第8話 忍術学園に迫る白き✕✕……
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半助の様子がおかしかった。
どうおかしいかと言うと、授業に身が入っていなかった。いつもなら、怒ったり注意したりするのに、生徒が何をしても全てスルーだった。
お陰様で、は組の生徒の方が我に返って逆に静かになるという謎現象が起こっていた。
「……ひょっとして、朝にオレ達の話を聞いちゃったのかな。土井先生」
半助の気配にはちっとも気付かなかったが、おかしくなった理由の心当たりはそれしかなかった。
だとしたらヤバい。半助は授業後に澪と一緒にどこかへ行ってしまった。きり丸はというと、その後に休憩を経て実技の授業中である。
本日の実習は、苦無を使って崖を登る訓練だ。一人ずつ、裏山にある崖を登っていく。しんベヱが乱太郎を巻き添えにずり落ちたが、そんなに高さがなかったので、二人ともゴロゴロ地面に転がって格好悪い感じになった。いつも通りである。
「何を土井先生が聞いていたんだ、きり丸?」
「うわぁっ、山田先生びっくりするじゃないですか。急に近付いて来て話しかけないでくださいよ」
「おお、すまんすまん。ちょっと気になって」
伝子状態よりはマシとはいえ、心臓に悪い。きり丸が崖を登るのは終わっており、休憩がてら一人で座っていたから、余計にびっくりした。
「ーー心当たりがあるなら、教えてくれんか」
「ダメです!くれなんてっ!タダでは無理ですぅ!!」
きり丸が反射的にそう返事をするのと、崖を登るのが終わった乱太郎としんベヱが何やら、金吾に話しかけているのは、ほぼ同時の事だった。
そして。
「きりちゃん、戸部先生と澪さんの件は金吾の勘違いだってさ」
「よかったねぇ、きり丸!」
「え」
昨日からの悩みが秒で解決し、伝蔵へのネタ提供の情報料がチャラになった瞬間でもあった。
「きり丸ってば、あの話聞いてたの?恥ずかしいなぁ……変な勘違いして、トモミちゃんと戸部先生に怒られちゃった」
「そりゃそうでしょ、金吾。何をどう考えたら、澪さんが戸部先生にお付き合いするために、試合を申し込むんだよ。ぷぷっ」
「ううっ。だって仕方ないじゃんか。噂を聞いて……つい。もう、昨日の夜からずっと笑ってるし。喜三太、それ以上笑わないでよ」
金吾がきり丸を見て、恥ずかしそうにしていた。金吾から話を聞いたらしい同室の喜三太が、肩を揺らしている。
一方、朝から半助の様子がおかしかった理由に納得したのか、ぽん、と伝蔵が手を叩いた。
「きりちゃん、澪さんの事大好きだもんね。金吾の勘違いでよかったぁ」
「ぼくも、おシゲちゃんが誰かにお付き合いを申し込むなんて聞いたら、凄いショックだから間違いでよかったね」
乱太郎としんべヱが、ニコニコと笑っている。金吾の酷い勘違いだと知って、きり丸はホッと息を吐いた。同時に、乱太郎からストレートにきり丸が澪を大好きだと指摘されて、顔中に熱が集まった。
その通りだが、人から言われると猛烈に照れ臭い。
「後で土井先生に教えてやらんとな」
くっくと楽しそうに笑って、顎髭を撫でる伝蔵。何やらその仕草がーー。
「「おっさんくさい」」
「おっさん言うな。そりゃ、わたしはいい歳だよ?でも、面と向かって言うな!!」
乱太郎としんベヱが異口同音に同じ事を言う物だから、伝蔵が口から唾を飛ばす勢いで怒った。そこで、カーン!と鐘がなる。授業終了である。
半助には伝蔵が金吾の誤解だった事を伝えるそうだから、半助の調子も今日中には戻るだろう。ちょっと抱きかけた罪悪感は忽ち消え、心が軽くなるきり丸である。
その後は、ランチを食べて図書委員会の活動をし、アルバイトの内職をして気がつけば夕方になっていた。ちなみに、内職は乱太郎としんベヱも手伝ってくれた。
「はー、お腹空いた。ね、そろそろ晩御飯食べに行こうよ」
「それもそうだね。行こうか」
「おー、そうすっか。俺も腹減った」
造花作りの内職がひと段落したので、後片付けをして食堂へ向かった。その途中、澪を見かけた。何やら広場で木刀を振っている。ブゥオン!と、その一撃がきまったら木刀が叩き折れそうな素振りに、空気が震えていた。
「うーん、久々だから加減が難しいな……」
何やらブツブツ言っている。
「おーい、澪さーん!何してるんですかー?」
気になったので、きり丸が勢いよく手を振って声をかけると、三人に気付いた澪がこちらへゆっくり歩いて来た。
「こんばんは、今から食堂ですか?」
「そうです。澪さん、ひょっとして戸部先生との試合のために稽古してたんですか」
