言うまい……と。
「お初にお目にかかります、澪と申します。この度は良いお話を頂戴し、誠にありがたく存じます。どうぞ本日はよろしくお願いいたします」
市女笠を脱いで下座に座り、丁寧に畳に手をついて頭を下げる。さらり、と澪の黒々とした髪が流れると、学園長がほぅ、と息を吐いた。
「なんとも美しい女子じゃな。それに礼儀正しい……わしの名は、大川平次渦正と言う。こっちは忍犬のヘムヘムじゃ」
「ヘムゥ!」
YouTubeで動画投稿したら、さぞかし再生回数を稼げそうな犬である。ヘムヘムを見て、澪は現実逃避した。この世界では、犬はヘムゥと鳴いて人間臭いのだ。
「そう固くならずに、楽にすると良い」
好好爺とした笑みを浮かべる学園長。そうは言われても緊張してしまう。
「澪くん、何なら足を崩して座ってよいからな。この後、試験もあることだし」
渋めな男性からそう促された。どこかで会っただろうか……澪の事を呼ぶ声に少しの気やすさを感じ、まじまじとその顔を見て気付いた。
「あの、ひょっとして伝子さんですか?」
似ている。厚塗りの化粧がないため、直ぐにはわからなかったが割れた顎や鷲鼻が伝子と同じだ。渋めなおじ様と伝子とのギャップに戸惑ってしまう。
「わたしの名前は山田伝蔵という。変装して澪くんの前に姿を見せたのは、同じ女の方が色々と調べやすい事もあるだろうと思ってだ」
「はぁ、そうですか」
あの姿を同じ女と思うというのは、やや無理がある。逆に警戒される可能性もあるだろうに、女装に絶対の自信があると見た。
同じ気持ちなのか、伝蔵の隣にいる半助は苦笑いしている。
「さて、試験の話しじゃ。澪ちゃんには、最高学年である忍術学園の生徒、六年生全員と戦ってもらう。一対一ではなく、六対一でじゃ。その代わり、澪ちゃんはどんな戦い方をしてもよいからの。ただし、大怪我をするような事は避けて生徒を気絶させる程度にしておいてほしい。無論、生徒等にも同じ条件を課すつもりじゃ」
「六対一?!そんな事聞いてませんよ!本気ですか学園長先生!!」
学園長の言葉に、顔色を変えたのは半助だ。
「澪ちゃんの実力を知るためには、そのくらいせねばならんじゃろう。ハンデとして、六年生の使用する武器や特徴に戦闘の傾向を教えるつもりじゃ」
「ーー分かりました」
六年生がどんな人達かは知らないが、六名ならやり用は幾らでもある。
「久々ですが、腕が鳴りますね。頑張ります」
ーー戦闘は嫌いではない、むしろ好きだ。目の前の敵を倒す、ただそれだけを考えて手足を動かし素手で、あるいは武器を持って立ち向かう、その時間を今世の澪は好んでいた。
前世にはおよそ考えられない思考だ。これはきっと、会った事のない父親に似たのだろう。
澪の好戦的な笑みに、伝蔵と半助が顔を見合わせた。
「前言撤回します。わたし、何だか六年生が気の毒に思えて来ました」
「奇遇だな、半助。わたしもだ」
忍術学園への就職は絶対に勝ち取ってみせる。澪が天女の美貌を歪めて笑う姿は、鬼のようだった……と、学園長が後に周囲に語ったとか何とか。
それから少しして。
澪は戦闘用の服として、黒い忍者服を渡された。半助や伝蔵と同じデザインのそれを着ると、学園長から顔を隠すためにとお面を渡された。
曰く、「澪ちゃんえらい美人さんだし、女だと知ると六年生が本気を出さんかもしれぬからの」とのこと。異論はないため、渡された面を被った。ちなみに、たまたまなのか偶然なのか、渡されたのは般若面である。
そんなわけで澪はあっという間に般若面の怪しい忍びになってしまった。母が澪の姿を見たら、似合いすぎると爆笑したかもしれない。
装備は防具として籠手だけ借りた。
「六年生は実に様々な武器を使う。本当に籠手だけでいいのかい?」
身軽すぎる装備に半助が心配そうに声をかけてきた。
「問題ありません。武器は欲しければ相手から奪えば済む話ですので」
「そうかい。気をつけるんだよ、怪我をしないようにね。女の子なんだから」
