第9話 忍術学園最強の秘書
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ーー結論、澪は矢張り最高である。
利吉が現代で言うファン心理から、改めて自らの推しの素晴らしさを確信したのは、鵺退治以来、澪との再会を果たして直ぐの事であった。
咲き初める花の如き可憐な容姿からは想像もつかぬ、仰天すべき怪力というギャップは見る度に胸打つ物がある。
忍術学園の学園長がプレゼントしたという二つの長大な武器は、そんな澪にピッタリだった。
一つは青龍偃月刀。
三国志では忠義の武将として知られる関羽が使用したとされる武器のレプリカは、好事家からの流れ物ということで凄まじい再現度であった。同時に、これは見て楽しむだけでは確かに持て余す逸品だと思った。
持つだけで一苦労しそうなその武器を澪が軽々と扱うのを見た利吉は、素直に感動した。何て力強くて美しいのだーーと。
双錘にしてもそうだ。片手で持てるような重量ではないのに、木の枝でも振り回す澪の動作に息を呑んだ。
ドキドキした。
決して恋愛的な意味ではなく、現代日本的に言うなれば推しのプロ野球選手が、ホームランを決めた時のようなドキドキだ。
母の手紙を父に届けに行った先で、まさか澪と鉢合わせして、そこから澪の訓練に付き合えるなんて思いもしなかった。父の伝蔵は、澪との戦闘訓練があると渋い顔をしていたが、澪の活躍を見られるなら多少、父が怪我をしようともそれはそれ。
大怪我さえしないなら問題無しである。
学園への滞在許可を得た利吉は、推しの澪の活躍に貢献すべく真面目に対忍者の訓練をしていた。父親の伝蔵からすれば、まさに敵は本能寺にあり状態だーーなんちゃって戦国時代なだけに。利吉の兄貴分な半助も、弟分の行為には内心で悲鳴を上げていたりするのだが、利吉からしたら澪の訓練に付き合う方が大事だ。
澪が流麗に武器を振り回せば、それはさながら演武のように勇壮で力強い光景となる。華奢な身体から底知れぬ力が発揮され、目の前に現実の物として現れる奇跡に興奮せずにはいられないのだ。
素晴らしい事に、忍術学園には澪のファン倶楽部があった。惜しむらくは、一桁代の会員番号を獲得できなかった事だが、語り合える者が出来たのは非常に喜ばしい事である。
澪の素晴らしさに惹かれるのは己だけではないと確信して、流石は澪だと感心した。否、この場合はファン倶楽部を作ろう決めた者達か。
利吉がファン倶楽部会員になって大喜びしたのは、くのたま達である。たまに顔を出す事があるとはいえ、接触の機会が差程にあるわけではないプロ忍の利吉を、一同、会員仲間として大歓迎してくれた。
そして。
利吉は澪について誰かと語り合えるだけでも嬉しい所、その澪を招いてのお茶会と言う、素晴らしいイベントに誘われる好機に恵まれ、テンションが爆上がりした。
本日の天気は晴れ。
午前に澪の訓練を終えた利吉は、澄んだ青空の下でファン倶楽部のメンバーの一人として、活動を満喫していた。
「澪さんのあの時の格好良さと言ったら……!」
「凄いスリルでしたー」
「分かるよ二人ともっ。わたしもその場に居たかった。山賊をボコボコにする澪さんが、見たかったな」
忍たま六年生の善法寺伊作と、一年生の鶴町伏木蔵と会話しつつ、ピクニックよろしく原っぱに広げた筵の上で茶と菓子を食べる。
「まさか、利吉さんがファン倶楽部に入ってるなんて思いもしませんでした」
「そう言う乱太郎も。というか、保健委員全員入っているとは」
「伊作先輩達に誘われて……それに、わたしも澪さんが好きなんで」
最初はくのたま達と山本シナだけで発足した澪のファン倶楽部は、今や忍たま達も入っている。利吉に話しかけられた乱太郎が、照れたように頬を赤くして笑った。
皆から好意を集めている澪はと言うと、くのたま達に囲まれて話をしている。どうやら、ひと段落ついたらしく切り上げて、こちらへやって来た。
「随分と、楽しそうですね。利吉くん」
「そりゃあね!澪さんの事を語り合えるなんて、こんないい日はないさ」
正直に答えると、澪が困ったように笑う。むず痒いとでも思っているのかもしれない。だが、決して澪はファン倶楽部のメンバー達に怒ったりはしないし、こうして付き合いすらしている。その優しさもまた、澪が人気となる証である。
「保健委員全員が、まさかファン倶楽部に入っているとは……」
「用があって今日は来てないけれど、二年生の時友四郎兵衛、四年生の斉藤タカ丸もいるし。あと五年生の不破雷蔵が迷ってる感じかな。でも、ぼくの予想では、そのうち入る気がしてるよ。付き合いで、鉢屋三郎も入るんじゃない?」
「わぁ、着実に増えてるぅ」
伊作の回答に澪が、遠い目になっていた。三年生の三反田数馬がそんな澪に、おずおずと話しかける。
「ぼくは影が薄くて澪さんに憧れて倶楽部に入りました。いつか、澪さんのようにファン倶楽部が出来るような、存在感のある人気の忍たまになります!」
「数馬くんはそういう動機ですか。目立つのって、忍者としてはあんまりよくないと思うんですけどね」
「ぼくは、一人だけ保健委員で入らないのも嫌だったんで。あと、澪さんの事は尊敬してますから」
