第8話 忍術学園に迫る白き✕✕……
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「ーーそれはつまり、秘書をクビという事でしょうか?」
開口一番、澪が学園長である大川平次渦正に問うたのはそれだった。当然、澪の発言を聞いた半助と伝蔵の顔色は変わる。
「学園長!儲かりそうだからってあんまりです。わたしは反対します、断固として阻止します!」
「わたしも反対です。澪くんは非常に優秀な教師補佐なんですよ。一年は組の投げる明後日な方向に飛ぶ手裏剣を全部止められるのは、彼女くらいのもんです!」
二人が小さな身体の学園長に詰め寄る。すると、学園長がブンブン首を振った。
「クビになんてせんわ!澪ちゃん、わしは依願退職の届けを出してきても破り捨てるから心配せんでよろしいっ!そうではなくて、秘書の仕事の一貫として店をしてくれと言っとるんじゃ!!」
「秘書の仕事、ですか?」
秘書の名札がついているが、澪がやっている事は学園長の暇つぶしの相手である。今日も羊羹が美味い、とお茶を飲み菓子を食べながらへむへむや学園長と日向ぼっこをしたりしているが、まったく秘書らしくない。
というか、依願退職の届けを破り捨てるのは別の意味で心配である。やばい職場になってしまうのではーーと思ったが、そこはツッコミはしないでおいた。
「知っての通り、わしは学園の経営を主としている。じゃが、忍たま達がプロ忍になった後、万が一があっても紹介してやれる仕事先には限度がある。じゃから、今からでも仕事先として店を育てておけば万が一の保険にもなるし、何より、もしもいつか戦がなくなり平和な世が訪れた時に、行き場のない忍び達の拠り所にもなる。こうして忍者を育てていながら、その後に大した事が出来ないのを、わしはかねてより口惜しく思ってきたのじゃ。じゃが、澪ちゃんの考えを聞いてそれは違うと思った。澪ちゃんには、沢山の知恵がある。わしはそれなりの財はあるが、どうやればいいかという方法に乏しい。じゃから、澪ちゃんに出資をするから、秘書の仕事の一環として、引き受けてはくれんかの。店を直接開く必要はないのじゃ……どうじゃ、やってはくれんかの」
つまりは、直接店を運営をするというよりも企画して店を開いて管理をしろということだろうかーーつまりは、オーナーは学園長で、澪は社長だ。
ふっ、と澪は笑った。
「申し訳ありませんが、お話になりません。お断りします」
にこっ、と満面の笑みを返した。
「何故じゃ?!出資するし、何なら特別手当も出すぞい!」
「オーナーが学園長のうちはいいですが、もし別の方がオーナーになった場合、わたしがお払い箱になって終わる可能性があるからです。知識や技術だけ抜かれてポイっとされるだけの経営者になんの得が在りましょうか」
欠点を簡潔に説明し首を振る。
「大体、幾らか特別手当があるからといって、責任だけ負わされる経営権しかない主になりたくありません。それなら、コツコツお金を貯めて百パーセント自分だけの店を持つ方がいいです。なので、お断りだと申し上げました」
「学園長、澪さんの言ってる事は筋が通ってます。わたしも同意します!」
「わたしもそう思います。わたしが澪くんの立場でもお断りですな。負わされる責任に対して旨味が少ない」
澪の発言に、半助も伝蔵も同意している。断られた学園長はぐぬぬ、と顔を真っ赤にした。
「やり甲斐があるではないかっ」
「ーー学園長、やり甲斐搾取って言葉ご存知ですか?人の善意や責任感に漬け込んで、誰かのためにとか言って、安い給与でこき使う経営者にとって非常に都合がいい常套手段なんですけどね」
やり甲斐搾取と言われる職業として、現代日本でよく言われるのは教員や保育士等が筆頭である。教育、介護、医療サービスは代表格だろう。
「やり甲斐搾取……そんな言葉が」
「深いっ。何やら胸に響く物があるような」
まさにやり甲斐搾取の筆頭とも言うべき教職の二人が、澪の言葉に感銘を受けていた。半助は目からウロコのような顔をしているし、伝蔵は胸の上に手を当てて頷いている。
