第7話 ハマってください
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「成程……それで、皆が煤や埃に塗れたのだな」
「ええ。崩れてしまった廃寺から賊が持っていた金品を収集するのに汚れてしまいまして。ですが、全員ご覧の通り無事です」
空には間もなく太陽が登りつつある頃。
澪達は賊の全員を捕まえ、賊が持っていた金品を回収し終わってから村へ帰還を果たした。
そこで先に戻ってきていた木下率いる忍たま達と無事に合流となったのであった。
澪は廃寺で起こった事を木下に報告した。崩れ去った廃寺の資材をどけて、中にあった賊の武器や、どこからか奪ってきたらしい金目の物等、全て回収するのは中々に大変で、終わる頃には爆発に巻き込まれたのもあって全員が忍び装束を汚す結果となってしまった。
一方、木下達の方は、娘達を全員脱出させる事はできたが矢張りというか娘達は皆、賊に乱暴されていたらしく手を出された後では、もといた場所には到底帰られないと悲壮な顔をしていたと言う。
一応、娘達が無事であることは彼女等の家族にのみ伝えられる事となった。本人達からの希望があれば、町で働き先を紹介したり、下手をしたら尼寺に入る道を整える必要がありそうだーーと、苦々しい顔で木下が教えてくれた。
そして、木下の班の方で起こった事態はそれだけじゃなかった。
「改心するから、オレの恋人になってくれぇ」
「気色悪いっ!わたしは男だし、衆道の気はない。お前は仲間諸共地獄に落ちろっ!!」
どうやら、三木ヱ門の美少年ぶりに賊の一人が惚れたらしい。目をハートにして捕縛されてるのに、にじり寄ろうとしているのが見えた。
男を見る忍たま達や木下の目は、下衆を見るそれである。そのうち誰かが見かねて、気絶させるかもしれない。
賊の数が多いせいで、村の空いた小屋等だけでは全員を押し込められなかったので、仕方なく澪達が交代で見張りながら、朝が来るまでは外で待機となった次第だ。
この賊の処分は被害にあいそうだった三つの村の長達による話し合いで決まる。奴隷として売り飛ばされればまだマシで、下手をすれば死ぬか、死ぬよりも酷い目にあう可能性があるが、賊がやって来た事を思えば自業自得である。
せめて、軍で許可された乱取りによる略奪狼藉であれば、軍規が護ってくれたかもしれないのに馬鹿な連中である。
それはさておき。
三木ヱ門に品のない笑顔で迫る男は確かに地獄に落ちた方がいいと澪も思った。とはいえ、どこかで見た事のある顔だ。
はて、どこだったか。
「女にはオレもう反応しないんだよ!これも全部、あの鬼女のせいだっ!くっそ!」
「わたしが知った事か。気色悪いからわたしを見るなボケっ」
よく見ると、三木ヱ門に近付こうとしている男の身体は今回出来た物とは思えない重傷をこさえている。添え木が腕と足にあてがわれていた。
それを見て思い出した。あれは、伊作達と山に行った時に遭遇した山賊の一人だと。
どうやら、連中はこちらの読み通り賊の一味だったらしい。だが、澪のお仕置がききすぎてノーマルからアブノーマルな方へ性癖転向したらしい。否、衆道は戦国ならノーマルだ。
そのせいで三木ヱ門に被害が出ていた。
澪の怪力は倒した相手の性癖までねじ曲げる威力を発揮していたーー大変なことである。
澪は仕方なく、三木ヱ門と男の方へ向かった。
「その鬼女って、わたしの事かしら?」
「ーー〇✕□@?!」
にこりと笑顔で笑いかけると、それまで三木ヱ門に近付こうとしていた男は声なき声を上げ、瞬時に白眼を剥き、そのまま謎の奇声を発しながら泡を吹いて気絶した。
大変失礼である。
「大丈夫ですか、三木ヱ門くん。気色悪いなら背中でもさすりましょうか?」
「うぅ、ありがとうございます澪さん。お言葉に甘えていいですか。あー、吐き気がしてきた」
きっと、女装していた三木ヱ門が変装を解いた事で男の眼鏡にかなってしまったのだろう。可哀想である。四年生は美少年が多いが、三木ヱ門は特に可愛らしい顔をしているせいもあったのだろう。澪がどちらかというと綺麗系のせいで、同じく綺麗系な喜八郎達は男の食指が動かなかったのかもしれないが。
「澪さん、今気絶した賊を知っているので?」
「ちょっとしたご縁がありまして」
三木ヱ門の背中をさする澪を見ながら、兵助が不思議そうに質問してきたのを笑ってはぐらかしたのだった。
そして無事に朝を迎えた。
澪達は村の長等から丁寧に礼を言われ、学園へと帰還した。賊達の持っていた金品や賊達を売り払ったりした代金等の半分が、学園の懐に入る事になる。
見事に課題を成し遂げれば生徒の成績評価にも繋がり、学園にとっても収入になるのでウィンウィンと言えた。
吉報を教員として木下が学園長へ届けると、今回の実習に参加した全員に今日と明日に特別休暇が与えられた。それを聞いた澪は思わぬ休暇に内心でガッポーズを取った。
伝蔵に依頼されていた品を渡したら、その後は前回頓挫した刺繍のモチーフのためのスケッチをしに山へ行こうと思い、喜んでいたのだが。
「今日中に澪さんに相応しい落とし穴を掘ってみせますので、明日一緒に中で語り合いましょうね!」
と、帰還して二日間の休みが判明するや否や喜八郎に捕まってしまい、凄くいい笑顔で落とし穴へ招待されてしまった。
ところで澪に相応しい落とし穴はどんな穴なのか、澪には全く検討がつかなった。絶対に喜八郎以外の誰にも、そんな物は分からないだろう。
なんてこった。
喜八郎と二人きりで穴の中で、どれだけの時間どんなトークをする事になるかさっぱり不明である。
