第7話 ハマってください
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賊役は変装の名人、鉢屋三郎が。
娘役は田村三木ヱ門が女装して潜入するという事だった。万が一、三木ヱ門が身体を暴かれそうになったら即効性の睡眠薬を塗った針を刺して、相手を眠らせるのだとか何とか。
このへんてこな戦国時代には、へんてこな植物等もある。その中には、謎の効果がある物があり即効性の睡眠薬とやらも、そうしたヘンテコな材料から作られた物なのだろう。
驚忍の術に使うのは、仙蔵特性の音と光を強めた宝烙火矢だ。木下と澪は拠点が二つあるため、二手に別れて最悪の事態が起こった場合に備える。娘達が囚われている方の拠点には、難易度も高いだろうと木下がつく事になった。
兵助と勘右衛門が一晩警護にあたった村は、特に襲撃等はなかったらしい。賊退治の事があるので、村の空き家を借りて二人を休ませた。ちなみに、賊の拠点の見張りをしていた長次と小平太も一緒である。
賊退治をする事は村の長達に伝えられ、そのため村は非常に好意的で食料や寝床の提供があった。なお、賊退治が成功した場合は学園側にも報酬がある。生徒の成長のためにやるとはいえ、完全な慈善事業でもなかったりする。この辺は綺麗事ではなく商売だ。
こちらから打って出るとはいえ、一応は三つ目の村にも罠を仕掛けた。木下曰く、罠を仕掛けているのを見られている以上、途中で中止せずにこちらが賊達に気付かれている事を悟らせないよう、計画通り動くべきとの事である。
昼に休憩のため、澪が作った弁当を振る舞う頃には仮眠が取れて元気を取り戻した勘右衛門、兵助、長次、小平太が復活し、しっかり弁当を食べた。
かなり多めに作ってきた弁当は全て、綺麗に皆んなの腹の中におさまった。焼きおにぎりは全員の口にあったらしく、特に木下の味覚に響いたようで塩焼きおにぎりの作り方を聞かれたりした。
曰く。
「食堂のおばちゃんは、スタンダードなメニューを作るが、澪くんは創作メニューを作る。どちらも文句無しに美味い。澪くんの作る料理はちょうどいい塩加減だ。澪くんを嫁にできる男は果報者だな」
と手放しで褒められた。昨日の田舎寿司がお気に召したらしい勘右衛門からも、店を開いたら通うと絶賛された。歳がいったら飲食店経営でも稼げるかもしれない、と思ったり。
「ーー澪さん。決行は今夜で決まりだそうだぞ。先程、滝夜叉丸からそのように報告ごあった」
罠を作る作業がほぼ完了し、休憩も兼ねてのんびりとした時間を過ごしていると、小平太が澪の所にやって来て、耳打ちしてくれた。
小平太曰く、どうも雲の様子を見るに明日になると雨が降る可能性があると四年生達が判断したことから、今夜に決行となったようであった。
「鉢屋三郎が、同じ背格好の奴に変装するのを決めたらしい。娘役の田村三木ヱ門と共にこの後、作戦を開始するとの事だ。成功するかどうかは他の四年生と不破雷蔵が木下先生と共に見張り、成れば雷蔵がわたし達のところへ報告しにくる」
「では、同じ班の小平太くん達とわたしはこのまま待機ですね」
「ああ、よろしく頼む」
攫われたと思われる娘達がいる拠点の方は、木下が万が一の時の補佐を務め、四年生から娘役の田村三木ヱ門、斉藤タカ丸、五年生から竹谷八左ヱ門、久々知兵助、尾浜勘右衛門、六年生から中在家長次がつく。
もう一つの拠点には、澪が万が一の保険となって、四年生から平滝夜叉丸、綾部喜八郎、五年生から賊役の鉢屋三郎、不破雷蔵、六年生から立花仙蔵、七松小平太という構成だ。
「あー、七松先輩ずるいです。ぼくが澪さんに教えようと思ったのに……」
「ふん、こういうのは早い者勝ちなのだ綾部喜八郎。足の速さではわたしの方が上だ!」
どうやら、喜八郎も小平太が話したのと同じ情報を教えようと走ってきたらしい。はぁはぁと、呼吸を整えながらも少し拗ねた顔をしている。
「喜八郎くん、わざわざすみません。それと、走って来てくれてありがとうございます」
「……ぼく、この忍務すごく頑張ってるんです」
礼を言うと、喜八郎が澪の事をじーっと見つめてふいに呟いた。喜八郎が猫のような綺麗な形の瞳をしているせいか、まるで本物の猫に見つめられているような気がしてくる澪である。
目が合ったが最後、逸らしたら負けのようなーーそんな気分になる。
「なので、終わったら澪さんからご褒美がほしいです」
「ご褒美?」
「はい、是非とも。そしたら、ぼくもっと頑張れますから」
ご褒美と言われて、いいですよと言うのは容易いが何を要求されるか分からないのに、頷くわけにもいかない。
「おい、喜八郎。澪さんを困らせるような事を言うな」
「ぼくは、澪さんに聞いているんですけど。七松先輩、何か関係があるんですか?」
喜八郎は何の悪びれもしない表情で言った言葉に、小平太の顔が固まった。一歩間違えると喧嘩を売っているのかと疑われそうな発言だが、喜八郎の表情はそんなイヤミをかましている物ではなく、本当に不思議そうなだけに怒ったりした方が負けのような空気があった。
とはいえ、このままにもできない。澪はやんわりと角が立たないよう窘めた。
「喜八郎くん。小平太くんはわたしの事を慮って発言してくれただけです。関係あるとかないとか、そういう質問は先輩に対して失礼と言うものですよ」
「おおっ、そうなんですか。それは大変失礼を。すみませんでした七松先輩」
「…………」
ぺこりと、綺麗にお辞儀する喜八郎を前に小平太は太い眉をぎゅっと寄せている。喜八郎のマイペースな姿勢に、歯がゆい物を感じているのかもしれない。
