第8話 忍術学園に迫る白き✕✕……
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ーー新しい武器を手に入れた!
新装備の威力を確かめたいがために、強いモンスターや敵に挑むゲーマーの気持ちが痛いほどに分かってしまった澪である。
学園長から、入手したという武器を貰えた瞬間、テンテレー!と、明るい音楽がバックで流れていそうなテンションになったのは言う間でもない。
武器ーー其れは、澪にとっては儚い物だった。
本気を出したら折れて砕けて壊れる。それが澪にとっての武器である。怪力という突出し過ぎる力は、武器をガラクタに変える諸刃の剣だったのだ。
それが、学園長のプレゼントにより解決する事になろうとは。そして、嬉しいのは早速に新しい武器で教師陣と手合わせしてもいいという許可が降りた事である。
そんなわけで、澪は新しい武器を貰ったその翌日に事務室の手伝いを終えたら、その後は午後から時間が空いていた事もあり、早速に新しい武器と、ついでに剣術の稽古のため木刀を持って裏山へ鍛錬に出る事にした。
鍛錬の一番の目的は、手に入れた新しい武器をちゃんと扱う為という物だが、もう一つは久々知兵助がらみの事で、何やら澪に隠している事案があるらしい件について、モヤモヤとしてくる気持ちを解消するためでもある。
半助、六年生達、そして何とくのたま達まで。何かあるらしいと思い、くのたまやシナに聞いたが、苦笑いされてはぐらかされた。
皆、危険な事ではないからとしか言わない。どうやら、澪に隠し通す事は決定事項らしい。こうなると、気になるが無理に暴く方が難しいし、皆の意思に背く事にもなるためやりづらい。
そんなわけで、それなら自分は思う存分に新しい武器と、そして剣術の稽古をしようと俄然やる気に燃える澪。途中、裏山で猪や熊に遭遇しようが武器を使って大喜びで撃退する気満々である。こうなると、最早どっちが獣か判断に迷う所だ。
そんな澪が、背中に新しく入手した箱に入った武器をくくりつけ、腰に木刀を差し物々しい姿で裏山に向かおうと、学園の門の外に出た瞬間の事。
「ーー澪さん、どうしたんだい。そのやたら大きな荷物は?」
爽やかな青年の声がした。
ふと声のした方を見ると、そこには、過日、鵺捕獲で共に仕事をした利吉の姿があった。
今日も素敵なイケメン美男子である。
「こんにちは、利吉くん。この前はどうも。今日は山田先生に会いに来たの?」
「ええ、まぁ……母上から手紙を預かったので。って、わたしの事はいいんだよっ。そうじゃなくて、澪さんの事!何かなその荷物は」
「あ、これはわたしの新しい武器なの。学園長がプレゼントしてくれた物でね。今から鍛錬しに裏山にでも行こうかと」
学園でやってもいいが、こんな大振りな武器ともなると、他に鍛錬したい生徒の邪魔になるかもしれないのと、見物人が多数出てきそうで気が散るので、その防止もあって裏山での鍛錬しようと思ったのだ。
「成程……それにしても、随分と大きい武器だな。で、中身は?」
「青龍偃月刀のレプリカと、双錘という明の武器よ」
「ならば、わたしも一緒に行くよ。絶対に邪魔はしないから、澪さんの様子を傍で見ていいよね」
いいですか?と聞かない押しの強さとはこれ如何に。
「え、でもお手紙は」
「直ぐに父上に渡して戻ってくるから、少し待っててくれ。絶対に先に言っちゃダメだよ!!」
澪が返事をする前に、利吉はトントンと学園の戸を叩く。大きな門扉につけられた小さな扉から、小松田が顔を出すとひったくるように入門票を書いて、ダッシュで学園に入って行ってしまった。
「ほえ、今日の利吉さんは何だか慌ただしいなぁ」
走る利吉を見た小松田がキョトンと、不思議そうな顔をする。その傍らで、一人で鍛錬する気満々だった澪は今し方、強制的に確定した同行者にポカンと間抜けな顔になるのだった。
それから、利吉は言葉通り直ぐに戻ってきた。
何やら頬の当たりが紅潮しており、目がキラキラしている。ただでさえ美男子なのに、パワーアップしている。澪が前世記憶持ちの特殊な人間でなければ、うっかり一目惚れしたかもしれない。その位に眩しい。
「澪さん、父上から聞いたよっ。何でも先生方と戦闘訓練をするのだとか。その日は、わたしも見に必ず駆け付けるからね!」
すっかり澪のファンの一人である利吉は、推しである澪の活躍が見れると知って黙ってはいない。実は来週に依頼された仕事があったりしたのだが、オファーは断る気満々であった。
父の伝蔵が遺言を書くかどうか悩んでいるのに、その息子は対戦相手の澪にある意味で夢中である。報われない親心である。まぁ、世の中そんな物かもしれないが。
「さぁ、わたしと一緒に裏山に行くよ!」
「え、ええ……」
がしっ!と手を握られる澪。嫌ではないが、完全に利吉のペースにのまれて裏山までドナドナされるのであった。
