第8話 忍術学園に迫る白き✕✕……
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気温が少しずつ上がり、徐々に夏へと向かいつつある今日この頃。
蝉の声を聞くのは少し先だが、忍術学園は本日も至って平和であった。
アホみたいな怪力を持つ澪が学園長の秘書として就任しファン倶楽部まで出来上がってしまう程に馴染んで来た頃。
それは四年生を主軸とした賊退治の実習が終わって、少し日が経った時の事であった。
ガラガラと一人の少年が忍術学園にある食堂に向かって重そうな荷台を引いていた。大きめのツボを荷台に乗せ、鼻歌を歌いながら笑顔で少年ーー久々知兵助は進む。
「兵助くん、そんな沢山の荷物をどうしたんですか?」
ガラガラと荷台の音がしたのに気付いて、割烹着姿の澪が食堂から顔を出した。丁度、食堂のおばちゃんから許可を貰い、調理場を自由に使わせてもらっている最中の事であった。
「ふふふ、お楽しみです!これはオレが使うのに、街へ行って買い付けて来たんです。仕込みは後日するので、とりあえず貯蔵庫に置かせてもらおうかと」
「兵助くんも料理するんですね」
「ええ、まぁ。自分で言うのも何ですけど、結構うまいと思いますよ!」
忍術学園の忍たま達は、割と料理が出来たりする。それと言うのも、学園内で焚き火をして饅頭や餅を炙ったり、野外実習の一環として魚や獲物を取って食べたりと、色々な訓練をしているためだ。
上級生ともなれば、実習のために食堂で夕餉を食べられない日もある。そういう時は、食堂のおばちゃんが使っていい食材を置いていてくれるので、それを使って調理して自分で食べるなんて事も珍しくはないのだ。
だから、兵助の腕前も結構な物に違いなかった。
「ふふ、それは是非ともご相伴に預かりたいものですね」
「本当ですか?」
澪のお世辞を聞いた兵助は嬉しそうだ。合同の実習があったからか、兵助をはじめ四年生や五年生が一気にフレンドリーになっていた。
「そしたら、オレ頑張りますよ。澪さんに食べてもらうに相応しい物ができるように!」
「まぁ、それは楽しみですね」
「そう言えば、澪さんも割烹着を着ていますが、何か作っているんですか。甘い匂いがしますけど……」
くん、と兵助は空気に溶けた匂いを嗅ぐ。甘くかぐわしい匂いに、兵助がはっとした顔になった。
「これは、豆乳の匂いですね」
「おや、よく分かりましたね。実は、ちょっとしたおやつを作ってまして。片付けていた所なんです。創作なんですけどね」
「へぇ」
兵助の顔は興味津々だ。可愛い顔立ちをしているために、ついつい微笑ましく見えてしまう澪である。
「実は今から味見をしようとしているんですけど、よかったら一つ如何です?」
「えっ、いいんですか」
「その代わり、是非とも兵助くんの作った料理をわたしにも食べさせてくださいね。それとこの事は他の人には内緒ですよ」
澪の作った物に強い関心を示してくれる兵助に、一つくらいならお裾分けしても構わない。というより、澪が一つ食べさせてあげたくなったのだ。気分は小さい子に餌付けする大人である。
おいでおいでと手招きすると、兵助は荷車をちょうどいい場所に一旦置いて、いそいそと食堂に入って来た。その様が素直で微笑ましい。
「はい、好きな方をどうぞ」
食堂の席に座った兵助の前に、とん、二つの菓子を置く。湯のみに入ったそれを兵助が覗き込んで、不思議そうな顔をした。
「えっと、これは?」
「豆乳プリンです。右がプレーン、左がほうじ茶味です」
「ほうじ茶って?」
「茶葉を炒った物です。美味しいですよ」
ほうじ茶は、このへんてこ戦国にはない。製法が簡単なので、てっきりあると思ったらなかった。澪が飲みたくなって作ったものを、料理人の元父親が大絶賛し、自分も作って殿様に献上。更にそれを飲んだ殿様もこれまた絶賛して、大好評だった事を思い出す。
なお、澪は知らない事だがほうじ茶の歴史は浅く、大正以降に生まれた物だったりする。不思議な戦国になくても、一応戦国時代なのでおかしくはなかったりした。
「じゃあ、ほうじ茶の方で。くんくん、香ばしい匂いがする……」
「はい、匙をどうぞ」