「ありがとうございます、左近くん」
保健委員である三年生の三反田数馬と二年生の川西左近の発言に、澪が苦笑いしながらも二人の頭を撫でた。
身近で澪に微笑まれた子ども達は照れたのか、それぞれ耳まで赤くなって頷いていた。
恋ではない。
だが、憧れを抱く対象として澪はちょうどいいのだ。憧れというものは、いつか幻想になる事が多い。だが、澪は幻想でなんて終わらせない力強さがあり、むしろびっくり箱のように飽きさせる事もなく次々とネタが出てくるのだから驚きだ。
一体、君は何者なんだい?と、心の中で問いかける。澪を知れば知るほど尽きぬ興味に魅了され、その存在を近くで見る興奮が止まらない。
下手な恋より余程に情熱的な感情だ。何かの弾みで恋になるのかと問われれば、そうなるのかもしれない。だが、仮に恋をしても利吉は蓋をして、その感情は育てないだろう。
半助が澪へ強く恋慕している以上は。
以前に見た時より半助と澪の仲は進展していた。恋人でこそないが、友人にはなったようなそんな関係だ。六年生の一人、七松小平太もまた澪へ恋をしているらしいと何となく分かったが、半助と果たしてどちらが恋の鞘当に勝つのやら。
半助が勝てばいいのだけれど。
そうでなかったらーー、と考えると半助が心配でもある。そのくらい、半助は澪に惚れていると分かったからだ。実らなかった場合、その恋慕が簡単に枯れてくれると思えなかった。
そろそろ、応援してあげてもいいのかもしれない。とはいえ、ファン倶楽部にも入った以上は、澪を優先する事も多いだろうが。
兄貴分と慕う半助の恋路を応援しつつ、一方では推し活をやりたい利吉は、秀麗な面差しの下に複雑な葛藤を隠すのだった。
+++++
「澪さん、今日のファン倶楽部のお茶会でよかったら新しい武器を使った舞を披露してくれないかしら」
朝食を一緒に食べていると、そんな打診がシナからあった。
「舞ですか……出来なくはないとはおもおますが、そんなに綺麗にできる気がしません。お目汚しでは?」
「武器を振って、ポーズを取るだけで十分よ。澪さんがやる事に意味があるの。何より、わたしが見たいの。きっと、素敵だわ!」
今朝のシナは若い美女の姿だ。
ふふっ、と溌剌とした笑顔を向けられてお願いされると断り辛かった。まぁ、例えシナが老女の姿であったとしても断り辛かったろう。
日頃からシナとはよく話すし、同性というのもあって気の許せる職場仲間でもある。シナは何かと気遣ってくれるし、日頃から世話にもなっており、だからこそ、これからも仲良くしてほしい人なのだから。
そんなわけでシナの頼みを引き受けた澪は、利吉との訓練を終えて午後からのお茶会で、ファン倶楽部の面々の前で、それぞれの武器を使って舞をする事になった。
シナは勿論の事、これにはファン倶楽部の面々も大喜びであった。まさか、保健委員全員が倶楽部メンバーの仲間入りを果たしているとは知らなかったが、委員長の伊作が入っているのだし、芋づる式のような物だろう。
「えー、では今からシナ先生からご要望もありましたので、舞わせていただきます。舞というよりは、色んな動きを一人でする形になると思いますので、拙いかもしれませんが皆さん、楽しんでください」
正直、見物人が多いのは落ち着かないが訓練ではないので、まぁ良しとする。後日、この事を知ればきっと小平太をはじめ、他の忍たま達や何なら学園長からも見せてほしいと要望が出そうだなと思ったり。
舞なんて、扇子片手に簡単な物を習得したくらいだ。それも赤間関にいた頃に一時傍に仕えた姫君に、請われて見せたに過ぎない。
だから本格的には知らない。なのでこれから澪が見せるのは、利吉と一緒に訓練をする中で身につけた動きを、ウケるために多少大袈裟にする程度だ。現代日本での記憶から、サーカスや雑技団の動きを取り入れて、派手にそして過激にを心得る。
「まさか、ファン倶楽部に入って澪さんの舞が見られるなんて……。他のは組の皆んなも誘わないと!」
何やら乱太郎がキラキラした眼差しで見ている。ちょっと面映ゆい物があるが、頼まれた以上はがっかりさせたくないというサービス精神も働き、まずは双錘から手に取った。
「では、はじめますね」
澪が構えの姿勢を取ると、全員が静かになって座って鑑賞する。さぁっ、と風の音がする。音楽がないため、難しいがクルクルと双錘を回していく。わぁ、と、誰かから感嘆の声が上がるのに合わせて、足を高く上げ、双錘を二つ持ったまま姿勢をキープすると、小さく拍手があった。
そしてそのまま、連続で側宙する。手をつかないアクロバティックな動きに更に歓声が上がった。
「きゃああー!!!」
「格好いいっ」
「澪さん素敵ぃー!」
手に持つ武器をリズミカルに動かし、時たまピタリと止めつつもアクロバティックな動きを組みあわせて、ポーズを取る。その繰り返しなのだが、娯楽に飢えている人々には大ウケだ。
一通りネタが尽きた所で、丁寧にお辞儀すると拍手喝采だった。
「今日、来て良かった……!」
利吉は何故か、感動したように目を潤ませている。そこまでか。伊作も利吉と同じような反応で、伏木蔵と手を取り合っていた。