澪の言葉に乱太郎が頷き、木刀を振っている理由を尋ねた。すると、澪が苦笑いする。
少し汗をかいているらしく、額に髪が張り付いていた。そんな姿が、夕方の陽の光に照らされると、本当に綺麗でーーほんの一瞬だけ、息が止まりそうになる。
綺麗だと思ったのはきり丸だけではなかったようで、乱太郎としんベヱもぽけっとした顔をしていた。ちょっと面白くない。
「その前に土井先生に相手になってもらって、剣術の腕を磨く事になりました」
「えっ、それってどういう事ですか?」
「最初はトモミちゃんに言われて、戸部先生が断らないならって軽い気持ちで試合を……って、話だったのですけど、それにしてもわたしの剣の腕前がイマイチだと、戸部先生相手に失礼だろうって、土井先生が気を利かせてくれたんです」
不思議そうな顔をするしんベヱに、丁寧に答える澪。
きり丸はそれを聞いて、すぐさま半助の意図に気付いてしまった。
これは、澪と戸部の関係を大いに誤解した半助からの、あからさまな妨害行為である。
「そんなわけで、土井先生を剣術で倒せたら戸部先生に挑戦する事になりました」
「つまり、戸部先生と澪さんじゃなくて、土井先生と澪さんが戦うって事ですね。わぁ、凄いっ。わたし、見てみたい!!」
「ぼくもー!!」
無邪気に乱太郎としんベヱが手を挙げる。戸部と澪の試合もかなりの学園の人間が見学しそうではあるが、半助と澪の試合も意外性があってウケそうだ。
にやぁ、ときり丸の口角が上がる。
魂まで染み付いた銭への妄執が、これは金儲けのチャンスと見て叫んでいた。
澪の試合で儲けようとして、半助に邪魔されたのを忘れてはいない。だが、その半助とて、本人が試合に出るとなればきり丸を監督できない。
今度こそ銭が己を待っている……!
「うっひゃひゃ……」
「うわぁ、下品な笑い方」
「これ絶対、ろくでもない事考えてる顔だよ」
乱太郎としんベヱが、何やらひそひそ言っているが気にならない。
「澪さん!ぼくが、土井先生と澪さんに相応しい場を整えてみせますっ。お二人の試合に観客がいないなんて勿体無い!!」
「いや、落ち着かないから寧ろわたしは人が少ない方がいいです」
澪が困ったような顔をしていた。乗り気ではなさそうだが、そうはいかない。金儲けのチャンスだ。
あと、単純に澪と半助が二人きりになるのも何だかモヤッとするので、ついでに邪魔をしたかったりした。
ならば、頑張って説得する!そう、きり丸が決意した時である。
ポトッ、と近くに何かが落ちてきた。こよりのついた丸い物で、こよりの先端には火がついている。それが鳥の子であると気付いた瞬間には、音を立てて煙が霧散した。
「ーーきり丸の言う通りじゃあ!!ゲホッ、ガホッ、グゥォフォ、オゲェ」
「学園長、大丈夫ですか?」
自分が投げた鳥の子で盛大に噎せる学園長の背中を、澪がすかさず摩っていた。流石は秘書である。
「おっほん。澪ちゃんや実はの、前に言ってた武器を入手したんじゃ。覚えておるか、壊れにくい良さそうな明の武器があれば、という話じゃ」
「えっ、手に入ったんですか?!」
「ほっほっほ、流石じゃろう?凄いじゃろう?」
澪に合いそうな武器の話なんてきり丸は知らないが、澪の怪力でも壊れなさそうな相性のいい武器なんて、まさに鬼に金棒状態である。
色々と気になる。
「では、ヘムヘム、木下先生!こちらに!!」
「はい、学園長」
「へ、ヘムゥ」
学園長が声をかけると、木下鉄丸とヘムヘムが、荷車を引いてやって来た。見ると、荷車の上には何やら大きな箱が二つもある。
きり丸も気になって、乱太郎やしんベヱと一緒に近くに行って見物する事にした。
「ふぅ、重かった」
「へムゥ……」
木下とヘムヘムがはぁ、とため息を吐いている。相当に重量があるらしい。
「澪ちゃんの話をしたら、知り合いがツテを使って安めに二つも武器を譲ってくれての。わしから、プレゼントじゃ。その代わり、それを使ってわしを護衛してくれんかの」
「勿論です!!」
澪の顔がキラキラと輝いた。学園長がそんな澪の顔を見て満足気に頷くと、木下とヘムヘムが二つの箱の蓋を開くのは同時だった。
「……でか」
現れたる二つの武器を見て、きり丸は思わずそう零した。
「これは……?」
「ひとつは、彼の三国志に出てくる英傑、関羽が使ったとされている武器、青龍偃月刀ーーと言っても、これはそのレプリカじゃな。好事家が大枚叩いて買ったはいいが、持て余してたのをお値打ち価格で譲ってもらったんじゃ。とはいえ、ちゃんと斬れるから気をつけるように。ま、とはいえこんな物、重すぎて普通は扱えんがの」