「ありがとうございます」
匙を受け取る兵助の顔は待ちきれなさそうだ。澪も兵助の向かいに座って、出来上がったばかりの豆乳プリンを口にした。
「っ、うま!」
「んー、美味しい」
一口食べた兵助が、カッ!と目を見開く。澪は冷たいお菓子にうっとりした。気温が上がってきていたので、こういうお菓子が食べたかったのである。井戸水で冷やしたがそれでも十分に美味しい。
カラメル代わりに黒みつを仕込んだのもいい感じだ。プリン部分を甘さ控えめにしたので、混ざったものを食べると、まったりしていて最高である。
「あ、ほうじ茶もよかったらどうぞ。口直しになりますよ」
「あっ、どうも。わ、ほうじ茶凄く美味しい。茶葉を炒るだけでこんなに美味しくなるんだ……これ、作り方を実家に教えてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
兵助はあっという間にプリンを完食し、ほうじ茶も飲み終えた。
「前に勘右衛門が澪さんの作ったおやつを食べたーってすっごい自慢してくるから、オレもいつか食べたい!って思ってたんで、凄く嬉しかったです」
ニコニコと満面の笑みを浮かべる兵助。口の端にプリンの欠片がくっついていたので、澪は持っていた手ぬぐいでスっと拭いてやった。
そして、やった後でハッとする。低学年にするのと同じ扱いをうっかり上級生にしてしまった事に。
兵助は顔を真っ赤にして固まっていた。
「ごめんなさい、ちょっとプリンが付いていた物だから。つい……!」
「あっ、いえ、ありがとうございます」
兵助は耳まで真っ赤だ。こう言ってはアレだが、兵助の容姿が美少年なのもあって、妙に加虐心が煽られそうである。
可愛い坊や、遊んであげましょうか?ふふ、とか何とか言ったりして。
そんな趣味は断じて無いはず。しっかりしろ!と澪は己を叱咤した。
「コホン、今日のことは勘右衛門くんには秘密ですけど、羨ましく思う必要はなくなりそうですか?」
態とらしく咳払いをして誤魔化す。
ちらり、と兵助を見るとまだ顔が赤いし目も潤んでいるが、こくこくと頷いていた。謎の色気があるように見えるのは気のせいか。
その後、澪は色々と誤魔化すように話を続け、兵助が買ってきた食材をしまいに食堂を出るまで、何とも言えない時間を過ごす羽目になったのだった。
それから。
澪は出来上がった豆乳プリンを、涼しい場所にしまった。そして六年生達を呼びに行く。実はこの豆乳プリンは、鵺捕獲のお礼に六年生達に渡す特性のお菓子だったりした。長次からのリクエストとを参考に作った物である。
沢山できたので、味見で食べようとしていた二種類のプリンのうち、一つを兵助に分けたのだ。
なお、六年生達はあらかじめお菓子が出来上がったら食堂へ来るよう伝えてあり、本日は全員が学園内に居るのを把握済みだ。何が出来るかはお楽しみのため、全員が外で軽く鍛錬をして澪を待つと言ってくれていた。
とはいえ、その鍛錬メニューは澪が組んだ物だったりするのだが。
「お待たせしましたっ。出来たので、是非食べに来てください!」
割烹着姿のまま呼びに行くと、全員、嬉しそうに頷いてくれた。長次は仏頂面だったが、纏う空気が少しぽわんとしていて、嬉しそうなのが分かる。
「澪さんの創作のお菓子なんて、楽しみだなぁ!」
伊作がほんわか笑っていた。澪のファン倶楽部会員に無事なってからというもの、キラキラした眼差しを時たま向けられるが、それ以外はいつも通りの伊作にホッとしていた。
ちなみに、澪は知らない事だが伊作と伏木蔵が入った事で、ファン倶楽部に他の忍たま達が入りだしていたりした。澪が知ったら遠い目をすること間違いなしである。
それはさておき。
鍛錬で軽く汗をかいていた六年生達の身体に、澪の豆乳プリンは格別だったらしい。
食堂に到着し、澪からプリンを差し出された時は不思議そうな顔をしていたのに、いざ食べると顔つきが変わった。
「何だこれはっ、美味い。美味すぎる!?」
「もそ……もう一個、いや、二個」
「滑らかな舌触りと、まろやかな甘さ。これは完璧過ぎるっ!」
留三郎は食べた瞬間にカッと目を見開き、長次は小さな声で呟きつつも、ちゃっかり次を確保、仙蔵は食レポが完璧だ。