「いつも不運なぼくらが、こんな幸運に恵まれていいのかな」
「いつ、不運が降りかかるかと思うとスリルとサスペンスー」
「たまにはこんな日があってもいいじゃないですか、伊作先輩っ」
「乱太郎の言う通りですよ。はぁ、澪さん素敵だなぁー、ぼくもあんな風にできたら三反田数馬の名前も有名になるかなぁ」
「既に影が薄いという意味では有名ですよね、三反田先輩」
フラグか立ちそうな事を言って大丈夫なのか、保健委員会。と、思いつつも次の武器である青龍偃月刀を手に取った。鋭い刃を覆う大きな布を外すと、青龍の描かれた鈍く光る刀身が露になる。
「では、次に青龍偃月刀を使って舞います」
舞としてなら、おそらくはこちらの方が見ていて迫力があるはずだ。だからこそ、後に回したのである。
初めて澪が新しく手に入れた武器を見た子達も多く、おおっと何人かが目を見張っている。今は老女の姿で鑑賞しているシナも、真剣な眼差しで澪を見ていた。
青龍偃月刀を使った舞の動きは、前世現代日本で見たゲームキャラクターの戦闘モーションの真似だ。同じような武器を使ったキャラクターを見た事があるおかげで、真似できる物がある分、双錘よりは動きがダイナミックで華麗である。重さ五十キロもある武器を振り回して、そんな動きが普通はできないのだが、澪の尋常ではない怪力が人間離れした技を可能にしていた。
空気が唸り、澪の身体が躍動すれば、その迫力にシナまで老女姿のまま興奮しているのか、目を輝かせていた。
利吉と伊作は何故か感動に打ち震えており、今にも泣き出しそうだーーそんなにか、とツッコミそうになる。
だが、まぁ偶にはこんなのもいいか。と、ファンサービスをしたせいで、益々人気に拍車がかかる自業自得な結果になる結果を知りつつも、澪は微笑みながら青龍偃月刀を振り回すのだった。
その結果。
「わたし達は、澪さんを全力で応援します!」
「必ず、先生方を打ち倒してください!」
「横断幕を掲げますね」
「……いや、戦闘訓練ですからね」
お茶会終了後のこと。
くのたまの子達から、澪は熱烈な応援宣言をくらっていた。
戦闘訓練のため、必ずしも相手を倒す必要がないというのに、彼女達の目は推しである澪の勝ちを確信しており、澪以上に気合いが入っている。戦闘訓練に泣く泣く参加する教員からすれば、踏んだり蹴ったりであろう。
「澪さん!さっきの動きなんだけれど、戦闘に幾つか取り入れたら絶対に格好いいと思うんだよ。というか、それで是非とも父上や土井先生と戦ってくれると最高なんだけど、どうかなっ?!」
利吉の目がキラキラしている。父親と兄貴分を倒す技の指定をしており、二人がこの場にいたら白目を剥いたかもしれない。すわ、本能寺の変である。戦国時代とは、なんちゃってでも厳しいらしかった。
「そんな余裕があるとは思えないけれどもねぇ」
仮にもプロ忍である教師陣、しかも実技担当となればそれ相応の実力がある。澪が非常に警戒しているのは、利吉の父親、山田伝蔵その人であると言うのに。
息子の利吉ときたら、澪がそんなダイナミックな動きをする遊びを持たせて、父親を倒せるとでも思っているのか。
「澪さん、いよいよ明後日ですよね!頑張ってください」
「ありがとうございます。乱太郎くん」
「土井先生との剣術の試合も楽しみにしてます」
「あはは、そっちは利吉くんにかなり協力してもらったけれど自信無いんですよね」
乱太郎の言葉に澪は苦笑いした。剣術の訓練もしたが、新しい武器の方にどうしても比重がいってしまい、そちらの方は武器を壊さずに利吉とそれなりの試合が出来るようになった止まりである。
利吉曰く、澪の剣術の腕は利吉にはあと一歩及ばぬものの、伸び代があるから頑張れば半助にも何れ勝てるだろうとの事だ。つまり、今の時点では半助相手にそれなりに試合を引っ張れるが、負けてしまうというわけだ。
その分、新しい二つの武器を使う時は半助に絶対に負けたくない澪である。
まさかその半助がに澪ベタ惚れしていると知らぬため、やる気満々だった。まぁ、知ってても手加減したかどうかは怪しいが。
「残すところ後一日、利吉くん。訓練のほど、よろしく頼むわよ」
「勿論だよ、澪さん。わたしと澪さんで、必勝さ!」
パシン!と、互いに手を叩く澪と利吉。甘い雰囲気は一切なく、さながら戦友のようだ。そう、明後日の試合は利吉と澪に、教師陣の知恵較べの要素もある。出来れば勝つ。難しくても、引き分けに持ち込む気満々の澪である。
「ふふ、明後日が楽しみね」
のんびりとシナが老女の姿で笑っていた。
ーーそして、翌日。
空は曇りだが訓練が出来ない程ではなく、澪は丸一日を利吉と過ごした。気が散るため、これまで忍たま達の見物を許可していたのを今日だけは断った。
「はぁぁあーーー!!」
振り回す武器は双錘。木に縄で吊るした丸太が利吉により揺らされ、四方八方から襲ってくるのを避けながら、丸太につけられた丸い印の所だけを叩き折らないように、殴るという器用な事をしていた。
そこに時折襲い来るのは、利吉の打つ手裏剣である。それらを全て避けたり、あるいは叩き落とす。
「素晴らしいっ……!流石は澪さんっ。痺れるね!!」
