第9話 忍術学園最強の秘書
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合戦場の予定地に着いたのは、学園を出て暫くしてからの事だった。合戦が始まるまでの間、利吉と澪は佐武衆と行動を共にするため、予定地の視察が終われば佐武衆が滞在している場所まで向かう事になっている。
「隠れるような場所は叢と、所々生えた木か。だが、戦となるとーー」
「隠れる場所は増えるわね。塹壕だって掘られるだろうし」
澪と利吉は木の上に隠れて、地上を見下ろしていた。なお、枝が折れてしまうかもしれないため、持ってきた双錘は近くに隠してある。
偵察者が他にも見かけられた。誰の手の者かは分からない。チャミダレアミタケかもしれないし、今回の戦の相手であるサンコタケ城の手の者かもしれない。
利吉曰く、サンコタケは好戦的な城でヘボ忍者が多く、チャミダレアミタケと仲が悪いらしい。
チャミダレアミタケは、戦上手で無敗の城でもある。城主の茶乱網武が強く、周辺諸国はエゴノキタケ城を除いて敵対関係にある。それもあって、忍術学園に対して友好的な城だ。
既に勝敗はついているような戦ではあるが、だからこそただでさえ強いチャミダレアミタケに今回の戦で雇われている佐武昌義を、サンコタケが暗殺を得意とする忍者を雇って狙う可能性が考えられた。
あるいは、佐武昌義を邪魔だと考える全く別の何者かの手による可能性もあった。
「ここに居ても収穫は少なそうだな。暗くなる前に、佐武衆と合流しよう。チャミダレアミタケ城下の屋敷に滞在中だ」
「それはいいけれど、先方はわたしが女だって知ってるの?」
「勿論。実は直前にあった戦闘訓練の時に、佐武衆の人が澪さんを見に来ていたんだよ。先生方を圧倒する力を見て、女人と言えども実力に憂いなしって事で歓迎してくれているよ」
「……それはそれは」
招いたのは学園長だろう。あの場にドクたまとその引率教師が居たことは把握していたが、まさか佐武衆の人間が偵察に来ているとは思いもしなかった。
「何だか佐武衆やドクたま以外にも、見てた外の人達が居そうね」
「だと思うよ。まぁ、澪さんが戦っているのを見るのに夢中で、流石に佐武衆とドクたま以外は外部の人間で誰が見ていたのか、知らないけどね」
確かに。
くのたま達や伊作達と一緒に盛り上がっていた利吉を思い出す。
「そういうわけだから、心配はいらないよ」
にこにこ笑う利吉。まぁ、佐武昌義は頭領なのだし、女だからとどうしようもない理由で差別するような器の小さい人間ではなかろうと想像は出来る。澪は利吉の言葉に頷くのだった。
それから、チャミダレアミタケ領に向かい佐武衆の滞在場所である屋敷を目ざした。
辿り着くと立派な門扉のある屋敷で、如何に茶乱網武が佐武衆を大事に扱っているか分かる待遇である。
門の所には数名程警備の者がおり、利吉が懐から書状を取りだし手渡すと中を改められた。
「案内の者を呼んでくるので、少しお待ちを」
そう言って、警備の者が屋敷に人を呼びに戻ると程なくして、黒い忍び装束を着た能面のような顔の男性が出てきた。
黒の忍び装束に、色白の顔が非常に印象的である。
「お待ちしてました。わたしの名は照星。頭領の所までお二人をご案内しましょう」
「お名前は存じ上げております、初めまして照星殿。わたしは山田利吉です、こちらは伝助と申します」
この人が、虎若や三木ヱ門から慕われているという照星か。非常にいい声である。ぶっちゃけ、声が凄く澪好みだ。
名前だけ知っている凄腕の狙撃手に澪は笠を脱いで静かに一礼した。現れたる華の顏に、軽く照星は目を見張るも澪の事を既に知っているのだろう。
伝助の名前に違和感を示すでもなく、ただ静かに頷いた。
「頭領はあちらです。さぁーー」
利吉と澪は、照星に案内されて屋敷の中へと進んだ。佐武衆の本拠地は紀伊にある。
本拠地に幾らか人を残してはいると思うが、屋敷の中には佐武衆達が多くおり、彼等は戦を控えた戦士の顔をしている。そのせいもあって、屋敷の中は物々しい。
澪達が連れて行かれたのは、中庭だった。整えられた庭園を臨む縁側に、一人の男が腰掛けている。歳の頃は、四十前後。浅黒い肌に男らしい顔つきと体つきをしたその男性こそが、佐武昌義その人だと言われずとも分かった。
利吉と二人、自然と頭を垂れると佐武昌義がこちらを向いた。
「おお、来たか。待っていたぞ!山田先生のご子息の利吉殿に、学園長先生の秘書の澪さん。変装中は何と呼べばよいのだ?」
「……伝助と、お呼びください。佐武様」
「佐武の姓は隊の者にもいる。故に、わたしの事は昌義と呼んでくれ。様も要らん」
「はい、昌義殿」
気さくな人らしい。利吉と澪を好奇心旺盛な様子を隠さずに、まじまじと見ている。