一方、学園長は聞いた事もない、だが指摘されると痛い一言に倒れそうなくらい顔を真っ赤にしている。
「わたし、手段と目的というものは逆になってはいけないと思っています。お仕事は大事ですが、仕事だからと何でもかんでも負うと、己の生活を圧迫して時には人生まで狂います。仕事とは、あくまでも生活の糧を得る手段に過ぎないはず。なのに、学園長はわたしに上手い事を言って、わたしから大事な知識や知恵を奪おうとしているーー違いますか?」
「そこまで小狡い事を考えとらんわっ。蘭引の図面なんぞポンと出してくるから、澪ちゃんの知恵は求めれば与えられると思ったんじゃ。であれぱ、学園のため忍たまのためわしのためにと、普通思うじゃろうが」
学園長は心外だとでも言わんばかりだ。その話を聞いて、成程ーーと澪は思った。誤解させてしまったようだ。
「蘭引は博多で見かけた物で、こちらには全くない事自体、土井先生から教えられて知ったのです。蒸留知識は古くから異国にはある物ですし、まさか日ノ本に殆どないとは思わず」
日本は四方を海に囲まれた島国である。
海という広大な防壁は、異国の文化が入り辛く島国独自の文化が育まれ、外国から侵略戦争の危機に晒される可能性が低い利点がある一方で、遠い外国の発展した知識や知恵が入って来にくく、外の事に疎くなり取り残される可能性もある。
江戸時代に鎖国をしてきたツケを、明治政府が死に物狂いで支払ったのがいい例だ。
なんちゃって戦国時代でも、島国ルールおまけに関所という厄介な物まであるのが災いして国内ですら情報の伝達能力が不足しているのだ。故に忍者が重宝されるわけなのだが。
「誤解させてしまい申し訳ありません。ですが、知識や知恵の中でも、お金になるようなものに関して下手に安売りしたくありません。蘭引はわたし自身ができたら早く欲しいので、秘匿せずにお出しした知識の一つに過ぎないのです学園長」
「……はぁ、わしの早とちりか。学園長命令でもダメか?」
「例え退職を迫られても嫌です」
「そんな事はせぬ。すれば、わしが周囲から信を失う」
ふぅ、と学園長は息を吐いた。小さな身体がより小さく見える。学園長自身は親切でいい人だし信頼出来るが、高齢であるという欠点がある。いくら長生きだろうとも、全て預けるには将来の保険として弱すぎるのだ。
この辺りの打算的あるいは現実的な思考を知れば、学園長はもっとがっかりしそうである。勿論、言わないが。
「わかった。じゃが、引き受ける気になったら、教えてくれ。条件があるなら可能な限りのもう。本当に良い案じゃと思ったんじゃ。それは忘れないでおくれ」
「ーー畏まりました。検討してみます」
検討します=お断りです。という、分かりにくい日本人の角が立たないお断りではなく、澪は言葉通りの意味で返事をしたのだった。
それから、学園長が現れた時とは異なり、しょげた様子で学園長室へ戻って行った。
「それにしても、学園長はともかく何だって山田先生まで一緒に登場されたんです?」
「あー、それはたまたま学園長先生と居合わせたからだが」
「ーー何時から見てたんですか?」
学園長が去った後、何やらジト目で半助が伝蔵を見ていた。伝蔵は顔を思いっきり背け、半助の方を見ないようにしている。澪は知らない事だが、傍目にはいちゃこらしているようにも見える澪と半助の会話を、伝蔵と学園長は甘酸っぱい気持ちになりながら割と最初から観察していたりした。
とはいえ、そんな事を言ったら半助ばかりか澪からも呆れた顔をされる。伝蔵はもにょもにょ言ってちゃんと答えはしなかった。澪は気にならなかったが、半助だけは納得しかねる顔をしていたのだった。
その日はそれから部屋を退出し、食堂で夕餉を食べて一日を終えた。
何やら食堂のおばちゃんが、学園長先生が落ち込んで食事を取らなかったと言っていたが、聞かなかった事にする澪である。本気なのか芝居なのか、学園長は伝説とまで言われた忍者のため、何処まで本気にすべきか迷ったからだ。
翌日。
澪は、学園長から齎された提案について、ふとした時に想いを巡らせながらも、本日は二年い組と三年ろ組の合同実技授業の補佐についているのだが。