「さて、澪さん。まずは何からするんだい?」
裏山に到着するなり、煌めく星のような眼差しを利吉から向けられた。仕方ないので、箱に入った二つの武器を利吉に見せる。
「おお、これが……!是非、それぞれ扱う所を見せてくれないか」
「ええ、わかったわ」
利吉から食い気味に言われるのに、苦笑いしながらも早速、まずは青龍偃月刀から手に取る。薙刀等より数倍は大きな刃のついた形状のそれを、ぐるぐると回してみる。
澪からすると、丁度いい重さである。というか全然軽い。槍だと軽すぎるので、このくらいあった方が……等と、非常識な事を考える。一方、利吉は両手を握りしめて顔を輝かせていた。
三国志は、日ノ本に古くから伝わる明の話であり、読み物としては三国志演義の方も入ってきている。その中でも、関羽は忠義の人物として人気が高い。レプリカとはいえ、三国志の英傑関羽が持っていたとされる青龍偃月刀は、その名前の通り刃の部分に龍の彫刻がなされており、巨大な刃を備えた雄々しい武器でありながら、優美さも兼ね備えた逸品である。好事家が見て楽しむためならいいが、使うとなるとその重量がネックになる代物だ。
二キロもない日本刀の重さとは比べ物にならない。大太刀ですら五キロに満たないのに、大太刀の十倍以上の重量のある長物を振り回す時点でどれだけ驚異的な事か。
だが、澪が一切のぶれなく青龍偃月刀のレプリカを使う姿は傍から見ればまるで演舞のようであった。物語の中の関羽のように、立派な髭の大男がやれば、それこそ三国志の情景が浮かぶのだろうが、澪は見た目だけなら天女のような美少女である。
身体に合わぬ長大な武器を軽々と扱う姿は、別の意味で絵になる。現代で言うと、美少女キャラクターが体型に見合わない武器を振り回すのに浪漫を感じるゲームユーザーの気持ちである。澪を見る利吉もまた、そうしたユーザーに近い熱い思いが込み上げていた。カメラがあったら激写していただろう。
「ふぅ……こんな物かな」
一通りの動きを終える。とはいえ、こんな武器を扱うのは初めてで、薙刀を参考にしてみたのだが本格的に薙刀をした事がないので見様見真似だ。
「それだけ長大だと、狭い場所では扱いが難しい武器になるな」
「だよね。使う場所を考えないと、無駄に周りの物を壊してしまうこと請け合いだわ」
刀を室内で振るえないのと同じ原理である。もっとも、澪の場合は仮に柱や天井に刃が刺さっても抜けないということはなく、そのまま破壊して家屋を倒壊させる危険があるのだが。
「澪さん、ちょっとそのまま青龍偃月刀の刃を横にして持ってくれるかい?」
「あ、うん。こんな感じでいいのかな」
「そうそう。じゃ、失礼して……」
言われるままに、刃が水平になるように構えると利吉が飛び上がって、何と刃の上に乗ってしまった。重さは増えるが、利吉一人分程度なら軽いので余裕である。だが、お陰様で青龍偃月刀の思わぬ弱点に気付く。
「ふむ。矢張り……乗れるな。しかも、澪さんが怪力なので落ちる心配もない」
「成程。これでそのまま柄を伝って来られたら、まずいわね」
「この事に気付かない先生は居ないだろうな。距離を詰める時間は数秒あればそれでいい。振り落とされる暇も無いだろう」
トン、と利吉が刃の上から飛び降りた。流石は忍びである、身軽だ。
「もう一つの双錘についても同じだ。あちらは刃でない分、さらに飛び乗りやすい」
「わたしは動きを止められると、下手したら詰むって事か」
「そういうことだ。それに、先生方と戦う時は複数を相手に戦闘訓練となる可能性が高いだろうし、対策必須だよ。澪さんと正面から一人で戦うとなれば、まず勝ち目はないからね」
「そう?」
利吉の言葉に澪は目を瞬いた。幾ら澪が怪力だからって、相手はプロの忍者だ。戦闘経験から言えば、教師達の方が澪より遥かに上だろうに。
「せめて地の利があれば澪さん相手であっても勝てるさ。だが、学園での戦闘訓練は互いにその条件は同じ。となると、澪さん相手には最低でも二人以上で挑まねばあっさり負けてしまう。君のその怪力は我々忍者にとっては、一撃必殺の恐ろしい物だからな」
「先生方が複数って、わたしが不利過ぎない?」
「……父上はその可能性に気付いていながら、遺書を書くか迷ってたから、五分五分なんじゃないかな」
「えー、大袈裟よ。間違ってもそんな事にならないように、ちゃんとするに決まってるじゃない。死なない程度にボコボコにするやり方も知ってるんだし」
今まで倒してきた人間の誰一人として、あの世送りにした事はない。とはいえ、新しい武器は加減が難しいから練習したいのもあって、裏山に来ているのだが。
利吉はと言うと、そんな澪の話を聞いて微笑んでいる。澪の考え等、お見通しなのだろう。澪もそんな利吉を見て、肩を竦めて素直に白状した。
「ま、流石にこんな武器を使うとなると加減が難しいから、こうして裏山に来てるんだけどね」