「利吉殿は何でも一年は組と関わる事も多いとか。虎から話を聞いた事が何度かある。世話になっているな」
「虎若くんは、素直な良い子ですよ。火縄銃の腕もある。将来は昌義殿のような立派な大人になるでしょう」
虎若の事を利吉が褒めると、昌義の顔が喜色満面になる。子を褒められて喜ばない親はいない。
「さて、ここで話すのもなんだ。茶と菓子を用意してあるから、中で話そう。照星殿もどうだ?」
「では、お言葉に甘えまして」
縁側から、中の部屋に入るよう促されたので草履を脱いで上がる。その際、外に双錘の箱を置いて行こうとすると、昌義がしげしげと大きな箱を見てきた。
「それは、ひょっとして学園での戦闘訓練で使った武器か?」
「あ、はい。双錘といいます」
「後でそれを扱っている所を見せてくれぬか」
キラキラした目で見つめられた。傭兵達を率いる頭領とは思いもよらぬ、子どものような表情が一年は組の虎若と被り、親子の共通点を見た気持ちになる。
「いやー、最初に利吉殿から貴女の事を聞いた時は正気かと思ったのだが、学園長から秘書の戦闘訓練をやるから様子を見に来ないかと言われてな。戦が近いから、わたしは行かなかったのだが、代わりに若い奴を一人学園に行かせたんだ。そしたら、その秘書が学園の先生方を倒したと言うじゃないか。これは、是が非でも会わねばと思ってな!」
ワクワクとしている昌義。その隣に静かに座る照星が見かねたのか咳払いした。
「んんっ、昌義殿。その前にお二人に合戦当日の説明を」
「おお、そうだった。これを見てくれ、合戦場の見取り図だ。おそらく、山を背にサンコタケが陣取り、チャミダレアミタケが迎え撃つ事になると予想される。軍議では、我々は鶴翼の陣になるのではという事らしい」
鶴翼の陣とは、V字の布陣であり左右から敵軍を挟撃するのに向いている守りの陣である。
「サンコタケ相手に兵を余り消耗したくないというのが、殿様のご意向らしい。相手が撤退するまで、適当にすり潰すとの事だ」
「成程……」
地図を見下ろしつつ、利吉が目を細める。今回、チャミダレアミタケが佐武衆を使いたい事といい、鶴翼の陣を敷く思惑といい、自軍の兵を消費したくない意思が見て取れた。
「我々は東側を任された。西側はチャミダレアミタケの銃撃隊が努める予定だ」
トン、トン、と昌義の指先が鶴翼の陣を想定してか、地図の上でV字を描きその先端を叩く。
「露払いともなる銃撃戦が終わったら、その後は少し下がって敵陣を後方から大砲で威嚇する事になるが、敵味方が着弾付近で入り乱れて乱戦となる場合は、味方を巻き込まないためにも、近付いてくる敵を狙撃する事になる」
「頭領の護衛にはわたしが就く予定です。お二人には、周辺の監視を頼みます」
昌義と照星の言葉に、利吉も澪も静かに頷いた。
「その事ですが、明日に父が合流予定です。二日後には土井先生と交代予定となっています」
「ーー何と、利吉殿から話はあったが本当に来てもらえるとは。虎が世話になっている先生方だ。見苦しい所は見せれぬ。此度の戦に一層の気合いが入るという物よ」
伝蔵と半助の事を伝えると、昌義が嬉しそうに顔を綻ばせた。機嫌がいいのか、膝を叩いている。
「さぁ、堅苦しい話はこれまでだ。チャミダレアミタケで美味いと評判の店の菓子だそうだ。皆で食べようではないか」
そう言って、昌義は皿に乗った菓子を進めてくれた。小振りの白い饅頭だ。勧められるままに一口食べると皮がしっとりしている。思わず、澪は目を細めた。
「薯蕷饅頭ですね。とても美味しいです」
殿様等へ献上される上等の饅頭である。品のいい甘さに口当たりのいい味わいが奥深い。茶を飲むと甘さがリセットされて、また一口齧りたくなる絶妙な味をしていた。
チャミダレアミタケで評判が良いのも頷ける話だ。
「はは、そうしていると男の格好をしていても女子だな」
澪の満足そうな顔を見た昌義が、楽し気に笑った。
「昌義殿、どこで誰が聞いているとも分かりません。伝助殿の事は余り言わない方が」
「む、それもそうか。失礼した」
「いえ、大丈夫です。多分、わたしが力持ちだと分かれば皆様に男だと思ってもらえると思うので」
怪力美少女よりも、怪力美少年の方が周囲の理解が得やすいので、そう口にすると昌義と照星が顔を見合わせていた。
「さて、食べ終わりましたし、よろしければ武器を扱っている所をご覧になりますか?」
饅頭を平らげ、一息ついた所で二人に提案すると昌義は勿論のこと、興味があるのか照星も頷いた。利吉はと言うと、知っているはずなのに何やら楽し気な様子であった。
それから、澪は中庭で持ってきた双錘を持って軽く振り回したりした。利吉にどうせなら、昌義のために舞をしたらどうかと言われ、昌義と照星からの期待の眼差しもあり、仕方なく前にもやった舞を適当に踊った。
