第8話 忍術学園に迫る白き✕✕……
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ここを、こうして……と」
チクチクチクチクと、針を動かす。和裁は洋裁とはまた異なる縫い方をせねばならない。着物と洋服では全く異なるのだから当然の事である。
澪は部屋で一人、半助の着物を縫っていた。空いた時間にちまちまと縫い、ようやく一着完成した。歪みやよれていたりしないか確認するーー大丈夫そうだ。仮縫いの時に、半助に協力してもらっていたので、着ればどんな風になるかはちゃんとイメージができている。
もう一着はリバーシブルになる予定である。所謂、忍者衣だ。時間がかかるので、先に利吉の巾着から終わらせる事にする。実は前に半助とデートに行った際、反物屋におまけで布切れを数枚貰っていたのである。利吉に似合いそうないい色があったので、それを使う事にした。
色を決めて、財布にも使いやすいサイズに裁断を済ませて今日の作業は終わりだ。
利吉の滞在中には、ご所望の巾着袋は完成するだろう。
「ーーさて、そろそろ着替えて行かなくちゃ」
うん、と部屋の中で伸びをする。くあ、と小さくあくびが出た。夜なべするのは油の無駄遣いのため、朝に早起きして作業をするのが日課となりつつあった。
今日は、兵助の究極の豆腐料理を食べる日である。そのために、まさか五年生と六年生、それに、くのたまのそうこ、一年は組のきり丸達は半助の腹がはち切れそうになるなんて思いもしなかった。
澪が全てを知ったのは昨日の事。
利吉と一緒に裏山で新しい武器の訓練をしていたら、雨が降りそうになって慌てて忍術学園へ帰った。無事に帰還し、熱いお茶でも飲んで休憩しようとしたその先で、まさか白い豆腐の地獄が開催されており、そうことしんべヱがやりきった顔で白眼を剥いて気絶しているとは思わなかった。
共に食堂で惨劇を見てしまった利吉と二人で呆然とし、二人を担架で運びにやって来た何か知ってるらしい勘右衛門達を問いつめて、事情を聞いた時は己が現況だと知って唖然とするのと同時に、やたら隠されていた理由も納得した。
確かに危険はないが、身体をはった防御術に呆気に取られるしかない。
「澪さん相手に皆んないい格好がしたかったんだよ、きっと」
半助まで食べ過ぎで倒れたと知った利吉は、苦笑いしてそんなコメントをしていた。まぁ、澪としては怪力無双であっても、胃袋は普通のため皆んなの配慮は助かるのだが、ここまで体当たりで守られると複雑な心境である。その気持ちは素直に嬉しいが、手放しで喜べない。
とりあえず、翌日に究極の豆腐料理を澪が食する事を兵助と約束し、澪は倒れてしまった忍たまと半助を見舞う事にした。
最初に倒れた乱太郎は復活しており、きり丸としんべヱの様子を保健委員らしく診ていた。三人に礼を告げ、次に六年生長屋に行きお礼を言い、長次にお願いされて倒れたままの小平太を看病し、そこで半助とも合流を果たした。最後にくのいち長屋に向かい、そうこに礼をした次第である。
そんなわけで、本日は皆んなが頑張った成果を受け取る。とは言っても、兵助の料理が食べられるのは午後のため、午前は仕事をして午後に兵助の豆腐料理を食べたら、その後はシナに起業の事について話をする予定である。半助にも相談しているが、女性の意見も取り入れようと思ったの事だ。
今日は生憎と、昨夜から雨が降っているので武器の訓練はお休みである。利吉は何をするつもりなのだろうか。暇な時間は半助や伝蔵の手伝いをすると利吉は言っていた。そうなれば、一年は組の皆んなが喜ぶだろうーー等と、澪は呑気に考えていたのだが。
「澪さん!ファン倶楽部があるなんて、どうして教えてくれなかったんだい?!」
食堂にて。
朝餉の席で居合わせた利吉とご飯を食べていたら、開口一番にそう言われてご飯粒が喉に引っかかりそうになった。
「教えるも何も、いちいち言うことじゃないような……」
というか、ファン倶楽部の存在をどうして知っているのだ。誰に聞いたのだろうか。利吉は何やら腕組みをして、唇を尖らせている。そうしていると、まだ十代なんだなと思える。