三国志はきり丸もちゃんと読んだ事はないが、図書室にあるから知っている。昔の明の物語らしいということくらいは。そして、その三国志は割とどの学年の忍たまからも人気の本だ。こんな物を澪が振り回した日には、学園の三国志ファンが大喜びしそうである。
「じゃが、澪ちゃんなら話は別じゃ。ちょっと、持って軽く動きだけでも見せてくれ。わし、三国志の関羽が好きなんじゃ」
学園長は三国志ファンらしい。何やら木下も激しく頷いた。同類らしいーー大丈夫か、この学園。
「では、ちょっと失礼して」
澪は嫌がるでもなく、あっさりと頷いて青龍偃月刀とやらのレプリカを手に取った。そして十分にきり丸達から距離を取った所で構えている。武器の形状は薙刀に近いが、それよりも遥かに刃が大きい。つまりは刃の分だけ薙刀より遥かに重量があるということ。
「あれ、どのくらい重いんですか学園長先生」
「そうさな、八十二、三斤(約五十キロ)くらいじゃったか」
「えー……」
しんベヱが鼻水を垂らしてポカンとしている。
「これって、こんな感じでいいんですかー?」
重さとしては人一人分くらいはある。それをビュンビュン振り回している澪。学園長と木下が「おおっ……」と揃って拳を握って何やら興奮している。大丈夫かこの大人達。
「美少女関羽誕生じゃな。いいの、いいのぅ」
「こんな光景が拝める日が来るとは」
学園長も木下もダメな大人にしか見えない。だが、確かに軽々と重たい武器を振り回す澪は文句無しに格好いい。気がついたら、乱太郎達と三人揃って澪をじっと見ていた。
「ふぅ。中々いいですね!!うっかり、相手をあの世送りにしないよう加減が難しいですが」
キラキラ笑顔の澪ーーが、発言が普通に怖い。
「で、もう一つの武器はこれですか?」
「うむ、それは双錘という。澪ちゃん用に通常の十倍の重さを持たせた特注品じゃ。一つ四十斤程度の重さじゃ。両方合わせるとこちらも青龍偃月刀と似たような重さになる!」
何やら先端に巨大且つ重そうな丸い物がついた太い棒が、二本ある。一本を振り回すのでも凄い破壊力がありそうなものを、両手装備である。普通に怖い。あんな物を澪が振り回したら……ぶるっ、と流石にきり丸は震えた。格好いいが同時に恐ろしくもある、が、同じくらい凄いと興奮もした。
青龍偃月刀のレプリカを箱にしまい、澪は次に双錘を手に取ってブンブン回している。先程より一本ずつなら軽い武器というのもあって、まるで木の枝でも振り回しているようだ。あれをくらったら……どんな輩も彼方へ吹き飛んで星になるだろう。
「わぁ、いいですねコレ!これなら、火縄銃の弾丸を軽く弾けそうです」
「えっ、火縄銃ってどういう事なんですか、澪さん?」
「実は、シナ先生と対銃火器の訓練中なんですっ。これなら、連射されなければ複数の鉄砲でも対処できますっ!!」
「……わぁ、最早、コメントに困るぅ」
澪がまた化け物の階段を軽く数段登ったのが分かったきり丸は、遠い目になった。どうやら澪のとんでも発言を聞いた木下の方は、きり丸と同じ気持ちになったらしく、目が点になっている。一方の学園長は大興奮だ。
「それは本当か澪ちゃんっ。流石はわしの秘書!天晴れじゃ!」
「ありがとうございます、学園長。この武器に相応しい秘書になれるよう、精進しますね!」
それは最早秘書じゃなく、無双の豪傑である。素手でも六年生全員を倒す澪が、こんな武器を手にした日には忍術学園最強のパワー系アタッカーが爆誕したのと同義である。
「おお、そうじゃ。せっかくなら派手にいこう木下先生」
「……と、言いますと?」
「見物するのが、土井先生と澪ちゃんの剣術試合だけというのは、ちと寂しい。せっかく澪ちゃんの武器が手に入った事だし、新しい武器を持った澪ちゃんと先生方による戦闘訓練を行う!!」
くわっ!と目を見開きまたろくでもない決定をする学園長。木下がブンブン首を振った。
「あんな恐ろしい武器を持った彼女を相手にしろと?無茶です!」
「誰も本気の殴り合いをしろとは言っとらん。訓練じゃよ。一定時間戦う程度なら何とかなるじゃろ。生徒全員に観戦させればいい勉強にもなるしの。土井先生もついでに参戦させるとして、実技の担当教師は全員参加にして……面白くなってきたわい」
「面白いのは学園長だけです!!」
木下が大きな声でツッコミする中、学園長の思いつきにきり丸は心の中で拍手を送った。
素晴らしい銭儲けのチャンスである。
「学園長、ぼくも賛成します。観客動員等はこのきり丸にお任せをっ!」
片膝をつき、命令を待つ忠臣のポーズを取るきり丸。乱太郎としんベヱは呆れきった眼差しで、こちらを見ているが気にならない。学園長も気を良くしているらしく、「うむ」と頷いた。