すると、通りがかりに見かけたらしく昌義達以外の佐武衆の人間がわらわらと沸いた。舞に来たわけじゃないのに、手拍子までされてしまい終わる頃にはそれなりの人から拍手喝采があった。別に芸人ではないのだが。
「これはいい物を見たなぁ」
「美少年の舞とは幸先がいいなっ」
等と、絶賛されて妙に照れくさい。澪は軽く一礼した後でそそくさと、双錘を箱に仕舞ったのだった。
その日は、夜になり澪達を歓迎してちょっとした宴席が設けられた。とは言っても、万が一に備え酒は出ず、代わりに佐武衆の人間が採ってきたという穴熊や真鴨に猪等の色んなジビエが供された。
このなんちゃって戦国のいい所は、食事事情が澪の世界の戦国時代より遥かに優れている所である。貴重な醤油や砂糖が割と手に入りやすく、戦国時代にはないはずの野菜や果物等もある。お陰様で、宴の豪勢なメニューを美味しく平らげた。
佐武衆から、歓待を受け利吉も澪もその日は楽しく夜を迎えた。
が、ここで微妙な問題が生じた。
今晩はここで眠るように、と案内された部屋は澪と利吉が共に使うようになっていたのだ。
澪が女性である事は、佐武衆のごく一部の者しか知らない。そのため、同性だからいいだろうと広めの部屋が用意されたのである。
ちなみに、伝蔵や半助が合流した後、屋敷に泊まるとなると同じ部屋を使う予定である。
部屋の中は衝立が一枚あるものの、年頃の男女が同室である。澪も利吉も互いに恋愛感情はないが、二人きりというシチュエーションに澪ではなく、まさかの利吉が焦っていた。
「っ、ま、まさかこんな事になるとは……!澪さん、わたしは物置ででも移って一人で寝るよ」
「それじゃ、身体が休まらないでしょ。衝立もあるんだし、ここで寝て利吉くん。でないと、わたしが安心して眠れないから。大体、鵺退治の時には同じ小屋で過ごしてたじゃないの」
「その時は、他にも人が居たじゃないか」
利吉が焦るには訳がある。兄貴分と慕う半助が居ると言うのに、幾ら澪に対して恋心がないとはいえ二人きりの部屋で一晩過ごすのは気が引けた次第だ。
仮に己が半助の立場だったとしたら、気が気ではない。想い人が若い男と二人きり、同じ部屋で夜を過ごすなど……。せめて、明日以降なら伝蔵か半助が居るからマシなのに、と思っていたりした。
「利吉くんがわたしを襲うならともかく、女に不自由してなさそうなのに何の心配がいるの?」
「……あのね澪さん、そういう事は思っても年頃のお嬢さんが言っちゃいけない事だよ。そんな所も男前なんだね、君って人は」
いかにも慎ましやかな美少女なのに、明け透けに物言う澪に利吉がツッコミした。怪力といい、外見とのギャップが酷い澪を前に苦笑いしている。
「それに、わたしも利吉くんを押し倒して物にしようと思ってないのだし問題ないじゃない」
「だからそんな事言っちゃいけないって……。所で、参考までに聞きたいんだけど、澪さんって好きな男性なら押し倒すの?」
「本気で好きなら頑張るわよ。押し倒すくらいするかもね、浮気防止も兼ねて。母上からこれでも、色々教わったのよ」
前世の知識や経験もあるし、男を落とし繋ぎ止める手練手管は百戦錬磨の母からレクチャーされている。
処女でこそあるが、そんなわけで純真可憐且つ清純な乙女とは程遠い。
ふふ、と笑い態と母直伝の男殺しと言うらしい眼差しーー習得するまでに、数年かかったそれを利吉に披露してやると、びくっ!とその肩が揺れた。
「……くっ!」
利吉がぐっ、と眉根を寄せて何かを堪える顔をした。
「澪さん、その目線はやばいっ。ゾクッとして落ち着かないから、普通にしてくれないか」
「ふふ、了解」
流石は母直伝の眼差し。落とす所までは行かずとも、動揺させる事くらいは出来たらしい。利吉はふぅ、とため息を吐いた。
「澪さんの夫になる人は大変そうだ」
「そう?わたしは、酒と賭け事に女遊びをしない真面目な夫だったらいいと思ってるだけなのに」
「それはどんな女性でも思ってる事じゃないのか」
「ええ、そうよ。だから、そうじゃない男はお断りよ。本気で好きな男に浮気なんてされた日には、手が出ちゃうと思うし。可愛さ余って憎さ百倍よ。ボコボコにしそうだから」
てへ、と可愛く笑う澪だが、澪の怪力でボコボコになんてしたらあの世に逝きかねない。ちなみに、澪は好きな人が浮気をした相手ではなく張本人を〆たいタイプである。
ある意味で男らしい澪のやり方に、利吉の顔が引き攣りかけていた。勿論、澪が知った事ではないが利吉のその表情は兄貴分の半助を思っての事である。
「まぁ、わたしの母上なんかは好きな男に浮気されたら百倍返しって言ってたけど。自分の魅力で改めて惚れさせて浮気相手の女を男が切った所で、思いっきり捨てるって言ってたなぁ……」
