第7話 ハマってください
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弁当を食べた後、兵助が学園へと走ることになった。澪が五年生に学園へ行かせたのは、賊がそう遠くない場所にいると分かったせいである。護衛として、澪が残った方が都合がいいと考えた結果だ。勘右衛門達から特にその事で文句は出なかったので、同じ事を考えたらしかった。
ちなみに、弁当に出した田舎寿司は大いに好評で皆んなが口々にまた食べたいと絶賛していた。なので、食堂のおばちゃんにレシピを教えて新メニューとしてもいいかと思ったり。
それはさておき。
兵助が学園に行ってしまったので、残った澪と勘右衛門は四年生に時折指示を仰ぎながら罠を作る作業をしていた。
どうも、賊退治の計画を立案するとあってそちらの方に集中したいらしい。と言っても、流石の穴掘り小僧の綾部喜八郎だけは、時折会話に参加しつつもしっかり穴を掘っていたが。
「ねぇ、澪さん……」
四年生達を見守れる位置を陣取りつつ、こそこそ話しまでは聞こえないそんな距離の中、一緒に澪と作業をしていた勘右衛門が手を止めて本名を呼んできた。
別に今は近くに村人もおらず、大きな声でなければ澪の名前を呼ばれても問題ない。なので、咎めたりはせずに返事を返す。
「はい、何でしょうか勘右衛門くん」
「あの、前から聞きたかった事があるんですけど、二人きりになる機会も早々ないと思うんで、質問してもいいですか?」
真ん丸な勘右衛門の瞳が、じっと澪の事を見ている。どんな質問かは知らないが、聞くだけならいいだろうと頷く。
すると、勘右衛門が小声で続けた。
「澪さんって、学園で人気あるじゃないですか。なのに奢ったりしないし、先生方に混じってても全然違和感ないし、六年生の先輩方よりずっと大人っていうかーーえっと、失礼かもしれませんけど、でき過ぎっていうか。なんか十五歳にしては凄く立派で、違和感あって……何でかなぁと」
「そうですか」
それは中身が、精神年齢××(自主規制)歳の前世記憶持ちだからだよ!と、言えたらどれだけいいか。
まさかそんなとんでも暴露をするわけにもいかず、澪は困ってしまった。
勘右衛門の言いたい事は分かる。
澪の外見と中身が乖離しているその違和感があるから、ひょっとすると理由を探ろうと彼なりに澪の事を観察していたのかもしれず、それでも分からないから直接尋ねた可能性が高い。
ちぐはぐなのをそういうもの、と受け入れる事が出来たらいいが皆んなが皆んな、そんな風にできるわけもなく。
むしろ、澪は勘右衛門の気持ちが分かった。何せ、おぎゃあとこのなんちゃって戦国に生を受けた澪が、前世知識があるのもあって今の己を完全に受け入れるのに十年近くかかったからである。
肉体と魂の年齢が乖離しているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。勘右衛門はそのズレを察知したのだろう。
適当にはぐらかすのも難しく、澪は何ちゃって戦国で過ごしてきた十五年の月日を振り返り、たどたどしくも考えながら答えを返した。
「うーん、わたしの場合は……友達が誰も居なかったせい、かもしれません。今も居ないですし。母上が再婚を繰り返すから、同じ場所に長くは居なかったせいですかね。大人に囲まれて育ったから、これが普通なのですけど子供らしさとか分からないまま、十五歳になったと言いますか」
ぽつぽつとそんな言葉が出ていた。そして言ってて落ち込むーーマジで今世は友達が一人もいないと。
この何ちゃって戦国に慣れるのに必死で、母に振り回されあちこち点々として精一杯だったこともあり、気がつけば友達なんて存在を持つ余裕もゆとりもなかった。遊び相手にと一時傍に侍った姫君は、友達とはとても言えない。思えば、童遊びすらした記憶がない。
あえていうなら、忍者だった元父親とキャッチ手裏剣をしたくらいだが、あれを果たして童遊びと言うべきか激しく疑問が残る。
どうしよう、真面目に遊んだのはひょっとすると、過日、体育委員会と一緒にやったバレーくらいしかないかもしれない。
ーー何だかそう思と、情けなくて悲しくなってきた。
「……すん」
うるっと来た。とはいえ、涙は零すまいとする。小さく鼻をすすった。
「どうしましょう、自分で言ってて落ち込みそうです。まぁ、勘右衛門くんの疑問には答えられましたかね。不十分だったら、すみません」
涙こそ流してないが、目がちょっと潤んでるかもしれないな、と思い勘右衛門を見ると。
「か、可哀想……に!」
何故か澪の数倍は悲しそうな顔で、目の端に涙を浮かべる勘右衛門がいた。
「大丈夫だよっ、十分だよ。ごめんね、変な質問して。そうだよね、友達が一人もいなかったなら、滅茶苦茶大人びちゃうかもしれないもんね!仕方ないよね、友達ゼロなんだから!」
「二回も友達居ないって言わないでくださいよ」
慰められているはずなのに、傷口に塩を塗り込められている心地がするのは何故だろうか。小声だからいいものの、大きな声で言われたら勘右衛門の口を全力で塞ぎそうである。
「澪さんのその恐ろしいまでの大人びた性格は、友達がいなかった寂しさを埋めるための虚勢だったんだね。そんな事にも気付かないで、友達が居ないなんてボッチの澪さんに告白させるとは、オレもまだまだだな……」