「大体、喜八郎くんは生徒でわたしは職員です。他の四年生達も居るのに贔屓にするような真似はできません」
「んー、分かりました。そしたら、今度、作法委員会に遊びに来てください。前に滝夜叉丸から、体育委員会で澪さんとバレーをしたと聞いて羨ましかったので」
「……まぁ、そのくらいなら。分かりました」
「お願いしますね。じゃあ、ぼくは落とし穴の最終確認をしてきます。七松先輩、次からは気をつけますので、許してください」
「あー、分かった。それと、別に怒ってはいないからな。文次郎あたりに同じ態度を取ると、ブチ切れられるかもしれないから、気をつけるんだぞ」
「はい、分かりました」
ぺこり、と喜八郎は軽く頭を下げて戻って行った。マイペースなだけで、とても素直なので怒るに怒れない少年である。
喜八郎が去っていく後ろ姿を見送りつつ、決行までに腹ごなしも必要だろうから、村から提供があった食材で早めに夕餉でも作ろうかと思っていると、ふと、小平太が澪に話しかけてきた。
「なぁ、澪さん……」
「はい、何でしょうか」
いつも元気な小平太の声が、今は何故かテンションが低い。それが気になって、小平太の顔を見るとじっと見つめられた。
喜八郎が猫なら、小平太は絶対にワンコだ。半助もワンコだが、犬種で言うと小平太は柴犬っぽいが、半助は背が高いせいか洋犬の感じがするーー例えるなら、ゴールデンレトリバー辺りか。
「オレが、澪さんに以前に言ったこと覚えてるか?」
「と、言いますと……」
「誰か付き合っている人はいないかという問いだ。ふと、澪さんはどういう男が好みなのか気になったのでな。答えたくないなら、無理にとは言わないが、もしよかったら教えてほしい。容姿でも性格でも何でもいいからっ!」
何だか必死に見える小平太。どうしていきなりそんな事を聞いてくるのか全く謎だ。ひょっとして、喜八郎とのやり取りに気まずく感じて、空気を変えようとでもしているのだろうか。
もしそうなら、答えないのは余計に気まずくなる。なので、澪は問いかけられた内容に真摯に答える事にした。
「ーー容姿なら、二十年後の文次郎くんと長次くんに興味がありますね」
「えっ……」
素直に思っていた事を伝えると、小平太が目を見開き固まっていた。何やらショックを受けたようだ。ひょっとして、澪の好みにドン引きしていたりするのだろうか。長次は小平太と親友だから警戒している可能性もある。
「そ、それは、わたしのような童顔は澪さんの好みではない……と?」
ずーんとした空気が漂い、小平太の周りに深海魚が泳いでいる幻が見えるような気がした。何故だ。まぁ、顔見知りにお前は好みじゃないと言われたと思い、地味に傷ついたのかもしれない。
勿論、澪にそんなつもりなない。
「んー、そう言うわけじゃないですよ。見ていて好きな顔はどちらかというと、可愛かったり、童顔よりはこう、渋みがある人なんですけど、その顔の人に必ずしも惚れるとも限りません。わたしは、好きになったその人の顔を異性として好きになると思います」
「本当に?」
「ええ、本当に。わたしのことを心底好きになって、大事にしてくれる心優しくて懐の深い男性を好きになりたいと、そう思いますよ」
思い浮かぶのは、澪の事を可愛がってくれた元父親達である。澪の怪力を知っても態度を変えたりせず、優しく親切にしてくれた。もしも、自分が寄り添うとしたら、そういう男がいいと思う。
「ーーその言葉、違えないでくれよ。信じるからな澪さん」
「ええ、勿論ですよ」
じっ、と小平太が見つめてくる。いつもの明るく元気な顔ではなく、真剣な眼差しを伴う真面目な表情に思わずドキッとしつつも頷いた。
太い眉に、くりっとした目、今は未だ発展途上の少年だが間違いなく男らしくなるだろう体つきと顔つきのせいか、矢張り男性なのだと理解する。
ニカッ、と小平太がいつものように元気に笑った。
「ならいい!澪さん、ひょっとして今日の夕餉は澪さんが作るのか?」
「ええ、まぁ。村から貰った食材で簡単な物を」
「なら、わたしも手伝うぞ。いけいけどんどーん!」
忍術学園でいつもそうしているように、小平太が澪の手を引いて駆け出した。そろそろ夕餉を作り出そうとしていた事もあり、澪も一緒に走り出す。
明るく元気よくーー小平太はまるで太陽のような少年だ。そう思いながら、澪は小平太の加速していく走りにぴったりくっついて行くのだった。
それから、貰っていた米や野菜等で澪は小平太と一緒に雑炊を作り、生徒達は拠点の見張りと交代しながら腹ごしらえをして夜が来るのを待った。
既に変装した三郎が女装した三木ヱ門と賊の拠点へ潜入に成功し、予定通り別々の拠点に潜伏している。三郎とチェンジして捕らえた賊は、簀巻きにされ、納屋で村の屈強な若衆達が監視していた。
そして夜。
澪をはじめ、全員が忍び装束に着替えて準備は万端だ。澪は般若面を被り、篭手を身につけて念の為の忍者刀も装備しておく。手裏剣等の武器も所持し、完璧な忍者となっていた。忍者の組頭をしていた元父親が今の澪を見たら、感動するかもしれない。
ただし、華麗なくのいちというよりは般若面もあって地獄から来た鬼女さながらの見た目である。般若とは、女性の嫉妬と恨みを表した能面のため、仕方がないとはいえ物々し過ぎた。
「澪さんがその姿だと、学園への就職試験の時を思い出すな。綺麗に気絶させられたのは一生の思い出だ!」
「そんなもの思い出にしちゃいけませんよ、小平太くん」
