第8話 忍術学園に迫る白き✕✕……
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その日は朝から曇ったり、雨になったりするパッとしない天気だった。
季節的に、そろそろ梅雨が始まってもいい時期だ。梅雨があけてしまえば、後は蝉が鳴いて本格的に夏が始まる。澪が学園にやって来てから、日が経ってきている証明である。
是非とも、季節が巡って次の春も、またその次の春も学園で迎えたいものである。
忍術学園は居心地がいい。澪の怪力を見ても誰も避けたりしない。むしろ、好意的でいてくれる。きり丸、半助は澪にとって特別だ。この場所へ繋げてくれる出会いを齎してくれたのだから。
だと言うのに。
「どうしたんだろ……」
今朝、食堂で半助と鉢合わせしたのだが、様子がおかしかった。
何と、練り物を普通に食べていたのだ。今朝の朝ごはんの味噌汁に、竹輪が入っていた。
だから、澪は半助の残すだろう竹輪をこっそり食べてあげようかと思っていたのに、声をかける前に本人がもぐもぐ食べてしまった。
これには、半助の向かいで一緒に朝ごはんを食べていた伝蔵も驚愕の表情をしていた。
これは、何かあったに違いない。おはようと、挨拶をすれば普通に受け答えはするのだが、何かがおかしい。
上の空とでも言おうか。
「ーー澪くん、悪いけど半助に授業終わりの時にでも、何があったか聞いてくれんか。今朝からどうも、様子があの通りおかしいんだ。下手したら今日の一年は組の教科授業は成り立たんかもしれんな。勿論、澪くんの都合優先でいいから」
「分かりました」
食堂を出る際、伝蔵からこっそりお願いされ、澪は神妙な顔で頷いた。ちなみに、味噌汁の竹輪を食べていた半助を見た食堂のおばちゃんは、遂に弱点を克服したのね!と喜んでいたが、肝心の半助が心ここにあらずな様子なのを見て、首を傾げていた次第である。
「学園長先生からご了承頂いた、例のお話もあります。その相談をするという名目で、半助さんに時間を取ってもらいます」
「すまんね、頼んだぞ」
株式による起業の事を学園長が了承してくれた事について、澪は既に学園長本人から聞いて知っていた。監督に半助、シナがつき伝蔵も相談相手になってくれると聞き、澪としてはホッとしていたのだ。
半助と話すネタには尽きない。伝蔵に頼まれたとはいえ、澪も半助が気になるので丁度良かった。
実は伝蔵としては、半助の様子を見て十中八九、澪絡みだと当たりをつけていたので、澪に話を聞くよう依頼したのだが、澪本人は当然の如く、伝蔵の考えを知るはずもなかった。
それから。
澪は一年は組の授業終わりを狙い済まして、半助に声をかけた。どうやら、授業は何とか出来たらしいがいつもの調子は出なかったようで、は組の生徒達まで半助を心配そうに見ていた。
これはかなり重症である。
澪は廊下を歩き、職員室へ戻ろうとしている半助に声をかけた。
「土井先生。あの、例の学園長からご許可を頂いた件で話がありまして。もし、よろしければ今から二人きりでお話しできませんか?」
悩みがあるなら、余計な人は周りに居ない方がいい。そう思い、半助を正面から見据えて話しかける。すると、ふと顔を上げてじっとこちらを見てきたーー何故か、ドキッとした。
何だろうか。こう、視線が何やらキツイ。睨んでいるのでは決してない。ただ、本当に一瞬だけ、例えるなら捕獲されそうになる動物の気持ちになった、と言おうか。とにかく、半助の目が本当に一瞬だけ、ハンターのようになった気がしたのである。
何でだ。
「ーー分かりました。なら、二人きりで話そうか。その代わり、ねぇ、澪さん。わたしを少しでいいから、甘やかして?」
半助がニコッと、何時ものように笑ってくれた。
それに少し澪がホッとするのと同時に、半助が急に耳元まで顔を近付けて、低い声でお強請りしてきた。お陰様で、ぞくっとして変な声が出そうになった。半助の低音ボイスは、背筋を震わせる物がある。
「わ、分かりました」
「じゃあ、行こう。こっち、おいで」
耳をパッと押さえて頷く。半助の息が少しだが耳朶にかかった事が妙に擽ったかった。目的地は職員室だ。次の一年は組の授業はそのまま少しの休み時間を挟んで後は実技になるため、伝蔵は職員室には居ない。
話しが長くなるかもしれないので、途中、食堂でお湯を貰ってお茶を用意してから二人で職員室に着くと仕事部屋に通された。