「わたしにとっては大事な事だよ。結成された時に直ぐに入りたかった……」
「ちょっと、待って。まさか入ったの?」
「何言ってるんだい、普通は入るだろ」
まるで、太陽は東から昇ってくるのだと当たり前の事を言うような顔でキリッと告げる利吉に、澪は座っているのにズッコケそうになった。
何でだ。
「お陰様で、会員証を手に入れたよ」
「ドヤ顔で見せつけなくていいから」
会員証はカード式だった。変なところで現代じみているのはどうなのだ。しかも会員番号が、思っていた以上の値になっている。遠い目になりそうだ。
「学園に来る楽しみが増えた。伊作くんとは気が合いそうだ」
「ーーむず痒いんだけど」
六年生の事は苗字で呼んでいたと思うのだが、伊作だけ下の名前でいつの間にか呼んでいる利吉。澪のネタで盛り上がったのかもしれない。
「だって、澪さんが格好よすぎるからだよ。青龍偃月刀を振り回すし。しかも、ユキ会長から聞いたけど山本シナ先生と対銃火器の訓練をしてるなんて……!君は一体、わたしをどうしたいんだ?」
「むしろ、利吉くんがどうなりたいのよ」
話口調こそ男だが、テンションが高い利吉は利子を思い出させる。あの時のテンションは女装中なのもあってか、異様に高かった。キャピキャピしていた。というか、ユキ会長ってなんだ。もう利吉は既にファン倶楽部の立派な会員である。
「ふふ、澪さん。次の仕事での活躍を非常に楽しみにしているからね」
「お手柔らかにお願いするわね。それと、あんまり期待しないで」
「今日はファン倶楽部の会合があるみたいでね。顔を出してくるよ。楽しみだ……!」
空いた時間は、半助や伝蔵の手伝いをするとか言ってなかったか。
変わり身の早い事である。まぁ、多少は手伝うのかもしれないが。
妙にテンションの高い利吉を相手にしながら、朝食を食べる澪だった。
その後、澪は頼まれていた五年生の実習の補佐についた。基本的に、忍術学園は担任制ではあるが担当する授業の内容によっては、担任以外が教師になる事もある。
そんな本日の五年生の実習の授業内容は、ずばり女装である。
ちなみに、伝蔵には一年は組の授業の予定があるため、監督は変装の達人でもあるシナだ。
とはいえ、五年生は変装が大得意の鉢屋三郎がいる。ぶっちゃけ、教師が教えなくてもいいのでは……と思わなくもないのだが。
「どうですか、わたしの変装は?」
目の前に己がいる。
課題の女装をこなすため、五年生のうち、いつもは不破雷蔵の変装をしている鉢屋三郎は、何故か澪に変装していた。
「微妙な気分です」
本物の澪より少し背が高いものの、見た目だけならドッペルゲンガーのようだ。声帯がどうなっているのかさっぱりだが、声まで澪である。
「というか、何ですかそのポーズは」
「何って、セクシーポーズ。サービスですよ、サービス」
腰と頭の後ろに手を当てて、うっふん、と、お姉様ポーズを取る鉢屋三郎に澪は思わずツッコミした。
「うわぁ、相変わらず凄い完成度だな。その胸とか何詰めてんだ?」
「八左ヱ門くんのエッチ。どこ見てるんですか?」
「はわわ、すみませんっ。って、アホか。お前は男だろうが」
八左ヱ門と三郎が悪ふざけをしている。三郎は人の顔を使って何してくれているのか。
「はいはい、皆さん今は授業中ですよ。お巫山戯はそこまで。今日は見た目だけじゃなく、如何に女になりきるかについて学んでいただきます。わたしと澪さんで、皆さんを厳しく指導しますからね」
美女の姿をしたシナと、美少女の澪による特別講義に五年生達は何やらソワソワしている。
「目指すは女から見ても違和感のない女です」
ビシッとシナが言うと、途端に五年生達が畏まった。
「山本先生、女が見て違和感のない女とは……?男が見て違和感のない女と何が違うんでしょうか」
すっ、と手を挙げて質問したのは兵助だ。その質問にシナはニコリと笑った。
「よい質問ね」
笑顔でシナが語りかけると、兵助の顔が明るくなった。ちなみに、五年生の女装は三郎を除いて化粧が濃いめであるが、まぁまぁ全員可愛い方である。唯一、八左ヱ門だけがゴツイ感じが強めだが。