「先生方が、お相手してくれるんですか?光栄です!!」
新しい武器を手に入れたおかげでテンションが高い澪は、木下の悪くなった顔色に気付かず武器をブンブン振り回しながら、意欲的な回答をした。空気が澪に呼応するように、ブォンブォン揺れている。
そんな澪を見る木下の顔が完全に引き攣っていたのを、きり丸ははっきりと目撃したのだった。
それから。
澪はひとまず武器をしまい、木刀を使った訓練に戻った。先生達の日程都合を調整し、新武器を装備した澪と教員達による戦闘訓練は、来週に行われる事に決まり、木下が顔を覆っていた。熱血系な武闘派のはずなのに、その木下をして新武器装備の澪は相手にしたくないらしい。
きり丸はと言うと、予定通り乱太郎達と食堂に向かい、そこで口止めされてはいなかった事もあり、先程決まった戦闘訓練の事を話すと、その場にいた忍たま達が俄に騒がしくなった。
「本当なのか、きり丸。先生方と澪さんが?」
「そうっすよ、食満先輩」
たまたま食堂で居合わせた六年生の食満留三郎が、興味津々に声をかけてきた。同じ六年は組の善法寺伊作は、何やら目をキラキラさせている。
「凄いなぁ、澪さん。レプリカとはいえ青龍偃月刀って、あの三国志の関羽の武器だよね。格好いいんだろうなぁ……」
そう言えば、善法寺は澪のファン倶楽部メンバーである。ほぅ、と何やらため息をついて目を潤ませる姿は恋する乙女のようーーに、見えなくもない。そんな善法寺を見て、食満は口をへの字にしていた。どうやら、思う所があるらしい。
「ったく、何がいいんだか……」
「澪さんの良さが分からない留三郎こそ、どうかと思う」
愚痴る食満を善法寺が冷ややかに見つめていた。きり丸からすれば、どっちもどっちである。
「ーーおい、きり丸」
その時である。
それはそれは低い声で、きり丸の名を呼ぶ聞き覚えのある声を耳にしてそちらを向くと、顔色の悪い半助と伝蔵が立っているのが見えた。
「教師達と澪さんが対戦するとは、どういう事なんだ?」
伝蔵がプルプルしている。今にも白目を剥きそうだ。
「山田先生、実はですねーー」
そんな伝蔵を見つつ、乱太郎が先程起こった一部始終をら二人に伝えた。結果、話を全部聞き終わる頃には項垂れている二名の一年は組担当教師達の姿が。
「おい、半助……お前さんのせいだぞ」
「いえ、切欠がわたしだっただけです。澪さん向けの武器を学園長が入手した時点で、こうなっていたかと」
「ぐぅ、それもそうか。学園長だしなぁ……はぁ、念の為に遺書を書いておく必要があるかもしれんな」
「それは流石に大袈裟では?」
「大袈裟なもんかね。澪くんの怪力を見ただろう。素手で六年生全員を相手に勝つんだぞ。しかも、ここに来て忍びの業を学びつつあるあの子が、今どれだけ強いのか想像してみろ」
「ははは、流石、澪さん。はぁ……」
ずぅーん、と、二人の周りの空気が沈んでいる。流石の半助も惚れた相手とはいえ、澪の怪力を想像してか力無く笑っている。きり丸は、そんな二人を見て当日はどうやるのが一番効率的に銭儲けできるか必死に考えていた。
「勝ち負け試合じゃないから、賭け試合はダメだろ。となると、観戦チケットかドリンクか弁当売りか……手堅いのは後者だが、売上が開催時間に左右されやすいか」
「きり丸」
ブツブツ独り言を呟いていると、半助の声がした。伝蔵から全部聞いたのか、今や何時もの調子をすっかり取り戻した半助は、何やら嫌な笑顔できり丸を見ている。
「なんすか、土井先生?」
「豆腐料理の会は明後日だそうだ。勿論、言い出しっぺのお前も参戦で決まりだから、明日はあまり食い過ぎないようにな。しんベヱもだぞ」
「あ……」
そう言えば、忘れてた。来週の銭儲けチャンス到来のボーナスステージに向け、色々と今週はやりたい事があるのに。
「あ、あの、ぼくは急遽用事が出来まして」
「逃がすか、バカタレ。お前もわたしも仲良く無限豆腐地獄行きだ。胃もたれに気をつけるんだな」
「そ、そんな、ご無体な!」
きり丸の肩を掴んで離さない半助。その二人の会話を聞いて善法寺と食満が笑顔できり丸に話しかけてきた。
「そうだぞ、きり丸。ぼくが特性の胃薬をたんと用意してあるから心配はいらないよ。ぼくら六年生も全員出るんだし、一緒に頑張ろう」
「お前が発案者なら、仲良く地獄に落ちないと不公平ってもんだろう。なぁ?」
「ううっ、逃げ場なし。がっくし」
半助を筆頭に、無限豆腐地獄落ちの面子に囲まれる。これは無理だーーきり丸は肩を落とした。
