第9話 忍術学園最強の秘書
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当日の売り物は、今度こそ儲けるために無難にメインは饅頭にした。ドリンクメインだと、途中で厠に行きたくなるのを懸念して買い控えがあるかもしれないと思ったからだ。飲み物も少しは売るが、饅頭が主役である。あとは、筵を小銭でレンタル予定だ。筵のレンタルの方は、しんべヱに手伝ってもらう予定である。
「きりちゃんって、本当に銭儲けしか考えてないよね。言っておくけど、わたしは手伝わないからね。澪さんと先生方の戦いを保健委員の皆と近くで見るんだからっ……!」
朝から準備に張り切るきり丸を前に、呆れきった顔をして見ていたのは乱太郎である。何でも、保健委員委員長の善法寺伊作に誘われて、最近、澪のファン倶楽部の会員になったとかで、澪と教師陣の一戦で金儲けに走るきり丸を余りよく思ってないらしい。
乱太郎にも手伝ってほしかったのにーーなんて言おうものなら、ぷりぷり怒るのは目に見えてるので、笑って誤魔化す。
「いやぁ、銭儲けできる機会をふいにするのはオレのドケチ魂にかけて無理で」
「ぼくも、澪さんと先生達の戦いをおシゲちゃんと見る約束してるから、始まるまでしかお手伝いできないからね、きり丸」
「分かってるって。だから、しんべヱには筵のレンタル頼んでんじゃんか」
準備はばっちりだ。本日の戦闘訓練は午後一番に行われる予定である。昼飯も食べ終わり、あとは試合会場でひと儲けするだけだ。
いざ、出発である。
仕入れた饅頭を売りさばくため、背中には饅頭の旗をくっつける。しんべヱの方は筵である。乱太郎はきり丸をシラケた眼差しで見ていた。乱太郎は饅頭も筵も不要そうだ。残念な事である。
「饅頭ー、饅頭ーはいかがっすかー?」
既に会場には大勢の忍たま達が集い、半助を除く教科担当教師達や、事務の職員の姿もあった。驚いたのは、大木雅之助の姿もあった事だ。時々、農業関連の本を中心に図書室に本を借りに来ては、返却期限ギリギリになる常連でもある大木が、何だって今日の戦闘訓練の会場に居るのか。
「こっちに饅頭くれー」
「はいよーっ、て、いぶ鬼じゃん。何でいんの?」
きり丸は、見覚えのある少年の姿にギョッとした。サングラスをかけ、赤茶色の忍者服に身を包むその姿はドクタケ忍者の卵ーー、ドクたまのものだ。
忍術学園とドクタケ城は、時として敵対する事もあるが、何やかんや交流も多い。なので、ドクたまとも遊んだりする事はあるのだが……。
「いやぁ金吾からすごく強い澪さんって、おねーさんが居るって前から聞かされててさ。今日、その澪さんが忍術学園の先生達と戦うって聞いたら、どうしても見に行きたくて、魔界之小路先生に頼んだんだ。そしたら先生も興味を持たれてね。それで、今日は忍術学園の学園長に許可をもらって、ここに居るってわけ」
いぶ鬼は一年は組の皆本金吾と仲が良く、二人で遊んでいる事もしばしばだ。そのため、金吾からいぶ鬼が澪の話を聞いていても何等不思議はないのだが……。
「へー、って事は……まさか、しぶ鬼達や魔界之先生も居るのか」
「そうだよ。ほら、あそこ」
「あ、本当だ!」
まさかの来客は大木だけではなかった。サングラスをかけた大人と、子どもが三名いる。例え時として敵対する者と言えども、忍術学園は寛容だ。特にドクたま達に対しては、忍たま達との交流を許している。懐が深いというか何というか。
これだけ見物人が多いと、澪と戦う教師陣も大変である。負けるにしても簡単には負けられないから、粘らないといけない。
「ねね、澪さんって凄い綺麗なおねーさんだって聞いたけど、金吾のお世辞じゃなくて本当の事?」
「マジですげぇ美人だし強いぞ。六年生全員素手で倒したんだからな」
「その話は金吾からも聞いたけど……本当だったんだね」
ごくり、と生唾を飲み込むいぶ鬼。そして、きり丸から小銭と引き換えに饅頭を貰うついでに、こっそり耳打ちしてきた。
「実はね、八方斎校長先生がちょっと前にとある忍務で顔がボコボコにされてたんだ。その時の忍務に忍術学園の上級生と、澪さんが関わってるみたいでね。ぼくらがここへ来たのは、興味があるのも本当だけど、校長先生から澪さんの事を調査するよう、命を受けての事なんだ」
「……それ、オレに言っていいのか」
「問題ないでしょ。ここの学園長は、それを分かっててぼく達を受け入れてるだろうし」
まぁ、それもそうか。
学園長は、伝説の忍びと呼ばれる程の人間だ。今は突然の思いつきをする困った老人だが、底がしれない部分もある。ドクたま達を受けいれたのも、単なる思いつきではないと見た。
ざわ、と俄に人集りが騒がしくなった。見ると、澪が来たらしい。人垣の間からその姿が垣間見える。
見ると、いぶ鬼がサングラスを外して澪を見ようと必死になっている。そして、その目を大きく見開いた。
「ーー天女様だ」
いぶ鬼の頬が興奮からか紅潮している。きり丸も澪の姿を見て、いぶ鬼から預かったばかりの小銭がするりと手から落ちそうになったのを慌てて握りしめた。
澪は、見慣れぬ姿をしていた。
おそらくは、明の服なのだろう。見世物小屋の呼び込みバイトをした時、あちらの衣装を着ていた役者の姿を見た事があり、雰囲気が似ているから。