「男が見て違和感のない女になるには、見た目がそれらしければとりあえずは及第点です。でも、女から見た女というのは、当然ながら見た目だけの問題ではありません。仕草や会話に至るまで、女なら普通はしないだろう事をやった時点で違和感になるのです。男から見て違和感のない男と同じ……と、言うと分かりやすいかしら」
「ふむふむ」
具体的な話を聞いて勘右衛門が、興味深そうに頷いている。
「では、手始めに会話からします。わたしと澪さんに大して、何でもいいので順番に話しかけてみてください。わたし達は全員が終わってから、感じた違和感の内容を言うわ」
シナの指示に従って、女子ならぬ女装男子によるトーク大会が幕を開けた。持ち時間は一人三分もなく、十分弱もすれば五年生全員との会話は終了した。同時に、シナの言っていた事の意味を授業を受けている五年生は勿論の事、補助をしていた澪も理解した。
「三郎くん、共感力が圧倒的に不足しています。これでは、まるで男のようだと下手したら会話から見抜かれますよ」
「なっ、何だって?!」
ガーン、と澪の評価に三郎が固まった。見た目だけの変装なら、完璧なだけに本人は相当ショックを受けたようだ。
「兵助くんは、もう少しわたしやシナ先生の目を見て話しましょう。照れたりする必要はないんですから。人見知りならともかく、そうじゃないなら男の子と話す時みたいに。なんなら、スキンシップもしていいですから」
「ス、スキンシップ……」
兵助がもじもじしている。それはそれで可愛いが、性別が同じ女性同士だと思うと、変な感じが否めない。豆腐の事となると、やたら積極的なのに不思議である。
「ね、わたしは?」
「勘右衛門くんは、無駄にキャピっとし過ぎ」
「えー……女の子って大体こんなんじゃ」
ぶー、っと軽く唇を尖らせているが、女性同士で無駄にキャピっとしてると態とらしく思われるだけのため、発言は撤回しない。勘右衛門は、男の夢見る女を演じている節がある。当然、そんな女はこの世に早々いない。現代日本でだって、ゲームの中くらいのもんだ。所謂、こんな女はいねぇ、と男向け恋愛シミュレーションゲームに女がツッコミするのと同じである。まぁ、乙女ゲームだって男がプレイしたら同じツッコミが炸裂するのだろうが。
雷蔵は迷い癖を発動し、話がころころ変わって挙動不審に見えてしまうのはいいが、腕組みまでして唸るのはダメ、八左ヱ門は笑う時が態とらしいし立ち姿が男そのもの。
シナは澪より更なる辛口評価で女装した五年生全員に、宣言した通りの容赦ない駄目出しをくらわせた。
その後も、何やかんや女装についての授業は続き……。
「ーーでは、今日はここまでです。女装とは、装いだけの問題ではないと分かりましたね」
「三郎くん以外、化粧をもう少し薄めにしてください。口紅や頬紅の付けすぎは不自然になるので気をつけて」
最後にそう締めくくり、五年生の授業は終了となった。授業終わりに、三郎以外の面々は多少マシになっていたが、三郎本人は会話における共感力を養うという難しい課題に顔を顰めていた。
なまじ、変装が上手いのと五年生でも、かなり強い部類に入るーーどちらかと言うと天才肌なのもあっての事なのだろう。
別に本気で共感力なんて身につけなくても、フリでいいのだが三郎の場合は、そのフリすら中々どうして難しいようなので、とりあえずは話を真摯に聞いて、面倒臭いからといって結論を言って切り上げるような真似をしないように指導だけしておいた。
男は結論を求め、女は共感を求めて会話する事の違いを学ぶしかない。他の五年生も、男の子のためそうした傾向はあるのだろうが、三郎よりはマシだった。
授業が終わり、ランチの時間を態とずらす。勿論、兵助の作ってくれた豆腐料理を食べるためである。約束の時間に食堂を訪れると、兵助が白い三角巾を頭に巻き、割烹着姿で出迎えてくれた。
「澪さん、いらっしゃい。待ってました!」
「いい匂いがしますね。楽しみです」
無限豆腐地獄を作り出す兵助であるが、その料理自体は美味しいと聞く。本人も自信有り気で期待が持てそうだ。