「ーーすみません、三之助と左近を見ませんでしたか?!」
三年ろ組には、恐ろしい方向音痴な二人が存在する。一人は次屋三之助、もう一人は神崎左門だ。前者は無自覚の方向音痴であり、後者は決断力のある方向音痴……頭の痛い話である。
そして、その二人を面倒を見ているのが同じ部屋に寝泊まりしている富松作兵衛である。
ちなみに、本日の実習は隠れんぼである。と言っても、忍たまの隠れんぼのため忍者の隠れる技を競っての事である。そして、三年生が隠れて二年生が鬼になるというものである。
方向音痴で知られる三年生の二人を鬼役にしようものなら、二人とも明後日の方向に行くのもあって三年生を隠れる側にした理由だったりしたのだが。
「何と、まぁ。またですか?」
近くに居た野村が澪達の会話に反応した。
「はい、そうなんです。あの二人が変な場所に行かないよう、見張りつつ隠れようとしたんですけど目を離した隙に……せめて、敷地内にいてくれたらいいんですが」
「仕方ない、手分けして探しましょうか。澪さんも、いいですか。分担してもらえると助かるのですが」
「あ、はい。勿論です」
学園内は広い。今日は小松田がいるので、外出届けのない生徒は外出不可のため、いくら方向音痴なふたりとはいえ、まず門の外には出られないはず。
これに関しては、現代のセキュリイ会社もびっくりな仕様の小松田である。安心安全ではないが、忍術学園への人の出入りに関してはばっちり記録できるメリットがある。
そして、澪は頷きつつも野村の一言にふと閃いた。
「そうか、分担……!権利を分ければやってもいいか」
「?澪さん、どうしたのですか」
「あ、いえ。独り言です。すみません、野村先生。二人を探してきます」
軽く頭を下げてから、澪は急ぎで行方不明の二人を探しに出た。だが、頭の中では一方で思いついた考えを高速で整理していた。考えるのは学園長からの提案を、自分が飲める条件である。反対されたらそれもいい。だが、落ち込んでいた学園長の姿が思い浮かぶ。
落ち込みが演技かそうでないかは定かではないが、きっと澪は学園長の人柄に絆されているのだろう。簡単には靡かないが、迷いながらも積極的に考えているのだから。
「まずは、土井先生と山田先生に相談かな……」
学園の敷地を歩き回りつつ、小さく独り言を呟く。
それから程なくして、澪は決断力に溢れてくのいち長屋へと向かう左門と、ふらふらしているうちに、綾部喜八郎の掘った落とし穴に落ちていた三之助を無事に見つけたのだった。
+++++
実技の授業を終えた澪は、その後は空いた時間でくのいち長屋の自室にて机に向かって座り作業していた。
作業内容は思いついた事の纏め書きである。紙にさらさらと筆を滑らせていく。
その澪のすぐ近くには、仲良しくのたま三人娘のユキ、トモミ、おシゲかいる。澪の邪魔はしないからと、お茶と菓子を持って遊びに来てくれたので出迎えた次第だ。
「澪さん、何を書いてるんでしゅか?」
「企画書……うーん、提案書かな」
おシゲが興味があるのか、じっと澪を見ている。一旦筆を置いて、間違いがないか一読した。大丈夫そうだーー書き損じは紙の無駄になるから細心の注意がいる。
「澪さんて、本当に何でもできますよね。素敵!」
「戸部先生も格好いいけど、澪さんも負けてないです」
「わたしは、しんベヱ様が一番でしゅ」
ユキとトモミは共に澪のファン倶楽部メンバーである。ちなみに、ファン倶楽部の会長はユキだったりする。くのたまでは唯一、おシゲがファン倶楽部には所属しておらず、おシゲの一番はしんベヱ一択なのだと理解したり。
ちなみに、澪のファン倶楽部の活動はシナもメンバーであるため平和そのものだ。基本的には澪を招いてお茶会をしたり、澪の事について語り合ったりーーちゃっかりそこに、一部忍たまが混ざっているというものである。会費も要らない健全な倶楽部活動と言えよう。
「所で澪さんは、剣術もできるんですか?」
剣術師範の戸部新左エ門のファンのせいか、トモミがふとそんな事を聞いてきた。
「確かに。戸部先生と、どっちが強いのか気になります!」