「はぁ、幸せ。溶けるー。不運とかこれ食べたら気にならなくなる」
「くっ、何だこれは。食べただけで、ほわっとしてしまう。けしからん!だが……ほわぁ」
「美味い美味い美味いーー!うまうまどんどーん!!」
伊作は何かフラグが立ちそうな事を言い、文次郎は一口食べては何やら我に返りまた一口食べ、小平太はいつもの台詞が何かおかしいが、美味しそうだから良しとする。
全員が取り憑かれたようにプリンを食べたおかげで、大量に作った物は全て完食された。口直しのほうじ茶も口にあったようで、大絶賛である。ほうじ茶は伊作と文次郎の好みらしく、自分達でも作ってみると言っていた。
「澪さん、本気でいつか飲食店を開かないか。出来たらわたしは、通いつめる自信があるぞ。何なら立ち上げ資金を出資してもいい」
「あはは、ありがとう仙蔵くん」
「本気だぞ。実習の時に用意してくれた弁当も文句無しに美味しかったのだし」
「はぁ、そうですね。老後の生活の一つとして考えておきます」
仙蔵は真顔だ。余程にプリンが口にあったのだろう。
「そう言えば澪さん、老後の事きちんと考えてて凄いよね。まだまだ先なのに」
「老後って何年先の話だよ。オレ達まだ十五だぞ」
「そうは言うけど留三郎、もし忍務で大怪我をしたりしたら年齢関係なく引退する事だってあるかもしれないじゃないか。そうなったら、ぼくなら薬師とかにかるだろうけど、留三郎は何になるの?」
伊作の言う真面目な話に、留三郎だけじゃなく全員が何やら考え込んだ。卒業を控えているだけに、色々と思う所があるのかもしれない。澪も伊作の言葉にふと考えたーー澪の知る忍たま達が、いつか忍びになったとして、だが、何かの事情で忍び働きができなくなった時、彼等はどうするのだろうか、と。
実家が何か商売をしているならそれでいい。ツテがある者は何とでもなるだろう。
だが、例えばきり丸のような境遇ならどうだろうか。身寄りが無いのをいい事に、足元を見られてこき使われでもしたら、目も当てられない。
澪は大きくなったきり丸が、怪我で忍びを現役引退した後に悲惨な目に遭うのを想像してしまった。
とてもでないが、放置できない。
「……わたしが雇ってあげたいな」
ぽつり、とつい考えていた言葉が口をついて出た。ハッとした時にはもう遅く、何やら六年生全員から凝視されていた。
「えっ、澪さんが何かあったらオレ達を雇ってくれるのか?」
「それが本当なら何かあっても、老後も安泰だ……もそ」
文次郎と長次からキラキラした目を向けられた。二人だけではない、残る四名も何か光明を見つけたような顔をしている。
まさか、目の前の六年生達の事ではなく、きり丸を思って口にしてました、なんて言えない。澪は顔には出さなかったが、内心はダラダラ嫌な汗をかいていた。
「はは、わたしが無事にお店か何か経営出来ていたらの話ですよ。あんまり期待しないでもらえたら……」
「とかなんとか言って、澪さんなら店の一つや二つはしれっとやってそうだぞ!」
「小平太くん、それは褒めすぎですよ」
忍術学園で働けるうちに纏まったお金を貯めて、退職と同時に店を開くとして成るか成らないかは、何の店をやるか次第だ。飲食店なのか、装飾店なのか、美容品を売る店なのか、それともそれ以外なのか。
単純に金儲けなら戦が続いている場合、武器や米の売買という手もある。とはいえ、これは飲食店経営より遥かに資金がいる。
等と、小平太に言う言葉とは裏腹に頭の中で計算する澪である。根っからの商売人でこそないが、中身は現代日本人のためその辺の知識は何ちゃって戦国時代の素人よりは、持ち合わせていた。
「ーー皆さん、本当に余り期待はしないでくださいね」
とりあえず、その場はそう言って切り抜けるのを試みる澪だった。
+++++
「と、言うことがあったんですよ」
その日の夕刻。
澪は職員室で半助と話をしていた。澪の手にはメモ代わりの紙に筆、そしてメモリを書いたメジャーがある。
半助の着物を仕立てるため、採寸しにやって来た次第だ。ついでに、半助から渡されていた澪の話をまとめた内容の資料について、いくつか内容を補足した物を渡しにやって来ていた。