「ボッチとか言わないでください!」
だからやめれ。
澪がブンブン首を振ると、勘右衛門は何やら目を潤ませて頷いている。
これはあかんやつだ、人の話を聞いちゃいない。
「よし、分かった。オレが一肌脱ごうっ!」
何が分かって一肌脱ぐというのだ。何やらキリッとした顔になる勘右衛門を前に、澪は何を言い出すつもりかと身構えた。
「オレと今日から友達になろう、澪さん!いや澪ちゃんっ!オレの事は勘ちゃんって親しみを込めて呼んでくれ。そして敬語はお互いに無しにしようっ。人の目がある時とかはこれまで通りでいいから、ね?」
ぱちこん!と、可愛らしくウインクされ、爽やかに微笑まれた。澪はその発言に固まってしまう。
今日からトモダチ!なんて、現代日本の小学生ですらやるか怪しいレベルの誘いである。
「大丈夫だ、澪ちゃん。オレがいるからには、君はもうボッチなんかじゃないよ!」
勘右衛門がやたらキラキラした顔で、澪の肩を叩いてくる。
「勘右衛門くん、お気持ちは有り難いんですけど、わたしは忍術学園の職員であり貴方は生徒なんですよ。友達だなんてうるさく言う人が出るかもですし」
「そんなの言いたい奴には言わせておけばいいよ。大体、そんなのは節度を持って切り替えたらいいし。オレも澪ちゃんだってそれが出来ない歳でもないでしょ。あと、オレの事は勘ちゃんだよ。もうっ、め!」
め!と、言われても反応に困る。だが、友達になろうと好意をぶつけられると、どうにも断れない。どうやら、自分は好意に裏打ちされた押しには弱いようだーーと、まるで他人事のように思ったり。
だが、勘右衛門のキラキラした笑顔と圧力から逃げられる気がしない。それに、友達という響きが段々甘美に思えてくるのだから不思議である。ひょっとして、今まで気にする余裕もないので気にして来なかった事に、急にスポットが当たって焦っているのかもしれなかった。
ーー畜生これはもう、ダメだ。
何故だか、ヒーローにやられる悪役のような気分になる。負けてはいけない相手に、思わずやられてしまって悪態をついているような気分である。
澪は潔く色々と諦めた。
「分かりました……いや、わかったよ、か、勘ちゃん」
「っーーー!!」
猛烈に照れくさい。だが、言われた通りに勘ちゃんと言うと、勘右衛門の耳が真っ赤になった。まさか自分で呼べと言っておいて照れたのかと思う。
「やばぁ、これはグッとくるなぁ。勘ちゃん、って言って照れてる澪ちゃんやばいっ、可愛い!」
「しー!声、ちょっと大きくなってるから」
「おっと、ごめんよ澪ちゃん」
勘右衛門は爽やかに笑った。そのどこか生ぬるい視線は、面倒見のいい年上の人間が、年下の子どもに向けるような物でどうにもこそばゆかった。
「やればできるんじゃん。いい子いい子」
「子供扱いしてる……」
「してないしてない。友達扱いしてんの。こんな可愛い女友達が出来て嬉しいんだって」
おのれ勘右衛門め。
にこにこ笑って好意的にぐいぐい来る推しの強さに、戸惑いはするが嫌じゃないため拒めない。
それから、澪は兵助が戻ってくるまでの間、四年生の目を盗んだ勘右衛門から友情攻撃もとい可愛がり攻撃を受け続ける羽目になるのだった。
+++++
「賊退治の許可が降りたよ。可能な限り早く退治して、村の代表者等に引き渡すよう命じられている。一人も漏らさず、一人も逃がさぬようにと学園長から命が出ている。四年生が作戦の立案等を行い、主軸となること。上級生と澪さん、そして教師はその補佐と護衛の任に就く」
戻ってきた兵助は、早速全員へ学園長からの指示を報告してくれた。四年生は皆、真剣な表情で頷いている。
「賊の人数によっては、上級生達や教師の加勢がある。今、決まっているのは五年生からオレと勘右衛門、六年生から七松先輩、中在家先輩、立花先輩、教師は木下鉄丸先生だ」
「木下先生かぁ。四年生よりオレ達の方が厳しく見られそう」
木下鉄丸の名を聞いて、勘右衛門が困ったように笑った。木下と澪は会話をした事があるが、熱心な教師という印象しかない。とはいえ、一方では熱血スパルタな所もあると聞く。実技担当のため、今回の忍務にはぴったりの教師ではなかろうか。
「オレはこの後、事の仔細を村の長達に伝達してくる。まだ罠の仕掛がない最後の村は、万が一の襲撃に備えて村の長から頼みがあれば、今晩はオレと勘右衛門で村人達と協力して警戒に当たる。四年生は計画を遅くとも今晩から明日の昼までには立てること。賊の調査は今、六年生の三人が急ぎ向かってくれている。適宜、情報が入ってきたら必要に応じて作戦の中身を変えるように。内容に万が一不備があるようなら、木下先生から厳しいご指摘や苦言もあるだろうから心すること。以上だ」
兵助が全て伝え終えると、四年生達全員が畏まって頷いた。
「何だか、緊張してきたね……」
「まぁ、戦闘になる可能性も高いですし。タカ丸さんには中々に過激な実習かもしれませんね」
既に表情が少し強ばっているタカ丸を見て、三木ヱ門が苦笑いしている。余裕の表情は滝夜叉丸とーー喜八郎は特に何の感慨も無さそうだ。
「ぼくはできるだけ、伝助さんの近くに居られたらそれでいいです」
「そんな融通がきくわけなかろう、喜八郎。大体、今回の忍務には七松先輩も居ると言うのに、お前は怖いもの知らずだな」