心配そうな顔をする半助。澪にとっては、半助の言葉はリップサービスになるのだが、有り難く忠告に頷いておく。そして、これから相手をすることになる六年生それぞれの名前と、戦闘傾向の書かれた紙を見ておさらいをしておく。
六年生は全員で六名。紙には見た目の特徴も書かれていた。
まずは、立花仙蔵ーー火薬の使い手で真っ直ぐな長髪が特徴的な色白な男子で、近接戦よりは遠距離戦を好む。
次に潮江文次郎、槍の使い手でこちらは近接戦特化、かなりの老け顔らしい……特徴の書かれ方が可哀想だ。
他にも不運が発動しやすい云々、等と書かれた生徒達の資料を頭に入れる。
そして仮面の下で澪はほくそ笑んでいた。
仮面が無ければ、悪鬼の如く邪悪な笑顔に、半助がドン引きしていたことだろう。
「じゃあ、わたしは観戦の席にいくよ。審判は山田先生が行う。わたしや他の先生方も危険なら止めに入る準備は、ちゃんとできているからね」
「分かりました。わたしは指定された待機場所で出番を待っていますね」
半助とはここでお別れだ。教えられた場所に向かうと、誘導係らしき人の姿があった。事務の札付きの忍者服を着た男性で、小松田とはまた別の人であった。
ーーポキポキ、と腕を鳴らす。闘気を喚起するためである。臨戦体制に入った澪を前に、般若面効果もあってか事務員の男性が、まるで本物の鬼でも見たような顔で固まっていたのだった。
このヘンテコ戦国時代な世界は、何でもありだなーーと、心中で澪は思ってしまった。
半助達との会話にきり丸が乱入し、「忍術学園」なるパワーワードを聞いてしまった澪は、彼等に説明を求めた。
要約すると、半助と伝子は忍者の学校即ち忍術学園の教師であり、そこの生徒であるきり丸の発案もあって、澪の雇用先として学園を薦めるかどうか、そのジャッジをすべく内緒の様子見をしていたとのことだった。
「そうよ、忍術学園は忍者の間では結構名が知られてるの。澪ちゃんは良い子そうだし、安心して学園長先生にもお話しできそうだと思ったのよ。あ、言っておくけど忍術学園のことは周りの人に言っちゃダメよ。伝子とのや、く、そ、く」
「は、はぁ……」
ばちこん!と、ウィンクされ澪は苦笑いする。澪の隣に座っていたきり丸が、吐きそうな顔をすると伝子がギロリと睨み付けていた。
「山田先生、忍者だってバレたんですからその格好やめてくださいよ。土井先生の家でまで、気持ち悪い変装なんか見たくないです」
「殴られたいのか!」
言うや否やきり丸の頭の上にまた伝子の拳骨が落ちそうになったので、澪は咄嗟にその手を掴んで止めた。
「まぁまぁ。伝子さん、さっき拳骨したんだから、もうやめときましょう。手を痛めてもよくないですし」
宥めると、伝子が一瞬だけ目を見開き、そのまま興味深い様子で澪をまじまじと見つめて来た。
「成程。土井先生の言っていた怪力の話……興味が湧いて来た」
「と、言いますと?」
多分、否、伝子は男性だ。野太い声や男っぽい口調、きり丸の変装という言葉からして、男性の方が本性なのだろう。
ひょっとしたら半助の片想いの可能性だってあるかもしれない。なんちゃって戦国ワールドは恋愛観も何でもありだな、と思ったり。
伝子の発言に半助が尋ねると、おほほ、と取り繕うように伝子が笑った。
「猪の暴走を止めたって話を聞いてね。そんな澪さんの本気ってどのくらいなのかしらって思ったのよ。確か、熊を素手で仕留められるとか。しかも、山賊狩りしようかって口にもしてたんでしょ。ほんと、どのくらい強いのかしらねぇ」
口調こそ女性だが、内容は実に男性的だ。つまるところ、澪の力量を知りたいのだろう。
「つまり、忍術学園でのお仕事を斡旋するにしても、まずはわたしの強さを確認したいと?」
「察しがよくて嬉しいわ。きっと、学園長先生もお望みになると思うし。そうねぇ、早ければ明日で休みも終わるし、学園長先生に澪ちゃんのことをお話しすれば、明後日には学園で見せてほしいって話になるかもね。お眼鏡にかなえば、その場で即採用だってあり得るわ」
「即採用……」
ごくり、と生唾を飲み込む澪。