「それはそれは。とはいえ、澪さんが経営している店なら安心できる。わたしも何かあったら、雇ってもらおうかな?」
「えー、半助さんくらい優秀なら他にあるでしょうに」
「買い被り過ぎだよ」
半助は楽しそうに笑っている。それが、まさか澪とのやり取りを心底から本人が楽しんでいるせいであると、澪は全く気付いていなかった。罪作りな事である。
「そう言えば、半助さん。髪の手入れはちゃんとしてる?少し前に教えたけど」
半助の傷んだ前髪を見て、澪は思わずそう指摘した。髪の手入れの仕方は、時間の合間に実際に半助の髪に触れて教えた。半助もある程度なら知っていそうだったが、将来的に余計に禿げたくなかったらちゃんとしろと言うと、頭皮ケアを含めた話を大変真面目に聞いていた。何ならメモを取っていた。他の人にも教えていいか?と言われたので了承してある。
一応、禿げるかどうかは遺伝要素が強いので、その事もちゃんと伝えると、半助はブツブツ何か言っていた。御先祖様に頭の寂しい人がいないのを祈るしかない。半助の頭部に幸あれと願うばかりである。
将来、禿げてしまう人が多いから、ラーメンマンもとい、清の辮髪だの、江戸時代の月代等は実は男性への労りに満ちた髪型なんだな、と思うばかりである。
「勿論、しているよ。成果を見るまでもう少しかな。それにしても、豆乳プリンかぁ。わたしも食べたいなぁ。じー……」
「はいはい、今度作ってあ、げ、る」
「やった!きり丸じゃないけど、あげるって良い言葉だと思うな。特に澪さんが言ってくれると最高だ」
「はいはい」
「本当なのにー」
半助と普通に会話するようになって、何だかこの手のじゃれ合いが増えている。分かったのは、半助が意外と甘えたな事だ。お陰様で澪もお節介を自覚させられた。きり丸と半助と二人揃って、何だか放っておけないオーラが出ている。
「でも本当に、澪さんは博識だし割と何でも出来ちゃうから、老後でも何でもお店を経営して、いつかプロ忍になった忍たまに何かあった時の再就職先になるのは、わたしとしては凄く嬉しい事だ」
「そう?」
「勿論、学園でもそうした時は相談があれば職員として迎える事も吝かじゃないさ。でも、それを望まない者だっているかもしれない。色んな選択肢があるのはいい事だからね。忍びとしていつか終わる日は絶対にやってくる。老いか事故か病気かは当人次第だけどね」
二十五歳はまだ若いが、十代の忍たま達と違って先を憂う気持ちは半助の方が強い物がある。澪は一度死んで、生まれ変わった為に老後云々考えてしまうだかだが、半助の場合はこの戦後に生きてきた者としての実感がこもっていた。
その時だ。
ぽとり、と澪と半助の間に何かが落ちてくる。見ると、それは鳥の子ーー煙幕だった。何事か、と思うと同時に音を立てて鳥の子から煙が吹き出し、あっという間に部屋を満たす。
「ーー話はきかせてもらっだぞっ、ゲホッ、ごホッ、ぐふぁ!おぇっー!」
「学園長、ご自分が投げた鳥の子で噎せないでくださいよ」
もくもくと煙が立ち込める中、澪は急いで障子戸を開けて換気した。この聞き覚えのあり過ぎる声は、学園長と伝蔵である。
敵ではないものの、急に現れるからびっくりした。流石の半助も、実力のある二人には気付かなかったようだ。ゴホゴホと噎せている。
「ふぅ、ようやく煙たいのが収まったわい」
「煙たくしたのは学園長では……」
「オッホン!!」
少しして。部屋の中の煙が落ち着いた頃に、学園長が言うと半助がジト目で犯人を見るものだから、態とらしい咳払いがあった。
「さて、澪ちゃん。先程の話、聞かせてもらったぞい。いつかの日、忍者となった忍たま達に万が一があった時のために、店を開きたいという話。わしは感動した」
「あの、別に決めた話ではないんですけど。そういうのも、いつかできたらいいなって話なんですけど」
「感動したぁー!!」
学園長は耳が遠いのか、それとも人の話を聞かないのか。多分後者である。
「じゃからな、やってみなさい」
「……やるとは?」
嫌な予感がした。大体にして、学園長の突然の思いつきで学園は騒ぎになったりするのだ。
そして、澪の予感は的中した。
「金はわしが出す。じゃから、澪ちゃんやーーいつの日かのために、今から人を雇って店をやってみなさい!」