臙脂を基調とした動きやすそうな衣装は、非常によく似合っていた。高く結った髪が、陽の光に照らされている。凛とした美しさに、ほぅと思わずため息が零れそうな程だ。
「どうしよう。あんなに綺麗な人、初めて見た。ドキドキするぅ」
「そうかよ。じゃ、オレは饅頭売りの続きしてくるわ」
なんか腹立つ。
イラッとくる気持ちを誤魔化すために、きり丸は饅頭を売り歩く。まだ試合までには時間があるのだし。見ると、しんベヱが筵を前列の先輩方にレンタルしていた。食満留三郎が、小銭を渡しているのが見える。
さっさと、饅頭を売りきろう。売れ残ると売上がマイナスになるので、きり丸は声を張り上げて一つでも多く売るのを心掛ける。
「饅頭、五つくれ」
「あ、不破先輩じゃないっすか。まいどー!」
「はい、お金。それにしても、ちゃっかりしてるよね、きり丸」
「褒め言葉ですね。いやぁ、今後も定期的にやってくれると助かるんですけど」
実際に定期的に開催なんてしたら、教師陣達からブーイング必須だろう。殺す気か?!と、学園長に猛抗議するに違いない。
「木下先生が、頭抱えてるの初めて見たよオレ。流石は澪ちゃ……じゃなくて、澪さん!」
「勘右衛門、そこ喜ぶ所違うって。そこは、木下先生を応援しないと」
「なら、兵助はそうしろよ。オレはビジュアル的にも澪さん一択だから。オッサンと美少女なら、美少女しか勝たんから」
「ズルいっ。そんなのオレだって、澪さんを応援したいのに!」
哀れ木下、教え子達に応援してもらえないの段ーーと、タイトルが付きそうな五年生二人のやり取りである。
「きゃああーー!!!」
「エル、オー、ブイ、イー!ラブ澪さーん!!」
澪の姿を見たくのた達が、手作りらしい応援グッズを掲げた。見ると、乱太郎も気恥しそうに団扇を振っている。
「……いいなぁ、楽しそう」
ポツリ、と不破がそんな事を口にしたーー本気か。
不破の言葉を聞いた近くに居た不破に変装中の鉢屋三郎が、何かを決めた顔になっている。
「雷蔵、ファン倶楽部に入る時は言えよ。わたしも付き合うから。不破雷蔵ある所に鉢屋三郎ありだから」
何かと色々揃えるのに、必死な様子の鉢屋である。
「てか、あれ利吉さんじゃん。いつの間に入ったんだ」
利吉がファン倶楽部に入っているのを見た竹谷八左ヱ門が、驚いた様子で目を瞬いていた。不破が買った饅頭を、五年生に一つずつ配っている。観戦しながら仲良く食べる気らしい。
「じゃ、ぼくは饅頭売りの続きしてきますねー」
ぺこりと一礼し、饅頭を売るために今度はファン倶楽部の方へ向かった。
「あら、きり丸じゃない。お饅頭なんて売ってるの……?」
「へへ。トモミちゃん、よかったら一ついらない?ドリンクもあるぜ」
「澪さんの戦闘訓練を見るのに、飲み食いしてる暇なんてないわよ」
「……ちぇー」
あてが外れた。トモミの言葉に周りの人間がうんうん、と頷いている。これだけ居るなら、一つくらいは買ってくれてもいいのに。
「試合が始まるまでに食べてしまえばいいさ。きり丸、一つくれ」
「流石、利吉さん!まいどー!」
一つ饅頭を利吉に小銭と引き換えに渡すと、そのままもぐもぐと、あっという間に食べてしまった。ごくん、と男らしい喉仏が饅頭を飲み込んで上下に動く。
「へぇ、結構うまいな。どこの店のだ?」
「秘密です」
「流石はきり丸、ちゃっかりしてるな。頑張って売り捌けよ。あと少ししたら始まるだろうからな」
流石に戦闘が始まると。中々に売れなくなる。それにきり丸も澪と教師陣の戦闘は見たいのだ。
その後も饅頭と少しの飲み物を売り、試合開始直前ぎりぎりで売りきった。最後に学園長が大人買いしてくれたのである。有難い話だ。しんベヱの筵のレンタルも全て終わったらしく、小銭稼ぎは目標達成が出来た。戦闘訓練様々である。
「先生達が来たぞ!」
とうとう教師陣が来た。皆、真剣な面差しだ。両者が揃い、定刻になった事で学園長が前に出て話をした。
「えー、ではこれより予告していた通り、わしの秘書、澪ちゃんと学園の先生方による公開特別戦闘訓練を行う。両者、参ったと言わせた方若しくは相手を戦闘不能にした方が勝ちとする。大怪我をさせるのは当然厳禁じゃ。なお、降参をした者は戦線から離脱すること。最初に澪ちゃんと土井先生が剣術による試合をし、その後に戦闘訓練を行う。澪ちゃんの持つ武器に対し、わしが指名する教師達がそれぞれ相手をすること。戦闘時間はわしが終わりを告げるまでじゃ。それまでに勝敗がつかなければ、両者引き分けとなる」
学園長が簡単なルールを説明する。教師達、という言葉にざわつきがあった。六年生全員と先頭をして素手で倒した澪が、今度は教師陣を複数相手にすると聞いて、予想こそしていたのかもしれないが、忍たま達は驚いたようだ。許可を得て見学しているドクたまや、引率の魔界之もあんぐりと口を開けている。
だが、澪の顔にも教師達の顔にも動揺はない。複数による戦闘行為は互いに想定済みなのだろう。
「では、まずは一年は組教科担当土井先生、前へ。澪ちゃんもじゃ。最初に剣術による試合を行うぞ。両者、木刀を持って試合をするように」
流石に真剣を使った勝負ではないと知って、ホッとする。木刀同士なら、それだけ長く試合を楽しめるというもの。ワクワクしてきた。