障子戸を閉めて、二人きりになったその途端。半助が急に甘えてきた。
「ねぇ、澪さん。少しだけだから、先に甘えていいかな?」
背が高いのに上目遣いという、小癪な例の仕草付き。しかも、気のせいか声が何時もより甘ったるい気がする。とはいえ、半助の意図が分かるわけもない。
「ええ、いいけど」
なので、お茶をとりあえず机に置いて澪は手を広げた。気分はワンコを構うご主人様であるが、無論、口には出さない。
「お疲れなら、膝枕でもする?」
澪の膝枕をこの前存分に堪能した四年生の綾部喜八郎は、あれっきりだと言ったのに堂々とまた澪の膝を狙っていた。それと言うのも、「また、いい穴を掘るので、そこで二人きりでお話ししましょうね。その時は是非また膝枕してください」と純度100パーセントの笑顔でしれっと言ってきたのである。
放置すると、また大量に穴を掘る暴挙に出るかもしれない。そう思ったので、澪は喜八郎に交換条件として、計画的な穴掘りについて語り、それが守られた場合のみ、たまに膝枕をして穴の中で話しをする事を了承した。綾部喜八郎ーーなかなかやる子である。
一方の半助はと言うと、そういうマイペースな強制力はないが、一方で一を許すと十まで食い込んでくる所がある。とはいえ、まぁいいかという気にさせる。今回の場合、澪はお疲れなら二人きりだし膝枕くらい、と喜八郎の事もあるので軽い気持ちで提案し、ポンポンと座って膝を叩いた。と言うか、ぶっちゃけ半助を抱き寄せる時に長くなってくると膝立ちがキツイのが理由である。
「ーー膝枕。ほ、本当に?いいのかい?撤回するなら今だよ。一回膝枕をわたしにしたら、またしてもらうよ?いいの?」
「二人きりならいいんじゃないの。別に」
澪からすれば、別に構いはしない。頭を撫でるなら、膝枕の方が楽だ。もう一度、ポンポンと膝を叩くと半助は吸い込まれるように、澪の膝に頭を乗せて転がった。何だか、子どものように無防備な姿勢だ。澪も足を少し崩して楽な姿勢になる。
そのまま、そっと半助の頭を撫でた。大部分が頭巾に覆われているも、よしよししていると半助が目を閉じた。きゅっ、と眉間に皺が寄っている。
「澪さん、ちょっといい?」
「いいわよ」
さて、何がいいのかな?とは思うが大した事にはなるまい、と軽い気持ちで了承したら半助に腰に抱きつかれ、頭をお腹に押し付けグリグリされた。まさかの甘え方だが、嫌ではなかったのでそのまま、ヨシヨシを続行する。
「澪さん、澪さん、澪さん……」
「はいはい。どうしたの半助さん?」
「……ない。……か」
何やらくぐもった声で腹の辺りで言うので聞こえないが、低音ボイスの振動がお腹に来て擽ったい。実はこの時半助は「許さない、渡すものか」と小声で言っていたのだが、澪には運良くなのか運悪くなのかちっとも聞こえていなかった。
そうーー澪は全く知らない事だが、半助は大いなる勘違いをしていた。昨日、食堂で一年は組の皆本金吾が壮大な誤解を口にし、それを聞いたきり丸が乱太郎としんベヱにそのまま伝え、その話を偶然聞いてしまったせいで。
澪が戸部新左ヱ門が好きで、お付き合いのために試合を申し込んだ、という何をどうしたらそうなるのか意味不明なぶっ飛び話は、折しも澪が年上の渋い男が好きという話と、トモミの戸部と澪に試合をしてほしいという話が、金吾の中で合体して生まれた曲解過ぎる珍回答だった。
きり丸が見たのは、その珍回答を金吾がぶちまける場面だったのである。
なお、きり丸が即座にその場を去らずにいれば、トモミが秒で否定して戸部も金吾に呆れて注意していたため、誤解せずに済んだりしたのだが、恋の神様は拗らせるのがお好みらしい。
無論、澪も半助もその事を全く知らなかった。
なので澪は当然ながら身に覚えのない話である。トモミから、戸部に了解が取れたのでそのうち試合をしてくれとしか聞いていなかった。
半助はと言うととんでもない話の真偽を確かめるにも、この状況で澪に万が一にも肯定されたらと思うと、怖過ぎて聞けないでいた。まずないのだが、澪にあっさり「本当よ、戸部先生が好きなの」とでも言われた瞬間、発狂してもおかしくない半助である。
半助が地雷と化す程の激重恋愛感情を自身に対して抱いている事を知らない澪は、呑気にも半助を相当お疲れ様だな、と見ていた。
