第8話 忍術学園に迫る白き✕✕……
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澪を、豆腐大魔王と化した久々知兵助の繰り出す無限豆腐地獄から守らねばならない。
しんベヱはじめ、五年生達の無惨な有様を見た半助は直ぐに六年生長屋へと走って小平太へその事を伝えた。
きり丸の指摘通り、澪の怪力はとんでもないが胃袋は普通である。たまに白飯をお代わりしている事があるくらいで、それでも忍たま上級生や大人の男が食べる量よりずっと少ない。そんな澪が、お腹を抱えて苦しそうに倒れるなんてあってはならない事だ。
「ーー分かった、土井先生。必ず六年生全員、引っ張っていく。久々知兵助には、大勢行くから豆腐料理の会をいつ開催するか、前日には知らせるよう伝えてくれ。それと、澪さんに出す豆腐料理は、これはと言う品をわたし達が評価するから多くても三つ程度に絞れ、とな」
「ありがとう、小平太。わたしもそのつもりだ」
「いえ、土井先生こそよく知らせてくれました。澪さんが大変な目に遭うのはわたしも嫌ですので」
小平太は真面目な顔で引き受けてくれた。
茶化したりする雰囲気は一切ない。六男ろ組七松小平太は、普段は元気一杯の勢いがある少年だが、実際は頭の切れる優秀な生徒だ。
半助自身が澪に恋慕の情を持っていなければ、似合いだろうと安心して見守る側に回れる位には、小平太は文句無しの相手なのである。
だが、実際なライバルだ。それだけに六年生で同じ土俵に立たれた場合、一番に嫌な相手でもあった。ちなみに次点は立花仙蔵であったりする。
「綾部喜八郎は、まだ子どもの部分が多いので大丈夫だと確信してますが、久々知兵助は分かりません。土井先生、火薬委員会の顧問なんですし、よく見ていて下さいね」
「ーー分かっているとも」
不意に小平太の目が細められ、半助を観察するようにじっと見てきたと思ったら、はっきりとは言わないものの、同じ恋敵として新たな敵の出現を警戒するよう忠告された。
澪は忍たま達から人気が高く、いつ誰が何処で懸想するかさっぱり予想がつかない。今は澪にそんな気持ちになっていなくても、何かの弾みで恋するかもしれないのだ。
そんな心配をしなくてもいい一番の方法が、とっとと半助が告白して結ばれてしまう事と分かっているのに、ご立派に日々成長する恋慕だけ抱えて何も言えない有様である。
「よかった!じゃあ、わたしは他の六年生へこの事を伝えてきますね。では、土井先生。よろしくお願いします。いけいけどんどーん!!」
ニカッ、と小平太が白い歯を見せて笑い去って行った。先程までの雰囲気とは真逆の姿に苦笑いする。小平太は二面性を上手く使い分けている。器用な事だ。半助とて、裏の顔というのがないわけではない。かつて、忍びとして働いていた頃を思えば、殺伐とした空気を今でも纏える。冷徹で非情な己を、学園にいる事で封じているのだ。
子ども達相手にそんな土井半助は要らないから封じ込めているのだ。それが当たり前になっている。
いつか、誰かを半分助けるーー澪が言ってくれたそんな人になれていたら、どんなにいいか。
ふと、腹が減ってきた。そう言えば、夕餉を食べに行く途中だったのを思い出す。食堂が開いている時間は限られている。半助は急いで食堂へ戻るのだった。
その翌朝。
半助は澪の事を心配していたきり丸に、昨日の首尾を伝えるため、朝早くから一年は組の忍たま長屋へと向かった。
そしてその先で、きり丸達の会話を聞いてしまった。
「えーっ、澪さんが戸部先生の事が好きで、付き合うために試合を申し込んだって、それ本当なの、きりちゃん?!」
「澪さんが、渋い大人の男性が好きって話は、ぼくもおシゲちゃんが言ってたの聞いたけど、本当だったんだね」
ーーは?
そここら先は、頭の中が真っ白になって、どうやって職員室に戻ったのかは覚えていない。
澪が戸部新左ヱ門を好き?