喜八郎の澪に対する穴掘り小僧らしい好意の寄せ方を、どうやら誰ぞから聞いたようで澪は喜八郎の所属する作法委員会委員長の仙蔵に謝られてしまった。
「済まない、澪さん。あの通り喜八郎に悪気は一切ないんだ。ただ、マイペースが過ぎて細かな事に中々気付かない部分もあってだな。ある程度付き合ってしつこいようなら、切り上げてくれて構わないし、何ならわたしを呼んでくれていいから」
等と言われたが、澪からすれば気休めでしかない。刺繍のためのスケッチは諦めてその代わり、伝蔵に依頼されていた品を渡した後はくのいち長屋に引き篭る事にした。くのいち長屋のいい所は、侵入者防止のため屋敷の内外を問わず、えげつない罠が仕掛けられている事にある。
お陰様で引き篭ってしまえば、忍たま達は澪の所へはやって来れない。しかも、澪が風呂場で留三郎と文次郎に裸体対面した事故のおかげで、くのいち長屋には簡易風呂が設置されており、籠るのに最適な場所となっていた。
「お待たせしました、山田先生。お話ししていたとおり以前に注文いただいた品をお持ちしましたので、どうぞお納めください」
そんなわけで、忍務終了後、報告書は木下が書いてくれるとの事で、それに甘えて澪はくのいち長屋の簡易風呂で忍務の汚れと疲れを落とした。
その後は小袖姿で伝蔵のいる職員長屋の仕事部屋を訪ねた。用件さえ終われば、引き篭る気満々である。
山田、土井と札の掲げられた部屋の前で立ち止まり挨拶をする。
「失礼します、澪です」
そして、許可を得てから中に入ろうとした時である。
「お帰り澪さん!怪我はなかったんだね。よかったぁ」
仕事部屋の障子戸が、勢いよく開いた。部屋の中に居たらしく半助が部屋の障子戸を開け放ち、澪の事を頭のてっぺんからつま先まで確認している。
そして、ぱあっと花が咲いたような笑顔になった。帰ってきたご主人様を見て喜ぶワンコのようだーーとちょっと思わなくもないが、そんな事を絶対に口にはしない。
「オホン!土井先生、澪くんはわたしを訪ねて来てくれたようなんだが。わたしが居るのに許可なく戸を開けて、先に話しかけるのはダメでしょ」
「あっ、す、すみません山田先生。心配だったもので。つい」
勢いでそんな事ができるなら、好きだともっとアピールしろ!と、伝蔵は目力をこめて半助を見たが、当の本人はすごすごと引き下がった。
立派なヘタレである。
幸いなのは澪が全くチラッとも半助の抱える激重恋愛感情に気付いていないどころか、利吉が好きだと壮大且つ壮絶な勘違いをしている事だ。
そんなわけで、悲しいことに半助のヘタレぶりは澪に全く気にされていなかった。不幸中の幸いなのか、幸い中の不幸なのか。
「ふむ、では持ってきた品を見させてもらうぞ……少し待ってくれ」
ダンディな伝蔵は、澪が持って来た風呂敷の中身を確認する前に、シュバ!っと掻き消えて次の瞬間にはツヤツヤ黒髪が美しい後ろ姿は美女、振り向けば化け物ーー伝子になった。
半助と澪が仲良くシンクロして、何か悟りを開いた表情になったのは言う間でもない。最初は色々思う所もあったが、最近感覚が麻痺してきたのか伝子に慣れてきた澪である。
「どうせなら、女目線で見て評価しなくっちゃね!あたしは辛口よー」
「は、はぁ……」
できるだけ早く、くのいち長屋に引き籠もりたいので後で存分にやってほしい……等と口にはできない。わざわざ伝子になってまで伝蔵は品物を評価しようとしてくれている、澪はそう思う事にした。
「どれどれ」
ーーそして。
結論、澪はどエラい目にあった。
風呂敷の中身を見た伝子の反応は、まるで初めて澪の作った品を見せた時のようだったので、半助が慌てて止めに入ってくれて事なきを得た。
「澪ちゃんは、やっぱり凄いわぁ!どれもこれも素敵。あたしが見込んで頼んだだけの事はあるわ。お代以上の仕事よ!!」
「ど、どうも。ありがとうございます」
伝子もとい伝蔵から提示された金額は少なくない値段だったし、伝蔵相手に売り物にする以上は澪が持てる最善を尽くした品だったので、喜んでもらえたようで何よりである。伝子は嬉しげに風呂敷を持ってニコニコしている。
「うふふ、他の人にも自慢しちゃおうかしら。学園長先生にも見せてみるのもいいかも。ガールフレンドが居るから、きっと澪ちゃんに注文してくれるはずよ」
「そうなんですか。まぁ、伝子さんに差し上げた品ですのでその辺はご自由にどうぞ。お気に召していただけて光栄です」
「もっと自慢してもいいのに。はい、これ約束の代金よ。何だかあたしが特した気分になるわぁ」
今の澪の懐は、正直かなりほくほくだ。忍術学園からの給金もあるし、一番は前回の鵺退治ならぬ鵺捕獲のお陰である。あの時のギャラが無茶苦茶良かったので、利吉は母親に何かプレゼントをすると言っていたのを思い出した。
嬉しそうな伝子を見て、澪はひょっとして渡した品の中に伝蔵の奥方へのプレゼントがあるのではと、ふと思った。
だが、それを聞くのは野暮と言う物だろう。
「ありがとうございます、伝子さん。また何か御用がありましたらご依頼ください。では、わたしは失礼させていただきます」
「あっ、澪さん。待って」
貰ったお金を懐に丁寧に仕舞い、軽く礼をして去ろうとすると、半助に呼び止められた。見ると何やら少し照れくさそうにしている。はて、何かやらかしただろうか。
「あの、前にわたしの着物を仕立ててくれると言っていただろう。伝子さんに品物を渡してるのを見て思ったんだが、採寸とかはいいのかなと。わたしはご覧の通り背が高いから……」
「あ、そう言われてみれば」
「んまぁ、土井先生の着物を仕立てるの。澪さんが?あらあら、へぇ」
