第8話 忍術学園に迫る白き✕✕……
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「皆んな、ついにこの日が来たぞ。準備はいいか?」
目を細め、小平太は同学年の忍たま達を見た。
六年生は忍たま長屋の廊下にて。
久々知兵助が指定した豆腐料理の会、またの名を無限豆腐地獄を控え、六年生達は自らの身体を差し出す事となった。それと言うのも、小平太が半助から助っ人を頼まれ引き受けた結果、全員をあの手この手で勧誘したためである。
犬猿コンビのと文次郎と留三郎は、どちらが多く豆腐料理を食べられるかで張り合った結果、あっさり参戦が確定。
澪のファン倶楽部会員の伊作は持ち前のお人好しぶりを発揮し参加。
長次は小平太の恋路を応援する立場から友情出演、仙蔵も日頃から澪に世話になっているため断れずーー六年生全員が揃うことになった。
「胃薬は多めに調合してあるから、バッチリだよ!」
そう言って簡素な作りの印籠を懐から取り出し、皆に見せる伊作。小平太は深く頷いた。腹の準備は昨日からバッチリだ。一年生は組から、きり丸としんべヱに恋敵の半助も加わり、くのいち教室からは、そうこが参戦する。彼女はしんべヱと張り合える大食いだ。五年生達は回復したとはいえ、少し前に豆腐塗れになったばかりのため今回はお休みである。
「では、いざ行くぞ食堂へ……!」
「合戦のようだな」
「その通りだろ。戦う相手が豆腐なだけだ」
音頭を取る小平太の後ろで、文次郎と留三郎が小さな声でそんな会話をしているのだった。
大事な事は、澪を無限豆腐地獄等に落とさない事だ。澪が苦しげに腹を押えて呻く姿なんて、小平太は断じて見たくない。
久々知兵助のエンドレス豆腐コースを味わうのは初めてだが、いけいけどんどんの精神で豆腐料理を食い切る所存であった。
「お待ちください、先輩方!」
食堂へ向かう途中、五年生達が揃って待っていた。その中に居ないのは久々知兵助だけであり、残る五年生達は全員が緊張した面持ちだ。
「我々の力及ばず……ご迷惑をおかけします」
「気にするな、勘右衛門。久々知兵助の作る豆腐料理を一度、本格的に食べてみたかったしな!」
五年生を代表してか、最初に挨拶をしたのは勘右衛門だった。律儀に頭を下げるのを、軽く返事を返しておく。そういえば、勘右衛門は澪と比較的よく話す五年生だ。澪に対して恋愛的な感情は抱いていない様子のため、小平太としては特に警戒対象になり得ない後輩である。
何より、最初に防波堤になろうと頑張った五年生達には、賞賛の気持ちしかない。と言うか、割と豆腐料理攻撃をくらっていると聞いて、少し同情していた。六年生では、長次がボーロをたまに作るが別に腹がはち切れそうなほど食べさせてくるわけでもなし、無害そのものだからだ。
「お前達、あるのであれば教えてほしいのだが、無限豆腐地獄を少しでも楽に切り抜ける方法はあるのか?」
仙蔵が五年生達に質問した。それは確かに気になる。基本的に物量で押し切られると攻略も何もないのだが、初参加となる六年生は情報に乏しいのだ。少しでも何か為になればと思う。
「ーー水分で腹を膨らまさない事です」
鉢屋三郎がキリッとした顔で言った。不破雷蔵と全く同じ顔だが、キレのある表情をしている方が鉢屋であると直ぐに分かった。迷い癖のある雷蔵の方が隣でどう答えようかと腕組みしていたせいもある。すぐにどっちがっちか分かった。
「基本的に水分は豆腐から取ります。でないと直ぐに腹がパンパンになってしまうので」
ガチである。
大食い選手権の歴戦の猛者のような三郎の回答に、仙蔵は勿論、六年生全員の顔が固まった。ここに澪がいたらこう思うだろうーー六年生が、まるでモアイ像みたいな顔になってる、と。
「あと、手を替え品を替え、ありとあらゆる豆腐尽くしの料理が出てきます。豆腐の味は余り意識しない方がいいです。でないと、豆腐が口の中で飽和状態になります」
三郎に続き、竹谷八左ヱ門からのアドバイスが飛び仙蔵の顔が引き攣った。
「あれか。甘味を思ったより沢山は食べられないのと似たような現象になる、と?」
「それです。甘い味の連続に飽きるのと同じです。豆腐の味に最終的に、うえってなります」
うえってなる程に豆腐を食べたことなんて、生まれてこの方、六年生は誰もない。が、五年生は経験済みなのだろう。全員、悟りを開いた僧侶のような顔になっていた。遥か高みから、六年生を見下ろしているような顔である。自分達もこれから、その高みに登るのかと思うと色々とアレである。
「先輩方、倒れたら運ぶくらいの事はさせてください!」
がしっ!と勘右衛門に手を掴まれる小平太。勘右衛門は、戦場に向かう戦士を見送るかのような表情を浮かべている。
「いってらっしゃいです!」
不破雷蔵が何とかそう発言した言葉が、「逝ってらっしゃい」に聞こえたのは、きっと気の所為ではない。
五年生のアドバイス(?)を受けて、六年生全員が食堂へと到着した。半助や、きり丸、しんべヱ、それにくのたまのそうこも既に着席していた。
最初に半助と目が合う。
澪を想う者同士、普段は恋敵として意識はしていても今は心をひとつにして、無限豆腐地獄に臨むべき時である。退けない戦いがここにある。
と、約二名が火花を地味に散らせる中、遂にその時は訪れた。
「これで全員ですか?嬉しいなぁ、オレの豆腐料理を食べにこんなに来てくれるなんて!」
白い三角頭巾に割烹着を着た久々知兵助が、カウンターの向こうから姿を現し、パあっと花咲くような笑顔を見せた。その顔は、美少年のそれだがこれから地獄を作り出す犯人とは誰も思うまい。