「だと思った。よし、せっかくだから協力するよ。父上に大怪我をさせられたら困るからね」
ふふ、と楽しそうに笑う利吉。澪は知らない事だが、ファン心理もあって今の利吉は上機嫌であった。まさか、母の手紙を届けに行った先で澪とこうして二人きりになると予想していなかったため、嬉しい誤算に心の中では大喜びしていたりした。
「本当?じゃあ、お言葉に甘えようかな。次は双錘を扱ってみるから見てくれる?」
「勿論!」
最初は、一人でするつもりだった鍛錬だが利吉が手伝ってくれるとなれば心強い。澪は今度は双錘を手に取り、利吉監督のもと新しい武器を思う存分に練習した。その後は、木刀を使った剣術も見てもらう事になり、時間いっぱいまで付き合ってもらったのだった。
「うわっ、もう空が橙にっ。ごめん、利吉くん!」
「いいさ。もし悪いと思うなら、忍術学園に泊めてもらえると助かる。学園長先生に君から頼んでくれるかい?」
「それは勿論!!」
「ふむ、そしたら澪さんと先生方の戦闘訓練の事もある。どうせなら、それが終わるまで学園に泊まろうかな。どうだろうか、滞在中はわたしが今日みたいに澪さんに付き合うのは。
空いた時間は父上や土井先生の手伝いでもすればいいし」
「それは嬉しいけど……いいの?というか、そこまでさせるのはちょっと申し訳ないな。何かお礼とかするよ」
澪としては、今日だけで大分利吉に助けられたので願ったり叶ったりだが、報酬のないボランティアでは申し訳ない。
「わたしとしては、食堂のおばちゃんの料理も食べられるし、澪さんと過ごすのは楽しいから問題ないよ。お礼と言うなら、わたしのお願いを聞いてほしい。実は澪さんに、手伝ってほしい依頼があってね」
「……断りづらいの分かってて言ってくるのって、どうかと思う」
「ふふ、作戦勝ちさ」
ニコニコ笑う利吉の顔は、憎たらしいくらいの美男子である。とはいえ、別に嫌な気分はしなかった。
「それと、もう一つお願いがあるんだけど」
「何?」
「わたしにも何か作ってくれないか。父上の持っている手裏剣の刺繍付き巾着が羨ましくてね。あれは、澪さんの作品だろう」
「時間を貰えるならいいわよ」
「やったね。手間賃は支払うよ」
「別にいいわよ。お世話になってるからね」
「そう?じゃあ、初回はサービスしてもらおうかな。二回目はちゃんと料金を支払わせてくれよ」
「じゃあ、二回目があるように頑張らないとね」
利吉と話しているのは何やかんや楽しい。傍から見ると、似合のカップルだか夫婦に見えるのかもしれないが、当然互いにその気はない。
お互いに恋愛感情がないのを、何も言わずとも互いに分かっているから気楽なのかもしれなかった。
「で、わたしに依頼したい仕事って?」
「わたしと一緒に合戦場で、とある人の暗殺を防いでほしい。ターゲットは学園の関係者だから、この事を口外しないのが仕事を受けてもらう条件だ。と言っても、勿論、学園長には伝えてくれていいよ。父上、それと土井先生にもね」
誰にも口外してはならぬと言いながら、一部の関係者にはOKという、澪が受けやすい依頼に笑ってしまった。まぁ、澪の場合、学園長には報告必須なのだから仕方ない部分もあるのだが。
「分かった、引き受けるわ。むしろ、ターゲットが学園の関係者なら引き受けないと」
「それは助かる」
学園へ向けて帰還しながら、依頼の話を聞く。澪が頷くと、利吉が立ち止まって手招いてきた。どうやら、顔を近づけて話す必要があるらしい。招きに応じて利吉の方へ向かうと、ひそひそ声で内容が伝えられた。
「暗殺のターゲットの名前は、佐武昌義殿という。一年は組、佐武虎若の父君だ」
「ーーっ?!」
聞き覚えのある名前に澪は目を見張った。声は上げずに、代わりに小声で利吉に問うた。
「何故、利吉くんがその依頼を?」
「佐武衆直々にお声掛けがあったのさ。わたしが父上の息子と知っての事だよ。向こうは、合戦場にて暗殺を生業にする忍びに狙われているという所まで情報を掴んだはいいが、傭兵団だからね。忍びの事は忍びに、というわけらしい」
「成程……」
一年は組、佐武虎若の父親は佐武衆と言う鉄砲隊の頭領だ。色々な大名の依頼で合戦場に赴く鉄砲や砲撃戦闘専門の傭兵団である。佐武衆を現す百足の旗印は、この界隈では有名だ。
「合戦場で、佐武衆の周辺で怪しい動きをする忍びがいたら捕まえて突き出す事がわたし達の役目になる。依頼主を探るために、殺害は厳禁というわけさ」
「分かったわ」
「澪さんは、当日は男装してくる事」
澪は黙って頷いた。
合戦場は基本的に、女人は無闇に立ち入らないのが原則だ。女は穢れであるという思想からである。だからこそ、戦場では可愛い小姓を殿様が侍らせるのである。もっとも、くノ一やらが同道する事もあるし、女好きな大名なら穢れ等気にしない者だっている。あくまでも、古式ゆかしき風習という点においては、という話だ。最近はそれも崩れてきているのが実情である。