現場を見たら、伝蔵などは顔に手を当てていそうだ。現実はゼロ距離なのに、心は互いに色々と遠い二人である。
「澪さん……、ちょっと人から聞いたから本当かどうか教えてほしい事があるんだけど。聞いてもいい?」
「いいけど、何?」
「渋い顔の大人の男性が好みってほんと?」
「本当よ」
「…………へぇ、そう」
何時ぞやの小平太のようだ。何故か半助の周りの空気が何故かやたら重くなっている。そう言えば、半助も渋いとは程遠い顔だ。地味に落ち込んだのかもしれない。若いんだから仕方ないのだが。
第一、半助の本命は利吉なのだから気にしなくていいのにーーと、知れば半助が白目を剥きそうな事を考えるいつも通りの澪。
「じゃあ、もう一つ聞くけど戸部先生と戦うと言うのは?」
「それも本当ね」
いつ試合するのかは不明だが。しかし、何故その二つを質問してくるのか。不思議に思って半助を見ると目をきつく閉じて、プルプルしていた。どうしたのだろう?クシャミでも我慢してるとか?別にしてもいいのに。
よもや、半助が戸部新左ヱ門が好きか?と怖くて聞けず、肝心要のその質問だけは伏せて聞き、二つを肯定されて色々と堪えているのを知らない澪である。
そして。
カバっ!と半助は急に起き上がった。何やら、偉くキリッとした顔をしている。ハンサムなので、そういう顔が絵になるなぁと感心していると、半助にギュッと手を握られた。
「澪さん、戸部先生は忍術学園の剣術師範だ。六芸を元お父上に叩き込まれているとはいえ、ここ最近に剣術をまともに訓練していなかったなら、澪さんが戦うのはこう言ってはあれだが戸部先生に対して余りにも役不足ーー失礼と言うものじゃないかな?」
「……はっ!」
突然の半助からの指摘に、澪は目を瞬くもその通りな事もあって目が覚める思いがした。トモミに言われたから、戸部がいいならと軽く受けたが相手は凄腕の剣豪なのである。生徒でもない澪が、気軽に戦うなんて確かに失礼かもしれない。
「だからね、澪さん。戸部先生に挑むならば、まずはこのわたし、土井半助に剣術で勝ってからにしてもらおうか!」
何でそうなる。
と、ここに伝蔵が居たらツッコミしただろう。そんな事言うくらいなら、さっさと、好きだと告白してしまわんかっ!と叫びすらしたかもしれない。
が、半助はまさしく身を呈して止める事で、二人の試合を完全阻止する気満々だった。半助とて、戸部には及ばないが剣術の腕はそれなりにある。時間があれば、日頃から訓練しているのだから。腕っ節は、澪に負けても剣術に括れば半助の方が有利だ。そこを視野に入れての言葉である。はっきり言って狡い。
一方の澪は、元父親の武人から受けた教育のために、半助の言葉が胸に響いた。確かに、戸部に試合するにはそれなりの剣の腕がないと、失礼に値するのに、己と来たら軽く考えてしまっていたと反省した。よもや、半助が勘違いしまくって澪の恋路(?)を全力で邪魔しているとは思いもしない。
日頃から、半助が利吉を好きだと極大の誤解をしているので、まぁ、お互い様なのかもしれないが。
「……なるほど、確かにそうよね。戸部先生との一戦は半助さんに勝てるようになってからにするわ」
「絶対にそうしてくれ」
半助にぎゅうっと手を握られる。
「ありがとう、半助さん。そしたら、剣術の相手をよろしくね」
「ああ、勿論だとも。わたしに、剣術の事も久々知兵助の事も任せてくれ!」
「……兵助くんの事?」
「おっ、と。あー、その件については君は知らなくていいから」
急に出てきた久々知の名前に、首を傾げる澪。半助としては、とりあえず戸部の件が何とかなりそうな事で、豆腐地獄を乗切る話しがぽろっと口から零れたに過ぎないが、澪からすれば、そちらも寝耳に水である。
よもや、久々知兵助が豆腐大魔王になっているなんて全く知らぬ事である。ましてや、澪を無限豆腐地獄の恐怖から救うため有志と言う名の勇者達が集まりつつある事も……。
「おっほん、そう言えば、そもそも例の件でわたしに話があったんだったね。聞こう」
「あ、そうだった」
本当は半助が何やら普通ではないのを気にかけて、何かあったか話を聞くための口実だったのだが、今はすっかり元に戻っているようだ。
なら、下手に悩みがあるのかと聞かない方がいいだろう。
初っ端に半助が甘えたいと言ってきたので、誘った口実の方を話すのをすっかり忘れていた。