「何で七松先輩が関係するんだ滝夜叉丸?」
「ーーちょっと、頭痛がしてきた」
同室のせいか、喜八郎と仲良くやり取りしている滝夜叉丸である。とはいえ、澪もどうして小平太の名前が出たのかはさっぱりだ。何をどうしてそこで小平太が関係するのか。
「澪ちゃん、罪作りぃ。ま、見てて面白いからいいけど」
「しっ!」
「はーい」
勘右衛門が小さな声で耳打ちしてくるのを、思わず止める。爽やかに笑っているが、澪ちゃんと名前を呼んでからかってきている。怒る気にはなれないが、勘右衛門の態度が午前中と明らかに違うのを見て、四年生達も兵助も不思議そうにしていた。
それから、二つ目の村で罠の仕掛けを終えて、澪達は学園へと帰還した。兵助と勘右衛門は村から依頼があったようで、今日は明日罠をはりに行く予定の村で警護にあたるとのことだ。
帰還すると、既に六年生達が賊の事を調べあげており、拠点の数と人数に持っている武器まで分かった。
「数は三十数名、拠点は二つ。既に他の領地から金品を奪ってやって来た連中のようで、拠点のひとつに金目の物が多数あり、そこに若い娘が数名囚われていた。よって、賊退治の時は人質とならぬよう娘達を無事に脱出させる必要がある。数は少ないが、敵は火縄銃も所持していた。お前達はこれを踏まえて作戦を練ろ。賊どもの監視は、急遽必要につき木下先生の指示で小平太と長次があたっているが、同じく木下先生の判断で残りの五年生全員も応援に加わる事になった。とはいえ、油断は禁物だぞ」
学園に戻ると仙蔵から早速報告があった。最初に滝夜叉丸達が把握した人数より多く、手強そうである。
「了解しました。明日の朝には作戦の報告をしようと思います」
「分かった。四年生全員で話し合って考えるのだぞ。滅多にない実習だ。わたしも全力で補佐するからな。期待しているぞ」
四年生を代表して、タカ丸が返事をすると仙蔵が緊張を解すように笑って頷いていた。
「澪さん、木下先生が今回の事で軽く話をしておきたいと仰っていました。職員室におられると聞いています」
「分かりました、わたしは木下先生の所に行って来ますね」
仙蔵から言伝された澪は、急ぎ職員室へと向かった。するとその途中、廊下で半助と伝蔵に出会った。
「おお、澪くんか」
「お疲れ様。木下先生から聞いたよ、上級生との合同実習の補佐をするって」
「お疲れ様です、山田先生、土井先生」
軽く頭を下げる。ついでに伝蔵に依頼してもらっていた品ができた事を伝えることにした。
「山田先生、お待たせしていたご依頼の品がようやく出来ました。実習が終わってからでもお持ちしますのでご確認ください」
「おお、そうか。では楽しみにしておくとしよう。木下先生は確かな腕をお持ちだから、安心して澪くんも仕事に臨むといい」
「ありがとうございます」
元戦忍びである伝蔵が言うのだから、期待できそうだ。ちらりと半助の方を見ると、伝蔵とは違い何となくそわそわしているーー心配なのかもしれない。
「気をつけてね、澪さん。怪我とかしたらダメだよ。幾ら強くても治りが早くても」
「はい、勿論ですよ土井先生」
今回の実習は、上級生ばかりだし木下だっている。とはいえ、半助の気持ちは嫌ではなくむしろ嬉しかった。心配してくれる人は尊いのだ。半助の隣にいる伝蔵は、やれやれと言った表情である。ちなみに、澪は知る由もないのだが伝蔵は半助に対して、もっとアピールせんかとか何とか思っていたりした。
澪はその後、二人と別れて木下の待つ職員室へと向かった。職員室もとい職員用の長屋は、各クラス毎に部屋があり、寝所と仕事部屋が一つずつついてセットになっている中々に豪華な仕様だ。木下の札が下げられた部屋の前で立ち止まり、声をかける。
「失礼します、澪です。お呼びと聞き、参りました」
「おお、澪くん。わざわざ済まんな」
男らしくも鋭い眼光を持つガタイのいい木下が、澪を見て手招きする。近くまで行くと座布団を差し出され、座るよう促された。
「久々知兵助から聞いたと思うが、今回の忍務にはわたしが同行する事になる。それで、前もって澪くんに頼みたい事があって呼んだのだ」
「頼みたいこと……ですか?」
「ああ。単刀直入に言うが、澪くんは今回は緊急事態にならん限り、大人しくしていてはもらえんか。君が出て行けば簡単に解決するのだろうが、それでは生徒達のためにならん。多少、血が流れるような事があったとしても、大怪我や致命傷を負わないのであれば、静観していて欲しいのだ。勿論、自己防衛は入らん。あくまでも、生徒を護衛する場合の心得としての話だ」
静かな声で淡々と話す木下の顔は至って真剣だ。
「それができんというなら、今回の忍務から悪いが外れてもらう」
「ーーいえ、大丈夫です。承りました」
木下の指示は理にかなっている。これは下級生の実習ではないのだから。澪が神妙な顔で頷くと、木下も頷いた。そして感心した様子で澪をじっと見る。
「しかし、澪くんはしっかりしているな。女子は男子よりも大人な部分があるが、澪くんは大人顔負けだ。本当に六年生と同じ歳なのかと驚くばかりだ」
「あはは……それはどうも」
まさか、木下まで勘右衛門と同じ疑問を抱いてはいなかろうかと思う澪である。だが、木下からは探ったり疑ったりするような眼差しは向けられず、むしろ気遣うような顔をされた。