着席すると、豆腐づくしのメニューが三品出てきた。どれも美味しそうで、ヘルシーな感じがする。女子受けしそうだ。
「じゃあ、いただきます」
まずは、豆腐のサラダから食べる。厳選したのだろう。三品のバランスも悪くない。
「このサラダ、おぼろ豆腐使ってるんですね。野菜とよくあうように味付けもばっちりです」
「はいっ。澪さんがおぼろ豆腐を塩で食べるのが好きと言っていたので!」
コメントすると、兵助が満面の笑顔を浮かべる。可愛らしい美少年の割烹着姿は見ていて和む。
続いてはメインと思しき、豆腐ステーキだ。甘辛のタレに薬味が散らされており、ご飯の進む味である。
「んー、少しお味噌が入ってます?」
「はい。焦げやすくなるんですけど、その方が美味しいので」
文句無しに美味しい。ペロリと完食できそうだ。最後に、餡掛け豆腐を食べる。つるん、ぷるんとした口当たりのいい食感に、丁度いい塩加減の餡が絡んで汁物代わりとしてもいけそうだ。
「んー!美味しいっ」
食堂のおばちゃんの料理はお袋の味だが、兵助の豆腐料理は専門料理店のようだ。豆腐の美味しさを引き出している。
まぁ、だからこそ量を出されると辛いのだが、一人前として出てくる分には最高である。
「お豆腐って、そこまで特別に好きとか思った事はないんですけど、兵助くんの作る豆腐料理はそう思わせるくらい美味しいです。美味しい豆腐料理、ご馳走してくれてありがとうございます。兵助くん」
ぽっ、と兵助の頬が赤くなる。豆腐みたいにキメの細かい肌をしてるなぁ、等と思っているとそれは嬉しそうに頷かれた。
「どういたしまして、澪さん。また食べたくなったら作りますので、遠慮なく言ってくださいね」
ふわっと、まるで兵助が作る豆腐のように柔らかく優しい笑顔で言わる。忍術学園の忍たま達は、それぞれ色んな癖や特徴があるけれども、全員良い子達だと思う。澪の精神年齢のため、同年代ではなくついつい教師的な目線になる。
「その代わり、また豆乳プリンをご馳走してください。他の色んな澪さんの作る物も」
少し照れたみたいにお願いされる。そんなお強請りをされては、断れない。澪が頷くとやはり頬を染めて微笑む兵助。
大勢が身体をはったお陰か、無限豆腐地獄は犠牲となって散った面々の思惑通り平和な終わりを見たのだった。
ーーだが、忍術学園を襲う白い物には、まだあと一つ残されていた。
それは。
「食堂のおばちゃん……こ、これは」
夕食時の事。
生徒達と時間をずらし、教員達がご飯を食べるタイミングで、半助によりとある事が指摘された。
「はんぺんよ。お得だったから沢山買ってきちゃった!ちくわが大丈夫になったなら、問題ないでしょっ。まだまだあるのよ。明日も沢山出すつもり」
問題大ありである。
半助がちくわを食べたのは、澪が戸部を好きかもしれないという大いなる誤解のため、一時的に何を食べても何も感じない異常状態だったからだ。
澪はそんな事は知らないが、分かるのは今の普通の状態に戻った半助にはんぺんという、白い練り物は地獄であるという事である。
はんぺんを見る半助の体がぷるぷる震えている。しかも、このはんぺんは色んな所に潜伏していた。メインのおかず、小鉢、汁物にまで。半助の目が涙目になりそうである。
「土井先生、ちくわが食べられたのよ。はんぺんだっていけるわよね?」
カウンター越しに放たれる、食堂のおばちゃんの圧が凄い。
「あ、あの、おばちゃん。ちくわを食べられたのは本当にたまたまで」
「なら、そのたまたまを今日も明日も発動させたらいいじゃない」
半助の言い訳等、通じるはずもない。
「言っておきますけど、他の誰かが食べるズルは許しまへんで」
半助と同じ席について、まさしく夕食を食べようとしていた、澪と利吉はびくっとした。こっそり食べてあげようと思ったからだ。そんな中、半助の隣に座っていた伝蔵はその肩をぽん、と慰めるように叩いた。
「ま、頑張るんだな土井先生。こっちの地獄は食べ過ぎになる程の量じゃない」
「っこれなら、豆腐の方がまだマシだぁー!」