澪の姿を見てニコニコ笑う小平太。近くに居た仙蔵は色々と思い出したのか、苦笑いしていた。ちなみに、変装中の三郎に三木ヱ門をはじめ、長次や五年生達の一部は拠点の見張りとして出ているため、出発を控えた面々が集まる小屋には居ない。
「皆さん、準備はできましたか?」
四年生の中でも、歳上になるタカ丸が周囲に確認を取った。年齢を考慮してか、発言や音頭を取るのは四年生を代表して彼に任せられているらしい。
万が一の時の保険として同行している澪や木下鉄丸は余計な事を言わないよう、口を噤む。
「では、準備が終わったようなので手筈通り二手に別れます。それぞれの拠点の距離はそれなりに離れてはいますが、片方で陽動の爆発があればもう片方も異変に気付くと思われます。三木ヱ門のいる拠点の方で先に宝烙火矢を爆発させるので、音や光に気付いたら遅れずにもう一つの拠点でも爆発させてください。同士討ちを避けるため、合言葉は《月》と《星》でお願いします。既にこの合言葉は先に拠点に行かれている先輩達にも伝えてあります」
合言葉は単純な場合、敵に覚えられる可能性もあるが捻ると咄嗟に出てこない事もある。混乱による同士討ちを避けるための物だから、今回は単純な内容にしたのだろう。
「では、よろしくお願いします!」
タカ丸の締めくくりの挨拶でもって、全員が小屋を出て闇の中に身を潜ませたーー忍務開始である。
それぞれ、拠点の場所は村から東西に別れており、娘が囚われているのは東側、もう一つの拠点は西側にあった。
村を出て澪は忍たま達と共に西の方角へ走る。流石は上級生達だけあって、皆、素早く動きつつ手頃な木があれば飛び乗って、軽々と枝から枝へ渡っていく。
足音を響かせぬための措置とはいえ、くのいち教室で軽業の練習をしてこなければ、ついて行くのは不可能だっただろう。
一方、忍たま上級生と遜色ない動きを見せる澪に、言葉にこそしなかったが同行した面々は内心、舌を巻く思いだった。
澪のポテンシャルが高すぎて、ごく最近に忍の業を習得したとは到底思えないでいた。澪の反則技に近い身体能力は、まさしく化け物的なスピードで澪の戦闘能力を飛躍的に向上させていた。
これでシナと訓練中の対火縄銃戦法を見たら忍たま達どころか、教師陣まで余りの人間離れした動きに遠い目になるだろうーーもっとも、小平太やファンクラブの面々は大喜びだろうが。
忍術学園最強の秘書の称号も、夢でないかもしれなかったり。というか多分、その称号は澪が知らないだけで生徒達の間では話されている可能性があった。
村から四半刻ほど西の方角へ進んだ先に、盗賊達の拠点があった。どうやら、崩れかけの山小屋を根城にしているようだ。煮炊きでもしているのか、火が焚かれており物騒な風体の男達が集っている。
酒を飲み、気分よく歌う者までいるがその手にはいつ何があってもよいようにしているのか、刀や槍等の武器が握られており戦場で入手したのか、鎧等を身につけている者もいた。
「村の襲撃は明日だぞ。罠の見取り図を手に入れたそうだ」
「ひひ、楽しみだな。山奥のあのでかい忍術学園とかにも村を襲った後に行くんだろう?楽しみだぜ。あんな施設なら、さぞや金目の物が眠ってるんだろうな」
忍術学園は、三十数名の賊にやられるような場所ではない。広大な敷地にいるのは、忍たま達と手練の忍び達だ。まぁ、入門票さえ書けば学園に人を入れてしまうザル警備の小松田がいるものの、中に入ったからと言ってどうこうはできない。
武器庫や忍たま長屋の更に奥にある焔硝蔵に至るまでに、全員が倒されている事は間違いない。無知とは無謀であり、無謀程に馬鹿な事は無いものである。
「ちょっと、しょんべんに行ってくるぞー」
「おー、気をつけろよ」
一人が廃寺の外に出てきた。拾物と思われる陣笠を被った男であり、足軽に近い格好をしているが具足等はつけておらず、中途半端な姿だ。
その男が周囲をきょろきょろ見渡しながら、澪達の所へ近付いて来るーーそして、手を此方に向けてハンドサインを送ってきた。どうやら、変装した三郎らしい。
三郎に向かって、滝夜叉丸が石に括りつけた文を投げた。足元に落ちてきたそれを拾い、懐に仕舞うと三郎が戻って行く。
それから更に半刻程が経過した。
賊達はまだ楽しげに何やら会話をしている。その時であるーー遠くで、ズン!と響くような音がして東の方に光る物が見えた。夜陰に突如として発生した強い光と音に、廃寺にいる賊達が俄に騒がしくなる。
合図だ。
仙蔵特性の宝烙火矢に滝夜叉丸と喜八郎が点火して廃寺へ向かって一斉に投げた。少しして
ボンボン!!と、音と閃光が炸裂する。光に盲にされぬよう、全員で目を閉じてやり過ごす。
「っ、行きます!」
滝夜叉丸の声が聞こえる。光が止むと同時に、澪以外の全員が廃寺へと向かった。たまらず飛び出てきた賊達が、忍たま達によって片っ端からやられていく。
闇夜の中で、目をやられている賊と閉じていたために目が利く忍たま達とでは戦力差は圧倒的だ。倒された賊は、変装を解いた三郎が縄で縛っていた。
澪は、その様子を廃寺に生えていた松の木の上から観察していた。危なげなく片付けられており、この分なら出番もなく終わりそうだと思った時である。
つん、と鼻を突く火薬の臭いがした。その臭いの元を探ると、一人の賊が火縄銃を構えて捕縛作業をしている三郎を狙っていた。火縄銃の存在に気付いているのは澪だけのようだが……どうするか。悩んでいると喜八郎の姿が目に留まった。
「喜八郎くん、辰の方向!」
極力、直接手は出さない方針を貫きたい。なので、喜八郎に声をかけると直ぐに火縄銃を向けている輩に気付いてくれた。間に合うか。
「えいっ!」