そんな話は聞いた事もない。というか、戸部と澪が二人きりで居るのを見た事なんてない。もしそうなら、澪を見ている半助が真っ先に気付いて、徹底的に阻止したはずだ。
否、だが、恋なんてものは何時どうなるかなんて分からないものだ。半助が現にそうだ。好きだと気付いてから、底の見えない沼に最早這い上がれない程に現在進行形で落ちているのだから。
澪が何か切欠があって、戸部を好きになっている可能性が有り得るかもしれないわけで。大体、それが可能ならそうしたいが澪にずっと引っ付いているわけにもいかない。半助の知らないところで澪が戸部と逢い引きしていたりするのかもしれないし。
そう言えば、会話の中で澪は渋い大人の男性が好きだとか何とか言っていた。半助は大人だが渋さなんでまだまだ持ちあわせてはいない。その点、戸部は本人の持つ愛刀に似た、鈍く光る男の渋さ的な物がある。
渋さ。
そんなもの、どちらかというと童顔な己の顔に出てくるにはあと何年かかるのか。澪の好みじゃないと知って、ショック過ぎて言葉もない。
否、澪の反応からして己がタイプじゃないのは、何となく感じてたけれども。だからって、こんな形で知ることになるとは。
「半助、どうしたんだ?」
「……おはようございます、山田先生」
「心ここに非ずか?というか、おはようは朝一番に聞いたぞ」
「今日も天気がいいですね」
「曇り時々雨だぞー。あちゃー、いかん、ダメだこりゃ」
取り繕わなければ。半助の精一杯で、伝蔵ととりあえずやり取りをする。無論、全く出来ていないのだが半助本人はショックの余り、完全におかしくなっていた。
それから、普通に朝餉を食べた。何を食べても何も思わず、味もしなかった。美味しくはないが、完食は出来たので問題無いだろう。食堂のおばちゃんにちくわを食べた事を褒められたが、気にならなかった。ちくわなんて入っていたのかーーと、思ったくらいである。
一年は組で授業をした。きり丸が眠そうにしてて、しんベヱの戻らない膨らんだ頬を乱太郎が邪魔そうにつついていて、喜三太がナメクジのツボを持ち込んでいて、ひっくり返していたくらいだ。怒る気にもならずに、授業を無事に終えた。何も感じない。ただ、ぼーっとする。
「土井先生。あの、例の学園長からご許可を頂いた件でお話が。もし、よろしければ今から二人きりでお話しできませんか?」
職員室へ戻ろうとしていたら、綺麗な声がした。
澪だ。
まるで、悪い夢から覚めたみたいに世界が変わる。思考がはっきりして、半助は澪だけを見ていた。
二人きりで話ーー嗚呼、それはなんて甘美な響きなんだろうか。
是非とも話をしたい。澪が戸部を好きとかそんな事は関係ない。半助には澪の監督者としての役割もある。誰に咎められる事もない。そうしたら、半助が澪を拘束している時間、澪はどこにも行けない。
ならば、その時間を出来るだけ長く。その間は自分だけを見てほしい。その間だけでも、絶対に逃がさない。
「ーー分かりました。なら、二人きりで話そうか。その代わり、ねぇ、澪さん。わたしを少しでいいから、甘やかして?」
甘やかしてーーなんて。
まるで子どものような事を言う。だが、澪はそんな半助を受け入れてくれている。
内緒話でもするように澪に顔を近づけ、強請る声は自分が聞いていてもやけに甘ったるかった。嫌でも分かる。澪を誘惑しているのだと。そして、こういう風に強請れば断られたりしないと知って言った。
だが、悲しい事にこれで揺らぐような女ではなかった。
それしても、綺麗な形の可愛い耳だ。ぱくりと食べてやろうか、と思えてしまう程に。
「わ、分かりました」
「じゃあ、行こう。こっち、おいで」
ぱっ、と澪が耳を押さえた。どうやら、少し驚いたようである。嗚呼、可愛い。そんな姿を例えば、戸部に見せていたりしたら……そう思うと、ジリジリと胸が焦げ付くような気持ちになる。
嫉妬の感情をせめて顔に出さないようにして、職員室へと向かう。この時間は伝蔵が授業をしているから、澪と長めに二人になるにはうってつけの場所である。
途中、お茶の用意のために食堂に立ち寄ったが、早く早くと澪と二人きりになるのを待ち望んだせいか。
「ねぇ、澪さん。少しだけだから、先に甘えていいかな?」
職員室に辿り着いて、障子戸を閉めて二人きりになると我慢できなかった。一刻も早く、澪の一番近くで触れたかった。そして独占したかった。その間、その時間、澪を己の物にしたかった。
「ええ、いいけど」
澪はそんな半助を拒んだりせず、むしろ手を広げて受け入れようとしてくれる。嬉しい、と思うのと同時にどこかで思う。そうして甘やかそうとしている男が、澪に対して並々ならぬ恋慕を抱いていると知ったら、こうはならぬだろうーーとも。
「お疲れなら、膝枕でもする?」
ひざまくら。
まさかの提案に半助は目が点になった。膝枕とはあれか。澪の膝に頭を乗せて枕にしてしまって、横になってOKという美味しいラッキーなシチュエーションの事を言うのか。
ぽんぽんと、澪が軽く自分の膝を叩いているが……本気か?