その発言に、澪と半助だけでなく伝蔵も固まったのは言う間でもない。
蝉の声を聞くのは少し先だが、忍術学園は本日も至って平和であった。
アホみたいな怪力を持つ澪が学園長の秘書として就任しファン倶楽部まで出来上がってしまう程に馴染んで来た頃。
それは四年生を主軸とした賊退治の実習が終わって、少し日が経った時の事であった。
ガラガラと一人の少年が忍術学園にある食堂に向かって重そうな荷台を引いていた。大きめのツボを荷台に乗せ、鼻歌を歌いながら笑顔で少年ーー久々知兵助は進む。
「兵助くん、そんな沢山の荷物をどうしたんですか?」
ガラガラと荷台の音がしたのに気付いて、割烹着姿の澪が食堂から顔を出した。丁度、食堂のおばちゃんから許可を貰い、調理場を自由に使わせてもらっている最中の事であった。
「ふふふ、お楽しみです!これはオレが使うのに、街へ行って買い付けて来たんです。仕込みは後日するので、とりあえず貯蔵庫に置かせてもらおうかと」
「兵助くんも料理するんですね」
「ええ、まぁ。自分で言うのも何ですけど、結構うまいと思いますよ!」
忍術学園の忍たま達は、割と料理が出来たりする。それと言うのも、学園内で焚き火をして饅頭や餅を炙ったり、野外実習の一環として魚や獲物を取って食べたりと、色々な訓練をしているためだ。
上級生ともなれば、実習のために食堂で夕餉を食べられない日もある。そういう時は、食堂のおばちゃんが使っていい食材を置いていてくれるので、それを使って調理して自分で食べるなんて事も珍しくはないのだ。
だから、兵助の腕前も結構な物に違いなかった。
「ふふ、それは是非ともご相伴に預かりたいものですね」
「本当ですか?」
澪のお世辞を聞いた兵助は嬉しそうだ。合同の実習があったからか、兵助をはじめ四年生や五年生が一気にフレンドリーになっていた。
「そしたら、オレ頑張りますよ。澪さんに食べてもらうに相応しい物ができるように!」
「まぁ、それは楽しみですね」
「そう言えば、澪さんも割烹着を着ていますが、何か作っているんですか。甘い匂いがしますけど……」
くん、と兵助は空気に溶けた匂いを嗅ぐ。甘くかぐわしい匂いに、兵助がはっとした顔になった。
「これは、豆乳の匂いですね」
「おや、よく分かりましたね。実は、ちょっとしたおやつを作ってまして。片付けていた所なんです。創作なんですけどね」
「へぇ」
兵助の顔は興味津々だ。可愛い顔立ちをしているために、ついつい微笑ましく見えてしまう澪である。
「実は今から味見をしようとしているんですけど、よかったら一つ如何です?」
「えっ、いいんですか」
「その代わり、是非とも兵助くんの作った料理をわたしにも食べさせてくださいね。それとこの事は他の人には内緒ですよ」
澪の作った物に強い関心を示してくれる兵助に、一つくらいならお裾分けしても構わない。というより、澪が一つ食べさせてあげたくなったのだ。気分は小さい子に餌付けする大人である。
おいでおいでと手招きすると、兵助は荷車をちょうどいい場所に一旦置いて、いそいそと食堂に入って来た。その様が素直で微笑ましい。
「はい、好きな方をどうぞ」
食堂の席に座った兵助の前に、とん、二つの菓子を置く。湯のみに入ったそれを兵助が覗き込んで、不思議そうな顔をした。
「えっと、これは?」
「豆乳プリンです。右がプレーン、左がほうじ茶味です」
「ほうじ茶って?」
「茶葉を炒った物です。美味しいですよ」
ほうじ茶は、このへんてこ戦国にはない。製法が簡単なので、てっきりあると思ったらなかった。澪が飲みたくなって作ったものを、料理人の元父親が大絶賛し、自分も作って殿様に献上。更にそれを飲んだ殿様もこれまた絶賛して、大好評だった事を思い出す。
なお、澪は知らない事だがほうじ茶の歴史は浅く、大正以降に生まれた物だったりする。不思議な戦国になくても、一応戦国時代なのでおかしくはなかったりした。
「じゃあ、ほうじ茶の方で。くんくん、香ばしい匂いがする……」
「はい、匙をどうぞ」
「ありがとうございます」
匙を受け取る兵助の顔は待ちきれなさそうだ。澪も兵助の向かいに座って、出来上がったばかりの豆乳プリンを口にした。