「君はもう少し肩の力を抜くべきだ。そんなに完璧じゃなくても誰も怒りはしない。今回の忍務もあまり気負わなくてもいい。わたしや上級生もいるんだからな」
「はい。ありがとうございます木下先生」
どちらかというと怖い顔つきで、笑っていてもそうは見えない木下だが、大変真面目な教師である。熱血スパルタなのもこんな風に生徒を思っての事なのだろう。
そんな木下だから、きっと六年生と歳の変わらない澪を彼なりに気遣ってくれたのだろう。
ーーすみません、中身は××(自主規制)歳なんです。
とは、流石に言えない澪だった。
翌朝。
澪は、伝助の格好で門の外にいた。小松田はここの所、澪が実習で出かけるのを見送っているため、「いいなぁ、澪さんは。ぼくも教師補佐とかしたいよ」等と零していた。曰く、いつか忍者になりたいそうだーー無謀であるとは、口には出来なくて頑張ってくださいと、月並みな慰めを言って澪はそそくさと待ち合わせ場所に向かった。
荷物の中には念の為、忍び装束と般若面を入れた。賊退治の事を知ったシナからのアドバイスである。澪の容姿は忍び装束でも目立つ故、目をつけられないよう顔を隠しておく事を勧められた。四年生を筆頭に、忍たま達にも戦ってもらう必要から確かに、澪が狙われやすくなる要素を排除するべきなのだろう。
澪は木下から言われた通り、本気で何かあった時に敵を排除する役割だけに徹底するつもりだ。
「澪さん、おはようございます!」
賊退治の忍務になったからか。四年生が澪の次にやって来た。今日は多めに弁当を用意してきたが、足りるだろうかと少し不安になったり。まぁ、いざとなれば澪の分は抜けばいいのだが。
「おはようございます、皆さん」
「それは、ぼく達のお弁当ですよね。お持ちします」
喜八郎が真っ先にやって来て、澪の持つ風呂敷を持って行った。くんくんと風呂敷から漂う匂いを嗅いでいる。
「おや、香ばしい匂いがする。これは……味噌?」
「ふふ、正解です。今日は焼きおにぎりですよ。醤油と味噌に塩の三種です」
「おお、それはまた美味しそうな。ぼく、澪さんの手料理なら食堂のおばちゃんのと同じくらい毎日食べたいです」
「それは最高の褒め言葉ですね」
喜八郎の賛辞に澪は朝から気が良くなる。穴を掘りまくる困った性分こそあるが、喜八郎は素直でそしてマイペースな根はいい子なのである。かなーり個性が強い感はあるが。
「おはよう、澪さん」
「おはようございます、仙蔵くん」
「おはようございます、立花先輩」
四年生に続いて仙蔵がやって来た。忍び装束に着替えるつもりらしく、仙蔵らしい落ち着いた色合いの私服を着ている。色白で秀麗な顔立ちなのだし、何を着ても様になるなーーと感心する。
「どうした、澪さん」
「いや、仙蔵くんは男前だと感心していただけです。何を着ても似合いますね」
「それは澪さんのことでは?前回の忍務の時に明の服を着こなしていたのだし」
素直に褒めると仙蔵がくすりと笑った。賊退治の忍務にこれからかかるとは思えぬ平和な会話である。
「全員、これで揃ったか」
仙蔵と澪が話していると、木下が不破雷蔵、鉢屋三郎、竹谷八左ヱ門の三名を連れてやって来た。
「お前達、作戦はできたのか?」
「はい、勿論です。木下先生!」
「では、出発前に聞いておくとしよう。斉藤タカ丸が代表で話すように」
木下の顔が気合いが入っているのか、昨日、職員室で見た時よりもいかつく感じた。話を振られたタカ丸が計画が書かれていると思われる紙を、三木ヱ門から受け取って広げて読み上げる。
「えっと、まずは賊の仲間に加わります。信用を得るため、罠の見取り図と金品に更には娘役も連れて行きます。上手くこれで潜入ができた場合は、賊役と娘役のうち娘役はほかに囚われた娘達がいる拠点へ行き、賊役はもう一つの拠点に留まるようにします。無事にそこまで行けば合図を出すので、その次は外で大きな音を出して敵をおびき寄せ攻撃します。混乱に乗じ、娘役が囚われている娘達を逃がし、賊役も役割を終えて攻撃に参加します。仮に潜入がうまくいかない場合は、変装しやすそうな賊を見つけ、その者をとらえて成り代わり賊役として動き、娘役の者を連れて計画を実行します。以上です」
ふぅ、と全て読み終えたタカ丸はひと仕事終えたような顔をしていた。
「袋飜しの術に、驚忍の術か……」
タカ丸の話を聞いた木下がふむ、と頷く。
「通常、袋飜しの術を使う時は相手からの信用を得るためにそれなりの時をかける必要がある。今回はそんな悠長な時間はない。故に、賊の一人に変装をする代替の案の方でいけ」
四年生の作戦は、木下からして大きく変更を加える物ではなかったらしい。
大筋は採用された事を知って、四年生全員がどこかホッとした顔をしていた。
「これは四年生が主軸の実習だ。上級生の役割も四年生が決め、上級生は余程の危険や無駄がなければその通りに動いてやるように。万が一、命の危険が迫る事態となれば、わたしと澪くんが出る。存分にやれ!」
カッ!と目力が凄まじい木下が生徒達を見つめた。本人の顔が怖いので、まるで脅されているのかと錯覚しそうである。四年生達の顔が少し引き攣っていたが、他の上級生達は真剣に頷いていた。
「で、では、作戦の許可が降りましたので木下先生のお言葉通りに、役と今日の動きを決めます。早ければ今晩、遅くとも明日には賊退治の決行を目標にーー」