大喜びしながら、今度は投石する利吉。何処までやれるか、何処までならいけるか、澪の力量を測りながらも大興奮しているのは間違いない。
この訓練の様を見れば、伝蔵も半助も滅茶苦茶さに白目を剥くかもしれない。そして、それをこなす澪の力量に驚きと呆れの感情を抱くだろう。
利吉は、推しである澪が益々強くなる事、そしてその手助けをしている事に大変満足していた。好きなキャラクターのレベル上げをして悦に浸るゲームユーザーのような喜び、とでもいおうか。
そのせいか、やけに表情が活き活きしてきる。伝蔵が見たら、ズッコケるだろう。
「では、続いては青龍偃月刀の訓練をしよう。これが恐らく最後になる。悔いなくやろうか」
「了解!」
双錘の訓練を終え、青龍偃月刀を手に取る。当然、訓練の方法は異なり武器を振り回せる広い場所へと移動する。
澪は訓練のため、布を目に巻いてあえて視界を塞ぐ。ちなみに、これは半助対策だ。教材攻撃でチョークの粉をくらったと仮定してのものだ。
最初こそ、視界が塞がれた事で対処が遅れたりしたものの、今は慣れてきて気配に敏感になった。この手の訓練は、武人だった元父親ともやったなーーと、懐かしむ余裕すら出てきている。
まんま少年漫画的な訓練である。
周りが見えない澪に対し、利吉が容赦なく投石するのを、武器で全て弾く訓練だ。カンカンカン!と鋭い音がして、石が割れたのか欠片が肩に当たる感覚があった。
それを何度か繰り返し、今度は目隠しを外して利吉に刃の上に飛び乗られるのを防ぐ訓練だ。その際、わざと刃を横にして飛び乗りやすくしておく。その状態で防ぐから、難しいと言えば難しい。しかも、複数の教師陣と対戦する事を想定し、澪は利吉の書いた円の外から出てはいけないルールとなっている。ようは、動きを止められた状態を再現しての事である。
やる事は単純だ。飛び乗られそうになった瞬間に、そのまま武器を高く掲げるだけ。これで仮に乗られてしまっても、相手をフライ返しの要領で反対側へ柄を伝ってくる前に吹き飛ばす作戦だ。
「そうだっ、その調子!!ふふ、隙がないな。いい動きだ」
「乗られても吹っ飛ばすよ」
「その意気だよっ」
利吉が汗をかきながら、それはそれはいい笑顔になった。澪との訓練に付き合ってる間、利吉は非常に楽しそうで、だからこそ澪も悪いと思いつつ頼みやすかった。
そして、日没直前まで訓練は続き最後の日を終えた。終わる頃には、澪も流石に疲れて利吉と共に帰らないといけないのに、地面に大の字になって転がった。
「あーっ、しんどっ。でも、楽しぃー!」
「あはは、わたしもいい運動になったよ。ありがとう、澪さん」
「ありがとうね、利吉くん。明日の試合、頑張れそうだわ。はいこれ、訓練に付き合ってくれたお礼。頼まれてた巾着ね」
転がっていたのを起き上がって、持ってきた荷物を漁り完成した物を渡すと、利吉が一年は組の良い子達と同じように、無邪気に笑った。
「わぁっ、ありがとう!」
ーー半助は、利吉のこんな所に惚れたのかもしれない。そう思うくらい、ぐっとくる笑顔だった。真面目で気立てが良くておまけに美男子なのだ、それでこの時折垣間見える無邪気さなんて、男女関係なく惚れてしまってもおかしくはない。
半助も中々に罪作りだが、利吉もまた知らない間に誰ぞに惚れられていそうだ。
「同じ生地じゃなくて、二種類の生地をつかってあるんだ。それに、この刺繍……父上とは違う手裏剣の柄だけれど、目立たないようにしてあるんだね。一見したら、星の模様にも見える」
「まず無いと思うけど、落っことした時のためにね。山田先生の仕事場はここだけれど、利吉くんはフリーの忍者なら、忍者だってバレたら困る事もあると思って。悩んだんだけど……」
「いや、助かるよ。でも手裏剣の刺繍は良いなって思ってたから。これは、わたしのための巾着だな。大事にするよ、心の籠った贈り物をありがとう」
そんなどストレートに言われると、滅茶苦茶照れる。ましてや、利吉はいい声なのだ。
「どういたしまして」
誤魔化すように、どうにかそう返事をする。幸い、利吉は巾着に夢中なようでしげしげと手に持った物を眺めており、澪の様子には気付いていなかった。
「今日で澪さんとの訓練も終わりか。あっという間だったな。いよいよ明日かーー」
「そうね、明日よ。その後は、利吉くんとのお仕事ってわけ。どっちも頑張るわよ」
「それは頼もしい。澪さんがいれば百人力だ」
「確かにそうね。力なら百人分くらいあるかも?」
「ははっ、例えじゃなくて事実だな。流石は澪さん!!」
そろそろ帰らなくては。会話しながら、座ったままの利吉に手を差し伸べると、ぎゅっと掴まれる。引っ張ると、何だか楽しそうに起き上がっていた。
見た目こそ歳上の利吉だが、弟が居たらこんな感じかなと思ったりした。精神年齢的には年の離れた弟のため、嘘ではない。半助もそうだが、あちらは弟というよりは気にかけてしまう年下男子と言おうか。
「明日、父上と土井先生に華麗に勝つのを楽しみにしてるからね!」
「ーーそれ聞いたら、二人とも泣きそうな顔するかもしれないから、流石に二人の前で言っちゃダメだよ」