「合戦はおそらく、今日から十日は過ぎてからの話になる。今、直近で佐武衆が受けているのはチャミダレアミタケからの依頼でね。その頃に、戦をする予定らしい。とはいえ、そろそろ梅雨だ。合戦中、雨が続くようなら佐武衆は前には出ない。それに、暗殺者を見つけるなら、わたし達にはその方が都合がいい。敵の潜伏場所の推測が立てやすいからね」
「毎年、田植えが終わったら戦だものね。と言うか、梅雨時期の戦は火器が使いにくいから、戦が長引くんじゃないの」
「まぁね。早く見つけて暗殺者を倒せたら御の字さ。今回は仕事の内容が内容だ。ひょっとすると、父上か土井先生の応援もあるかもしれないね」
ふふ、っと笑う利吉。成程、伝蔵や半助に漏らしていいと言ったのは、そのせいか。抜かりのない事である。
とはいえ、流石に生徒は利吉宛の依頼のために巻き込めない。こんな所だろう。
「仕事の件は了解したわ。所で、わたしに何を作ってほしいの。巾着かしら。それともなにか別のもの?色とか形とか希望は?」
「んー、巾着かな。財布にも使えそうな物がいい、色はわたしに似合いそうなのを頼むよ」
「えー、それ地味にプレッシャーなやつ」
「とか何とか言って。澪さんは作ってしまうよね」
仕事についは十分に理解したので、別の話題を振る。すると、先程とは打って変わって和やかな空気で会話が出来た。
澪は利吉の服やその色合いを観察しながらも、ゆっくりと学園へ帰還するのだった。
それから。
学園に戻るや否や、澪は利吉を連れて学園長の部屋へと向かった。少しの間、学園に滞在する許可を取るついでに、利吉の引き受けた依頼の話をしておくためだ。
早速、学園長に報告すると利吉の滞在許可も澪が利吉の仕事を手伝う話も了承された。その後、直ぐに半助と伝蔵が呼び出され、利吉の仕事の件が伝えられると二人とも心得た様子であった。
「母さんの手紙も大事だが、何だってその話をわたしに一番にしなかったんだ」
「この引き受けた仕事は、是非とも澪さんと一緒にやりたかったのんですよ。いいじゃありませんか、結局こうしてお知りになったわけですし」
一番に自分に情報が齎されなかった事が不服なのか、伝蔵が渋い顔をしていた。その隣で利吉は至って平然としている。普通に父親より澪を優先され、伝蔵は地味に落ち込んでいた。
「佐武衆と学園は懇意にしておる。とはいえ、正式に学園に対して、護衛の依頼があったわけではないからの。土井先生と山田先生は無理のない範囲で交代で澪ちゃん達に、付き合いたければそうしてよいぞ」
「ありがとうございます、学園長先生。お言葉に甘えてそうさせていただきます」
「うむ」
ショックを受けて固まる伝蔵に代わって、半助がそう締め括った。
「澪ちゃんは、これを機に佐武衆に顔を売ってくるといい。わし自慢の美人秘書じゃ。金楽寺の和尚もそうじゃったが、佐武殿や何だったら照星殿もわしを羨むかもしれんのぉ……ほっほほ」
学園長が楽しそうに笑っている。
金楽寺の和尚は学園長の古い友人であり、茶飲み友達兼ライバルである。互いに負けず嫌いで何かと張り合ったりする事も多い和尚は、澪が学園に就職するや否や学園長直々に紹介された人物だったりした。
初めて澪を見た金楽寺の和尚は、若くて美人な秘書をゲットした学園長相手に分かりやすく羨ましがり、悔しがっていたのを思い出す。普段は優しい徳の高い和尚なのに、学園長に張り合う時だけ煩悩まみれの俗物になってしまうとは、これ如何に。
それはともかくとして。
「あの、照星殿とは?」
佐武殿は、間違いなく虎若の父親の佐武昌義その人である事は分かるが、照星という知らない名前に首を傾げる。
すると、半助が教えてくれた。
「火縄銃の名手さ。素晴らしい腕前のお人でね。虎若や三木ヱ門が非常に慕っている人でもある。たまに学園にも顔を出されるんだ」
「へぇ……」
会った事はないが、火縄銃の名手というなら凄腕のスナイパーという事だ。澪も火縄銃は撃てるが、その腕前は凄腕とは程遠い。
「ま、頑張るんじゃの。澪ちゃん、土井先生に山田先生も。来週の戦闘訓練は皆に告知済みじゃ。生徒達は今から盛り上がっておる。そういえば、土井先生は明日も気張らねばのぉ」
「あはは……」
学園長から悪戯っぽい笑顔を向けられた半助が、苦笑いしている。明日とは何だろうか。ひょっとして、明日、久々知兵助絡みで何かあるのだろうか。
「よく分かりませんけど、応援してます。土井先生」
何かを察したのか。
利吉が半助の肩を叩いているのを横目に見つつ、澪は明日も新しい武器の訓練を頑張ろうと心に決める。
まさか、己を守るために仁義なき無限豆腐地獄に、半助をはじめ多数の人間が身体をはろうとしているなんて、当然ながら隠されてるだけに知らない澪である。