無限豆腐地獄から一転、今度は白きはんぺん地獄に突入してしまった半助が情けない声を上げたのだった。
チクチクチクチクと、針を動かす。和裁は洋裁とはまた異なる縫い方をせねばならない。着物と洋服では全く異なるのだから当然の事である。
澪は部屋で一人、半助の着物を縫っていた。空いた時間にちまちまと縫い、ようやく一着完成した。歪みやよれていたりしないか確認するーー大丈夫そうだ。仮縫いの時に、半助に協力してもらっていたので、着ればどんな風になるかはちゃんとイメージができている。
もう一着はリバーシブルになる予定である。所謂、忍者衣だ。時間がかかるので、先に利吉の巾着から終わらせる事にする。実は前に半助とデートに行った際、反物屋におまけで布切れを数枚貰っていたのである。利吉に似合いそうないい色があったので、それを使う事にした。
色を決めて、財布にも使いやすいサイズに裁断を済ませて今日の作業は終わりだ。
利吉の滞在中には、ご所望の巾着袋は完成するだろう。
「ーーさて、そろそろ着替えて行かなくちゃ」
うん、と部屋の中で伸びをする。くあ、と小さくあくびが出た。夜なべするのは油の無駄遣いのため、朝に早起きして作業をするのが日課となりつつあった。
今日は、兵助の究極の豆腐料理を食べる日である。そのために、まさか五年生と六年生、それに、くのたまのそうこ、一年は組のきり丸達は半助の腹がはち切れそうになるなんて思いもしなかった。
澪が全てを知ったのは昨日の事。
利吉と一緒に裏山で新しい武器の訓練をしていたら、雨が降りそうになって慌てて忍術学園へ帰った。無事に帰還し、熱いお茶でも飲んで休憩しようとしたその先で、まさか白い豆腐の地獄が開催されており、そうことしんべヱがやりきった顔で白眼を剥いて気絶しているとは思わなかった。
共に食堂で惨劇を見てしまった利吉と二人で呆然とし、二人を担架で運びにやって来た何か知ってるらしい勘右衛門達を問いつめて、事情を聞いた時は己が現況だと知って唖然とするのと同時に、やたら隠されていた理由も納得した。
確かに危険はないが、身体をはった防御術に呆気に取られるしかない。
「澪さん相手に皆んないい格好がしたかったんだよ、きっと」
半助まで食べ過ぎで倒れたと知った利吉は、苦笑いしてそんなコメントをしていた。まぁ、澪としては怪力無双であっても、胃袋は普通のため皆んなの配慮は助かるのだが、ここまで体当たりで守られると複雑な心境である。その気持ちは素直に嬉しいが、手放しで喜べない。
とりあえず、翌日に究極の豆腐料理を澪が食する事を兵助と約束し、澪は倒れてしまった忍たまと半助を見舞う事にした。
最初に倒れた乱太郎は復活しており、きり丸としんべヱの様子を保健委員らしく診ていた。三人に礼を告げ、次に六年生長屋に行きお礼を言い、長次にお願いされて倒れたままの小平太を看病し、そこで半助とも合流を果たした。最後にくのいち長屋に向かい、そうこに礼をした次第である。
そんなわけで、本日は皆んなが頑張った成果を受け取る。とは言っても、兵助の料理が食べられるのは午後のため、午前は仕事をして午後に兵助の豆腐料理を食べたら、その後はシナに起業の事について話をする予定である。半助にも相談しているが、女性の意見も取り入れようと思ったの事だ。
今日は生憎と、昨夜から雨が降っているので武器の訓練はお休みである。利吉は何をするつもりなのだろうか。暇な時間は半助や伝蔵の手伝いをすると利吉は言っていた。そうなれば、一年は組の皆んなが喜ぶだろうーー等と、澪は呑気に考えていたのだが。
「澪さん!ファン倶楽部があるなんて、どうして教えてくれなかったんだい?!」
食堂にて。
朝餉の席で居合わせた利吉とご飯を食べていたら、開口一番にそう言われてご飯粒が喉に引っかかりそうになった。
「教えるも何も、いちいち言うことじゃないような……」
というか、ファン倶楽部の存在をどうして知っているのだ。誰に聞いたのだろうか。利吉は何やら腕組みをして、唇を尖らせている。そうしていると、まだ十代なんだなと思える。
「わたしにとっては大事な事だよ。結成された時に直ぐに入りたかった……」