喜八郎が素早く動いた。愛用の踏鋤を武器として持つ喜八郎が高く跳躍し、そのまま鉄砲を構えていた男の脳天に振り下ろす。
が、男の頭に喜八郎の一撃が入るのと、発砲はほぼ同時だった。パーン!と爆発音がして、弾丸が発射される。しかし、弾は大きく逸れたらしく三郎には当たらずに、代わりに賊の一人に当たったらしい。くぐもった声を上げて、肩の辺りを押えて賊の一人が倒れた。
間一髪である。
「くそっ、上か!これでもくらえ」
松の木にいる澪を発見した一人が、石を投げてきたがそれを当然ながら全て避ける。
「お前こそ、これでもくらえ」
澪に石を投げていた賊に、駆けつけて来た小平太が蹴りをお見舞いして倒した。澪の稽古を受けるようになってから、元々高かった身体能力と力が増し、格闘の技も増えている小平太である。
今のハイキックも見事な物だ。
今度、小平太には所謂ライダーキックを教えようと思う。外れたら無防備になるので戦闘には向かないが、絶対倒せると確信した相手に決れば気持ちがいい代物だ。
「クソがァーー!!もういいっ、死なば諸共だくらえっ!」
廃寺の中から、ブチ切れて理性を喪失した男の声がした。見ると、何処で手に入れたのか。手に宝烙火矢を大量に持っている。もう片方の手には、松明があった。
宝烙火矢の全てに点火しようとしている事は一目瞭然だ。あんな数が炸裂したら、幾ら澪の知る現代の爆弾より威力が少なかろうが、廃寺だけではなく周囲の者を巻き添えに吹き飛ぶかもしれない。
「させるかっ!」
滝夜叉丸の戦輪が男に襲いかかったが、それよりも早く導火線に火がついた。ごろごろと宝烙火矢が転がる。
まずい、と思ったその時である。
「消火ー!」
不破雷蔵が賊達が飲んでいた酒を、宝烙火矢目掛けてぶちまけた。それで大多数の宝烙火矢に点っていた火が消える。
が、幾つかが爆発してドン!という音が木霊し、廃寺の一部が崩壊した。
忍たま達は盾になりそうな物に隠れるなり、肝が太い者は賊を盾にしたりと難無く避けている。だが、澪のいた松の木に何かが突き刺さるのを見て、背筋がゾッとした。
ひょっとすると、あの宝烙火矢には釘や割れ物の破片等が仕組まれていたのではないのか。
殺傷力を高めるため、宝烙火矢にそうした工夫がされている場合もある。あるいは、建物の一部が爆発の衝撃で飛んで来たのかもしれないが危なすぎる。失明でもしようものなら一生の大事だ。
忍たま達の無事を確認したいが、賊退治はまだ途中だ。胸中の不安を殺すように、ぐっと不安に耐える。
「っ、痛たた……」
「うぐ、鼻に土埃が入った」
どうやら喜八郎と小平太は無事らしい。二人とも周囲の様子を見渡している。
すると、メキメキと嫌な音がした。見ると、今の爆発で廃寺が潰れそうになっている。そこには、仙蔵と雷蔵の姿があった。二人とも目立った外傷はなさそうだが、フラフラとしている。
爆発させた張本人の賊は、廃寺の外に仲間諸共吹き飛んで伸びていた。見ると、賊は今ので全て自滅したらしく誰一人立っていない。
「立花先輩、不破先輩、今すぐ退避してください。寺が崩れます!」
滝夜叉丸が、声を上げて二人に警告するが、廃寺は今にも崩れそうになっている。二人は爆発の衝撃から目や耳を痛めたのか表情が虚だ。
ーーまずい!
澪は松の木から飛び降りて、廃寺に駆け付けた。同時に音を立てて崩れる建物の梁と柱を手で支える。建物の重さが澪にのしかかって来たが、勿論余裕である。
「二人ともっ、大丈夫ですか?」
近くに居る仙蔵と雷蔵に声をかけた。二人はのろのろと顔を上げる。視力と聴力が少しは回復したらしい。
「雷蔵ー!無事かぁー!!」
賊の捕縛をしていた三郎が凄い勢いでやって来て、三郎をかっさらって行った。仙蔵の方は喜八郎が走って来て肩を貸し、廃寺から救出された。
澪は二人が退避したのを見届けて、持っていた梁や柱を力いっぱい放り投げた。廃寺の上半分が、澪によって吹き飛ぶ。
崩れかけていたとはいえ、恐ろしい怪力のなせる奇想天外過ぎる技に、全員がギョッとした顔をしていた。ずぅん!と、今度こそ大きな音を立てて寺が崩れ落ちていく。
「おお、流石澪さん。素晴らしいな!」
「やっぱり凄いな。ふふ、早く澪さんと落とし穴の中で語り合いたい」
目を輝かせているのは小平太と喜八郎である。喜八郎に至っては、何故かもじもじしているが残りのメンバーは全員顔を引き攣らせていた。
「オレ、澪さんにだけは喧嘩を売ったり逆らったり生意気な態度をとったりしないって、今ここで天地神明に誓う」
「それがいいよ三郎。ぼくも同意する。あそこまでいくと、色々とこっちも吹っ切れるような気がしてくるね」
「二人とも、わたし達は人間なんだ。その事実を大事にしていこうじゃないか。あれは最早、人間業じゃない。澪さんのあれは怪奇現象みたいなものだと思え。いいな?」
助けたのに仙蔵は失礼極まりない。三郎と雷蔵が遠い目をして語り合う中に混じって、言いたい放題である。とはいえ、こちらの賊退治はこれで終了だ。幸い、死人はいないようだが爆発の衝撃で、色々と刺さったり黒焦げになったりしているので、怪我人は山のようにいるがこちらは重傷者はいなさそうである。
「先輩方、澪さん、ありがとうございました!お陰様で無事に実習を終えられそうですっ」
「ご尽力くださり、ありがとうございました。捕縛と倒壊した廃寺から、賊の持っていた金品が出てきましたら回収をお願いします」
滝夜叉丸が興奮から頬をやや紅潮させて礼を述べる中、喜八郎からちゃっかりした指示がなされる。
ふと空を見上げると、美しい星空があった。
まるで、澪達の忍務が無事に終わったのを寿ぐように見えるその光を見つめる。