「わーい、明後日にまた美味しい料理が沢山食べられるぅ!」
しんべヱだけが、のんびり嬉しそうに笑っていたのだった。
どうおかしいかと言うと、授業に身が入っていなかった。いつもなら、怒ったり注意したりするのに、生徒が何をしても全てスルーだった。
お陰様で、は組の生徒の方が我に返って逆に静かになるという謎現象が起こっていた。
「……ひょっとして、朝にオレ達の話を聞いちゃったのかな。土井先生」
半助の気配にはちっとも気付かなかったが、おかしくなった理由の心当たりはそれしかなかった。
だとしたらヤバい。半助は授業後に澪と一緒にどこかへ行ってしまった。きり丸はというと、その後に休憩を経て実技の授業中である。
本日の実習は、苦無を使って崖を登る訓練だ。一人ずつ、裏山にある崖を登っていく。しんベヱが乱太郎を巻き添えにずり落ちたが、そんなに高さがなかったので、二人ともゴロゴロ地面に転がって格好悪い感じになった。いつも通りである。
「何を土井先生が聞いていたんだ、きり丸?」
「うわぁっ、山田先生びっくりするじゃないですか。急に近付いて来て話しかけないでくださいよ」
「おお、すまんすまん。ちょっと気になって」
伝子状態よりはマシとはいえ、心臓に悪い。きり丸が崖を登るのは終わっており、休憩がてら一人で座っていたから、余計にびっくりした。
「ーー心当たりがあるなら、教えてくれんか」
「ダメです!くれなんてっ!タダでは無理ですぅ!!」
きり丸が反射的にそう返事をするのと、崖を登るのが終わった乱太郎としんベヱが何やら、金吾に話しかけているのは、ほぼ同時の事だった。
そして。
「きりちゃん、戸部先生と澪さんの件は金吾の勘違いだってさ」
「よかったねぇ、きり丸!」
「え」
昨日からの悩みが秒で解決し、伝蔵へのネタ提供の情報料がチャラになった瞬間でもあった。
「きり丸ってば、あの話聞いてたの?恥ずかしいなぁ……変な勘違いして、トモミちゃんと戸部先生に怒られちゃった」
「そりゃそうでしょ、金吾。何をどう考えたら、澪さんが戸部先生にお付き合いするために、試合を申し込むんだよ。ぷぷっ」
「ううっ。だって仕方ないじゃんか。噂を聞いて……つい。もう、昨日の夜からずっと笑ってるし。喜三太、それ以上笑わないでよ」
金吾がきり丸を見て、恥ずかしそうにしていた。金吾から話を聞いたらしい同室の喜三太が、肩を揺らしている。
一方、朝から半助の様子がおかしかった理由に納得したのか、ぽん、と伝蔵が手を叩いた。
「きりちゃん、澪さんの事大好きだもんね。金吾の勘違いでよかったぁ」
「ぼくも、おシゲちゃんが誰かにお付き合いを申し込むなんて聞いたら、凄いショックだから間違いでよかったね」
乱太郎としんべヱが、ニコニコと笑っている。金吾の酷い勘違いだと知って、きり丸はホッと息を吐いた。同時に、乱太郎からストレートにきり丸が澪を大好きだと指摘されて、顔中に熱が集まった。
その通りだが、人から言われると猛烈に照れ臭い。
「後で土井先生に教えてやらんとな」
くっくと楽しそうに笑って、顎髭を撫でる伝蔵。何やらその仕草がーー。
「「おっさんくさい」」
「おっさん言うな。そりゃ、わたしはいい歳だよ?でも、面と向かって言うな!!」
乱太郎としんベヱが異口同音に同じ事を言う物だから、伝蔵が口から唾を飛ばす勢いで怒った。そこで、カーン!と鐘がなる。授業終了である。
半助には伝蔵が金吾の誤解だった事を伝えるそうだから、半助の調子も今日中には戻るだろう。ちょっと抱きかけた罪悪感は忽ち消え、心が軽くなるきり丸である。
その後は、ランチを食べて図書委員会の活動をし、アルバイトの内職をして気がつけば夕方になっていた。ちなみに、内職は乱太郎としんベヱも手伝ってくれた。
「はー、お腹空いた。ね、そろそろ晩御飯食べに行こうよ」
「それもそうだね。行こうか」
「おー、そうすっか。俺も腹減った」
造花作りの内職がひと段落したので、後片付けをして食堂へ向かった。その途中、澪を見かけた。何やら広場で木刀を振っている。ブゥオン!と、その一撃がきまったら木刀が叩き折れそうな素振りに、空気が震えていた。
「うーん、久々だから加減が難しいな……」
何やらブツブツ言っている。
「おーい、澪さーん!何してるんですかー?」
気になったので、きり丸が勢いよく手を振って声をかけると、三人に気付いた澪がこちらへゆっくり歩いて来た。
「こんばんは、今から食堂ですか?」
「そうです。澪さん、ひょっとして戸部先生との試合のために稽古してたんですか」
澪の言葉に乱太郎が頷き、木刀を振っている理由を尋ねた。すると、澪が苦笑いする。