伝子が半助の発言を聞いて、何やら興味津々にこちらを見てきた。澪は「はぁ」と適当に返事をしたが、半助は目に力を込めて伝子もとい伝蔵に、わたしだって、頑張ってますよ!とアピールしていたのだが、澪は当然気付かずスルーである。
忍者のやり取りを素人が悟るのは難しいのだ。
「そしたら、お時間ある時に採寸をしたいのでご協力くださいますか」
「勿論だよ。あと、悪いんだけど澪さんから聞いた話をこの紙に纏めたから、間違いがないか確認してほしい。大丈夫ならわたしから教科担当の先生方にお伝えするから」
「了解しました」
半助から綺麗な文字で綴られた紙の束を渡された。まるでお手本のような字に、流石は教科担当教師だと軽く目を見張る。
「あたしも読ませてもらったけど、南蛮や明に関する知識やら貨幣の事やら多岐に亘ってて面白かったわ」
「左様ですか」
「ーーもし出来るなら、土井先生に更に踏み込んだ話をできるかしら。きな臭い嫌な話や、異国に関する澪さんの見解やらね。読んだ中身はどうも全体的にとっても綺麗だったから」
話し口調こそ伝子のそれだが、目は伝蔵の持つ鋭さを持っていた。確かに、今回澪が半助に話したのは表面的な事ばかりだ。ポルトガルやスペインの事、彼らの植民地の事、信仰するキリスト教の事や、明や朝鮮の事に貨幣経済の事を改めて丁寧に説明した。
伝蔵の言わんとしている内容は分かるが、異国の事をより深くとなると、できれば世界地図を広げて今の国際情勢を話したい。ちなみに、この世界と澪の知る世界史の齟齬は少ない。宣教師やら明人やらと過去に話をしてきた際に、澪なりに擦り合わせをしており大まかな流れは同じだった。
だから多少なら説明はできるのだが、世界地図を大まかに書けば絶対にツッコミされる。博多や赤間関で見たという嘘が通じるかは非常に怪しい。
ならば、手に入れられないかいっそ聞いてみようかと思った。確か信長は地球儀を持っていたはず。なら、それを手に入れてもらえたら説明が捗るかもしれない。
「……もっと深く、わたしの知る外つ国の知識をお話しするには、日ノ本以外の国が載った地図があれば捗るかと思います。入手できますでしょうか?」
「えっ、話自体は出来るのかい?澪さんには、本当にびっくりさせられるな」
「流石は澪ちゃん、了解したわ。あたし、やってみるわね!」
目を見張り驚く半助と、目を輝かせる伝子。完璧ではないにせよ、世界地図が入手できるのは大きい。日ノ本の大きさを世界から見れば、いい学習にもなるだろう。できれば地球儀があるといいが、果たして入手できるかどうか。
それから澪は別れを告げて、二人の部屋を辞した。これでホッと一安心して、くのたま長屋でのんびりできる。くのたま達は、流石は女子だけあって言われなくても気遣いがちゃんとできる良い子達ばかりだ。
澪が疲れていたり休みたい空気を出せば言わずとも、そっとしておいてくれる。忍たまの場合、その辺は個人差が激しい。分かってくれる子もいれば、言わないとわからない子、言っても分からない子、色々だ。男女の違いはデカいのである。
こういう時は、男子に関わらないに限る。澪は誰かに見つかったりする前に素早くくのたま長屋に戻り、その日は一日のんびりと過ごしたのだった。
そして翌日。
「澪さんっ!納得のいく相応しい落とし穴が出来ました!!」
綺麗な顔に隈をこさえた綾部喜八郎が、喜色満面の笑顔で澪を訪ねて来た。わざわざくのたまの子ーーおシゲに呼んできて欲しいと声をけていた。そのため、上級生から声をかけられたおシゲは驚いていた。澪さんは顔が広い等と笑顔で言われて反応に困ってしまった。
喜八郎の場合、好意を寄せてくれるのはいいが、その好意のせいで今の今まで大量の落とし穴が学園に生まれてしまい、おシゲの愛するしんベヱがここの所、用具委員とし出動しまくった結果、デートに行けなかったと聞いたらおシゲは綾部に激怒しそうである。
勿論、言わないが。
普段は可愛くて優しい学園長の孫娘のおシゲであるが、怒らせたら結構怖いのである。
「お疲れ様です、喜八郎くん」
喜八郎が何やらやり遂げた顔なのはいいが、顔が土で汚れてしまっていて隈までできているとはこれ如何に。
ギンギンに忍者しているせいで、隈が常にある文次郎はともかくとして、他の生徒に隈があるのを見るのは、ちょっと気になる。
「今から行きましょう!」
「了解しました」
キラキラの笑顔で言われて、断れるはずもない。澪が喜八郎に手を引かれてご立派な落とし穴に連行されている途中、すれ違った忍たま達が不思議そうな顔をしていた。
「ここです」
「わぁ……これはまた」
辿り着いた先には、見事な形の落とし穴があった。どう見事かというと、どうやって掘ったのかは知らないが、でっかい五芒星の形をしていた。巨大な型抜きでも使ったのかと思う光景に固まる。
「まさしく澪さんは、学園に彗星のように現れた人ですから。星の形にしてみたんです!」
「それはそれは。ありがとうございます」
照れくさそうに笑う喜八郎に、澪は苦笑いしたが確かに傑作ではある。
「えっと、そしたらわたしはどうやってあの穴にハマりましょう?」
渾身の力作に入るなら、普通に飛び降りるのは不思議と勿体ない気がしてきた。単なる落とし穴をそこまでの代物に昇華させる喜八郎の腕前は、本物である。
「それなんですけどーー抱っこしてください!」
「えっ、抱っこ?」
「はい、横抱きに。ぼくをお姫様抱っこして飛び降りてください。前に小松田さんをお姫様抱っこしてるのを見た時に、ぼくもしてほしくなったんです。いいですよね」
まさかのお姫様抱っこ希望に澪は目を瞬いた。喜八郎が両手を伸ばしてくるーーまぁ、いいか。すっと横抱きにしてやると、何やら近くの木が少し揺れた。鳥か何かが居るのだろうか。
「わぁ、凄い安定感です。流石は澪さん!」