実の父親と、利吉に片思い中の半助にある意味酷い発言をする困った美男子に、め!とそれこそ姉のように優しく注意するのだった。
利吉が現代で言うファン心理から、改めて自らの推しの素晴らしさを確信したのは、鵺退治以来、澪との再会を果たして直ぐの事であった。
咲き初める花の如き可憐な容姿からは想像もつかぬ、仰天すべき怪力というギャップは見る度に胸打つ物がある。
忍術学園の学園長がプレゼントしたという二つの長大な武器は、そんな澪にピッタリだった。
一つは青龍偃月刀。
三国志では忠義の武将として知られる関羽が使用したとされる武器のレプリカは、好事家からの流れ物ということで凄まじい再現度であった。同時に、これは見て楽しむだけでは確かに持て余す逸品だと思った。
持つだけで一苦労しそうなその武器を澪が軽々と扱うのを見た利吉は、素直に感動した。何て力強くて美しいのだーーと。
双錘にしてもそうだ。片手で持てるような重量ではないのに、木の枝でも振り回す澪の動作に息を呑んだ。
ドキドキした。
決して恋愛的な意味ではなく、現代日本的に言うなれば推しのプロ野球選手が、ホームランを決めた時のようなドキドキだ。
母の手紙を父に届けに行った先で、まさか澪と鉢合わせして、そこから澪の訓練に付き合えるなんて思いもしなかった。父の伝蔵は、澪との戦闘訓練があると渋い顔をしていたが、澪の活躍を見られるなら多少、父が怪我をしようともそれはそれ。
大怪我さえしないなら問題無しである。
学園への滞在許可を得た利吉は、推しの澪の活躍に貢献すべく真面目に対忍者の訓練をしていた。父親の伝蔵からすれば、まさに敵は本能寺にあり状態だーーなんちゃって戦国時代なだけに。利吉の兄貴分な半助も、弟分の行為には内心で悲鳴を上げていたりするのだが、利吉からしたら澪の訓練に付き合う方が大事だ。
澪が流麗に武器を振り回せば、それはさながら演武のように勇壮で力強い光景となる。華奢な身体から底知れぬ力が発揮され、目の前に現実の物として現れる奇跡に興奮せずにはいられないのだ。
素晴らしい事に、忍術学園には澪のファン倶楽部があった。惜しむらくは、一桁代の会員番号を獲得できなかった事だが、語り合える者が出来たのは非常に喜ばしい事である。
澪の素晴らしさに惹かれるのは己だけではないと確信して、流石は澪だと感心した。否、この場合はファン倶楽部を作ろう決めた者達か。
利吉がファン倶楽部会員になって大喜びしたのは、くのたま達である。たまに顔を出す事があるとはいえ、接触の機会が差程にあるわけではないプロ忍の利吉を、一同、会員仲間として大歓迎してくれた。
そして。
利吉は澪について誰かと語り合えるだけでも嬉しい所、その澪を招いてのお茶会と言う、素晴らしいイベントに誘われる好機に恵まれ、テンションが爆上がりした。
本日の天気は晴れ。
午前に澪の訓練を終えた利吉は、澄んだ青空の下でファン倶楽部のメンバーの一人として、活動を満喫していた。
「澪さんのあの時の格好良さと言ったら……!」
「凄いスリルでしたー」
「分かるよ二人ともっ。わたしもその場に居たかった。山賊をボコボコにする澪さんが、見たかったな」
忍たま六年生の善法寺伊作と、一年生の鶴町伏木蔵と会話しつつ、ピクニックよろしく原っぱに広げた筵の上で茶と菓子を食べる。
「まさか、利吉さんがファン倶楽部に入ってるなんて思いもしませんでした」
「そう言う乱太郎も。というか、保健委員全員入っているとは」
「伊作先輩達に誘われて……それに、わたしも澪さんが好きなんで」
最初はくのたま達と山本シナだけで発足した澪のファン倶楽部は、今や忍たま達も入っている。利吉に話しかけられた乱太郎が、照れたように頬を赤くして笑った。
皆から好意を集めている澪はと言うと、くのたま達に囲まれて話をしている。どうやら、ひと段落ついたらしく切り上げて、こちらへやって来た。
「随分と、楽しそうですね。利吉くん」
「そりゃあね!澪さんの事を語り合えるなんて、こんないい日はないさ」
正直に答えると、澪が困ったように笑う。むず痒いとでも思っているのかもしれない。だが、決して澪はファン倶楽部のメンバー達に怒ったりはしないし、こうして付き合いすらしている。その優しさもまた、澪が人気となる証である。
「保健委員全員が、まさかファン倶楽部に入っているとは……」
「用があって今日は来てないけれど、二年生の時友四郎兵衛、四年生の斉藤タカ丸もいるし。あと五年生の不破雷蔵が迷ってる感じかな。でも、ぼくの予想では、そのうち入る気がしてるよ。付き合いで、鉢屋三郎も入るんじゃない?」
「わぁ、着実に増えてるぅ」
伊作の回答に澪が、遠い目になっていた。三年生の三反田数馬がそんな澪に、おずおずと話しかける。
「ぼくは影が薄くて澪さんに憧れて倶楽部に入りました。いつか、澪さんのようにファン倶楽部が出来るような、存在感のある人気の忍たまになります!」
「数馬くんはそういう動機ですか。目立つのって、忍者としてはあんまりよくないと思うんですけどね」
「ぼくは、一人だけ保健委員で入らないのも嫌だったんで。あと、澪さんの事は尊敬してますから」
「ありがとうございます、左近くん」