「っ、うま!」
「んー、美味しい」
一口食べた兵助が、カッ!と目を見開く。澪は冷たいお菓子にうっとりした。気温が上がってきていたので、こういうお菓子が食べたかったのである。井戸水で冷やしたがそれでも十分に美味しい。
カラメル代わりに黒みつを仕込んだのもいい感じだ。プリン部分を甘さ控えめにしたので、混ざったものを食べると、まったりしていて最高である。
「あ、ほうじ茶もよかったらどうぞ。口直しになりますよ」
「あっ、どうも。わ、ほうじ茶凄く美味しい。茶葉を炒るだけでこんなに美味しくなるんだ……これ、作り方を実家に教えてもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
兵助はあっという間にプリンを完食し、ほうじ茶も飲み終えた。
「前に勘右衛門が澪さんの作ったおやつを食べたーってすっごい自慢してくるから、オレもいつか食べたい!って思ってたんで、凄く嬉しかったです」
ニコニコと満面の笑みを浮かべる兵助。口の端にプリンの欠片がくっついていたので、澪は持っていた手ぬぐいでスっと拭いてやった。
そして、やった後でハッとする。低学年にするのと同じ扱いをうっかり上級生にしてしまった事に。
兵助は顔を真っ赤にして固まっていた。
「ごめんなさい、ちょっとプリンが付いていた物だから。つい……!」
「あっ、いえ、ありがとうございます」
兵助は耳まで真っ赤だ。こう言ってはアレだが、兵助の容姿が美少年なのもあって、妙に加虐心が煽られそうである。
可愛い坊や、遊んであげましょうか?ふふ、とか何とか言ったりして。
そんな趣味は断じて無いはず。しっかりしろ!と澪は己を叱咤した。
「コホン、今日のことは勘右衛門くんには秘密ですけど、羨ましく思う必要はなくなりそうですか?」
態とらしく咳払いをして誤魔化す。
ちらり、と兵助を見るとまだ顔が赤いし目も潤んでいるが、こくこくと頷いていた。謎の色気があるように見えるのは気のせいか。
その後、澪は色々と誤魔化すように話を続け、兵助が買ってきた食材をしまいに食堂を出るまで、何とも言えない時間を過ごす羽目になったのだった。
それから。
澪は出来上がった豆乳プリンを、涼しい場所にしまった。そして六年生達を呼びに行く。実はこの豆乳プリンは、鵺捕獲のお礼に六年生達に渡す特性のお菓子だったりした。長次からのリクエストとを参考に作った物である。
沢山できたので、味見で食べようとしていた二種類のプリンのうち、一つを兵助に分けたのだ。
なお、六年生達はあらかじめお菓子が出来上がったら食堂へ来るよう伝えてあり、本日は全員が学園内に居るのを把握済みだ。何が出来るかはお楽しみのため、全員が外で軽く鍛錬をして澪を待つと言ってくれていた。
とはいえ、その鍛錬メニューは澪が組んだ物だったりするのだが。
「お待たせしましたっ。出来たので、是非食べに来てください!」
割烹着姿のまま呼びに行くと、全員、嬉しそうに頷いてくれた。長次は仏頂面だったが、纏う空気が少しぽわんとしていて、嬉しそうなのが分かる。
「澪さんの創作のお菓子なんて、楽しみだなぁ!」
伊作がほんわか笑っていた。澪のファン倶楽部会員に無事なってからというもの、キラキラした眼差しを時たま向けられるが、それ以外はいつも通りの伊作にホッとしていた。
ちなみに、澪は知らない事だが伊作と伏木蔵が入った事で、ファン倶楽部に他の忍たま達が入りだしていたりした。澪が知ったら遠い目をすること間違いなしである。
それはさておき。
鍛錬で軽く汗をかいていた六年生達の身体に、澪の豆乳プリンは格別だったらしい。
食堂に到着し、澪からプリンを差し出された時は不思議そうな顔をしていたのに、いざ食べると顔つきが変わった。
「何だこれはっ、美味い。美味すぎる!?」
「もそ……もう一個、いや、二個」
「滑らかな舌触りと、まろやかな甘さ。これは完璧過ぎるっ!」
留三郎は食べた瞬間にカッと目を見開き、長次は小さな声で呟きつつも、ちゃっかり次を確保、仙蔵は食レポが完璧だ。
「はぁ、幸せ。溶けるー。不運とかこれ食べたら気にならなくなる」