「ちょっと、待って。まさか入ったの?」
「何言ってるんだい、普通は入るだろ」
まるで、太陽は東から昇ってくるのだと当たり前の事を言うような顔でキリッと告げる利吉に、澪は座っているのにズッコケそうになった。
何でだ。
「お陰様で、会員証を手に入れたよ」
「ドヤ顔で見せつけなくていいから」
会員証はカード式だった。変なところで現代じみているのはどうなのだ。しかも会員番号が、思っていた以上の値になっている。遠い目になりそうだ。
「学園に来る楽しみが増えた。伊作くんとは気が合いそうだ」
「ーーむず痒いんだけど」
六年生の事は苗字で呼んでいたと思うのだが、伊作だけ下の名前でいつの間にか呼んでいる利吉。澪のネタで盛り上がったのかもしれない。
「だって、澪さんが格好よすぎるからだよ。青龍偃月刀を振り回すし。しかも、ユキ会長から聞いたけど山本シナ先生と対銃火器の訓練をしてるなんて……!君は一体、わたしをどうしたいんだ?」
「むしろ、利吉くんがどうなりたいのよ」
話口調こそ男だが、テンションが高い利吉は利子を思い出させる。あの時のテンションは女装中なのもあってか、異様に高かった。キャピキャピしていた。というか、ユキ会長ってなんだ。もう利吉は既にファン倶楽部の立派な会員である。
「ふふ、澪さん。次の仕事での活躍を非常に楽しみにしているからね」
「お手柔らかにお願いするわね。それと、あんまり期待しないで」
「今日はファン倶楽部の会合があるみたいでね。顔を出してくるよ。楽しみだ……!」
空いた時間は、半助や伝蔵の手伝いをするとか言ってなかったか。
変わり身の早い事である。まぁ、多少は手伝うのかもしれないが。
妙にテンションの高い利吉を相手にしながら、朝食を食べる澪だった。
その後、澪は頼まれていた五年生の実習の補佐についた。基本的に、忍術学園は担任制ではあるが担当する授業の内容によっては、担任以外が教師になる事もある。
そんな本日の五年生の実習の授業内容は、ずばり女装である。
ちなみに、伝蔵には一年は組の授業の予定があるため、監督は変装の達人でもあるシナだ。
とはいえ、五年生は変装が大得意の鉢屋三郎がいる。ぶっちゃけ、教師が教えなくてもいいのでは……と思わなくもないのだが。
「どうですか、わたしの変装は?」
目の前に己がいる。
課題の女装をこなすため、五年生のうち、いつもは不破雷蔵の変装をしている鉢屋三郎は、何故か澪に変装していた。
「微妙な気分です」
本物の澪より少し背が高いものの、見た目だけならドッペルゲンガーのようだ。声帯がどうなっているのかさっぱりだが、声まで澪である。
「というか、何ですかそのポーズは」
「何って、セクシーポーズ。サービスですよ、サービス」
腰と頭の後ろに手を当てて、うっふん、と、お姉様ポーズを取る鉢屋三郎に澪は思わずツッコミした。
「うわぁ、相変わらず凄い完成度だな。その胸とか何詰めてんだ?」
「八左ヱ門くんのエッチ。どこ見てるんですか?」
「はわわ、すみませんっ。って、アホか。お前は男だろうが」
八左ヱ門と三郎が悪ふざけをしている。三郎は人の顔を使って何してくれているのか。
「はいはい、皆さん今は授業中ですよ。お巫山戯はそこまで。今日は見た目だけじゃなく、如何に女になりきるかについて学んでいただきます。わたしと澪さんで、皆さんを厳しく指導しますからね」
美女の姿をしたシナと、美少女の澪による特別講義に五年生達は何やらソワソワしている。
「目指すは女から見ても違和感のない女です」
ビシッとシナが言うと、途端に五年生達が畏まった。
「山本先生、女が見て違和感のない女とは……?男が見て違和感のない女と何が違うんでしょうか」
すっ、と手を挙げて質問したのは兵助だ。その質問にシナはニコリと笑った。
「よい質問ね」
笑顔でシナが語りかけると、兵助の顔が明るくなった。ちなみに、五年生の女装は三郎を除いて化粧が濃いめであるが、まぁまぁ全員可愛い方である。唯一、八左ヱ門だけがゴツイ感じが強めだが。