保健委員である三年生の三反田数馬と二年生の川西左近の発言に、澪が苦笑いしながらも二人の頭を撫でた。
身近で澪に微笑まれた子ども達は照れたのか、それぞれ耳まで赤くなって頷いていた。
恋ではない。
だが、憧れを抱く対象として澪はちょうどいいのだ。憧れというものは、いつか幻想になる事が多い。だが、澪は幻想でなんて終わらせない力強さがあり、むしろびっくり箱のように飽きさせる事もなく次々とネタが出てくるのだから驚きだ。
一体、君は何者なんだい?と、心の中で問いかける。澪を知れば知るほど尽きぬ興味に魅了され、その存在を近くで見る興奮が止まらない。
下手な恋より余程に情熱的な感情だ。何かの弾みで恋になるのかと問われれば、そうなるのかもしれない。だが、仮に恋をしても利吉は蓋をして、その感情は育てないだろう。
半助が澪へ強く恋慕している以上は。
以前に見た時より半助と澪の仲は進展していた。恋人でこそないが、友人にはなったようなそんな関係だ。六年生の一人、七松小平太もまた澪へ恋をしているらしいと何となく分かったが、半助と果たしてどちらが恋の鞘当に勝つのやら。
半助が勝てばいいのだけれど。
そうでなかったらーー、と考えると半助が心配でもある。そのくらい、半助は澪に惚れていると分かったからだ。実らなかった場合、その恋慕が簡単に枯れてくれると思えなかった。
そろそろ、応援してあげてもいいのかもしれない。とはいえ、ファン倶楽部にも入った以上は、澪を優先する事も多いだろうが。
兄貴分と慕う半助の恋路を応援しつつ、一方では推し活をやりたい利吉は、秀麗な面差しの下に複雑な葛藤を隠すのだった。
+++++
「澪さん、今日のファン倶楽部のお茶会でよかったら新しい武器を使った舞を披露してくれないかしら」
朝食を一緒に食べていると、そんな打診がシナからあった。
「舞ですか……出来なくはないとはおもおますが、そんなに綺麗にできる気がしません。お目汚しでは?」
「武器を振って、ポーズを取るだけで十分よ。澪さんがやる事に意味があるの。何より、わたしが見たいの。きっと、素敵だわ!」
今朝のシナは若い美女の姿だ。
ふふっ、と溌剌とした笑顔を向けられてお願いされると断り辛かった。まぁ、例えシナが老女の姿であったとしても断り辛かったろう。
日頃からシナとはよく話すし、同性というのもあって気の許せる職場仲間でもある。シナは何かと気遣ってくれるし、日頃から世話にもなっており、だからこそ、これからも仲良くしてほしい人なのだから。
そんなわけでシナの頼みを引き受けた澪は、利吉との訓練を終えて午後からのお茶会で、ファン倶楽部の面々の前で、それぞれの武器を使って舞をする事になった。
シナは勿論の事、これにはファン倶楽部の面々も大喜びであった。まさか、保健委員全員が倶楽部メンバーの仲間入りを果たしているとは知らなかったが、委員長の伊作が入っているのだし、芋づる式のような物だろう。
「えー、では今からシナ先生からご要望もありましたので、舞わせていただきます。舞というよりは、色んな動きを一人でする形になると思いますので、拙いかもしれませんが皆さん、楽しんでください」
正直、見物人が多いのは落ち着かないが訓練ではないので、まぁ良しとする。後日、この事を知ればきっと小平太をはじめ、他の忍たま達や何なら学園長からも見せてほしいと要望が出そうだなと思ったり。
舞なんて、扇子片手に簡単な物を習得したくらいだ。それも赤間関にいた頃に一時傍に仕えた姫君に、請われて見せたに過ぎない。
だから本格的には知らない。なのでこれから澪が見せるのは、利吉と一緒に訓練をする中で身につけた動きを、ウケるために多少大袈裟にする程度だ。現代日本での記憶から、サーカスや雑技団の動きを取り入れて、派手にそして過激にを心得る。
「まさか、ファン倶楽部に入って澪さんの舞が見られるなんて……。他のは組の皆んなも誘わないと!」
何やら乱太郎がキラキラした眼差しで見ている。ちょっと面映ゆい物があるが、頼まれた以上はがっかりさせたくないというサービス精神も働き、まずは双錘から手に取った。
「では、はじめますね」
澪が構えの姿勢を取ると、全員が静かになって座って鑑賞する。さぁっ、と風の音がする。音楽がないため、難しいがクルクルと双錘を回していく。わぁ、と、誰かから感嘆の声が上がるのに合わせて、足を高く上げ、双錘を二つ持ったまま姿勢をキープすると、小さく拍手があった。
そしてそのまま、連続で側宙する。手をつかないアクロバティックな動きに更に歓声が上がった。
「きゃああー!!!」
「格好いいっ」
「澪さん素敵ぃー!」
手に持つ武器をリズミカルに動かし、時たまピタリと止めつつもアクロバティックな動きを組みあわせて、ポーズを取る。その繰り返しなのだが、娯楽に飢えている人々には大ウケだ。
一通りネタが尽きた所で、丁寧にお辞儀すると拍手喝采だった。
「今日、来て良かった……!」
利吉は何故か、感動したように目を潤ませている。そこまでか。伊作も利吉と同じような反応で、伏木蔵と手を取り合っていた。
「いつも不運なぼくらが、こんな幸運に恵まれていいのかな」