「別の意味で恐ろしいな」
「でも、男の人にはそれが一番きくって言ってたよ。それでいくと、殴るよりは時間がかかるけどダメージは大きいよね。あー、本気で好きな男の人なら、好きだった分だけにあっさり終わらせたくないからなぁ。わたしもそっちの方がいいのかな。悩むなぁ」
「…………」
利吉が無言になった。見ると、何やら難しい顔をして腕を組んでいる。どうしたのだろうか。
「澪さんは、とても素敵だけど怒らせたら色んな意味で怖い女性だね」
「あら、そう?」
「惚れた男は、きっと澪さん以外の女なんて見向きもできなくなるんだろうね」
「ふふ、そうなってもらわないと困るわ。わたしは、母上みたいに色んな男性と再婚はごめんだもの」
笑う澪に利吉は複雑そうな表情になった。推しではあるが、異性として考えると澪は己の思い通りにはならぬ容易ならざる女であると確信し、半助の事を色々考えての事であったが、澪からするとその半助は利吉を好きだと思っていたりする。
ーーまさしく、容易ならざる女である。
「さて、じゃあわたしは衝立の奥を使うから利吉くんは手前でよろしく」
「……了解したよ。部屋を出ていてほしい事があったら、言ってくれよ。そうするから」
「はいはい」
澪は利吉の言葉に頷く。ちなみに、既に桶と湯を貰い、澪の身体は清めてある。流石に男所帯のため風呂に入るのは我慢だ。なので、今日はもう寝巻きに着替えて就寝予定である。
澪は利吉を異性として見ていないので、とっとと浴衣に着替えて眠ったのだが、その利吉は半助への妙な後ろめたさから、澪が浴衣に着替えてる間、必死に布団を被っていたりした。
そして、その翌日。
澪と利吉は、佐武衆の訓練を見に同道する事となった。暗殺者が合戦場以外の場所で昌義の暗殺をする可能性もあると考えて、油断せず周囲の捜索や調査を兼ねての事である。
普段から練習は怠っていないが、戦が近いため的に向かって撃つ訓練を城下町から離れた場所で、行うのだという。
しかも、馬防柵に見立てたと思われる障害物を並べ、その間から的に撃つ訓練だった。見応えがあり、見ていて飽きない。
「昨晩から、サンコタケが塹壕掘りや馬防柵の配置を始めたらしい。同じくチャミダレアミタケ側も合戦の準備中だそうだ。これが終わったら、後で様子を見に行こう」
「分かった」
「酷い雨が降らなければ、明日か明後日に合戦になるだろうな」
利吉の言葉に澪は頷いた。
昨晩の雨のためか、地面が少しぬかるんでいた。塹壕は掘りやすかろうが、雨降りが続くと合戦当日は転ぶ者がいるかもしれない。笑えない話しだが、戦慣れしていない者だと、転んで己自身や味方の槍に刺さって死ぬなんて事もあるのだ。
それに雨が合戦中に降れば、火薬が使えなくなる。その場合、佐武は後方に下がるだろうし、戦が一日では決着がつかず、長引く可能性も出てくる。天気予報のニュースが恋しい。近畿地方が梅雨入りしたか否か、とても気になる所だ。梅雨が終われば、それから少しして台風シーズンだし、天候に関しては厳しい季節が続く。
ダーン!と、火縄銃の発砲する音がする。ふと、それを眺めていた利吉が何かを思いついた顔になって澪の方を見た。
「そう言えば、対銃火器の訓練をしてるんだよね伝助くん。何だったら、佐武衆の人に手伝ってもらったらいいんじゃないか?」
「それはそうかもだけど、合戦前だよ。迷惑をかけるから、付き合ってもらうのは流石に……」
何を言い出すかと思えば。男装姿の澪は、女っぽい言葉遣いにならないよう気をつけつつ、キラキラした目で見てくる利吉にため息を付きそうになった。
その時である。
「ーーいいのでなはないか?」
叢から利吉と澪に向かって近付く気配と聞き覚えのある声。澪達は勿論、訓練の指揮をしていた昌義も気付いて、そちらを向いた。
「父上」
「山田先生」
「二人の様子を見るに、今の所は大丈夫そうだな」
伝蔵がやって来た。深く被った笠を外し、現れたその顔に利吉と澪が笑顔を向けると、伝蔵も目を細めて笑みを浮かべた。渋いおじ様である。
「おお、山田先生!よくぞ来られました」
「訓練中にお手を止めてしまい申し訳ありませんな、昌義殿」
「なんのなんの。むしろ、わたしのために来てもらい感謝します」
伝蔵と昌義が挨拶を交わす。面識はあるようだ。
「昌義殿、もしよければこの子に対銃火器の訓練をしてもらえませんか。佐武衆にとっても、良い経験になるやもしれませんぞ」
「ほう、澪さ……じゃなかった、伝助殿の?」
澪の方を見て首を傾げる昌義。ただ、興味はあるようでややあって頷いた。
「承知した。我らは何時でもいいから、準備が出来次第始めるとしよう」
「おおっ、やったね伝助くん!!」