そして、いよいよ澪の知らぬ所で柔らかく美味しい、だが、腹のはち切れそうな白き地獄の釜の蓋が開くカウントダウンが始まっていたのだった。
新装備の威力を確かめたいがために、強いモンスターや敵に挑むゲーマーの気持ちが痛いほどに分かってしまった澪である。
学園長から、入手したという武器を貰えた瞬間、テンテレー!と、明るい音楽がバックで流れていそうなテンションになったのは言う間でもない。
武器ーー其れは、澪にとっては儚い物だった。
本気を出したら折れて砕けて壊れる。それが澪にとっての武器である。怪力という突出し過ぎる力は、武器をガラクタに変える諸刃の剣だったのだ。
それが、学園長のプレゼントにより解決する事になろうとは。そして、嬉しいのは早速に新しい武器で教師陣と手合わせしてもいいという許可が降りた事である。
そんなわけで、澪は新しい武器を貰ったその翌日に事務室の手伝いを終えたら、その後は午後から時間が空いていた事もあり、早速に新しい武器と、ついでに剣術の稽古のため木刀を持って裏山へ鍛錬に出る事にした。
鍛錬の一番の目的は、手に入れた新しい武器をちゃんと扱う為という物だが、もう一つは久々知兵助がらみの事で、何やら澪に隠している事案があるらしい件について、モヤモヤとしてくる気持ちを解消するためでもある。
半助、六年生達、そして何とくのたま達まで。何かあるらしいと思い、くのたまやシナに聞いたが、苦笑いされてはぐらかされた。
皆、危険な事ではないからとしか言わない。どうやら、澪に隠し通す事は決定事項らしい。こうなると、気になるが無理に暴く方が難しいし、皆の意思に背く事にもなるためやりづらい。
そんなわけで、それなら自分は思う存分に新しい武器と、そして剣術の稽古をしようと俄然やる気に燃える澪。途中、裏山で猪や熊に遭遇しようが武器を使って大喜びで撃退する気満々である。こうなると、最早どっちが獣か判断に迷う所だ。
そんな澪が、背中に新しく入手した箱に入った武器をくくりつけ、腰に木刀を差し物々しい姿で裏山に向かおうと、学園の門の外に出た瞬間の事。
「ーー澪さん、どうしたんだい。そのやたら大きな荷物は?」
爽やかな青年の声がした。
ふと声のした方を見ると、そこには、過日、鵺捕獲で共に仕事をした利吉の姿があった。
今日も素敵なイケメン美男子である。
「こんにちは、利吉くん。この前はどうも。今日は山田先生に会いに来たの?」
「ええ、まぁ……母上から手紙を預かったので。って、わたしの事はいいんだよっ。そうじゃなくて、澪さんの事!何かなその荷物は」
「あ、これはわたしの新しい武器なの。学園長がプレゼントしてくれた物でね。今から鍛錬しに裏山にでも行こうかと」
学園でやってもいいが、こんな大振りな武器ともなると、他に鍛錬したい生徒の邪魔になるかもしれないのと、見物人が多数出てきそうで気が散るので、その防止もあって裏山での鍛錬しようと思ったのだ。
「成程……それにしても、随分と大きい武器だな。で、中身は?」
「青龍偃月刀のレプリカと、双錘という明の武器よ」
「ならば、わたしも一緒に行くよ。絶対に邪魔はしないから、澪さんの様子を傍で見ていいよね」
いいですか?と聞かない押しの強さとはこれ如何に。
「え、でもお手紙は」
「直ぐに父上に渡して戻ってくるから、少し待っててくれ。絶対に先に言っちゃダメだよ!!」
澪が返事をする前に、利吉はトントンと学園の戸を叩く。大きな門扉につけられた小さな扉から、小松田が顔を出すとひったくるように入門票を書いて、ダッシュで学園に入って行ってしまった。
「ほえ、今日の利吉さんは何だか慌ただしいなぁ」
走る利吉を見た小松田がキョトンと、不思議そうな顔をする。その傍らで、一人で鍛錬する気満々だった澪は今し方、強制的に確定した同行者にポカンと間抜けな顔になるのだった。
それから、利吉は言葉通り直ぐに戻ってきた。
何やら頬の当たりが紅潮しており、目がキラキラしている。ただでさえ美男子なのに、パワーアップしている。澪が前世記憶持ちの特殊な人間でなければ、うっかり一目惚れしたかもしれない。その位に眩しい。
「澪さん、父上から聞いたよっ。何でも先生方と戦闘訓練をするのだとか。その日は、わたしも見に必ず駆け付けるからね!」
すっかり澪のファンの一人である利吉は、推しである澪の活躍が見れると知って黙ってはいない。実は来週に依頼された仕事があったりしたのだが、オファーは断る気満々であった。
父の伝蔵が遺言を書くかどうか悩んでいるのに、その息子は対戦相手の澪にある意味で夢中である。報われない親心である。まぁ、世の中そんな物かもしれないが。
「さぁ、わたしと一緒に裏山に行くよ!」
「え、ええ……」
がしっ!と手を握られる澪。嫌ではないが、完全に利吉のペースにのまれて裏山までドナドナされるのであった。
「さて、澪さん。まずは何からするんだい?」