ごくり、と生唾を飲みそうになるのを堪えた。
「ーー膝枕。ほ、本当に?いいのかい?撤回するなら今だよ。一回膝枕をわたしにしたら、またしてもらうよ?いいの?」
これきりなんて無理だ。
半助は確信していた。澪の甘やかしを体験したら、それ無しではもうどうにも無理になったのに、膝枕なんてされた日には……またしてほしいと何度だって思う確信があった。
「二人きりならいいんじゃないの。別に」
ぽんぽんと、澪は膝を叩いている。その肯定を聞いて、気がつけば半助は吸い込まれるように澪の膝を枕にしていた。
結論ーー最高である。
柔らかな膝は温かくて澪のいい匂いがするのだ。多分、半助にとってこれ以上の枕はないと言い切れる自信がある。
その時だ。
澪の手がよしよし、と無言で半助の頭を撫でてくれた。甘やかされているのだ。柔らかくて心地よい体温を宿す少女の手の感触に、我慢できなくなった。ぎゅっ、と眉間に力が篭もるーーもう無理だ。
「澪さん、ちょっといい?」
「いいわよ」
何がいい?とは聞かない。ただ了承を貰ってしまえばこちらのもの。澪のその甘さが、半助をつけあがらせるのだ。だから、他の男が好きだったとしてもーー元々、それが原因でフられても諦めてやるつもりは毛頭ない。
澪がいけないのだ。
目の前の半助の気持ちに気付かないで、甘やかすから。と、想いを伝えない己が悪いのに澪のせいにする。澪の腰に抱きついて、柔らかな腹に頭を押し付ける。
嗚呼、良い匂いがして柔らかい。腹という急所に触れる事を許すその甘さと優しさが愛しくて、嬉しくて、今は何故か少し憎たらしかった。ここまで半助に近付く事を許しておいて、他の男を好きだなんてーーそんなのあんまりだ。
「澪さん、澪さん、澪さん……」
「はいはい。どうしたの半助さん?」
優しく頭を撫でられる。この温かさが半助以外の男がこの先ずっと手に入れるかもしれない。澪の隣に自分ではない男が当然のような顔をして立つ未来ーーその男が、戸部であろうがそうでなかろうが、そんな事はどうでもいい。
「許さない、渡すものか」
気がつけば、低くとても小さな声で呟いていた。
それが誰であっても、何であっても。この温もりを、この甘い人を、この優しい人を、澪を。半助以外の誰にも何者にも渡してなんてやらない。
己の小さな声が、彼女に届いているとは思わない。それでいい。知られて拒否される方が辛いから。
だが、お陰で今朝のショックから立ち直れた。沈んで居た所で何も変わらない。大体、あの乱太郎達の話が真実じゃない可能性だってあるわけで。
だから、二つだけ質問をする事にした。
「澪さん……、ちょっと人から聞いたから本当かどうか教えて欲しい事があるんだけど。聞いてもいい?」
「いいけど、何?」
「渋い顔の大人の男性が好みってほんと?」
「本当よ」
「…………へぇ、そう」
大丈夫、これは普通に想定してたもん!
自分にときめいた感じが悲しい事に微塵もないから、改めて確信しただけだもん!
と、心の中で声を大にして叫ぶ。
でも、好みじゃないと澪本人から言われたみたいで、気持ちが暗くなる。自分でもわかる。暗い穴に落ちたみたいな気分だ。
だが、いつまでもこうしてはいられない。なので、もう一つの質問をする。
「じゃあ、もう一つ聞くけど戸部先生と戦うと言うのは?」
「それも本当ね」
あっさり肯定された。どうしよう。だが、乱太郎達の話のうち肝心要の澪が戸部を好きという事実だけは確認できない。
それをあっさり肯定されたら、諦めるつもりなんて絶対にないとはいえ、流石に大ダメージをくらう。知らないうちに体がぷるぷる震えた。少し想像しただけでこれである。
どうする?土井半助ーーこのまま指を咥えて見ているなんて、絶対になしだ。阻止一択だ。断固拒否だ。徹底抗戦だ!と、己を鼓舞する。
考えろ、考えるんだっ、澪と戸部を引き離す方法を。
絶対にぜーったいに認めたくないが、仮に澪が戸部を好きだったとして、聞いた話の通りに戦いを挑んで付き合いを迫るつもりなら、接触を阻止するしかない。
澪は外見に反して武闘派だ。天女のような見た目なのに、中身は元父親の武人から六芸を叩き込まれたせいか、それこそ武人のような精神が備わっている。そして、本人は自覚をしていないがその性質が戦闘となると色濃く出るのだ。
ならば、方法はこれしかない!
半助はガバリと起き上がり、澪の手を握った。仮にこの理論が澪に通じないなら、頷かせるまであらゆる手を尽くす所存である。
「澪さん、戸部先生は忍術学園の剣術師範だ。六芸を元お父上に叩き込まれているとはいえ、ここ最近、剣術をまともに訓練していなかったなら、澪さんが戦うのはこう言ってはあれだが戸部先生に対して余りにも役不足ーー失礼と言うものじゃないかな?」
「……はっ!」
澪が息を飲んで目を見開く。
これは、いける!確かな手応えを確信し半助の口元がフッと笑みを浮かべる。なお、半助本人は意識してないが澪じゃなければときめいたかもしれない、中々にいい笑顔である。ハンサムの無駄遣いだとか思ってはいけない。
そして、とどめを刺す。
「だからね、澪さん。戸部先生に挑むならば、まずはこのわたし、土井半助に剣術で勝ってからにしてもらおうか!」
絶対に告白なんてさせてやるものか。
剣術に括れば、澪相手と言えども半助の方が有利だろう。何たって、澪は本気を出せば武器が壊れてしまう怪力だ。
手加減をする必要がある分、澪の方が不利だろうし何より日頃から彼女が剣術を鍛錬している様子はない。相当のブランクごあると見ていいーー勝機は半助の手にある。
卑怯だと言われようが、有効なら何でもしてやる。半助はやる気に燃えていた。
そんなやる気に燃えるくらいなら、告白しろよと誰もがツッコミたくなるだろうが、奥手な男の拗らせを舐めてはいけない。それはそれは、大変且つややこしいのだ。
そして。
「……なるほど、確かにそうよね。戸部先生との一戦は半助さんに勝てるようになってからにするわ」
よし、来たぁー!納得した!!