宝烙火矢より余程、眩しいかもしれない。そう思い、澪は目を細めたのだった。
娘役は田村三木ヱ門が女装して潜入するという事だった。万が一、三木ヱ門が身体を暴かれそうになったら即効性の睡眠薬を塗った針を刺して、相手を眠らせるのだとか何とか。
このへんてこな戦国時代には、へんてこな植物等もある。その中には、謎の効果がある物があり即効性の睡眠薬とやらも、そうしたヘンテコな材料から作られた物なのだろう。
驚忍の術に使うのは、仙蔵特性の音と光を強めた宝烙火矢だ。木下と澪は拠点が二つあるため、二手に別れて最悪の事態が起こった場合に備える。娘達が囚われている方の拠点には、難易度も高いだろうと木下がつく事になった。
兵助と勘右衛門が一晩警護にあたった村は、特に襲撃等はなかったらしい。賊退治の事があるので、村の空き家を借りて二人を休ませた。ちなみに、賊の拠点の見張りをしていた長次と小平太も一緒である。
賊退治をする事は村の長達に伝えられ、そのため村は非常に好意的で食料や寝床の提供があった。なお、賊退治が成功した場合は学園側にも報酬がある。生徒の成長のためにやるとはいえ、完全な慈善事業でもなかったりする。この辺は綺麗事ではなく商売だ。
こちらから打って出るとはいえ、一応は三つ目の村にも罠を仕掛けた。木下曰く、罠を仕掛けているのを見られている以上、途中で中止せずにこちらが賊達に気付かれている事を悟らせないよう、計画通り動くべきとの事である。
昼に休憩のため、澪が作った弁当を振る舞う頃には仮眠が取れて元気を取り戻した勘右衛門、兵助、長次、小平太が復活し、しっかり弁当を食べた。
かなり多めに作ってきた弁当は全て、綺麗に皆んなの腹の中におさまった。焼きおにぎりは全員の口にあったらしく、特に木下の味覚に響いたようで塩焼きおにぎりの作り方を聞かれたりした。
曰く。
「食堂のおばちゃんは、スタンダードなメニューを作るが、澪くんは創作メニューを作る。どちらも文句無しに美味い。澪くんの作る料理はちょうどいい塩加減だ。澪くんを嫁にできる男は果報者だな」
と手放しで褒められた。昨日の田舎寿司がお気に召したらしい勘右衛門からも、店を開いたら通うと絶賛された。歳がいったら飲食店経営でも稼げるかもしれない、と思ったり。
「ーー澪さん。決行は今夜で決まりだそうだぞ。先程、滝夜叉丸からそのように報告ごあった」
罠を作る作業がほぼ完了し、休憩も兼ねてのんびりとした時間を過ごしていると、小平太が澪の所にやって来て、耳打ちしてくれた。
小平太曰く、どうも雲の様子を見るに明日になると雨が降る可能性があると四年生達が判断したことから、今夜に決行となったようであった。
「鉢屋三郎が、同じ背格好の奴に変装するのを決めたらしい。娘役の田村三木ヱ門と共にこの後、作戦を開始するとの事だ。成功するかどうかは他の四年生と不破雷蔵が木下先生と共に見張り、成れば雷蔵がわたし達のところへ報告しにくる」
「では、同じ班の小平太くん達とわたしはこのまま待機ですね」
「ああ、よろしく頼む」
攫われたと思われる娘達がいる拠点の方は、木下が万が一の時の補佐を務め、四年生から娘役の田村三木ヱ門、斉藤タカ丸、五年生から竹谷八左ヱ門、久々知兵助、尾浜勘右衛門、六年生から中在家長次がつく。
もう一つの拠点には、澪が万が一の保険となって、四年生から平滝夜叉丸、綾部喜八郎、五年生から賊役の鉢屋三郎、不破雷蔵、六年生から立花仙蔵、七松小平太という構成だ。
「あー、七松先輩ずるいです。ぼくが澪さんに教えようと思ったのに……」
「ふん、こういうのは早い者勝ちなのだ綾部喜八郎。足の速さではわたしの方が上だ!」
どうやら、喜八郎も小平太が話したのと同じ情報を教えようと走ってきたらしい。はぁはぁと、呼吸を整えながらも少し拗ねた顔をしている。
「喜八郎くん、わざわざすみません。それと、走って来てくれてありがとうございます」
「……ぼく、この忍務すごく頑張ってるんです」
礼を言うと、喜八郎が澪の事をじーっと見つめてふいに呟いた。喜八郎が猫のような綺麗な形の瞳をしているせいか、まるで本物の猫に見つめられているような気がしてくる澪である。
目が合ったが最後、逸らしたら負けのようなーーそんな気分になる。
「なので、終わったら澪さんからご褒美がほしいです」
「ご褒美?」
「はい、是非とも。そしたら、ぼくもっと頑張れますから」
ご褒美と言われて、いいですよと言うのは容易いが何を要求されるか分からないのに、頷くわけにもいかない。
「おい、喜八郎。澪さんを困らせるような事を言うな」
「ぼくは、澪さんに聞いているんですけど。七松先輩、何か関係があるんですか?」
喜八郎は何の悪びれもしない表情で言った言葉に、小平太の顔が固まった。一歩間違えると喧嘩を売っているのかと疑われそうな発言だが、喜八郎の表情はそんなイヤミをかましている物ではなく、本当に不思議そうなだけに怒ったりした方が負けのような空気があった。
とはいえ、このままにもできない。澪はやんわりと角が立たないよう窘めた。
「喜八郎くん。小平太くんはわたしの事を慮って発言してくれただけです。関係あるとかないとか、そういう質問は先輩に対して失礼と言うものですよ」
「おおっ、そうなんですか。それは大変失礼を。すみませんでした七松先輩」
「…………」
ぺこりと、綺麗にお辞儀する喜八郎を前に小平太は太い眉をぎゅっと寄せている。喜八郎のマイペースな姿勢に、歯がゆい物を感じているのかもしれない。
「大体、喜八郎くんは生徒でわたしは職員です。他の四年生達も居るのに贔屓にするような真似はできません」