「くっ、何だこれは。食べただけで、ほわっとしてしまう。けしからん!だが……ほわぁ」
「美味い美味い美味いーー!うまうまどんどーん!!」
伊作は何かフラグが立ちそうな事を言い、文次郎は一口食べては何やら我に返りまた一口食べ、小平太はいつもの台詞が何かおかしいが、美味しそうだから良しとする。
全員が取り憑かれたようにプリンを食べたおかげで、大量に作った物は全て完食された。口直しのほうじ茶も口にあったようで、大絶賛である。ほうじ茶は伊作と文次郎の好みらしく、自分達でも作ってみると言っていた。
「澪さん、本気でいつか飲食店を開かないか。出来たらわたしは、通いつめる自信があるぞ。何なら立ち上げ資金を出資してもいい」
「あはは、ありがとう仙蔵くん」
「本気だぞ。実習の時に用意してくれた弁当も文句無しに美味しかったのだし」
「はぁ、そうですね。老後の生活の一つとして考えておきます」
仙蔵は真顔だ。余程にプリンが口にあったのだろう。
「そう言えば澪さん、老後の事きちんと考えてて凄いよね。まだまだ先なのに」
「老後って何年先の話だよ。オレ達まだ十五だぞ」
「そうは言うけど留三郎、もし忍務で大怪我をしたりしたら年齢関係なく引退する事だってあるかもしれないじゃないか。そうなったら、ぼくなら薬師とかにかるだろうけど、留三郎は何になるの?」
伊作の言う真面目な話に、留三郎だけじゃなく全員が何やら考え込んだ。卒業を控えているだけに、色々と思う所があるのかもしれない。澪も伊作の言葉にふと考えたーー澪の知る忍たま達が、いつか忍びになったとして、だが、何かの事情で忍び働きができなくなった時、彼等はどうするのだろうか、と。
実家が何か商売をしているならそれでいい。ツテがある者は何とでもなるだろう。
だが、例えばきり丸のような境遇ならどうだろうか。身寄りが無いのをいい事に、足元を見られてこき使われでもしたら、目も当てられない。
澪は大きくなったきり丸が、怪我で忍びを現役引退した後に悲惨な目に遭うのを想像してしまった。
とてもでないが、放置できない。
「……わたしが雇ってあげたいな」
ぽつり、とつい考えていた言葉が口をついて出た。ハッとした時にはもう遅く、何やら六年生全員から凝視されていた。
「えっ、澪さんが何かあったらオレ達を雇ってくれるのか?」
「それが本当なら何かあっても、老後も安泰だ……もそ」
文次郎と長次からキラキラした目を向けられた。二人だけではない、残る四名も何か光明を見つけたような顔をしている。
まさか、目の前の六年生達の事ではなく、きり丸を思って口にしてました、なんて言えない。澪は顔には出さなかったが、内心はダラダラ嫌な汗をかいていた。
「はは、わたしが無事にお店か何か経営出来ていたらの話ですよ。あんまり期待しないでもらえたら……」
「とかなんとか言って、澪さんなら店の一つや二つはしれっとやってそうだぞ!」
「小平太くん、それは褒めすぎですよ」
忍術学園で働けるうちに纏まったお金を貯めて、退職と同時に店を開くとして成るか成らないかは、何の店をやるか次第だ。飲食店なのか、装飾店なのか、美容品を売る店なのか、それともそれ以外なのか。
単純に金儲けなら戦が続いている場合、武器や米の売買という手もある。とはいえ、これは飲食店経営より遥かに資金がいる。
等と、小平太に言う言葉とは裏腹に頭の中で計算する澪である。根っからの商売人でこそないが、中身は現代日本人のためその辺の知識は何ちゃって戦国時代の素人よりは、持ち合わせていた。
「ーー皆さん、本当に余り期待はしないでくださいね」
とりあえず、その場はそう言って切り抜けるのを試みる澪だった。
+++++
「と、言うことがあったんですよ」
その日の夕刻。
澪は職員室で半助と話をしていた。澪の手にはメモ代わりの紙に筆、そしてメモリを書いたメジャーがある。
半助の着物を仕立てるため、採寸しにやって来た次第だ。ついでに、半助から渡されていた澪の話をまとめた内容の資料について、いくつか内容を補足した物を渡しにやって来ていた。
「それはそれは。とはいえ、澪さんが経営している店なら安心できる。わたしも何かあったら、雇ってもらおうかな?」