「ありがとうございます。そしたら飛び降りますね。よっと!」
せっかくだからサービスしてやろう。喜八郎を抱えたまま、高く飛んで落とし穴にダイブしてやると、「おおー!!」と腕の中で喜八郎が喜んでいた。美少年だから、普通に可愛くて困る。
穴は結構深い。着地して優しく喜八郎を下ろしてやると、頬を染めながらも澪の目の前にちよこんと座った。気のせいか動作がいちいち可愛い。多分、仕草だけなら澪の方がおっさん臭い。
若さとは失われたら、生まれ変わっても戻らないのかもしれない。切ない話である。
「澪さん、ぼくの掘った穴の居心地はどうですか?」
「えっ、と……まぁ、深くて広いから静かな部屋にいるみたいな気がしますね。いいんじゃないですか」
落とし穴の感想なんて初めて語るから、どう言う答えがベストなのかさっぱりである。
「そうっ!その通りなんです!!いい感じの地面を掘るのも楽しいんですけど、出来上がった落とし穴に居るのも自分だけの世界みたいで素敵なんですっ。でも、今日は澪さんが居るからもっと素敵になりました。ふふ」
「あはは、それはどうも」
出来上がる空間は土臭い上に暗い場所ではあるが、確かに自分だけのテリトリーだと思うと感慨もひとしおではある。ひょっとして、喜八郎が落とし穴を掘るのが好きなのは、掘った後で得られる達成感もあるのかもしれない、等と思ったり。まぁ、その感性を否定はしないが同意する感性もないので、喜八郎の話を満足するまで聞いてあげるしかない。
「それにしても、喜八郎くんは随分とわたしに好意的ですよね。嬉しいですが、どうしてなのか聞いても?」
喜八郎が懐いてくれるのは職員として好ましいが、理由がさっぱりだ。単なる興味というだけでもなさそうだし、思い切って聞いてみると、まさかの回答が返ってきた。
「そんなの澪さんが、好きだからに決まってます」
「え」
「ふふ、言っちゃいました。照れますね」
「好きって……それは、ライクですよね?」
落とし穴でまさかの告白か。全然そんな雰囲気がなく言われたため、間抜けにもポカンとしてしまう。ラブな雰囲気が全くしないので、ライク一択で聞いてみる。
が、返って来たのはこれまた予想外な答えだった。
「んー?好きに何か種類ってあるんですか。好きな物は好きなのでは。ライクとか名前を付けて分ける意味ってあるんです?」
「成程……そう来ますか」
「ファン倶楽部とかその他大勢と一緒に澪さんを愛でる気にはなれなくて、ぼくなりに澪さんと二人きりになって、仲良くなりたくてこうしたんです。それは好きだからですよ」
にこっと、無邪気な笑顔を向けられる。
「好きだから沢山喋りたいし、くっ付いていたいし、近付きたくて触れたくて知りたい。普通では?」
「それはそうですが」
そんな混じり気無し百パーセントの好意を寄せられると、澪の方が照れてしまう。
「澪さんは強いし綺麗だし優しいし賢いし料理も上手で、近くに行くといい匂いがします。落ち着いてて、何だか凄く安心できるんです。ぼくの穴掘りだってバカにしたりなんてしないし、こうして付き合ってくれてるし。うん、やっぱり……ぼくは澪さんが大好きです」
「ど、どうも」
それ以上言われると、顔が赤くなってしまいそうである。美人だの綺麗だの賢いだのと、褒めらるのは慣れているが、こういう手合いは慣れていない。というか、澪に限らず誰だって照れるだろうーーこれは。
「ふわぁ……ちょっと、眠いです。頑張って掘ったので。膝枕してくれますか?」
凄まじく自由だ。膝枕の頼みも、性的なイヤらしさや下心が全く感じられず、何となく喜八郎の容姿もあって猫に甘えられている感じがした。
「仕方ないですね。今日だけですよ」
「えー」
文句を言いながらも、喜八郎が嬉しそうに膝の上に頭を乗せてきた。色素の薄い柔らかな色の髪を見ていると、毛並みのいい長毛の猫とスキンシップしている気分になってくる。
それから、澪は喜八郎と毒にも薬にもならない話をした。喜八郎はどんな土が落とし穴掘りをしていて楽しいかや、この穴を掘る時にした苦労や工夫について語り、ずっと嬉しそうにしていた。澪はそれに相槌を打ったりしながら話を聞いていたのだが、半刻程したところで段々と喜八郎の話すペースが落ちていき、しまいには眠ってしまった。
「おやまぁ」
喜八郎の口調が移ったようだ。膝枕の上で可愛い寝顔で幸せそうに眠る穴掘り小僧を見下ろし、澪は思わず笑ってしまった。
その時だ。
「済まない、澪さん。そのまま少し寝かしてやってくれるか」
「仙蔵、甘やかすのはよくないぞ。大体、こんな所で寝たら疲れも取れん。部屋に戻した方がいい」
上から仙蔵と小平太の声がした。見上げると、二人の顔が逆光になって見辛いが、確認が出来た。
一体、何時から澪達を見ていたのだろうか。ひょっとして、穴の近くで揺れた木の原因は鳥ではなくて、この二人だったのだろうか。
「お前も聞いていただろう、小平太。喜八郎の好意は純粋だ。情緒が育っておらんのだから、警戒は要らんぞ」
「ーーそれは分かるが、だからって放置は澪さんが困るだろう」
二人は澪と喜八郎の事を監視していたようだ。地味に恥ずかしい。
「本当に困ったら、仙蔵くんに助けを求めますから大丈夫ですよ小平太くん。心配してくれてありがとうございます」
小平太は勢いがいいせいで何も考えていないように見えるが、そんな事はなく細かい所まで見ているし、こうして気配りもできる。最高学年に相応しい忍たまだな、と思った。仙蔵も同じだ。
「お疲れ様です、喜八郎くん」
とんとん、と幼子を寝かしつけるように喜八郎の肩を叩く。見上げると仙蔵が澪と同じように喜八郎を優しく見下ろしていて、小平太は苦笑いしていた。