「んー、分かりました。そしたら、今度、作法委員会に遊びに来てください。前に滝夜叉丸から、体育委員会で澪さんとバレーをしたと聞いて羨ましかったので」
「……まぁ、そのくらいなら。分かりました」
「お願いしますね。じゃあ、ぼくは落とし穴の最終確認をしてきます。七松先輩、次からは気をつけますので、許してください」
「あー、分かった。それと、別に怒ってはいないからな。文次郎あたりに同じ態度を取ると、ブチ切れられるかもしれないから、気をつけるんだぞ」
「はい、分かりました」
ぺこり、と喜八郎は軽く頭を下げて戻って行った。マイペースなだけで、とても素直なので怒るに怒れない少年である。
喜八郎が去っていく後ろ姿を見送りつつ、決行までに腹ごなしも必要だろうから、村から提供があった食材で早めに夕餉でも作ろうかと思っていると、ふと、小平太が澪に話しかけてきた。
「なぁ、澪さん……」
「はい、何でしょうか」
いつも元気な小平太の声が、今は何故かテンションが低い。それが気になって、小平太の顔を見るとじっと見つめられた。
喜八郎が猫なら、小平太は絶対にワンコだ。半助もワンコだが、犬種で言うと小平太は柴犬っぽいが、半助は背が高いせいか洋犬の感じがするーー例えるなら、ゴールデンレトリバー辺りか。
「オレが、澪さんに以前に言ったこと覚えてるか?」
「と、言いますと……」
「誰か付き合っている人はいないかという問いだ。ふと、澪さんはどういう男が好みなのか気になったのでな。答えたくないなら、無理にとは言わないが、もしよかったら教えてほしい。容姿でも性格でも何でもいいからっ!」
何だか必死に見える小平太。どうしていきなりそんな事を聞いてくるのか全く謎だ。ひょっとして、喜八郎とのやり取りに気まずく感じて、空気を変えようとでもしているのだろうか。
もしそうなら、答えないのは余計に気まずくなる。なので、澪は問いかけられた内容に真摯に答える事にした。
「ーー容姿なら、二十年後の文次郎くんと長次くんに興味がありますね」
「えっ……」
素直に思っていた事を伝えると、小平太が目を見開き固まっていた。何やらショックを受けたようだ。ひょっとして、澪の好みにドン引きしていたりするのだろうか。長次は小平太と親友だから警戒している可能性もある。
「そ、それは、わたしのような童顔は澪さんの好みではない……と?」
ずーんとした空気が漂い、小平太の周りに深海魚が泳いでいる幻が見えるような気がした。何故だ。まぁ、顔見知りにお前は好みじゃないと言われたと思い、地味に傷ついたのかもしれない。
勿論、澪にそんなつもりなない。
「んー、そう言うわけじゃないですよ。見ていて好きな顔はどちらかというと、可愛かったり、童顔よりはこう、渋みがある人なんですけど、その顔の人に必ずしも惚れるとも限りません。わたしは、好きになったその人の顔を異性として好きになると思います」
「本当に?」
「ええ、本当に。わたしのことを心底好きになって、大事にしてくれる心優しくて懐の深い男性を好きになりたいと、そう思いますよ」
思い浮かぶのは、澪の事を可愛がってくれた元父親達である。澪の怪力を知っても態度を変えたりせず、優しく親切にしてくれた。もしも、自分が寄り添うとしたら、そういう男がいいと思う。
「ーーその言葉、違えないでくれよ。信じるからな澪さん」
「ええ、勿論ですよ」
じっ、と小平太が見つめてくる。いつもの明るく元気な顔ではなく、真剣な眼差しを伴う真面目な表情に思わずドキッとしつつも頷いた。
太い眉に、くりっとした目、今は未だ発展途上の少年だが間違いなく男らしくなるだろう体つきと顔つきのせいか、矢張り男性なのだと理解する。
ニカッ、と小平太がいつものように元気に笑った。
「ならいい!澪さん、ひょっとして今日の夕餉は澪さんが作るのか?」
「ええ、まぁ。村から貰った食材で簡単な物を」
「なら、わたしも手伝うぞ。いけいけどんどーん!」
忍術学園でいつもそうしているように、小平太が澪の手を引いて駆け出した。そろそろ夕餉を作り出そうとしていた事もあり、澪も一緒に走り出す。
明るく元気よくーー小平太はまるで太陽のような少年だ。そう思いながら、澪は小平太の加速していく走りにぴったりくっついて行くのだった。
それから、貰っていた米や野菜等で澪は小平太と一緒に雑炊を作り、生徒達は拠点の見張りと交代しながら腹ごしらえをして夜が来るのを待った。
既に変装した三郎が女装した三木ヱ門と賊の拠点へ潜入に成功し、予定通り別々の拠点に潜伏している。三郎とチェンジして捕らえた賊は、簀巻きにされ、納屋で村の屈強な若衆達が監視していた。
そして夜。
澪をはじめ、全員が忍び装束に着替えて準備は万端だ。澪は般若面を被り、篭手を身につけて念の為の忍者刀も装備しておく。手裏剣等の武器も所持し、完璧な忍者となっていた。忍者の組頭をしていた元父親が今の澪を見たら、感動するかもしれない。
ただし、華麗なくのいちというよりは般若面もあって地獄から来た鬼女さながらの見た目である。般若とは、女性の嫉妬と恨みを表した能面のため、仕方がないとはいえ物々し過ぎた。
「澪さんがその姿だと、学園への就職試験の時を思い出すな。綺麗に気絶させられたのは一生の思い出だ!」
「そんなもの思い出にしちゃいけませんよ、小平太くん」
澪の姿を見てニコニコ笑う小平太。近くに居た仙蔵は色々と思い出したのか、苦笑いしていた。ちなみに、変装中の三郎に三木ヱ門をはじめ、長次や五年生達の一部は拠点の見張りとして出ているため、出発を控えた面々が集まる小屋には居ない。