無論、口実でしたと言う気もない。一応、澪なりに簡単にではあるが起業の事を考えているのだ。半助にはその話をする事にした。
「例の株式を使った起業の件で、扱う品の事ですがそもそも薄利多売か厚利少売でいくか、あるいは両方とするのか。そちらを決めておきたいと思ってるんだけど」
「ーー成程。薄利多売なら、取り扱いはしやすそうだが数を売る分、庶民向けの飲食店や消耗品になるし、逆に厚利少売なら金持ち相手の嗜好品になるか」
流石は半助、頭の回転が早い。
「そういうこと。候補はあるけど、何を目指すかによって段取りが変わるから、方針だけでも決めておきたいなって」
「うーん、なら、最初は薄利多売、上手く回るようなら厚利少売を始めるというのは?」
「二段階、か……」
「まぁ、話すだけなら簡単だけど、成すとなると簡単じゃない。難しいなら両方考えて、やれそうな物から始めるのが無難だ。転けるわけにはいかない、なんて気負う必要も無いよ」
半助が優しく笑っていうものだから、澪は思わず顔を顰めた。転けていいなんてわけはないだろうに。なのに、半助からそう言われると不思議とそんな気もしてくる。ポシャらせる気はないがダメになっても、本当に笑って許してくれそうなそんな感じだ。
だが、半助と話をして幾つか候補を思いついた。まだ構想段階のため、もう少し時間をかけて練ってから改めて話をしようと決めた。
「ありがとう。そう言ってもらえるだけ少し気持ちが楽になるわ」
なので、半助にニコリと笑ってそう返事を返すのだった。
それから、程なくして澪は部屋を退出した。この後は、六年生達に稽古をつける予定が入っていた。澪の対六年生強化メニューは、ここ最近磨きがかかってきており、特に仙蔵と伊作の伸びが凄まじい。もともと華奢な身体の部類に入るせいもあってか、二人とも意欲的なのである。それに負けじと残る四人も頑張っている。
半助と話を終えて半刻程してから、澪が六年生達との待ち合わせに約束していた訓練場まで行くと、既に全員が集結していた。だが、何やら全員が真剣な顔で話し合っている。
「伊作、消化を助けるような秘策は無いのか……」
「あるにはあるよ。でも限度があるからね、小平太」
「もそ。敵は手強い」
「わたしも協力はするが、適当な所で切り上げるぞ」
「はんっ、オレの方がお前に勝つぞ文次っ!」
「何を言う、オレの方がお前に勝つぞ留ぇ!」
何やら盛り上がっている。話の内容はさっぱりだが。
「皆さん、お待たせしました」
話しかけると、一斉に六人が振り向いた。
「おお、来たか澪さん!」
「皆さん、何を話されていたんですか?」
「っ、あー、あれだ。男同士の秘密だから、女の澪さんには話せない!」
「……はぁ」
そう言われると余計に気になる。何時もならハキハキ笑顔で教えてくれそうな小平太の微妙な反応に、ふと、半助が久々知兵助がどうのと言っておいて、澪は知らなくていいと言っていたのを思い出す。それと何か関係があるのだろうか。
なので聞いてみる。
「それって、兵助くんと何か関係してます?」
ストレートに質問すると、六年生全員の顔が固まった。これは、何かあるのでは。
「あの、わたしも知っておいた方がいい事なら教えてもらえると」
「澪さん」
気になってそう言うと、仙蔵がやって来て澪の肩を叩いた。
「一先ずは、黙って見守ってくれないか。日々、澪さんに世話になっている身として、頑張りたい時があるのだ」
仙蔵の言葉にうんうん、と他の六年生達が頷く。凄まじく気になるが、年頃の男子の矜恃というものがあるので、それを台無しにするわけにもいかない。
「分かりました。見守ります。でも、危険がどうかくらいは教えてください」
「そこは安心して、澪さん。危ない事ではないから」
危険な事ならそれこそ力づくで止めなければならないため、念のために確認すると伊作が苦笑いしながらも教えてくれた。
ふぅ、とため息をつく。
こうなると、これ以上は平行線になる。後でシナやくのたま達にも、何か知らないか聞いてみよう。普段は忍たま達と別行動が多いものの、くのいちはくのいちなりに学園の事を把握しているのだし。
「わかりました。そしたら、今から稽古を始めますので、皆さん今からわたしが言う相手と準備運動代わりに軽く対戦をしてください」
少し気にはなるものの、澪は稽古の監督を始めた。