ビクビクしながらも、滝夜叉丸が細かい動きの説明を行う。
それを聞く上級生を木下と共に見守りながら、澪は今回の忍務が生徒達の成長に役立てばいいと、おそらくは木下と同じ気持ちを抱くのだった。
ちなみに、弁当に出した田舎寿司は大いに好評で皆んなが口々にまた食べたいと絶賛していた。なので、食堂のおばちゃんにレシピを教えて新メニューとしてもいいかと思ったり。
それはさておき。
兵助が学園に行ってしまったので、残った澪と勘右衛門は四年生に時折指示を仰ぎながら罠を作る作業をしていた。
どうも、賊退治の計画を立案するとあってそちらの方に集中したいらしい。と言っても、流石の穴掘り小僧の綾部喜八郎だけは、時折会話に参加しつつもしっかり穴を掘っていたが。
「ねぇ、澪さん……」
四年生達を見守れる位置を陣取りつつ、こそこそ話しまでは聞こえないそんな距離の中、一緒に澪と作業をしていた勘右衛門が手を止めて本名を呼んできた。
別に今は近くに村人もおらず、大きな声でなければ澪の名前を呼ばれても問題ない。なので、咎めたりはせずに返事を返す。
「はい、何でしょうか勘右衛門くん」
「あの、前から聞きたかった事があるんですけど、二人きりになる機会も早々ないと思うんで、質問してもいいですか?」
真ん丸な勘右衛門の瞳が、じっと澪の事を見ている。どんな質問かは知らないが、聞くだけならいいだろうと頷く。
すると、勘右衛門が小声で続けた。
「澪さんって、学園で人気あるじゃないですか。なのに奢ったりしないし、先生方に混じってても全然違和感ないし、六年生の先輩方よりずっと大人っていうかーーえっと、失礼かもしれませんけど、でき過ぎっていうか。なんか十五歳にしては凄く立派で、違和感あって……何でかなぁと」
「そうですか」
それは中身が、精神年齢××(自主規制)歳の前世記憶持ちだからだよ!と、言えたらどれだけいいか。
まさかそんなとんでも暴露をするわけにもいかず、澪は困ってしまった。
勘右衛門の言いたい事は分かる。
澪の外見と中身が乖離しているその違和感があるから、ひょっとすると理由を探ろうと彼なりに澪の事を観察していたのかもしれず、それでも分からないから直接尋ねた可能性が高い。
ちぐはぐなのをそういうもの、と受け入れる事が出来たらいいが皆んなが皆んな、そんな風にできるわけもなく。
むしろ、澪は勘右衛門の気持ちが分かった。何せ、おぎゃあとこのなんちゃって戦国に生を受けた澪が、前世知識があるのもあって今の己を完全に受け入れるのに十年近くかかったからである。
肉体と魂の年齢が乖離しているのだから、当たり前と言えば当たり前だ。勘右衛門はそのズレを察知したのだろう。
適当にはぐらかすのも難しく、澪は何ちゃって戦国で過ごしてきた十五年の月日を振り返り、たどたどしくも考えながら答えを返した。
「うーん、わたしの場合は……友達が誰も居なかったせい、かもしれません。今も居ないですし。母上が再婚を繰り返すから、同じ場所に長くは居なかったせいですかね。大人に囲まれて育ったから、これが普通なのですけど子供らしさとか分からないまま、十五歳になったと言いますか」
ぽつぽつとそんな言葉が出ていた。そして言ってて落ち込むーーマジで今世は友達が一人もいないと。
この何ちゃって戦国に慣れるのに必死で、母に振り回されあちこち点々として精一杯だったこともあり、気がつけば友達なんて存在を持つ余裕もゆとりもなかった。遊び相手にと一時傍に侍った姫君は、友達とはとても言えない。思えば、童遊びすらした記憶がない。
あえていうなら、忍者だった元父親とキャッチ手裏剣をしたくらいだが、あれを果たして童遊びと言うべきか激しく疑問が残る。
どうしよう、真面目に遊んだのはひょっとすると、過日、体育委員会と一緒にやったバレーくらいしかないかもしれない。
ーー何だかそう思と、情けなくて悲しくなってきた。
「……すん」
うるっと来た。とはいえ、涙は零すまいとする。小さく鼻をすすった。
「どうしましょう、自分で言ってて落ち込みそうです。まぁ、勘右衛門くんの疑問には答えられましたかね。不十分だったら、すみません」
涙こそ流してないが、目がちょっと潤んでるかもしれないな、と思い勘右衛門を見ると。
「か、可哀想……に!」
何故か澪の数倍は悲しそうな顔で、目の端に涙を浮かべる勘右衛門がいた。
「大丈夫だよっ、十分だよ。ごめんね、変な質問して。そうだよね、友達が一人もいなかったなら、滅茶苦茶大人びちゃうかもしれないもんね!仕方ないよね、友達ゼロなんだから!」
「二回も友達居ないって言わないでくださいよ」
慰められているはずなのに、傷口に塩を塗り込められている心地がするのは何故だろうか。小声だからいいものの、大きな声で言われたら勘右衛門の口を全力で塞ぎそうである。
「澪さんのその恐ろしいまでの大人びた性格は、友達がいなかった寂しさを埋めるための虚勢だったんだね。そんな事にも気付かないで、友達が居ないなんてボッチの澪さんに告白させるとは、オレもまだまだだな……」
「ボッチとか言わないでください!」
だからやめれ。
澪がブンブン首を振ると、勘右衛門は何やら目を潤ませて頷いている。
これはあかんやつだ、人の話を聞いちゃいない。