「皆さん、準備はできましたか?」
四年生の中でも、歳上になるタカ丸が周囲に確認を取った。年齢を考慮してか、発言や音頭を取るのは四年生を代表して彼に任せられているらしい。
万が一の時の保険として同行している澪や木下鉄丸は余計な事を言わないよう、口を噤む。
「では、準備が終わったようなので手筈通り二手に別れます。それぞれの拠点の距離はそれなりに離れてはいますが、片方で陽動の爆発があればもう片方も異変に気付くと思われます。三木ヱ門のいる拠点の方で先に宝烙火矢を爆発させるので、音や光に気付いたら遅れずにもう一つの拠点でも爆発させてください。同士討ちを避けるため、合言葉は《月》と《星》でお願いします。既にこの合言葉は先に拠点に行かれている先輩達にも伝えてあります」
合言葉は単純な場合、敵に覚えられる可能性もあるが捻ると咄嗟に出てこない事もある。混乱による同士討ちを避けるための物だから、今回は単純な内容にしたのだろう。
「では、よろしくお願いします!」
タカ丸の締めくくりの挨拶でもって、全員が小屋を出て闇の中に身を潜ませたーー忍務開始である。
それぞれ、拠点の場所は村から東西に別れており、娘が囚われているのは東側、もう一つの拠点は西側にあった。
村を出て澪は忍たま達と共に西の方角へ走る。流石は上級生達だけあって、皆、素早く動きつつ手頃な木があれば飛び乗って、軽々と枝から枝へ渡っていく。
足音を響かせぬための措置とはいえ、くのいち教室で軽業の練習をしてこなければ、ついて行くのは不可能だっただろう。
一方、忍たま上級生と遜色ない動きを見せる澪に、言葉にこそしなかったが同行した面々は内心、舌を巻く思いだった。
澪のポテンシャルが高すぎて、ごく最近に忍の業を習得したとは到底思えないでいた。澪の反則技に近い身体能力は、まさしく化け物的なスピードで澪の戦闘能力を飛躍的に向上させていた。
これでシナと訓練中の対火縄銃戦法を見たら忍たま達どころか、教師陣まで余りの人間離れした動きに遠い目になるだろうーーもっとも、小平太やファンクラブの面々は大喜びだろうが。
忍術学園最強の秘書の称号も、夢でないかもしれなかったり。というか多分、その称号は澪が知らないだけで生徒達の間では話されている可能性があった。
村から四半刻ほど西の方角へ進んだ先に、盗賊達の拠点があった。どうやら、崩れかけの山小屋を根城にしているようだ。煮炊きでもしているのか、火が焚かれており物騒な風体の男達が集っている。
酒を飲み、気分よく歌う者までいるがその手にはいつ何があってもよいようにしているのか、刀や槍等の武器が握られており戦場で入手したのか、鎧等を身につけている者もいた。
「村の襲撃は明日だぞ。罠の見取り図を手に入れたそうだ」
「ひひ、楽しみだな。山奥のあのでかい忍術学園とかにも村を襲った後に行くんだろう?楽しみだぜ。あんな施設なら、さぞや金目の物が眠ってるんだろうな」
忍術学園は、三十数名の賊にやられるような場所ではない。広大な敷地にいるのは、忍たま達と手練の忍び達だ。まぁ、入門票さえ書けば学園に人を入れてしまうザル警備の小松田がいるものの、中に入ったからと言ってどうこうはできない。
武器庫や忍たま長屋の更に奥にある焔硝蔵に至るまでに、全員が倒されている事は間違いない。無知とは無謀であり、無謀程に馬鹿な事は無いものである。
「ちょっと、しょんべんに行ってくるぞー」
「おー、気をつけろよ」
一人が廃寺の外に出てきた。拾物と思われる陣笠を被った男であり、足軽に近い格好をしているが具足等はつけておらず、中途半端な姿だ。
その男が周囲をきょろきょろ見渡しながら、澪達の所へ近付いて来るーーそして、手を此方に向けてハンドサインを送ってきた。どうやら、変装した三郎らしい。
三郎に向かって、滝夜叉丸が石に括りつけた文を投げた。足元に落ちてきたそれを拾い、懐に仕舞うと三郎が戻って行く。
それから更に半刻程が経過した。
賊達はまだ楽しげに何やら会話をしている。その時であるーー遠くで、ズン!と響くような音がして東の方に光る物が見えた。夜陰に突如として発生した強い光と音に、廃寺にいる賊達が俄に騒がしくなる。
合図だ。
仙蔵特性の宝烙火矢に滝夜叉丸と喜八郎が点火して廃寺へ向かって一斉に投げた。少しして
ボンボン!!と、音と閃光が炸裂する。光に盲にされぬよう、全員で目を閉じてやり過ごす。
「っ、行きます!」
滝夜叉丸の声が聞こえる。光が止むと同時に、澪以外の全員が廃寺へと向かった。たまらず飛び出てきた賊達が、忍たま達によって片っ端からやられていく。
闇夜の中で、目をやられている賊と閉じていたために目が利く忍たま達とでは戦力差は圧倒的だ。倒された賊は、変装を解いた三郎が縄で縛っていた。
澪は、その様子を廃寺に生えていた松の木の上から観察していた。危なげなく片付けられており、この分なら出番もなく終わりそうだと思った時である。
つん、と鼻を突く火薬の臭いがした。その臭いの元を探ると、一人の賊が火縄銃を構えて捕縛作業をしている三郎を狙っていた。火縄銃の存在に気付いているのは澪だけのようだが……どうするか。悩んでいると喜八郎の姿が目に留まった。
「喜八郎くん、辰の方向!」
極力、直接手は出さない方針を貫きたい。なので、喜八郎に声をかけると直ぐに火縄銃を向けている輩に気付いてくれた。間に合うか。
「えいっ!」
喜八郎が素早く動いた。愛用の踏鋤を武器として持つ喜八郎が高く跳躍し、そのまま鉄砲を構えていた男の脳天に振り下ろす。