「いつ、不運が降りかかるかと思うとスリルとサスペンスー」
「たまにはこんな日があってもいいじゃないですか、伊作先輩っ」
「乱太郎の言う通りですよ。はぁ、澪さん素敵だなぁー、ぼくもあんな風にできたら三反田数馬の名前も有名になるかなぁ」
「既に影が薄いという意味では有名ですよね、三反田先輩」
フラグか立ちそうな事を言って大丈夫なのか、保健委員会。と、思いつつも次の武器である青龍偃月刀を手に取った。鋭い刃を覆う大きな布を外すと、青龍の描かれた鈍く光る刀身が露になる。
「では、次に青龍偃月刀を使って舞います」
舞としてなら、おそらくはこちらの方が見ていて迫力があるはずだ。だからこそ、後に回したのである。
初めて澪が新しく手に入れた武器を見た子達も多く、おおっと何人かが目を見張っている。今は老女の姿で鑑賞しているシナも、真剣な眼差しで澪を見ていた。
青龍偃月刀を使った舞の動きは、前世現代日本で見たゲームキャラクターの戦闘モーションの真似だ。同じような武器を使ったキャラクターを見た事があるおかげで、真似できる物がある分、双錘よりは動きがダイナミックで華麗である。重さ五十キロもある武器を振り回して、そんな動きが普通はできないのだが、澪の尋常ではない怪力が人間離れした技を可能にしていた。
空気が唸り、澪の身体が躍動すれば、その迫力にシナまで老女姿のまま興奮しているのか、目を輝かせていた。
利吉と伊作は何故か感動に打ち震えており、今にも泣き出しそうだーーそんなにか、とツッコミそうになる。
だが、まぁ偶にはこんなのもいいか。と、ファンサービスをしたせいで、益々人気に拍車がかかる自業自得な結果になる結果を知りつつも、澪は微笑みながら青龍偃月刀を振り回すのだった。
その結果。
「わたし達は、澪さんを全力で応援します!」
「必ず、先生方を打ち倒してください!」
「横断幕を掲げますね」
「……いや、戦闘訓練ですからね」
お茶会終了後のこと。
くのたまの子達から、澪は熱烈な応援宣言をくらっていた。
戦闘訓練のため、必ずしも相手を倒す必要がないというのに、彼女達の目は推しである澪の勝ちを確信しており、澪以上に気合いが入っている。戦闘訓練に泣く泣く参加する教員からすれば、踏んだり蹴ったりであろう。
「澪さん!さっきの動きなんだけれど、戦闘に幾つか取り入れたら絶対に格好いいと思うんだよ。というか、それで是非とも父上や土井先生と戦ってくれると最高なんだけど、どうかなっ?!」
利吉の目がキラキラしている。父親と兄貴分を倒す技の指定をしており、二人がこの場にいたら白目を剥いたかもしれない。すわ、本能寺の変である。戦国時代とは、なんちゃってでも厳しいらしかった。
「そんな余裕があるとは思えないけれどもねぇ」
仮にもプロ忍である教師陣、しかも実技担当となればそれ相応の実力がある。澪が非常に警戒しているのは、利吉の父親、山田伝蔵その人であると言うのに。
息子の利吉ときたら、澪がそんなダイナミックな動きをする遊びを持たせて、父親を倒せるとでも思っているのか。
「澪さん、いよいよ明後日ですよね!頑張ってください」
「ありがとうございます。乱太郎くん」
「土井先生との剣術の試合も楽しみにしてます」
「あはは、そっちは利吉くんにかなり協力してもらったけれど自信無いんですよね」
乱太郎の言葉に澪は苦笑いした。剣術の訓練もしたが、新しい武器の方にどうしても比重がいってしまい、そちらの方は武器を壊さずに利吉とそれなりの試合が出来るようになった止まりである。
利吉曰く、澪の剣術の腕は利吉にはあと一歩及ばぬものの、伸び代があるから頑張れば半助にも何れ勝てるだろうとの事だ。つまり、今の時点では半助相手にそれなりに試合を引っ張れるが、負けてしまうというわけだ。
その分、新しい二つの武器を使う時は半助に絶対に負けたくない澪である。
まさかその半助がに澪ベタ惚れしていると知らぬため、やる気満々だった。まぁ、知ってても手加減したかどうかは怪しいが。
「残すところ後一日、利吉くん。訓練のほど、よろしく頼むわよ」
「勿論だよ、澪さん。わたしと澪さんで、必勝さ!」
パシン!と、互いに手を叩く澪と利吉。甘い雰囲気は一切なく、さながら戦友のようだ。そう、明後日の試合は利吉と澪に、教師陣の知恵較べの要素もある。出来れば勝つ。難しくても、引き分けに持ち込む気満々の澪である。
「ふふ、明後日が楽しみね」
のんびりとシナが老女の姿で笑っていた。
ーーそして、翌日。
空は曇りだが訓練が出来ない程ではなく、澪は丸一日を利吉と過ごした。気が散るため、これまで忍たま達の見物を許可していたのを今日だけは断った。
「はぁぁあーーー!!」
振り回す武器は双錘。木に縄で吊るした丸太が利吉により揺らされ、四方八方から襲ってくるのを避けながら、丸太につけられた丸い印の所だけを叩き折らないように、殴るという器用な事をしていた。
そこに時折襲い来るのは、利吉の打つ手裏剣である。それらを全て避けたり、あるいは叩き落とす。
「素晴らしいっ……!流石は澪さんっ。痺れるね!!」
大喜びしながら、今度は投石する利吉。何処までやれるか、何処までならいけるか、澪の力量を測りながらも大興奮しているのは間違いない。