「えー、半助さんくらい優秀なら他にあるでしょうに」
「買い被り過ぎだよ」
半助は楽しそうに笑っている。それが、まさか澪とのやり取りを心底から本人が楽しんでいるせいであると、澪は全く気付いていなかった。罪作りな事である。
「そう言えば、半助さん。髪の手入れはちゃんとしてる?少し前に教えたけど」
半助の傷んだ前髪を見て、澪は思わずそう指摘した。髪の手入れの仕方は、時間の合間に実際に半助の髪に触れて教えた。半助もある程度なら知っていそうだったが、将来的に余計に禿げたくなかったらちゃんとしろと言うと、頭皮ケアを含めた話を大変真面目に聞いていた。何ならメモを取っていた。他の人にも教えていいか?と言われたので了承してある。
一応、禿げるかどうかは遺伝要素が強いので、その事もちゃんと伝えると、半助はブツブツ何か言っていた。御先祖様に頭の寂しい人がいないのを祈るしかない。半助の頭部に幸あれと願うばかりである。
将来、禿げてしまう人が多いから、ラーメンマンもとい、清の辮髪だの、江戸時代の月代等は実は男性への労りに満ちた髪型なんだな、と思うばかりである。
「勿論、しているよ。成果を見るまでもう少しかな。それにしても、豆乳プリンかぁ。わたしも食べたいなぁ。じー……」
「はいはい、今度作ってあ、げ、る」
「やった!きり丸じゃないけど、あげるって良い言葉だと思うな。特に澪さんが言ってくれると最高だ」
「はいはい」
「本当なのにー」
半助と普通に会話するようになって、何だかこの手のじゃれ合いが増えている。分かったのは、半助が意外と甘えたな事だ。お陰様で澪もお節介を自覚させられた。きり丸と半助と二人揃って、何だか放っておけないオーラが出ている。
「でも本当に、澪さんは博識だし割と何でも出来ちゃうから、老後でも何でもお店を経営して、いつかプロ忍になった忍たまに何かあった時の再就職先になるのは、わたしとしては凄く嬉しい事だ」
「そう?」
「勿論、学園でもそうした時は相談があれば職員として迎える事も吝かじゃないさ。でも、それを望まない者だっているかもしれない。色んな選択肢があるのはいい事だからね。忍びとしていつか終わる日は絶対にやってくる。老いか事故か病気かは当人次第だけどね」
二十五歳はまだ若いが、十代の忍たま達と違って先を憂う気持ちは半助の方が強い物がある。澪は一度死んで、生まれ変わった為に老後云々考えてしまうだかだが、半助の場合はこの戦後に生きてきた者としての実感がこもっていた。
その時だ。
ぽとり、と澪と半助の間に何かが落ちてくる。見ると、それは鳥の子ーー煙幕だった。何事か、と思うと同時に音を立てて鳥の子から煙が吹き出し、あっという間に部屋を満たす。
「ーー話はきかせてもらっだぞっ、ゲホッ、ごホッ、ぐふぁ!おぇっー!」
「学園長、ご自分が投げた鳥の子で噎せないでくださいよ」
もくもくと煙が立ち込める中、澪は急いで障子戸を開けて換気した。この聞き覚えのあり過ぎる声は、学園長と伝蔵である。
敵ではないものの、急に現れるからびっくりした。流石の半助も、実力のある二人には気付かなかったようだ。ゴホゴホと噎せている。
「ふぅ、ようやく煙たいのが収まったわい」
「煙たくしたのは学園長では……」
「オッホン!!」
少しして。部屋の中の煙が落ち着いた頃に、学園長が言うと半助がジト目で犯人を見るものだから、態とらしい咳払いがあった。
「さて、澪ちゃん。先程の話、聞かせてもらったぞい。いつかの日、忍者となった忍たま達に万が一があった時のために、店を開きたいという話。わしは感動した」
「あの、別に決めた話ではないんですけど。そういうのも、いつかできたらいいなって話なんですけど」
「感動したぁー!!」
学園長は耳が遠いのか、それとも人の話を聞かないのか。多分後者である。
「じゃからな、やってみなさい」
「……やるとは?」
嫌な予感がした。大体にして、学園長の突然の思いつきで学園は騒ぎになったりするのだ。
そして、澪の予感は的中した。
「金はわしが出す。じゃから、澪ちゃんやーーいつの日かのために、今から人を雇って店をやってみなさい!」
その発言に、澪と半助だけでなく伝蔵も固まったのは言う間でもない。