少し汗をかいているらしく、額に髪が張り付いていた。そんな姿が、夕方の陽の光に照らされると、本当に綺麗でーーほんの一瞬だけ、息が止まりそうになる。
綺麗だと思ったのはきり丸だけではなかったようで、乱太郎としんベヱもぽけっとした顔をしていた。ちょっと面白くない。
「その前に土井先生に相手になってもらって、剣術の腕を磨く事になりました」
「えっ、それってどういう事ですか?」
「最初はトモミちゃんに言われて、戸部先生が断らないならって軽い気持ちで試合を……って、話だったのですけど、それにしてもわたしの剣の腕前がイマイチだと、戸部先生相手に失礼だろうって、土井先生が気を利かせてくれたんです」
不思議そうな顔をするしんベヱに、丁寧に答える澪。
きり丸はそれを聞いて、すぐさま半助の意図に気付いてしまった。
これは、澪と戸部の関係を大いに誤解した半助からの、あからさまな妨害行為である。
「そんなわけで、土井先生を剣術で倒せたら戸部先生に挑戦する事になりました」
「つまり、戸部先生と澪さんじゃなくて、土井先生と澪さんが戦うって事ですね。わぁ、凄いっ。わたし、見てみたい!!」
「ぼくもー!!」
無邪気に乱太郎としんベヱが手を挙げる。戸部と澪の試合もかなりの学園の人間が見学しそうではあるが、半助と澪の試合も意外性があってウケそうだ。
にやぁ、ときり丸の口角が上がる。
魂まで染み付いた銭への妄執が、これは金儲けのチャンスと見て叫んでいた。
澪の試合で儲けようとして、半助に邪魔されたのを忘れてはいない。だが、その半助とて、本人が試合に出るとなればきり丸を監督できない。
今度こそ銭が己を待っている……!
「うっひゃひゃ……」
「うわぁ、下品な笑い方」
「これ絶対、ろくでもない事考えてる顔だよ」
乱太郎としんベヱが、何やらひそひそ言っているが気にならない。
「澪さん!ぼくが、土井先生と澪さんに相応しい場を整えてみせますっ。お二人の試合に観客がいないなんて勿体無い!!」
「いや、落ち着かないから寧ろわたしは人が少ない方がいいです」
澪が困ったような顔をしていた。乗り気ではなさそうだが、そうはいかない。金儲けのチャンスだ。
あと、単純に澪と半助が二人きりになるのも何だかモヤッとするので、ついでに邪魔をしたかったりした。
ならば、頑張って説得する!そう、きり丸が決意した時である。
ポトッ、と近くに何かが落ちてきた。こよりのついた丸い物で、こよりの先端には火がついている。それが鳥の子であると気付いた瞬間には、音を立てて煙が霧散した。
「ーーきり丸の言う通りじゃあ!!ゲホッ、ガホッ、グゥォフォ、オゲェ」
「学園長、大丈夫ですか?」
自分が投げた鳥の子で盛大に噎せる学園長の背中を、澪がすかさず摩っていた。流石は秘書である。
「おっほん。澪ちゃんや実はの、前に言ってた武器を入手したんじゃ。覚えておるか、壊れにくい良さそうな明の武器があれば、という話じゃ」
「えっ、手に入ったんですか?!」
「ほっほっほ、流石じゃろう?凄いじゃろう?」
澪に合いそうな武器の話なんてきり丸は知らないが、澪の怪力でも壊れなさそうな相性のいい武器なんて、まさに鬼に金棒状態である。
色々と気になる。
「では、ヘムヘム、木下先生!こちらに!!」
「はい、学園長」
「へ、ヘムゥ」
学園長が声をかけると、木下鉄丸とヘムヘムが、荷車を引いてやって来た。見ると、荷車の上には何やら大きな箱が二つもある。
きり丸も気になって、乱太郎やしんベヱと一緒に近くに行って見物する事にした。
「ふぅ、重かった」
「へムゥ……」
木下とヘムヘムがはぁ、とため息を吐いている。相当に重量があるらしい。
「澪ちゃんの話をしたら、知り合いがツテを使って安めに二つも武器を譲ってくれての。わしから、プレゼントじゃ。その代わり、それを使ってわしを護衛してくれんかの」
「勿論です!!」
澪の顔がキラキラと輝いた。学園長がそんな澪の顔を見て満足気に頷くと、木下とヘムヘムが二つの箱の蓋を開くのは同時だった。
「……でか」
現れたる二つの武器を見て、きり丸は思わずそう零した。
「これは……?」
「ひとつは、彼の三国志に出てくる英傑、関羽が使ったとされている武器、青龍偃月刀ーーと言っても、これはそのレプリカじゃな。好事家が大枚叩いて買ったはいいが、持て余してたのをお値打ち価格で譲ってもらったんじゃ。とはいえ、ちゃんと斬れるから気をつけるように。ま、とはいえこんな物、重すぎて普通は扱えんがの」