だから何で利吉がそんなに嬉しそうなんだ。
ツッコミしたいのを我慢しつつ、外堀が埋められてしまったのもあり、澪はあれよあれよと銃火器の訓練をする事になったのだった。
「隠れるような場所は叢と、所々生えた木か。だが、戦となるとーー」
「隠れる場所は増えるわね。塹壕だって掘られるだろうし」
澪と利吉は木の上に隠れて、地上を見下ろしていた。なお、枝が折れてしまうかもしれないため、持ってきた双錘は近くに隠してある。
偵察者が他にも見かけられた。誰の手の者かは分からない。チャミダレアミタケかもしれないし、今回の戦の相手であるサンコタケ城の手の者かもしれない。
利吉曰く、サンコタケは好戦的な城でヘボ忍者が多く、チャミダレアミタケと仲が悪いらしい。
チャミダレアミタケは、戦上手で無敗の城でもある。城主の茶乱網武が強く、周辺諸国はエゴノキタケ城を除いて敵対関係にある。それもあって、忍術学園に対して友好的な城だ。
既に勝敗はついているような戦ではあるが、だからこそただでさえ強いチャミダレアミタケに今回の戦で雇われている佐武昌義を、サンコタケが暗殺を得意とする忍者を雇って狙う可能性が考えられた。
あるいは、佐武昌義を邪魔だと考える全く別の何者かの手による可能性もあった。
「ここに居ても収穫は少なそうだな。暗くなる前に、佐武衆と合流しよう。チャミダレアミタケ城下の屋敷に滞在中だ」
「それはいいけれど、先方はわたしが女だって知ってるの?」
「勿論。実は直前にあった戦闘訓練の時に、佐武衆の人が澪さんを見に来ていたんだよ。先生方を圧倒する力を見て、女人と言えども実力に憂いなしって事で歓迎してくれているよ」
「……それはそれは」
招いたのは学園長だろう。あの場にドクたまとその引率教師が居たことは把握していたが、まさか佐武衆の人間が偵察に来ているとは思いもしなかった。
「何だか佐武衆やドクたま以外にも、見てた外の人達が居そうね」
「だと思うよ。まぁ、澪さんが戦っているのを見るのに夢中で、流石に佐武衆とドクたま以外は外部の人間で誰が見ていたのか、知らないけどね」
確かに。
くのたま達や伊作達と一緒に盛り上がっていた利吉を思い出す。
「そういうわけだから、心配はいらないよ」
にこにこ笑う利吉。まぁ、佐武昌義は頭領なのだし、女だからとどうしようもない理由で差別するような器の小さい人間ではなかろうと想像は出来る。澪は利吉の言葉に頷くのだった。
それから、チャミダレアミタケ領に向かい佐武衆の滞在場所である屋敷を目ざした。
辿り着くと立派な門扉のある屋敷で、如何に茶乱網武が佐武衆を大事に扱っているか分かる待遇である。
門の所には数名程警備の者がおり、利吉が懐から書状を取りだし手渡すと中を改められた。
「案内の者を呼んでくるので、少しお待ちを」
そう言って、警備の者が屋敷に人を呼びに戻ると程なくして、黒い忍び装束を着た能面のような顔の男性が出てきた。
黒の忍び装束に、色白の顔が非常に印象的である。
「お待ちしてました。わたしの名は照星。頭領の所までお二人をご案内しましょう」
「お名前は存じ上げております、初めまして照星殿。わたしは山田利吉です、こちらは伝助と申します」
この人が、虎若や三木ヱ門から慕われているという照星か。非常にいい声である。ぶっちゃけ、声が凄く澪好みだ。
名前だけ知っている凄腕の狙撃手に澪は笠を脱いで静かに一礼した。現れたる華の顏に、軽く照星は目を見張るも澪の事を既に知っているのだろう。
伝助の名前に違和感を示すでもなく、ただ静かに頷いた。
「頭領はあちらです。さぁーー」
利吉と澪は、照星に案内されて屋敷の中へと進んだ。佐武衆の本拠地は紀伊にある。
本拠地に幾らか人を残してはいると思うが、屋敷の中には佐武衆達が多くおり、彼等は戦を控えた戦士の顔をしている。そのせいもあって、屋敷の中は物々しい。
澪達が連れて行かれたのは、中庭だった。整えられた庭園を臨む縁側に、一人の男が腰掛けている。歳の頃は、四十前後。浅黒い肌に男らしい顔つきと体つきをしたその男性こそが、佐武昌義その人だと言われずとも分かった。
利吉と二人、自然と頭を垂れると佐武昌義がこちらを向いた。
「おお、来たか。待っていたぞ!山田先生のご子息の利吉殿に、学園長先生の秘書の澪さん。変装中は何と呼べばよいのだ?」
「……伝助と、お呼びください。佐武様」
「佐武の姓は隊の者にもいる。故に、わたしの事は昌義と呼んでくれ。様も要らん」
「はい、昌義殿」
気さくな人らしい。利吉と澪を好奇心旺盛な様子を隠さずに、まじまじと見ている。
「利吉殿は何でも一年は組と関わる事も多いとか。虎から話を聞いた事が何度かある。世話になっているな」