「それじゃあ、今からどんどん出していくので、よろしくお願いします!!」
食堂の中には既に料理の良い匂いが漂っている。量が凄いだけで味は美味いのが救いだ。
「よし、食って食って食いまくるぞー!」
「……わたしは、程々の所で止めるからな」
ノリノリの小平太に、すかさず仙蔵が一言呟く。
「あ、立花せんぱーい。立花先輩も来てたんですねぇ。嬉しいなぁ」
「しんべヱ、頑張るんだぞ。わたしも頑張るが、キーパーソンはお前だ。お前の頑張りにかかってるからな。今日は心からお前を応援するぞ」
「キーパー損?ぼく、何か損をするんですかね。きり丸じゃないけど、損するのはちょっと」
「重要という意味だしんべヱ。いつもいつも喜三太と二人してわたしの邪魔と妨害と障害になるお前だが、今日は違うと信じているぞ」
湿り気コンビ。
一年は組の福富しんべヱと同じく山村喜三太の事を、仙蔵はそう言っていた。何でも前に忍務を妨害されて、散々な目にあったそうだ。仙蔵と湿り気コンビの三人揃うと厳禁トリオになるらしい。
「仙蔵、いつもうちのクラスの二人が済まん」
「いえ、土井先生もご苦労されてると分かっておりますので」
流石の半助が仙蔵の言葉に頭を下げていた。仙蔵は首を振っている。半助が一年は組のために胃痛持ちになっているのは、多くの知る所である。その半助相手に苦情を言う気にはなれないのだろう。大人の対応である。話題の当人であるしんべヱだけが、ボケっとした顔をしていた。その両隣には、憂鬱そうな顔のきり丸と何故か困り顔の乱太郎がいる。
しんべヱは必要不可欠だし、きり丸は言い出しっぺだから分かるとして、乱太郎は……参加予定はなかったはずなのだが、ここに来て巻き込まれたようだーー普通に不運である。
へにょ、とした顔が伊作を見ており、保健委員の後輩の顔を見た伊作も、またへにょ、とした顔をしていた。表情だけでやり取りするとは流石である。
その時である。
「お待たせしましたー!では、まずは前菜からどうぞっ!!」
いい笑顔の久々知兵助が、豆腐料理を持ってカウンターから出てきた。前菜、と言いながら既に量がそんな前菜とか言える量ではない。お盆の上に乗った皿と料理の量を見て、長次がピクっと眉を動かした。
いよいよか。
着席し、大人しく出された料理の前に座る。湯気を立てる豆腐料理は、確かに美味しそうな見た目と香りである。
「いただきまーす!」
しんべヱの嬉しそうな声を合図に、他の全員もいただきます、と言って箸を手に取った。今日、このためにここに集った面々はランチを抜いて、時間をずらしてある。そのため、胃袋は空腹を訴えているのだが、果たして兵助の繰り出す攻撃を全て耐える事が出来るか否か。
ーーやってやる。小平太は皿を手に取り、豆腐料理を一口食べた。美味い。味は文句なしだ。もう一口、なるべく豆腐の味を意識しないようにするが、豆腐自体が美味しいので思ったよりも難しい。
「おお、美味いなっ」
「これなら、いけるぞ!」
美味い美味いと、文次郎と留三郎が食べているが、その勢いが何時まで続くやら。持久戦を想定し、初めから飛ばすのは危険だと判断し、小平太をはじめ残る全員、早食いを避けて黙々と食べる。
「次は前菜の続きですー」
前菜に続きなんてあるのか。と、純粋なツッコミを言い出す前に、今度もまた美味しそうだが皿に乗った豆腐料理が。
それから。
食べて、出てきて、食べたら、また出てきての繰り返しが始まった。最初は勢いがあった犬猿コンビも、途中からペースが落ちていき、とうとう目が死んでいた。
「も、もう、む、ムリだ……」
「わ、わたしも、ふらぁ」
「仙蔵ー!乱太郎ー!!」
カラン、と箸が転がって二人脱落した。慌てて伊作が駆け寄る。もともと、そんなに沢山食べない仙蔵と、巻き込まれた乱太郎は最初に散った。
次の料理が出てくるまでに、騒ぎを聞きつけたのかそれとも待機していたのか、五年生の不破雷蔵と鉢屋三郎がサッと現れて担架を持って来た。
「二人を食堂から運び出します。こうなると、匂いだけで悪化するので」
「後の事は任せてください!」
「そうか。頼んだよーーこれ、胃薬。ま、ぼくもあと数皿で多分、そっちに行くかと思うから。よろしくね」
準備のいい五年生である。伊作が印籠に入った薬を渡すと、二人はそれを受け取って仙蔵と乱太郎を食堂の外へと連れ出していく。
「あれ?人数が減ってますねーー立花先輩と、乱太郎が居ない。豆腐は美味しいのになぁ。ま、いいか。はい、次出来ましたよー!」
兵助が笑顔でまた豆腐料理を持ってきた。言っておくが、残っているメンバーで次を待っているのは、しんべヱとそうこくらいの物だ。きり丸は「これはタダだっ、リタイアすると損するぞオレ!!」と言って胃袋を鼓舞しているが、腹の膨らみ具合からして、そろそろ限界だろう。多分、腹を摩ってる伊作も。
そして案の定。
「う、く、タダ飯だけど、もう、無理。うっぷ」
「お、お腹苦しいっ。ごめん、ぼくも無理だ……ふらぁ」
きり丸と伊作が白眼を向いて気絶した。交代制なのか、今度はその二人を勘右衛門と八左ヱ門が回収していく。こうなってくると、ホラーである。
「ーーふはは、まだまだいけるぞぉ。貴様には負けん、留ぇ」
「な、何言ってやがる。お前、さっき、おえって言ってたじゃねぇか。そろそろくたばりそうじゃねーか、文次ぃ」
「いや、お前達どちらもそろそろだろう」