半助は心の中でガッツポーズを取る。
「絶対にそうしてくれ」
絶対に負けん、絶対にだ……と、大人気ない上に卑怯な男らしくないーー否、ある意味で男らしい決意をする半助であった。
それから、半助の気持ちは落ち着いた。最後の最後まで澪の気持ちを聞けずに終わってしまったが、聞いて最悪な事態の可能性がゼロでないことにしり込みしてしまった結果だ。ヘタレとか言ってはいけない。それは、戦略的撤退なのである。多分。
と言うより、澪が戸部を好きなら半助が間に立ち塞がって阻止だし、そうでなくとも澪と過ごす時間が増えて一石二鳥だ。我ながら中々の策である。と、半助は成果に満足した。
結果、心の余裕が生まれたお陰か、その後、起業についての話をいつも通り聞くことができ、普段通りの己に戻る事が出来たのだった。
それから、澪と別れた半助は予想外の事態に対処する事になって慌てたものの、今日やりたかった目的を果たす事にした。
そう、今日やりたかったのは、久々知兵助の豆腐地獄が澪に降りかかる前に、矛先を自分達へ向けさせる事だ。小平太から提案された通りの内容で、言う必要がある。
今日の久々知兵助の予定は把握済みだ。何せ、久々知兵助は今日、偶然にも火薬委員会の活動の一環である焔硝蔵の掃除当番に当たっていたからである。
だから、頃合いを見て目的の場所を訪ねれば目当ての忍たまを見つけるのは難しくはない。
「兵助。いるか?」
僅かな灯りすら、爆発の原因になりかねない蔵の中は薄暗い。だが、清潔に保つ必要が必須のことから掃除は欠かせない。蔵の入口から声をかけると、兵助が雑巾片手に現れた。
「土井先生、どうしましたか?」
他の五年生を豆腐地獄に叩き落とした兵助は、溌剌とした笑顔である。豆腐大魔王にはとても見えないーーが、油断はできない。
「掃除中に済まないな。実は、頼みがあって来たんだ」
「何でしょうか」
「澪さんに、究極の豆腐料理を御馳走するんだって聞いたよ。よかったら、協力させてもらえないかと思ってね」
「っ、本当ですか?!」
ぱあっと、明るくなる無邪気な少年の顔。とてもでないが、地獄絵図を作り出す大魔王には見えない。
「実はまだまだ仕入れた大豆がたーくさんあるんです!新しいレシピもいっぱい考えたんですよねっ。あ、協力してくれる人って土井先生と他にもいるんですか?いるんですよね?何人ですか?!」
「落ち着け、兵助。とりあえず、わたしときり丸にしんべヱ、後は六年生全員と、くのいち教室から一人は来るはずだ」
「わぁ、そんなに沢山の人が?嬉しいです!今から腕が鳴るなぁ。勘右衛門達にまた頼みたいのに、全員へばっちゃって。豆腐ならいくら食べても大丈夫なのに」
「限度がある。何故、豆腐になった瞬間、色々と考えが偏るんだ兵助」
「?本当なのに」
ダメだ、分かっちゃいない。
半助は倒れた五年生達が流石に不憫に思えてきた。ちなみに、了承を取れてはいないがしんベヱは強制参加である。担任特権を発動する半助。ちょっとずるいとか思ってはいけない。
「おっほん、そんなわけだから開催の日を決めたら、前日までには言うこと。わたし達が感想を言うから、これは!と言うものを澪さんに出すのは最大でも三つまでにすること。これがわたし達の協力する条件だ……!」
びしっ、と兵助に向けて条件を突きつける。すると、二つ返事で頷かれた。
「分かりました。そしたら、明後日にお願いします」
「早いな……」
「そうですか?本当は明日にしたいんですけど、明日は残念な事に個別実習があるので」
来週とかでもいいんだぞーーと言いそうになるのを引っこめた。明日でなくてよかった。心の準備がほしい。まだまだ若いとはいえ、胃袋は流石に食べ盛りの十代程には入らないため、明日の食事は控えめにしようと心に決めた。
「よし、澪さんに究極の豆腐料理を食べてもらうぞ!!」
「兵助、質問したいんだが、何だってそんなに意気込んでいるんだ。澪さんのファン倶楽部には入ってないだろう?」
異性として好意を抱いているかの有無を確認するため、探りを入れると兵助がぽっと顔を赤く染めた。顔立ちが可愛らしいので、何もなければ微笑ましく思ったのだろうが、今はじーっと睨まないようにだけ気をつけながら観察してしまう。
「それは、恥ずかしいのでいくら土井先生でも内緒です」
「待て、兵助っ。それはつまりあれか、澪さんにほの字とかそういう事だったりするのか?」
まさかの同類なのか?と、焦って咄嗟にそう問いかけると兵助の顔が、これでもかと真っ赤になった。
そして。
「っ、土井先生の破廉恥ーー!!」