「男が見て違和感のない女になるには、見た目がそれらしければとりあえずは及第点です。でも、女から見た女というのは、当然ながら見た目だけの問題ではありません。仕草や会話に至るまで、女なら普通はしないだろう事をやった時点で違和感になるのです。男から見て違和感のない男と同じ……と、言うと分かりやすいかしら」
「ふむふむ」
具体的な話を聞いて勘右衛門が、興味深そうに頷いている。
「では、手始めに会話からします。わたしと澪さんに大して、何でもいいので順番に話しかけてみてください。わたし達は全員が終わってから、感じた違和感の内容を言うわ」
シナの指示に従って、女子ならぬ女装男子によるトーク大会が幕を開けた。持ち時間は一人三分もなく、十分弱もすれば五年生全員との会話は終了した。同時に、シナの言っていた事の意味を授業を受けている五年生は勿論の事、補助をしていた澪も理解した。
「三郎くん、共感力が圧倒的に不足しています。これでは、まるで男のようだと下手したら会話から見抜かれますよ」
「なっ、何だって?!」
ガーン、と澪の評価に三郎が固まった。見た目だけの変装なら、完璧なだけに本人は相当ショックを受けたようだ。
「兵助くんは、もう少しわたしやシナ先生の目を見て話しましょう。照れたりする必要はないんですから。人見知りならともかく、そうじゃないなら男の子と話す時みたいに。なんなら、スキンシップもしていいですから」
「ス、スキンシップ……」
兵助がもじもじしている。それはそれで可愛いが、性別が同じ女性同士だと思うと、変な感じが否めない。豆腐の事となると、やたら積極的なのに不思議である。
「ね、わたしは?」
「勘右衛門くんは、無駄にキャピっとし過ぎ」
「えー……女の子って大体こんなんじゃ」
ぶー、っと軽く唇を尖らせているが、女性同士で無駄にキャピっとしてると態とらしく思われるだけのため、発言は撤回しない。勘右衛門は、男の夢見る女を演じている節がある。当然、そんな女はこの世に早々いない。現代日本でだって、ゲームの中くらいのもんだ。所謂、こんな女はいねぇ、と男向け恋愛シミュレーションゲームに女がツッコミするのと同じである。まぁ、乙女ゲームだって男がプレイしたら同じツッコミが炸裂するのだろうが。
雷蔵は迷い癖を発動し、話がころころ変わって挙動不審に見えてしまうのはいいが、腕組みまでして唸るのはダメ、八左ヱ門は笑う時が態とらしいし立ち姿が男そのもの。
シナは澪より更なる辛口評価で女装した五年生全員に、宣言した通りの容赦ない駄目出しをくらわせた。
その後も、何やかんや女装についての授業は続き……。
「ーーでは、今日はここまでです。女装とは、装いだけの問題ではないと分かりましたね」
「三郎くん以外、化粧をもう少し薄めにしてください。口紅や頬紅の付けすぎは不自然になるので気をつけて」
最後にそう締めくくり、五年生の授業は終了となった。授業終わりに、三郎以外の面々は多少マシになっていたが、三郎本人は会話における共感力を養うという難しい課題に顔を顰めていた。
なまじ、変装が上手いのと五年生でも、かなり強い部類に入るーーどちらかと言うと天才肌なのもあっての事なのだろう。
別に本気で共感力なんて身につけなくても、フリでいいのだが三郎の場合は、そのフリすら中々どうして難しいようなので、とりあえずは話を真摯に聞いて、面倒臭いからといって結論を言って切り上げるような真似をしないように指導だけしておいた。
男は結論を求め、女は共感を求めて会話する事の違いを学ぶしかない。他の五年生も、男の子のためそうした傾向はあるのだろうが、三郎よりはマシだった。
授業が終わり、ランチの時間を態とずらす。勿論、兵助の作ってくれた豆腐料理を食べるためである。約束の時間に食堂を訪れると、兵助が白い三角巾を頭に巻き、割烹着姿で出迎えてくれた。
「澪さん、いらっしゃい。待ってました!」
「いい匂いがしますね。楽しみです」
無限豆腐地獄を作り出す兵助であるが、その料理自体は美味しいと聞く。本人も自信有り気で期待が持てそうだ。