「虎若くんは、素直な良い子ですよ。火縄銃の腕もある。将来は昌義殿のような立派な大人になるでしょう」
虎若の事を利吉が褒めると、昌義の顔が喜色満面になる。子を褒められて喜ばない親はいない。
「さて、ここで話すのもなんだ。茶と菓子を用意してあるから、中で話そう。照星殿もどうだ?」
「では、お言葉に甘えまして」
縁側から、中の部屋に入るよう促されたので草履を脱いで上がる。その際、外に双錘の箱を置いて行こうとすると、昌義がしげしげと大きな箱を見てきた。
「それは、ひょっとして学園での戦闘訓練で使った武器か?」
「あ、はい。双錘といいます」
「後でそれを扱っている所を見せてくれぬか」
キラキラした目で見つめられた。傭兵達を率いる頭領とは思いもよらぬ、子どものような表情が一年は組の虎若と被り、親子の共通点を見た気持ちになる。
「いやー、最初に利吉殿から貴女の事を聞いた時は正気かと思ったのだが、学園長から秘書の戦闘訓練をやるから様子を見に来ないかと言われてな。戦が近いから、わたしは行かなかったのだが、代わりに若い奴を一人学園に行かせたんだ。そしたら、その秘書が学園の先生方を倒したと言うじゃないか。これは、是が非でも会わねばと思ってな!」
ワクワクとしている昌義。その隣に静かに座る照星が見かねたのか咳払いした。
「んんっ、昌義殿。その前にお二人に合戦当日の説明を」
「おお、そうだった。これを見てくれ、合戦場の見取り図だ。おそらく、山を背にサンコタケが陣取り、チャミダレアミタケが迎え撃つ事になると予想される。軍議では、我々は鶴翼の陣になるのではという事らしい」
鶴翼の陣とは、V字の布陣であり左右から敵軍を挟撃するのに向いている守りの陣である。
「サンコタケ相手に兵を余り消耗したくないというのが、殿様のご意向らしい。相手が撤退するまで、適当にすり潰すとの事だ」
「成程……」
地図を見下ろしつつ、利吉が目を細める。今回、チャミダレアミタケが佐武衆を使いたい事といい、鶴翼の陣を敷く思惑といい、自軍の兵を消費したくない意思が見て取れた。
「我々は東側を任された。西側はチャミダレアミタケの銃撃隊が努める予定だ」
トン、トン、と昌義の指先が鶴翼の陣を想定してか、地図の上でV字を描きその先端を叩く。
「露払いともなる銃撃戦が終わったら、その後は少し下がって敵陣を後方から大砲で威嚇する事になるが、敵味方が着弾付近で入り乱れて乱戦となる場合は、味方を巻き込まないためにも、近付いてくる敵を狙撃する事になる」
「頭領の護衛にはわたしが就く予定です。お二人には、周辺の監視を頼みます」
昌義と照星の言葉に、利吉も澪も静かに頷いた。
「その事ですが、明日に父が合流予定です。二日後には土井先生と交代予定となっています」
「ーー何と、利吉殿から話はあったが本当に来てもらえるとは。虎が世話になっている先生方だ。見苦しい所は見せれぬ。此度の戦に一層の気合いが入るという物よ」
伝蔵と半助の事を伝えると、昌義が嬉しそうに顔を綻ばせた。機嫌がいいのか、膝を叩いている。
「さぁ、堅苦しい話はこれまでだ。チャミダレアミタケで美味いと評判の店の菓子だそうだ。皆で食べようではないか」
そう言って、昌義は皿に乗った菓子を進めてくれた。小振りの白い饅頭だ。勧められるままに一口食べると皮がしっとりしている。思わず、澪は目を細めた。
「薯蕷饅頭ですね。とても美味しいです」
殿様等へ献上される上等の饅頭である。品のいい甘さに口当たりのいい味わいが奥深い。茶を飲むと甘さがリセットされて、また一口齧りたくなる絶妙な味をしていた。
チャミダレアミタケで評判が良いのも頷ける話だ。
「はは、そうしていると男の格好をしていても女子だな」
澪の満足そうな顔を見た昌義が、楽し気に笑った。
「昌義殿、どこで誰が聞いているとも分かりません。伝助殿の事は余り言わない方が」
「む、それもそうか。失礼した」
「いえ、大丈夫です。多分、わたしが力持ちだと分かれば皆様に男だと思ってもらえると思うので」
怪力美少女よりも、怪力美少年の方が周囲の理解が得やすいので、そう口にすると昌義と照星が顔を見合わせていた。
「さて、食べ終わりましたし、よろしければ武器を扱っている所をご覧になりますか?」
饅頭を平らげ、一息ついた所で二人に提案すると昌義は勿論のこと、興味があるのか照星も頷いた。利吉はと言うと、知っているはずなのに何やら楽し気な様子であった。
それから、澪は中庭で持ってきた双錘を持って軽く振り回したりした。利吉にどうせなら、昌義のために舞をしたらどうかと言われ、昌義と照星からの期待の眼差しもあり、仕方なく前にもやった舞を適当に踊った。