大きな声でそう言われた。何でだ。
「ほ、ほの字とかそんなっ、ただ、澪さんと仲の良さそうな勘右衛門が羨ましくって。自分も負けないようにって、思っただけです!!」
「わ、分かったから落ち着け。すまん、つい聞いてしまっただけで……」
「わ、分かって下さったらいいんです。じゃ、掃除に戻りますので」
ぺこり、と頭を下げられ背を向ける兵助の顔は耳まで真っ赤だ。澪に好意はあるようだが、照れている以外の事が分からない。意識はしているが、まだそこまでなのかーー相手の本当の心なんて、分かるはずもない。
というか、気になるのはむしろ勘右衛門だ。澪ちゃんとか何とか言ってたし。兵助も澪と仲が良さそうで羨ましいと発言しているのだし。今後、要チェックである。
とはいえ。
「……破廉恥、か」
土井半助二十五歳独身。
今更ながら、己が汚れた大人に思えたのであった。
しんベヱはじめ、五年生達の無惨な有様を見た半助は直ぐに六年生長屋へと走って小平太へその事を伝えた。
きり丸の指摘通り、澪の怪力はとんでもないが胃袋は普通である。たまに白飯をお代わりしている事があるくらいで、それでも忍たま上級生や大人の男が食べる量よりずっと少ない。そんな澪が、お腹を抱えて苦しそうに倒れるなんてあってはならない事だ。
「ーー分かった、土井先生。必ず六年生全員、引っ張っていく。久々知兵助には、大勢行くから豆腐料理の会をいつ開催するか、前日には知らせるよう伝えてくれ。それと、澪さんに出す豆腐料理は、これはと言う品をわたし達が評価するから多くても三つ程度に絞れ、とな」
「ありがとう、小平太。わたしもそのつもりだ」
「いえ、土井先生こそよく知らせてくれました。澪さんが大変な目に遭うのはわたしも嫌ですので」
小平太は真面目な顔で引き受けてくれた。
茶化したりする雰囲気は一切ない。六男ろ組七松小平太は、普段は元気一杯の勢いがある少年だが、実際は頭の切れる優秀な生徒だ。
半助自身が澪に恋慕の情を持っていなければ、似合いだろうと安心して見守る側に回れる位には、小平太は文句無しの相手なのである。
だが、実際なライバルだ。それだけに六年生で同じ土俵に立たれた場合、一番に嫌な相手でもあった。ちなみに次点は立花仙蔵であったりする。
「綾部喜八郎は、まだ子どもの部分が多いので大丈夫だと確信してますが、久々知兵助は分かりません。土井先生、火薬委員会の顧問なんですし、よく見ていて下さいね」
「ーー分かっているとも」
不意に小平太の目が細められ、半助を観察するようにじっと見てきたと思ったら、はっきりとは言わないものの、同じ恋敵として新たな敵の出現を警戒するよう忠告された。
澪は忍たま達から人気が高く、いつ誰が何処で懸想するかさっぱり予想がつかない。今は澪にそんな気持ちになっていなくても、何かの弾みで恋するかもしれないのだ。
そんな心配をしなくてもいい一番の方法が、とっとと半助が告白して結ばれてしまう事と分かっているのに、ご立派に日々成長する恋慕だけ抱えて何も言えない有様である。
「よかった!じゃあ、わたしは他の六年生へこの事を伝えてきますね。では、土井先生。よろしくお願いします。いけいけどんどーん!!」
ニカッ、と小平太が白い歯を見せて笑い去って行った。先程までの雰囲気とは真逆の姿に苦笑いする。小平太は二面性を上手く使い分けている。器用な事だ。半助とて、裏の顔というのがないわけではない。かつて、忍びとして働いていた頃を思えば、殺伐とした空気を今でも纏える。冷徹で非情な己を、学園にいる事で封じているのだ。
子ども達相手にそんな土井半助は要らないから封じ込めているのだ。それが当たり前になっている。
いつか、誰かを半分助けるーー澪が言ってくれたそんな人になれていたら、どんなにいいか。
ふと、腹が減ってきた。そう言えば、夕餉を食べに行く途中だったのを思い出す。食堂が開いている時間は限られている。半助は急いで食堂へ戻るのだった。
その翌朝。
半助は澪の事を心配していたきり丸に、昨日の首尾を伝えるため、朝早くから一年は組の忍たま長屋へと向かった。
そしてその先で、きり丸達の会話を聞いてしまった。
「えーっ、澪さんが戸部先生の事が好きで、付き合うために試合を申し込んだって、それ本当なの、きりちゃん?!」
「澪さんが、渋い大人の男性が好きって話は、ぼくもおシゲちゃんが言ってたの聞いたけど、本当だったんだね」
ーーは?
そここら先は、頭の中が真っ白になって、どうやって職員室に戻ったのかは覚えていない。
澪が戸部新左ヱ門を好き?