よもや、水面下で澪が戸部新左ヱ門にほの字であるという一部メンバーによる誤解とあわせて、豆腐地獄へのカウントダウンが進行中とは、露とも知らず。
季節的に、そろそろ梅雨が始まってもいい時期だ。梅雨があけてしまえば、後は蝉が鳴いて本格的に夏が始まる。澪が学園にやって来てから、日が経ってきている証明である。
是非とも、季節が巡って次の春も、またその次の春も学園で迎えたいものである。
忍術学園は居心地がいい。澪の怪力を見ても誰も避けたりしない。むしろ、好意的でいてくれる。きり丸、半助は澪にとって特別だ。この場所へ繋げてくれる出会いを齎してくれたのだから。
だと言うのに。
「どうしたんだろ……」
今朝、食堂で半助と鉢合わせしたのだが、様子がおかしかった。
何と、練り物を普通に食べていたのだ。今朝の朝ごはんの味噌汁に、竹輪が入っていた。
だから、澪は半助の残すだろう竹輪をこっそり食べてあげようかと思っていたのに、声をかける前に本人がもぐもぐ食べてしまった。
これには、半助の向かいで一緒に朝ごはんを食べていた伝蔵も驚愕の表情をしていた。
これは、何かあったに違いない。おはようと、挨拶をすれば普通に受け答えはするのだが、何かがおかしい。
上の空とでも言おうか。
「ーー澪くん、悪いけど半助に授業終わりの時にでも、何があったか聞いてくれんか。今朝からどうも、様子があの通りおかしいんだ。下手したら今日の一年は組の教科授業は成り立たんかもしれんな。勿論、澪くんの都合優先でいいから」
「分かりました」
食堂を出る際、伝蔵からこっそりお願いされ、澪は神妙な顔で頷いた。ちなみに、味噌汁の竹輪を食べていた半助を見た食堂のおばちゃんは、遂に弱点を克服したのね!と喜んでいたが、肝心の半助が心ここにあらずな様子なのを見て、首を傾げていた次第である。
「学園長先生からご了承頂いた、例のお話もあります。その相談をするという名目で、半助さんに時間を取ってもらいます」
「すまんね、頼んだぞ」
株式による起業の事を学園長が了承してくれた事について、澪は既に学園長本人から聞いて知っていた。監督に半助、シナがつき伝蔵も相談相手になってくれると聞き、澪としてはホッとしていたのだ。
半助と話すネタには尽きない。伝蔵に頼まれたとはいえ、澪も半助が気になるので丁度良かった。
実は伝蔵としては、半助の様子を見て十中八九、澪絡みだと当たりをつけていたので、澪に話を聞くよう依頼したのだが、澪本人は当然の如く、伝蔵の考えを知るはずもなかった。
それから。
澪は一年は組の授業終わりを狙い済まして、半助に声をかけた。どうやら、授業は何とか出来たらしいがいつもの調子は出なかったようで、は組の生徒達まで半助を心配そうに見ていた。
これはかなり重症である。
澪は廊下を歩き、職員室へ戻ろうとしている半助に声をかけた。
「土井先生。あの、例の学園長からご許可を頂いた件で話がありまして。もし、よろしければ今から二人きりでお話しできませんか?」
悩みがあるなら、余計な人は周りに居ない方がいい。そう思い、半助を正面から見据えて話しかける。すると、ふと顔を上げてじっとこちらを見てきたーー何故か、ドキッとした。
何だろうか。こう、視線が何やらキツイ。睨んでいるのでは決してない。ただ、本当に一瞬だけ、例えるなら捕獲されそうになる動物の気持ちになった、と言おうか。とにかく、半助の目が本当に一瞬だけ、ハンターのようになった気がしたのである。
何でだ。
「ーー分かりました。なら、二人きりで話そうか。その代わり、ねぇ、澪さん。わたしを少しでいいから、甘やかして?」
半助がニコッと、何時ものように笑ってくれた。
それに少し澪がホッとするのと同時に、半助が急に耳元まで顔を近付けて、低い声でお強請りしてきた。お陰様で、ぞくっとして変な声が出そうになった。半助の低音ボイスは、背筋を震わせる物がある。
「わ、分かりました」
「じゃあ、行こう。こっち、おいで」
耳をパッと押さえて頷く。半助の息が少しだが耳朶にかかった事が妙に擽ったかった。目的地は職員室だ。次の一年は組の授業はそのまま少しの休み時間を挟んで後は実技になるため、伝蔵は職員室には居ない。
話しが長くなるかもしれないので、途中、食堂でお湯を貰ってお茶を用意してから二人で職員室に着くと仕事部屋に通された。
障子戸を閉めて、二人きりになったその途端。半助が急に甘えてきた。