この訓練の様を見れば、伝蔵も半助も滅茶苦茶さに白目を剥くかもしれない。そして、それをこなす澪の力量に驚きと呆れの感情を抱くだろう。
利吉は、推しである澪が益々強くなる事、そしてその手助けをしている事に大変満足していた。好きなキャラクターのレベル上げをして悦に浸るゲームユーザーのような喜び、とでもいおうか。
そのせいか、やけに表情が活き活きしてきる。伝蔵が見たら、ズッコケるだろう。
「では、続いては青龍偃月刀の訓練をしよう。これが恐らく最後になる。悔いなくやろうか」
「了解!」
双錘の訓練を終え、青龍偃月刀を手に取る。当然、訓練の方法は異なり武器を振り回せる広い場所へと移動する。
澪は訓練のため、布を目に巻いてあえて視界を塞ぐ。ちなみに、これは半助対策だ。教材攻撃でチョークの粉をくらったと仮定してのものだ。
最初こそ、視界が塞がれた事で対処が遅れたりしたものの、今は慣れてきて気配に敏感になった。この手の訓練は、武人だった元父親ともやったなーーと、懐かしむ余裕すら出てきている。
まんま少年漫画的な訓練である。
周りが見えない澪に対し、利吉が容赦なく投石するのを、武器で全て弾く訓練だ。カンカンカン!と鋭い音がして、石が割れたのか欠片が肩に当たる感覚があった。
それを何度か繰り返し、今度は目隠しを外して利吉に刃の上に飛び乗られるのを防ぐ訓練だ。その際、わざと刃を横にして飛び乗りやすくしておく。その状態で防ぐから、難しいと言えば難しい。しかも、複数の教師陣と対戦する事を想定し、澪は利吉の書いた円の外から出てはいけないルールとなっている。ようは、動きを止められた状態を再現しての事である。
やる事は単純だ。飛び乗られそうになった瞬間に、そのまま武器を高く掲げるだけ。これで仮に乗られてしまっても、相手をフライ返しの要領で反対側へ柄を伝ってくる前に吹き飛ばす作戦だ。
「そうだっ、その調子!!ふふ、隙がないな。いい動きだ」
「乗られても吹っ飛ばすよ」
「その意気だよっ」
利吉が汗をかきながら、それはそれはいい笑顔になった。澪との訓練に付き合ってる間、利吉は非常に楽しそうで、だからこそ澪も悪いと思いつつ頼みやすかった。
そして、日没直前まで訓練は続き最後の日を終えた。終わる頃には、澪も流石に疲れて利吉と共に帰らないといけないのに、地面に大の字になって転がった。
「あーっ、しんどっ。でも、楽しぃー!」
「あはは、わたしもいい運動になったよ。ありがとう、澪さん」
「ありがとうね、利吉くん。明日の試合、頑張れそうだわ。はいこれ、訓練に付き合ってくれたお礼。頼まれてた巾着ね」
転がっていたのを起き上がって、持ってきた荷物を漁り完成した物を渡すと、利吉が一年は組の良い子達と同じように、無邪気に笑った。
「わぁっ、ありがとう!」
ーー半助は、利吉のこんな所に惚れたのかもしれない。そう思うくらい、ぐっとくる笑顔だった。真面目で気立てが良くておまけに美男子なのだ、それでこの時折垣間見える無邪気さなんて、男女関係なく惚れてしまってもおかしくはない。
半助も中々に罪作りだが、利吉もまた知らない間に誰ぞに惚れられていそうだ。
「同じ生地じゃなくて、二種類の生地をつかってあるんだ。それに、この刺繍……父上とは違う手裏剣の柄だけれど、目立たないようにしてあるんだね。一見したら、星の模様にも見える」
「まず無いと思うけど、落っことした時のためにね。山田先生の仕事場はここだけれど、利吉くんはフリーの忍者なら、忍者だってバレたら困る事もあると思って。悩んだんだけど……」
「いや、助かるよ。でも手裏剣の刺繍は良いなって思ってたから。これは、わたしのための巾着だな。大事にするよ、心の籠った贈り物をありがとう」
そんなどストレートに言われると、滅茶苦茶照れる。ましてや、利吉はいい声なのだ。
「どういたしまして」
誤魔化すように、どうにかそう返事をする。幸い、利吉は巾着に夢中なようでしげしげと手に持った物を眺めており、澪の様子には気付いていなかった。
「今日で澪さんとの訓練も終わりか。あっという間だったな。いよいよ明日かーー」
「そうね、明日よ。その後は、利吉くんとのお仕事ってわけ。どっちも頑張るわよ」
「それは頼もしい。澪さんがいれば百人力だ」
「確かにそうね。力なら百人分くらいあるかも?」
「ははっ、例えじゃなくて事実だな。流石は澪さん!!」
そろそろ帰らなくては。会話しながら、座ったままの利吉に手を差し伸べると、ぎゅっと掴まれる。引っ張ると、何だか楽しそうに起き上がっていた。
見た目こそ歳上の利吉だが、弟が居たらこんな感じかなと思ったりした。精神年齢的には年の離れた弟のため、嘘ではない。半助もそうだが、あちらは弟というよりは気にかけてしまう年下男子と言おうか。
「明日、父上と土井先生に華麗に勝つのを楽しみにしてるからね!」
「ーーそれ聞いたら、二人とも泣きそうな顔するかもしれないから、流石に二人の前で言っちゃダメだよ」
実の父親と、利吉に片思い中の半助にある意味酷い発言をする困った美男子に、め!とそれこそ姉のように優しく注意するのだった。