そんな話は聞いた事もない。というか、戸部と澪が二人きりで居るのを見た事なんてない。もしそうなら、澪を見ている半助が真っ先に気付いて、徹底的に阻止したはずだ。
否、だが、恋なんてものは何時どうなるかなんて分からないものだ。半助が現にそうだ。好きだと気付いてから、底の見えない沼に最早這い上がれない程に現在進行形で落ちているのだから。
澪が何か切欠があって、戸部を好きになっている可能性が有り得るかもしれないわけで。大体、それが可能ならそうしたいが澪にずっと引っ付いているわけにもいかない。半助の知らないところで澪が戸部と逢い引きしていたりするのかもしれないし。
そう言えば、会話の中で澪は渋い大人の男性が好きだとか何とか言っていた。半助は大人だが渋さなんでまだまだ持ちあわせてはいない。その点、戸部は本人の持つ愛刀に似た、鈍く光る男の渋さ的な物がある。
渋さ。
そんなもの、どちらかというと童顔な己の顔に出てくるにはあと何年かかるのか。澪の好みじゃないと知って、ショック過ぎて言葉もない。
否、澪の反応からして己がタイプじゃないのは、何となく感じてたけれども。だからって、こんな形で知ることになるとは。
「半助、どうしたんだ?」
「……おはようございます、山田先生」
「心ここに非ずか?というか、おはようは朝一番に聞いたぞ」
「今日も天気がいいですね」
「曇り時々雨だぞー。あちゃー、いかん、ダメだこりゃ」
取り繕わなければ。半助の精一杯で、伝蔵ととりあえずやり取りをする。無論、全く出来ていないのだが半助本人はショックの余り、完全におかしくなっていた。
それから、普通に朝餉を食べた。何を食べても何も思わず、味もしなかった。美味しくはないが、完食は出来たので問題無いだろう。食堂のおばちゃんにちくわを食べた事を褒められたが、気にならなかった。ちくわなんて入っていたのかーーと、思ったくらいである。
一年は組で授業をした。きり丸が眠そうにしてて、しんベヱの戻らない膨らんだ頬を乱太郎が邪魔そうにつついていて、喜三太がナメクジのツボを持ち込んでいて、ひっくり返していたくらいだ。怒る気にもならずに、授業を無事に終えた。何も感じない。ただ、ぼーっとする。
「土井先生。あの、例の学園長からご許可を頂いた件でお話が。もし、よろしければ今から二人きりでお話しできませんか?」
職員室へ戻ろうとしていたら、綺麗な声がした。
澪だ。
まるで、悪い夢から覚めたみたいに世界が変わる。思考がはっきりして、半助は澪だけを見ていた。
二人きりで話ーー嗚呼、それはなんて甘美な響きなんだろうか。
是非とも話をしたい。澪が戸部を好きとかそんな事は関係ない。半助には澪の監督者としての役割もある。誰に咎められる事もない。そうしたら、半助が澪を拘束している時間、澪はどこにも行けない。
ならば、その時間を出来るだけ長く。その間は自分だけを見てほしい。その間だけでも、絶対に逃がさない。
「ーー分かりました。なら、二人きりで話そうか。その代わり、ねぇ、澪さん。わたしを少しでいいから、甘やかして?」
甘やかしてーーなんて。
まるで子どものような事を言う。だが、澪はそんな半助を受け入れてくれている。
内緒話でもするように澪に顔を近づけ、強請る声は自分が聞いていてもやけに甘ったるかった。嫌でも分かる。澪を誘惑しているのだと。そして、こういう風に強請れば断られたりしないと知って言った。
だが、悲しい事にこれで揺らぐような女ではなかった。
それしても、綺麗な形の可愛い耳だ。ぱくりと食べてやろうか、と思えてしまう程に。
「わ、分かりました」
「じゃあ、行こう。こっち、おいで」
ぱっ、と澪が耳を押さえた。どうやら、少し驚いたようである。嗚呼、可愛い。そんな姿を例えば、戸部に見せていたりしたら……そう思うと、ジリジリと胸が焦げ付くような気持ちになる。
嫉妬の感情をせめて顔に出さないようにして、職員室へと向かう。この時間は伝蔵が授業をしているから、澪と長めに二人になるにはうってつけの場所である。
途中、お茶の用意のために食堂に立ち寄ったが、早く早くと澪と二人きりになるのを待ち望んだせいか。
「ねぇ、澪さん。少しだけだから、先に甘えていいかな?」
職員室に辿り着いて、障子戸を閉めて二人きりになると我慢できなかった。一刻も早く、澪の一番近くで触れたかった。そして独占したかった。その間、その時間、澪を己の物にしたかった。
「ええ、いいけど」
澪はそんな半助を拒んだりせず、むしろ手を広げて受け入れようとしてくれる。嬉しい、と思うのと同時にどこかで思う。そうして甘やかそうとしている男が、澪に対して並々ならぬ恋慕を抱いていると知ったら、こうはならぬだろうーーとも。
「お疲れなら、膝枕でもする?」
ひざまくら。
まさかの提案に半助は目が点になった。膝枕とはあれか。澪の膝に頭を乗せて枕にしてしまって、横になってOKという美味しいラッキーなシチュエーションの事を言うのか。
ぽんぽんと、澪が軽く自分の膝を叩いているが……本気か?