「ねぇ、澪さん。少しだけだから、先に甘えていいかな?」
背が高いのに上目遣いという、小癪な例の仕草付き。しかも、気のせいか声が何時もより甘ったるい気がする。とはいえ、半助の意図が分かるわけもない。
「ええ、いいけど」
なので、お茶をとりあえず机に置いて澪は手を広げた。気分はワンコを構うご主人様であるが、無論、口には出さない。
「お疲れなら、膝枕でもする?」
澪の膝枕をこの前存分に堪能した四年生の綾部喜八郎は、あれっきりだと言ったのに堂々とまた澪の膝を狙っていた。それと言うのも、「また、いい穴を掘るので、そこで二人きりでお話ししましょうね。その時は是非また膝枕してください」と純度100パーセントの笑顔でしれっと言ってきたのである。
放置すると、また大量に穴を掘る暴挙に出るかもしれない。そう思ったので、澪は喜八郎に交換条件として、計画的な穴掘りについて語り、それが守られた場合のみ、たまに膝枕をして穴の中で話しをする事を了承した。綾部喜八郎ーーなかなかやる子である。
一方の半助はと言うと、そういうマイペースな強制力はないが、一方で一を許すと十まで食い込んでくる所がある。とはいえ、まぁいいかという気にさせる。今回の場合、澪はお疲れなら二人きりだし膝枕くらい、と喜八郎の事もあるので軽い気持ちで提案し、ポンポンと座って膝を叩いた。と言うか、ぶっちゃけ半助を抱き寄せる時に長くなってくると膝立ちがキツイのが理由である。
「ーー膝枕。ほ、本当に?いいのかい?撤回するなら今だよ。一回膝枕をわたしにしたら、またしてもらうよ?いいの?」
「二人きりならいいんじゃないの。別に」
澪からすれば、別に構いはしない。頭を撫でるなら、膝枕の方が楽だ。もう一度、ポンポンと膝を叩くと半助は吸い込まれるように、澪の膝に頭を乗せて転がった。何だか、子どものように無防備な姿勢だ。澪も足を少し崩して楽な姿勢になる。
そのまま、そっと半助の頭を撫でた。大部分が頭巾に覆われているも、よしよししていると半助が目を閉じた。きゅっ、と眉間に皺が寄っている。
「澪さん、ちょっといい?」
「いいわよ」
さて、何がいいのかな?とは思うが大した事にはなるまい、と軽い気持ちで了承したら半助に腰に抱きつかれ、頭をお腹に押し付けグリグリされた。まさかの甘え方だが、嫌ではなかったのでそのまま、ヨシヨシを続行する。
「澪さん、澪さん、澪さん……」
「はいはい。どうしたの半助さん?」
「……ない。……か」
何やらくぐもった声で腹の辺りで言うので聞こえないが、低音ボイスの振動がお腹に来て擽ったい。実はこの時半助は「許さない、渡すものか」と小声で言っていたのだが、澪には運良くなのか運悪くなのかちっとも聞こえていなかった。
そうーー澪は全く知らない事だが、半助は大いなる勘違いをしていた。昨日、食堂で一年は組の皆本金吾が壮大な誤解を口にし、それを聞いたきり丸が乱太郎としんベヱにそのまま伝え、その話を偶然聞いてしまったせいで。
澪が戸部新左ヱ門が好きで、お付き合いのために試合を申し込んだ、という何をどうしたらそうなるのか意味不明なぶっ飛び話は、折しも澪が年上の渋い男が好きという話と、トモミの戸部と澪に試合をしてほしいという話が、金吾の中で合体して生まれた曲解過ぎる珍回答だった。
きり丸が見たのは、その珍回答を金吾がぶちまける場面だったのである。
なお、きり丸が即座にその場を去らずにいれば、トモミが秒で否定して戸部も金吾に呆れて注意していたため、誤解せずに済んだりしたのだが、恋の神様は拗らせるのがお好みらしい。
無論、澪も半助もその事を全く知らなかった。
なので澪は当然ながら身に覚えのない話である。トモミから、戸部に了解が取れたのでそのうち試合をしてくれとしか聞いていなかった。
半助はと言うととんでもない話の真偽を確かめるにも、この状況で澪に万が一にも肯定されたらと思うと、怖過ぎて聞けないでいた。まずないのだが、澪にあっさり「本当よ、戸部先生が好きなの」とでも言われた瞬間、発狂してもおかしくない半助である。
半助が地雷と化す程の激重恋愛感情を自身に対して抱いている事を知らない澪は、呑気にも半助を相当お疲れ様だな、と見ていた。
現場を見たら、伝蔵などは顔に手を当てていそうだ。現実はゼロ距離なのに、心は互いに色々と遠い二人である。