「よし、分かった。オレが一肌脱ごうっ!」
何が分かって一肌脱ぐというのだ。何やらキリッとした顔になる勘右衛門を前に、澪は何を言い出すつもりかと身構えた。
「オレと今日から友達になろう、澪さん!いや澪ちゃんっ!オレの事は勘ちゃんって親しみを込めて呼んでくれ。そして敬語はお互いに無しにしようっ。人の目がある時とかはこれまで通りでいいから、ね?」
ぱちこん!と、可愛らしくウインクされ、爽やかに微笑まれた。澪はその発言に固まってしまう。
今日からトモダチ!なんて、現代日本の小学生ですらやるか怪しいレベルの誘いである。
「大丈夫だ、澪ちゃん。オレがいるからには、君はもうボッチなんかじゃないよ!」
勘右衛門がやたらキラキラした顔で、澪の肩を叩いてくる。
「勘右衛門くん、お気持ちは有り難いんですけど、わたしは忍術学園の職員であり貴方は生徒なんですよ。友達だなんてうるさく言う人が出るかもですし」
「そんなの言いたい奴には言わせておけばいいよ。大体、そんなのは節度を持って切り替えたらいいし。オレも澪ちゃんだってそれが出来ない歳でもないでしょ。あと、オレの事は勘ちゃんだよ。もうっ、め!」
め!と、言われても反応に困る。だが、友達になろうと好意をぶつけられると、どうにも断れない。どうやら、自分は好意に裏打ちされた押しには弱いようだーーと、まるで他人事のように思ったり。
だが、勘右衛門のキラキラした笑顔と圧力から逃げられる気がしない。それに、友達という響きが段々甘美に思えてくるのだから不思議である。ひょっとして、今まで気にする余裕もないので気にして来なかった事に、急にスポットが当たって焦っているのかもしれなかった。
ーー畜生これはもう、ダメだ。
何故だか、ヒーローにやられる悪役のような気分になる。負けてはいけない相手に、思わずやられてしまって悪態をついているような気分である。
澪は潔く色々と諦めた。
「分かりました……いや、わかったよ、か、勘ちゃん」
「っーーー!!」
猛烈に照れくさい。だが、言われた通りに勘ちゃんと言うと、勘右衛門の耳が真っ赤になった。まさか自分で呼べと言っておいて照れたのかと思う。
「やばぁ、これはグッとくるなぁ。勘ちゃん、って言って照れてる澪ちゃんやばいっ、可愛い!」
「しー!声、ちょっと大きくなってるから」
「おっと、ごめんよ澪ちゃん」
勘右衛門は爽やかに笑った。そのどこか生ぬるい視線は、面倒見のいい年上の人間が、年下の子どもに向けるような物でどうにもこそばゆかった。
「やればできるんじゃん。いい子いい子」
「子供扱いしてる……」
「してないしてない。友達扱いしてんの。こんな可愛い女友達が出来て嬉しいんだって」
おのれ勘右衛門め。
にこにこ笑って好意的にぐいぐい来る推しの強さに、戸惑いはするが嫌じゃないため拒めない。
それから、澪は兵助が戻ってくるまでの間、四年生の目を盗んだ勘右衛門から友情攻撃もとい可愛がり攻撃を受け続ける羽目になるのだった。
+++++
「賊退治の許可が降りたよ。可能な限り早く退治して、村の代表者等に引き渡すよう命じられている。一人も漏らさず、一人も逃がさぬようにと学園長から命が出ている。四年生が作戦の立案等を行い、主軸となること。上級生と澪さん、そして教師はその補佐と護衛の任に就く」
戻ってきた兵助は、早速全員へ学園長からの指示を報告してくれた。四年生は皆、真剣な表情で頷いている。
「賊の人数によっては、上級生達や教師の加勢がある。今、決まっているのは五年生からオレと勘右衛門、六年生から七松先輩、中在家先輩、立花先輩、教師は木下鉄丸先生だ」
「木下先生かぁ。四年生よりオレ達の方が厳しく見られそう」
木下鉄丸の名を聞いて、勘右衛門が困ったように笑った。木下と澪は会話をした事があるが、熱心な教師という印象しかない。とはいえ、一方では熱血スパルタな所もあると聞く。実技担当のため、今回の忍務にはぴったりの教師ではなかろうか。
「オレはこの後、事の仔細を村の長達に伝達してくる。まだ罠の仕掛がない最後の村は、万が一の襲撃に備えて村の長から頼みがあれば、今晩はオレと勘右衛門で村人達と協力して警戒に当たる。四年生は計画を遅くとも今晩から明日の昼までには立てること。賊の調査は今、六年生の三人が急ぎ向かってくれている。適宜、情報が入ってきたら必要に応じて作戦の中身を変えるように。内容に万が一不備があるようなら、木下先生から厳しいご指摘や苦言もあるだろうから心すること。以上だ」
兵助が全て伝え終えると、四年生達全員が畏まって頷いた。
「何だか、緊張してきたね……」
「まぁ、戦闘になる可能性も高いですし。タカ丸さんには中々に過激な実習かもしれませんね」
既に表情が少し強ばっているタカ丸を見て、三木ヱ門が苦笑いしている。余裕の表情は滝夜叉丸とーー喜八郎は特に何の感慨も無さそうだ。
「ぼくはできるだけ、伝助さんの近くに居られたらそれでいいです」
「そんな融通がきくわけなかろう、喜八郎。大体、今回の忍務には七松先輩も居ると言うのに、お前は怖いもの知らずだな」
「何で七松先輩が関係するんだ滝夜叉丸?」
「ーーちょっと、頭痛がしてきた」
同室のせいか、喜八郎と仲良くやり取りしている滝夜叉丸である。とはいえ、澪もどうして小平太の名前が出たのかはさっぱりだ。何をどうしてそこで小平太が関係するのか。