「よろしくお願いします、土井先生」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。澪さん」
半助も澪も、それぞれ木刀を構えている。互いの表情は真剣そのもので、思わずきり丸はごくりと生唾を飲み込んだ。
「ふむ。準備は整ったようじゃのーーでは、剣術試合、はじめ!!」
学園長の挨拶と共に空気が変わった。半助と澪が互いを見ながら、ジリジリと間合いを測っている。
最初に仕掛けたのは澪だった。
「たぁーー!!」
澪が凛とした声を発するのと同時に、凄まじい勢いで半助の懐へ入り込むのを、半助は木刀で防いで流す。そしてお返しとばかりに、一振浴びせるのを澪が交わした。たったそれだけの動きなのに、観戦者達は固唾を飲んで見守っている。かくいう、きり丸もだ。
「すげぇ……」
誰かが小さな声で呟くのが聞こえた。カンカン!と二人の撃ち合う音がしている。
「澪さんって、剣術も出来たんだ。凄いなぁ」
聞き覚えのある声が近くでした。見ると、そこには金吾がいる。武士の父親を持つ金吾は、戸部の剣術に酔心しており、そのせいもあってか澪と半助の試合を懸命に見ていた。
「土井先生も凄いよね、きり丸。澪さん相手なのに余裕があるって言うか」
「土井先生が教材以外でまともに戦ってるのって、貴重だよな」
金吾に話しかけられ、きり丸は思った感想を口にした。その言葉に、周囲に居た一年は組の生徒がしきりに頷いている。
「土井先生、剣術結構強くね?」
「いや、普通に強いだろ。そりゃ、戸部先生程じゃないかもだけど」
そんな話がは組の同級生達から聞こえてくる。こんな機会でもなければ、公にならず分からなかった事だろう。上級生達も真剣な顔で二人の剣術試合を見ている。
カーン!と高い音がして、澪の剣が半助によって打ち据えられ、そのまま首にピタリと剣先が向けられた。
勝負ありだ。
「ーー参りました」
澪が降参のポーズを取る。これには、一年は組の全員が盛り上がった。
「土井先生すげー!」
「強いっ。格好いい!!」
半助に対する称賛の嵐に、半助が照れたように頬をかいている。そして澪と向かい合わせになり、互いにお辞儀をして試合終了となった。
パチパチと鳴る拍手。だが、これは前座だとこの場にいる全員が知っている。
「では、少しだけ休憩の時間をとってから、いよいよ戦闘訓練を行う。まずは双錘からじゃ。澪ちゃんと対戦するのは、厚着先生、陽向先生、野村先生の三名となる。その次にまた少し休憩を入れて最後に青龍偃月刀を持った澪ちゃんと、山田先生、土井先生、木下先生で戦ってもらう」
三対一。果たしてそれが不利なのかそうでないのかは分からない。最初が双錘、お次は青龍偃月刀ということなら、それに相対する教師達の分け方も納得がいく。木下も伝蔵も、並々ならぬ実力者だ。特に伝蔵は元戦忍である。半助は先程、実力を示しているし期待が持てそうだ。
そして、短い休憩はあっという間に終わる。
澪が武器の双錘を持って現れ、三名の教師達がその前に立った。危険な戦闘訓練になるため、生徒達は先程よりも下がって見るよう注意がされる。
明の衣装を着ているせいか、明の武器を持つ澪はそれだけで様になっている。衣装効果もあってか、くのたま達のテンションは最高潮だ。そこに乱太郎達、保健委員の姿も混ざっている。
「ーーこれより双錘を持つ澪ちゃんと、先生方による戦闘訓練を行う。武器の使用制限はないが、毒は当然厳禁じゃし、広範囲に被害を齎すような火器の使用も禁止じゃ。では、各々、構えよ」
教師三名の顔に緊張が走る。澪はただ静かに双錘を構えた。
「それでは、はじめ!!」
学園長が声を発するのと同時に、野村が手裏剣を投擲した。だが、当然の如く澪に弾かれる。それに合わせて厚着が鎖鎌を取り出して攻撃を仕掛け、注意を引き付けるのと同時に苦無を手に日向が澪へ仕掛ける。
澪は三方向からの攻撃に晒される。実技担当の忍者三名は、懐から様々な武器を出しては澪へと攻撃をするがその全ては軽やかに避けられていたり、あるいは双錘で叩き落とされ無力化されていた。
流れるような無駄のない澪の動きは、舞い踊るようだ。
ーー綺麗だ。
ふわりと飛び、かと思えば鋭い攻撃を放つ。蝶のように舞い、蜂のように刺す。緩急をつけた見事な動きに臙脂色をした衣装がヒラリと靡いて、視線が奪われる。
それは戦いを見守っている次を控えた半助も同じだったようで、澪だけを食い入るように見つめているのが遠目に見えた。
そんな澪が、三人の教師達の動きに任せるまま防戦一方だった動きから一転したのは、少し経ってからだった。
最初こそ、仕掛けた側の教師陣の方が押しているように見えていたのに、そこからは全く様子が変わってしまった。
鎖鎌を持った厚着が澪の武器に鎖を投げつけ、動きを封じたと思ったら、その鎖がもう一つの双錘によって叩き壊された。地面が衝撃を吸収し、鈍い音を立てたと同時に厚着の元へ澪が凄まじい速さで迫った。厚着が避けようとするが、澪が技を繰り出す方が早かった。
なんと双錘を持ったまま、澪が地を蹴って軽やかに宙返りしたのだ。思わぬ動きに、厚着が動揺するのとそれ故に軌道が読めずに、双錘の一撃をくらって吹き飛ぶのは同時だった。
これに興奮したのは、ファン倶楽部の面々である。利吉と伊作は拳を握りしめる全く同じポーズで、目をキラキラさせている。
「厚着せんせーいっ!!」