「剣術でなら戸部先生に決まってますよ。わたしは怪力なので、本気を出したら剣が耐えられないので話になりません」
ユキが目をキラキラさせて言うのを、苦笑いして返答した。戸部新左エ門とは挨拶程度しか会話をした事はないが、トモミや休みになると戸部の家に居候しているらしい一年は組の皆本金吾を筆頭に生徒からの人気も高い剣豪のイメージだ。
剣術を見た事はないが、トモミによると戸部の剣技は抜刀術をはじめ目にも止まらぬ太刀筋らしく、時たま、若い頃に修行の旅をしていた関係で決闘を申し込む輩もいるのだとか。
「それって、力加減をしたら結構戦えるって事ですよね?」
「まぁ。六芸なら元父親に叩き込まれてますから」
ユキのキラキラした眼差しに、澪は苦笑いした。
「六芸っ!やっぱり、素敵ぃ!!」
「戸部先生と澪さんっ。どっちもいいわぁ……一度でいいから、二人が試合しているのを見てみたい」
「でも、トモミちゃん。それは澪さんが不利でしゅ。相手の土俵で戦うのだし」
盛り上がる二人を見て、おシゲが至極真っ当な事を言った。
「それよりも、わたしは澪さんに美味しい料理の作り方を教えて欲しいでしゅ。しんベヱ様に食べてもらいたい」
ぽっちゃりした頬に手を当て、可愛らしく頬を染めて笑うおシゲ。しんベヱラブな一途な姿を見て、和む。
学園長の孫娘のおシゲは、目の付け所は悪くない。何せ、しんベヱの実家は堺の貿易商人ーー言うなれば富豪だ。
「戸部先生との試合は、ご本人が了承されるなら授業の一環にもなりますから、わたしは構いませんよ。おシゲちゃん、料理の件は了解しました。今度食堂で一緒に作りましょうか。他にも習いたいくのたま達が居たら一緒に」
「きゃーっ!本当ですか、澪さんっ」
「じゃあ、戸部先生に確認しときますね!」
「ありがとうございましゅ。澪さん!」
くのたま達は、よく下級生をからかったりしているが、根はいい子達ばかりだ。はしゃぐ三人娘に、目を細めて微笑みかける。
澪の優しい笑顔を見た三人のうち、ユキとトモミは頬を染め、おシゲは嬉しそうに微笑み返す。
なお、ユキとトモミについては、男装姿の澪と被ってしまったことによる反応である。歌劇団の男装姿の女性に、きゃあきゃあ黄色い声で叫ぶのに似ている。澪のたまにしか見られない男装姿は、くのたま達の間では必見の代物だ。
「それじゃ、作業もひと段落したしお茶とお菓子をいただきますね」
三人娘が持ってきてくれたのは、小ぶりの饅頭と温めのお茶だ。
暑くなってくる季節に、冷めたお茶を出してくれる気遣いが嬉しい。
「そう言えば、澪さん。この前あった実習から、随分と先輩方と仲良くなってますよね。あの中に澪さんの好みの人っているんですか?」
ふと、ユキが興味津々な様子で尋ねてきた。色恋の話に興味があるのは、流石は女子である。トモミとおシゲも興味があるのか、じっと澪を見ていた。
「そう言えば、澪さん土井先生とも仲良いですよね」
「わたし達が知らないだけで、外で素敵な殿方と知り合ってたりするんでしゅか?」
トモミやおシゲから、キラキラした眼差しを向けられる。澪はやれやれとお茶を飲み干して、茶托の上に置いた。
「わたしの好みは、二十年後の文次郎くんと長次くんです。顔は渋めの男性が好きなので」
なので、そう答えておく。
小平太にも聞かれた内容の話である。三人は衝撃を受けたのか、目を見開いて固まっている。
「に、二十年後の潮江先輩に中在家先輩ですか。つまり、かなり大人の男性が好みということですか?」
「ーーそうですね。顔の話だけで言うなら、若くて可愛い顔よりは渋い方が好みですね。わたしの怪力を知っても、丸ごと受け入れてくれる包容力のある懐の深い優しい人と、ご縁があれば添いたいと思いますよ」
戸惑いつつも、澪の好みを綺麗に纏めるユキに真面目に返事をしておく。彼女達に揶揄うつもりは無いのだろうが、あれこれと忍たま達や半助との関係を邪推させないために、そう答えておく。
これで、澪の好みは年上の渋い男だという認識になり、忍たま達と仲良くしていようが噂にはならないだろう。