が、男の頭に喜八郎の一撃が入るのと、発砲はほぼ同時だった。パーン!と爆発音がして、弾丸が発射される。しかし、弾は大きく逸れたらしく三郎には当たらずに、代わりに賊の一人に当たったらしい。くぐもった声を上げて、肩の辺りを押えて賊の一人が倒れた。
間一髪である。
「くそっ、上か!これでもくらえ」
松の木にいる澪を発見した一人が、石を投げてきたがそれを当然ながら全て避ける。
「お前こそ、これでもくらえ」
澪に石を投げていた賊に、駆けつけて来た小平太が蹴りをお見舞いして倒した。澪の稽古を受けるようになってから、元々高かった身体能力と力が増し、格闘の技も増えている小平太である。
今のハイキックも見事な物だ。
今度、小平太には所謂ライダーキックを教えようと思う。外れたら無防備になるので戦闘には向かないが、絶対倒せると確信した相手に決れば気持ちがいい代物だ。
「クソがァーー!!もういいっ、死なば諸共だくらえっ!」
廃寺の中から、ブチ切れて理性を喪失した男の声がした。見ると、何処で手に入れたのか。手に宝烙火矢を大量に持っている。もう片方の手には、松明があった。
宝烙火矢の全てに点火しようとしている事は一目瞭然だ。あんな数が炸裂したら、幾ら澪の知る現代の爆弾より威力が少なかろうが、廃寺だけではなく周囲の者を巻き添えに吹き飛ぶかもしれない。
「させるかっ!」
滝夜叉丸の戦輪が男に襲いかかったが、それよりも早く導火線に火がついた。ごろごろと宝烙火矢が転がる。
まずい、と思ったその時である。
「消火ー!」
不破雷蔵が賊達が飲んでいた酒を、宝烙火矢目掛けてぶちまけた。それで大多数の宝烙火矢に点っていた火が消える。
が、幾つかが爆発してドン!という音が木霊し、廃寺の一部が崩壊した。
忍たま達は盾になりそうな物に隠れるなり、肝が太い者は賊を盾にしたりと難無く避けている。だが、澪のいた松の木に何かが突き刺さるのを見て、背筋がゾッとした。
ひょっとすると、あの宝烙火矢には釘や割れ物の破片等が仕組まれていたのではないのか。
殺傷力を高めるため、宝烙火矢にそうした工夫がされている場合もある。あるいは、建物の一部が爆発の衝撃で飛んで来たのかもしれないが危なすぎる。失明でもしようものなら一生の大事だ。
忍たま達の無事を確認したいが、賊退治はまだ途中だ。胸中の不安を殺すように、ぐっと不安に耐える。
「っ、痛たた……」
「うぐ、鼻に土埃が入った」
どうやら喜八郎と小平太は無事らしい。二人とも周囲の様子を見渡している。
すると、メキメキと嫌な音がした。見ると、今の爆発で廃寺が潰れそうになっている。そこには、仙蔵と雷蔵の姿があった。二人とも目立った外傷はなさそうだが、フラフラとしている。
爆発させた張本人の賊は、廃寺の外に仲間諸共吹き飛んで伸びていた。見ると、賊は今ので全て自滅したらしく誰一人立っていない。
「立花先輩、不破先輩、今すぐ退避してください。寺が崩れます!」
滝夜叉丸が、声を上げて二人に警告するが、廃寺は今にも崩れそうになっている。二人は爆発の衝撃から目や耳を痛めたのか表情が虚だ。
ーーまずい!
澪は松の木から飛び降りて、廃寺に駆け付けた。同時に音を立てて崩れる建物の梁と柱を手で支える。建物の重さが澪にのしかかって来たが、勿論余裕である。
「二人ともっ、大丈夫ですか?」
近くに居る仙蔵と雷蔵に声をかけた。二人はのろのろと顔を上げる。視力と聴力が少しは回復したらしい。
「雷蔵ー!無事かぁー!!」
賊の捕縛をしていた三郎が凄い勢いでやって来て、三郎をかっさらって行った。仙蔵の方は喜八郎が走って来て肩を貸し、廃寺から救出された。
澪は二人が退避したのを見届けて、持っていた梁や柱を力いっぱい放り投げた。廃寺の上半分が、澪によって吹き飛ぶ。
崩れかけていたとはいえ、恐ろしい怪力のなせる奇想天外過ぎる技に、全員がギョッとした顔をしていた。ずぅん!と、今度こそ大きな音を立てて寺が崩れ落ちていく。
「おお、流石澪さん。素晴らしいな!」
「やっぱり凄いな。ふふ、早く澪さんと落とし穴の中で語り合いたい」
目を輝かせているのは小平太と喜八郎である。喜八郎に至っては、何故かもじもじしているが残りのメンバーは全員顔を引き攣らせていた。
「オレ、澪さんにだけは喧嘩を売ったり逆らったり生意気な態度をとったりしないって、今ここで天地神明に誓う」
「それがいいよ三郎。ぼくも同意する。あそこまでいくと、色々とこっちも吹っ切れるような気がしてくるね」
「二人とも、わたし達は人間なんだ。その事実を大事にしていこうじゃないか。あれは最早、人間業じゃない。澪さんのあれは怪奇現象みたいなものだと思え。いいな?」
助けたのに仙蔵は失礼極まりない。三郎と雷蔵が遠い目をして語り合う中に混じって、言いたい放題である。とはいえ、こちらの賊退治はこれで終了だ。幸い、死人はいないようだが爆発の衝撃で、色々と刺さったり黒焦げになったりしているので、怪我人は山のようにいるがこちらは重傷者はいなさそうである。
「先輩方、澪さん、ありがとうございました!お陰様で無事に実習を終えられそうですっ」
「ご尽力くださり、ありがとうございました。捕縛と倒壊した廃寺から、賊の持っていた金品が出てきましたら回収をお願いします」
滝夜叉丸が興奮から頬をやや紅潮させて礼を述べる中、喜八郎からちゃっかりした指示がなされる。
ふと空を見上げると、美しい星空があった。
まるで、澪達の忍務が無事に終わったのを寿ぐように見えるその光を見つめる。
宝烙火矢より余程、眩しいかもしれない。そう思い、澪は目を細めたのだった。