穴掘り小僧の起こした騒ぎは、これにて無事に一件落着と相成った。
「ええ。崩れてしまった廃寺から賊が持っていた金品を収集するのに汚れてしまいまして。ですが、全員ご覧の通り無事です」
空には間もなく太陽が登りつつある頃。
澪達は賊の全員を捕まえ、賊が持っていた金品を回収し終わってから村へ帰還を果たした。
そこで先に戻ってきていた木下率いる忍たま達と無事に合流となったのであった。
澪は廃寺で起こった事を木下に報告した。崩れ去った廃寺の資材をどけて、中にあった賊の武器や、どこからか奪ってきたらしい金目の物等、全て回収するのは中々に大変で、終わる頃には爆発に巻き込まれたのもあって全員が忍び装束を汚す結果となってしまった。
一方、木下達の方は、娘達を全員脱出させる事はできたが矢張りというか娘達は皆、賊に乱暴されていたらしく手を出された後では、もといた場所には到底帰られないと悲壮な顔をしていたと言う。
一応、娘達が無事であることは彼女等の家族にのみ伝えられる事となった。本人達からの希望があれば、町で働き先を紹介したり、下手をしたら尼寺に入る道を整える必要がありそうだーーと、苦々しい顔で木下が教えてくれた。
そして、木下の班の方で起こった事態はそれだけじゃなかった。
「改心するから、オレの恋人になってくれぇ」
「気色悪いっ!わたしは男だし、衆道の気はない。お前は仲間諸共地獄に落ちろっ!!」
どうやら、三木ヱ門の美少年ぶりに賊の一人が惚れたらしい。目をハートにして捕縛されてるのに、にじり寄ろうとしているのが見えた。
男を見る忍たま達や木下の目は、下衆を見るそれである。そのうち誰かが見かねて、気絶させるかもしれない。
賊の数が多いせいで、村の空いた小屋等だけでは全員を押し込められなかったので、仕方なく澪達が交代で見張りながら、朝が来るまでは外で待機となった次第だ。
この賊の処分は被害にあいそうだった三つの村の長達による話し合いで決まる。奴隷として売り飛ばされればまだマシで、下手をすれば死ぬか、死ぬよりも酷い目にあう可能性があるが、賊がやって来た事を思えば自業自得である。
せめて、軍で許可された乱取りによる略奪狼藉であれば、軍規が護ってくれたかもしれないのに馬鹿な連中である。
それはさておき。
三木ヱ門に品のない笑顔で迫る男は確かに地獄に落ちた方がいいと澪も思った。とはいえ、どこかで見た事のある顔だ。
はて、どこだったか。
「女にはオレもう反応しないんだよ!これも全部、あの鬼女のせいだっ!くっそ!」
「わたしが知った事か。気色悪いからわたしを見るなボケっ」
よく見ると、三木ヱ門に近付こうとしている男の身体は今回出来た物とは思えない重傷をこさえている。添え木が腕と足にあてがわれていた。
それを見て思い出した。あれは、伊作達と山に行った時に遭遇した山賊の一人だと。
どうやら、連中はこちらの読み通り賊の一味だったらしい。だが、澪のお仕置がききすぎてノーマルからアブノーマルな方へ性癖転向したらしい。否、衆道は戦国ならノーマルだ。
そのせいで三木ヱ門に被害が出ていた。
澪の怪力は倒した相手の性癖までねじ曲げる威力を発揮していたーー大変なことである。
澪は仕方なく、三木ヱ門と男の方へ向かった。
「その鬼女って、わたしの事かしら?」
「ーー〇✕□@?!」
にこりと笑顔で笑いかけると、それまで三木ヱ門に近付こうとしていた男は声なき声を上げ、瞬時に白眼を剥き、そのまま謎の奇声を発しながら泡を吹いて気絶した。
大変失礼である。
「大丈夫ですか、三木ヱ門くん。気色悪いなら背中でもさすりましょうか?」
「うぅ、ありがとうございます澪さん。お言葉に甘えていいですか。あー、吐き気がしてきた」
きっと、女装していた三木ヱ門が変装を解いた事で男の眼鏡にかなってしまったのだろう。可哀想である。四年生は美少年が多いが、三木ヱ門は特に可愛らしい顔をしているせいもあったのだろう。澪がどちらかというと綺麗系のせいで、同じく綺麗系な喜八郎達は男の食指が動かなかったのかもしれないが。
「澪さん、今気絶した賊を知っているので?」
「ちょっとしたご縁がありまして」
三木ヱ門の背中をさする澪を見ながら、兵助が不思議そうに質問してきたのを笑ってはぐらかしたのだった。
そして無事に朝を迎えた。
澪達は村の長等から丁寧に礼を言われ、学園へと帰還した。賊達の持っていた金品や賊達を売り払ったりした代金等の半分が、学園の懐に入る事になる。
見事に課題を成し遂げれば生徒の成績評価にも繋がり、学園にとっても収入になるのでウィンウィンと言えた。
吉報を教員として木下が学園長へ届けると、今回の実習に参加した全員に今日と明日に特別休暇が与えられた。それを聞いた澪は思わぬ休暇に内心でガッポーズを取った。
伝蔵に依頼されていた品を渡したら、その後は前回頓挫した刺繍のモチーフのためのスケッチをしに山へ行こうと思い、喜んでいたのだが。
「今日中に澪さんに相応しい落とし穴を掘ってみせますので、明日一緒に中で語り合いましょうね!」
と、帰還して二日間の休みが判明するや否や喜八郎に捕まってしまい、凄くいい笑顔で落とし穴へ招待されてしまった。
ところで澪に相応しい落とし穴はどんな穴なのか、澪には全く検討がつかなった。絶対に喜八郎以外の誰にも、そんな物は分からないだろう。
なんてこった。
喜八郎と二人きりで穴の中で、どれだけの時間どんなトークをする事になるかさっぱり不明である。
喜八郎の澪に対する穴掘り小僧らしい好意の寄せ方を、どうやら誰ぞから聞いたようで澪は喜八郎の所属する作法委員会委員長の仙蔵に謝られてしまった。