一年い組の教科担当、安藤夏之丞が悲鳴を上げた。一人脱落だ。厚着は気絶して伸びていた。安藤が新野と一緒に駆けつけている。一年い組の生徒達の顔が驚愕の視線を澪へと向けていた。
「野村雄三ー、無様な負けを晒すなよぉ!」
「喧しいわァ!大木雅之助ぇっ、何なら貴様がわたしの代わりに澪さんの相手をしてみろー!!」
観客席にいた大木から野次が飛ぶと、途端に野村がブチ切れた。
「わたしを前に、よそ見なんて余裕ですね」
「しまっ……!」
その隙を見逃す澪ではない。高速で野村に攻撃を仕掛ける。野村は何とか全て避けているが、澪の動きに対してついて行くのに限界がきている。
「野村先生っ!!」
日向が援護に向かう。注意を引きつけるために、複数の棒手裏剣を投げるが澪が綺麗に避け、そのせいで日向の投げた物が野村に向かってしまう。
「どぅわあぁーーー!!」
普段からキザな野村から想像もつかない悲鳴を上げ、忍者刀で某手裏剣を叩き伏せる。流石の動きだが、澪の前では致命的な行為だ。
「はっ!」
「ぐはっ?!」
ドゴッ!と音を立てて野村が一撃を食らう。物の見事にその場に泡を吹いて膝をつき気絶した。日向が真っ青になる。せめてもの意地なのか、降参とは言わずにブルブル震える手で苦無を握りしめている。
「忍者殺しだ……」
囁くような声で、きり丸の隣で戦闘を見ていた兵太夫が呟いた。他のは組の忍たま達もうんうん頷いている。目を輝かせる忍たまがいる一方で、ガタガタ震えてる忍たまも居た。主に一年い組の生徒達だ。
そして。
「たぁっーーー!!」
まるで自殺行為のように、日向が全力で澪へと向かって行くがは澪単身で向かって勝てる相手ではない。案の定、まるで玩具のように日向の身体が吹き飛んだ。
「わー、すごいスリルー」
一年ろ組、鶴町伏木蔵の声が微かに聞こえたのと、日向が白目を剥いて昏倒したのは同時だった。ブォン、と空気が震える。澪が双錘を振り払った音だった。そのまま倒れている教員達に向かって綺麗にお辞儀する。
ーー圧勝だ。
「きゃああーー!!!」
「澪さん、澪さん、澪さーん!!」
「好きっ、もう好きぃー!!」
くのたま達が騒がしい。気絶する教員達が教科担当の教師達により運ばれていく中、次を控えた半助、伝蔵、そして木下の顔が厳しい物になっているのが見えた。
何せ、双錘よりも危険度の高い凶器を持った澪である。今の澪の姿は、半助達からすれば天女ではなく鬼女に見える事だろう。
その時だ。
澪が偶然、きり丸の方を見た。目が合ったと思ったら、ふっ、と澪の眼差しが酷く優しい物になり、そのまま微笑まれる。
今、澪が特別にきり丸を見て笑ってくれたのだ。
そう思ったら、身体中が熱を帯びて心臓の音がやけに煩く感じた。何て綺麗で力強いのだろうかと、改めて感じる。
どこからが、誰かの話し声がした。
「澪さんに惚れそうだよ。格好良すぎるや」
それは誰の台詞なのかは分からなかった。だが、惚れる、と言う言葉を聞いて、自分の中でこれまで澪に対して感じていた様々な気持ちに、ひょっとして……と、思ってしまった。
きり丸の中に最初からその気持ちは多分あって、今の今まで類似する感情を感じた事がなかったから、何と呼ぶべきかも分からないその気持ちは、もしかすると名付けられるのをずっと待っていたのかもしれない。
ーー温かで時に熱く、心臓を捕まれそうになる程に時に苦しくなる気持ちの名前は。
「……どうしよう」
ポツリ、と呟く。半助の事は直ぐに分かったくせに、今の今まで自分の方は分からずじまいだったなんて笑えない話だ。でも名前がついた所で、どうしたらいいのか分からない。
「きり丸、顔が耳まで真っ赤だよ。どうしたの?」
「っ、な、何でもない!」
金吾に顔を覗き込まれてたので、慌てて首を振る。掌を頬に当てて熱を覚ますようにしたが、全然、血の気が引いてくれない。そしてとうとう、蹲る。
落ち着け、いつも通りにするんだ。銭の事を考えよう。それでいつも通りになれる。頭の中で小銭の事を必死に数える。学費のために貯めてあるのを頭の中で幾らくらいあったか思い出す。
すると、さっきよりは落ち着いた。
だが、気付いてしまった澪に対する自分の中で育ってしまった気持ちの名前を無かった事にはできそうもなかった。
多分、最初からそうだったのかもしれない。
澪に初めて花売りの娘として出会った時に、何て綺麗な人だろうと思った瞬間に始まってしまったのだろう。
その時から、きり丸はーー多分、澪に惚れていた。つまりは恋をしたかもしれない。
其れは幼いながらも、初めての恋と呼ぶに相応しい、ふわふわとした気持ちだった。
だから、半助の事が面白くなかったのだ。乱太郎達が澪に照れて頬を染めるのも、ムカついたのだ。澪に惚れたから。
名前をつけるとしたら、自分のこの気持ちは多分、そうなのだろうと思った。
だが、きり丸はその幼さ故に、恋と名前をつけるにしても己の気持ちをどうしていいか、どうするのが正解なのか分からなかった。恋なんてした事がないし、そうだったとしても戸惑うだけだ。気付いたはいいが猛烈に照れ臭く、持て余していた。男女の仲の事なんて、知らなくはないが自分と澪の関係に置き換えて想像するのは、まだまだ難しかった。
分かるのは澪が、自分は凄く好きな事。それだけだ。