ごくり、と生唾を飲みそうになるのを堪えた。
「ーー膝枕。ほ、本当に?いいのかい?撤回するなら今だよ。一回膝枕をわたしにしたら、またしてもらうよ?いいの?」
これきりなんて無理だ。
半助は確信していた。澪の甘やかしを体験したら、それ無しではもうどうにも無理になったのに、膝枕なんてされた日には……またしてほしいと何度だって思う確信があった。
「二人きりならいいんじゃないの。別に」
ぽんぽんと、澪は膝を叩いている。その肯定を聞いて、気がつけば半助は吸い込まれるように澪の膝を枕にしていた。
結論ーー最高である。
柔らかな膝は温かくて澪のいい匂いがするのだ。多分、半助にとってこれ以上の枕はないと言い切れる自信がある。
その時だ。
澪の手がよしよし、と無言で半助の頭を撫でてくれた。甘やかされているのだ。柔らかくて心地よい体温を宿す少女の手の感触に、我慢できなくなった。ぎゅっ、と眉間に力が篭もるーーもう無理だ。
「澪さん、ちょっといい?」
「いいわよ」
何がいい?とは聞かない。ただ了承を貰ってしまえばこちらのもの。澪のその甘さが、半助をつけあがらせるのだ。だから、他の男が好きだったとしてもーー元々、それが原因でフられても諦めてやるつもりは毛頭ない。
澪がいけないのだ。
目の前の半助の気持ちに気付かないで、甘やかすから。と、想いを伝えない己が悪いのに澪のせいにする。澪の腰に抱きついて、柔らかな腹に頭を押し付ける。
嗚呼、良い匂いがして柔らかい。腹という急所に触れる事を許すその甘さと優しさが愛しくて、嬉しくて、今は何故か少し憎たらしかった。ここまで半助に近付く事を許しておいて、他の男を好きだなんてーーそんなのあんまりだ。
「澪さん、澪さん、澪さん……」
「はいはい。どうしたの半助さん?」
優しく頭を撫でられる。この温かさが半助以外の男がこの先ずっと手に入れるかもしれない。澪の隣に自分ではない男が当然のような顔をして立つ未来ーーその男が、戸部であろうがそうでなかろうが、そんな事はどうでもいい。
「許さない、渡すものか」
気がつけば、低くとても小さな声で呟いていた。
それが誰であっても、何であっても。この温もりを、この甘い人を、この優しい人を、澪を。半助以外の誰にも何者にも渡してなんてやらない。
己の小さな声が、彼女に届いているとは思わない。それでいい。知られて拒否される方が辛いから。
だが、お陰で今朝のショックから立ち直れた。沈んで居た所で何も変わらない。大体、あの乱太郎達の話が真実じゃない可能性だってあるわけで。
だから、二つだけ質問をする事にした。
「澪さん……、ちょっと人から聞いたから本当かどうか教えて欲しい事があるんだけど。聞いてもいい?」
「いいけど、何?」
「渋い顔の大人の男性が好みってほんと?」
「本当よ」
「…………へぇ、そう」
大丈夫、これは普通に想定してたもん!
自分にときめいた感じが悲しい事に微塵もないから、改めて確信しただけだもん!
と、心の中で声を大にして叫ぶ。
でも、好みじゃないと澪本人から言われたみたいで、気持ちが暗くなる。自分でもわかる。暗い穴に落ちたみたいな気分だ。
だが、いつまでもこうしてはいられない。なので、もう一つの質問をする。
「じゃあ、もう一つ聞くけど戸部先生と戦うと言うのは?」
「それも本当ね」
あっさり肯定された。どうしよう。だが、乱太郎達の話のうち肝心要の澪が戸部を好きという事実だけは確認できない。
それをあっさり肯定されたら、諦めるつもりなんて絶対にないとはいえ、流石に大ダメージをくらう。知らないうちに体がぷるぷる震えた。少し想像しただけでこれである。
どうする?土井半助ーーこのまま指を咥えて見ているなんて、絶対になしだ。阻止一択だ。断固拒否だ。徹底抗戦だ!と、己を鼓舞する。
考えろ、考えるんだっ、澪と戸部を引き離す方法を。
絶対にぜーったいに認めたくないが、仮に澪が戸部を好きだったとして、聞いた話の通りに戦いを挑んで付き合いを迫るつもりなら、接触を阻止するしかない。
澪は外見に反して武闘派だ。天女のような見た目なのに、中身は元父親の武人から六芸を叩き込まれたせいか、それこそ武人のような精神が備わっている。そして、本人は自覚をしていないがその性質が戦闘となると色濃く出るのだ。
ならば、方法はこれしかない!
半助はガバリと起き上がり、澪の手を握った。仮にこの理論が澪に通じないなら、頷かせるまであらゆる手を尽くす所存である。
「澪さん、戸部先生は忍術学園の剣術師範だ。六芸を元お父上に叩き込まれているとはいえ、ここ最近、剣術をまともに訓練していなかったなら、澪さんが戦うのはこう言ってはあれだが戸部先生に対して余りにも役不足ーー失礼と言うものじゃないかな?」
「……はっ!」
澪が息を飲んで目を見開く。
これは、いける!確かな手応えを確信し半助の口元がフッと笑みを浮かべる。なお、半助本人は意識してないが澪じゃなければときめいたかもしれない、中々にいい笑顔である。ハンサムの無駄遣いだとか思ってはいけない。
そして、とどめを刺す。
「だからね、澪さん。戸部先生に挑むならば、まずはこのわたし、土井半助に剣術で勝ってからにしてもらおうか!」
絶対に告白なんてさせてやるものか。
剣術に括れば、澪相手と言えども半助の方が有利だろう。何たって、澪は本気を出せば武器が壊れてしまう怪力だ。
手加減をする必要がある分、澪の方が不利だろうし何より日頃から彼女が剣術を鍛錬している様子はない。相当のブランクごあると見ていいーー勝機は半助の手にある。
卑怯だと言われようが、有効なら何でもしてやる。半助はやる気に燃えていた。
そんなやる気に燃えるくらいなら、告白しろよと誰もがツッコミたくなるだろうが、奥手な男の拗らせを舐めてはいけない。それはそれは、大変且つややこしいのだ。
そして。
「……なるほど、確かにそうよね。戸部先生との一戦は半助さんに勝てるようになってからにするわ」
よし、来たぁー!納得した!!