「済まない、澪さん。あの通り喜八郎に悪気は一切ないんだ。ただ、マイペースが過ぎて細かな事に中々気付かない部分もあってだな。ある程度付き合ってしつこいようなら、切り上げてくれて構わないし、何ならわたしを呼んでくれていいから」
等と言われたが、澪からすれば気休めでしかない。刺繍のためのスケッチは諦めてその代わり、伝蔵に依頼されていた品を渡した後はくのいち長屋に引き篭る事にした。くのいち長屋のいい所は、侵入者防止のため屋敷の内外を問わず、えげつない罠が仕掛けられている事にある。
お陰様で引き篭ってしまえば、忍たま達は澪の所へはやって来れない。しかも、澪が風呂場で留三郎と文次郎に裸体対面した事故のおかげで、くのいち長屋には簡易風呂が設置されており、籠るのに最適な場所となっていた。
「お待たせしました、山田先生。お話ししていたとおり以前に注文いただいた品をお持ちしましたので、どうぞお納めください」
そんなわけで、忍務終了後、報告書は木下が書いてくれるとの事で、それに甘えて澪はくのいち長屋の簡易風呂で忍務の汚れと疲れを落とした。
その後は小袖姿で伝蔵のいる職員長屋の仕事部屋を訪ねた。用件さえ終われば、引き篭る気満々である。
山田、土井と札の掲げられた部屋の前で立ち止まり挨拶をする。
「失礼します、澪です」
そして、許可を得てから中に入ろうとした時である。
「お帰り澪さん!怪我はなかったんだね。よかったぁ」
仕事部屋の障子戸が、勢いよく開いた。部屋の中に居たらしく半助が部屋の障子戸を開け放ち、澪の事を頭のてっぺんからつま先まで確認している。
そして、ぱあっと花が咲いたような笑顔になった。帰ってきたご主人様を見て喜ぶワンコのようだーーとちょっと思わなくもないが、そんな事を絶対に口にはしない。
「オホン!土井先生、澪くんはわたしを訪ねて来てくれたようなんだが。わたしが居るのに許可なく戸を開けて、先に話しかけるのはダメでしょ」
「あっ、す、すみません山田先生。心配だったもので。つい」
勢いでそんな事ができるなら、好きだともっとアピールしろ!と、伝蔵は目力をこめて半助を見たが、当の本人はすごすごと引き下がった。
立派なヘタレである。
幸いなのは澪が全くチラッとも半助の抱える激重恋愛感情に気付いていないどころか、利吉が好きだと壮大且つ壮絶な勘違いをしている事だ。
そんなわけで、悲しいことに半助のヘタレぶりは澪に全く気にされていなかった。不幸中の幸いなのか、幸い中の不幸なのか。
「ふむ、では持ってきた品を見させてもらうぞ……少し待ってくれ」
ダンディな伝蔵は、澪が持って来た風呂敷の中身を確認する前に、シュバ!っと掻き消えて次の瞬間にはツヤツヤ黒髪が美しい後ろ姿は美女、振り向けば化け物ーー伝子になった。
半助と澪が仲良くシンクロして、何か悟りを開いた表情になったのは言う間でもない。最初は色々思う所もあったが、最近感覚が麻痺してきたのか伝子に慣れてきた澪である。
「どうせなら、女目線で見て評価しなくっちゃね!あたしは辛口よー」
「は、はぁ……」
できるだけ早く、くのいち長屋に引き籠もりたいので後で存分にやってほしい……等と口にはできない。わざわざ伝子になってまで伝蔵は品物を評価しようとしてくれている、澪はそう思う事にした。
「どれどれ」
ーーそして。
結論、澪はどエラい目にあった。
風呂敷の中身を見た伝子の反応は、まるで初めて澪の作った品を見せた時のようだったので、半助が慌てて止めに入ってくれて事なきを得た。
「澪ちゃんは、やっぱり凄いわぁ!どれもこれも素敵。あたしが見込んで頼んだだけの事はあるわ。お代以上の仕事よ!!」
「ど、どうも。ありがとうございます」
伝子もとい伝蔵から提示された金額は少なくない値段だったし、伝蔵相手に売り物にする以上は澪が持てる最善を尽くした品だったので、喜んでもらえたようで何よりである。伝子は嬉しげに風呂敷を持ってニコニコしている。
「うふふ、他の人にも自慢しちゃおうかしら。学園長先生にも見せてみるのもいいかも。ガールフレンドが居るから、きっと澪ちゃんに注文してくれるはずよ」
「そうなんですか。まぁ、伝子さんに差し上げた品ですのでその辺はご自由にどうぞ。お気に召していただけて光栄です」
「もっと自慢してもいいのに。はい、これ約束の代金よ。何だかあたしが特した気分になるわぁ」
今の澪の懐は、正直かなりほくほくだ。忍術学園からの給金もあるし、一番は前回の鵺退治ならぬ鵺捕獲のお陰である。あの時のギャラが無茶苦茶良かったので、利吉は母親に何かプレゼントをすると言っていたのを思い出した。
嬉しそうな伝子を見て、澪はひょっとして渡した品の中に伝蔵の奥方へのプレゼントがあるのではと、ふと思った。
だが、それを聞くのは野暮と言う物だろう。
「ありがとうございます、伝子さん。また何か御用がありましたらご依頼ください。では、わたしは失礼させていただきます」
「あっ、澪さん。待って」
貰ったお金を懐に丁寧に仕舞い、軽く礼をして去ろうとすると、半助に呼び止められた。見ると何やら少し照れくさそうにしている。はて、何かやらかしただろうか。
「あの、前にわたしの着物を仕立ててくれると言っていただろう。伝子さんに品物を渡してるのを見て思ったんだが、採寸とかはいいのかなと。わたしはご覧の通り背が高いから……」
「あ、そう言われてみれば」
「んまぁ、土井先生の着物を仕立てるの。澪さんが?あらあら、へぇ」
伝子が半助の発言を聞いて、何やら興味津々にこちらを見てきた。澪は「はぁ」と適当に返事をしたが、半助は目に力を込めて伝子もとい伝蔵に、わたしだって、頑張ってますよ!とアピールしていたのだが、澪は当然気付かずスルーである。