ただ、澪にきり丸と名前を呼んで自分にだけ優しい笑顔を向けてほしい。例えば自分が大事にしてる銭のように、澪をどこかへしまって隠せたら、どれだけいいかーーそう思う。
確かなのは、今、澪を見るきり丸の眼差しは、半助が澪をじっと見つめる時のものと、そっくりであろうということだけだった。
「きりちゃんって、本当に銭儲けしか考えてないよね。言っておくけど、わたしは手伝わないからね。澪さんと先生方の戦いを保健委員の皆と近くで見るんだからっ……!」
朝から準備に張り切るきり丸を前に、呆れきった顔をして見ていたのは乱太郎である。何でも、保健委員委員長の善法寺伊作に誘われて、最近、澪のファン倶楽部の会員になったとかで、澪と教師陣の一戦で金儲けに走るきり丸を余りよく思ってないらしい。
乱太郎にも手伝ってほしかったのにーーなんて言おうものなら、ぷりぷり怒るのは目に見えてるので、笑って誤魔化す。
「いやぁ、銭儲けできる機会をふいにするのはオレのドケチ魂にかけて無理で」
「ぼくも、澪さんと先生達の戦いをおシゲちゃんと見る約束してるから、始まるまでしかお手伝いできないからね、きり丸」
「分かってるって。だから、しんべヱには筵のレンタル頼んでんじゃんか」
準備はばっちりだ。本日の戦闘訓練は午後一番に行われる予定である。昼飯も食べ終わり、あとは試合会場でひと儲けするだけだ。
いざ、出発である。
仕入れた饅頭を売りさばくため、背中には饅頭の旗をくっつける。しんべヱの方は筵である。乱太郎はきり丸をシラケた眼差しで見ていた。乱太郎は饅頭も筵も不要そうだ。残念な事である。
「饅頭ー、饅頭ーはいかがっすかー?」
既に会場には大勢の忍たま達が集い、半助を除く教科担当教師達や、事務の職員の姿もあった。驚いたのは、大木雅之助の姿もあった事だ。時々、農業関連の本を中心に図書室に本を借りに来ては、返却期限ギリギリになる常連でもある大木が、何だって今日の戦闘訓練の会場に居るのか。
「こっちに饅頭くれー」
「はいよーっ、て、いぶ鬼じゃん。何でいんの?」
きり丸は、見覚えのある少年の姿にギョッとした。サングラスをかけ、赤茶色の忍者服に身を包むその姿はドクタケ忍者の卵ーー、ドクたまのものだ。
忍術学園とドクタケ城は、時として敵対する事もあるが、何やかんや交流も多い。なので、ドクたまとも遊んだりする事はあるのだが……。
「いやぁ金吾からすごく強い澪さんって、おねーさんが居るって前から聞かされててさ。今日、その澪さんが忍術学園の先生達と戦うって聞いたら、どうしても見に行きたくて、魔界之小路先生に頼んだんだ。そしたら先生も興味を持たれてね。それで、今日は忍術学園の学園長に許可をもらって、ここに居るってわけ」
いぶ鬼は一年は組の皆本金吾と仲が良く、二人で遊んでいる事もしばしばだ。そのため、金吾からいぶ鬼が澪の話を聞いていても何等不思議はないのだが……。
「へー、って事は……まさか、しぶ鬼達や魔界之先生も居るのか」
「そうだよ。ほら、あそこ」
「あ、本当だ!」
まさかの来客は大木だけではなかった。サングラスをかけた大人と、子どもが三名いる。例え時として敵対する者と言えども、忍術学園は寛容だ。特にドクたま達に対しては、忍たま達との交流を許している。懐が深いというか何というか。
これだけ見物人が多いと、澪と戦う教師陣も大変である。負けるにしても簡単には負けられないから、粘らないといけない。
「ねね、澪さんって凄い綺麗なおねーさんだって聞いたけど、金吾のお世辞じゃなくて本当の事?」
「マジですげぇ美人だし強いぞ。六年生全員素手で倒したんだからな」
「その話は金吾からも聞いたけど……本当だったんだね」
ごくり、と生唾を飲み込むいぶ鬼。そして、きり丸から小銭と引き換えに饅頭を貰うついでに、こっそり耳打ちしてきた。
「実はね、八方斎校長先生がちょっと前にとある忍務で顔がボコボコにされてたんだ。その時の忍務に忍術学園の上級生と、澪さんが関わってるみたいでね。ぼくらがここへ来たのは、興味があるのも本当だけど、校長先生から澪さんの事を調査するよう、命を受けての事なんだ」
「……それ、オレに言っていいのか」
「問題ないでしょ。ここの学園長は、それを分かっててぼく達を受け入れてるだろうし」
まぁ、それもそうか。
学園長は、伝説の忍びと呼ばれる程の人間だ。今は突然の思いつきをする困った老人だが、底がしれない部分もある。ドクたま達を受けいれたのも、単なる思いつきではないと見た。
ざわ、と俄に人集りが騒がしくなった。見ると、澪が来たらしい。人垣の間からその姿が垣間見える。
見ると、いぶ鬼がサングラスを外して澪を見ようと必死になっている。そして、その目を大きく見開いた。
「ーー天女様だ」
いぶ鬼の頬が興奮からか紅潮している。きり丸も澪の姿を見て、いぶ鬼から預かったばかりの小銭がするりと手から落ちそうになったのを慌てて握りしめた。
澪は、見慣れぬ姿をしていた。
おそらくは、明の服なのだろう。見世物小屋の呼び込みバイトをした時、あちらの衣装を着ていた役者の姿を見た事があり、雰囲気が似ているから。
臙脂を基調とした動きやすそうな衣装は、非常によく似合っていた。高く結った髪が、陽の光に照らされている。凛とした美しさに、ほぅと思わずため息が零れそうな程だ。