等と、この時の回答した澪の言葉が、翌日にはファン倶楽部の会員の間で話された結果、巡りに巡って一騒動起こす事になるのだが、この時の澪は未だそれを知らなかった。
開口一番、澪が学園長である大川平次渦正に問うたのはそれだった。当然、澪の発言を聞いた半助と伝蔵の顔色は変わる。
「学園長!儲かりそうだからってあんまりです。わたしは反対します、断固として阻止します!」
「わたしも反対です。澪くんは非常に優秀な教師補佐なんですよ。一年は組の投げる明後日な方向に飛ぶ手裏剣を全部止められるのは、彼女くらいのもんです!」
二人が小さな身体の学園長に詰め寄る。すると、学園長がブンブン首を振った。
「クビになんてせんわ!澪ちゃん、わしは依願退職の届けを出してきても破り捨てるから心配せんでよろしいっ!そうではなくて、秘書の仕事の一貫として店をしてくれと言っとるんじゃ!!」
「秘書の仕事、ですか?」
秘書の名札がついているが、澪がやっている事は学園長の暇つぶしの相手である。今日も羊羹が美味い、とお茶を飲み菓子を食べながらへむへむや学園長と日向ぼっこをしたりしているが、まったく秘書らしくない。
というか、依願退職の届けを破り捨てるのは別の意味で心配である。やばい職場になってしまうのではーーと思ったが、そこはツッコミはしないでおいた。
「知っての通り、わしは学園の経営を主としている。じゃが、忍たま達がプロ忍になった後、万が一があっても紹介してやれる仕事先には限度がある。じゃから、今からでも仕事先として店を育てておけば万が一の保険にもなるし、何より、もしもいつか戦がなくなり平和な世が訪れた時に、行き場のない忍び達の拠り所にもなる。こうして忍者を育てていながら、その後に大した事が出来ないのを、わしはかねてより口惜しく思ってきたのじゃ。じゃが、澪ちゃんの考えを聞いてそれは違うと思った。澪ちゃんには、沢山の知恵がある。わしはそれなりの財はあるが、どうやればいいかという方法に乏しい。じゃから、澪ちゃんに出資をするから、秘書の仕事の一環として、引き受けてはくれんかの。店を直接開く必要はないのじゃ……どうじゃ、やってはくれんかの」
つまりは、直接店を運営をするというよりも企画して店を開いて管理をしろということだろうかーーつまりは、オーナーは学園長で、澪は社長だ。
ふっ、と澪は笑った。
「申し訳ありませんが、お話になりません。お断りします」
にこっ、と満面の笑みを返した。
「何故じゃ?!出資するし、何なら特別手当も出すぞい!」
「オーナーが学園長のうちはいいですが、もし別の方がオーナーになった場合、わたしがお払い箱になって終わる可能性があるからです。知識や技術だけ抜かれてポイっとされるだけの経営者になんの得が在りましょうか」
欠点を簡潔に説明し首を振る。
「大体、幾らか特別手当があるからといって、責任だけ負わされる経営権しかない主になりたくありません。それなら、コツコツお金を貯めて百パーセント自分だけの店を持つ方がいいです。なので、お断りだと申し上げました」
「学園長、澪さんの言ってる事は筋が通ってます。わたしも同意します!」
「わたしもそう思います。わたしが澪くんの立場でもお断りですな。負わされる責任に対して旨味が少ない」
澪の発言に、半助も伝蔵も同意している。断られた学園長はぐぬぬ、と顔を真っ赤にした。
「やり甲斐があるではないかっ」
「ーー学園長、やり甲斐搾取って言葉ご存知ですか?人の善意や責任感に漬け込んで、誰かのためにとか言って、安い給与でこき使う経営者にとって非常に都合がいい常套手段なんですけどね」
やり甲斐搾取と言われる職業として、現代日本でよく言われるのは教員や保育士等が筆頭である。教育、介護、医療サービスは代表格だろう。
「やり甲斐搾取……そんな言葉が」
「深いっ。何やら胸に響く物があるような」
まさにやり甲斐搾取の筆頭とも言うべき教職の二人が、澪の言葉に感銘を受けていた。半助は目からウロコのような顔をしているし、伝蔵は胸の上に手を当てて頷いている。
一方、学園長は聞いた事もない、だが指摘されると痛い一言に倒れそうなくらい顔を真っ赤にしている。