二人とも、腹が苦しそうで表情がそっくりである。はっきり言って、そろそろ小平太も腹が苦しくなってきた。見ると、半助もらしく段々食べている表情が悲痛になってきていた。一口食べる事に何やら悲しそうだ。胃に優しいはずの豆腐だが、こうなってくると凶器である。
長次は、仏頂面のまま食べている。多分、まだ大丈夫そうだ。
「はい、そしたらメインいきまーす!」
「「今までのは、一体何だったんだー!?」」
メインという言葉に反応して、犬猿コンビが異口同音に久々知兵助にツッコミした。既にかなりの豆腐料理が出てきているのに、これからメインだと……?と、思っているのだろう。小平太も同じような気持ちだ。半助の目が気のせいか、ちょっと泣きそうに見えた。多分、自分も似たような顔になっている。
「ま、負けん。お前にだけ、は、がはっ」
「ふ、はは、オレの勝ちだ文次ぃ、ひ、一口分だけ多く食って、おえっぷ」
「もそ。二人とも同じだけ食べて倒れたか」
箸を握りしめたまま、二人が豆腐のような色の白眼になって気絶した。しんべヱとそうこは、まだまだ美味しそうに食べている。
「もそもそ……も、そ」
「ちょ、長次が仏頂面のまま白眼を剥いただとっ……!? 」
箸を口に咥えたまま、大丈夫そうだと思っていた親友が静かに逝った。
残るは小平太と半助、そしてしんべヱとそうこである。五年生達に担架で運ばれていく散って逝った三人を見送ると、兵助がまたも大量の豆腐料理を出してきた。
「さ、次はメインの第二弾です!!」
「「メインは普通一つだろー!!」」
今度は半助と己の言葉が異口同音で重なった。恐ろしいーーこれが無限豆腐地獄。白い物がたっぷり入ったメイン第二弾が机の上にどんどん並べられてゆく……。
「く、くぅ!!」
ぶるぶる箸を持つ手が恐怖で震えた。豆腐をこんなに怖いと思った事はない。まさしく豆腐大魔王、久々知兵助恐るべしである。倒せる気がしない。
半助も同じ思いなのか、動きがシンクロしていた。箸の先がプルプル震えてるし顔色も悪い。
「んー。つるん、ぷるん、喉越し最高っ!」
「まったりしてて、美味しいよねぇ」
そうことしんべヱだけが、笑顔でまだ食べている。もう、後はあの二人に託すしかないのか。
思い出せ、澪の美しい姿を!思い出せ、澪の笑顔を!思い出せ、澪への恋慕をっ!!
「うぉおおお!!!いけいけどんどーん!!」
「限界を超えてやるぅー!!」
恐らくは、澪の事を想って最後の気力を半助も振り絞ったのだろう。二人は皿をほぼ同時に持ち、箸を動かして無心で食べた。
そこから先、程なくして記憶が無くなった。
多分、自分でも知らない間に気絶したのだろう。
日頃から体力が有り余る小平太ではあったが、今日は流石に有り余る体力でも胃袋に限界が来たようだった。
+++++
良い匂いがする。
花の香りだ。ほんのりと甘くて馨しい。さっきまで、大豆の匂いがしていて苦しかったが今は少しだけ楽だった。
「ーー大丈夫ですか、小平太くん?」
長いまつ毛、輝く瞳、整った目鼻立ちに、ハッとする程の美貌。目の前に澪がいた。何やら、山が二つありその向こう側に澪の顔が見える。頭が温かくて柔らかい。すり、と己の枕になっている物を撫でるーーこれは、澪の太腿だ。
二つの山が澪の胸で、それを己が下からのぞくという超絶絶景ポイントに陣取っている事に気付く。というか、今更気付いたのだが澪は非常にスタイルがいい。魅惑的な二つの果実は、大きさといい形といい文句無しだ。綺麗なお椀型の双丘に目が釘付けになりそうだった。これが男装の時は、潰されるのかと思うと勿体無いとすら思う。
「澪さん……。ど、どうしてここに」
柔らかな太腿が気持ちいい。小平太は気がつかないフリを貫き通して態と惚けた態度を取った。この位置は美味しすぎる。何がどうなってこんな事になっているのかは知らないが、豆腐を頑張って食べた甲斐があったというものだ。
「どうしても何も、天気が悪くなってきたから、早めに裏山での訓練から戻って来たんです。そしたら、兵助くんの豆腐料理を食べ終えたはいいものの、食べ過ぎたしんべヱくんとそうこちゃんが気絶してまして。兵助くんに事情を聞いたら、他にも皆んな倒れたって言うし。それで倒れたそうこちゃん達を担架で運びに来た勘右衛門くん達を問い詰めたら、わたしの為だったとか何とか話すし。もう、皆んな無茶し過ぎですよ」
「……すまん。でも、澪さんが同じ目に遭わなくて済んだなら、それが一番だから」
気が付いたら、笑っていた。
食べすぎて気絶するなんて、盛大に格好悪い姿を晒してしまったが、それで惚れた相手を助けられるなら安いものだと思う。
バレたくなかったが、あっさりバレてしまった。まぁ、終わった後でバレるだけマシだと思う事にする。
「他の皆は?」
「皆さん、苦しそうではありましたが何とか起き上がっていましたよ。土井先生はまだ魘されてましたので、今は利吉くんが念の為に付き添ってます。わたしは、長次くんに小平太くんを診てるようお願いされまして。あと、小平太くんが魘されていたので、それなら膝枕をしてくれと言われたもので。悩んだんですが、それで良くなるなら……と。気分はどうですか?」
グッジョブ、長次。
小平太は心の中で、親友のファインプレーを褒め称えた。今度、図書委員会の仕事を手伝おうと心に決める。
「澪さん。わたしは初めて、おえってなるまで豆腐を食べたぞ。褒めてくれ」
「凄いですね。でも、普通はそんなふうになるまで豆腐食べちゃダメですよ」
「澪さんの為だからな。無茶もするさ」
ーー好きだ。
言わないが、想いを込めて見上げると澪が困ったように笑っていた。そんな顔も綺麗で可愛いなんて反則である。