「どうしよう。あんなに綺麗な人、初めて見た。ドキドキするぅ」
「そうかよ。じゃ、オレは饅頭売りの続きしてくるわ」
なんか腹立つ。
イラッとくる気持ちを誤魔化すために、きり丸は饅頭を売り歩く。まだ試合までには時間があるのだし。見ると、しんベヱが筵を前列の先輩方にレンタルしていた。食満留三郎が、小銭を渡しているのが見える。
さっさと、饅頭を売りきろう。売れ残ると売上がマイナスになるので、きり丸は声を張り上げて一つでも多く売るのを心掛ける。
「饅頭、五つくれ」
「あ、不破先輩じゃないっすか。まいどー!」
「はい、お金。それにしても、ちゃっかりしてるよね、きり丸」
「褒め言葉ですね。いやぁ、今後も定期的にやってくれると助かるんですけど」
実際に定期的に開催なんてしたら、教師陣達からブーイング必須だろう。殺す気か?!と、学園長に猛抗議するに違いない。
「木下先生が、頭抱えてるの初めて見たよオレ。流石は澪ちゃ……じゃなくて、澪さん!」
「勘右衛門、そこ喜ぶ所違うって。そこは、木下先生を応援しないと」
「なら、兵助はそうしろよ。オレはビジュアル的にも澪さん一択だから。オッサンと美少女なら、美少女しか勝たんから」
「ズルいっ。そんなのオレだって、澪さんを応援したいのに!」
哀れ木下、教え子達に応援してもらえないの段ーーと、タイトルが付きそうな五年生二人のやり取りである。
「きゃああーー!!!」
「エル、オー、ブイ、イー!ラブ澪さーん!!」
澪の姿を見たくのた達が、手作りらしい応援グッズを掲げた。見ると、乱太郎も気恥しそうに団扇を振っている。
「……いいなぁ、楽しそう」
ポツリ、と不破がそんな事を口にしたーー本気か。
不破の言葉を聞いた近くに居た不破に変装中の鉢屋三郎が、何かを決めた顔になっている。
「雷蔵、ファン倶楽部に入る時は言えよ。わたしも付き合うから。不破雷蔵ある所に鉢屋三郎ありだから」
何かと色々揃えるのに、必死な様子の鉢屋である。
「てか、あれ利吉さんじゃん。いつの間に入ったんだ」
利吉がファン倶楽部に入っているのを見た竹谷八左ヱ門が、驚いた様子で目を瞬いていた。不破が買った饅頭を、五年生に一つずつ配っている。観戦しながら仲良く食べる気らしい。
「じゃ、ぼくは饅頭売りの続きしてきますねー」
ぺこりと一礼し、饅頭を売るために今度はファン倶楽部の方へ向かった。
「あら、きり丸じゃない。お饅頭なんて売ってるの……?」
「へへ。トモミちゃん、よかったら一ついらない?ドリンクもあるぜ」
「澪さんの戦闘訓練を見るのに、飲み食いしてる暇なんてないわよ」
「……ちぇー」
あてが外れた。トモミの言葉に周りの人間がうんうん、と頷いている。これだけ居るなら、一つくらいは買ってくれてもいいのに。
「試合が始まるまでに食べてしまえばいいさ。きり丸、一つくれ」
「流石、利吉さん!まいどー!」
一つ饅頭を利吉に小銭と引き換えに渡すと、そのままもぐもぐと、あっという間に食べてしまった。ごくん、と男らしい喉仏が饅頭を飲み込んで上下に動く。
「へぇ、結構うまいな。どこの店のだ?」
「秘密です」
「流石はきり丸、ちゃっかりしてるな。頑張って売り捌けよ。あと少ししたら始まるだろうからな」
流石に戦闘が始まると。中々に売れなくなる。それにきり丸も澪と教師陣の戦闘は見たいのだ。
その後も饅頭と少しの飲み物を売り、試合開始直前ぎりぎりで売りきった。最後に学園長が大人買いしてくれたのである。有難い話だ。しんベヱの筵のレンタルも全て終わったらしく、小銭稼ぎは目標達成が出来た。戦闘訓練様々である。
「先生達が来たぞ!」
とうとう教師陣が来た。皆、真剣な面差しだ。両者が揃い、定刻になった事で学園長が前に出て話をした。
「えー、ではこれより予告していた通り、わしの秘書、澪ちゃんと学園の先生方による公開特別戦闘訓練を行う。両者、参ったと言わせた方若しくは相手を戦闘不能にした方が勝ちとする。大怪我をさせるのは当然厳禁じゃ。なお、降参をした者は戦線から離脱すること。最初に澪ちゃんと土井先生が剣術による試合をし、その後に戦闘訓練を行う。澪ちゃんの持つ武器に対し、わしが指名する教師達がそれぞれ相手をすること。戦闘時間はわしが終わりを告げるまでじゃ。それまでに勝敗がつかなければ、両者引き分けとなる」
学園長が簡単なルールを説明する。教師達、という言葉にざわつきがあった。六年生全員と先頭をして素手で倒した澪が、今度は教師陣を複数相手にすると聞いて、予想こそしていたのかもしれないが、忍たま達は驚いたようだ。許可を得て見学しているドクたまや、引率の魔界之もあんぐりと口を開けている。
だが、澪の顔にも教師達の顔にも動揺はない。複数による戦闘行為は互いに想定済みなのだろう。
「では、まずは一年は組教科担当土井先生、前へ。澪ちゃんもじゃ。最初に剣術による試合を行うぞ。両者、木刀を持って試合をするように」
流石に真剣を使った勝負ではないと知って、ホッとする。木刀同士なら、それだけ長く試合を楽しめるというもの。ワクワクしてきた。
「よろしくお願いします、土井先生」
「こちらこそ、よろしく頼むよ。澪さん」
半助も澪も、それぞれ木刀を構えている。互いの表情は真剣そのもので、思わずきり丸はごくりと生唾を飲み込んだ。
「ふむ。準備は整ったようじゃのーーでは、剣術試合、はじめ!!」