「澪さん……、ちょっと人から聞いたから本当かどうか教えてほしい事があるんだけど。聞いてもいい?」
「いいけど、何?」
「渋い顔の大人の男性が好みってほんと?」
「本当よ」
「…………へぇ、そう」
何時ぞやの小平太のようだ。何故か半助の周りの空気が何故かやたら重くなっている。そう言えば、半助も渋いとは程遠い顔だ。地味に落ち込んだのかもしれない。若いんだから仕方ないのだが。
第一、半助の本命は利吉なのだから気にしなくていいのにーーと、知れば半助が白目を剥きそうな事を考えるいつも通りの澪。
「じゃあ、もう一つ聞くけど戸部先生と戦うと言うのは?」
「それも本当ね」
いつ試合するのかは不明だが。しかし、何故その二つを質問してくるのか。不思議に思って半助を見ると目をきつく閉じて、プルプルしていた。どうしたのだろう?クシャミでも我慢してるとか?別にしてもいいのに。
よもや、半助が戸部新左ヱ門が好きか?と怖くて聞けず、肝心要のその質問だけは伏せて聞き、二つを肯定されて色々と堪えているのを知らない澪である。
そして。
カバっ!と半助は急に起き上がった。何やら、偉くキリッとした顔をしている。ハンサムなので、そういう顔が絵になるなぁと感心していると、半助にギュッと手を握られた。
「澪さん、戸部先生は忍術学園の剣術師範だ。六芸を元お父上に叩き込まれているとはいえ、ここ最近に剣術をまともに訓練していなかったなら、澪さんが戦うのはこう言ってはあれだが戸部先生に対して余りにも役不足ーー失礼と言うものじゃないかな?」
「……はっ!」
突然の半助からの指摘に、澪は目を瞬くもその通りな事もあって目が覚める思いがした。トモミに言われたから、戸部がいいならと軽く受けたが相手は凄腕の剣豪なのである。生徒でもない澪が、気軽に戦うなんて確かに失礼かもしれない。
「だからね、澪さん。戸部先生に挑むならば、まずはこのわたし、土井半助に剣術で勝ってからにしてもらおうか!」
何でそうなる。
と、ここに伝蔵が居たらツッコミしただろう。そんな事言うくらいなら、さっさと、好きだと告白してしまわんかっ!と叫びすらしたかもしれない。
が、半助はまさしく身を呈して止める事で、二人の試合を完全阻止する気満々だった。半助とて、戸部には及ばないが剣術の腕はそれなりにある。時間があれば、日頃から訓練しているのだから。腕っ節は、澪に負けても剣術に括れば半助の方が有利だ。そこを視野に入れての言葉である。はっきり言って狡い。
一方の澪は、元父親の武人から受けた教育のために、半助の言葉が胸に響いた。確かに、戸部に試合するにはそれなりの剣の腕がないと、失礼に値するのに、己と来たら軽く考えてしまっていたと反省した。よもや、半助が勘違いしまくって澪の恋路(?)を全力で邪魔しているとは思いもしない。
日頃から、半助が利吉を好きだと極大の誤解をしているので、まぁ、お互い様なのかもしれないが。
「……なるほど、確かにそうよね。戸部先生との一戦は半助さんに勝てるようになってからにするわ」
「絶対にそうしてくれ」
半助にぎゅうっと手を握られる。
「ありがとう、半助さん。そしたら、剣術の相手をよろしくね」
「ああ、勿論だとも。わたしに、剣術の事も久々知兵助の事も任せてくれ!」
「……兵助くんの事?」
「おっ、と。あー、その件については君は知らなくていいから」
急に出てきた久々知の名前に、首を傾げる澪。半助としては、とりあえず戸部の件が何とかなりそうな事で、豆腐地獄を乗切る話しがぽろっと口から零れたに過ぎないが、澪からすれば、そちらも寝耳に水である。
よもや、久々知兵助が豆腐大魔王になっているなんて全く知らぬ事である。ましてや、澪を無限豆腐地獄の恐怖から救うため有志と言う名の勇者達が集まりつつある事も……。
「おっほん、そう言えば、そもそも例の件でわたしに話があったんだったね。聞こう」
「あ、そうだった」
本当は半助が何やら普通ではないのを気にかけて、何かあったか話を聞くための口実だったのだが、今はすっかり元に戻っているようだ。
なら、下手に悩みがあるのかと聞かない方がいいだろう。
初っ端に半助が甘えたいと言ってきたので、誘った口実の方を話すのをすっかり忘れていた。
無論、口実でしたと言う気もない。一応、澪なりに簡単にではあるが起業の事を考えているのだ。半助にはその話をする事にした。