「わたし、手段と目的というものは逆になってはいけないと思っています。お仕事は大事ですが、仕事だからと何でもかんでも負うと、己の生活を圧迫して時には人生まで狂います。仕事とは、あくまでも生活の糧を得る手段に過ぎないはず。なのに、学園長はわたしに上手い事を言って、わたしから大事な知識や知恵を奪おうとしているーー違いますか?」
「そこまで小狡い事を考えとらんわっ。蘭引の図面なんぞポンと出してくるから、澪ちゃんの知恵は求めれば与えられると思ったんじゃ。であれぱ、学園のため忍たまのためわしのためにと、普通思うじゃろうが」
学園長は心外だとでも言わんばかりだ。その話を聞いて、成程ーーと澪は思った。誤解させてしまったようだ。
「蘭引は博多で見かけた物で、こちらには全くない事自体、土井先生から教えられて知ったのです。蒸留知識は古くから異国にはある物ですし、まさか日ノ本に殆どないとは思わず」
日本は四方を海に囲まれた島国である。
海という広大な防壁は、異国の文化が入り辛く島国独自の文化が育まれ、外国から侵略戦争の危機に晒される可能性が低い利点がある一方で、遠い外国の発展した知識や知恵が入って来にくく、外の事に疎くなり取り残される可能性もある。
江戸時代に鎖国をしてきたツケを、明治政府が死に物狂いで支払ったのがいい例だ。
なんちゃって戦国時代でも、島国ルールおまけに関所という厄介な物まであるのが災いして国内ですら情報の伝達能力が不足しているのだ。故に忍者が重宝されるわけなのだが。
「誤解させてしまい申し訳ありません。ですが、知識や知恵の中でも、お金になるようなものに関して下手に安売りしたくありません。蘭引はわたし自身ができたら早く欲しいので、秘匿せずにお出しした知識の一つに過ぎないのです学園長」
「……はぁ、わしの早とちりか。学園長命令でもダメか?」
「例え退職を迫られても嫌です」
「そんな事はせぬ。すれば、わしが周囲から信を失う」
ふぅ、と学園長は息を吐いた。小さな身体がより小さく見える。学園長自身は親切でいい人だし信頼出来るが、高齢であるという欠点がある。いくら長生きだろうとも、全て預けるには将来の保険として弱すぎるのだ。
この辺りの打算的あるいは現実的な思考を知れば、学園長はもっとがっかりしそうである。勿論、言わないが。
「わかった。じゃが、引き受ける気になったら、教えてくれ。条件があるなら可能な限りのもう。本当に良い案じゃと思ったんじゃ。それは忘れないでおくれ」
「ーー畏まりました。検討してみます」
検討します=お断りです。という、分かりにくい日本人の角が立たないお断りではなく、澪は言葉通りの意味で返事をしたのだった。
それから、学園長が現れた時とは異なり、しょげた様子で学園長室へ戻って行った。
「それにしても、学園長はともかく何だって山田先生まで一緒に登場されたんです?」
「あー、それはたまたま学園長先生と居合わせたからだが」
「ーー何時から見てたんですか?」
学園長が去った後、何やらジト目で半助が伝蔵を見ていた。伝蔵は顔を思いっきり背け、半助の方を見ないようにしている。澪は知らない事だが、傍目にはいちゃこらしているようにも見える澪と半助の会話を、伝蔵と学園長は甘酸っぱい気持ちになりながら割と最初から観察していたりした。
とはいえ、そんな事を言ったら半助ばかりか澪からも呆れた顔をされる。伝蔵はもにょもにょ言ってちゃんと答えはしなかった。澪は気にならなかったが、半助だけは納得しかねる顔をしていたのだった。
その日はそれから部屋を退出し、食堂で夕餉を食べて一日を終えた。
何やら食堂のおばちゃんが、学園長先生が落ち込んで食事を取らなかったと言っていたが、聞かなかった事にする澪である。本気なのか芝居なのか、学園長は伝説とまで言われた忍者のため、何処まで本気にすべきか迷ったからだ。
翌日。
澪は、学園長から齎された提案について、ふとした時に想いを巡らせながらも、本日は二年い組と三年ろ組の合同実技授業の補佐についているのだが。
「ーーすみません、三之助と左近を見ませんでしたか?!」