学園長の挨拶と共に空気が変わった。半助と澪が互いを見ながら、ジリジリと間合いを測っている。
最初に仕掛けたのは澪だった。
「たぁーー!!」
澪が凛とした声を発するのと同時に、凄まじい勢いで半助の懐へ入り込むのを、半助は木刀で防いで流す。そしてお返しとばかりに、一振浴びせるのを澪が交わした。たったそれだけの動きなのに、観戦者達は固唾を飲んで見守っている。かくいう、きり丸もだ。
「すげぇ……」
誰かが小さな声で呟くのが聞こえた。カンカン!と二人の撃ち合う音がしている。
「澪さんって、剣術も出来たんだ。凄いなぁ」
聞き覚えのある声が近くでした。見ると、そこには金吾がいる。武士の父親を持つ金吾は、戸部の剣術に酔心しており、そのせいもあってか澪と半助の試合を懸命に見ていた。
「土井先生も凄いよね、きり丸。澪さん相手なのに余裕があるって言うか」
「土井先生が教材以外でまともに戦ってるのって、貴重だよな」
金吾に話しかけられ、きり丸は思った感想を口にした。その言葉に、周囲に居た一年は組の生徒がしきりに頷いている。
「土井先生、剣術結構強くね?」
「いや、普通に強いだろ。そりゃ、戸部先生程じゃないかもだけど」
そんな話がは組の同級生達から聞こえてくる。こんな機会でもなければ、公にならず分からなかった事だろう。上級生達も真剣な顔で二人の剣術試合を見ている。
カーン!と高い音がして、澪の剣が半助によって打ち据えられ、そのまま首にピタリと剣先が向けられた。
勝負ありだ。
「ーー参りました」
澪が降参のポーズを取る。これには、一年は組の全員が盛り上がった。
「土井先生すげー!」
「強いっ。格好いい!!」
半助に対する称賛の嵐に、半助が照れたように頬をかいている。そして澪と向かい合わせになり、互いにお辞儀をして試合終了となった。
パチパチと鳴る拍手。だが、これは前座だとこの場にいる全員が知っている。
「では、少しだけ休憩の時間をとってから、いよいよ戦闘訓練を行う。まずは双錘からじゃ。澪ちゃんと対戦するのは、厚着先生、陽向先生、野村先生の三名となる。その次にまた少し休憩を入れて最後に青龍偃月刀を持った澪ちゃんと、山田先生、土井先生、木下先生で戦ってもらう」
三対一。果たしてそれが不利なのかそうでないのかは分からない。最初が双錘、お次は青龍偃月刀ということなら、それに相対する教師達の分け方も納得がいく。木下も伝蔵も、並々ならぬ実力者だ。特に伝蔵は元戦忍である。半助は先程、実力を示しているし期待が持てそうだ。
そして、短い休憩はあっという間に終わる。
澪が武器の双錘を持って現れ、三名の教師達がその前に立った。危険な戦闘訓練になるため、生徒達は先程よりも下がって見るよう注意がされる。
明の衣装を着ているせいか、明の武器を持つ澪はそれだけで様になっている。衣装効果もあってか、くのたま達のテンションは最高潮だ。そこに乱太郎達、保健委員の姿も混ざっている。
「ーーこれより双錘を持つ澪ちゃんと、先生方による戦闘訓練を行う。武器の使用制限はないが、毒は当然厳禁じゃし、広範囲に被害を齎すような火器の使用も禁止じゃ。では、各々、構えよ」
教師三名の顔に緊張が走る。澪はただ静かに双錘を構えた。
「それでは、はじめ!!」
学園長が声を発するのと同時に、野村が手裏剣を投擲した。だが、当然の如く澪に弾かれる。それに合わせて厚着が鎖鎌を取り出して攻撃を仕掛け、注意を引き付けるのと同時に苦無を手に日向が澪へ仕掛ける。
澪は三方向からの攻撃に晒される。実技担当の忍者三名は、懐から様々な武器を出しては澪へと攻撃をするがその全ては軽やかに避けられていたり、あるいは双錘で叩き落とされ無力化されていた。
流れるような無駄のない澪の動きは、舞い踊るようだ。
ーー綺麗だ。
ふわりと飛び、かと思えば鋭い攻撃を放つ。蝶のように舞い、蜂のように刺す。緩急をつけた見事な動きに臙脂色をした衣装がヒラリと靡いて、視線が奪われる。
それは戦いを見守っている次を控えた半助も同じだったようで、澪だけを食い入るように見つめているのが遠目に見えた。
そんな澪が、三人の教師達の動きに任せるまま防戦一方だった動きから一転したのは、少し経ってからだった。
最初こそ、仕掛けた側の教師陣の方が押しているように見えていたのに、そこからは全く様子が変わってしまった。
鎖鎌を持った厚着が澪の武器に鎖を投げつけ、動きを封じたと思ったら、その鎖がもう一つの双錘によって叩き壊された。地面が衝撃を吸収し、鈍い音を立てたと同時に厚着の元へ澪が凄まじい速さで迫った。厚着が避けようとするが、澪が技を繰り出す方が早かった。
なんと双錘を持ったまま、澪が地を蹴って軽やかに宙返りしたのだ。思わぬ動きに、厚着が動揺するのとそれ故に軌道が読めずに、双錘の一撃をくらって吹き飛ぶのは同時だった。
これに興奮したのは、ファン倶楽部の面々である。利吉と伊作は拳を握りしめる全く同じポーズで、目をキラキラさせている。
「厚着せんせーいっ!!」
一年い組の教科担当、安藤夏之丞が悲鳴を上げた。一人脱落だ。厚着は気絶して伸びていた。安藤が新野と一緒に駆けつけている。一年い組の生徒達の顔が驚愕の視線を澪へと向けていた。
「野村雄三ー、無様な負けを晒すなよぉ!」