裏山に到着するなり、煌めく星のような眼差しを利吉から向けられた。仕方ないので、箱に入った二つの武器を利吉に見せる。
「おお、これが……!是非、それぞれ扱う所を見せてくれないか」
「ええ、わかったわ」
利吉から食い気味に言われるのに、苦笑いしながらも早速、まずは青龍偃月刀から手に取る。薙刀等より数倍は大きな刃のついた形状のそれを、ぐるぐると回してみる。
澪からすると、丁度いい重さである。というか全然軽い。槍だと軽すぎるので、このくらいあった方が……等と、非常識な事を考える。一方、利吉は両手を握りしめて顔を輝かせていた。
三国志は、日ノ本に古くから伝わる明の話であり、読み物としては三国志演義の方も入ってきている。その中でも、関羽は忠義の人物として人気が高い。レプリカとはいえ、三国志の英傑関羽が持っていたとされる青龍偃月刀は、その名前の通り刃の部分に龍の彫刻がなされており、巨大な刃を備えた雄々しい武器でありながら、優美さも兼ね備えた逸品である。好事家が見て楽しむためならいいが、使うとなるとその重量がネックになる代物だ。
二キロもない日本刀の重さとは比べ物にならない。大太刀ですら五キロに満たないのに、大太刀の十倍以上の重量のある長物を振り回す時点でどれだけ驚異的な事か。
だが、澪が一切のぶれなく青龍偃月刀のレプリカを使う姿は傍から見ればまるで演舞のようであった。物語の中の関羽のように、立派な髭の大男がやれば、それこそ三国志の情景が浮かぶのだろうが、澪は見た目だけなら天女のような美少女である。
身体に合わぬ長大な武器を軽々と扱う姿は、別の意味で絵になる。現代で言うと、美少女キャラクターが体型に見合わない武器を振り回すのに浪漫を感じるゲームユーザーの気持ちである。澪を見る利吉もまた、そうしたユーザーに近い熱い思いが込み上げていた。カメラがあったら激写していただろう。
「ふぅ……こんな物かな」
一通りの動きを終える。とはいえ、こんな武器を扱うのは初めてで、薙刀を参考にしてみたのだが本格的に薙刀をした事がないので見様見真似だ。
「それだけ長大だと、狭い場所では扱いが難しい武器になるな」
「だよね。使う場所を考えないと、無駄に周りの物を壊してしまうこと請け合いだわ」
刀を室内で振るえないのと同じ原理である。もっとも、澪の場合は仮に柱や天井に刃が刺さっても抜けないということはなく、そのまま破壊して家屋を倒壊させる危険があるのだが。
「澪さん、ちょっとそのまま青龍偃月刀の刃を横にして持ってくれるかい?」
「あ、うん。こんな感じでいいのかな」
「そうそう。じゃ、失礼して……」
言われるままに、刃が水平になるように構えると利吉が飛び上がって、何と刃の上に乗ってしまった。重さは増えるが、利吉一人分程度なら軽いので余裕である。だが、お陰様で青龍偃月刀の思わぬ弱点に気付く。
「ふむ。矢張り……乗れるな。しかも、澪さんが怪力なので落ちる心配もない」
「成程。これでそのまま柄を伝って来られたら、まずいわね」
「この事に気付かない先生は居ないだろうな。距離を詰める時間は数秒あればそれでいい。振り落とされる暇も無いだろう」
トン、と利吉が刃の上から飛び降りた。流石は忍びである、身軽だ。
「もう一つの双錘についても同じだ。あちらは刃でない分、さらに飛び乗りやすい」
「わたしは動きを止められると、下手したら詰むって事か」
「そういうことだ。それに、先生方と戦う時は複数を相手に戦闘訓練となる可能性が高いだろうし、対策必須だよ。澪さんと正面から一人で戦うとなれば、まず勝ち目はないからね」
「そう?」
利吉の言葉に澪は目を瞬いた。幾ら澪が怪力だからって、相手はプロの忍者だ。戦闘経験から言えば、教師達の方が澪より遥かに上だろうに。
「せめて地の利があれば澪さん相手であっても勝てるさ。だが、学園での戦闘訓練は互いにその条件は同じ。となると、澪さん相手には最低でも二人以上で挑まねばあっさり負けてしまう。君のその怪力は我々忍者にとっては、一撃必殺の恐ろしい物だからな」
「先生方が複数って、わたしが不利過ぎない?」
「……父上はその可能性に気付いていながら、遺書を書くか迷ってたから、五分五分なんじゃないかな」
「えー、大袈裟よ。間違ってもそんな事にならないように、ちゃんとするに決まってるじゃない。死なない程度にボコボコにするやり方も知ってるんだし」
今まで倒してきた人間の誰一人として、あの世送りにした事はない。とはいえ、新しい武器は加減が難しいから練習したいのもあって、裏山に来ているのだが。
利吉はと言うと、そんな澪の話を聞いて微笑んでいる。澪の考え等、お見通しなのだろう。澪もそんな利吉を見て、肩を竦めて素直に白状した。
「ま、流石にこんな武器を使うとなると加減が難しいから、こうして裏山に来てるんだけどね」
「だと思った。よし、せっかくだから協力するよ。父上に大怪我をさせられたら困るからね」