「でも暫く豆腐は要らんな」
「ふふ、わたしは明日、兵助くんの作ったお豆腐料理を数品食べる事になりました。皆さんの奮闘のお陰で、かなり数が減らされてるようです。ありがとうございます」
「どういたしまして。そう言えば、利吉さんが少しの間学園に滞在するんだったか」
利吉に関しては今の所、警戒はしていない。彼の持つ感情は伊作と同類の物だ。ファン倶楽部の存在を知ったら、会員になりそうな気がした。くのたま達が大喜びしそうな新規メンバーである。澪が人気過ぎて辛い。
「ええ、わたしの新しい武器の訓練を手伝ってくれるそうです。有難い事で」
「新しい武器?それは、ひょっとして今度やるという先生達と澪さんの戦闘訓練と何か関係しているのか。今日行っていた裏山での訓練とやらもそれか?」
新しい武器なんて、小平太は全く知らない。知っているのは、一部の教師達と澪が皆の前で戦闘訓練をするという事だけだ。学園は今、その話題で持ち切りである。
「まぁ、そんな所です」
「わたしも見たいぞ。利吉さんだけなんてずるい。わたしも澪さんの訓練に付き合いたいっ」
嘘偽りない気持ちだった。何より、半助に邪魔されないチャンスである。少なくとも、教師達には手の内を明かさないためにも、澪のやっている事は秘匿される可能性が高い。つまり、半助は利吉と澪の特訓に割り込めない。
だが、自分ならそれができる。勉強をしたいと言えばくっついて行く口実になるのだし。何なら長次を巻き込めばいい。下心はあるが、それを澪に不快に思われて警戒されたくない。
職員と生徒。
今の立場ではどうしようもない線引きを歯痒く思う一方で、律儀で真面目な澪の態度を好ましく思えるから始末に悪い。
「ふふ、気持ちは嬉しいですが、大振りの武器なので危ないから、わたしが慣れるまで駄目です。万が一があっては、大変ですから」
「むむっ。怪我なんて気にしないぞ」
「ダメです。そうなったら、わたしが後悔してしまいます」
多分、これもまた生徒と職員の線引きなのだろう。そう思ったら食い下がれない。
「なら、見学したい。手は出さないから。澪さんの新しい武器に興味がある!」
「まぁ、見学なら……」
「よしっ。なら、他にも興味がある奴を連れていくとしよう」
「少人数でお願いしますね」
「勿論だとも。ありがとう、澪さん!」
澪がやれやれと笑っている。小平太はそんな澪の表情が好きだった。弟妹の多い小平太は、そんな澪を見ると弟や妹の気持ちが分かる。誰かに甘えるというのは心地いいのだ。頼られるのには慣れているが、澪相手にはどうしてか甘えられる。澪より年上の半助ですらそうなのだ。小平太が同じようになるのも無理のない話であった。
実は、澪の魂の年齢に無意識で小平太や半助が自然と甘えている結果なのだが、当然ながらその事を二人は知るはずもない。
それにしても。
「ここは、わたしの部屋か?」
今更気付いた。ここは六年生の長屋であると。どうやら周りに人は居ない。つまりは澪に膝枕をされた状態で部屋で二人きりなのだ。その事に今更気付くーー何だその美味しすぎるシチュエーションは。
「小平太くんの髪、もさもさしてるよね」
ふわ、と澪が優しく己の髪に触れてきた。感触を楽しむように軽く触って離れていく。それが嬉しくて心臓がドキドキした。綺麗な指先を視線で追う。爪に艶があって、細くて可愛い指だ。怪力を持つなんて想像もできない。
「澪さんの手は綺麗だな……、凄く綺麗だ」
「ふふ、ありがとうございます」
声も綺麗だ。胸の形もーーとは、口に出さなかった。すり、と軽く頭を動かして太腿の感触を頬でも味わう。最高である。もさもさした己の髪が擽ったいのか澪が笑った。
小平太にとっては至上のご褒美である。もうずっとこうしていたい程に。
だが、許された時間はそう長くなかった。部屋の外が騒々しい。足早にこちらへ向かってくるはっきりとした足音が聞こえてきた。焦るように向かってくる足音の正体が誰かなんて、分かりきっていた。
「ーーっ、失礼する!」
スパン!と障子戸が開けられる。そこに居たのは土井半助だ。膨れた腹を抱えながらも、澪に膝枕をされている小平太を見て、鋭く目を細めている。どう見ても嫉妬である。
「澪さん。わたしが代わるよ。小平太に応援を頼んだのはわたしなんだし」
「硬い膝は嫌です。澪さん一択で」
「枕は硬い方が体にいいと前にも言ったはずだが?」
「前にもわたしはピチピチ十代で、アラサーの土井先生と違って大丈夫だと言いましたが」
「アラサー言うな!まだ二十五歳だもんっ!!」
前にもやったやり取りである。その時は小平子と半子であったが。
「はー、気持ちいいなぁ。最高だなぁ」
スリスリと見せつけるように、澪の膝の上で頬擦りする。もさもさの髪が当たって擽ったいのか、澪が震えて半助もプルプル怒りに震えていた。
「こらこら、もう元気そうならお終いですよ。土井先生も、そんなにお腹が大きいのに無理したらダメです。というか、二人とも食べ過ぎは身体によくないんですから、もうこんな事したらダメですよ」
どうやら、ご褒美タイムは終了らしい。仕方ないので起き上がる。澪からやんわりと注意されてしまい、小平太は半助と二人揃って態とらしく肩を竦めてみせた。
「大丈夫だ。もう無限豆腐地獄は懲り懲りだからな」
「わたしも二度とやらないよ。というか、やりたくない」
半助と二人揃って、苦笑いした。
久々知兵助の無限豆腐地獄は、美味しいが苦しすぎる地獄であった。
二度とは見たくない白き地獄を思い、小平太はその太い眉を情けなくへにょりと歪めたのだった。
ーーこうして。