すると、通りがかりに見かけたらしく昌義達以外の佐武衆の人間がわらわらと沸いた。舞に来たわけじゃないのに、手拍子までされてしまい終わる頃にはそれなりの人から拍手喝采があった。別に芸人ではないのだが。
「これはいい物を見たなぁ」
「美少年の舞とは幸先がいいなっ」
等と、絶賛されて妙に照れくさい。澪は軽く一礼した後でそそくさと、双錘を箱に仕舞ったのだった。
その日は、夜になり澪達を歓迎してちょっとした宴席が設けられた。とは言っても、万が一に備え酒は出ず、代わりに佐武衆の人間が採ってきたという穴熊や真鴨に猪等の色んなジビエが供された。
このなんちゃって戦国のいい所は、食事事情が澪の世界の戦国時代より遥かに優れている所である。貴重な醤油や砂糖が割と手に入りやすく、戦国時代にはないはずの野菜や果物等もある。お陰様で、宴の豪勢なメニューを美味しく平らげた。
佐武衆から、歓待を受け利吉も澪もその日は楽しく夜を迎えた。
が、ここで微妙な問題が生じた。
今晩はここで眠るように、と案内された部屋は澪と利吉が共に使うようになっていたのだ。
澪が女性である事は、佐武衆のごく一部の者しか知らない。そのため、同性だからいいだろうと広めの部屋が用意されたのである。
ちなみに、伝蔵や半助が合流した後、屋敷に泊まるとなると同じ部屋を使う予定である。
部屋の中は衝立が一枚あるものの、年頃の男女が同室である。澪も利吉も互いに恋愛感情はないが、二人きりというシチュエーションに澪ではなく、まさかの利吉が焦っていた。
「っ、ま、まさかこんな事になるとは……!澪さん、わたしは物置ででも移って一人で寝るよ」
「それじゃ、身体が休まらないでしょ。衝立もあるんだし、ここで寝て利吉くん。でないと、わたしが安心して眠れないから。大体、鵺退治の時には同じ小屋で過ごしてたじゃないの」
「その時は、他にも人が居たじゃないか」
利吉が焦るには訳がある。兄貴分と慕う半助が居ると言うのに、幾ら澪に対して恋心がないとはいえ二人きりの部屋で一晩過ごすのは気が引けた次第だ。
仮に己が半助の立場だったとしたら、気が気ではない。想い人が若い男と二人きり、同じ部屋で夜を過ごすなど……。せめて、明日以降なら伝蔵か半助が居るからマシなのに、と思っていたりした。
「利吉くんがわたしを襲うならともかく、女に不自由してなさそうなのに何の心配がいるの?」
「……あのね澪さん、そういう事は思っても年頃のお嬢さんが言っちゃいけない事だよ。そんな所も男前なんだね、君って人は」
いかにも慎ましやかな美少女なのに、明け透けに物言う澪に利吉がツッコミした。怪力といい、外見とのギャップが酷い澪を前に苦笑いしている。
「それに、わたしも利吉くんを押し倒して物にしようと思ってないのだし問題ないじゃない」
「だからそんな事言っちゃいけないって……。所で、参考までに聞きたいんだけど、澪さんって好きな男性なら押し倒すの?」
「本気で好きなら頑張るわよ。押し倒すくらいするかもね、浮気防止も兼ねて。母上からこれでも、色々教わったのよ」
前世の知識や経験もあるし、男を落とし繋ぎ止める手練手管は百戦錬磨の母からレクチャーされている。
処女でこそあるが、そんなわけで純真可憐且つ清純な乙女とは程遠い。
ふふ、と笑い態と母直伝の男殺しと言うらしい眼差しーー習得するまでに、数年かかったそれを利吉に披露してやると、びくっ!とその肩が揺れた。
「……くっ!」
利吉がぐっ、と眉根を寄せて何かを堪える顔をした。
「澪さん、その目線はやばいっ。ゾクッとして落ち着かないから、普通にしてくれないか」
「ふふ、了解」
流石は母直伝の眼差し。落とす所までは行かずとも、動揺させる事くらいは出来たらしい。利吉はふぅ、とため息を吐いた。
「澪さんの夫になる人は大変そうだ」
「そう?わたしは、酒と賭け事に女遊びをしない真面目な夫だったらいいと思ってるだけなのに」
「それはどんな女性でも思ってる事じゃないのか」
「ええ、そうよ。だから、そうじゃない男はお断りよ。本気で好きな男に浮気なんてされた日には、手が出ちゃうと思うし。可愛さ余って憎さ百倍よ。ボコボコにしそうだから」
てへ、と可愛く笑う澪だが、澪の怪力でボコボコになんてしたらあの世に逝きかねない。ちなみに、澪は好きな人が浮気をした相手ではなく張本人を〆たいタイプである。
ある意味で男らしい澪のやり方に、利吉の顔が引き攣りかけていた。勿論、澪が知った事ではないが利吉のその表情は兄貴分の半助を思っての事である。
「まぁ、わたしの母上なんかは好きな男に浮気されたら百倍返しって言ってたけど。自分の魅力で改めて惚れさせて浮気相手の女を男が切った所で、思いっきり捨てるって言ってたなぁ……」
「別の意味で恐ろしいな」