ふふ、と楽しそうに笑う利吉。澪は知らない事だが、ファン心理もあって今の利吉は上機嫌であった。まさか、母の手紙を届けに行った先で澪とこうして二人きりになると予想していなかったため、嬉しい誤算に心の中では大喜びしていたりした。
「本当?じゃあ、お言葉に甘えようかな。次は双錘を扱ってみるから見てくれる?」
「勿論!」
最初は、一人でするつもりだった鍛錬だが利吉が手伝ってくれるとなれば心強い。澪は今度は双錘を手に取り、利吉監督のもと新しい武器を思う存分に練習した。その後は、木刀を使った剣術も見てもらう事になり、時間いっぱいまで付き合ってもらったのだった。
「うわっ、もう空が橙にっ。ごめん、利吉くん!」
「いいさ。もし悪いと思うなら、忍術学園に泊めてもらえると助かる。学園長先生に君から頼んでくれるかい?」
「それは勿論!!」
「ふむ、そしたら澪さんと先生方の戦闘訓練の事もある。どうせなら、それが終わるまで学園に泊まろうかな。どうだろうか、滞在中はわたしが今日みたいに澪さんに付き合うのは。
空いた時間は父上や土井先生の手伝いでもすればいいし」
「それは嬉しいけど……いいの?というか、そこまでさせるのはちょっと申し訳ないな。何かお礼とかするよ」
澪としては、今日だけで大分利吉に助けられたので願ったり叶ったりだが、報酬のないボランティアでは申し訳ない。
「わたしとしては、食堂のおばちゃんの料理も食べられるし、澪さんと過ごすのは楽しいから問題ないよ。お礼と言うなら、わたしのお願いを聞いてほしい。実は澪さんに、手伝ってほしい依頼があってね」
「……断りづらいの分かってて言ってくるのって、どうかと思う」
「ふふ、作戦勝ちさ」
ニコニコ笑う利吉の顔は、憎たらしいくらいの美男子である。とはいえ、別に嫌な気分はしなかった。
「それと、もう一つお願いがあるんだけど」
「何?」
「わたしにも何か作ってくれないか。父上の持っている手裏剣の刺繍付き巾着が羨ましくてね。あれは、澪さんの作品だろう」
「時間を貰えるならいいわよ」
「やったね。手間賃は支払うよ」
「別にいいわよ。お世話になってるからね」
「そう?じゃあ、初回はサービスしてもらおうかな。二回目はちゃんと料金を支払わせてくれよ」
「じゃあ、二回目があるように頑張らないとね」
利吉と話しているのは何やかんや楽しい。傍から見ると、似合のカップルだか夫婦に見えるのかもしれないが、当然互いにその気はない。
お互いに恋愛感情がないのを、何も言わずとも互いに分かっているから気楽なのかもしれなかった。
「で、わたしに依頼したい仕事って?」
「わたしと一緒に合戦場で、とある人の暗殺を防いでほしい。ターゲットは学園の関係者だから、この事を口外しないのが仕事を受けてもらう条件だ。と言っても、勿論、学園長には伝えてくれていいよ。父上、それと土井先生にもね」
誰にも口外してはならぬと言いながら、一部の関係者にはOKという、澪が受けやすい依頼に笑ってしまった。まぁ、澪の場合、学園長には報告必須なのだから仕方ない部分もあるのだが。
「分かった、引き受けるわ。むしろ、ターゲットが学園の関係者なら引き受けないと」
「それは助かる」
学園へ向けて帰還しながら、依頼の話を聞く。澪が頷くと、利吉が立ち止まって手招いてきた。どうやら、顔を近づけて話す必要があるらしい。招きに応じて利吉の方へ向かうと、ひそひそ声で内容が伝えられた。
「暗殺のターゲットの名前は、佐武昌義殿という。一年は組、佐武虎若の父君だ」
「ーーっ?!」
聞き覚えのある名前に澪は目を見張った。声は上げずに、代わりに小声で利吉に問うた。
「何故、利吉くんがその依頼を?」
「佐武衆直々にお声掛けがあったのさ。わたしが父上の息子と知っての事だよ。向こうは、合戦場にて暗殺を生業にする忍びに狙われているという所まで情報を掴んだはいいが、傭兵団だからね。忍びの事は忍びに、というわけらしい」
「成程……」
一年は組、佐武虎若の父親は佐武衆と言う鉄砲隊の頭領だ。色々な大名の依頼で合戦場に赴く鉄砲や砲撃戦闘専門の傭兵団である。佐武衆を現す百足の旗印は、この界隈では有名だ。
「合戦場で、佐武衆の周辺で怪しい動きをする忍びがいたら捕まえて突き出す事がわたし達の役目になる。依頼主を探るために、殺害は厳禁というわけさ」
「分かったわ」
「澪さんは、当日は男装してくる事」
澪は黙って頷いた。
合戦場は基本的に、女人は無闇に立ち入らないのが原則だ。女は穢れであるという思想からである。だからこそ、戦場では可愛い小姓を殿様が侍らせるのである。もっとも、くノ一やらが同道する事もあるし、女好きな大名なら穢れ等気にしない者だっている。あくまでも、古式ゆかしき風習という点においては、という話だ。最近はそれも崩れてきているのが実情である。