半助は心の中でガッツポーズを取る。
「絶対にそうしてくれ」
絶対に負けん、絶対にだ……と、大人気ない上に卑怯な男らしくないーー否、ある意味で男らしい決意をする半助であった。
それから、半助の気持ちは落ち着いた。最後の最後まで澪の気持ちを聞けずに終わってしまったが、聞いて最悪な事態の可能性がゼロでないことにしり込みしてしまった結果だ。ヘタレとか言ってはいけない。それは、戦略的撤退なのである。多分。
と言うより、澪が戸部を好きなら半助が間に立ち塞がって阻止だし、そうでなくとも澪と過ごす時間が増えて一石二鳥だ。我ながら中々の策である。と、半助は成果に満足した。
結果、心の余裕が生まれたお陰か、その後、起業についての話をいつも通り聞くことができ、普段通りの己に戻る事が出来たのだった。
それから、澪と別れた半助は予想外の事態に対処する事になって慌てたものの、今日やりたかった目的を果たす事にした。
そう、今日やりたかったのは、久々知兵助の豆腐地獄が澪に降りかかる前に、矛先を自分達へ向けさせる事だ。小平太から提案された通りの内容で、言う必要がある。
今日の久々知兵助の予定は把握済みだ。何せ、久々知兵助は今日、偶然にも火薬委員会の活動の一環である焔硝蔵の掃除当番に当たっていたからである。
だから、頃合いを見て目的の場所を訪ねれば目当ての忍たまを見つけるのは難しくはない。
「兵助。いるか?」
僅かな灯りすら、爆発の原因になりかねない蔵の中は薄暗い。だが、清潔に保つ必要が必須のことから掃除は欠かせない。蔵の入口から声をかけると、兵助が雑巾片手に現れた。
「土井先生、どうしましたか?」
他の五年生を豆腐地獄に叩き落とした兵助は、溌剌とした笑顔である。豆腐大魔王にはとても見えないーーが、油断はできない。
「掃除中に済まないな。実は、頼みがあって来たんだ」
「何でしょうか」
「澪さんに、究極の豆腐料理を御馳走するんだって聞いたよ。よかったら、協力させてもらえないかと思ってね」
「っ、本当ですか?!」
ぱあっと、明るくなる無邪気な少年の顔。とてもでないが、地獄絵図を作り出す大魔王には見えない。
「実はまだまだ仕入れた大豆がたーくさんあるんです!新しいレシピもいっぱい考えたんですよねっ。あ、協力してくれる人って土井先生と他にもいるんですか?いるんですよね?何人ですか?!」
「落ち着け、兵助。とりあえず、わたしときり丸にしんべヱ、後は六年生全員と、くのいち教室から一人は来るはずだ」
「わぁ、そんなに沢山の人が?嬉しいです!今から腕が鳴るなぁ。勘右衛門達にまた頼みたいのに、全員へばっちゃって。豆腐ならいくら食べても大丈夫なのに」
「限度がある。何故、豆腐になった瞬間、色々と考えが偏るんだ兵助」
「?本当なのに」
ダメだ、分かっちゃいない。
半助は倒れた五年生達が流石に不憫に思えてきた。ちなみに、了承を取れてはいないがしんベヱは強制参加である。担任特権を発動する半助。ちょっとずるいとか思ってはいけない。
「おっほん、そんなわけだから開催の日を決めたら、前日までには言うこと。わたし達が感想を言うから、これは!と言うものを澪さんに出すのは最大でも三つまでにすること。これがわたし達の協力する条件だ……!」
びしっ、と兵助に向けて条件を突きつける。すると、二つ返事で頷かれた。
「分かりました。そしたら、明後日にお願いします」
「早いな……」
「そうですか?本当は明日にしたいんですけど、明日は残念な事に個別実習があるので」
来週とかでもいいんだぞーーと言いそうになるのを引っこめた。明日でなくてよかった。心の準備がほしい。まだまだ若いとはいえ、胃袋は流石に食べ盛りの十代程には入らないため、明日の食事は控えめにしようと心に決めた。
「よし、澪さんに究極の豆腐料理を食べてもらうぞ!!」
「兵助、質問したいんだが、何だってそんなに意気込んでいるんだ。澪さんのファン倶楽部には入ってないだろう?」
異性として好意を抱いているかの有無を確認するため、探りを入れると兵助がぽっと顔を赤く染めた。顔立ちが可愛らしいので、何もなければ微笑ましく思ったのだろうが、今はじーっと睨まないようにだけ気をつけながら観察してしまう。
「それは、恥ずかしいのでいくら土井先生でも内緒です」
「待て、兵助っ。それはつまりあれか、澪さんにほの字とかそういう事だったりするのか?」
まさかの同類なのか?と、焦って咄嗟にそう問いかけると兵助の顔が、これでもかと真っ赤になった。
そして。
「っ、土井先生の破廉恥ーー!!」
大きな声でそう言われた。何でだ。
「ほ、ほの字とかそんなっ、ただ、澪さんと仲の良さそうな勘右衛門が羨ましくって。自分も負けないようにって、思っただけです!!」
「わ、分かったから落ち着け。すまん、つい聞いてしまっただけで……」
「わ、分かって下さったらいいんです。じゃ、掃除に戻りますので」
ぺこり、と頭を下げられ背を向ける兵助の顔は耳まで真っ赤だ。澪に好意はあるようだが、照れている以外の事が分からない。意識はしているが、まだそこまでなのかーー相手の本当の心なんて、分かるはずもない。
というか、気になるのはむしろ勘右衛門だ。澪ちゃんとか何とか言ってたし。兵助も澪と仲が良さそうで羨ましいと発言しているのだし。今後、要チェックである。
とはいえ。
「……破廉恥、か」
土井半助二十五歳独身。
今更ながら、己が汚れた大人に思えたのであった。