「喧しいわァ!大木雅之助ぇっ、何なら貴様がわたしの代わりに澪さんの相手をしてみろー!!」
観客席にいた大木から野次が飛ぶと、途端に野村がブチ切れた。
「わたしを前に、よそ見なんて余裕ですね」
「しまっ……!」
その隙を見逃す澪ではない。高速で野村に攻撃を仕掛ける。野村は何とか全て避けているが、澪の動きに対してついて行くのに限界がきている。
「野村先生っ!!」
日向が援護に向かう。注意を引きつけるために、複数の棒手裏剣を投げるが澪が綺麗に避け、そのせいで日向の投げた物が野村に向かってしまう。
「どぅわあぁーーー!!」
普段からキザな野村から想像もつかない悲鳴を上げ、忍者刀で某手裏剣を叩き伏せる。流石の動きだが、澪の前では致命的な行為だ。
「はっ!」
「ぐはっ?!」
ドゴッ!と音を立てて野村が一撃を食らう。物の見事にその場に泡を吹いて膝をつき気絶した。日向が真っ青になる。せめてもの意地なのか、降参とは言わずにブルブル震える手で苦無を握りしめている。
「忍者殺しだ……」
囁くような声で、きり丸の隣で戦闘を見ていた兵太夫が呟いた。他のは組の忍たま達もうんうん頷いている。目を輝かせる忍たまがいる一方で、ガタガタ震えてる忍たまも居た。主に一年い組の生徒達だ。
そして。
「たぁっーーー!!」
まるで自殺行為のように、日向が全力で澪へと向かって行くがは澪単身で向かって勝てる相手ではない。案の定、まるで玩具のように日向の身体が吹き飛んだ。
「わー、すごいスリルー」
一年ろ組、鶴町伏木蔵の声が微かに聞こえたのと、日向が白目を剥いて昏倒したのは同時だった。ブォン、と空気が震える。澪が双錘を振り払った音だった。そのまま倒れている教員達に向かって綺麗にお辞儀する。
ーー圧勝だ。
「きゃああーー!!!」
「澪さん、澪さん、澪さーん!!」
「好きっ、もう好きぃー!!」
くのたま達が騒がしい。気絶する教員達が教科担当の教師達により運ばれていく中、次を控えた半助、伝蔵、そして木下の顔が厳しい物になっているのが見えた。
何せ、双錘よりも危険度の高い凶器を持った澪である。今の澪の姿は、半助達からすれば天女ではなく鬼女に見える事だろう。
その時だ。
澪が偶然、きり丸の方を見た。目が合ったと思ったら、ふっ、と澪の眼差しが酷く優しい物になり、そのまま微笑まれる。
今、澪が特別にきり丸を見て笑ってくれたのだ。
そう思ったら、身体中が熱を帯びて心臓の音がやけに煩く感じた。何て綺麗で力強いのだろうかと、改めて感じる。
どこからが、誰かの話し声がした。
「澪さんに惚れそうだよ。格好良すぎるや」
それは誰の台詞なのかは分からなかった。だが、惚れる、と言う言葉を聞いて、自分の中でこれまで澪に対して感じていた様々な気持ちに、ひょっとして……と、思ってしまった。
きり丸の中に最初からその気持ちは多分あって、今の今まで類似する感情を感じた事がなかったから、何と呼ぶべきかも分からないその気持ちは、もしかすると名付けられるのをずっと待っていたのかもしれない。
ーー温かで時に熱く、心臓を捕まれそうになる程に時に苦しくなる気持ちの名前は。
「……どうしよう」
ポツリ、と呟く。半助の事は直ぐに分かったくせに、今の今まで自分の方は分からずじまいだったなんて笑えない話だ。でも名前がついた所で、どうしたらいいのか分からない。
「きり丸、顔が耳まで真っ赤だよ。どうしたの?」
「っ、な、何でもない!」
金吾に顔を覗き込まれてたので、慌てて首を振る。掌を頬に当てて熱を覚ますようにしたが、全然、血の気が引いてくれない。そしてとうとう、蹲る。
落ち着け、いつも通りにするんだ。銭の事を考えよう。それでいつも通りになれる。頭の中で小銭の事を必死に数える。学費のために貯めてあるのを頭の中で幾らくらいあったか思い出す。
すると、さっきよりは落ち着いた。
だが、気付いてしまった澪に対する自分の中で育ってしまった気持ちの名前を無かった事にはできそうもなかった。
多分、最初からそうだったのかもしれない。
澪に初めて花売りの娘として出会った時に、何て綺麗な人だろうと思った瞬間に始まってしまったのだろう。
その時から、きり丸はーー多分、澪に惚れていた。つまりは恋をしたかもしれない。
其れは幼いながらも、初めての恋と呼ぶに相応しい、ふわふわとした気持ちだった。
だから、半助の事が面白くなかったのだ。乱太郎達が澪に照れて頬を染めるのも、ムカついたのだ。澪に惚れたから。
名前をつけるとしたら、自分のこの気持ちは多分、そうなのだろうと思った。
だが、きり丸はその幼さ故に、恋と名前をつけるにしても己の気持ちをどうしていいか、どうするのが正解なのか分からなかった。恋なんてした事がないし、そうだったとしても戸惑うだけだ。気付いたはいいが猛烈に照れ臭く、持て余していた。男女の仲の事なんて、知らなくはないが自分と澪の関係に置き換えて想像するのは、まだまだ難しかった。
分かるのは澪が、自分は凄く好きな事。それだけだ。
ただ、澪にきり丸と名前を呼んで自分にだけ優しい笑顔を向けてほしい。例えば自分が大事にしてる銭のように、澪をどこかへしまって隠せたら、どれだけいいかーーそう思う。
確かなのは、今、澪を見るきり丸の眼差しは、半助が澪をじっと見つめる時のものと、そっくりであろうということだけだった。