忍者のやり取りを素人が悟るのは難しいのだ。
「そしたら、お時間ある時に採寸をしたいのでご協力くださいますか」
「勿論だよ。あと、悪いんだけど澪さんから聞いた話をこの紙に纏めたから、間違いがないか確認してほしい。大丈夫ならわたしから教科担当の先生方にお伝えするから」
「了解しました」
半助から綺麗な文字で綴られた紙の束を渡された。まるでお手本のような字に、流石は教科担当教師だと軽く目を見張る。
「あたしも読ませてもらったけど、南蛮や明に関する知識やら貨幣の事やら多岐に亘ってて面白かったわ」
「左様ですか」
「ーーもし出来るなら、土井先生に更に踏み込んだ話をできるかしら。きな臭い嫌な話や、異国に関する澪さんの見解やらね。読んだ中身はどうも全体的にとっても綺麗だったから」
話し口調こそ伝子のそれだが、目は伝蔵の持つ鋭さを持っていた。確かに、今回澪が半助に話したのは表面的な事ばかりだ。ポルトガルやスペインの事、彼らの植民地の事、信仰するキリスト教の事や、明や朝鮮の事に貨幣経済の事を改めて丁寧に説明した。
伝蔵の言わんとしている内容は分かるが、異国の事をより深くとなると、できれば世界地図を広げて今の国際情勢を話したい。ちなみに、この世界と澪の知る世界史の齟齬は少ない。宣教師やら明人やらと過去に話をしてきた際に、澪なりに擦り合わせをしており大まかな流れは同じだった。
だから多少なら説明はできるのだが、世界地図を大まかに書けば絶対にツッコミされる。博多や赤間関で見たという嘘が通じるかは非常に怪しい。
ならば、手に入れられないかいっそ聞いてみようかと思った。確か信長は地球儀を持っていたはず。なら、それを手に入れてもらえたら説明が捗るかもしれない。
「……もっと深く、わたしの知る外つ国の知識をお話しするには、日ノ本以外の国が載った地図があれば捗るかと思います。入手できますでしょうか?」
「えっ、話自体は出来るのかい?澪さんには、本当にびっくりさせられるな」
「流石は澪ちゃん、了解したわ。あたし、やってみるわね!」
目を見張り驚く半助と、目を輝かせる伝子。完璧ではないにせよ、世界地図が入手できるのは大きい。日ノ本の大きさを世界から見れば、いい学習にもなるだろう。できれば地球儀があるといいが、果たして入手できるかどうか。
それから澪は別れを告げて、二人の部屋を辞した。これでホッと一安心して、くのたま長屋でのんびりできる。くのたま達は、流石は女子だけあって言われなくても気遣いがちゃんとできる良い子達ばかりだ。
澪が疲れていたり休みたい空気を出せば言わずとも、そっとしておいてくれる。忍たまの場合、その辺は個人差が激しい。分かってくれる子もいれば、言わないとわからない子、言っても分からない子、色々だ。男女の違いはデカいのである。
こういう時は、男子に関わらないに限る。澪は誰かに見つかったりする前に素早くくのたま長屋に戻り、その日は一日のんびりと過ごしたのだった。
そして翌日。
「澪さんっ!納得のいく相応しい落とし穴が出来ました!!」
綺麗な顔に隈をこさえた綾部喜八郎が、喜色満面の笑顔で澪を訪ねて来た。わざわざくのたまの子ーーおシゲに呼んできて欲しいと声をけていた。そのため、上級生から声をかけられたおシゲは驚いていた。澪さんは顔が広い等と笑顔で言われて反応に困ってしまった。
喜八郎の場合、好意を寄せてくれるのはいいが、その好意のせいで今の今まで大量の落とし穴が学園に生まれてしまい、おシゲの愛するしんベヱがここの所、用具委員とし出動しまくった結果、デートに行けなかったと聞いたらおシゲは綾部に激怒しそうである。
勿論、言わないが。
普段は可愛くて優しい学園長の孫娘のおシゲであるが、怒らせたら結構怖いのである。
「お疲れ様です、喜八郎くん」
喜八郎が何やらやり遂げた顔なのはいいが、顔が土で汚れてしまっていて隈までできているとはこれ如何に。
ギンギンに忍者しているせいで、隈が常にある文次郎はともかくとして、他の生徒に隈があるのを見るのは、ちょっと気になる。
「今から行きましょう!」
「了解しました」
キラキラの笑顔で言われて、断れるはずもない。澪が喜八郎に手を引かれてご立派な落とし穴に連行されている途中、すれ違った忍たま達が不思議そうな顔をしていた。
「ここです」
「わぁ……これはまた」
辿り着いた先には、見事な形の落とし穴があった。どう見事かというと、どうやって掘ったのかは知らないが、でっかい五芒星の形をしていた。巨大な型抜きでも使ったのかと思う光景に固まる。
「まさしく澪さんは、学園に彗星のように現れた人ですから。星の形にしてみたんです!」
「それはそれは。ありがとうございます」
照れくさそうに笑う喜八郎に、澪は苦笑いしたが確かに傑作ではある。
「えっと、そしたらわたしはどうやってあの穴にハマりましょう?」
渾身の力作に入るなら、普通に飛び降りるのは不思議と勿体ない気がしてきた。単なる落とし穴をそこまでの代物に昇華させる喜八郎の腕前は、本物である。
「それなんですけどーー抱っこしてください!」
「えっ、抱っこ?」
「はい、横抱きに。ぼくをお姫様抱っこして飛び降りてください。前に小松田さんをお姫様抱っこしてるのを見た時に、ぼくもしてほしくなったんです。いいですよね」
まさかのお姫様抱っこ希望に澪は目を瞬いた。喜八郎が両手を伸ばしてくるーーまぁ、いいか。すっと横抱きにしてやると、何やら近くの木が少し揺れた。鳥か何かが居るのだろうか。
「わぁ、凄い安定感です。流石は澪さん!」
「ありがとうございます。そしたら飛び降りますね。よっと!」