この町での就職は、あんな騒ぎを起こした手前、おそらくは望めない。となると、思わぬこの斡旋は好機だ。
「腕前とはどのように披露すればよいのでしょうか。六芸なら元父上に叩き込まれておりますが」
「はぁっ、六芸?!澪さんの元父親は女武者でも育てる気だったのか!」
食い気味に伝子に聞く澪に、半助の顔が引き攣った。さもありなん。ちなみに六芸とは、刀、馬、弓、鉄砲、槍、柔術を指す。
「母の再婚相手の明人から、あちらの武術も結構習ったんですけど……ひょっとして、そういう物の方がうけますかね?」
「ーー見た目は天女なのに、実体は阿修羅なのね。澪ちゃんてば」
伝子が半助と同じく、引き攣った顔になっていた。ちなみに、就活がかかってる澪からすれば、そんなものお構いなしである。
「どうせなら、忍術学園の先生や上級生と戦って澪さんの実力を披露するってのは、どうです?」
「何を言っとるんだ、きり丸は!」
「実力を測るんなら、手っ取り早いじゃないですか!あと胴元になって、勝敗をかければ大儲けが期待できます。あっひゃひゃっ!」
「アホ。そんな賭け事は禁止だ禁止!!」
きり丸と半助の漫才が繰り広げられている隣で、澪は腕を組んで思案顔になりブツブツ呟いた。
「本気の実力……相手を昏倒させるだけなら、相当手加減しないとなぁ。うっかりすると急所外しても酷い骨折とか、させちゃうかも」
「ブツブツ怖い事言ってるわね」
伝子が澪の呟きを聞いて、完全に引いている。
「あの、対人は怪我人が出ちゃうかもなので選択肢から外すとかできます?」
「そこはむしろ、遠慮しなくてもいいんじゃないんですか。先生は勿論、先輩方も強いですし」
忍者も戦えはするが、武人のような戦いではない。忍びはふいをついて逃げたり、暗殺したりという事を得意とする。それは、元父親から教わった事だ。
逆に武人は相手を倒す事を前提にしている。つまり殺し合いだ。
澪は怪力とはいえ、流石に人を殺したことはない。それでも、下手な忍者よりも制圧する事に特化している自覚はある。
過去、母の護衛として野盗や山賊の類に遭遇した際、ボコボコにしてきた経験が何よりの証拠だ。
「そうよ、忍術学園の忍たまや先生は優秀なのよ。遠慮せずに就職試験だと思って臨むといいわ」
うふん、と伝子さんが中々の威力のある笑みを浮かべる。話しているうちに見慣れてきた気がしたのに、また鳥肌が立つような心地がする澪だった。
それから、幾つか話しをして伝子は帰っていった。忍術学園での試験もあるので、結果が決まるまで澪の就職活動はお休みし、その間は隣のおばちゃんに渡す品や、伝子から依頼を受けたものの製作に時間を費やす事にした。
儲けに繋がるかも!と、きり丸が目を銭にして製作過程を見ようとしてくるのに困った。見かねた半助が摘み出してくれたので助かったが。
ーーそんなわけで、呼び出されるまでの時間はあっという間に過ぎた。
澪が忍術学園に向かう事になったのは、話しを貰ってから2日後の事だった。隣のおばちゃんに渡す品の方は出来上がったので、そちらを届けてから案内役の半助と一緒に向かうと、二人並ぶ姿を見て隣のおばちゃんから「お似合いよ!」とか何とか言われたりした。
半助は、ひょっとしたら男が好きかも知れないというのに、本人がイケメンなだけに大変だな……と、隣のおばちゃんに揶揄われている半助を見て思う澪である。
まぁ、半助の方が実はこの時、満更でもなかったりしたのだが、澪は勿論気付きもしていなかった。
「見えて来た、あれが忍術学園だよ」
忍術学園は半助の長屋から出発して、かなり歩いた場所にあった。なぜか交通関係は思いっきり室町のため、庶民の移動手段は基本的に徒歩である。
一般人なら初回ではきつい距離だろうーー澪は問題ないが。
今世の澪の体は、儚い天女の如き見た目のくせやたら頑丈だ。崖から落ちても無傷だった経験や、母は怪我をしても澪はかすり傷だったり、母が風邪をひいても澪は大丈夫だったり、とエピソードが沢山ある。よって、生まれてこの方、病気や大きな怪我をしたことはない。