「合戦はおそらく、今日から十日は過ぎてからの話になる。今、直近で佐武衆が受けているのはチャミダレアミタケからの依頼でね。その頃に、戦をする予定らしい。とはいえ、そろそろ梅雨だ。合戦中、雨が続くようなら佐武衆は前には出ない。それに、暗殺者を見つけるなら、わたし達にはその方が都合がいい。敵の潜伏場所の推測が立てやすいからね」
「毎年、田植えが終わったら戦だものね。と言うか、梅雨時期の戦は火器が使いにくいから、戦が長引くんじゃないの」
「まぁね。早く見つけて暗殺者を倒せたら御の字さ。今回は仕事の内容が内容だ。ひょっとすると、父上か土井先生の応援もあるかもしれないね」
ふふ、っと笑う利吉。成程、伝蔵や半助に漏らしていいと言ったのは、そのせいか。抜かりのない事である。
とはいえ、流石に生徒は利吉宛の依頼のために巻き込めない。こんな所だろう。
「仕事の件は了解したわ。所で、わたしに何を作ってほしいの。巾着かしら。それともなにか別のもの?色とか形とか希望は?」
「んー、巾着かな。財布にも使えそうな物がいい、色はわたしに似合いそうなのを頼むよ」
「えー、それ地味にプレッシャーなやつ」
「とか何とか言って。澪さんは作ってしまうよね」
仕事についは十分に理解したので、別の話題を振る。すると、先程とは打って変わって和やかな空気で会話が出来た。
澪は利吉の服やその色合いを観察しながらも、ゆっくりと学園へ帰還するのだった。
それから。
学園に戻るや否や、澪は利吉を連れて学園長の部屋へと向かった。少しの間、学園に滞在する許可を取るついでに、利吉の引き受けた依頼の話をしておくためだ。
早速、学園長に報告すると利吉の滞在許可も澪が利吉の仕事を手伝う話も了承された。その後、直ぐに半助と伝蔵が呼び出され、利吉の仕事の件が伝えられると二人とも心得た様子であった。
「母さんの手紙も大事だが、何だってその話をわたしに一番にしなかったんだ」
「この引き受けた仕事は、是非とも澪さんと一緒にやりたかったのんですよ。いいじゃありませんか、結局こうしてお知りになったわけですし」
一番に自分に情報が齎されなかった事が不服なのか、伝蔵が渋い顔をしていた。その隣で利吉は至って平然としている。普通に父親より澪を優先され、伝蔵は地味に落ち込んでいた。
「佐武衆と学園は懇意にしておる。とはいえ、正式に学園に対して、護衛の依頼があったわけではないからの。土井先生と山田先生は無理のない範囲で交代で澪ちゃん達に、付き合いたければそうしてよいぞ」
「ありがとうございます、学園長先生。お言葉に甘えてそうさせていただきます」
「うむ」
ショックを受けて固まる伝蔵に代わって、半助がそう締め括った。
「澪ちゃんは、これを機に佐武衆に顔を売ってくるといい。わし自慢の美人秘書じゃ。金楽寺の和尚もそうじゃったが、佐武殿や何だったら照星殿もわしを羨むかもしれんのぉ……ほっほほ」
学園長が楽しそうに笑っている。
金楽寺の和尚は学園長の古い友人であり、茶飲み友達兼ライバルである。互いに負けず嫌いで何かと張り合ったりする事も多い和尚は、澪が学園に就職するや否や学園長直々に紹介された人物だったりした。
初めて澪を見た金楽寺の和尚は、若くて美人な秘書をゲットした学園長相手に分かりやすく羨ましがり、悔しがっていたのを思い出す。普段は優しい徳の高い和尚なのに、学園長に張り合う時だけ煩悩まみれの俗物になってしまうとは、これ如何に。
それはともかくとして。
「あの、照星殿とは?」
佐武殿は、間違いなく虎若の父親の佐武昌義その人である事は分かるが、照星という知らない名前に首を傾げる。
すると、半助が教えてくれた。
「火縄銃の名手さ。素晴らしい腕前のお人でね。虎若や三木ヱ門が非常に慕っている人でもある。たまに学園にも顔を出されるんだ」
「へぇ……」
会った事はないが、火縄銃の名手というなら凄腕のスナイパーという事だ。澪も火縄銃は撃てるが、その腕前は凄腕とは程遠い。
「ま、頑張るんじゃの。澪ちゃん、土井先生に山田先生も。来週の戦闘訓練は皆に告知済みじゃ。生徒達は今から盛り上がっておる。そういえば、土井先生は明日も気張らねばのぉ」
「あはは……」
学園長から悪戯っぽい笑顔を向けられた半助が、苦笑いしている。明日とは何だろうか。ひょっとして、明日、久々知兵助絡みで何かあるのだろうか。
「よく分かりませんけど、応援してます。土井先生」
何かを察したのか。
利吉が半助の肩を叩いているのを横目に見つつ、澪は明日も新しい武器の訓練を頑張ろうと心に決める。
まさか、己を守るために仁義なき無限豆腐地獄に、半助をはじめ多数の人間が身体をはろうとしているなんて、当然ながら隠されてるだけに知らない澪である。
そして、いよいよ澪の知らぬ所で柔らかく美味しい、だが、腹のはち切れそうな白き地獄の釜の蓋が開くカウントダウンが始まっていたのだった。