せっかくだからサービスしてやろう。喜八郎を抱えたまま、高く飛んで落とし穴にダイブしてやると、「おおー!!」と腕の中で喜八郎が喜んでいた。美少年だから、普通に可愛くて困る。
穴は結構深い。着地して優しく喜八郎を下ろしてやると、頬を染めながらも澪の目の前にちよこんと座った。気のせいか動作がいちいち可愛い。多分、仕草だけなら澪の方がおっさん臭い。
若さとは失われたら、生まれ変わっても戻らないのかもしれない。切ない話である。
「澪さん、ぼくの掘った穴の居心地はどうですか?」
「えっ、と……まぁ、深くて広いから静かな部屋にいるみたいな気がしますね。いいんじゃないですか」
落とし穴の感想なんて初めて語るから、どう言う答えがベストなのかさっぱりである。
「そうっ!その通りなんです!!いい感じの地面を掘るのも楽しいんですけど、出来上がった落とし穴に居るのも自分だけの世界みたいで素敵なんですっ。でも、今日は澪さんが居るからもっと素敵になりました。ふふ」
「あはは、それはどうも」
出来上がる空間は土臭い上に暗い場所ではあるが、確かに自分だけのテリトリーだと思うと感慨もひとしおではある。ひょっとして、喜八郎が落とし穴を掘るのが好きなのは、掘った後で得られる達成感もあるのかもしれない、等と思ったり。まぁ、その感性を否定はしないが同意する感性もないので、喜八郎の話を満足するまで聞いてあげるしかない。
「それにしても、喜八郎くんは随分とわたしに好意的ですよね。嬉しいですが、どうしてなのか聞いても?」
喜八郎が懐いてくれるのは職員として好ましいが、理由がさっぱりだ。単なる興味というだけでもなさそうだし、思い切って聞いてみると、まさかの回答が返ってきた。
「そんなの澪さんが、好きだからに決まってます」
「え」
「ふふ、言っちゃいました。照れますね」
「好きって……それは、ライクですよね?」
落とし穴でまさかの告白か。全然そんな雰囲気がなく言われたため、間抜けにもポカンとしてしまう。ラブな雰囲気が全くしないので、ライク一択で聞いてみる。
が、返って来たのはこれまた予想外な答えだった。
「んー?好きに何か種類ってあるんですか。好きな物は好きなのでは。ライクとか名前を付けて分ける意味ってあるんです?」
「成程……そう来ますか」
「ファン倶楽部とかその他大勢と一緒に澪さんを愛でる気にはなれなくて、ぼくなりに澪さんと二人きりになって、仲良くなりたくてこうしたんです。それは好きだからですよ」
にこっと、無邪気な笑顔を向けられる。
「好きだから沢山喋りたいし、くっ付いていたいし、近付きたくて触れたくて知りたい。普通では?」
「それはそうですが」
そんな混じり気無し百パーセントの好意を寄せられると、澪の方が照れてしまう。
「澪さんは強いし綺麗だし優しいし賢いし料理も上手で、近くに行くといい匂いがします。落ち着いてて、何だか凄く安心できるんです。ぼくの穴掘りだってバカにしたりなんてしないし、こうして付き合ってくれてるし。うん、やっぱり……ぼくは澪さんが大好きです」
「ど、どうも」
それ以上言われると、顔が赤くなってしまいそうである。美人だの綺麗だの賢いだのと、褒めらるのは慣れているが、こういう手合いは慣れていない。というか、澪に限らず誰だって照れるだろうーーこれは。
「ふわぁ……ちょっと、眠いです。頑張って掘ったので。膝枕してくれますか?」
凄まじく自由だ。膝枕の頼みも、性的なイヤらしさや下心が全く感じられず、何となく喜八郎の容姿もあって猫に甘えられている感じがした。
「仕方ないですね。今日だけですよ」
「えー」
文句を言いながらも、喜八郎が嬉しそうに膝の上に頭を乗せてきた。色素の薄い柔らかな色の髪を見ていると、毛並みのいい長毛の猫とスキンシップしている気分になってくる。
それから、澪は喜八郎と毒にも薬にもならない話をした。喜八郎はどんな土が落とし穴掘りをしていて楽しいかや、この穴を掘る時にした苦労や工夫について語り、ずっと嬉しそうにしていた。澪はそれに相槌を打ったりしながら話を聞いていたのだが、半刻程したところで段々と喜八郎の話すペースが落ちていき、しまいには眠ってしまった。
「おやまぁ」
喜八郎の口調が移ったようだ。膝枕の上で可愛い寝顔で幸せそうに眠る穴掘り小僧を見下ろし、澪は思わず笑ってしまった。
その時だ。
「済まない、澪さん。そのまま少し寝かしてやってくれるか」
「仙蔵、甘やかすのはよくないぞ。大体、こんな所で寝たら疲れも取れん。部屋に戻した方がいい」
上から仙蔵と小平太の声がした。見上げると、二人の顔が逆光になって見辛いが、確認が出来た。
一体、何時から澪達を見ていたのだろうか。ひょっとして、穴の近くで揺れた木の原因は鳥ではなくて、この二人だったのだろうか。
「お前も聞いていただろう、小平太。喜八郎の好意は純粋だ。情緒が育っておらんのだから、警戒は要らんぞ」
「ーーそれは分かるが、だからって放置は澪さんが困るだろう」
二人は澪と喜八郎の事を監視していたようだ。地味に恥ずかしい。
「本当に困ったら、仙蔵くんに助けを求めますから大丈夫ですよ小平太くん。心配してくれてありがとうございます」
小平太は勢いがいいせいで何も考えていないように見えるが、そんな事はなく細かい所まで見ているし、こうして気配りもできる。最高学年に相応しい忍たまだな、と思った。仙蔵も同じだ。
「お疲れ様です、喜八郎くん」
とんとん、と幼子を寝かしつけるように喜八郎の肩を叩く。見上げると仙蔵が澪と同じように喜八郎を優しく見下ろしていて、小平太は苦笑いしていた。
穴掘り小僧の起こした騒ぎは、これにて無事に一件落着と相成った。