三国志はきり丸もちゃんと読んだ事はないが、図書室にあるから知っている。昔の明の物語らしいということくらいは。そして、その三国志は割とどの学年の忍たまからも人気の本だ。こんな物を澪が振り回した日には、学園の三国志ファンが大喜びしそうである。
「じゃが、澪ちゃんなら話は別じゃ。ちょっと、持って軽く動きだけでも見せてくれ。わし、三国志の関羽が好きなんじゃ」
学園長は三国志ファンらしい。何やら木下も激しく頷いた。同類らしいーー大丈夫か、この学園。
「では、ちょっと失礼して」
澪は嫌がるでもなく、あっさりと頷いて青龍偃月刀とやらのレプリカを手に取った。そして十分にきり丸達から距離を取った所で構えている。武器の形状は薙刀に近いが、それよりも遥かに刃が大きい。つまりは刃の分だけ薙刀より遥かに重量があるということ。
「あれ、どのくらい重いんですか学園長先生」
「そうさな、八十二、三斤(約五十キロ)くらいじゃったか」
「えー……」
しんベヱが鼻水を垂らしてポカンとしている。
「これって、こんな感じでいいんですかー?」
重さとしては人一人分くらいはある。それをビュンビュン振り回している澪。学園長と木下が「おおっ……」と揃って拳を握って何やら興奮している。大丈夫かこの大人達。
「美少女関羽誕生じゃな。いいの、いいのぅ」
「こんな光景が拝める日が来るとは」
学園長も木下もダメな大人にしか見えない。だが、確かに軽々と重たい武器を振り回す澪は文句無しに格好いい。気がついたら、乱太郎達と三人揃って澪をじっと見ていた。
「ふぅ。中々いいですね!!うっかり、相手をあの世送りにしないよう加減が難しいですが」
キラキラ笑顔の澪ーーが、発言が普通に怖い。
「で、もう一つの武器はこれですか?」
「うむ、それは双錘という。澪ちゃん用に通常の十倍の重さを持たせた特注品じゃ。一つ四十斤程度の重さじゃ。両方合わせるとこちらも青龍偃月刀と似たような重さになる!」
何やら先端に巨大且つ重そうな丸い物がついた太い棒が、二本ある。一本を振り回すのでも凄い破壊力がありそうなものを、両手装備である。普通に怖い。あんな物を澪が振り回したら……ぶるっ、と流石にきり丸は震えた。格好いいが同時に恐ろしくもある、が、同じくらい凄いと興奮もした。
青龍偃月刀のレプリカを箱にしまい、澪は次に双錘を手に取ってブンブン回している。先程より一本ずつなら軽い武器というのもあって、まるで木の枝でも振り回しているようだ。あれをくらったら……どんな輩も彼方へ吹き飛んで星になるだろう。
「わぁ、いいですねコレ!これなら、火縄銃の弾丸を軽く弾けそうです」
「えっ、火縄銃ってどういう事なんですか、澪さん?」
「実は、シナ先生と対銃火器の訓練中なんですっ。これなら、連射されなければ複数の鉄砲でも対処できますっ!!」
「……わぁ、最早、コメントに困るぅ」
澪がまた化け物の階段を軽く数段登ったのが分かったきり丸は、遠い目になった。どうやら澪のとんでも発言を聞いた木下の方は、きり丸と同じ気持ちになったらしく、目が点になっている。一方の学園長は大興奮だ。
「それは本当か澪ちゃんっ。流石はわしの秘書!天晴れじゃ!」
「ありがとうございます、学園長。この武器に相応しい秘書になれるよう、精進しますね!」
それは最早秘書じゃなく、無双の豪傑である。素手でも六年生全員を倒す澪が、こんな武器を手にした日には忍術学園最強のパワー系アタッカーが爆誕したのと同義である。
「おお、そうじゃ。せっかくなら派手にいこう木下先生」
「……と、言いますと?」
「見物するのが、土井先生と澪ちゃんの剣術試合だけというのは、ちと寂しい。せっかく澪ちゃんの武器が手に入った事だし、新しい武器を持った澪ちゃんと先生方による戦闘訓練を行う!!」
くわっ!と目を見開きまたろくでもない決定をする学園長。木下がブンブン首を振った。
「あんな恐ろしい武器を持った彼女を相手にしろと?無茶です!」
「誰も本気の殴り合いをしろとは言っとらん。訓練じゃよ。一定時間戦う程度なら何とかなるじゃろ。生徒全員に観戦させればいい勉強にもなるしの。土井先生もついでに参戦させるとして、実技の担当教師は全員参加にして……面白くなってきたわい」
「面白いのは学園長だけです!!」
木下が大きな声でツッコミする中、学園長の思いつきにきり丸は心の中で拍手を送った。
素晴らしい銭儲けのチャンスである。
「学園長、ぼくも賛成します。観客動員等はこのきり丸にお任せをっ!」
片膝をつき、命令を待つ忠臣のポーズを取るきり丸。乱太郎としんベヱは呆れきった眼差しで、こちらを見ているが気にならない。学園長も気を良くしているらしく、「うむ」と頷いた。