「でも、男の人にはそれが一番きくって言ってたよ。それでいくと、殴るよりは時間がかかるけどダメージは大きいよね。あー、本気で好きな男の人なら、好きだった分だけにあっさり終わらせたくないからなぁ。わたしもそっちの方がいいのかな。悩むなぁ」
「…………」
利吉が無言になった。見ると、何やら難しい顔をして腕を組んでいる。どうしたのだろうか。
「澪さんは、とても素敵だけど怒らせたら色んな意味で怖い女性だね」
「あら、そう?」
「惚れた男は、きっと澪さん以外の女なんて見向きもできなくなるんだろうね」
「ふふ、そうなってもらわないと困るわ。わたしは、母上みたいに色んな男性と再婚はごめんだもの」
笑う澪に利吉は複雑そうな表情になった。推しではあるが、異性として考えると澪は己の思い通りにはならぬ容易ならざる女であると確信し、半助の事を色々考えての事であったが、澪からするとその半助は利吉を好きだと思っていたりする。
ーーまさしく、容易ならざる女である。
「さて、じゃあわたしは衝立の奥を使うから利吉くんは手前でよろしく」
「……了解したよ。部屋を出ていてほしい事があったら、言ってくれよ。そうするから」
「はいはい」
澪は利吉の言葉に頷く。ちなみに、既に桶と湯を貰い、澪の身体は清めてある。流石に男所帯のため風呂に入るのは我慢だ。なので、今日はもう寝巻きに着替えて就寝予定である。
澪は利吉を異性として見ていないので、とっとと浴衣に着替えて眠ったのだが、その利吉は半助への妙な後ろめたさから、澪が浴衣に着替えてる間、必死に布団を被っていたりした。
そして、その翌日。
澪と利吉は、佐武衆の訓練を見に同道する事となった。暗殺者が合戦場以外の場所で昌義の暗殺をする可能性もあると考えて、油断せず周囲の捜索や調査を兼ねての事である。
普段から練習は怠っていないが、戦が近いため的に向かって撃つ訓練を城下町から離れた場所で、行うのだという。
しかも、馬防柵に見立てたと思われる障害物を並べ、その間から的に撃つ訓練だった。見応えがあり、見ていて飽きない。
「昨晩から、サンコタケが塹壕掘りや馬防柵の配置を始めたらしい。同じくチャミダレアミタケ側も合戦の準備中だそうだ。これが終わったら、後で様子を見に行こう」
「分かった」
「酷い雨が降らなければ、明日か明後日に合戦になるだろうな」
利吉の言葉に澪は頷いた。
昨晩の雨のためか、地面が少しぬかるんでいた。塹壕は掘りやすかろうが、雨降りが続くと合戦当日は転ぶ者がいるかもしれない。笑えない話しだが、戦慣れしていない者だと、転んで己自身や味方の槍に刺さって死ぬなんて事もあるのだ。
それに雨が合戦中に降れば、火薬が使えなくなる。その場合、佐武は後方に下がるだろうし、戦が一日では決着がつかず、長引く可能性も出てくる。天気予報のニュースが恋しい。近畿地方が梅雨入りしたか否か、とても気になる所だ。梅雨が終われば、それから少しして台風シーズンだし、天候に関しては厳しい季節が続く。
ダーン!と、火縄銃の発砲する音がする。ふと、それを眺めていた利吉が何かを思いついた顔になって澪の方を見た。
「そう言えば、対銃火器の訓練をしてるんだよね伝助くん。何だったら、佐武衆の人に手伝ってもらったらいいんじゃないか?」
「それはそうかもだけど、合戦前だよ。迷惑をかけるから、付き合ってもらうのは流石に……」
何を言い出すかと思えば。男装姿の澪は、女っぽい言葉遣いにならないよう気をつけつつ、キラキラした目で見てくる利吉にため息を付きそうになった。
その時である。
「ーーいいのでなはないか?」
叢から利吉と澪に向かって近付く気配と聞き覚えのある声。澪達は勿論、訓練の指揮をしていた昌義も気付いて、そちらを向いた。
「父上」
「山田先生」
「二人の様子を見るに、今の所は大丈夫そうだな」
伝蔵がやって来た。深く被った笠を外し、現れたその顔に利吉と澪が笑顔を向けると、伝蔵も目を細めて笑みを浮かべた。渋いおじ様である。
「おお、山田先生!よくぞ来られました」
「訓練中にお手を止めてしまい申し訳ありませんな、昌義殿」
「なんのなんの。むしろ、わたしのために来てもらい感謝します」
伝蔵と昌義が挨拶を交わす。面識はあるようだ。
「昌義殿、もしよければこの子に対銃火器の訓練をしてもらえませんか。佐武衆にとっても、良い経験になるやもしれませんぞ」
「ほう、澪さ……じゃなかった、伝助殿の?」
澪の方を見て首を傾げる昌義。ただ、興味はあるようでややあって頷いた。
「承知した。我らは何時でもいいから、準備が出来次第始めるとしよう」
「おおっ、やったね伝助くん!!」
だから何で利吉がそんなに嬉しそうなんだ。
ツッコミしたいのを我慢しつつ、外堀が埋められてしまったのもあり、澪はあれよあれよと銃火器の訓練をする事になったのだった。