母曰く、澪は容姿は母にそれ以外は父に似ているそうだが、その父のことを深くは教えられなかったので詳細な不明である。
「澪さん、身体は……大丈夫そうだね。かなり歩いたのに。流石というかなんというか」
「持久力には自信がありますので」
腕っ節もばっちりであるが、あえて言わない。とはいえ、半助にはバレているが。
忍術学園は、立派な門構に広大な敷地を持つ学校だった。忍術学園、と達筆に描かれた看板が人里離れた山中でデカデカと掲げられている。
扉の所で半助が立つと、すぐに開いて中から忍者姿の十代半ばくらいの少年、と言っていい男性が顔を出した。高校生くらいだろうか。とはいえ、戦国時代では立派な大人だ。
忍者の服には胸元に事務と書かれた札が縫い付けられていた。
「どうも、土井先生。お連れの方も、入門表にサインをお願いします」
すいっ、と筆とサインをするための入門表を渡された。流れるような動作である。外出のため、市女笠を被ったままの澪は虫垂衣越しに入門表を見つつ、さらさらとサインをした。書道は、とある大名の右筆だった元父親に教えられたのでばっちりである。
かつての数多くの父親達には感謝しかない。
「わぁ、凄い達筆ですねー」
「……本当、何でもできますね。澪さん」
「ひょっとして、この方が噂のお人ですか。朝から、ちょっとした騒ぎになってましたよ」
達筆な澪を見て感心した様子の半助に、事務員の男性が何やら不穏な事を尋ねた。
ーー噂とは何だろうか。
「噂ですか。それは、どういう……?」
「流離の武芸者と六年生が勝負をして、武芸者が勝てば学園で働くことになるって話しです。女の人とは思いませんでした!」
偉い内容である。
ちらり、と無言で半助を見ると明後日の方向へ視線を気まずそうに逸らしている。
「小松田くん、今は澪さんの事は秘密でお願いするよ」
「わかりました、任せてください!」
胸を叩く小松田というらしい事務員を前に、妙に不安な気持ちになるのは何故だろうか。
とりあえず、入門表にサインも終えたので中に入る。話しかけたい気持ちがあったものの、半助に「学園長先生から説明があるから」と言われたので黙って学園長がいるという場所まで案内された。
そこは、学舎と思われる建物とは別にある学園長専用らしき建物だった。侘び寂びが取り入れられた風流な枯山水の庭を臨み鹿脅しの音が時折木霊するその場所には、何故か青い頭巾を被った白い正座する謎の犬と、おかっぱの小柄なご老人、そしてどこか見覚えのある顔の男性が座っていた。
「よくぞいらっしゃった。気楽に座ってくだされ」
犬が正座をするという、シュールな光景に澪はツッコミたい精神を抑え込んだ。このヘンテコ戦国時代には、最早何も言うまい……と。
「お初にお目にかかります、澪と申します。この度は良いお話を頂戴し、誠にありがたく存じます。どうぞ本日はよろしくお願いいたします」
市女笠を脱いで下座に座り、丁寧に畳に手をついて頭を下げる。さらり、と澪の黒々とした髪が流れると、学園長がほぅ、と息を吐いた。
「なんとも美しい女子じゃな。それに礼儀正しい……わしの名は、大川平次渦正と言う。こっちは忍犬のヘムヘムじゃ」
「ヘムゥ!」
YouTubeで動画投稿したら、さぞかし再生回数を稼げそうな犬である。ヘムヘムを見て、澪は現実逃避した。この世界では、犬はヘムゥと鳴いて人間臭いのだ。
「そう固くならずに、楽にすると良い」
好好爺とした笑みを浮かべる学園長。そうは言われても緊張してしまう。
「澪くん、何なら足を崩して座ってよいからな。この後、試験もあることだし」
渋めな男性からそう促された。どこかで会っただろうか……澪の事を呼ぶ声に少しの気やすさを感じ、まじまじとその顔を見て気付いた。
「あの、ひょっとして伝子さんですか?」
似ている。厚塗りの化粧がないため、直ぐにはわからなかったが割れた顎や鷲鼻が伝子と同じだ。渋めなおじ様と伝子とのギャップに戸惑ってしまう。
「わたしの名前は山田伝蔵という。変装して澪くんの前に姿を見せたのは、同じ女の方が色々と調べやすい事もあるだろうと思ってだ」