「澪ちゃん、罪作りぃ。ま、見てて面白いからいいけど」
「しっ!」
「はーい」
勘右衛門が小さな声で耳打ちしてくるのを、思わず止める。爽やかに笑っているが、澪ちゃんと名前を呼んでからかってきている。怒る気にはなれないが、勘右衛門の態度が午前中と明らかに違うのを見て、四年生達も兵助も不思議そうにしていた。
それから、二つ目の村で罠の仕掛けを終えて、澪達は学園へと帰還した。兵助と勘右衛門は村から依頼があったようで、今日は明日罠をはりに行く予定の村で警護にあたるとのことだ。
帰還すると、既に六年生達が賊の事を調べあげており、拠点の数と人数に持っている武器まで分かった。
「数は三十数名、拠点は二つ。既に他の領地から金品を奪ってやって来た連中のようで、拠点のひとつに金目の物が多数あり、そこに若い娘が数名囚われていた。よって、賊退治の時は人質とならぬよう娘達を無事に脱出させる必要がある。数は少ないが、敵は火縄銃も所持していた。お前達はこれを踏まえて作戦を練ろ。賊どもの監視は、急遽必要につき木下先生の指示で小平太と長次があたっているが、同じく木下先生の判断で残りの五年生全員も応援に加わる事になった。とはいえ、油断は禁物だぞ」
学園に戻ると仙蔵から早速報告があった。最初に滝夜叉丸達が把握した人数より多く、手強そうである。
「了解しました。明日の朝には作戦の報告をしようと思います」
「分かった。四年生全員で話し合って考えるのだぞ。滅多にない実習だ。わたしも全力で補佐するからな。期待しているぞ」
四年生を代表して、タカ丸が返事をすると仙蔵が緊張を解すように笑って頷いていた。
「澪さん、木下先生が今回の事で軽く話をしておきたいと仰っていました。職員室におられると聞いています」
「分かりました、わたしは木下先生の所に行って来ますね」
仙蔵から言伝された澪は、急ぎ職員室へと向かった。するとその途中、廊下で半助と伝蔵に出会った。
「おお、澪くんか」
「お疲れ様。木下先生から聞いたよ、上級生との合同実習の補佐をするって」
「お疲れ様です、山田先生、土井先生」
軽く頭を下げる。ついでに伝蔵に依頼してもらっていた品ができた事を伝えることにした。
「山田先生、お待たせしていたご依頼の品がようやく出来ました。実習が終わってからでもお持ちしますのでご確認ください」
「おお、そうか。では楽しみにしておくとしよう。木下先生は確かな腕をお持ちだから、安心して澪くんも仕事に臨むといい」
「ありがとうございます」
元戦忍びである伝蔵が言うのだから、期待できそうだ。ちらりと半助の方を見ると、伝蔵とは違い何となくそわそわしているーー心配なのかもしれない。
「気をつけてね、澪さん。怪我とかしたらダメだよ。幾ら強くても治りが早くても」
「はい、勿論ですよ土井先生」
今回の実習は、上級生ばかりだし木下だっている。とはいえ、半助の気持ちは嫌ではなくむしろ嬉しかった。心配してくれる人は尊いのだ。半助の隣にいる伝蔵は、やれやれと言った表情である。ちなみに、澪は知る由もないのだが伝蔵は半助に対して、もっとアピールせんかとか何とか思っていたりした。
澪はその後、二人と別れて木下の待つ職員室へと向かった。職員室もとい職員用の長屋は、各クラス毎に部屋があり、寝所と仕事部屋が一つずつついてセットになっている中々に豪華な仕様だ。木下の札が下げられた部屋の前で立ち止まり、声をかける。
「失礼します、澪です。お呼びと聞き、参りました」
「おお、澪くん。わざわざ済まんな」
男らしくも鋭い眼光を持つガタイのいい木下が、澪を見て手招きする。近くまで行くと座布団を差し出され、座るよう促された。
「久々知兵助から聞いたと思うが、今回の忍務にはわたしが同行する事になる。それで、前もって澪くんに頼みたい事があって呼んだのだ」
「頼みたいこと……ですか?」
「ああ。単刀直入に言うが、澪くんは今回は緊急事態にならん限り、大人しくしていてはもらえんか。君が出て行けば簡単に解決するのだろうが、それでは生徒達のためにならん。多少、血が流れるような事があったとしても、大怪我や致命傷を負わないのであれば、静観していて欲しいのだ。勿論、自己防衛は入らん。あくまでも、生徒を護衛する場合の心得としての話だ」
静かな声で淡々と話す木下の顔は至って真剣だ。
「それができんというなら、今回の忍務から悪いが外れてもらう」
「ーーいえ、大丈夫です。承りました」
木下の指示は理にかなっている。これは下級生の実習ではないのだから。澪が神妙な顔で頷くと、木下も頷いた。そして感心した様子で澪をじっと見る。
「しかし、澪くんはしっかりしているな。女子は男子よりも大人な部分があるが、澪くんは大人顔負けだ。本当に六年生と同じ歳なのかと驚くばかりだ」
「あはは……それはどうも」
まさか、木下まで勘右衛門と同じ疑問を抱いてはいなかろうかと思う澪である。だが、木下からは探ったり疑ったりするような眼差しは向けられず、むしろ気遣うような顔をされた。
「君はもう少し肩の力を抜くべきだ。そんなに完璧じゃなくても誰も怒りはしない。今回の忍務もあまり気負わなくてもいい。わたしや上級生もいるんだからな」
「はい。ありがとうございます木下先生」