忍術学園に迫った白き豆腐の地獄は、多数を巻き添えにしてとりあえずの終わりとなったのであった。
目を細め、小平太は同学年の忍たま達を見た。
六年生は忍たま長屋の廊下にて。
久々知兵助が指定した豆腐料理の会、またの名を無限豆腐地獄を控え、六年生達は自らの身体を差し出す事となった。それと言うのも、小平太が半助から助っ人を頼まれ引き受けた結果、全員をあの手この手で勧誘したためである。
犬猿コンビのと文次郎と留三郎は、どちらが多く豆腐料理を食べられるかで張り合った結果、あっさり参戦が確定。
澪のファン倶楽部会員の伊作は持ち前のお人好しぶりを発揮し参加。
長次は小平太の恋路を応援する立場から友情出演、仙蔵も日頃から澪に世話になっているため断れずーー六年生全員が揃うことになった。
「胃薬は多めに調合してあるから、バッチリだよ!」
そう言って簡素な作りの印籠を懐から取り出し、皆に見せる伊作。小平太は深く頷いた。腹の準備は昨日からバッチリだ。一年生は組から、きり丸としんべヱに恋敵の半助も加わり、くのいち教室からは、そうこが参戦する。彼女はしんべヱと張り合える大食いだ。五年生達は回復したとはいえ、少し前に豆腐塗れになったばかりのため今回はお休みである。
「では、いざ行くぞ食堂へ……!」
「合戦のようだな」
「その通りだろ。戦う相手が豆腐なだけだ」
音頭を取る小平太の後ろで、文次郎と留三郎が小さな声でそんな会話をしているのだった。
大事な事は、澪を無限豆腐地獄等に落とさない事だ。澪が苦しげに腹を押えて呻く姿なんて、小平太は断じて見たくない。
久々知兵助のエンドレス豆腐コースを味わうのは初めてだが、いけいけどんどんの精神で豆腐料理を食い切る所存であった。
「お待ちください、先輩方!」
食堂へ向かう途中、五年生達が揃って待っていた。その中に居ないのは久々知兵助だけであり、残る五年生達は全員が緊張した面持ちだ。
「我々の力及ばず……ご迷惑をおかけします」
「気にするな、勘右衛門。久々知兵助の作る豆腐料理を一度、本格的に食べてみたかったしな!」
五年生を代表してか、最初に挨拶をしたのは勘右衛門だった。律儀に頭を下げるのを、軽く返事を返しておく。そういえば、勘右衛門は澪と比較的よく話す五年生だ。澪に対して恋愛的な感情は抱いていない様子のため、小平太としては特に警戒対象になり得ない後輩である。
何より、最初に防波堤になろうと頑張った五年生達には、賞賛の気持ちしかない。と言うか、割と豆腐料理攻撃をくらっていると聞いて、少し同情していた。六年生では、長次がボーロをたまに作るが別に腹がはち切れそうなほど食べさせてくるわけでもなし、無害そのものだからだ。
「お前達、あるのであれば教えてほしいのだが、無限豆腐地獄を少しでも楽に切り抜ける方法はあるのか?」
仙蔵が五年生達に質問した。それは確かに気になる。基本的に物量で押し切られると攻略も何もないのだが、初参加となる六年生は情報に乏しいのだ。少しでも何か為になればと思う。
「ーー水分で腹を膨らまさない事です」
鉢屋三郎がキリッとした顔で言った。不破雷蔵と全く同じ顔だが、キレのある表情をしている方が鉢屋であると直ぐに分かった。迷い癖のある雷蔵の方が隣でどう答えようかと腕組みしていたせいもある。すぐにどっちがっちか分かった。
「基本的に水分は豆腐から取ります。でないと直ぐに腹がパンパンになってしまうので」
ガチである。
大食い選手権の歴戦の猛者のような三郎の回答に、仙蔵は勿論、六年生全員の顔が固まった。ここに澪がいたらこう思うだろうーー六年生が、まるでモアイ像みたいな顔になってる、と。
「あと、手を替え品を替え、ありとあらゆる豆腐尽くしの料理が出てきます。豆腐の味は余り意識しない方がいいです。でないと、豆腐が口の中で飽和状態になります」
三郎に続き、竹谷八左ヱ門からのアドバイスが飛び仙蔵の顔が引き攣った。
「あれか。甘味を思ったより沢山は食べられないのと似たような現象になる、と?」
「それです。甘い味の連続に飽きるのと同じです。豆腐の味に最終的に、うえってなります」
うえってなる程に豆腐を食べたことなんて、生まれてこの方、六年生は誰もない。が、五年生は経験済みなのだろう。全員、悟りを開いた僧侶のような顔になっていた。遥か高みから、六年生を見下ろしているような顔である。自分達もこれから、その高みに登るのかと思うと色々とアレである。
「先輩方、倒れたら運ぶくらいの事はさせてください!」
がしっ!と勘右衛門に手を掴まれる小平太。勘右衛門は、戦場に向かう戦士を見送るかのような表情を浮かべている。
「いってらっしゃいです!」
不破雷蔵が何とかそう発言した言葉が、「逝ってらっしゃい」に聞こえたのは、きっと気の所為ではない。
五年生のアドバイス(?)を受けて、六年生全員が食堂へと到着した。半助や、きり丸、しんべヱ、それにくのたまのそうこも既に着席していた。
最初に半助と目が合う。
澪を想う者同士、普段は恋敵として意識はしていても今は心をひとつにして、無限豆腐地獄に臨むべき時である。退けない戦いがここにある。
と、約二名が火花を地味に散らせる中、遂にその時は訪れた。
「これで全員ですか?嬉しいなぁ、オレの豆腐料理を食べにこんなに来てくれるなんて!」
白い三角頭巾に割烹着を着た久々知兵助が、カウンターの向こうから姿を現し、パあっと花咲くような笑顔を見せた。その顔は、美少年のそれだがこれから地獄を作り出す犯人とは誰も思うまい。
「それじゃあ、今からどんどん出していくので、よろしくお願いします!!」