「先生方が、お相手してくれるんですか?光栄です!!」
新しい武器を手に入れたおかげでテンションが高い澪は、木下の悪くなった顔色に気付かず武器をブンブン振り回しながら、意欲的な回答をした。空気が澪に呼応するように、ブォンブォン揺れている。
そんな澪を見る木下の顔が完全に引き攣っていたのを、きり丸ははっきりと目撃したのだった。
それから。
澪はひとまず武器をしまい、木刀を使った訓練に戻った。先生達の日程都合を調整し、新武器を装備した澪と教員達による戦闘訓練は、来週に行われる事に決まり、木下が顔を覆っていた。熱血系な武闘派のはずなのに、その木下をして新武器装備の澪は相手にしたくないらしい。
きり丸はと言うと、予定通り乱太郎達と食堂に向かい、そこで口止めされてはいなかった事もあり、先程決まった戦闘訓練の事を話すと、その場にいた忍たま達が俄に騒がしくなった。
「本当なのか、きり丸。先生方と澪さんが?」
「そうっすよ、食満先輩」
たまたま食堂で居合わせた六年生の食満留三郎が、興味津々に声をかけてきた。同じ六年は組の善法寺伊作は、何やら目をキラキラさせている。
「凄いなぁ、澪さん。レプリカとはいえ青龍偃月刀って、あの三国志の関羽の武器だよね。格好いいんだろうなぁ……」
そう言えば、善法寺は澪のファン倶楽部メンバーである。ほぅ、と何やらため息をついて目を潤ませる姿は恋する乙女のようーーに、見えなくもない。そんな善法寺を見て、食満は口をへの字にしていた。どうやら、思う所があるらしい。
「ったく、何がいいんだか……」
「澪さんの良さが分からない留三郎こそ、どうかと思う」
愚痴る食満を善法寺が冷ややかに見つめていた。きり丸からすれば、どっちもどっちである。
「ーーおい、きり丸」
その時である。
それはそれは低い声で、きり丸の名を呼ぶ聞き覚えのある声を耳にしてそちらを向くと、顔色の悪い半助と伝蔵が立っているのが見えた。
「教師達と澪さんが対戦するとは、どういう事なんだ?」
伝蔵がプルプルしている。今にも白目を剥きそうだ。
「山田先生、実はですねーー」
そんな伝蔵を見つつ、乱太郎が先程起こった一部始終をら二人に伝えた。結果、話を全部聞き終わる頃には項垂れている二名の一年は組担当教師達の姿が。
「おい、半助……お前さんのせいだぞ」
「いえ、切欠がわたしだっただけです。澪さん向けの武器を学園長が入手した時点で、こうなっていたかと」
「ぐぅ、それもそうか。学園長だしなぁ……はぁ、念の為に遺書を書いておく必要があるかもしれんな」
「それは流石に大袈裟では?」
「大袈裟なもんかね。澪くんの怪力を見ただろう。素手で六年生全員を相手に勝つんだぞ。しかも、ここに来て忍びの業を学びつつあるあの子が、今どれだけ強いのか想像してみろ」
「ははは、流石、澪さん。はぁ……」
ずぅーん、と、二人の周りの空気が沈んでいる。流石の半助も惚れた相手とはいえ、澪の怪力を想像してか力無く笑っている。きり丸は、そんな二人を見て当日はどうやるのが一番効率的に銭儲けできるか必死に考えていた。
「勝ち負け試合じゃないから、賭け試合はダメだろ。となると、観戦チケットかドリンクか弁当売りか……手堅いのは後者だが、売上が開催時間に左右されやすいか」
「きり丸」
ブツブツ独り言を呟いていると、半助の声がした。伝蔵から全部聞いたのか、今や何時もの調子をすっかり取り戻した半助は、何やら嫌な笑顔できり丸を見ている。
「なんすか、土井先生?」
「豆腐料理の会は明後日だそうだ。勿論、言い出しっぺのお前も参戦で決まりだから、明日はあまり食い過ぎないようにな。しんベヱもだぞ」
「あ……」
そう言えば、忘れてた。来週の銭儲けチャンス到来のボーナスステージに向け、色々と今週はやりたい事があるのに。
「あ、あの、ぼくは急遽用事が出来まして」
「逃がすか、バカタレ。お前もわたしも仲良く無限豆腐地獄行きだ。胃もたれに気をつけるんだな」
「そ、そんな、ご無体な!」
きり丸の肩を掴んで離さない半助。その二人の会話を聞いて善法寺と食満が笑顔できり丸に話しかけてきた。
「そうだぞ、きり丸。ぼくが特性の胃薬をたんと用意してあるから心配はいらないよ。ぼくら六年生も全員出るんだし、一緒に頑張ろう」
「お前が発案者なら、仲良く地獄に落ちないと不公平ってもんだろう。なぁ?」
「ううっ、逃げ場なし。がっくし」
半助を筆頭に、無限豆腐地獄落ちの面子に囲まれる。これは無理だーーきり丸は肩を落とした。
「わーい、明後日にまた美味しい料理が沢山食べられるぅ!」
しんべヱだけが、のんびり嬉しそうに笑っていたのだった。