「例の株式を使った起業の件で、扱う品の事ですがそもそも薄利多売か厚利少売でいくか、あるいは両方とするのか。そちらを決めておきたいと思ってるんだけど」
「ーー成程。薄利多売なら、取り扱いはしやすそうだが数を売る分、庶民向けの飲食店や消耗品になるし、逆に厚利少売なら金持ち相手の嗜好品になるか」
流石は半助、頭の回転が早い。
「そういうこと。候補はあるけど、何を目指すかによって段取りが変わるから、方針だけでも決めておきたいなって」
「うーん、なら、最初は薄利多売、上手く回るようなら厚利少売を始めるというのは?」
「二段階、か……」
「まぁ、話すだけなら簡単だけど、成すとなると簡単じゃない。難しいなら両方考えて、やれそうな物から始めるのが無難だ。転けるわけにはいかない、なんて気負う必要も無いよ」
半助が優しく笑っていうものだから、澪は思わず顔を顰めた。転けていいなんてわけはないだろうに。なのに、半助からそう言われると不思議とそんな気もしてくる。ポシャらせる気はないがダメになっても、本当に笑って許してくれそうなそんな感じだ。
だが、半助と話をして幾つか候補を思いついた。まだ構想段階のため、もう少し時間をかけて練ってから改めて話をしようと決めた。
「ありがとう。そう言ってもらえるだけ少し気持ちが楽になるわ」
なので、半助にニコリと笑ってそう返事を返すのだった。
それから、程なくして澪は部屋を退出した。この後は、六年生達に稽古をつける予定が入っていた。澪の対六年生強化メニューは、ここ最近磨きがかかってきており、特に仙蔵と伊作の伸びが凄まじい。もともと華奢な身体の部類に入るせいもあってか、二人とも意欲的なのである。それに負けじと残る四人も頑張っている。
半助と話を終えて半刻程してから、澪が六年生達との待ち合わせに約束していた訓練場まで行くと、既に全員が集結していた。だが、何やら全員が真剣な顔で話し合っている。
「伊作、消化を助けるような秘策は無いのか……」
「あるにはあるよ。でも限度があるからね、小平太」
「もそ。敵は手強い」
「わたしも協力はするが、適当な所で切り上げるぞ」
「はんっ、オレの方がお前に勝つぞ文次っ!」
「何を言う、オレの方がお前に勝つぞ留ぇ!」
何やら盛り上がっている。話の内容はさっぱりだが。
「皆さん、お待たせしました」
話しかけると、一斉に六人が振り向いた。
「おお、来たか澪さん!」
「皆さん、何を話されていたんですか?」
「っ、あー、あれだ。男同士の秘密だから、女の澪さんには話せない!」
「……はぁ」
そう言われると余計に気になる。何時もならハキハキ笑顔で教えてくれそうな小平太の微妙な反応に、ふと、半助が久々知兵助がどうのと言っておいて、澪は知らなくていいと言っていたのを思い出す。それと何か関係があるのだろうか。
なので聞いてみる。
「それって、兵助くんと何か関係してます?」
ストレートに質問すると、六年生全員の顔が固まった。これは、何かあるのでは。
「あの、わたしも知っておいた方がいい事なら教えてもらえると」
「澪さん」
気になってそう言うと、仙蔵がやって来て澪の肩を叩いた。
「一先ずは、黙って見守ってくれないか。日々、澪さんに世話になっている身として、頑張りたい時があるのだ」
仙蔵の言葉にうんうん、と他の六年生達が頷く。凄まじく気になるが、年頃の男子の矜恃というものがあるので、それを台無しにするわけにもいかない。
「分かりました。見守ります。でも、危険がどうかくらいは教えてください」
「そこは安心して、澪さん。危ない事ではないから」
危険な事ならそれこそ力づくで止めなければならないため、念のために確認すると伊作が苦笑いしながらも教えてくれた。
ふぅ、とため息をつく。
こうなると、これ以上は平行線になる。後でシナやくのたま達にも、何か知らないか聞いてみよう。普段は忍たま達と別行動が多いものの、くのいちはくのいちなりに学園の事を把握しているのだし。
「わかりました。そしたら、今から稽古を始めますので、皆さん今からわたしが言う相手と準備運動代わりに軽く対戦をしてください」
少し気にはなるものの、澪は稽古の監督を始めた。
よもや、水面下で澪が戸部新左ヱ門にほの字であるという一部メンバーによる誤解とあわせて、豆腐地獄へのカウントダウンが進行中とは、露とも知らず。