食堂の中には既に料理の良い匂いが漂っている。量が凄いだけで味は美味いのが救いだ。
「よし、食って食って食いまくるぞー!」
「……わたしは、程々の所で止めるからな」
ノリノリの小平太に、すかさず仙蔵が一言呟く。
「あ、立花せんぱーい。立花先輩も来てたんですねぇ。嬉しいなぁ」
「しんべヱ、頑張るんだぞ。わたしも頑張るが、キーパーソンはお前だ。お前の頑張りにかかってるからな。今日は心からお前を応援するぞ」
「キーパー損?ぼく、何か損をするんですかね。きり丸じゃないけど、損するのはちょっと」
「重要という意味だしんべヱ。いつもいつも喜三太と二人してわたしの邪魔と妨害と障害になるお前だが、今日は違うと信じているぞ」
湿り気コンビ。
一年は組の福富しんべヱと同じく山村喜三太の事を、仙蔵はそう言っていた。何でも前に忍務を妨害されて、散々な目にあったそうだ。仙蔵と湿り気コンビの三人揃うと厳禁トリオになるらしい。
「仙蔵、いつもうちのクラスの二人が済まん」
「いえ、土井先生もご苦労されてると分かっておりますので」
流石の半助が仙蔵の言葉に頭を下げていた。仙蔵は首を振っている。半助が一年は組のために胃痛持ちになっているのは、多くの知る所である。その半助相手に苦情を言う気にはなれないのだろう。大人の対応である。話題の当人であるしんべヱだけが、ボケっとした顔をしていた。その両隣には、憂鬱そうな顔のきり丸と何故か困り顔の乱太郎がいる。
しんべヱは必要不可欠だし、きり丸は言い出しっぺだから分かるとして、乱太郎は……参加予定はなかったはずなのだが、ここに来て巻き込まれたようだーー普通に不運である。
へにょ、とした顔が伊作を見ており、保健委員の後輩の顔を見た伊作も、またへにょ、とした顔をしていた。表情だけでやり取りするとは流石である。
その時である。
「お待たせしましたー!では、まずは前菜からどうぞっ!!」
いい笑顔の久々知兵助が、豆腐料理を持ってカウンターから出てきた。前菜、と言いながら既に量がそんな前菜とか言える量ではない。お盆の上に乗った皿と料理の量を見て、長次がピクっと眉を動かした。
いよいよか。
着席し、大人しく出された料理の前に座る。湯気を立てる豆腐料理は、確かに美味しそうな見た目と香りである。
「いただきまーす!」
しんべヱの嬉しそうな声を合図に、他の全員もいただきます、と言って箸を手に取った。今日、このためにここに集った面々はランチを抜いて、時間をずらしてある。そのため、胃袋は空腹を訴えているのだが、果たして兵助の繰り出す攻撃を全て耐える事が出来るか否か。
ーーやってやる。小平太は皿を手に取り、豆腐料理を一口食べた。美味い。味は文句なしだ。もう一口、なるべく豆腐の味を意識しないようにするが、豆腐自体が美味しいので思ったよりも難しい。
「おお、美味いなっ」
「これなら、いけるぞ!」
美味い美味いと、文次郎と留三郎が食べているが、その勢いが何時まで続くやら。持久戦を想定し、初めから飛ばすのは危険だと判断し、小平太をはじめ残る全員、早食いを避けて黙々と食べる。
「次は前菜の続きですー」
前菜に続きなんてあるのか。と、純粋なツッコミを言い出す前に、今度もまた美味しそうだが皿に乗った豆腐料理が。
それから。
食べて、出てきて、食べたら、また出てきての繰り返しが始まった。最初は勢いがあった犬猿コンビも、途中からペースが落ちていき、とうとう目が死んでいた。
「も、もう、む、ムリだ……」
「わ、わたしも、ふらぁ」
「仙蔵ー!乱太郎ー!!」
カラン、と箸が転がって二人脱落した。慌てて伊作が駆け寄る。もともと、そんなに沢山食べない仙蔵と、巻き込まれた乱太郎は最初に散った。
次の料理が出てくるまでに、騒ぎを聞きつけたのかそれとも待機していたのか、五年生の不破雷蔵と鉢屋三郎がサッと現れて担架を持って来た。
「二人を食堂から運び出します。こうなると、匂いだけで悪化するので」
「後の事は任せてください!」
「そうか。頼んだよーーこれ、胃薬。ま、ぼくもあと数皿で多分、そっちに行くかと思うから。よろしくね」
準備のいい五年生である。伊作が印籠に入った薬を渡すと、二人はそれを受け取って仙蔵と乱太郎を食堂の外へと連れ出していく。
「あれ?人数が減ってますねーー立花先輩と、乱太郎が居ない。豆腐は美味しいのになぁ。ま、いいか。はい、次出来ましたよー!」
兵助が笑顔でまた豆腐料理を持ってきた。言っておくが、残っているメンバーで次を待っているのは、しんべヱとそうこくらいの物だ。きり丸は「これはタダだっ、リタイアすると損するぞオレ!!」と言って胃袋を鼓舞しているが、腹の膨らみ具合からして、そろそろ限界だろう。多分、腹を摩ってる伊作も。
そして案の定。
「う、く、タダ飯だけど、もう、無理。うっぷ」
「お、お腹苦しいっ。ごめん、ぼくも無理だ……ふらぁ」
きり丸と伊作が白眼を向いて気絶した。交代制なのか、今度はその二人を勘右衛門と八左ヱ門が回収していく。こうなってくると、ホラーである。
「ーーふはは、まだまだいけるぞぉ。貴様には負けん、留ぇ」
「な、何言ってやがる。お前、さっき、おえって言ってたじゃねぇか。そろそろくたばりそうじゃねーか、文次ぃ」
「いや、お前達どちらもそろそろだろう」
二人とも、腹が苦しそうで表情がそっくりである。はっきり言って、そろそろ小平太も腹が苦しくなってきた。見ると、半助もらしく段々食べている表情が悲痛になってきていた。一口食べる事に何やら悲しそうだ。胃に優しいはずの豆腐だが、こうなってくると凶器である。