「はぁ、そうですか」
あの姿を同じ女と思うというのは、やや無理がある。逆に警戒される可能性もあるだろうに、女装に絶対の自信があると見た。
同じ気持ちなのか、伝蔵の隣にいる半助は苦笑いしている。
「さて、試験の話しじゃ。澪ちゃんには、最高学年である忍術学園の生徒、六年生全員と戦ってもらう。一対一ではなく、六対一でじゃ。その代わり、澪ちゃんはどんな戦い方をしてもよいからの。ただし、大怪我をするような事は避けて生徒を気絶させる程度にしておいてほしい。無論、生徒等にも同じ条件を課すつもりじゃ」
「六対一?!そんな事聞いてませんよ!本気ですか学園長先生!!」
学園長の言葉に、顔色を変えたのは半助だ。
「澪ちゃんの実力を知るためには、そのくらいせねばならんじゃろう。ハンデとして、六年生の使用する武器や特徴に戦闘の傾向を教えるつもりじゃ」
「ーー分かりました」
六年生がどんな人達かは知らないが、六名ならやり用は幾らでもある。
「久々ですが、腕が鳴りますね。頑張ります」
ーー戦闘は嫌いではない、むしろ好きだ。目の前の敵を倒す、ただそれだけを考えて手足を動かし素手で、あるいは武器を持って立ち向かう、その時間を今世の澪は好んでいた。
前世にはおよそ考えられない思考だ。これはきっと、会った事のない父親に似たのだろう。
澪の好戦的な笑みに、伝蔵と半助が顔を見合わせた。
「前言撤回します。わたし、何だか六年生が気の毒に思えて来ました」
「奇遇だな、半助。わたしもだ」
忍術学園への就職は絶対に勝ち取ってみせる。澪が天女の美貌を歪めて笑う姿は、鬼のようだった……と、学園長が後に周囲に語ったとか何とか。
それから少しして。
澪は戦闘用の服として、黒い忍者服を渡された。半助や伝蔵と同じデザインのそれを着ると、学園長から顔を隠すためにとお面を渡された。
曰く、「澪ちゃんえらい美人さんだし、女だと知ると六年生が本気を出さんかもしれぬからの」とのこと。異論はないため、渡された面を被った。ちなみに、たまたまなのか偶然なのか、渡されたのは般若面である。
そんなわけで澪はあっという間に般若面の怪しい忍びになってしまった。母が澪の姿を見たら、似合いすぎると爆笑したかもしれない。
装備は防具として籠手だけ借りた。
「六年生は実に様々な武器を使う。本当に籠手だけでいいのかい?」
身軽すぎる装備に半助が心配そうに声をかけてきた。
「問題ありません。武器は欲しければ相手から奪えば済む話ですので」
「そうかい。気をつけるんだよ、怪我をしないようにね。女の子なんだから」
心配そうな顔をする半助。澪にとっては、半助の言葉はリップサービスになるのだが、有り難く忠告に頷いておく。そして、これから相手をすることになる六年生それぞれの名前と、戦闘傾向の書かれた紙を見ておさらいをしておく。
六年生は全員で六名。紙には見た目の特徴も書かれていた。
まずは、立花仙蔵ーー火薬の使い手で真っ直ぐな長髪が特徴的な色白な男子で、近接戦よりは遠距離戦を好む。
次に潮江文次郎、槍の使い手でこちらは近接戦特化、かなりの老け顔らしい……特徴の書かれ方が可哀想だ。
他にも不運が発動しやすい云々、等と書かれた生徒達の資料を頭に入れる。
そして仮面の下で澪はほくそ笑んでいた。
仮面が無ければ、悪鬼の如く邪悪な笑顔に、半助がドン引きしていたことだろう。
「じゃあ、わたしは観戦の席にいくよ。審判は山田先生が行う。わたしや他の先生方も危険なら止めに入る準備は、ちゃんとできているからね」
「分かりました。わたしは指定された待機場所で出番を待っていますね」
半助とはここでお別れだ。教えられた場所に向かうと、誘導係らしき人の姿があった。事務の札付きの忍者服を着た男性で、小松田とはまた別の人であった。
ーーポキポキ、と腕を鳴らす。闘気を喚起するためである。臨戦体制に入った澪を前に、般若面効果もあってか事務員の男性が、まるで本物の鬼でも見たような顔で固まっていたのだった。