どちらかというと怖い顔つきで、笑っていてもそうは見えない木下だが、大変真面目な教師である。熱血スパルタなのもこんな風に生徒を思っての事なのだろう。
そんな木下だから、きっと六年生と歳の変わらない澪を彼なりに気遣ってくれたのだろう。
ーーすみません、中身は××(自主規制)歳なんです。
とは、流石に言えない澪だった。
翌朝。
澪は、伝助の格好で門の外にいた。小松田はここの所、澪が実習で出かけるのを見送っているため、「いいなぁ、澪さんは。ぼくも教師補佐とかしたいよ」等と零していた。曰く、いつか忍者になりたいそうだーー無謀であるとは、口には出来なくて頑張ってくださいと、月並みな慰めを言って澪はそそくさと待ち合わせ場所に向かった。
荷物の中には念の為、忍び装束と般若面を入れた。賊退治の事を知ったシナからのアドバイスである。澪の容姿は忍び装束でも目立つ故、目をつけられないよう顔を隠しておく事を勧められた。四年生を筆頭に、忍たま達にも戦ってもらう必要から確かに、澪が狙われやすくなる要素を排除するべきなのだろう。
澪は木下から言われた通り、本気で何かあった時に敵を排除する役割だけに徹底するつもりだ。
「澪さん、おはようございます!」
賊退治の忍務になったからか。四年生が澪の次にやって来た。今日は多めに弁当を用意してきたが、足りるだろうかと少し不安になったり。まぁ、いざとなれば澪の分は抜けばいいのだが。
「おはようございます、皆さん」
「それは、ぼく達のお弁当ですよね。お持ちします」
喜八郎が真っ先にやって来て、澪の持つ風呂敷を持って行った。くんくんと風呂敷から漂う匂いを嗅いでいる。
「おや、香ばしい匂いがする。これは……味噌?」
「ふふ、正解です。今日は焼きおにぎりですよ。醤油と味噌に塩の三種です」
「おお、それはまた美味しそうな。ぼく、澪さんの手料理なら食堂のおばちゃんのと同じくらい毎日食べたいです」
「それは最高の褒め言葉ですね」
喜八郎の賛辞に澪は朝から気が良くなる。穴を掘りまくる困った性分こそあるが、喜八郎は素直でそしてマイペースな根はいい子なのである。かなーり個性が強い感はあるが。
「おはよう、澪さん」
「おはようございます、仙蔵くん」
「おはようございます、立花先輩」
四年生に続いて仙蔵がやって来た。忍び装束に着替えるつもりらしく、仙蔵らしい落ち着いた色合いの私服を着ている。色白で秀麗な顔立ちなのだし、何を着ても様になるなーーと感心する。
「どうした、澪さん」
「いや、仙蔵くんは男前だと感心していただけです。何を着ても似合いますね」
「それは澪さんのことでは?前回の忍務の時に明の服を着こなしていたのだし」
素直に褒めると仙蔵がくすりと笑った。賊退治の忍務にこれからかかるとは思えぬ平和な会話である。
「全員、これで揃ったか」
仙蔵と澪が話していると、木下が不破雷蔵、鉢屋三郎、竹谷八左ヱ門の三名を連れてやって来た。
「お前達、作戦はできたのか?」
「はい、勿論です。木下先生!」
「では、出発前に聞いておくとしよう。斉藤タカ丸が代表で話すように」
木下の顔が気合いが入っているのか、昨日、職員室で見た時よりもいかつく感じた。話を振られたタカ丸が計画が書かれていると思われる紙を、三木ヱ門から受け取って広げて読み上げる。
「えっと、まずは賊の仲間に加わります。信用を得るため、罠の見取り図と金品に更には娘役も連れて行きます。上手くこれで潜入ができた場合は、賊役と娘役のうち娘役はほかに囚われた娘達がいる拠点へ行き、賊役はもう一つの拠点に留まるようにします。無事にそこまで行けば合図を出すので、その次は外で大きな音を出して敵をおびき寄せ攻撃します。混乱に乗じ、娘役が囚われている娘達を逃がし、賊役も役割を終えて攻撃に参加します。仮に潜入がうまくいかない場合は、変装しやすそうな賊を見つけ、その者をとらえて成り代わり賊役として動き、娘役の者を連れて計画を実行します。以上です」
ふぅ、と全て読み終えたタカ丸はひと仕事終えたような顔をしていた。
「袋飜しの術に、驚忍の術か……」
タカ丸の話を聞いた木下がふむ、と頷く。
「通常、袋飜しの術を使う時は相手からの信用を得るためにそれなりの時をかける必要がある。今回はそんな悠長な時間はない。故に、賊の一人に変装をする代替の案の方でいけ」
四年生の作戦は、木下からして大きく変更を加える物ではなかったらしい。
大筋は採用された事を知って、四年生全員がどこかホッとした顔をしていた。
「これは四年生が主軸の実習だ。上級生の役割も四年生が決め、上級生は余程の危険や無駄がなければその通りに動いてやるように。万が一、命の危険が迫る事態となれば、わたしと澪くんが出る。存分にやれ!」
カッ!と目力が凄まじい木下が生徒達を見つめた。本人の顔が怖いので、まるで脅されているのかと錯覚しそうである。四年生達の顔が少し引き攣っていたが、他の上級生達は真剣に頷いていた。
「で、では、作戦の許可が降りましたので木下先生のお言葉通りに、役と今日の動きを決めます。早ければ今晩、遅くとも明日には賊退治の決行を目標にーー」
ビクビクしながらも、滝夜叉丸が細かい動きの説明を行う。
それを聞く上級生を木下と共に見守りながら、澪は今回の忍務が生徒達の成長に役立てばいいと、おそらくは木下と同じ気持ちを抱くのだった。