着席すると、豆腐づくしのメニューが三品出てきた。どれも美味しそうで、ヘルシーな感じがする。女子受けしそうだ。
「じゃあ、いただきます」
まずは、豆腐のサラダから食べる。厳選したのだろう。三品のバランスも悪くない。
「このサラダ、おぼろ豆腐使ってるんですね。野菜とよくあうように味付けもばっちりです」
「はいっ。澪さんがおぼろ豆腐を塩で食べるのが好きと言っていたので!」
コメントすると、兵助が満面の笑顔を浮かべる。可愛らしい美少年の割烹着姿は見ていて和む。
続いてはメインと思しき、豆腐ステーキだ。甘辛のタレに薬味が散らされており、ご飯の進む味である。
「んー、少しお味噌が入ってます?」
「はい。焦げやすくなるんですけど、その方が美味しいので」
文句無しに美味しい。ペロリと完食できそうだ。最後に、餡掛け豆腐を食べる。つるん、ぷるんとした口当たりのいい食感に、丁度いい塩加減の餡が絡んで汁物代わりとしてもいけそうだ。
「んー!美味しいっ」
食堂のおばちゃんの料理はお袋の味だが、兵助の豆腐料理は専門料理店のようだ。豆腐の美味しさを引き出している。
まぁ、だからこそ量を出されると辛いのだが、一人前として出てくる分には最高である。
「お豆腐って、そこまで特別に好きとか思った事はないんですけど、兵助くんの作る豆腐料理はそう思わせるくらい美味しいです。美味しい豆腐料理、ご馳走してくれてありがとうございます。兵助くん」
ぽっ、と兵助の頬が赤くなる。豆腐みたいにキメの細かい肌をしてるなぁ、等と思っているとそれは嬉しそうに頷かれた。
「どういたしまして、澪さん。また食べたくなったら作りますので、遠慮なく言ってくださいね」
ふわっと、まるで兵助が作る豆腐のように柔らかく優しい笑顔で言わる。忍術学園の忍たま達は、それぞれ色んな癖や特徴があるけれども、全員良い子達だと思う。澪の精神年齢のため、同年代ではなくついつい教師的な目線になる。
「その代わり、また豆乳プリンをご馳走してください。他の色んな澪さんの作る物も」
少し照れたみたいにお願いされる。そんなお強請りをされては、断れない。澪が頷くとやはり頬を染めて微笑む兵助。
大勢が身体をはったお陰か、無限豆腐地獄は犠牲となって散った面々の思惑通り平和な終わりを見たのだった。
ーーだが、忍術学園を襲う白い物には、まだあと一つ残されていた。
それは。
「食堂のおばちゃん……こ、これは」
夕食時の事。
生徒達と時間をずらし、教員達がご飯を食べるタイミングで、半助によりとある事が指摘された。
「はんぺんよ。お得だったから沢山買ってきちゃった!ちくわが大丈夫になったなら、問題ないでしょっ。まだまだあるのよ。明日も沢山出すつもり」
問題大ありである。
半助がちくわを食べたのは、澪が戸部を好きかもしれないという大いなる誤解のため、一時的に何を食べても何も感じない異常状態だったからだ。
澪はそんな事は知らないが、分かるのは今の普通の状態に戻った半助にはんぺんという、白い練り物は地獄であるという事である。
はんぺんを見る半助の体がぷるぷる震えている。しかも、このはんぺんは色んな所に潜伏していた。メインのおかず、小鉢、汁物にまで。半助の目が涙目になりそうである。
「土井先生、ちくわが食べられたのよ。はんぺんだっていけるわよね?」
カウンター越しに放たれる、食堂のおばちゃんの圧が凄い。
「あ、あの、おばちゃん。ちくわを食べられたのは本当にたまたまで」
「なら、そのたまたまを今日も明日も発動させたらいいじゃない」
半助の言い訳等、通じるはずもない。
「言っておきますけど、他の誰かが食べるズルは許しまへんで」
半助と同じ席について、まさしく夕食を食べようとしていた、澪と利吉はびくっとした。こっそり食べてあげようと思ったからだ。そんな中、半助の隣に座っていた伝蔵はその肩をぽん、と慰めるように叩いた。
「ま、頑張るんだな土井先生。こっちの地獄は食べ過ぎになる程の量じゃない」
「っこれなら、豆腐の方がまだマシだぁー!」
無限豆腐地獄から一転、今度は白きはんぺん地獄に突入してしまった半助が情けない声を上げたのだった。