長次は、仏頂面のまま食べている。多分、まだ大丈夫そうだ。
「はい、そしたらメインいきまーす!」
「「今までのは、一体何だったんだー!?」」
メインという言葉に反応して、犬猿コンビが異口同音に久々知兵助にツッコミした。既にかなりの豆腐料理が出てきているのに、これからメインだと……?と、思っているのだろう。小平太も同じような気持ちだ。半助の目が気のせいか、ちょっと泣きそうに見えた。多分、自分も似たような顔になっている。
「ま、負けん。お前にだけ、は、がはっ」
「ふ、はは、オレの勝ちだ文次ぃ、ひ、一口分だけ多く食って、おえっぷ」
「もそ。二人とも同じだけ食べて倒れたか」
箸を握りしめたまま、二人が豆腐のような色の白眼になって気絶した。しんべヱとそうこは、まだまだ美味しそうに食べている。
「もそもそ……も、そ」
「ちょ、長次が仏頂面のまま白眼を剥いただとっ……!? 」
箸を口に咥えたまま、大丈夫そうだと思っていた親友が静かに逝った。
残るは小平太と半助、そしてしんべヱとそうこである。五年生達に担架で運ばれていく散って逝った三人を見送ると、兵助がまたも大量の豆腐料理を出してきた。
「さ、次はメインの第二弾です!!」
「「メインは普通一つだろー!!」」
今度は半助と己の言葉が異口同音で重なった。恐ろしいーーこれが無限豆腐地獄。白い物がたっぷり入ったメイン第二弾が机の上にどんどん並べられてゆく……。
「く、くぅ!!」
ぶるぶる箸を持つ手が恐怖で震えた。豆腐をこんなに怖いと思った事はない。まさしく豆腐大魔王、久々知兵助恐るべしである。倒せる気がしない。
半助も同じ思いなのか、動きがシンクロしていた。箸の先がプルプル震えてるし顔色も悪い。
「んー。つるん、ぷるん、喉越し最高っ!」
「まったりしてて、美味しいよねぇ」
そうことしんべヱだけが、笑顔でまだ食べている。もう、後はあの二人に託すしかないのか。
思い出せ、澪の美しい姿を!思い出せ、澪の笑顔を!思い出せ、澪への恋慕をっ!!
「うぉおおお!!!いけいけどんどーん!!」
「限界を超えてやるぅー!!」
恐らくは、澪の事を想って最後の気力を半助も振り絞ったのだろう。二人は皿をほぼ同時に持ち、箸を動かして無心で食べた。
そこから先、程なくして記憶が無くなった。
多分、自分でも知らない間に気絶したのだろう。
日頃から体力が有り余る小平太ではあったが、今日は流石に有り余る体力でも胃袋に限界が来たようだった。
+++++
良い匂いがする。
花の香りだ。ほんのりと甘くて馨しい。さっきまで、大豆の匂いがしていて苦しかったが今は少しだけ楽だった。
「ーー大丈夫ですか、小平太くん?」
長いまつ毛、輝く瞳、整った目鼻立ちに、ハッとする程の美貌。目の前に澪がいた。何やら、山が二つありその向こう側に澪の顔が見える。頭が温かくて柔らかい。すり、と己の枕になっている物を撫でるーーこれは、澪の太腿だ。
二つの山が澪の胸で、それを己が下からのぞくという超絶絶景ポイントに陣取っている事に気付く。というか、今更気付いたのだが澪は非常にスタイルがいい。魅惑的な二つの果実は、大きさといい形といい文句無しだ。綺麗なお椀型の双丘に目が釘付けになりそうだった。これが男装の時は、潰されるのかと思うと勿体無いとすら思う。
「澪さん……。ど、どうしてここに」
柔らかな太腿が気持ちいい。小平太は気がつかないフリを貫き通して態と惚けた態度を取った。この位置は美味しすぎる。何がどうなってこんな事になっているのかは知らないが、豆腐を頑張って食べた甲斐があったというものだ。
「どうしても何も、天気が悪くなってきたから、早めに裏山での訓練から戻って来たんです。そしたら、兵助くんの豆腐料理を食べ終えたはいいものの、食べ過ぎたしんべヱくんとそうこちゃんが気絶してまして。兵助くんに事情を聞いたら、他にも皆んな倒れたって言うし。それで倒れたそうこちゃん達を担架で運びに来た勘右衛門くん達を問い詰めたら、わたしの為だったとか何とか話すし。もう、皆んな無茶し過ぎですよ」
「……すまん。でも、澪さんが同じ目に遭わなくて済んだなら、それが一番だから」
気が付いたら、笑っていた。
食べすぎて気絶するなんて、盛大に格好悪い姿を晒してしまったが、それで惚れた相手を助けられるなら安いものだと思う。
バレたくなかったが、あっさりバレてしまった。まぁ、終わった後でバレるだけマシだと思う事にする。
「他の皆は?」
「皆さん、苦しそうではありましたが何とか起き上がっていましたよ。土井先生はまだ魘されてましたので、今は利吉くんが念の為に付き添ってます。わたしは、長次くんに小平太くんを診てるようお願いされまして。あと、小平太くんが魘されていたので、それなら膝枕をしてくれと言われたもので。悩んだんですが、それで良くなるなら……と。気分はどうですか?」
グッジョブ、長次。
小平太は心の中で、親友のファインプレーを褒め称えた。今度、図書委員会の仕事を手伝おうと心に決める。
「澪さん。わたしは初めて、おえってなるまで豆腐を食べたぞ。褒めてくれ」
「凄いですね。でも、普通はそんなふうになるまで豆腐食べちゃダメですよ」
「澪さんの為だからな。無茶もするさ」
ーー好きだ。
言わないが、想いを込めて見上げると澪が困ったように笑っていた。そんな顔も綺麗で可愛いなんて反則である。
「でも暫く豆腐は要らんな」