三年ろ組には、恐ろしい方向音痴な二人が存在する。一人は次屋三之助、もう一人は神崎左門だ。前者は無自覚の方向音痴であり、後者は決断力のある方向音痴……頭の痛い話である。
そして、その二人を面倒を見ているのが同じ部屋に寝泊まりしている富松作兵衛である。
ちなみに、本日の実習は隠れんぼである。と言っても、忍たまの隠れんぼのため忍者の隠れる技を競っての事である。そして、三年生が隠れて二年生が鬼になるというものである。
方向音痴で知られる三年生の二人を鬼役にしようものなら、二人とも明後日の方向に行くのもあって三年生を隠れる側にした理由だったりしたのだが。
「何と、まぁ。またですか?」
近くに居た野村が澪達の会話に反応した。
「はい、そうなんです。あの二人が変な場所に行かないよう、見張りつつ隠れようとしたんですけど目を離した隙に……せめて、敷地内にいてくれたらいいんですが」
「仕方ない、手分けして探しましょうか。澪さんも、いいですか。分担してもらえると助かるのですが」
「あ、はい。勿論です」
学園内は広い。今日は小松田がいるので、外出届けのない生徒は外出不可のため、いくら方向音痴なふたりとはいえ、まず門の外には出られないはず。
これに関しては、現代のセキュリイ会社もびっくりな仕様の小松田である。安心安全ではないが、忍術学園への人の出入りに関してはばっちり記録できるメリットがある。
そして、澪は頷きつつも野村の一言にふと閃いた。
「そうか、分担……!権利を分ければやってもいいか」
「?澪さん、どうしたのですか」
「あ、いえ。独り言です。すみません、野村先生。二人を探してきます」
軽く頭を下げてから、澪は急ぎで行方不明の二人を探しに出た。だが、頭の中では一方で思いついた考えを高速で整理していた。考えるのは学園長からの提案を、自分が飲める条件である。反対されたらそれもいい。だが、落ち込んでいた学園長の姿が思い浮かぶ。
落ち込みが演技かそうでないかは定かではないが、きっと澪は学園長の人柄に絆されているのだろう。簡単には靡かないが、迷いながらも積極的に考えているのだから。
「まずは、土井先生と山田先生に相談かな……」
学園の敷地を歩き回りつつ、小さく独り言を呟く。
それから程なくして、澪は決断力に溢れてくのいち長屋へと向かう左門と、ふらふらしているうちに、綾部喜八郎の掘った落とし穴に落ちていた三之助を無事に見つけたのだった。
+++++
実技の授業を終えた澪は、その後は空いた時間でくのいち長屋の自室にて机に向かって座り作業していた。
作業内容は思いついた事の纏め書きである。紙にさらさらと筆を滑らせていく。
その澪のすぐ近くには、仲良しくのたま三人娘のユキ、トモミ、おシゲかいる。澪の邪魔はしないからと、お茶と菓子を持って遊びに来てくれたので出迎えた次第だ。
「澪さん、何を書いてるんでしゅか?」
「企画書……うーん、提案書かな」
おシゲが興味があるのか、じっと澪を見ている。一旦筆を置いて、間違いがないか一読した。大丈夫そうだーー書き損じは紙の無駄になるから細心の注意がいる。
「澪さんて、本当に何でもできますよね。素敵!」
「戸部先生も格好いいけど、澪さんも負けてないです」
「わたしは、しんベヱ様が一番でしゅ」
ユキとトモミは共に澪のファン倶楽部メンバーである。ちなみに、ファン倶楽部の会長はユキだったりする。くのたまでは唯一、おシゲがファン倶楽部には所属しておらず、おシゲの一番はしんベヱ一択なのだと理解したり。
ちなみに、澪のファン倶楽部の活動はシナもメンバーであるため平和そのものだ。基本的には澪を招いてお茶会をしたり、澪の事について語り合ったりーーちゃっかりそこに、一部忍たまが混ざっているというものである。会費も要らない健全な倶楽部活動と言えよう。
「所で澪さんは、剣術もできるんですか?」
剣術師範の戸部新左エ門のファンのせいか、トモミがふとそんな事を聞いてきた。
「確かに。戸部先生と、どっちが強いのか気になります!」
「剣術でなら戸部先生に決まってますよ。わたしは怪力なので、本気を出したら剣が耐えられないので話になりません」