「ふふ、わたしは明日、兵助くんの作ったお豆腐料理を数品食べる事になりました。皆さんの奮闘のお陰で、かなり数が減らされてるようです。ありがとうございます」
「どういたしまして。そう言えば、利吉さんが少しの間学園に滞在するんだったか」
利吉に関しては今の所、警戒はしていない。彼の持つ感情は伊作と同類の物だ。ファン倶楽部の存在を知ったら、会員になりそうな気がした。くのたま達が大喜びしそうな新規メンバーである。澪が人気過ぎて辛い。
「ええ、わたしの新しい武器の訓練を手伝ってくれるそうです。有難い事で」
「新しい武器?それは、ひょっとして今度やるという先生達と澪さんの戦闘訓練と何か関係しているのか。今日行っていた裏山での訓練とやらもそれか?」
新しい武器なんて、小平太は全く知らない。知っているのは、一部の教師達と澪が皆の前で戦闘訓練をするという事だけだ。学園は今、その話題で持ち切りである。
「まぁ、そんな所です」
「わたしも見たいぞ。利吉さんだけなんてずるい。わたしも澪さんの訓練に付き合いたいっ」
嘘偽りない気持ちだった。何より、半助に邪魔されないチャンスである。少なくとも、教師達には手の内を明かさないためにも、澪のやっている事は秘匿される可能性が高い。つまり、半助は利吉と澪の特訓に割り込めない。
だが、自分ならそれができる。勉強をしたいと言えばくっついて行く口実になるのだし。何なら長次を巻き込めばいい。下心はあるが、それを澪に不快に思われて警戒されたくない。
職員と生徒。
今の立場ではどうしようもない線引きを歯痒く思う一方で、律儀で真面目な澪の態度を好ましく思えるから始末に悪い。
「ふふ、気持ちは嬉しいですが、大振りの武器なので危ないから、わたしが慣れるまで駄目です。万が一があっては、大変ですから」
「むむっ。怪我なんて気にしないぞ」
「ダメです。そうなったら、わたしが後悔してしまいます」
多分、これもまた生徒と職員の線引きなのだろう。そう思ったら食い下がれない。
「なら、見学したい。手は出さないから。澪さんの新しい武器に興味がある!」
「まぁ、見学なら……」
「よしっ。なら、他にも興味がある奴を連れていくとしよう」
「少人数でお願いしますね」
「勿論だとも。ありがとう、澪さん!」
澪がやれやれと笑っている。小平太はそんな澪の表情が好きだった。弟妹の多い小平太は、そんな澪を見ると弟や妹の気持ちが分かる。誰かに甘えるというのは心地いいのだ。頼られるのには慣れているが、澪相手にはどうしてか甘えられる。澪より年上の半助ですらそうなのだ。小平太が同じようになるのも無理のない話であった。
実は、澪の魂の年齢に無意識で小平太や半助が自然と甘えている結果なのだが、当然ながらその事を二人は知るはずもない。
それにしても。
「ここは、わたしの部屋か?」
今更気付いた。ここは六年生の長屋であると。どうやら周りに人は居ない。つまりは澪に膝枕をされた状態で部屋で二人きりなのだ。その事に今更気付くーー何だその美味しすぎるシチュエーションは。
「小平太くんの髪、もさもさしてるよね」
ふわ、と澪が優しく己の髪に触れてきた。感触を楽しむように軽く触って離れていく。それが嬉しくて心臓がドキドキした。綺麗な指先を視線で追う。爪に艶があって、細くて可愛い指だ。怪力を持つなんて想像もできない。
「澪さんの手は綺麗だな……、凄く綺麗だ」
「ふふ、ありがとうございます」
声も綺麗だ。胸の形もーーとは、口に出さなかった。すり、と軽く頭を動かして太腿の感触を頬でも味わう。最高である。もさもさした己の髪が擽ったいのか澪が笑った。
小平太にとっては至上のご褒美である。もうずっとこうしていたい程に。
だが、許された時間はそう長くなかった。部屋の外が騒々しい。足早にこちらへ向かってくるはっきりとした足音が聞こえてきた。焦るように向かってくる足音の正体が誰かなんて、分かりきっていた。
「ーーっ、失礼する!」
スパン!と障子戸が開けられる。そこに居たのは土井半助だ。膨れた腹を抱えながらも、澪に膝枕をされている小平太を見て、鋭く目を細めている。どう見ても嫉妬である。
「澪さん。わたしが代わるよ。小平太に応援を頼んだのはわたしなんだし」
「硬い膝は嫌です。澪さん一択で」
「枕は硬い方が体にいいと前にも言ったはずだが?」
「前にもわたしはピチピチ十代で、アラサーの土井先生と違って大丈夫だと言いましたが」
「アラサー言うな!まだ二十五歳だもんっ!!」
前にもやったやり取りである。その時は小平子と半子であったが。
「はー、気持ちいいなぁ。最高だなぁ」
スリスリと見せつけるように、澪の膝の上で頬擦りする。もさもさの髪が当たって擽ったいのか、澪が震えて半助もプルプル怒りに震えていた。
「こらこら、もう元気そうならお終いですよ。土井先生も、そんなにお腹が大きいのに無理したらダメです。というか、二人とも食べ過ぎは身体によくないんですから、もうこんな事したらダメですよ」
どうやら、ご褒美タイムは終了らしい。仕方ないので起き上がる。澪からやんわりと注意されてしまい、小平太は半助と二人揃って態とらしく肩を竦めてみせた。
「大丈夫だ。もう無限豆腐地獄は懲り懲りだからな」
「わたしも二度とやらないよ。というか、やりたくない」
半助と二人揃って、苦笑いした。
久々知兵助の無限豆腐地獄は、美味しいが苦しすぎる地獄であった。
二度とは見たくない白き地獄を思い、小平太はその太い眉を情けなくへにょりと歪めたのだった。
ーーこうして。
忍術学園に迫った白き豆腐の地獄は、多数を巻き添えにしてとりあえずの終わりとなったのであった。