ユキが目をキラキラさせて言うのを、苦笑いして返答した。戸部新左エ門とは挨拶程度しか会話をした事はないが、トモミや休みになると戸部の家に居候しているらしい一年は組の皆本金吾を筆頭に生徒からの人気も高い剣豪のイメージだ。
剣術を見た事はないが、トモミによると戸部の剣技は抜刀術をはじめ目にも止まらぬ太刀筋らしく、時たま、若い頃に修行の旅をしていた関係で決闘を申し込む輩もいるのだとか。
「それって、力加減をしたら結構戦えるって事ですよね?」
「まぁ。六芸なら元父親に叩き込まれてますから」
ユキのキラキラした眼差しに、澪は苦笑いした。
「六芸っ!やっぱり、素敵ぃ!!」
「戸部先生と澪さんっ。どっちもいいわぁ……一度でいいから、二人が試合しているのを見てみたい」
「でも、トモミちゃん。それは澪さんが不利でしゅ。相手の土俵で戦うのだし」
盛り上がる二人を見て、おシゲが至極真っ当な事を言った。
「それよりも、わたしは澪さんに美味しい料理の作り方を教えて欲しいでしゅ。しんベヱ様に食べてもらいたい」
ぽっちゃりした頬に手を当て、可愛らしく頬を染めて笑うおシゲ。しんベヱラブな一途な姿を見て、和む。
学園長の孫娘のおシゲは、目の付け所は悪くない。何せ、しんベヱの実家は堺の貿易商人ーー言うなれば富豪だ。
「戸部先生との試合は、ご本人が了承されるなら授業の一環にもなりますから、わたしは構いませんよ。おシゲちゃん、料理の件は了解しました。今度食堂で一緒に作りましょうか。他にも習いたいくのたま達が居たら一緒に」
「きゃーっ!本当ですか、澪さんっ」
「じゃあ、戸部先生に確認しときますね!」
「ありがとうございましゅ。澪さん!」
くのたま達は、よく下級生をからかったりしているが、根はいい子達ばかりだ。はしゃぐ三人娘に、目を細めて微笑みかける。
澪の優しい笑顔を見た三人のうち、ユキとトモミは頬を染め、おシゲは嬉しそうに微笑み返す。
なお、ユキとトモミについては、男装姿の澪と被ってしまったことによる反応である。歌劇団の男装姿の女性に、きゃあきゃあ黄色い声で叫ぶのに似ている。澪のたまにしか見られない男装姿は、くのたま達の間では必見の代物だ。
「それじゃ、作業もひと段落したしお茶とお菓子をいただきますね」
三人娘が持ってきてくれたのは、小ぶりの饅頭と温めのお茶だ。
暑くなってくる季節に、冷めたお茶を出してくれる気遣いが嬉しい。
「そう言えば、澪さん。この前あった実習から、随分と先輩方と仲良くなってますよね。あの中に澪さんの好みの人っているんですか?」
ふと、ユキが興味津々な様子で尋ねてきた。色恋の話に興味があるのは、流石は女子である。トモミとおシゲも興味があるのか、じっと澪を見ていた。
「そう言えば、澪さん土井先生とも仲良いですよね」
「わたし達が知らないだけで、外で素敵な殿方と知り合ってたりするんでしゅか?」
トモミやおシゲから、キラキラした眼差しを向けられる。澪はやれやれとお茶を飲み干して、茶托の上に置いた。
「わたしの好みは、二十年後の文次郎くんと長次くんです。顔は渋めの男性が好きなので」
なので、そう答えておく。
小平太にも聞かれた内容の話である。三人は衝撃を受けたのか、目を見開いて固まっている。
「に、二十年後の潮江先輩に中在家先輩ですか。つまり、かなり大人の男性が好みということですか?」
「ーーそうですね。顔の話だけで言うなら、若くて可愛い顔よりは渋い方が好みですね。わたしの怪力を知っても、丸ごと受け入れてくれる包容力のある懐の深い優しい人と、ご縁があれば添いたいと思いますよ」
戸惑いつつも、澪の好みを綺麗に纏めるユキに真面目に返事をしておく。彼女達に揶揄うつもりは無いのだろうが、あれこれと忍たま達や半助との関係を邪推させないために、そう答えておく。
これで、澪の好みは年上の渋い男だという認識になり、忍たま達と仲良くしていようが噂にはならないだろう。
等と、この時の回答した澪の言葉が、翌日にはファン倶楽部の会員の間で話された結果、巡りに巡って一騒動起こす事になるのだが、この時の澪は未だそれを知らなかった。
